Re:ゼロから寄り添う異世界生活   作:ウィキッド

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剣聖と名乗る青年

 凛とした声色には欠片も躊躇もなく、一切の容赦も含まれていない。聞く者にただ太陽のような圧倒的な存在感だけを叩きつけ、その意思を伝わせるソレは養殖のものではなく天性のものだ。

 その迫力にシャオンも無意識に黒い手を止めてしまうほどだった。

姿勢はそのままでちらり、とその声がした方向に目を向ける。

 その声の主はまず何よりも目を惹くのは、燃え上がる炎のように赤い頭髪。

 その下には真っ直ぐで、勇猛以外の譬えようがないほどに輝く青い双眸がある。異常なまでに整った顔立ちもその凛々しさを後押しし、それらを一瞥しただけで彼が桁違いの存在であると知らしめていた。

 すらりと細い長身を、仕立てのいい白服に包み、その腰にシンプルな装飾――ただし、尋常でない威圧感、そして言い様のない嫌悪感(・・・)を放つ騎士剣を下げている。

 

「これ以上は彼らが死んでしまう。ここは矛を収めてくれないかな」

 

 青年がこちらに提案をする。姿勢はそのまま、敵対心と警戒心をもそのまま間に思考を巡らす。

 目の前の青年の素性はわからない。だが、この肌を粟立たせる威圧感からただものではない存在だということはわかる。戦えば敗北することは想像に容易い。

 幸いにも向こうには戦意はなさそうだ。ならば話し合いで済むのなら済ませたい。

 そう思いシャオンは大きく息を吐き青年の問いに答えた。

 

「別に、構わないさ……だが、そいつらが、ふぅ、納得するのかい?」

 

 今のシャオンには楽をしたい、スバルを治したいという気持ちしかなかった。なので彼らが今すぐ逃げ出すのだったら追いもしないし、復讐する気もない。すぐに記憶から追い出すだろう。

 その言葉を聞いて青年はごろつき達に振り返る。

 

「そっか。……どうだい君達、今なら追わない。逃げてくれるとうれしいが?」

 

 その言葉にごろつき達は怒りもせず、先ほどよりも紫色になりつつある唇を震わせて、ごろつきの一人が青年を指差した。

 

「ま、まさか……燃える赤髪に空色の瞳……鞘に竜爪の刻まれた騎士剣」

 

 確認するように各所を指差し、最後に息を呑んで、言葉に詰まりながらもその名を呼ぶ。

 

「ラインハルト……『剣聖』ラインハルトか!?」

「自己紹介の必要はなさそうだ。……もっとも、その二つ名は僕にはまだ重すぎるけどね」

 

 ラインハルトと呼ばれた青年は自嘲げに呟き、しかし眼光を決してゆるめない。

 視線に射抜かれた男たちは気圧されるように後ろへ一歩。逃げるタイミングを見計らうようにそれぞれが顔を見合わせる。

 

「さっきも言ったけど、逃げるのならこの場は見逃す。振り返らずそのまま通りへ向かうといい。もしも強硬手段に出るというのなら、こちらも相手になる」

 

 腰に下げた剣の柄に手を当てて、彼は後ろに立つシャオンを示すように顎をしゃくり、

 

「その場合は三対二だ。数の上ではそちらが有利、その上緊急事態だ。僕の微力がどれほど彼の救いになるかはわからないが、騎士として全力を出させてもらおう」

「っ! くそっ!」

 

うそぶくラインハルトにごろつき達は慌てふためき、蜘蛛の子を散らすように大通りへと逃げ去っていく。その様子だけで、この目の前に立つ青年の規格外さが知れるというものだ。だが彼らとの立場が逆だったのならシャオンも同じように背を向けて逃げ出していただろう。そう考えると笑えない。

 

「ケガはないかい?」

 

 男たちが完全に消えたのを見計らって、青年が微笑を浮かべて振り返った。

 途端、路地裏を席巻していた威圧感が消失。それすらも意識的に青年一人がやっていたことだと体感して、シャオンはもはや絶句するしかない。だが、現在の状況を思い出し、我に返る。

 黒い手はいつのまにか消えていた。どうやら無意識のうちに安全だと判断したから消えたようだ。

 この力がどういったものかはわからない、だがシャオンの意思に沿って動くことが先の一件でわかった。ならば今は使える能力と考えていいだろう。

 未だに睡魔と倦怠感は抜けきれないがそれよりも今は一刻を争うことがある。

 

「どいて、くれるか」

 

 ラインハルトを手でどかし、倒れているスバルの元に向かう。

 ナイフを刺され、内臓が傷ついているのか口からも血を吐き出している。そのひどいありさまにラインハルトは眼をそらし、申し訳なさそうに謝罪をする。

 

「……すまない、もっと僕が早くたどり着けたなら彼も」

「まだ、なんとかなる」

 

 訝しげな視線をこちらに向けるラインハルトを余所にシャオンは倒れているスバルの体を優しく起こす。出血は激しく、呼吸もほとんどできていない。

 前回の世界でシャオンをかばってしまった時と同じような状況だ。

 

「大丈夫、できる。俺はできる」

 

 自らに言い聞かせるように繰返し声に出す。

 刃物を引き抜く。熱い血液がかかるが眼は閉じないそして拳を勢いよく傷の近く――腹部に叩きつける。

 傷を直すために傷を殴り付ける、その奇妙な様子を驚いたようにラインハルトは見つめる。しかし彼にとってもっと驚く事態が起きた。

 

「……よかった」

 

 小さく安堵の声を発するシャオン。

 傷が完全にふさがり、噴水のように飛び出ていた血液は流れ出るのをやめた。呼吸も安定し、土気色だった顔色も次第に良くなるだろう。

 しかしそこで気づく。問題が解決した安堵さから忘れてしまっていたが今はシャオン一人ではない。この光景を、致命傷を瞬く間に治してしまう場面を見られてしまっているのだ。

 この世界の治療魔法については偽サテラが使っていたものしかわからないが一瞬で傷を治すほどの魔法は珍しいに違いない。

 だがこの能力についてはシャオン自身、詳しくはわかっていないのだ、追及されれば面倒なことになりそうなので慌てて言い訳を考える。

 

「えーっと、ラインハルトさん……でいいですか? えとですねこれは――」

「呼び捨てで構わないよ、シャオン」

「……え? あ、うん。ありがとう、ラインハルト」

 

 急に距離を詰められ若干の戸惑いを覚える。

 

「水属性の魔法を使えるなんてね。しかも見たところかなり上等なものだと見る。知り合いにも同じ魔法の使い手がいるけど彼にも引けを取らないかもしれない」

 不審な目で見ることはなく、むしろ感心しているような眼で見られている。そしてこの能力について詳しく聞いてくる様子はないようだ。

 とりあえず怪しまれていなければいい。ほっと胸をなでおろす。

 

「それにしても意外と王都の人って冷たいんだな」

 

 あの不可視の手が壁などを削り取ったとき大きな音が響いたはずだ。なのにラインハルトしか様子を見に来なかった。

 あれだけ人の数がいて、あの轟音が聞こえたのが彼ひとりということはないだろう。面倒なことにかかわりたくないということか。シャオンにもその気持ちは十分わかるのでそこまで責める気にはなれないが。

 

「あまり言いたくはないけど、仕方のない面もある。多くの人にとって、連中のような輩と反目するのはリスクが大きい。衛兵などに任せたほうが安全だからね」

「その言い方だと、ラインハルトって衛兵なのか? そうは見えないけど」

「よく言われるよ。まあ、今日は非番だから制服を着ていないのも理由だろうけど」

 

苦笑いしながら両手を広げるラインハルトに、シャオンは内心で反論する。

彼が衛兵に見えない最大の要因は、そんな泥臭い感じのイメージとかけ離れた雰囲気が為せる技だ。加えることがあるとすれば、

 

「『剣聖』とか呼ばれてた気がするけど……」

「家が少しだけ特殊でね。僕自身には重すぎる家名だ」

 

 肩をすくめてみせる気軽さに、どうやら上手いユーモアも言えるらしい。

 完璧人間のようなラインハルトに呆れと驚嘆を隠せないシャオンだが、彼はそんなシャオンといまだに眠っているスバルをジッと見下ろし、

 

「倒れている彼も、君も珍しい髪と服装だ。それに名前だと思ったけど……シャオンはどこから? 王都ルグニカにはどんな理由できたんだい?」

「どこからかって言われると答えづらい。……そうだね、もっと東とかってのはどうだい?」

 

 我ながら安直な答えだと自省の限りだ。スバルに聞かれていたら笑われてしまうかもしれない。だが、それに対するラインハルトの反応は意外にも顕著なものだった。

 

「ルグニカより東……まさか、大瀑布の向こうって冗談かい?」

「大瀑布?」

 

 聞き慣れない単語に首をひねる。

 

「誤魔化してるってわけでもなさそうだけど……とにかく、王都の人間じゃないのは確かみたいだね」

 

 ラインハルトはこちらの足の先から頭のてっぺんまで眺め、納得する。

 

「ここには何か理由があってきたんだろう? 今のルグニカは平時よりややこしい状態にある。僕でよければ手伝うけど」

「ああ、なら――」

 

 善意100%の提案を受け、ちらりと倒れているスバルに目を落とし、

 

「――スバルを起こしたいから水をどこかから持ってきてくれない? あとこの血も洗い流したいからそれの分も」

 

 そう、ラインハルトに頼んだのだ。

 

「えっと、つまり」

 

 ラインハルトに持ってきた貰った水入りのバケツを使って血を洗い流し、残った水でスバルにかけ、起こす。

 刺されて死んだと思っていたスバルは目覚めたときの慌てぶりは酷かった。仕方ないので落ち着くまで待ち、丁寧に一から事態の説明を行った。

 

「なるほど、つまり命の恩人か」

「そんな大層なことはしていないよ」

 

 笑顔で謙遜をするラインハルト。

 顔と声と佇まいと行動、今のところ全てが高水準でイケメン判定をクリアしている。これで性格と家柄までよさそうなのだ、裏で何か悪事を働いてないと釣り合いが取れないレベルだと思う。もしも彼がラスボスだったとしても案外納得できてしまうかもしれない。

 

「このたびは命を救っていただき、心からお礼申し上げる。このナツキ・スバル、その御心の清廉さに感服いたしますれば……」

 「俺からも礼を言おう、助かった」

 「向こうも三対二になって、優位性を確保できなくなってのことだ。僕がひとりならこうはいかなかった。それに実際彼が助けた」

 

 二人でそろって礼を言うとラインハルトは笑みを崩さず謙遜を続ける。

 

「……なんだ、このイケメン。本気で身も心もイケメンか。俺ルートのフラグが立つわ!」

「俺にはたてないでね? 立てたら色々と折るよ?」

「なにをですか!?」

 

 そして照れ臭さを隠すためか咳ばらいを一つし、スバルはシャオンに向き直る。

 

「あー、まずありがとな」

「気にすんな。借りを返しただけだ」

 

 顔を赤くしながら礼を言うスバル。

 シャオンはそれを見て照れ臭そうに笑いながらこぶしを突き出す。スバルもそれに合わせてこぶしを突き出し、ぶつけ合い、コツン、と軽い音が響く。

 

「さて、それで二人とも。何か困っていたんだろう? 僕でよければ手伝おうか?」

 

 その様子を微笑ましく眺めていたラインハルトが口を開く。

 

「いやいや、休日なんだろ? それ返上してまで俺の手伝いなんてすることねぇよ。さっきので十分……できればもっと優しく起こしてほしかったけど。いや、ついでに聞きたいことはある」

 

 ラインハルトの申し出に首を振ってから、スバルはふと思い出したように指を立てる。ラインハルトは「なんでも聞いて」と気軽に頷いた。

 

「世情には疎い方だから答えられるかはわからないけどね」

「いんや、聞きたいってのは人探しだから平気。ってなわけで聞きたいんだけど、このあたりで白いローブ着た銀髪の女の子って見てない?」

 

 偽サテラの格好はかなり目立つ類のものだ。銀髪は黒髪同様に見かけないし、鷹っぽい刺繍の入ったローブも同じくここら一帯で見かけることはまずない。

 

「白いローブに、銀髪……」

「付け加えると超絶美少女。で、猫……は別に見せびらかしてるわけじゃないか。情報的にはそんなもんなんだけど、心当たりとかってない?」

 

 猫型の精霊、パックを連れているという点まで合致すれば偽サテラであることは疑いようもないが、通常は銀髪に埋もれているはずだからそれは高望みだ。

 

「……その子を見つけて、どうするんだい?」

「落し物、この場合は探し物か? それを届けてあげたいだけだよ」

 

もっとも、それはまだ手の中にはないし、ひょっとしたらまだなくしてすらいないのかもしれないのだが。

 スバルの答えにラインハルトはその空色の瞳を細め、しばし黙考してから、首を振る。

 

「ううん、すまない。ちょっと心当たりはないな。もしよければ探すのを手伝うけど」

「そこまで面倒はかけられねぇよ。大丈夫、あとはどうとでも探すさ」

 

 謝るラインハルトにスバルは手を上げ、気にしないように言う。そしてラインハルトには聞こえないような小声でスバルはシャオンに話しかける。

 

「どうする? やっぱり盗品蔵に向かうしかないか?」

「ああ、そうしたほうがいいだろう。夜になったらタイムリミットだ」

 

 日が暮れるころになってしまったら盗品蔵にエルザが向かってしまう。偽サテラがシャオンたちの介入なしで盗品蔵に向かうかどうかはわからない。だが一回目の世界ではロム爺は殺されていた。おそらくフェルトもだろう。

 つまり、エルザは二人を殺し徽章を奪ったのだろう。結果、偽サテラは生き残るが徽章は彼女の手にない、それではだめだ。

つまり、エルザが盗品蔵に来る前にフェルトと徽章の交渉を成功させ、偽サテラに出会う。これが一番いい方法だ。そのためにはフェルトに交渉を速めることを頼まなければならない。

 

「問題はフェルトをどう説得するのかだな。あいつ絶対納得しないだろうな」

「ミーティア二つ分で交渉してみるか?」

 

 こちらには聖金貨二十枚分の価値があるミーティアが二つあるのだ。速く交渉を開始することもできるかもしれない。

 さらに相手はこちらを貴族のような存在と勘違いしている。ならばそれも利用していけばエルザが来る前に徽章を取り返せる可能性が高くなるだろう。

 

「行くのかい?」

「ああ、行く。ラインハルトには世話になった。この礼はいずれ。……衛兵の詰所とか行けば会えるのかな?」

「そうだね、名前を出してもらえればわかると思う。もしくは今日みたいな非番の日は、王都を見て回っているから探してくれればすぐに見つかると思うよ」

「わざわざ男を探して町をうろつき回る趣味はねぇなぁ……」

「でも礼はしに行くよ。それじゃ!」

 

軽口で応じてシュタッと手を掲げると、ラインハルトは「気をつけて」と最後まで爽やかに見送りの言葉を向けてきた。

その言葉に背中を押されるようにしてようやく、無傷の損害ゼロで最初のイベントを抜け出したのだ。  




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