Re:ゼロから寄り添う異世界生活   作:ウィキッド

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孤独の先

 大兎。

 それは暴食の魔女ダフネが生み出した三大魔獣のひとつ。

 握り拳サイズの白い兎で──すべての周囲の生物を喰らい尽くすと群ほどの大食漢。

 奴らは蝗害に近い存在で、群れで行動し、マナが集まる場所に──

 

「ウソだな、ロズワール、俺がそんなことをする筈がない」

「本当かい?」

「……何が言いたい」

「いーやぁ? キミが本当に心の中でそう思っているなら何も言わないが……ねぇ?」

「――ッ」

 

 心当たりはある。

 前回の世界で、シャオンが村人たちを殺した時の記憶。

 その記憶の中でシャオンは白い獣に村人たちを――

 

「――おぇ」

 

 忌々しい記憶を思い出しているとロズワールがニコニコした笑顔で、忠告をしてくる。

 

「ひとつ、いいことを教えよう。君が雛月沙音としていられる時間は、『やりなおす』ことで時間が減っていくと推測する」

「やり直す──」

 

 ──『死に戻り』を知っている。

 

 その発想に至った瞬間、ロズワールの発言がペナルティに当たらないかを危惧し、シャオンの背中に冷たい汗が流れる。

 しかし、いくら待っても心臓が締め付けられるような感覚や、黒い影が現れることはなかった。

 そして、こちらのその様子を見てロズワールは納得がいったように頷いている。

 

「その警戒は……なるほど。それが彼とアレとの契約。それに寄り添うように君も引っ張られていると」

「──気づいているのか」

 

 何故そのようなことを知っているのか、という問いを出す前に、ロズワールは一冊の本をこちらへ見せてみた。

 無地の表紙。厚手の造り、辞典ほどの大きさで、持ち運ぶのにやや難儀しそうな重量感のある見栄え。

 スバルに以前聞いた──福音書、魔女教徒が持つ、未来を記す、書物。

 なぜそれが今、この場にあるのか。

 

「その本は……」

「福音書ではないよ。これはそんな劣化品ではなく、たった2冊の本物、『叡智の書』だ」

「叡智の、書?」

「おや、そこまでは知らない。あるいは、思い出せていないのかな? この本は、未来を記す『叡智の書』」

 

 愛おしそうに、叡智の書を抱きかかえるロズワール。

 

「劣化品ではなく、たった2冊だけ存在する本物の片方だ」

「そして」

「――――ッ!!」

「そう、君が雪を降らすこともこの書物に記されていたことだ」

 

 まるで、それまでの怪我が嘘のように、平然と立ち上がり、こちらに迫る。

 まるで、怪我をしているこの男には勝てないと本能でわかっているかのように足が下がる。

 

「──もう逃げられないんだよ、雛月沙音?」

 

 それを逃がさないように、道化、ではなく狂人の笑みがこちらを追い詰めた。

 

 ──ナツキ・スバルが意識の端に最初に引っかかったのは、滴る水滴の連続する音だった。

 

「────」 

 

 等間隔で落ちる水滴がリズムを刻み、無音の空間に大音量で響く錯覚を思わせた。

 その錯覚によって眠っていた脳が活動を再開し、血が全身に行き渡るのを実感し、身をよじることが──できなかった。

 

「────ッ!?」

 

 身動きが取れないという状況に、途端、意識は即座に覚醒し、スバルは現実へと帰還する。

 舞い戻ってきた五感を頼りに周囲を探ろうとしてみれば、見えるはずの世界が見えず、動かせるはずの自身の手足が動かない不自然さを確認した。

 

 ──目と手足を潰された!? 

 

 最悪の想像が脳裏に過ったが、その結論に戦慄する前に顔に感じる圧迫感に気付く。

 両目をふさぐ感覚は目隠し、それもかなり、きつい。両手足が動かないのも同じようなものだろう。

 仕舞には口には猿轡。

 完全に抵抗ができない状態──というよりもこれは、監禁状態というやつだ。

 

「────」

 

 突然の事態に混乱しながらもスバルは自身に起きた状態を理解するために動かせる脳をフル活用する。

 一体、何があった? 自身は何があった? 

 今の自分の状態を整理。両目、塞がれている。手足、縛られている、外れそうにない。

 声は出せるが、大声はでない、だせたとしても縛った相手がくるのが関の山。

 

 ────縛った相手? 

 

 縛った相手は、誰だった? 

 痛む額を無視して記憶を呼び起こす。

 いや、むしろ側頭部の痛みを一度意識したことで、スバルは意識を失う直前に自分がどんな目に遭ったのかを思い出した。

 屋敷で抗戦むなしく、エルザたちに殺されて『死に戻り』、いるはずのシャオンがいないことに疑問を覚えつつも、彼のことを信用し、前回のループをなぞるようにことを進める。

 ロズワールとの約束の話し合いをする前に、ガーフィールに呼びかけられ、森に向かい、リューズを交えた今後の話し合い。

 スバルがエミリアに変わって、試練を乗り越えるという話し合い、その最中に──

 

「──運がいいな、ちょうど目が覚めたとこたァ」

 

 運が悪い、というのはスバルにとってだろう。

 頭上からタイミングよく振ってきた声の主は、自身を縛った男。ガーフィールの物だ。

 顔を上げ、目は見えないながらも声が届いたと思しき方向へ面を向ける。

 

「ぁーぃーる……」

「たぶん俺様の名前だろォが、何言ってんのか訳わっかんねェ……猿轡は外してやらァ。先に言っておくが、助けを呼んでも無駄だぜ」

 

 声が頭上から、スバルの耳元に近づく。

 そして、手がスバルの口元に触れ、猿轡を解いた瞬間──

 

「────誰かー!! 俺はここだ! 助け……」

「だァ!? 叫ぶんじゃねぇ!!」

 

 開放された瞬間、スバルの顎が力ずくで閉じられ、舌を大きく噛む。

 僅かに感じる血の味を懐かしみながら、ガーフィールへ語り掛けた。

 

「ば、かか。助けをよぶなって言われて呼ばない奴がいるかよ……この状況で」

「無駄だって言ってんだよ。この場所は『聖域』の誰もこれねぇ隠れ家。集落ともずっと離れている。叫び続けるのは勝手だが、テメェの喉が死ぬ方が先だ……それでも続けるか? あァ?」

 

 目隠しされたスバルと額を突き合わせての忠告。それを受け、スバルは想像した通り騒いでも助けは来ない物と息を呑む。

 

「けッ、その調子で黙っとけや、弱い者いじめはしたくねェからよォ」

 

 舌打ちするガーフィールから刺々しい敵意が突き刺さるが、スバルはひるまない。

 この程度の敵意で怯むならば、今のスバルはいないのだから。

 

「ひとまず、ここがどこか、詳しく教えてくれよ。逃げる時の参考にな」

「余裕だな、オイ。その度胸は勝ってやる」

「慌てても事態は好転しないって言うのはここ最近の経験談でな……俺はどのくらい寝てた?」

「半日だ、それくらいは教えてやるよ」

 

 経過時間は半日。

 これを信じるかどうかは微妙なところだが、信じるしかないので、少なくとも今は仮として考えていこう。

 だが、そうなると疑問が生じる。すでに外ではエミリアたちがスバルの不在に気付いているはずだが──、

 なにより、シャオンが気づかないはずがない、自分よりも優れている彼が。

 それらの疑問を解決するためにスバルは口を開く。 

 

「なかなか忘れられないキャラだと自負しているが、どう誤魔化してる? うちの陣営にはお前に負けないほどの奴もいたはずだが」

「あぁ、あの兄ちゃんについては知らねェ。どこかに隠れてんのか、俺様が知りてェ位だ。それより、テメェが気にする必要があるのは、また別のことじゃねぇか?」

 

 ガーフィールの声音に険が混じり、スバルは眉を寄せる。

 今のガーフィールの言葉には確信と、それゆえの違和感があった。

 彼はスバルに確信をもって問いただしているが、スバルにはそれに心当たりがない。

 だから、違和感に繋がったのだ。

 

「……死も怖がらねェ、頭がおかしい連中だが、とぼける頭はあるようだなァ?」

「ま、て。本気で話がつながらねぇ……何を」

「とぼけんじゃねェ!! そんだッけ、体の中から正気ばら撒きやがって、隠せるわけねェだろうがよォ!? 魔女教徒がァ!」

「────」

 

 叫びと共に、鋭い感触がスバルの喉にあてがわれ、薄く裂ける。

 だが、その痛みを気にするほどの余裕はスバルにはない。

 それ以上の驚きと衝撃が、スバルの理解を超えるものを脳に叩きこんでいた。

 

「墓所を出たとときッから、臭いがァ、濃くなってやがった。普通の奴でも濃い奴はいるが──テメェはちげぇ。目が、ちげぇ」

「……目?」

 

 目つきの悪さは自慢だが、そういうことではないだろう。

 となると、一体──

 

「自覚ねぇようだから教えてやんよォ! あれはな、俺様の一番嫌いな奴と同じ目なんだよ。自分の欲しいもの以外、切り捨てるそんな目、だ」

 

 いわれのない誤解だ。

 だが、それを叫ぶ前に過去に同じ状況を、経験していた事実がスバルを止めていた。

 

「お、れのからだから……魔女の瘴気?」

「知らぬ存ぜぬが通ッと思うな」

「墓所を、出て、から?」

 

 ──『死に戻り』したことが原因の変化。

 魔女の力で蘇るたび、スバルの存在を取り巻くそれは色を、臭いを濃くしていく。

 

「墓所に入って何がしてェ? 何を企んでる? よりにもよって魔女の墓場で、だ。どう考えても碌なことにならねェ」

 

 舞い戻る都度、変わるガーフィールの態度を気紛れだと決めつけていた。 違った。  

 ガーフィールの態度の変化は、スバルを取り巻く瘴気の濃度の変化を受けたもの。  

 だから初回、最も瘴気の薄かった頃のスバルには墓所の攻略を提案し、それ以降、瘴気の濃度が増したスバルには不信感を露わにしてきた。

 今回、監禁に至ったのもそれが理由。

 ──そしてこの事実は、猛烈にマズい状況を意味する。

 

「────」

 

『死に戻り』が原因な以上、回数を重ねるほどガーフィールとの関係は悪化する。

 付け加えれば、リスタートは墓所──関係改善を図る時間が圧倒的に足りない。

 出会った頃、同じように瘴気が理由でこちらを危険視していたレムは、それでも見極める猶予をくれた。

 だが、短気なガーフィールにはそれがない。  

 

「ま、て…… それなら、お前はどうして、俺を閉じ込めて……?」

「あァん?」

「俺を、異常だって……墓所に入れるのも危険って判断するなら、俺をこうやって……閉じ込めておくのはおかしい。なんで、始末しない……?」

「始末! ハッ! 簡単ッに言ってくれッやがる!」  

 

 スバルの疑問に鋭く息を吐き、ガーフィールは忌々しげに舌打ちした。

 

「俺様も、それができりゃァさっさとやってやりてェよ。だが、そォもいかねェ」

「でき ない……?」

「てめェがうまく、周りの奴らに取り入ってッやがッからだろォが。迂闊にてめェに手をだして暴発されッのァ御免だ」

 

 ガーフィールの恐れる暴発とは、スバルが無事でないことを知った人間からの『聖域』への反発のこと。  

 だが、それを危険視しているということは──

 

「案外、中の手綱が握れてねぇな……」

「小賢しい野郎だ。そォでもなきゃ、悪知恵も働ッかねェだろォがな」

 

 声が近付く。 スバルに、しゃがんだガーフィールが顔を近付けたか。

 その距離感のまま、ガーフィールはスバルの頭を摑んで続ける。

 握る手の力強さは、簡単にこちらの頭を握りつぶせるだろう、だがそれは先程ガーフィールが口にした理由からできないだろう。

 だから、今は焦る気持ちを落ち着かせて、情報を得ることに尽力する。

 

「……俺の、沙汰はどうなる」

「エミリア様次第、ってとこだ。ひとまず監禁は続ッける。死なせねェよォに扱ってやるが……結界が解けたあと、瘴気について話し合おうじゃねェか」  

 

 絶対に殺しはしない、と今の状態を継続するという宣言に、スバルは唾を吞む。

 なるほど、時間ばかり経つこの状況──かなりまずい。

 だが、スバルには頼れる相棒──『死に戻り』を共有できるシャオンがいる。

 姿が見えない今、不安ではあるが彼ならばきっと、

 そんな希望をガーフィール気に入らなかったのか、舌打ちをして、

 

「あー、お前の相棒であるあの胡散臭い男も連れてきてやらァ、手はかかりそうだがな」

「おいおい────捕まえるの、俺より苦労するぞ? お前の方が負ける可能性も十分にあると思うが」

「……へッ。テメェはテメェの心配をしてやがれ、姫様が『聖域』を解放できなきゃ──そん時はそん時だからよォ」

 

 こちらを不安がらせようとしている彼の発言に得意の減らず口をかます。

 それに対して、まるで百も承知だとガーフィールは笑い、用件は済んだとばかりにスバルを置いて出ていくのだった。

 

 ──ガーフィールが退室し、一人監禁部屋に残されるスバルは思考の海に沈んでいた。

 退室間際のガーフィールの残した言葉が頭から離れない。

 スバルの汚名をすすぐために、エミリアは奮起して『試練』に挑んでいるらしい。『聖域』の解放がなれば、その手柄でスバルの犯した不祥事を塗り潰すことができるだろうという考えらしい。

 

 そんなときに、自身は一体何をやっているんだ。

 猿轡にひとり言すら封じられ、スバルは涎を垂らしながら心中で自嘲する。

 スバルが解決しなくてはならない障害が山ほどある、スバルにしかできないことが、あるのに、自身は何もできずにいる。

 

 答えが欲しい。

 今、起きている事態の解法、その方法が欲しい。

 ロズワールへの不信、ベアトリスへの悔悟、ガーフィールへの怒り、エルザへの憎悪、シャオンへの不安、そして──エミリアへの愛情。

 それだけが蛇のようにとぐろを巻き、渦巻いている。

 考えは行き詰まり、行動は封じられ、自害も許されないスバルを焦燥感がむしばむ。

 そして、同時に──孤独がスバルの心を削っていく。

 一体どれほどの時間がたったのだろうか。世話係が用意する食事の回数で時間は何とかわかるが、それでも、無機質なその存在は何も話さない。孤独を埋める存在にはなれない。

 

 ──だれか、俺を殺して。

 

 ──だれか、そばにいて。

 

 そんな懇願の中、久しぶりに音を聞いた。

 音、ではないこれは声だ。

 

「あのー本当にここであっているんですよね?」

「今更じゃないです? 自分方向音痴なので保証はしません。浅慮」

「浅慮って! ……あ」

「これは──思った以上に厳しそうですね」

 

 一瞬、それが何なのかわからなかった。

 

「──ぁ」

「おっと、声はあげないでください。かなり危ない橋を渡ってきているので、ここで見張りに捕まるのはごめんです。お互い、諦めは悪いでしょう?」

「声をあげないといいつつ、ここで一番騒いでいるのは貴方ですよ?」

「誰の所為だと……!」

 

 騒がしい二人組の声だった。

 その声に対して、何と声をかけようかとすると、声の主はスバルの身体に何かする。

 軽い音がして、スバルは自分の手足の拘束が解かれたことを理解した。

 そして、

 

「猿轡、取りますよ。ついでに目隠しも」

「────」

 

 息苦しさの原因が外され、それと同時に解放感があり、涙で張り付く瞼を動かす。

 瞼をゆっくりと開くと、徐々に視界が慣れていく。

 そこには──

 

「何はともあれ、生きててくれてホっとしましたよ、ナツキさん」

「ええ、生きてくれないとすべてが台無しですからね。ホント、無駄足」

 

 ──そう言って、何百年かぶりにも感じる景色の中、オットー・スーウェンとカロンが笑っていた。

 

 

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