「んな泣きそうな面ァしたって無駄だぜ? 俺様ァもう決めちまったからよォ。こうと決めたら動かねェ。『ドンモラキンは押されてもふんづまり』ってこったな」
「いや、なんでっすか? 確かに色々問題はある、かも、その、しれないっすけど」
反射的に叫んだアリシアだったが、言葉の最後は殆ど声になっていなかった。
ガーフィールの剣幕に圧されたからではない。どちらかといえば、エミリアのほうを気にして言いきれなかったのだろう。
その彼女の優しさはともかく、流されてよい問題ではない。
「せめて、理由を聞かせろよ、ガーフィール」
「あァ?」
「当たり前だ、お前が嫌だからって言うのは道理が通らねぇだろうよ」
スバルの言にガーフィールは面倒だとばかりに頭を掻き、ため息を零す。
「ババアの方針を全面的に肯定するっつんなら、てめェの提案を受けた方が効率がいいってェのはわかる話だぜ? ――だァが、絶対に嫌だ」
「だからその理由を……!」
「うるせぇ、俺が嫌だって言うんだから嫌だってんだ。それで納得しろォ」
腕を組み、顔を背けるガーフィールの言葉はすべて感情論。スバルやシャオンが今まで相手してきた相手ならばまだ損得勘定を考えた交渉が出来たが、ここまで感情が理由となっている相手には相手が悪い。
特に、このガーフィールという男は今までであって来た人物の中でもどこが感情の爆発に繋がるからうかつに踏み込めない。
で、あればだ。
「リューズ嬢」
取り合うつもりのないガーフィールでは話にならない、とシャオンは黙って状況を見守るこの中で最年長の人物へ声をかける。が、リューズはその手の先が出ないぶかぶかの袖を振りながら、
「ガー坊がこうなったら儂の話でももう動かん。力ずくで言うことを聞かせられこともシャー坊であればできるかもしれんが……できれば控えてほしいかの」
「ええ。こちらも”味方”で無駄な争いはしたくないんですよ」
下手をすると死ぬか死なせてしまうような戦いはしたくないのだ。
人が死ななかったのならばまだいいが、無傷では済まないだろう。
もちろんリューズだって彼が傷つくのは嫌だろうし、その戦いによって余計こじれてしまうのは面倒だ。
第一、ガーフィールの言い分を肯定するわけではないが、積極的にたしなめるでもないリューズも内心では彼の意見に賛成なのだろう。
ここの管理者二人に否定されてしまっては旗色は悪い。人数の問題ではなく『信頼』の差でだ。
それはスバルもわかっているようで、言葉にできない感情を握り込み、震えている。そんな彼を見上げ、心配げに声をかけてくるのはエミリアだ。
彼女はいつも通りになる様に努めて明るい声で、スバルに話しかけた。
「わ、私が頑張るから、スバルは無理しなくて大丈夫よ。……そう、ちょっといきなりだったから驚いちゃっただけで、なにが起きるかわかってれば……それともスバルは――」
何度か彼女は言葉を口の中で咀嚼し、ようやく絞り出す。
「スバルは……ううん、みんなは、私に任せられない?」
「……それは」
「私がダメなところ見せちゃったから、『試練』を任せられないって……そんな風に思ってるから、代わりに」
「違う。そうじゃないよ」
「ううん、不安に思うの、わかるもの。仕方ない、よね。あんな、あんな過去を乗り越えられない私なんて――」
こちらの言葉にエミリアは首を横に振ってそれを受け入れない。それどころか試練の内容を思い出してしまったのか、彼女の瞳から光が消え、今にも泣きだしてしまいそうなほどに、顔が油案で行くのがわかる。
肩も震え、唇も嫌な青色に染まっている。そんな彼女の様子を見て――
「思い出さなくていい――!」
「でも向かい合わなきゃ! そうじゃなきゃ……王様になれない。みんな、みんな救えないもの……」
その両肩に触れて懸命に声をかけるが、首を振るエミリアは頑としてスバルの言葉を聞き入れない。
それどころか、制止の言葉をかけられればかけられるほどにその意思は強固なものになってしまい、
「スバルに甘えてばっかりじゃ、いられない。いられないもの。みんな、みんな私のために頑張ってくれたのに……私、何もできていないのにまた、誰かに背負わせることなんて……」
「いいんだよ、それで。この『試練』に関しちゃ、俺の方が相性がいいんだ。俺よりすごいシャオンだってダメだった。俺よりすごいコイツがな? ただそれだけのことで、それ以上の意味なんてない。俺ができそうだから、俺がやった方が確実で早い。俺にできそうなことなんてそうそうあるもんじゃない。エミリアたんが、エミリアが頑張らなきゃいけない機会なんて、これからいくらでもまたある」
「――嫌なことから目を背けて、逃げ続けて……それで、私、どうなるの? 私は、私の意思はどうなるの? 私は、どうすればいいの?」
子供のような瞳で、スバルに問いかけるエミリア。その瞳は今にも涙をこぼしてしまいそうで、下手な答えを出してしまえば、取り返しのつかないことになりかねない。
スバルもそれがわかっているのか、何も答えられない。逃げてもいい、なんて言葉を簡単に話すことはできない。
――なぜならスバルも、シャオンも、彼女の過去、背負っている物をまだ知っていないのだから。
しばらく沈黙が続き、息を零す。張り詰めた空気が破裂してしまう前に、手を打つ必要があった。
「――そこまで、今夜はここまでにしよう」
短く、そう言ったのはシャオンだ。そして、小さく、歌でも歌うかのような息遣いの後、僅かに体が光り、そして――
「……ぁ」
ふっと、力が抜けたようにエミリアの体がその場に崩れ落ちる。
真正面で倒れるエミリアにとっさに手を伸ばし、転倒しかけた彼女を抱きとめてスバルはそっと安堵の吐息。それから、それをしたラムを見上げて、
「なにしたんだ?」
「落ち着かせるために手っ取り早い方法を……む、いや『魅了の燐光』の応用で、まぁ、安らぎのお香みたいなものだ」
当たり前のように自身が行ったことの説明をするシャオン。周りは驚いた死線をこちらへ向けるが、自分でも驚いている。
このような能力の使い方は初めてだったのに、自然と、まるで
「強引だったことには物申したいとこだが……最善だったと思う。悪ぃな、面倒かけちまって」
「当人が眠っちまったんなら、話ァここで終わりっだな」
強制的に眠らされたエミリア。彼女を優しく抱き止めるスバルを見て、ガーフィールは鼻を鳴らすとそう吐き捨てる。
「お姫様は、明日、しっかりと話せるといいけどよォ」
その言葉に、誰も言い返すことはできなかった。
■
「ふたりは本当に『聖域』の解放はエミリア嬢の手で行われるべきだと思いますか?」
かがり火に照らされる夜の集落で、シャオンは前を行く人影にそう声をかけた。
「あぁ? まだなぁんか話があんのッかよォ」
声に足を止め、振り返る人影は二つ、ガーフィールとリューズの二人だ。
今にもこちらにその鋭い歯で噛みついてきそうなガーフィールと、表情の読めないリューズ。その二人に対してどう話を進めていくべきかと頬を掻くと、
「そんな喧嘩腰に構えるなって、質問があるだけだ」
救世主とばかりにスバルがこちらの方に腕を回し、同じように声をかけた。
驚いたようにスバルを見ると彼は慣れていないウインクをこちらへ飛ばす。
「スー坊もか……流石に二人も集まるなら無下にはできんの。もとより、答えられるなら答えるつもりじゃったが」
「それで、質問の解答を頂きたいのですが」
「そうじゃな、それがロズ坊の望みじゃからな」
「ロズワールの思惑、ねぇ。あいつの考えを支持するってことか」
「勘違いすんじゃねぇよ、野郎が嫌いなのは俺様も同じだ。ッけどな、話は簡単じゃねェんだよ」
「ワシも気持ちのいい話とは思わん。だが、集落の代表として、結界が解けた後の話も考えねばならないのじゃ」
なるほど、とシャオンは頷く。だが、隣で聞いているスバルは頭に疑問符を浮かべているようだ。
その様子に少し笑いながら、シャオンは説明をする。
「結界が解けた後、全く変わった暮らしが始まる。その世話を見るのはロズワールだ、だから」
「あぁ! 立場を悪くしたくないってことか、なるほど」
「スー坊らには悪いが、そういうことじゃ」
「まっ、そういうこった。こっちの要求は伝えたぜ。表の『試練』を受けるのはお姫様、資格があろうが、お姫様に資格があるなら他の奴が受けるのは俺様が認めねぇ」
「……さて、そろそろよいじゃろ? 年寄りには夜更かしはキツイ、続きは明日じゃ」
「その外見で言われると脳がバグるんですが、そうですね。リューズ嬢、ありがとうございます」
「てめぇら、墓所には近づくなよ?」
眠たげなリューズ、刺々しいガーフィールを見送り、そしてスバルとシャオンは他に目立った人影がいないことを確認し、隠れているある青年に声をかける。
「で、部外者であるところのオットーはこの状況をどう見るよ」
「言い方が最悪過ぎでは!? それに居心地と先行きが最悪な感じすぎて黙ってやり過ごそうとしてる僕を引っ張り込むのやめてもらえませんかねぇ。……ただ、素直に話を聞いてた感想を言うなら、ガーフィールたちの言うことの方も正論だとは思いますよ」
指を立て、話を振られたオットーは跪くスバルを見ながら何度か頷き、
「辺境伯の狙いもそうですし、エミリア様の王選候補者としての立場もある。確かにナツキさんが代わりに『試練』を代行しても、それはそれでエミリア様のお手柄ってことになるとは思いますが……後々にその話を聞く第三者はともかく、今この『聖域』に滞在する当事者たちの納得を、つまりは支持を得られますかね?」
「……そのへんの理屈は俺にだってわかってる。どう考えたって、エミリアが『聖域』を解放する方がずっと状況的にメリットがある。だけど……」
「エミリア様には、『試練』を乗り越えることができないと、スバルはそう思ってるっすね」
口ごもるスバルの躊躇を蹴り破るように、あっさりとそう口にするのはアリシアだった。背後にはラムの姿もある。
アリシアはエミリアの寝所をラムと整えていたはずだが。と、視線をラムへ向けると、
「この後輩にはもう少し仕事の質を上げてもらう必要があるわ。ラムが休むために……今のままでは手を出してしまいそう」
「えへ」
珍しく疲れた様に恨み言を言うラムの様子からどうやらアリシアが整えた、寝床? は酷いものだったのがうかがえる。
「そこは教育係であるシャオンがやるとして……見た限り、短期間で結果を出すのは厳しいと思う。エミリアの過去になにがあったのか、具体的にわからないまま話してても仕方ない話だけど……そんなに時間をかけられる状況でもない」
「少なくとも、王選の決着を見る三年以内か」
「気が長すぎる話っすね……」
軽口で出した言葉だったが、どうやら真面目にとらえられてしまったようだ。
そして、少し考えていたオットーが口を開いた。
「避難してきた方々の負担、それに『聖域』の食糧事情なんかもありますからね。長期的な視野で見て、この人数を維持し続けるのは現実的じゃないかと」
「まぁ、そういうこった。ただでさえいきなりの避難生活でストレス溜まってるってのに、そこで食い物まで満足いかなくなったら人間すぐに不満が爆発するぜ」
「そうなる前にどうにかしたい、と。腹案は?」
「できれば、取り返しのつかない分裂が中で起きる前に解放したい」
改めてスバルは人質解放案を提示する。
前回は認められた提案だ。しかし、今回も同じように通るかはわからない。なぜなら前回、この提案が通った背景には色々と交渉したうえで成り立っているものがある。
例えばスバル、シャオンといった可能性が高い人物が試練を受けることなどだ。だが、その条件を交渉相手から防がれてしまっているのだ、交渉はスムーズにはいかないだろう。
「共倒れは彼らも望まない、結界の性質上誰かが試練を終わらせなければいけないことにはエミリア様は外に出られない……提案条件は満たせていそうですね」
スバルの提案を聞いて、説明不足の部分を自身の解釈で補完したオットーがうなずく、
その様子にラムは感心した様に目を細め、アリシアも「ほぉ」と驚いている。
当の本人であるオットーは二人の反応の意味が分からず、怯えている。
「な、なんですか? おふたり」
「驚いた、思った以上の拾い物をしてきたものね、バルス」
「アタシと同じく拾われた身でありながらもなんか負けた気がするっす」
「だいじょうぶだ、お前ら二人ともちゃんと役立っているよ。ほら、ちゃんと世話するのが条件で飼っていい?」
「ただでさえうちには騒がしいのがいるのだから、世話はしなさいよ」
「犬猫の世話をするような話を、僕らにあてはめないでくれませんかね!?」
何度目かのオットーの叫びに全員の嘆息が重なる。
「墓所での『試練』と憔悴したエミリア様、役立たずのシャオン。どれも過酷な状況が続いているのには同情するすけど、大切な約束を忘れる理由にはならないわ」
「約、束?」
「トラウマになってんな、スバルよ」
「――『試練』のあと、ロズワール様が時間を作ってくださる」
割と本気で不機嫌なラムの言葉にスバルは手を叩く。
どうやら本当に忘れていたようだった。実際シャオンも少し忘れかけてはいた、それほどまでに怒涛の一日だったのだ。
その様子にラムは深い息を零し、
「そこで、これまでの事情、今後のことを話し合う。そのはずでしょう?」
「あ、ああ。そうだった、別に忘れていたわけじゃないぜ。な、シャオン」
「ああ、勿論」
「……ふん。ただ、今回話し合いに出るのはバルスだけ」
「ん、なにかあるのか?」
同室することに別に問題はないはずだが、何やら事情があるらしい。
前回の話し合いの時は同室であっても問題はなかったはずなだけに少し気になったのだが、ラムは少しばかり目を反らし、
「そこまではラムの関与すべきことではないわ。ただ、『契約はもうすぐ履行される、忘れずに』とのことよ」
「……はぁ」
「確かに伝えたわ。ほら、バルス急ぎなさい、地竜のように……地竜に失礼だったわ」
「俺に失う礼は? ねぇ」
全く身に覚えのない言伝を受け、頭に疑問符を浮かべながらシャオンはスバルとラムを見送り、疲れた体を休めに宿舎へと戻るのだった。