「そもそも、ボクが一体何かと言う質問の答えを正確にだそう。手短にね」
そう告げると、恐らく土属性の魔法を利用したものだろうか、何もない場所に椅子が生まれる。
予想外のマナ操作、魔法の練度に驚く様子のラムを他所に、シャオンは気軽にその椅子へ腰かける。
ロズワールもその腕に驚きはするが、話を早く聞くために動揺を出さずに先に進める。
「まず、シャオンという人物は400年前に死んだ。ただ、オド・ラグナと密接な関係があるからなのか、確実に死んだわけではないのさ。とはいっても、そのまま生き返っても植物のような状態だ」
衝撃的な事実に、ロズワールは以外にも驚かなかった。自分も似た様なことをしているし、なにより敬愛する先生と同じような存在ならばそれくらいのことはできるのだろう、と想定していた体。
ただ、代わりにラムの驚き、息を呑んだ様子が鮮明に耳に入る。
「だからボクは世界中に器を用意した。ボクが生き返ったときに動けるようにね。ああ、勿論、あの子たちにもいろいろと経験をさせようとはしているさ。でも、最終的にはボクが器に定着する――生き返るとでも言えばいいかな? そしてこの雛月沙音は、その中でも特別な一人」
「信じられないわ、そんなこと」
「もしも疑うのなら――あー、水門都市?だったかな、そこに『遺体』があるはずだ。ボクの妹と同じく支えになっている。その様子を見れば嫌でもわかるよ」
ラムの言葉に、シャオンは答える。
水門都市、おそらくプリステラのことだろう。あそこには確か――”傲慢の魔女”の遺骨があるはずだ。にわかには信じられないが、その魔女が彼の妹なのだろう。
そして、その事実を語るシャオンの表情は初めて、本当に少しだけ悲しみがにじみ出ているようだった。
しかしそれは幻覚なのだと思ってしまうほどに一瞬で、すぐに感情の読めない笑顔を張り付けてくる。
「話を戻そうか、えっとこの体は器の中でも特別製だってところまでは話したよね」
「特別、ねーぇ。異常なほどの成長能力、他の人物に好かれやすい体質というのは、その器が影響しているのかな?」
「半分正解かな。成長能力に関してはボクの『模倣の加護』の影響。好かれやすいのは、まぁ人徳じゃないかな?」
心にもない事をシャオンは口にする。
だが、ロズワールにとっては十分に知りたいことがわかった。正確には推測になるが、今の段階では十分なほどに。
目の前の男は自分と同じように意識を、魂を別の近しい存在に移していっているのだ。それが子孫なのか、別の何かなのかはわからないが。
「君の存在がほとんど残されていなかったのは?」
「ああ、ボクの熱狂的なファン? 言い方を変えるならば長い年月共にした旅団があってね、彼等にばれると色々と不味くてね」
嬉しさ半分、迷惑半分と言った様子で頭を掻くシャオン。
魔女や似た様な存在を信仰する集団は少ないが、確かに存在はする。魔女教が特にその一つだ、そして、この男にもそのような存在がいたのだろう。
そして、それらが行う行為が彼にとって利を得ない物だったのだろう。だから、隠居の様なことをしていたのだ。
業腹だが、それであればこの書に記載がないのも――
「なーぁるほど。合点がいった、君のことは『叡智の書』にも記載がほとんどなかったから、その情報だけでも十分な収穫だった」
「そりゃどうも。で、時間もないようだから自己紹介はここまで、ここからは未来の話だ――契約をしよう。ロズワール」
「契約?」
想定外の単語に、思わずロズワールは間抜けな顔で呟く。
「強張らせなくていいよ。互いにメリットがある契約さ」
自身には何もない、とこちらの警戒心を解くためなのか手を広げるシャオン。だが、それすら全て彼の作戦の一つなのではないかと疑いを抱いてしまう。
だからけん制の意味も込めて――
「契約の内容次第だ、あまりにも突拍子な――」
「――――」
突拍子な契約の内容であれば、話にならない。
そう口にしようとしたロズワールは、別の意味で突拍子のない契約の内容を持ち出されたためか、思わず口を閉じる。
「……正気かい? 君はスバルくんと仲がよかったと思うけど」
「仲の良さと与える試練の重さは違うさ。なに、どんな結果になろうと彼ならば乗り越えてくれるさ。もしも乗り越えられないなら――価値がないだけだ」
初めて、この男と対話をしていて初めてロズワールは恐怖を覚えた。
それは考えが
流石、自身が尊敬している人物と同類の人物、常識の外にいる存在だ。
「君の実力ならば私に頼る必要はない、なのにわざわざ魂を縛るような契約をしてまで?」
「理由は2つ。1つはこの器はまだ不完全だからね、契約による後押しが必要なんだ。もう1つは――一度契約をすれば”次”説明するのも楽だろう?」
含みのある発言。
その様子にロズワールは感情を押し切れず思わず奥歯に力が入り、舌打ちでもしそうなほどに、怒りを抱いていた。
それを見てシャオンは、小さく笑う。
「さて――世界が終わる」
「”影”か、兎に覆われる前に。君はその激情を晴らしておいたほうがいいんじゃないかな?」
「……なんのことかーなぁ?」
ロズワールの表情は変わらない、だが明らかに空気がピリつき、怒りの感情が伝わってくる。
長年連れ添っているであろうラムでさえも、ここまでロズワールが感情を隠しきれていないのは初めて見る。
「隠す必要はないよ、というよりも、その抱く感情の大きさは隠せていないけども。ただ、同じ師匠を持つ仲……だからこそ君がボクにそれほどまで敵意を向ける理由がわからない」
「……簡単な話だ―ぁよ。私は君に『嫉妬』している。先生と親しい、私の知らない先生を知っている君をね」
その呟きは小さく、ただ嘘偽りのない言葉だった。故に、シャオンは満足そうに頷く。
「恥ずかしい、未熟者、理解できない。なんて言われても構わない。でも、私は君の存在を許せないだろう」
そしてロズワールは片手をこちらへ向ける。
その手に集まるのは、マナだ、炎の、マナ。
「だから、お言葉通り激情を晴らさせてもらうよ? シャオンくん?」
珍しく感情を表情に露骨に表しながら、ロズワールは――魔法を放つ。
その魔法は業火だ。触れるだけで、触れた個所からその炎は全身に広がりすべてを、魂すら焼き尽くしてしまうかもしれない。
それほどまでの威力をもった一撃を、たった一人にロズワールは放つ。それほどまでに、強い感情を抱いているのだと示すように。
それを受けてシャオンは理解できない様に無表情で、そして僅かに笑い。
「――――悲しいね」
誰に対して向けた言葉なのか、憐れみの言葉を一つ零す。
そう、言い残し、シャオンはあえてその炎を、『嫉妬の炎』をその身に受け、消滅したのだ。
□
「――オン、おい!」
呼ばれている、というよりは揺さぶられていることで目ざめから覚める。
心地よい眠りを妨げるような存在に苛立ちと、それでもその呼びかける声に応えねばならないといけない使命感に、ゆっくりと目を開く。
目の前にいるのは少年、目つきの悪い、自身の友人である菜月昴だ。
「シャオン!」
目が覚めたことにスバルは不安の表情から一転し、安堵の笑みを浮かべる。
そして、当たりを見回す。
冷たい空気に生気を感じさせない空間。自分たち以外に生き物はいないと言われても有りえなくはないと思う雰囲気。
ここは――
「……ここ、は墓所か? 一体何が――」
「エルザだ」
こちらの声に応えるようにスバルは口を開く。
だが、その答えは――
「エルザに――してやられた……殺された」
「――――」
「お前の方は――おい?」
――シャオンが求めているものではない。
「……おぼえて、いない。試練を受けようとして、意識が飛んで――気が付いたら今の状態だ」
”恐らく”死に戻りが起きたのだろう。
スバルの言う通りならばあの狂気の暗殺者がスバルを殺して、ただ、その死に戻りの感覚が、以前は多少なりとも感じていた感覚が露にも感じない。
シャオンの中では試練を受けて、そして今、目を覚ましただけなのだ。試練の最中の記憶も、何も残っていない。
それがあらわすことは――
「――――」
結論にたどり着くと同時に自身の迂闊さを呪いたい。
唯一異世界で、”死に戻り”という異能を共有できるのはシャオンのみだ。
それを、孤独を解消させてくれる存在の消失、死に戻りを共有できる人物の喪失は、
「……は?」
隠すことができないほどの動揺を、スバルに与えたのだ。