Re:ゼロから寄り添う異世界生活   作:ウィキッド

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白に埋もれる怒り

 アリシアにとってシャオンは憧れの存在だ。

 個人的な理由は控えるが、正直目指している強さの一つだろう。

 初めて会った時は黒髪だったが今は灰色になった少年。

 それがショックからなのか、何なのかわからないが王都の一件以降彼が心に大きな傷を負っているのは察していた。

 いつもより、ほんの少し、そう、少しだけ注意深く見ていた。決して惚れていたからとかではなく、本当に。

 だから、一番最初に気付けたのだろう――目の前の話かけてくる男は誰だ。

 

「……誰っすか、アンタ」

「誰って、おいおい。いくら寝起きでも――」

「――黙れッ!」

 

 シャオンのように軽口を叩こうとする目の前の存在。

 彼の尊厳が台無しにされているようなその光景が不快で、おもわず犬歯をむき出しにして叫ぶ。

 目の前の男の存在、違和感に、もしも気付けているとしたら仲のいいスバルか、勘のいいエミリアか、自分かだろう。

 だが、一度違和感を覚えると吐き気がするほどに目の前の存在は彼と違いすぎる。恐らく、他の2人も立場が同じならば相応の対応をしていたのかもしれない。

 それほどまでに、彼は大切な存在なのだ。

 

「思ったより信用を稼いでいたのか、この子」

 

 怒鳴る声に対して目の前の男は、今までのような優しい笑みではなく、感情の読めないような、いや、感情のない人形の様な表情に切り替わり、改めてこちらへと向き直る。

 

「シャオンの見た目をして、なにを――」

「ボクは嘘をついていないよ、ボクの名前はシャオン……だとややこしいかな? ならやはり、アケロン、そう名乗ろう――か、っと」

 

 アリシアの拳がシャオンーーアケロンの顔面に突き刺さる、寸前で片手で受け止められる。

だが彼女もそれに動じず、即座に篭手に籠められた魔鉱石を弾丸として放ち、アケロンの顔面を抉ろうと狙う。

 

「ふむ、そういう物もあったね」

 

 放たれた弾丸は彼に当たることもなく、首をひねるだけで躱す。

 アリシアも避けられて当然とばかりに放たれた勢いを利用して体制を無理やり整える。

 いつも、シャオンとやっている組手のような流れが、彼がシャオンと同じように感じられて苛立ちを覚える。

 

「シャオンをどこにやったっすか!?」

「好かれてるなぁ、安心しなよ。生きてはいる、というよりも彼の中にあるボクを呼び起こし、入れ替わっただけだよ」

 

 アケロンは優しく、愛おし気に自身の心臓へと手を重ねる。

 

「今、彼の意識はボクの中にいる、表と裏が入れ替わったとでも言えばいいかな?」

「――村の、『聖域』の住人は、どこに」

 

 アケロンの話す言葉はアリシアにとっては難しく、聞いたところで理解はできないだろう。それに、今彼女が知りたいのはそんな事情ではなく――村の静けさに対する回答だ。

 彼もそれを汲んだのか、少し考えた後口を開いた。

 

「全員殺したよ。その所為でシャオンが騒がしいけども、さっき最後の子供を殺したら静かになったかな」

 

 そう、気軽に口を開いたのだ。まるで、天気が悪くなったことを伝えるような気軽さで、命を奪ったことを、大切なものを踏みにじったことを、口にしたのだ。

 だが、まだ話は終わらない。

 

「殺して、食わせた。そうすることで彼等、シャオンとナツキ・スバルに楔を打つためにね」

「楔?」

「そう、言い方を変えようか。必死になってもらう為に、この光景を見せつけるのさ。ナツキ・スバルはいないけども効果は十分。いつかは見ることになるだろう」

「そのために、それだけのために?」

 

 村人を、殺したのか?

 まだ、自身よりも幼い子供もいたのに?

 

「そんな言い方は良くないよ。この行為で犠牲になった者たちへの侮辱になりかねない――この行為はいつか必ず役に立つだろうからね」

 

 こちらを煽るような言葉を放つアケロン。

 恐らく本人にその意図はないのだろうが、それがより一層こちらの怒りを増加させる。

 

「殺す」

 

 愛する存在のガワを被っていても、関係ない。

 アリシアにとっての地雷を踏んでいるのだから、もう関係ない。

 とりあえずはその顔面を殴り抜き、骨の何本かを粉砕して――それから話を聞く。

 その最中で死んでしまったのならば、仕方ない。自身も後を追う。

 

――その覚悟で、望むのだ

 

「おや」

 

 打ち出した魔鉱石を篭手から排出。新たに弾丸として魔鉱石を装填。

 敵対するはアケロン、自身よりも格上の存在だろう。

 で、あれば加減はできないだろう、全力で向かう必要がある。

 そう考えたアリシアは一瞬も迷わずに『鬼化』を実行。男の腕と同じほどの角が2本、額から突き出る。

 それを見たアケロンは、ため息を零し、空を一度見る。

 

「……ま、もうやることは済んだし。いいかな」

 

 そして、再度アリシアへ向き直り、手をかざし、

 

「君にも彼の心を折る役を担ってもらおうか」

 

 膨大なマナを放ち、開戦の合図がそれになった。

 

 鬼の種族といえば基本的には最強の一角だろう。

 強靭な肉体と扱えるマナの質、『森の王』とされる種族特性によって、比類ない戦闘力を誇る亜人族有数の強者。

 鬼化を一度すれば周囲のマナをねじ伏せて従わせ、自らの戦闘力を大きく高め、敵なしの存在となるだろう。

 だが、それでもアリシアはそのマナの操作精度に関して目の前の男に後れを取ってしまっている。

 彼女がねじ伏せたマナを、アケロンは器用にも必要な部分だけ抜き取り、魔法を放つ。いわば、こちらの強化を邪魔すると同時に攻撃に転じられている状況だ。

 それに、

 

「『傲慢姫のドレス』」

 

 つぶやくと同時に、周囲のマナが彼の周囲へと集まる。

 そう、まるでそれこそドレスのように、身に纏われたのだ。

 

「彼は愛されている、からこそキミらの攻撃はボクには届かない。いくら心にい聞かせても、本心では殺意を抱き切れていない。助ける余地があるなら助けようとする、殺意以外の感情も含まれている、不純なものだ」

 

 なにを言っているのかわからない。

 だが、彼の語る通りに自身の攻撃は何度か当てているもまるで効果がない。

 それこそドレスが防いでいるかのように、衝撃が吸収されているのだ。

 

「ようは殺意がない攻撃はボクには届かない――さて、どうする?」

「……その顔、むかつく」

 

 直後、アリシアは拳に溜めをつくり、振るう。

 アケロンは防御する姿勢すら見せない、まるでその攻撃は自身には届かない未来が見えているとばかりに余裕だ。

 そのことにも苛立ちを覚え、アリシアは振りかぶった拳を――彼の足元へと振り下ろした。

 鬼の全力に近い一撃は地面を砕き、土石流のように石、いや、地面がめくれる。

 勿論その衝撃の中心にいた者も無事ではない。

 アリシアは振るった腕が大きく裂け、石の礫で顔を切ったのか血まみれだ。

 だが、傷を負ったのは彼女だけではない、もう一人にも確実な傷が見えていた。

 

「驚いた」

 

 そう口にするアケロンは心の底から抱いていた驚愕の感情を口にしていた。

 『傲慢姫のドレス』は条件さえ守ればよほどのことがない限り危害を加えられないもの。その効能を疑う気はない。なのに、今彼の頬は切れ、腹部にも衝撃があったのか軽く押さえている。

 いったいなぜ、どうして、と痛みを置いて原因の究明へと思考を走らせ――すぐにたどり着いた。

 

「なるほど、確かに効果は『殺意がない攻撃は届かない』という物だったが――攻撃の余波はその対象外のようだね」

「――余裕じゃない、その様子」

「すぐに治せるからね。対して君は余裕がないようだね、語尾が素に戻っているよ?」

 

 額から血を流すアケロンは、傷を受けながらも感心した様に笑う。

 そして、彼は軽く自身の額を小突くとその傷は跡形もなく消えた。

 その光景にアリシアは驚かない、もうシャオンの段階で何度も見た光景だからだ――とはいっても絶望的な状況に心労は大きいが。

 

「しかし、困ったな。ドレスの再設定には時間がかかる。こんな攻撃ばかりされてはいくらボクでもまずいね」

 

 その言葉は冗談やからかいではないというのがアリシアにも伝わってきた。

 鬼化している今の彼女ならば微細なマナの動きも読み取れる。その結果、彼が傷をいやした時に膨大なマナが使用されていたのを感じ取れたのだ。

 ならば、あの治癒能力は気軽に使えないはずだ、と思う。傷の度合いにもよるができてあと2回ほどだろう。勿論、使うたびに相手はマナを使った攻撃も弱くなるだろう、オドの使用を除けば。

 そうなれば地力で飼っている鬼の自分が勝つだろう。マナの強化も弱くなるが、それでも大分有利になる。

 

「でも、まだまだ手はある。それこそ――見えない手だって」

 

 全身の毛が逆立つのを感じる。

 彼はなにも構えてすらいない、だが直感的に”それ”が来るのがわかった。

 大きくアリシアは飛び跳ねる。直後、彼女がいた場所が大きく陥没した。

 避けれたのは奇跡だろう、もしもあのままよけずにいた場合頭から文字通り潰されていたに違いない。

 そして、今の攻撃は――

 

「不可視の腕」

「――へぇ、避けたか」

 

 シャオンが得意としていた攻撃の一つ。

 見えない腕を振り回すかのような大きな攻撃。

 まともに食らったことはないが、これほどまでの威力だったのか、と息をのむ。

 

「鬼の勘ならこの攻撃もうまく当てられないかもしれない……なら手法を変えよう」

 

 彼は指を折り、数えるように口にしていく。

 

「怠惰、傲慢は無理だった。暴食、憤怒も向いていないし、色欲は――今のキミには効かないだろう、ならば後は強欲と嫉妬は論外で――虚飾か」

 

 忌々し気にそう呟くのだった。

 

 

「……?」

 

 アケロンは急に脱力し、こちらを眺めている。

 かと思えば手をゆっくりと、自身の片目を抑えるように動かし、”こちらの右半身が見えないようにして”呟く。

 

「『アリシアの右半分は存在しない。だって、見えていないのだから』」

 

 まるで台本を読むかのように男は意味の分からない言葉を紡ぐ。

 アリシアはそれに対して、警戒の態勢を解かずにいる、とそれは起きた。

 

「――え」

 

 零れたのは驚愕、崩れ落ちたのは自身の身体。

 まるで体の半分が消失したかのように軽くなり、バランスが取れずに倒れ込んでしまったのだ。

 いや、遠まわしな表現はよそう、”アリシアの右半分が消失した”のだ。

 男の言葉通りに、右半身だけがもともと存在していなかったかのように消えている。

 いつ、どのような速さ、手段でこれが行われたのかは想像がつかないが、何より恐ろしいのは痛みが感じないことと、”この現象が当たり前”であるとどこかで納得している自分がいることだ。

 

「これを使うのは嫌いなんだ。他人が望めばまだ別だけど、世界を書き換える能力なんて、ね」

「は、な、んで」

「それはっと――時間だね。わざわざ使う必要はなかったか」

 

 アケロンは崩れ落ちたこちらを見ていない、その先を見ていた。

 つい自分もそれを追ってみてみるとそこには白い物体があった。

 最初それは風に乗って転がってきた、小さな白い綿毛だと思った。

 何らかの植物が、自分たちの激闘の余波でここまで飛んできたのか、と。

 

「なに、あれ」

 

 その綿毛は、ゆっくりと転がり、自分達の前で止まり、小刻みに震え出し、長い二本の耳を立ててみせた。

 

「う、さぎ……?」

 

 長い二本の耳に、白くふわふわな毛並みを持つ小動物。赤い二つの丸い眼が特徴的で、それが自分達を捕らえていた。

 いつの間にか囲んでいたのか、数は同じような個体が数えられないほど。まるでその様子は雪景色と間違えてしまうほどに膨大だ。

 多い兎、と聞いて嫌な予感がアリシアの中で走る。奇しくもその予感は当たったようだが。

 

「大兎。三大魔獣の一つさ、有名だろう?」

「ここに……なん、で」

「ボクがさっき村人の処理の為に呼んだのさ、その後は――餌を求めてマナが多いここに集まってきたのかな? 彼等はここでボクらを食べるだろう」

「なにを呑気に―-」

 

 そんな場合じゃない、と怒鳴るよりも早く白い綿毛――『大兎』がアケロンにとびかかる。

 そして、それを彼は手を広げ受け入れた。

 

「今回はここまでのようだ」

 

 そう笑うアケロンの首は、白い兎、『大兎』によって削り取られ、雪崩のように次々と足、手、胴、心臓とむさぼられる。

 鮮血が飛び散り、周囲を、アリシアの顔を汚す。

 その光景に抑えていた恐怖心が再び再起し、アリシアを逃亡させるように訴えかける。

 だが、今の彼女は半身がない。必然的に地面を這って進むことになる。

 それでも今ならば逃げられるかもしれない、と行動に移ろうとしたその時――

 

『お姉ちゃん』

「――あ」

 

 聞こえてきた声、その声で確実な隙が生まれる。

 視線をそちらへ向けると、その声は背後の、こちらを見ている兎から発せられているようだ。

 どうやらアケロンを食べつくし、関心はこちらに向いているようで、声が連鎖のように響いていく。 

 

『アリシア様』『スバル様は、シャオン様はどこ?』『おかぁさん』『領主さまは』『痛いよ』『お腹が空いたよ』『喉が渇いたよ』『助けてよ』『死にたくない』『意識が』『寒いよ』『ナツキさんは』『これが』

 

 声に気を取られたアリシアの意識が現実に戻ると同時に、喉元が目の前の白い物体に噛み千切られる。

 白と赤に彩られた怪物からは声が止まない、そして同じように咀嚼は止まらない。

 なんとか視線だけを動かしてみると、同じような白い怪物が山ほどいる。そして、それらすべてが、同じように自身に助けを乞う声を発している。

 

「ご、ぇん」

 

 反響する声に、涙を流し謝罪する。血がこぼれ、空気が漏れてまともに言葉にはできないが、ただ謝る。

 自身が弱かったから起きたこの惨劇に。

 何もできずに死んでしまう自分に。

 それすらも食いつくされて――消えた。


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