Re:ゼロから寄り添う異世界生活   作:ウィキッド

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誰も貴方を

「いきなさい!!」

「おわぁ!?」

 

 ガーフィールが殺意を隠さずに、こちらにとびかかると同時に、ラムが突風で、スバルたちを彼から遠ざける。

 その状況を理解している間に、スバルの胴体にオットーとカロンの腕が回り、有無を言わせずスバルは担ぎ上げられ、

 

「パトラッシュ──!?」

「行きますよっ!」

 

 猛然と走り出したパトラッシュが、スバルとオットーを無理やり背に乗せる。

 予想外の展開に目をむくスバルを抱え、オットーは無理矢理手綱を握り、速度を上げるパトラッシュにしがみつき、獣との距離を飛び出すように離していく。

 

「てめぇ、三下ァ!!」

「余所見の暇は、ないわよ、ガーフ!」

「──ッ!? ラム、邪魔すんじゃねェ!!」

 

 背後でとどろく怒声、それに対抗するかのように吹き荒れる防風

 暴と暴がぶつかり合い、炸裂し、ようやく今の状態を理解できる。

 そのうえで、すぐ近くで頬を固くするオットーの胸倉をつかみ、声を上げた。

 

「ま、まてよ! オットー! あんなところに、ラムを残して」

「あれ以上はあなたが危険だった、僕とラムさんの判断です! 文句は聞けません!」

 

 声に怒鳴り返され、スバルは思わず口を閉じる。

 それを見て、カロンはため息をこぼしながら、

 

「とりあえず、今は逃げるべき。彼女が足止めしている間に、貴方が逃げることが大事。最優先」

 

 カロンの言葉に、スバルはどこか同意を示している感情があった。

 戦力を考えれば、これが最適解、という理屈に近いものだが。

 

「オットー、隠し玉は早めに切る方がいい」

「え、ですが……」

「商人の判断は?」

「──っ!! ええい」

 

「お前ら何を──!?」

 

 疑念と混乱に脳が錯綜する傍ら、鋭く甲高い音が鼓膜を揺らす。

 音の発生源はオットー、間近にいる彼からだ。

 己の指をくわえた彼は、高い指笛が夜の『聖域』に響き渡り、2度3度と繰り返される。

 なにかの符丁のように。

 

「今の指笛は」

「あまり使いたくなかった手段です……隠し玉で、使わずに済むならそれでよかった」

「でも切るなら早い方がいい、彼らの覚悟を考えれば」

 

 パトラッシュ、オットー、カロンの3人はスバルを助けるために結託し、逃げる算段を組み立てていたのだ。

 この期に及んで何を隠していたのかと、声を荒げるスバルはすぐにそれに気づいた。

 

「────ぁ」

 

 後ろではなく正面、地竜の疾走する進路が、次々と明るく、光がともっていく。

 結晶灯の白い光は、迷いの森を照らす道しるべで、それらを支えているのは──

 

「アーラム、村の……」

「────みんな、ナツキさんの為に、力になりたいんですよ」

「お前、みんなが知ったら、暴発するって……」

「実際、危険な賭けでしたよ。でも、賭けに勝ったうえで、貴方には、ナツキさんだけには黙っていることにしました」

「なんで!?」

「──わからないです?」

 

 静かに、どこか怒りを込めた言葉が、カロンからスバルへ放たれた。

 

「なにが!?」

「彼らが、貴方の足枷になりたくないということを」

「────」

 

 意味が分からない。

 村人たちの配慮は、意味が分からない。

 何のためにそんなことを。

 足枷? 誰が、誰の。

 そんな疑問の渦の中、パトラッシュが敬意を表すように、短く嘶き、発光する道を、速度を上げて風を追い越していく。

 

「なんで、こんなことを」

「この先、まっすぐ突っ切れば結界だそうです! そこまで逃げ切れば!」

「な、なんで、俺なんかを」

「……自己評価が低すぎるんですよ、ナツキさん」

 

 そうつぶやくオットーの言葉はどこか怒りを込められたような、あきれたようなものが混じっていた。

 しかし、その真意をスバルが聞き返すよりも前に、カロンがつぶやいた。

 

「あ、まずい」

 

 そのつぶやきと共に、

 

「────ッ!!!!」

 

 咆哮が森に轟き渡り、次の瞬間にスバルは激しい衝撃波に飲み込まれていた。

 

 □

 

 きん、と耳鳴りがして、スバルはゆっくりと目を開ける。

 ぐらりと大きく頭が揺れ、頬に感じる硬い感触を通じてようやく自身が地面に倒れていることに気付く。

 なおも、立てずに揺れ続ける世界にスバルは気持ち悪さを覚える。

 濛々と、土煙が司会を覆っていた。

 そして、それが晴れると同時に、自身が今までいた地面が、えぐれ、へし折れた大樹が転がっている。

 そして、それにうずくまる影があり──金色の猛虎が低い姿勢に構えながら、鋭い視線で周囲を睥睨していた。

 

「────」

 

 猛虎は身を低くかがめ、翡翠色の瞳で倒れるスバルを見下ろしている。

 体長はスバルを見下ろすほどに大きく、四肢は太くたくましく、閉じた口腔には収まりきらない牙が生えそろっている。

 一目で、存在そのものの脅威を視覚的に訴えてくる存在。

 それに飲まれていたスバルは、 

 

「あー、ここまで、ですか」

「か、カロン」

 

 のんきなカロンの声で引き戻された。

 

「どこか無事に済むと思う未来があると思ったのですが。絶望」

「み、みんなは……?」

 

 首を必死で巡らせ、周囲の状況を把握する。

 折れた多地涌の根本、すぐ近くに吹き飛ばされた若者たちが倒れている。

 先ほどまで話していたオットーの姿もある。

 パトラッシュの気配もある……が、誰もが苦痛の声を上げ、呻いている。

 

「かろうじて、誰も死んでいませんよ。必然」

「必然って……」

 

 スバルと同様にボロボロの姿をしたカロンが服についた汚れを払いながら、馬鹿にしたようにこちらを見る。

 

「気づきませんか、あの虎のことを考えれば必然でしょう」

 

 必然である。

 虎。

 そして、自身に敵意を持つ存在で、なによりも、

 

「がー、ふぃ……る」

 

 巨躯の下腹部に特徴的な色の布切れが引っ掛かっている。

 それが、ガーフィールの腰巻の一部だとすぐに気づけた。

 脳裏に獣化したフレデリカの姿。

 確かに──必然的に彼があの虎だといえるだろう。

 数秒でラムを無効化し、猛然と彼はこちらに迫ってきた。

 まるで爆弾が着弾したかのような勢いで、スバルたちを吹き飛ばしながら。

 人にはできないその存在、力の差に、スバルは潮時だ、と思った。

 これ以上は逃げられない。

 だが、一つだけ願いが叶うなら。

 

「全員が死なないようにする、は無理ですね」

「……それでも」

「今、彼と取引はできない。興奮状態な獣と対話を試みる? 無理」

 

カロンは淡々と事実だけを口にする。

スバルが、避けていた現実を叩きつけるように。

そう、全員助けることはできない。だったら、あの時に。

 

「第一そんな甘さなら、オットーの手を取らなければよかった。後悔?」

 

そう、そうすれば、死ぬのはスバルだけで済んでいた。

スバルだけならば、『死に戻り』がある自身ならば、その死はなくなり、誰も傷つかない。

そう、あの時に手を取らなければ――

 

「甘い」

「……あ?」

「甘いと言っている。お前は、もう、死に向かっても、周りが誰も放って行かないことに気付いていない」

「それは――」

「――あの人と同じで、誰も貴方を放っていかない」

「なん、でだよ」

「さぁ、ボクはあなたと過ごしていないし、貴方の価値も知らない」

 

そう、カロンはスバルの行ってきた行動を知らない。

アーラム村の人々が彼を慕う理由も何も知らない、それでもカロンは尊いものを見るように、眩しいものを見たかのように目を細め、

 

「でも、他者を思いやる気持ちは嫌いじゃない。人間らしい、愛しいもの」

 

優しく微笑んだ。

 

「”この世界”が終わるのは確定しているんです。それでもあがくあなたに祝福を」

 

 そうつぶやくと同時にカロンは手をかざす。

 するとスバルの身体が浮き始め、浮遊感を覚える。

 そんな飛行体験に驚愕を覚えているが、それよりも──

 

「この世界って、まさかお前──」

「しーっ。ただでさえ浮かせるのに命を使っているんだから、”彼女”の地雷を踏まないでください」

 

 それ以上は喋らせない、と浮いていたスバルの腹部を思い切り蹴り上げる。

 先ほど久しぶりに飲んだ食べ物、水が逆流し、酸味と、生理的反応で涙が飛び出る。

 と同時に、浮いていたスバルの身体は異常なまでの速度で後方に飛び上がっていく。

 いったい何をする、という行動の答えはすぐにわかった。

 そう、宙を舞いながら気づいたのだ、懐で何かが、光が瞬くのを。

 

「────」

 

 輝石。

 フレデリカの輝石。

 懐に入れていた石が、青く輝く。

 そう、カロン、彼はガーフィールの脅威が、届かぬ位置へ、連れて行ったのだ。

 

「さて、あとは頑張るのみ」

 

 そう告げたカロンの身体はスバルを追いかけ始めてきたガーフィールによって、真っ二つにされた。

 しかし、その肉片が地面につくことを見届けることはできず、瞬間、光が膨れ、ナツキスバルを包む。

 

「──ナツキスバル……あの人を、父上を、シャオン様を、頼みます」 

 

 ──転移が起きた。

 

 

 目が覚めた時、そこは一面の銀世界が広がっていた。

 吐く息が白く染まる中、スバルは無気力に歩みを続ける。

 絶望に染まる中、託された思いだけを胸に。

 そう、彼を探し、見つけることができた。

 

「――遅かったじゃないか、スバル」

「探したぞ、この野郎」

 

どこか、変わり果てた相棒の前に、ナツキスバルはようやく対面したのだ。

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