Re:ゼロから寄り添う異世界生活   作:ウィキッド

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2つの災害、再来

 

 試練が行われ、光り輝く墓所を少し離れたところから見守る影が二つ、そこにはアリシアとガーフィールのみがいた。

 他のメンバーは、夜だからという理由で各々の住まいに戻っている。

 なので、現在はガーフィールと、それの見張りなのかアリシアがここにいるのだ。

 

「それにしても意外とかかってるっすね」

「あん?」

 

 無言が続いていた中、どうすべきか悩んでいたところ、アリシアが口を開く。

 目の前の女とはそこまで親しくはないが、そこまで嫌いでもないが故にどう扱えばいいのか悩んでいたのだ。

 特にこの女が好意を抱いている男とは一度揉めているのだ、気まずいと言ったらありゃしない。

 だが、それはあちらも同じだったのかもしれない。

 

「いや、『試練』。こんなもんなんすか? 中にいるアタシらじゃわかんなくて」

「……少なくとも、初日よりはなげぇよ」

 

 正確な時間はわからない。

 だが、試練に臨んでいる時間はエミリアと比較して長い。それが試練の突破に近づいていると安易に判断していいのかはわからないが。

 それを証明するように、墓所の光は急激に収束し、消え去る。

 もう見慣れた光景、試練の終了、いや、

 

「……失敗か」

「あれ、シャオン――」

 

 嘆きはしない。

 もしもの可能性がなくなっただけだと、言い聞かせているガーフィールも、アリシアの言葉に面を上げる。

 そこには試練を失敗して落胆の表情を――浮かべていない(・・・・・・・)、シャオンがいた。

 そして恐らく惚れている、その男の元へ駆け寄っていくアリシア。

 ――自然な流れに、それ故に反応が遅れた。

 

「あ、ぇ?」

 

 駆け寄った彼女の背中から突き出たのは一本の腕。

 それが何かを握っている。

 あれは、心臓だ、目の前の少女の、心臓。

 それが、握りつぶされ、周囲に鮮血が舞う。

 

「なん、で?」

「理由はないよ? あーでも。ほら、近づいてきたからが一番かな」

「――うそ、つき」

「――――」

 

 答えにくそうに口を開くシャオンの様子に、アリシアの腕はだらんと、垂れる。

 そして、返答を聞いて、ガーフィールはようやく事態を把握できたのだ。

 

「テメェ!」

 

 事態の把握に遅れた分を取り返すように、ガーフィールの動きは早かった。

 即座に目の前にいる男、シャオンの首元を狙った回し蹴り。

 その勢いに空気が裂け、まるでギロチンのような速さでシャオンに襲い掛かる。

 だが、

 

「――っ!?」

「危ないね。当たると大変なことになるよ、その一撃」

 

 避けるそぶりすら見せなかったその一撃は、シャオンに確実に命中した。

 だが、手ごたえがない。当たっているはずなのになにか見えない何か(・・・・・・)に阻まれている感覚だ。

 近くにいるアリシアを気にして威力が弱まったのかもしれない、そう思っているとまるで心でも読んだかのようにシャオンが、彼女を貫いていた手を引き抜き

 

「あぁ、彼女はもう死んだよ。ボクが殺した」

 

 優しく、少女の遺体を地面に置く。

 涙で濡れた顔を優しく撫で、再度向き直る。

 

「お前、何もンだ?」

 

 ガーフィールの疑問は正しいだろう。

 ほとんど過ごした時間はないが、それでも今目の前の男の性格と自身が知るシャオンの性格の差が違い過ぎている。

 だが、目の前の男は気軽に名乗る。

 

「――シャオン。っていってもねぇ、オド・ラグナと言ってもいいけど。ボクはこの名前が気に入っているから前者で」

「オド・ラグナだァ? 真面目に取り合う気はねェってことか」

 

 その様子に嘘を吐いている様子はない、だが、内容は子供でも揶揄っている様に理解できるほど。

 世界と同意義だとでも言いたいその言葉は、当然こちらの疑問に答える意思はないのだと判断できる。

 

「なら簡単な話だ……『多腕のケルビニアはすべての腕を縛れば話を聞く』ってことだ!」

「そうだね、力づくで来るといい――キミの価値を見定めよう」

 

 ガーフィールは、自身の奥にある怒りの感情をあらわにするように牙をカチカチと鳴らす。目の前の脅威、愛していたものを気軽に殺した邪悪さに、立ち向かうように自身を鼓舞するためでもある。

 そして、次の瞬間に、シャオンの懐に潜りこみ、拳を突き上げるように放つ。

 だが、

 

「ウソ、だろ」

「――上手くいけば、殺せるかもしれないぜ?」

 

 確実に当たった一撃。当たったのなら必殺の拳。

 それを受けて、ケラケラと笑いながら怪人は手を広げる。

――悪夢が始まる。

 

 

「ッルアアアアアアぁああああ!」

 

 獣の叫びに、森の木々はそれだけで揺れる。

 隠れ潜んでいる蟲達も羽音すら立てずに怯えている。

 その叫びをあげた持ち主は一方的に一人の男へ攻撃を放つ。

 蹴り、殴り、噛みつき、投げ飛ばす。どれもが必殺の一撃。当たればただでは済まない一撃であり、ガーフィールが以前戦っていたシャオンという男の戦闘力では回避は不可能、受け流しても立ち上がるほどの力はなくなるほどの一撃。 

 それらをすべて受け、

 

「いい一撃だ。いや、連撃?」

 

 平然と目の前の男は疑問を口にする。

 パーカー、という服には汚れすらついていない。

 唯一ついているのはアリシアを貫いた時の赤色だけだ。

 

「でも、それじゃあ『傲慢姫のドレス』は破れない」

 

 つまらなさそうに、いや、その感情すらないような彼の瞳にガーフィールは嫌悪感を通り越して恐怖を覚える。

 まるで、相手にされていない。普段の彼ならば怒りに燃えて闘志を焚きつけるものだが、この男には、それが湧かない。

 

「いいことを教えよう。いや、意味のあることだから聞いたほうがいいよ? 君の攻撃は一切届かない。その理由は――」

「ごちゃごちゃうるせェ!」

 

 言葉を遮るように顔面に拳を叩きつける。

 踏み込みも十分で、地面が陥没するほどの勢い。

 そして為に溜めた一撃、だが――

 

「――君に殺意がないからだ。殺す気持ちがない」

 

 当たった、が無傷。

 それどころかやはり汚れすらついていない。

 

「――ばけ、ものが」

「フフッ、このドレスの効果は、あー、見えないかな? まぁいいや。このドレスはボクが決めた『条件』を満たしたもの以外はボクに関与できない」

 

 それでも心は折れていないと目鋭い眼光を向けるが彼は笑いながら説明を告げる。

 まるで、これでは差がありすぎるから少しハンデをあげよう、というばかりに。

 

「今設定しているのは『殺意を持つ』だ。それ以外は、何も受け取らない、干渉できない。『剣聖』とか『龍』のような例外を除けばね?」

 

――――それでは。

 

「――――ッ! ふざけんじゃねぇ……」

 

 まるで、自分が命を殺めるのに怯えているみたいではないか――

 

「ああ、安心しなよ? このドレスの条件設定は再設定には時間がかかる。だから、君が殺す気でかかれば、ボクを殺せるよ?」

 

 そう告げる怪人には、一切の嘲りはなく、寧ろ自身を殺してほしいと。

 想像を超えてほしいと、見定めている『価値』を上回る結果を出してほしいと、子供のように目を輝かせていたのだ。

 

 時は遡る

 ――境界を抜け、森を出てからの道行きには特に大きな問題は生じなかった。

 『聖域』から屋敷までの道のりは邪魔さえ入らなければ八時間前後。途中で二度ほど休憩をはさんだものの、村人たちの村へ帰りたい気持ちが勝り、その休憩も早々に切り上げての無意味な強行路。

 そのかいもあって、スバルがアーラム村へ帰りついたのは八時間ジャスト。昼過ぎに出発し、世界に夜の帳が完全に落ちてから数時間というところだった。

 

「座りっ放しで尻が痛ぇ……けど、よかった」

 

 竜車から降りて腰を回しながら、スバルはそうして安堵の息を漏らす。

 周囲、夜の村のあちこちには再会を喜ぶ嬌声が響いており、中には涙を流して喜んでいるものまでいる状態だ。

 数日ぶりのアーラム村、そこに村人が戻ったことで、夜にも関わらず活気が戻ってきている。『聖域』では沈んだ顔の多かった村人たちも、今は一様に笑顔。

 迎える側の残留組も、無事に家人が戻ったことで一安心といったところか。

 

「ナツキさん、このまますぐにとんぼ返りですか?」

 

 と、そうして周囲の喧騒から離れたところで皆を見守るスバルに、きょろきょろとあたりを見回していたオットーが小走りで駆けてくる。

 息を弾ませるオットーにスバルは「んにゃ」と首を横に振り、

 

「さすがに性急すぎるし、小休止してからでいいだろ。それに屋敷に顔出して、フレデリカとペトラに事情も説明しなきゃいけねぇしな」

「確かにそうですね。なら、僕は僕でやることがあるので、何かあれば呼んでくださいね」

 

 そう告げ、手を叩き、大はしゃぎのオットーが行商人仲間たちの下へ。

 朗報を持ち帰ったオットーの凱旋に、商人たちの歓声が夜の村に響く。軽く、再会を喜ぶ村人たちの歓喜よりも大きめな声だった気がしたが、スバルはそのあたりのことに関しては意識的に無視することにして腰を上げる。

 とりあえず、村の皆に関しては問題はないだろう。

 ならば、後はこちらの問題だ。

 アーラム村から徒歩で十五分――そうして進んだ先に、ぽつんとあるのがロズワール邸だ。

 夜の闇の中、屋敷の灯りだけがぽっかりと影の中で存在を主張しており、こうして日が沈んでから遠目に見るとそれなりに妖しい、いや持ち主を思うと『怪しい』が正しいだろうか。まぁ、雰囲気があるものだと思う。

 門扉の前でそんな感慨を得ながら、なんとなしに屋敷を眺めると、当然だが屋敷の大部分の灯りは落とされており、光が浮かぶのは玄関ホールと使用人室。それと最上階近くの一室――確か、ロズワールの執務室だろうか。

 

「オットーが伝票処理はしてたけど、あれからの一週間でまたなにかしら増えてっだろうしなぁ」

 

 シャオン、ついでにアリシアが万能ぶりを発揮していた中、当然メイドの中のメイドであるフレデリカも負けてはいなかったことを思い出す。

 オットーに負けず劣らずの事務処理能力を持っていたが、彼女のやるべき仕事はそればかりでもない。ペトラを戦力に加えても屋敷全体を維持するにはかなりの労力が必要だ。

 こうして夜半まで、事務仕事に励んでいることを思うとその苦労がしのばれる。

 

「これはなんとしても、オットーの野郎を深みに引きずり込んで、エミリア陣営の事務処理マシーンとして牛馬のように働かせにゃならん。事務する機械になってもらおう」

 

 意外と用心深い彼をどうやって巧みに罠にかけてやろうかと思案しながら、スバルは門扉を押し開いて屋敷の敷地内へ。

 玄関へ向かいはた迷惑さ万歳の夜闇に甲高いノック音が響き、それから普段通りの適当な呼びかけ。

 言ってから、この世界の場合は火事・災害の場合はどういう対処が行われるのだろうと疑問を抱く。首を傾げてそんな益体もない思考に沈むスバル。だが、

 

「返事がねぇな」

 

 てっきり、フレデリカあたりならば風のような速度で応対があるものと思っていたものだから、この反応には肩すかしであった。

 それから少しだけ待ってみるが、誰も迎えにこないものと判断してスバルは待ちぼうけを放棄。いっそ堂々とドアを押し開き、

 

「うーい、帰ったぞーっと。飯! 風呂! 寝る!」

 

 と、亭主関白を気取って三つの命令をポージング付きで表明。が、これに対するリアクションもやはりゼロ。

 一人で滑っている感に懐かしい感覚を味わいながら、スバルはとりあえず上階――使用人室の方へ寄り、ペトラを探すことにする。

 

「執務室ならフレデリカがいんだろ。とりあえず、ペトラに会ってから……あと、ベア子も探さないとな」

 

 現状、屋敷に残っている三人が次々と脳裏に浮かぶ。

 おしゃまなペトラと慇懃無礼なフレデリカとの再会はともかく、あの縦ロールの少女との再会に際してはスバルもいくらか覚悟を決めなくてはならなかった。

 前回、彼女との別れ方が別れ方だ。

 何一つ、核心に至る問いの答えは聞き出せず、しかし涙声とくしゃくしゃになった顔で追い出されて、それきりになってしまっていた。

 

「謝る……ってのも変な話だけどな。悪いことした自覚がねぇから……」

 

 それでも、会って話をすればなにかが変わるものと思っていた。

 また一つ、過去と決別することで少しは前進できたつもりだ。今の心持ちならば、またなにか違った形で彼女と向き合えるような気がする。

 そのためにも、

 

「まずは前哨戦……って思ったんだけど」

 

 ノックして、それから驚かせようと勢いよくドアを開いてここでも肩すかし。

 嬉し恥ずかしの着替えタイムに遭遇――ということも少女が相手では期待していなかったが、どうやらそんな場面に出くわすこともなく不在の部屋。

 ペトラの趣味が反映された、可愛らしい小物などが飾られながらも整理整頓がなされた部屋――ただ、そこに部屋の主の姿は見当たらない。

 部屋の光に照らされた室内でスバルは首を傾げて、

 

「灯りつけたまま出るって、しっかり者のペトラらしくねぇけど……ここにいないってなると、ひょっとして執務室でお勉強中?」

 

 スパルタ風なフレデリカならばありえる話だ。

 メイドとしての給仕仕事の傍ら、事務仕事まで仕込んでペトラ万能メイド化を狙っているのかもしれない。それができるようになると非常に助かるが、すでに家事技能でペトラに対して遅れをとっているスバルはいよいよ立つ瀬がない。

 そう思いながら階段を二段飛ばしで駆け上がり、最上階――そのまま通路の真ん中、両開きの扉の前に到達すると、改めて咳払いしてからノックを打ち込む。

 固い音が響き、確実に室内にも届いたはず。しかし、やはり返答はなく、

 

「――――」

 

 いくらなんでもおかしい、とスバルはそこまで積み上げてきた警戒を一つさらに上げる。軽口を叩く風で誤魔化しつつも、スバルの視線は廊下の端から端へと走り、それから執務室の扉の中へ。戸に耳を当てて中の様子に耳を澄ませるが、分厚い扉越しに中から聞こえてくる音はない。外からこのまま、情報が得られる可能性は低い。

 

 ――ペトラの部屋は荒らされていなかった。整頓されたままの状態で、ベッドもこれから眠るつもりであるようにメイキングされたあと。

 屋敷の中も、ざっと見渡した限りではおかしなところはない。整然とフレデリカらしい密な仕事が行われたあとであり、窓枠に埃一つ残っていなかった。

 故にスバルの警戒は、彼女らの姿が見えないことに関してのみ高められていたのだが、

 

「――――ッ」

 

 戸にかすかに力を込めて、音を立てずに扉を開く。

 途端、室内から漏れ出す光が廊下に差し込み、その光を頼りに中の様子に目を走らせる。黒檀の机に皮張りの椅子。壁際の本棚に、吹き抜ける風――。窓は閉じている。冷たい風の吹き抜ける感覚。それはおかしいと直感する。

 部屋に滑るように忍び込み、スバルはその風の行方を追いかけ――気付いた。

 部屋の奥の棚が横滑りし、普段は隠されているはずの壁に通り抜けられるサイズの隠し扉が設置されている。それを抜けた先にはらせん状の階段が連なっており、その階段ははるか眼下まで長く長く続くもので――、

 

「そうだ。こんな隠し通路があったんだ。覚えてる、覚えてるよ」

 

 以前にあったループのときのことだ。

 アーラム村の村民が魔女教の手で皆殺しにされ、崩壊寸前の自我のままスバルはここに辿り着いた。そしてこの隠し通路を抜けて地下に入り、そこで――。

 

「パックに氷漬けにされた、んだと思うが」

 

 確証はない。ただ、おそらくは同じ通路を使って避難したエミリアたちを追ったと思しき魔女教の氷漬けの死体が並んでおり、スバルもそれらと同じ末路を迎えて『死に戻り』をしたことは記憶にあった。

 その後、重要視することもないと確認することすら忘れていた地下通路だったが、

 

「それがどうして今……」

 

 これを利用したということは、少なくとも避難の必要があったということだ。

 そして利用したのが誰なのかといえば、当然ながら屋敷にいてこの通路の存在を知っていそうな人物――フレデリカだろう。彼女がペトラを連れて、この通路からどこかへ脱したと考えるのが単純な結論。問題は、

 

「なにから、逃げるために?」

 

 聡明な彼女であれば、相応の根拠があったはずだ。

 屋敷内にしかし襲われた形跡がない以上、その迫った危険というものは事前に察知できたということ。それらの情報にスバルは魔女教という単語をちらりと思い浮かべるが、それを首を振って追い払い、

 

「それなら、フレデリカが書き置きの一つもしてないのが不自然すぎる。それにアーラム村の人たちはなにも気付いてなかったし……魔女教みたいな危なすぎる奴らがくるなら、村人を巻き込まないために行動を起こすはずだ」

 

 少なくとも、フレデリカはロズワールが組するエミリアをサポートすることに疑問を抱いてはいなかった。ならば彼女は彼女にできる範囲で、最善の対処をしているはずなのだ。村人がそれを知らないということは、魔女教ではない。

 とにかく、

 

「フレデリカとペトラはたぶん、屋敷を出てる。……それなら、俺は」

 

 一瞬、通路を抜けてフレデリカたちとの合流を目指そうと足を踏み出しかけ、そのスバルの足を止めたのはここまでの考えに名前の出てこない少女だった。

 もし仮にフレデリカがここを脱すると判断したとして、果たしてその逃亡にあの少女は同行してくれただろうか。

 

「俺の知ってるベアトリスは、そんな空気の読めるガキじゃねぇ」

 

 あの小生意気な縦ロールならば、きっとフレデリカの提案をはねのける。

 そうして自分だけの禁書庫に閉じこもり、なにが起きても平気と嘯いて、こちらの心配であるとか配慮であるとか、それら全てを蹴っ飛ばして、それで寂しそうな顔をするに違いないのだ。違いないから、

 

「引っ張り出してやる……!」

 

 誰が彼女を連れ出さなくても、スバルだけはそうしてやろうと考える。

 彼女が自分だけの城の中で、そこをどれだけ堅牢だと信じていようが関係ない。

 この場所に危険が迫っているとわかっていて、そこに小さな女の子を置き去りにするなど、できるはずがないのだから。

 

「そうと決まれば――!」

 

 隠し通路に背を向けて、スバルは息を鋭く吐くと執務室を飛び出す。

 ベアトリスを見つけ出すのに、もっとも確実なのは屋敷中の扉を片っ端から全て開けていくことだ。スバルならばその途中で、ベアトリスの禁書庫に繋がっていそうな扉が『なんとなく』わかる。それを頼りに、彼女を見つけ出せばいい。

 まずは最上階の扉を片っ端から――、

 

「―――――」

 

 一歩止まったのは奇跡だろうか。

 それともシャオンやアリシアから鍛えられていた成果が出たのかはわからない。

 だが、それが――スバルの命を僅かにつないだのだ。

 小さく、腹部に痛みと熱を感じる。底を見ると薄く、本当に薄くではあるが横一文字の傷ができていた。

 ただし、裂けていたのは服と薄皮のみだ。血を出すほどではない、止まらずに進んでいればこんな被害では済まなかっただろうが。

 

「――驚いた、確実に綺麗に裂いたと思ったのに」

 

 ふいに声が聞こえた。

 正面、態勢を立て直すスバルの前方から誰かが声を投げている。

 いいや、誰かなんて表現は適さない。自分はこの声の持ち主を知っている。忘れたくても忘れない、忌々し気な声。

 足音が波紋を生み、暗闇に慣れてようやく視認できる黒の装束。細身。黒い髪。こちらを愛おしげに見る、艶っぽい眼差し。

 懐かしさすら覚えてしまう、『第一の脅威』。

 スバルのある意味での初めてを奪った、最悪の女。

 

「なん、でここに」

「言ったはずよね?……次に会うときまで、腸を可愛がっておいてって」

 

 常軌を逸した愛の宣告。

 自分では一生できないその宣告を受けて、確定する。目の前にいる脅威、それは――

 

「――いやがんだっ!? エルザ・グランヒルテ!!」

 

『腸狩り』の再来だった。

 




今回の脅威
①シャオン?
②腸狩り
③?

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