Re:ゼロから寄り添う異世界生活   作:ウィキッド

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交渉、開始

 現在、蔵の中にはシャオンとロム爺の二人しかいない。スバルは酒の酔いを醒ますため、フェルトが来た際の事情説明をするために蔵のすぐ外にいる。

 

「それにしてもロム爺、この盗品蔵、これだけ規模がでかいってことはやっぱり盗品も多いの?」

「そりゃあそうじゃ。大抵の品物はあるぞ」

誇らしげに胸を張るロム爺だが、褒められることではないことを自覚してほしい。だが今はそんな感想はおいておいて、本題に入る。

 

「――防具と何か武器になるものない? できれば軽いやつ」

 

 異世界の危険性についてはある程度理解できた。だったら武器が必要だ。いくらなんでも素手でこの先乗り越えることは無理だ、しかもスバルを殺したという輩に対しても有効になるだろう。

 そう思って尋ねてみると、

「ふむ、待っておれ」

 ロム爺は少し考えた素振りの後、蔵の奥に進んでいった。数秒後、戻ってきたロム爺の手の中にあるものが握られていた。

 

「ほれこれとこれでどうだ」

 

 そうしてロム爺は一本のククリナイフと二つの手甲をシャオンの前に置いた。

 ナイフを手に取り、軽く凪いでみる。重すぎず、かといって軽いわけでもない。刃を見てみると刃こぼれさえない。上等なものかもしれない。

 手甲も装備してみる。多少は重いが、動きに支障は出ない。

 

「えと、お代だけど」

 

 こちらでは元いた世界の通貨は価値がないのはわかっている。だが物々交換ではどうだろうかと思い上着のポケットをまさぐり、交換できそうなものを探す。

 しかしロム爺は頭を振り、シャオンに語りかける。

「いらんいらん。どうせおぬしら訳ありじゃろ?その上質な服装にミーティアを二つも持ち合わせているのじゃ、位もかなり高い二人組のお忍びといったところじゃろう」

 その予想は大きく外れているのだが、うまく勘違いしてくれているのだ。余計なことも言わないで頷いておくことにする。

 

「おぬしらがその気になればフェルトのことなどなんとでもできように。しかしそれをしなかったのじゃ、これくらいのことはせんとな」

「ロム爺、貴方フェルトのこと大事にしてんだね」

 シャオンがそう口にするとロム爺はなにかを思いだすかのように眼を細め呟く。

 

「まぁ、の。付き合いもそう短くはないからの」

 ロム爺と彼女との関係は詳しくは知らない。だが、ロム爺は彼女のことを大事な存在だと今のやり取りで伝わってくる。そのことにシャオンは微笑ましく思う。

 そんな雰囲気の中、一つ気になることがあったことを思い出す。

 

「あ、もう一つ聞きたいんだけど――銀髪が悪い(・・)意味で目立つってどういうこと?」

 先程の会話中に引っ掛かった言葉だ。ただ単純に銀髪が目立つ、というならばまだ物珍しいという意味で目立つだけだろう。だが悪い意味とはいったいどういうことだろうか。

 シャオンの疑問にロム爺は変な質問をされたとでも言いたそうに眉をひそめる。

 

「知らんのか? 嫉妬の魔女の特徴じゃろ」

「嫉妬の、魔女?」

 

 聞いたこともない単語を繰り返すとロム爺は酒を口に含んでから口を開く。

「銀髪のハーフエルフ、六人の大罪の魔女を滅ぼし世界の半分を飲み込んだ史上最悪、最強の魔女」

 古い童話の決まり文句のように紡がれる言葉。

 世界の半分を飲み込んだ、という嘘みたいな話。だがその言葉を発する彼は冗談をいっているようには見えない。

 

「まぁほかの魔女といっても実際に見たことはないが……知り合いに似たようなやつもおったし、何よりダフネの負の遺産というもんがあるからその逸話も真実味があるのじゃろう」

「ダフネの負の遺産?」

 

 嫉妬の魔女と同じように不穏な響きのする言葉に冷や汗を流しながらも再度尋ねる。

 

「暴食の魔女ダフネ。白鯨、大兎、黒蛇の三匹の怪物を生み出した存在じゃ。黒蛇なんかは今でも傷跡が様々な場所に残っておる」

 その怪物や暴食の魔女とやらにも興味はあるが、今は本題はそれではない。話を戻すために一度咳ばらいをし、ロム爺に再び問いかける。

 

「なぁ、その嫉妬の魔女の名前ってなんていうんだ?」

 

 銀髪のハーフエルフは嫉妬の魔女の容姿。嫉妬の魔女は忌み、恐れられる存在。そんな存在と同じ見た目の人物は同じく虐げられ、さらに名を騙る人物などどこにもいないだろう。

 だがもしも自分に近づく人間を遠ざけようとしたら? その名を騙るだろう。

 なぜ、遠ざけようとしたのかまではわからないが心優しい彼女のことだ、大体想像できる。

 ――恐らく、嫉妬の魔女の名は

 

「……あまり口にしとうないが……嫉妬の魔女の名は――」

 

 ロム爺は小さく口を開け、その名前を発しようとした。その瞬間――蔵の入り口の扉が叩かれる音が響いた。

 

「フェルトじゃろう、どれ」

 ロム爺は入口に向かって歩いていく。もう少しでその嫉妬の魔女の名前がわかったのだが、本題はフェルトとの交渉だ、それを遮ってまで聞く必要はない。

 

「大ネズミに」

「毒」

「白鯨に」

「釣り針」

「我らが貴きドラゴン様に」

「くそったれ」

 

 テンポよく合言葉を言い合うと重い扉が開かれた。その扉の先には金髪の髪をした少女フェルトと、外で待っていたスバルがいた。

 

「待たせちまったなロム爺、撒くのに手間取っちまった」

 

 申し訳なさそうに愛想笑いを浮かべるフェルト。しかし、シャオンの姿を目にすると途端にそれも崩れる。

 

「それと、大口を持ち込むから人払い頼んでおいたはずだよな? ロム爺、誰だこいつとそいつ」

 

 外で待っていたスバルとロム爺の近くにいるシャオンに指差しながら警戒をする。

「スバル、事情説明したんじゃないの?」

「見事に、失敗しました!」

 歯をきらめかせ親指を立てながら誇らしげに失敗を報告するスバルに近づき、頬を殴りぬく。

「ひどい! 父さんにだって殴られたこと無かったのに! たぶん」

「オーケー。なら俺がスバルの父さんの代わりにぼこぼこにしてやんよ」

 

「……本当に、なんだよこいつら」

 

 その様子を見てロム爺は豪快に笑う。

「そう警戒するな、こやつらはその大口に関係しておる」

「ロム爺まさかアタシを売ったんじゃないだろうな?」

「ワシとお前とのなかでそんな不義理なことはせんよ。なにお前にも得があると踏んでおる話じゃ」

 

 片眼をつむりこちらにウインクをしてくるロム爺。その光景にシャオンは苦笑い、スバルは爺がウインクするという体験をし気持ち悪さからえずく芝居をする。

 そんな様子をみてもフェルトはいまだ警戒を解かない。そこでスバルがフェルトに向き直り語り掛ける。

「そんな怖い顔すんなって、ほらスマイルスマイル」

「おぞましい顔見せんなよ……何企んでるか知らねーけどアンタたちの話があたしにとって金になるんだったら、本題に入っていいぜ?」

 

「俺たちがほしいのは宝石が埋め込まれている徽章だ。持っているんだろ?」

 

 フェルトはその言葉に目を見開き、ついでスバルから距離を取る。

 フェルトが目当ての品を持っていることを確信しているかの言い様に当然彼女は警戒する。それを見て慌ててスバルはちょいまち、と言う。

 

「警戒する気持ちはわかる、だけど俺たちは手を出さないから安心しな。早い話、交渉タイムだ。互いに損をしない、な?」

 

単刀直入に切り込んでみせるスバルに、短く応じるフェルトも素直な肯定。

彼女は懐に手を入れると、そこから抜き出したものをテーブルの上に静かに置いた。

 ――求め続けた徽章。それは竜を象った意匠が特徴的なバッジだった。大きさはワッペン程度のもの。材質は詳しくないので判断できないが、高価そうな金属が使われて見える。 翼竜を正面から象ったデザインをしていて、徽章の中央――竜の口が赤い宝石をくわえるような絵を描いていた。

 

徽章の中心、赤い宝石はぼんやりと淡く輝いており、その灯に思わずスバルは言葉を見失ってしまう。徽章を値踏みするロム爺も黙り込んで「ううむ」と難しげにうなるのみだ

 

「さあ――」

その沈黙を破ったのは、徽章を握るフェルトだった。彼女は前置きの一言で二人が我に返るのを見届けて、テーブルの上の徽章をこちらに押し出し、

 

「今度はそっちのカードを見せなよ。徽章はこんだけの出来で、しかもアタシはそれなりに苦労させてもらった。それに見合うカードだと、お互いに嬉しいよな?」

 

「悪い笑顔でこっち試してみてるとこ悪いが、俺の出せるカードは一枚だけだ。なにせ、俺はたいそう立派な一文無し!」

 

「無一文って言っちゃうと反応困っちゃうから控えようぜ? スバル」

 これからも無一文というのを強調していくのは流石に恥ずかしい、というよりも周りの視線が痛いのでやめるよう注意する。

 

 そしてこちらの手札を出そうとした瞬間、扉を軽くノックする音が響いた。

 ロム爺がフェルトに目線を向ける。

「符丁は?」

「あ、忘れてたわ。まぁあたしの客だろうから見てくるわ」

 フェルトが扉に向かって駆け出す。それを見てスバルが咎めるような目を向ける。

 

「いいのかよ、あんな勝手ばっかさせて」

「まぁ、付き合いも長いしのぉ……頼られてやるとするわい」

 

 ぼりぼりと禿げ頭をなでながら、笑顔を浮かべるロム爺にシャオンは笑う。

 

「心なしか喜んでるなぁ。孫にお年玉をねだられる爺さんみたい」

「お年玉、というのがどんなものか知らんが……まぁ頼られているのは確かに嬉しいかもしれん」

 ロム爺は釘の刺さった棍棒を持ち、外の人物入ってくるのを待つ。

 次なる交渉相手、つまり徽章の争奪相手それは――

「部外者が多い気がするのだけれど」

 身長の高い女性だった。スバルと同じぐらいの背丈で見た目から年齢を想像するとおそらく二十歳前後。目じりが垂れたおっとりとした印象を与える女性だ、目元にある小さなほくろも女性のきれいさを損なわない。

 身にまとう衣装はすべて黒装束でそれに合わさるように髪も瞳もシャオンたちと同じものだ。

 だがそれらの特徴よりも目に入ったのは――

「あのぉ、露出高すぎやしませんかね」

「そうかしら?」

 

――肌色が多いのだ、主に胸元の。

 女性のスタイルはかなり良く、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。

 ある程度女性に慣れてはいるがシャオンだって男。ここまで肌を晒されていると目のやり場に困ってしまう。

 

「それで、こちらのお兄さん方は?」

 そんな男性心を知らずに、女性は話を進めていく。

「競争相手デス、ハイ」

 そう、答えるしかできなかった。

「なるほど、事情は分かったわ」

 

 グラスを傾けて薄い唇の上についた白いミルクの跡をこれまた舌を使い妖艶になめとる女性。先ほどのやり取りの後エルザ、そう名乗った女性は仕草の端々が艶っぽく正直どぎまぎしていた。

 

「ま、あたしにとっちゃどっちに売ろうかは関係しない。より、高いほうに高く売りつけるさ」

「いい性格ね、嫌いじゃないわ」

 エルザは笑みを深めてフェルトを見つめる。ふと、その目線がシャオンに向けられた。

 

「ねぇ、貴方座らないのかしら?」

「……ああ、お構い無く」

 

 エルザが蔵に入ってからシャオンは椅子に座らず、テーブルについたスバルの後ろに立っている。

 主となる理由は一つ、緊急時に素早く動くためだ。

 前回の話では日没頃にこの盗品蔵で殺戮が行われた。現在の時刻は夕刻、件の時間にはまだなっていないがタイムリミットまでそこまで差はない。それに、前回と違いロム爺と遭遇でき、交渉まで持ち込めている時点で前回とはだいぶ違っている。あまりあてにしてはいけないかもしれない。

 どちらにしろいざとなったら犯人からスバルの命を守るためだ。

「さて、交渉開始だ。俺が出すのはこのミーティア。価値としては半端ない代物だ」

 スバルは携帯電話をテーブルにたたきつける。

 シャオンの分も出し合いに出してもよかったのだが、先ほど相談し、片方を出して、もしもそれで足りなかったらスマホを交渉の賭け金の追加としてだそう、と。

 これだったら徽章をスバルの携帯だけで交換できたなら、シャオンのスマホを使ってこれからの資金源になるようにできる、との考えでだ。

 

「私も依頼主からいくらか追加料金をもらってきてるの。念のために、ね」

「依頼主、ってことはアンタも頼まれただけ?」

「ええ。この徽章を欲しているのは私ではなく、私の雇い主よ。……もしかしてお二人もご同業かしら?」

「ははっ。だとしたら無職だぜ?」

 

 エルザが懐から小さめの麻袋を取り出す。テーブルに置かれたそれは重量感を感じさせる音を発した。おそらくかなりの枚数の金貨があるのだろう。

 

「私が出せるのは聖金貨――」

 

 緊張に包まれる中、袋に入っている聖金貨をロム爺が数える。そして袋の奥までしっかりと確認し、枚数を確認する。

 その結果――

 

「ちょうど、20枚じゃな」

「これが依頼主から渡された聖金貨のすべて、これ以上はだしようがないわね。厳しいかしら?」

「これって?」

 

 ロム爺はミーティアは”20枚にくだらない”といったのだ。しかもこちらは金貨そのものではないのでロム爺の腕によっては20枚よりも稼げることができる可能性があるのだ。

ロム爺に顔を向けると、その考えを決定づけるように彼は笑みを浮かべていた。

 

「うむ、この賭けはおぬしら二人に傾く」

 

「いよっしゃあああああ!」

 

 喜びのあまり椅子からスバルは立ちあがり、シャオンにハイタッチをする。

 

「うい、シャオンやったぞおらぁ!」

「テンションたかいな、おい」

 そう注意するがシャオンも交渉が無事成功し実はだいぶ気分が高揚している。なのでスバルのハイタッチ要求にもノリノリで応えてしまう。そんな様子を見てフェルトは呆れ顔を浮かべる。

 

「はしゃぎすぎだろ兄ちゃんたち……まぁアタシにとっては儲かればどうでもいーし」

「仲睦まじいわね」

 

 その言葉でエルザの存在を思いだす。

 

「あー悪いなエルザさん。依頼主さんに怒られちゃったりしちまうか?」

「いいのよ。私の雇い主も手元に徽章がある必要はないから」

 

 そういう彼女は徽章に興味を持っていなそうなそぶりを見せる。本当に彼女はただ頼まれただけだったのだろう。

 

「それじゃ、交渉は残念だったけどそろそろお暇させていただくわね。……あ、そうそう」

 

 盗品蔵から出ようと席を立とうとした彼女が思い出したかのように訊ねた。

 

「――その徽章、どうするのかしら?」

 それはどこか低い、氷のような冷たさを感じさせる脅しにも似た問いかけだ。まるで首筋に鋭いナイフを突きつけられていると錯覚しそうになる。

 だが、それでも失言はしないように言葉を選んで返答しようとした。しかし、それよりも早くスバルが口を開いた。――開いてしまった。

 

「……ああ持ち主に返すんだよ」

「馬鹿!そんなこと言ったらーー」

 

 スバルの言葉にシャオンが注意すると同時、エルザはうっすらと笑みを浮かべ

 

「――なんだ関係者、なのね」

――そう告げ、冷たい殺意とともにエルザは腕を大きく凪ぎ払った。


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