本日3話投稿しますので
シャオンは、世界が変わったことを認識すると、すぐに意識を切り替え、白髪の少女、エキドナの対面に座る。
そして、自分に用意されたものであろう液体が入ったカップを傾け、口を火傷しながらもそれを飲み干す。
「勇気があるね、魔女の用意した飲食物をそう簡単に口にするなんて」
「そうしないと、話ができないですからね、エキドナ嬢」
口を拭い、カップを戻すとエキドナは面白そうにこちらを見る。
「その呼び方はくすぐったいね」
「ここに来た用件は……『シャオン』に関するすべてを知り、元の場所に戻っても記憶を維持したい」
「ほぉ、それが茶会に参加するうえで得ようとしたものか」
揶揄い交じりの言葉発せらた瞬間、流れを切る様に用件だけ伝える。
あのままでは、エキドナのペースになってしまい、時間切れになることもあるからだ。
「以前、この場所で……試練を受けた時の記憶が、その、試練を終えてからの記憶が抜け落ちている」
「当然のことさ。人間、いやな記憶から遠ざける時には都合よく記憶を消してしまう。本能的にね」
「それだけじゃ、ないはず」
「どうしてそう思う? よくある話だろう?」
人間の危機察知にも似た行動ならば、記憶を消すことはあるだろう。
自己防衛、といえばいいのだろう。だが、シャオンにはそれだけではないという、違和感を覚えていた。
その違和感は、
「記憶が消える前、声が、聞こえたんだ」
「声?」
泣く子供をあやすような、陽の光のような、温かさを感じさせる優しい声。
それしか覚えていないが、自分はその声の影響で、怪人シャオンの記憶を維持することができなくなったのだろう。
……本能的に、そのような能力があることを覚えている。
そのようなあやふやな情報でも、エキドナに伝えてみると彼女はバカにする様子はなく、口元に手を当て、何かを考えているようだった。
そして、
「……なるほどね、確かにその”声”も関係しているだろう」
「そして、その声の人物も」
「ああ、知っているよ……いいだろう、契約を結ぼう。だけど、対価は必要だ。何か用意はあるかい? なければこちらから希望を出すけど」
「生憎と今は出せるものが少なくてね。貴方はお金なんてのも興味はないだろうし……ないよね?」
「使い道が、ね。生きている頃ならまだ考えたけども」
もしも強欲の魔女だからお金が大好き、なんて安直な考え方だったら助かるのだが、そもそも死人に銭は不要ということだろう。
エキドナは少し考えた後、わざとらしく指を立てて提案をしてきた。
「なら、こちらから提案しよう――もしも、この先ナツキ・スバルがボクと契約することになったのなら、君もボクと契約してほしい」
「……? 意味が分からないが、いいのか、それ」
「複数の契約のことを心配しているなら、別に問題はないよ」
「尻が軽いと言われたら少し遺憾だけどね」と笑うエキドナに対して、シャオンは軽く流しながら彼女の意図を考える。
というのも、契約の対価としては安すぎるのだ。
屋敷にいる間、王都にいる間に契約という代物の重要性は身に染みて知っている。だから慎重にならざるを得ない。
知識がなければ疑いもなく、契約を呑んでいたのだが。
「どうだい? 条件を変えるなら、キミが代案を出してくれると助かるのだけど」
「……」
強欲の魔女という存在は、危険な存在だろう。
魔女という時点で『嫉妬の魔女』の名がちらつくのだから。
しかし、その危険性に合う能力はあるのだから、契約する相手は引く手数多のはず……今、は死人であったとしても、本来は対価はもっと高くあるべきだろう。
だから、裏に何かあるのだろうが、それを見抜くほどに目が優れているわけでも、こういう手合いを得意になった覚えはない。
これだったらアナスタシアの元でもう少し学んでおくべきだった、と後悔しつつも、シャオンは息を一つ吸い、
「呑もう。ただ、スバルが契約したという前提条件は絶対に守ってくれ」
「ああ、勿論。強欲の魔女の名を懸けて誓うよ」
真剣そのものの表情に、嘘はない事を確認する。
そもそも、ここで嘘を吐くことに何のメリットもない。だから、先を促そうとすると、エキドナが先に口を開いた。
「さて、キミの望みだったが『ここでの記憶の維持』と『怪人、シャオンに関するすべてを知りたい』だったね」
「ああ」
改めて整理をしてくれたエキドナの語る通り、その二つがシャオンが知りたいことだった。
ここで得た記憶を必ず持ち帰ること、そして、真実を知ること。
最低でもこれを達成できなければ――ここに来た意味はない。
「ならこれは打算も何もない、只の親切だけど。すべてを知ることは避けた方がいい」
「それでは――」
「前回、キミはいきなりのことではあったが、彼のことを少し知っただけでショックを受けて気絶した。突然二人分の記憶が流れたのだから仕方がない事ではあるけども」
意味がないのではという問いかけを潰すようにエキドナは話を続ける。
確かに、この場所に来てからは鮮明に思い出せる。
自身が、異世界から来た存在ではない、元からこの世界にいた存在であること、今までの記憶は自身が適当に作り上げた妄想であることも。
思い出すだけでも、眩暈がしそうな事実だが、何とか耐えていると、エキドナが紅茶を注ぎ、飲むように促す。
それに口をつけていると、
「今はそのボクの体液のおかげで、少しは鈍感になったと思うけども、それでもすべてを一度に知るならば、似た様なことが起きる可能性は高いだろう」
「体液のおかげ……なんていうか複雑な気分。別の言い方はないのか?」
「ふふ、ドナ茶と名付けよう……さて、ということでボクからの提案だ。君が知りたいことを尋ね、それに答える。それでいいかな?」
つまり、情報を絞る訳ということだ、こちらの容量が耐えられる範囲に。
「あくまでも君が今用いる知識から出される質問にのみ答える。そうすることで、キミの精神が壊れないように配慮するわけだ」
「いいかな?」と確認を取る視線にシャオンは、素直に頷く。
そういう事情があるのならば、仕方ない。むしろ、
「文句はない、というよりそこまで気にかけてもらって申し訳ないくらいだ……ただし」
「解答には嘘はつかないよ、安心するといい」
「……最近、疑り深くなって嫌だよ、本当」
「魔女と契約を結ぶんだ、それくらい慎重なのが正しいよ――さて、キミはまず、何を知りたい?」
何を、と言われてしまうと悩むものがある。
聞きたいことが多いと何を最初に問うべきなのか、迷う。
膨大な量の本が収められている図書館を前に固まっているような感覚だ。
だが、いつまでも考えているわけにはいかない、現実のほうでも時間は少ないだろう。
だから、まずは確定させるべき質問を投げかけた。
「――俺は、過去にいた、怪人『シャオン』の、複製体、でいいんだな?」
400年前に魔女と共に闊歩していた過去の住人。
その存在の、クローンであることを確定させなければ話は進まない。
せっかく嘘はつかないと言っている彼女がいるのだから、問いかけない理由はないだろう。
できれば、違うと言ってほしいのだが、
「ああ、その認識でほとんど間違いないよ」
こちらの覚悟とは正反対の軽さでエキドナはその事実を肯定したのだ。
□
「――っ、ふぅ」
エキドナのその解答を聞き、シャオンは息を大きく吸い、吐く。
「おや、まだ一つ目の質問だけどもだいぶお疲れのようだ」
「うるさい……こちとら常識人なんだ、今までのアイデンティティを崩すような質問をして、正気を保っていることを褒めてくれ……」
「よしよし」
頭を突っ伏している自身の髪を撫でるエキドナを振り払うほどの余裕はなく、改めて息を整える。
そして、睨みつけるような視線と共にエキドナに先を促す。
「詳細、を」
「君は、ボクの弟子であり400年前にいた怪人シャオンの複製体、そのうちの一人だ」
「……弟子?」
「言ってなかったかな?」
……確かに話してはいなかったが、親しい関係性であることはカロンの話から察していた。
だが、師弟関係だったのは初耳のはず、だ。
「複製体を作った理由については、不老不死を目指していたから?」
「どこでそれを、というのは野暮だね。カロンから聞いたのかい?」
「ああ、ついでに……アンタもそれを目指しているって言うのもね。師弟関係なら納得はいくよ」
「……軽蔑しなかったかい?」
「正直、した。けど、それをするってことは……っ、シャオンを、俺も軽蔑することになる」
自身の欲望の為だけに、生命を作るという行為にいい顔はしない。
そして、それを放置していることも。
「でも、理由はあるはずだから、まずはそれを――シャオンは、なぜそんなことを?」
「……」
エキドナはこちらの問いに沈黙を作った。
それも、もったいぶるという雰囲気ではなく、言葉を選んでいるという形で、だ。
「ボクは心を読むなんてことはできないから、彼の性格を元にした考察のような解答になるけども、いいかな?」
「強欲の魔女様の推測なら、ほぼ真実に近いんじゃないかな?」
「買いかぶりすぎだよ? お茶、お代わりいる?」
「表情にでてるよ……頂きます」
露骨に笑顔に表情を変えたエキドナにカップを掲げ、お茶のお代わりを注いでもらう。
そして、それに口をつける寸前に彼女は答えた。
「――彼は、不老不死になり、この世界の価値をあげようとしていたのだろう」
「価値?」
価値。
この聖域の中で何度も、というよりも『シャオン』について知ろうとすれば出てきた単語だ。
日常の会話でほとんど使われることがないだろうその単語に、一体過去の怪人は何を抱いていたのだろうか。
「そう、価値だ……君は『シャオン』についてどこまで知っている?」
「えっと、オド・ラグナの化身って言われていて」
改めて彼に関する現在持っている情報を口に出していく。
主にカロンからの情報にはなるが、彼とシャオンは師弟関係だったから情報源としては十分だろう。
「『魔眼族』を滅ぼした狂人で――」
そして、こうも呼ばれていた。
「――世界の価値を計る『怪人』」