ぼやけていた視界がハッキリと輪郭を取り戻し、シャオンの目に世界を写し出した。
「ここ、は?」
眩しいほどの日差し、絶え間なく歩き続ける人々。そして――
「……兄ちゃん、見ない服装だな。リンガいるかい?」
朝にお世話になった八百屋の店主、カドモンがある男性に話しかけていた。その男性の姿はジャージを着た目付きの悪い青年。間違いない、スバルだ。しかしここで疑問が浮かぶ。なぜスバルと自分がこんなところにいるのだろうか?記憶の限りでは盗品蔵の前で自分は立っていたし、スバルは盗品蔵の中に、それに偽サテラも追って入ったはずだ。
だが彼女の姿は何処にもなく、スバルも盗品蔵とはかけ離れた八百屋の前にたたずんでいる。そしてもう一つ気になることがある。
「……なんで、日が落ちていないんだ?」
シャオン達が盗品蔵にたどり着いたのは日が落ちたころ、しかし今はそんな様子はなく、さんさんと太陽が照っている。
違いすぎる状況に混乱しながらも考えをまとめていると、
「買わねぇならさっさとどっかいきやがれっ!」
カドモンの大声でシャオンは思考の海から抜け出す。そこには呆けた表情で怒鳴られているスバルがいた。どうやらカドモンに冷やかしだと判断され追い出されたのだろう。とりあえず今は
「スバル!」
「シャ、シャオンか? ちょっといま状況つかめないんだけど! なぜに俺は怒られてんでせうか?」
どうやらスバルも状況がわからないらしい。だが、少なくとも自分のことは覚えているらしい。
そのことに安心しながら、確認をとる。
「……とりあえず、お前は盗品蔵に入った。それはOK?」
「ああ、それで……」
スバルが言葉の途中で詰まらせる。その顔色はより酷く、土気色だ。
「スバル?」
「ああ、何でもない」
今のスバルの様子を見て、何もなかったと思える人間などほとんどいないだろう。シャオンはため息をつきながら追及する。
「スバル、今は状況把握が大事だ。それはお前もわかっているだろ?」
そう、蔵の外にいたシャオンにとっては蔵の中で何が起き、スバルがどうなったのか何一つ情報がないのだ。今どうなっているのか、どうすればいいのかを考えるにはスバルから情報を得るしかないのだから。
真剣なまなざしで見つめるとスバルは若干言いづらそうにしながらも口を開いた。
「信じてくれるかわかんねぇけど……蔵の中で誰かに襲われて、死んだ」
「……どんなふうに?」
真面目に聞いてくれたことからスバルは先ほどよりも幾分か簡単に言葉を吐き出した。
「たぶん、刃物によって腹を裂かれたと思う。犯人の姿は暗くて見えなかったけど……」
そこでスバルは思い出したかのようにシャオンに詰め寄った。
「そうだ! サテラは!? 大丈夫なんだよな!?」
肩を強く握られ、揺さぶられる。おそらくスバルは彼女がどうなったのか知っているのだろう。しかしその事実を否定したく、シャオンに意見を求めた。
スバルの気持ちを考えれば言いづらいのは事実だ。だが、真実はしっかりと伝えなければならない。
「……たぶん、死んでいるだろう。俺も、だ」
スバルが死んでいるのだ。そのあと盗品蔵の中に入った彼女も死んでしまっているだろう。よしんば死んでいなかったとしても現段階でその事実を確かめることはできない。
そして、シャオンが味わったあの感覚。
恐らく、あの後自分は死んだのだろう。そう考えるほうが可能性が高い、原因は同じくわからないが。そして、スバルの話してくれた情報をもとに頭の中で考えをまとめ、一つの仮説がシャオンの中で生まれた。
「スバル、落ち着いて聞いてほしい。これは仮説だけど」
そう前置き、袋一杯に入ったリンガを見ながら続ける――数時間前には
「――たぶん、
そう、いわゆる死に戻りというものを経験しているわけなのだ。
◇
青い顔で石段に腰掛け、空を仰いでいるスバルにカドモンから借りた冷たい布巾を渡す。スバルはそれを力なく受け取った。
「大丈夫か?」
「いや、結構きつい」
その表情には本当に余裕がなく、目を離すとどこかに行ってしまいそうなほどの弱さをスバルから感じられた。
「お前はどうして落ち着いていられるんだ? 死んでんだぞ?」
「これでも動揺しているよ。だが、どちらか冷静にならなければだめだろう」
スバルが動揺しているのをみてかえって冷静になったのだが 、それはあえて言わないでおく。
そして、ようやくスバルも落ち着いたようで、大きく息を吐くとあることに気付いたようだ。
「……そういえば俺とお前は戻ったていう記憶あるけどほかの奴らは認識してないんだな」
そう、先ほどのカドモンの反応はどう見てもこちらを覚えているやり取りではなかった。一回目の世界では他の人物と接触をあまりしていなかったので判断に困るが、おそらく彼らも覚えていないだろう。
「それは……俺たちが異世界から来たからか?」
条件としては一番それが当てはまるが確たる証拠がない。だから正直に結論を言おう。
「――わからない。全然わからないことだらけだ。だからまずは、盗品蔵に向かうことを提案したい」
そう、盗品蔵。あの場所に行けば何かがわかるだろう。スバルもシャオンの提案に応じ、盗品蔵に向かおうとする。そして
「おい、兄ちゃんたち。待ちな」
――見事に一度目と同じごろつき達に絡まれてしまった。
「わざわざ前回とは違う路地に来たのにどういうことだよ」
「そもそも路地裏を通ることが間違いだったかな」
これにはシャオンだけでなくスバルも苦笑いを浮かべる。彼らとの接触は必然であるのだろうか?
「有り金を全部置いていったら、ひどいことはしねぇよ」
「ははは、わかりました。今渡しに行きますね」
要求に素直に従おうとするシャオンの言葉に抗議の意を唱えようとするスバル。しかしそれを手で制する。
そうして下手に出たことにごろつき達は油断し、下種な笑みを浮かべ、シャオンに近づく。そんなごろつき達の、ナイフをもつ男のその喉元を目掛けて蹴りを放つ。
「んがっ!?」
急な一撃に男は対応などできるわけもなく、短い悲鳴を漏らしながら吹き飛ぶ。男は二度ほど体を震わせ、それっきり動かなくなった。
「てめぇ!!」
硬直から脱した男がシャオンにつかみかかろうとする、しかし
「俺もいんだよ忘れんな!!」
スバルが巨漢の胴体に抱きつくようにして腕を回す。そして腕、足、腰、ついでに顔に力をいれる。そう、いわゆる――
「くらえ! バックドロップッ!!」
スバルの叫びとともに頭から地面に見事に叩きつけられ、男は泡を吹き、白目をむきながら気絶した。
仲間の二人がやられ、三人いたごろつきは残り一人。すると男は流石に不利だと悟ったのか仲間たちを見捨ててシャオンたちから背を向け、逃げ出す。しかし、慌てたせいで足がもつれ転んでしまう。
その隙にシャオンは男がもっていたナイフを拾い上げ、男に近づき首元に添える。
「ちょいと、聞きたーいことがあるんだけどいいかなぁ?」
できるだけ恐怖を与えるような声色で語り掛ける。男は小さいながらも頷く。
「盗品蔵の主、わかる? 情報知りたいんだ俺たち」
「し、しらねぇ! だけど……巨人族ってのは聞いたことが――」
「それは知ってる」
シャオンはナイフを首もとにさらに近づける。もっといい情報が無ければこのナイフが男に刺さるという暗示を込めてのものだ。勿論シャオン自身そこまでする気はないのだが、そんなことを知る由もない目の前の男はさらに体を震わせる。そして、刺されまいと男は必死に考えて、一つの情報を口にした。
「ま、孫娘がいるらしいっ!」
「孫娘?」
予想外の単語にシャオンは聞き返す。その反応に男は好感触を得たと思ったのか慌てて話し出す。
「た、確か名前はフェルトって奴だ! 金髪、赤目の女! 盗品蔵によく出入っているらしい!」
――徽章を盗ったであろう女の特徴だ。
男にさらに詳しく話を聞こうとした瞬間、
「ぺっ!」
「ぐっ!」
男がシャオンの目をめがけて唾を吐きかけた。予想だにしない反撃によけることができずそれをまともに食らってしまう。
「はっ! じゃあな糞やろうっ!」
男はそんな捨て台詞をこぼしながら走り去ってしまった。拭いおわったころにはもうそこには倒れた二人以外には誰もいない。
「……とりあえず、盗品蔵に向かうことがつながるな。あ、こいつら、どうする?」
「無視しよう、どうせ死なんさ」
男のつばで汚れた顔面をふきながらシャオンは不機嫌そうに答えた。
◇
前回、カドモンに教えられた道筋を覚えた限りでそのまま通ると以前よりは幾分か早く盗品蔵に着くことができた。
――この盗品蔵の中に、求めている答えがあるのだ。
「ビビんな、ビビんな、ビビんなよ、俺。バカか……いや、バカだ、俺は。ここまできて答えを見ないでなんて帰れるかよ」
「そもそも、帰る場所なんてどこにもない。いくよ」
シャオンに言われ意を決してスバルは前を向き、歩き出そうとする。しかし膝が笑い、がくがくと震えて言うことを聞かないだろう下半身をシャオンは目にした。あれでは1歩を踏み出すのも時間がかかるだろう。
また、叩いて根性を出させるかとでもを考えていると、スバルは
「……よしっ行くか!」
その突拍子もない行動に驚いているとスバルは深呼吸して足を進める。そのあとにシャオンはスバルの成長を微笑ましく思いながら続く。
橙色の日差しの中、盗品蔵の扉は無言で来訪を拒絶しているようだった。だがそんなことなど気にする暇などない、スバルも同じ気持ちのようだ。
「誰か、いますか」
スバルはその木造の扉を軽くノックした。意外と鈍い音が中にも外にも響いたはずだ。が、返ってくるのは居た堪れなくなるほどの無音と無言。
「誰か……誰かいるだろ! いてくれよ、頼むよ、返事してくれ……頼む」
焦り、恐怖、そして認めたくない現実を否定したいからだろう。スバルは戸が軋むほどに拳をぶつける。その強さに拳からはうっすらと血がにじんでしまっている。
「スバル、落ち着け。こういう時は――壊すに限るっ!」
スバルを下がらせ、開かない扉を乱暴ながらも蹴り破ろうとしたとき――そんな頃になってだ。
「――やめんかぁ!! 合図と合言葉も知らんで、そのうえ扉を壊そうとするやつがどこにおる!!」
目の前の扉が勢いよく開いて、へたり込むように体重を預けていたスバルが吹っ飛び、蹴り破ろうとしたシャオンは体制を崩して転んでしまう。
スバルは盗品蔵の入口から五メートル近く後ろに飛ばされ、シャオンは扉を開けた人物を間近で見上げる羽目になった。
その驚愕に見開いた瞳の中に、入口で顔を真っ赤にさせた老人がスバルを、そして近くにいたシャオンにも気付き睨んでいる。
大柄で、禿頭の老人だ。
元は白かったのかもしれない上着は、埃と長年の汗で茶色く変色し、臭いもどぶ川のようにひどい。見るからに不衛生な有様だ。その衣服の下には筋肉質な肉体が詰まっていて、その年齢を感じさせる見た目に反して弱々しさの一切を思わせない強靭さが見え隠れする。
つまるところ、体のでかい超元気そうな爺だ。それが盗品蔵の入り口を塞ぐように立っていた。
「なんじゃお前ら! 見覚えのない面ぶら下げて、何しにきたんじゃ! どうやってここを知った、どうやってここに辿り着いた! 誰の紹介じゃ!」
「そんなに一度に質問はよしてくれよ」
すさまじい勢いで唾と大声を出しながら質問してくる爺は距離を詰め、その巨大な掌でスバルとシャオンの首根っこを掴みあげる。
浮遊感を味わい、自分の体が地を離れていることに気付く。よほどのことがない限り負けない基礎体力も、よほどの相手が相手ではこれだ。
チラリと横を見るとスバルも身長が二メートル近い爺に担がれてしまいすっかり抵抗の気力もなく、
「――お近づきに印に、おひとつどうぞ」
憤怒の感情一色の顔に向かって、まるで供物を献上するようにコーンポタージュ味の菓子を投げ込むの見て、倣うようにシャオンもリンガのひとつを投げ入れた。
感想、アドバイスお待ちしております。