シャオンが裏の聖域に入り、試練を受けてから数分。
シャロの鼻歌以外はなにも音という音がない場所だ。
「――ふぅ」
「あ?」
そんな中、カロンが唐突に零したため息にガーフォールが目ざとく噛みつく。
「いやね、そんなに熱烈な目線を向けられると困るのですが。私は男なので。侮蔑」
「あ!? そんなつもりはねェよ!」
「では?」
黙り込むガーフィール。
確かにカロンに対して視線を送っていたのは事実だ、それを彼も自覚しているのだろう。
仕方なく、彼は一度頭を掻き視線を向けていた意味を答え始めた。
「別に深い意味はねェよ……テメェと、いや、テメェ等とあの野郎の関係性がよくわかんねぇ、と思ッていただけだ」
ガーフィールが知る限り、リューズと同じ時期位に聖域に訪れ、管理しているカロンとシャロ。詳細は詳しくは知らない、昔からいる奴らという印象しかない。
だがそこはどうでもいい、今肝心なのは、その彼等と来たばかりのあのシャオンという男との関係性がつかめないことなのだ。
少し前にシャロは『自身の父親を待っている』と語っていた。あの男は否定はしていたし、見た目も雰囲気も子を持つようなものではないことはいくらガーフィールでも気づいていた。
それに、カロンに関しては全く分からない。
本人は『怪人』であるシャオンの弟子だと宣っているが、それと同名のあの男を見て勘違いしているのだろうか。
いくら考えても結論は出ない、だから細かく考えるより当人に訊いたのだが――
「珍しいですね、そこまで気にしてくるなんて。あの導き手――ナツキ・スバルに影響されましたか?」
「あ? あの三下に?」
からかいを込めて躱すカロンに思わず青筋が立ったのを感じる。
だが、すぐにかれは手を振り、謝罪する。
「侮辱ではありませんよ、でもそうですね。気を悪くしたなら謝ります。虚偽」
「おい」
「いえ、大したものではありませんよ。あの人は家族であり、師匠であり――器です。”僕”たちは」
「……」
言葉の意味は分からない。
語る表情からはそれがいい意味であるとは少なくともガーフォールには思えなかった。だが、それを指摘するほどの理由はない。
気まずい空気に包まれる中、その沈黙は聖域の奥の扉から出てきた人物の姿を見て破られた。
3人が視線をそこに向けるとその場にいたのは灰色の髪を伸ばした、シャオンだ。
「出てきたってことは――」
「期待に沿えなくて済まないが、試練は失敗したよ」
ガーフィールの言葉は失敗の報告で遮られる。
しかし、その声色には感情という物がまるで込められていなかった。
「彼は、ボクに呑まれた。雛月沙音の意識は奥深くに沈んでいる。そして、価値の見定めも済んだ。故に――救済を、この世界を終わらせることとする」
「――テメェ……アタマ、いかれちまったか? あァ?」
あまりの突拍子もない発言に、思わずガーフィールの思考は一度停止する。
しかし、冗談を語っている様子がない彼の姿を見てすぐに警戒の態勢を取る。
目の前の男とは以前一度戦っている、故にその強さはガーフィールなりに知っているのだ。
油断できない相手、最初から全力を出す必要がある。
そう考えた彼の視界の端に、一人の少女が写る。
それは先ほどまでにこやかに笑っていた少女――シャロだ。
童女らしい笑みは消え、ただただ無感情にこちらを見る彼女にわずかに気圧されていると、彼女がその小さな口を開いた。
「ガーフ」
「うるせぇ! 止めんじゃねぇ、シャロ! いくらテメェでも――」
「控えなさい。ガーフィール・ティンゼル、既にこの世界はお終いなのです。お父様が関与しなくても」
見た目とは合わない冷徹な声色で彼女は告げた。
その様子に、目の前の少女が本当に己の知るシャロと同一人物なのか疑いたくなる。
その混乱の中、
「シャロ、ここは頼むよ」
「……はい、仰せのままに」
シャオンがそう命じ、既にこちらには興味がないとばかりに裏の聖域を出ようとする。対して、シャロは一度礼をした後にガーフォールに向き直る。
そして、
「待ちやが――クソッ!!」
「――シッ」
シャオンの向かった方向とは反対に蹴り飛ばされる。
そしてそれを僅かに視線だけで見届け、今度はカロンがシャオンに訊ねる。
「父上、私は――」
「君は自由にするといい、君には役目はないだろうけどボクはやるべきことがあるからね」
「――――はい」
「……兎が来るまでの時間はまだあるが、それまでに――楔を打つ。彼が、雛月沙音がもう後戻りできないように、この体でね」
子供らしい、楽しげな表情でそう告げ、聖域を後にするのだった。
□
血の混じった唾を吐き出し、悪態をつく。
「――クソが」
あの胡散臭い男にいったい何があったのかはわからない。わかったとしてもガーフィールには理解できないし納得もしないだろう。
だが、あの男が聖域に、村人に良い影響を及ぼさないことは本能的に感じ取っていた。
故に止める必要があるのだがそれには一つの障壁、先ほどまで仲良くしゃべっていた友人であるシャロを戦闘不能にするという障壁があるということだ。
言葉での説得はできそうにない、出来たとしても時間がかかるだろうし、性に合わないだろう。
ならば力づくで止める。止める方法がそれしかなければ、やるしかないのだ、自身にはそれができるだけの力がある、はずだ。
だが、その自信は失われていく。ガーフィールは実力を見極められないほど馬鹿ではない。
いくらガーフィールが奇襲されても、シャロの腕力が上回っていても培われた技術などで、その上で、シャロと戦っても己が勝つという自信があったのだ。
それも、彼女の繰り出してくる一撃で打ち砕かれているのだが。
「グッーー」
この矮小な体のどこに、己を刈り取るほどの一撃が出せるというのだろうか、固い骨に肉が打たれ、筋肉が弾けて血が滴る。
風を切る、という表現すら生ぬるい、裂くでもまだ足りない。彼女の一撃はすべてが削り取るという表現が正しいという物だ。
小さな拳の一撃に大げさな回避は必要ない、だが振るった拳の余波でガーフィールの身体は傷がつく。それほどまでにシャロは、この怪物の力は絶大なのだ。
「舐めてんじゃ、ねぇ!!」
それでもガーフィールはただただやられているわけではない。彼女の攻撃を避けると同時に、鉈のように重く、鋭い一撃が放たれシャロの首元を襲う。
だがその一撃はしゃがみ、なんなく躱されてしまう。
――やりにくい相手だ。
ガーフィールは小柄な体躯で、必然的に戦う相手は自身よりも大きい体を持つ相手が多い。だが、目の前の少女は自分よりも一回りほど小さく、普段であれば当たる一撃は当たらない。勿論彼女の反射速度が速いのもあるが。
一応、対応策はある。だが、それをすることは彼の矜持が――
「油断、大敵」
その言葉と共に足元を軽く刈り取られ、ガーフィールの身体がわずかに宙に浮く。
そう、足が地面から離れてしまった、唯一のシャロに対する利点である己の加護が効果をなさなくなってしまったという事実。
後悔が追い付くよりも早く、その攻撃が放たれた。
「連撃”流星群”」
軌跡が残るほどの速さで繰り出される突きの連打。
ひゅご、という奇妙な音共に空気がうねりを上げ、まともに避けることを阻害させる。
衝撃波で周囲の木々はねじ切れ、地面は抉れている。
まるで竜巻が通ったかのような災害の後、僅かに血の混ざった土煙が晴れると、奇跡的にまだガーフィールは立っていた。
だが、奇跡的だったのはそれだけだ。
「が、ぁっ」
「どきなさいガーフィール」
立ち尽くすガーフィールの姿は、誰の目から見ても満身創痍であった。
全身をおびただしい出血で赤く染めて、荒げた息で肩を上下に揺すっている。右半身は消し飛び、なぜ生きているのかわからないほどだ。
いや、既に彼は死んでいて、それでも今彼を動かしているのは意地なのかもしれない。この理不尽に唐突に訪れた暴力に対して屈してなるものか、という。
よたよたと動く無様な姿、意思だけは辛うじて強く瞳に籠められているのか鋭い。
地霊の加護による回復はあっても断続的な苦鳴が続き、冷静にこちらを見るシャロに対してガーフィールが奏でるは血痰と吐瀉物の混ざる荒い呼吸の不協和音。
殴り続けられた顔面は腫れ上がり、鼻血が顔の下半分を染めている。もう、視界も見えていないに等しい。
「――ごぁ!」
血の泡を吐き出しながら、ガーフィールはシャロに噛みつく。
「――――優しいガーフ。貴方では勝てないわ」
「――ッ、ざっけんなァ!! 俺様はまだ、終わっていねぇ!」
「過去も乗り越えない時点で、フレデリカとの和解もできていない時点で、そして――その弱さですべてを守ろうとしているその傲慢さを捨てられていないのなら。先駆者が忠告するわ。貴方は、貴方の強さはここで打ち止めよ」
「―――――」
殺す。
ガーフィールの心はそれだけに染まりきる。
恐らくあえて煽られたのだろう、冷静になればわかるはずだ。だが、踏み入れられたくない部分を雑に撫でられた感覚を許すことはいくら何でもできない。
だから、殺す。殺す気で、潰すのだ、そのための手段はある。
――この体の内側に眠る、憎たらしく疎ましい獣の血がきっと何とかしてくれるはずだ。
「――ォォォォォ」
自分の体を抱いて、ガーフィールが全身の血液が沸騰するような熱に身を焼かれる。
そして、数秒もたたないうちに筋肉が膨れ上がり、体積が爆発的に大きくなる。
手足が丸太のように太くなり、胴体が腰巻きを弾けさせるほどに膨張。金色の体毛が鋭く生え揃い、牙は騎士が持つ剣のように鋭く成長する。
思考と視覚が点滅し、今ここにあったガーフィール・ティンゼルという個人はただの獣へとなり替わる。
獣化の高揚感と、獣の本能に理性がかき消される感覚。
意識が塗りつぶされ、消える。
獣の本能が喝采を上げ、哀れな獲物を捻りつぶそうと、拳が振るわれ――初めてシャロの身体が吹き飛び、木々に衝突した。
「るぅ、ガァああああああああああああああああ!」
獣の一撃はその程度では止まらない。
シャロが起き上がる前に、ガーフィールは牙を立て、爪で裂き、拳を振るう。
ありとあらゆる暴力で少女を蹂躙する。そして、それが止んだのは――数分後だった。
□
――木々の倒壊する音がこの場所まで届いている。
その騒音を煩わしく思いながら、カロンは一人、この聖域の中でも隠された場所で紅茶を飲んでいた。
「……ふぅ」
湯気と共に息を零す。
僅かに冷えている空気に、いよいよこの世界も終わるのだと嫌でも察してしまう。
それでも周囲に広がる光景はいつもと変わらない。
僅かに傷ついてはいるが十分に使うことができるテーブルとイスのみがあり、それ以外は殺風景な場所だ。生憎と茶器がないのでそれだけは自前だったが、お茶を楽しむにはそれだけで十分だった。
ここは、かつて自身の生みの親であるシャオンが使っていた秘密の場所、のようだ。
ようだというのは、本人から聞いたわけではなく『強欲の魔女』から聞かされていただけだからなのだが――嘘はついていないのだろう。
それに、嘘だったとしてもどうでもいい。今はこの居心地のよい場所で世界が終わるまで心を癒したかったのだ。
「――何のために生きているのだろう」
吐露したのは誰もが抱く疑問。ただカロンがつぶやく場合は意味が違う。
大抵のものは己の人生への不安や期待から零れるものだが『人工精霊』という造られた存在が放つならば別物だ。
『いつか来るその者への器』
『いつか来るその者への知識』
『いつか来るその者への心』
自身の姉たちにはそれぞれが持つ役割があるのだ、全員納得しているわけではないだろうが。
だが、失敗作である自身にはその役割がない。創造者であるシャオンに訊いても答えてはもらえず――期待もされていない。
唯一与えられたのは『裏の聖域』という馬鹿らしい存在の墓守のような仕事だった。
「――何のために、生まれたのかな」
カタン、と僅かにカップが音を鳴らし、カロンは再び目を閉じる。
訪問者が来ることがなければ、もう、二度と起きないだろう。
だが、それでいい。
自身の存在意義を問いかけ続けることを辞めることができるのだから。
□
ガーフィールは、いや獣が攻撃の手を止めたのはもう十分だったらではない。
無意味だから、というのであればある意味あっているだろう。なぜならば目の前で無惨に亡骸をさらしているはずの少女、シャロは――無傷だった。
僅かに服装を土で汚しただけで、健全な肉体がそこにあった。首と胴が離れていることもなければ四肢もしっかりとその肉体についている。
まるで転んだだけのその少女の様子に獣は恐怖と、半ば鋭くなってしまった本能が危険を感じたため動きを止めたのだった。
「一張羅なんだから汚さないでほしかったのに」
そして攻撃が止んだ瞬間を待っていたとばかりにシャロが文句を口にし、数度服の土を払う。
それだけの動作でガーフィールは、僅かに後ずさってしまう。
「あー、私を傷つけることは通常の方法では困難だよ、この肉体は『剣聖』や『龍』に対抗するために作られている。人格、記憶の退行はあるし、致命的である弱点もあるけど、私に物理攻撃は効かないよ」
ガーフィールはその言葉の意味が理解できたのかわからない。だが、目の前に立つ壁が高すぎる事実に息をのむ。
そして、一瞬、僅かに訪れた瞬きの瞬間。暗闇が訪れたその隙にシャロはその小さな体をさらに丸め、ガーフィールの懐に滑り込んだ。
そして、小さくつぶやき、
「――爆撃”超新星”」
拳がが―フィルに触れ、彼の上半身が弾け、シャロの清潔感あふれる白色のワンピースを臓物が赤黒く汚す。
流石に脳と心臓を潰されては亜人でも生き残れないだろう。
しかし、奇妙なことに彼の下半身は未だ倒れずにそこにあった、まるで自身はまだやれるとばかりに。
「凄い意地。でも――殺意を持たない行動をとった時点で、私には勝てないよ」
彼女はそれに対してわずかに哀憫の込めた目を向け、文字通り片手で粉砕する。これで、彼を形成していたものがすべて塵に帰り、何も残らない。
ただただ寂し気に、佇む少女が残っているだけで、そしてその姿も――
「そう、私はお父様の為に、この身を捧げる。そーすれば、また、あえる――よね、ベティ」
涙声にも似た言葉を僅かに残し、誰にも届かせずに消えたのだった。
□
アリシアは目を覚ます。
普段であればまだ眠っている時間帯、館の仕事もないのならばこのまま惰眠をむさぼる予定だったが僅かな揺れと共に目を覚ましてしまった。
周囲を見渡し、何もない事を確認すると不満げに二度寝へとつなげようとする。
だが、そこで気づいたのだ。
「……静かすぎる」
朝にしては村の活気がない。
すでに一部の村人は朝食の準備などを行ったり、各々の時間を過ごしているのだ。だが、その”生”の雰囲気がまるで感じられない。
「――――」
なるべく音を立てずに立ち上がり、自身の篭手を身に着け、警戒を怠らずに寝床を出る。
そこに広がっていたのは、凄惨なものではなく――一人の人間が歩いていただけだった。
そう、それは、
「――シャオン?」
「やぁ、アリシア。こんばんは、それともはじめまして?」
胡散臭い、いつもの笑みを浮かべる彼だったのだ。
シャオンの子供達は
①肉体系最強(例外あり)
②魔法系最強(例外あり)
③???
となっております