Re:ゼロから寄り添う異世界生活   作:ウィキッド

21 / 151
盗品蔵の攻防

「さて、それじゃあ楽しみましょうか」

「てめぇ! ふざけんなよ!」

 

 スバルの叫びにエルザが冷たい視線を向ける。だがそれでも彼の口は閉じられない。

 

「こんな小さいガキに、いたいけな美少女。さらには無防備な男たちをいじめて楽しんでんじゃねぇよ! こっちの戦力は枯れ木のような爺しかいねぇんだぞ!」

「枯れ木とはなんじゃっ!」

「悪いロム爺、フォローできねぇ」

「フェルト!?」

 

 愛する孫娘の同意にショックを隠せないロム爺。それを視界の端にとらえつつ、この行動の意味を考える。

 いくらスバルでもこんな風にただ相手を挑発するような意味のない行動はしないはずだ。

 だとしたら、何か意味があるはずなのだ。

――考えろ。なぜスバルは挑発している? 

 エルザに対しての文句だったらこのタイミングで言う必要はない。だったらなんだ? これではただ、注目されるだけだ。

 そこで気づく。わざと注目を集めていることに(・・・・・・・・・・・・・)、まるで何かから注意を逸らさせているかのように。

 

「ああ、そういうこと相変わらずズル賢しこいっていうか頭が回るっていうか」

「さっすが相棒! わかってくれるか! 俺らは以心伝心だな! という訳で――」

 

 手をたたき、大きな音を出すスバル。その表情には不敵、という表現が似合うほどの笑みを浮かべていた。

 

「――時間稼ぎ終了。やっちまえ! パック!!」

「まったく、なんていうか無様だったね。でも! その期待には応えよう!」

 

 そう、スバルが行っていたのはパックが魔法を使うまでの時間かせぎだ。

 今までの世界との一番の違いはパックが顕現できていることだ。彼の魔法の強さは十分わかっている。だったらエルザに警戒されないようにし、準備させるだけで勝率は跳ね上がる。

 

「これは……」

 

 呆気に取られていたエルザの表情が驚愕に染まり立ち尽くす。

 彼女の周囲には全方位、先端が鋭くとがった氷柱。二十を超えるそれらが彼女に狙いを定めている。

 

「そういえばまだ名乗っていなかったね。ボクの名前はパック、名前だけでも憶えて――逝ってね!」

 

 パックの合図とともに氷柱が、猛獣の牙のように鋭く尖ったそれが、躊躇なく一斉にエルザを襲った。

 

 たたきつけるように発射された氷柱は白い霧を巻き上げ、蔵の中に低温の世界が広がる。

 氷柱の速度は一度目の世界で見た、路地裏でごろつき達に使われたものよりも速く、着弾を辛うじて目で追えたレベルのものだ。

 すべて命中すれば致命傷は免れない。

 この白煙が晴れればそこには赤い色で染まった氷柱と、酷い有様のエルザの肉体が現れるだろう。

 

「やりおったか!?」

「それフラグ! 何故言った!」

「さ、流石にやったはずだ。なにビビってんだよ兄ちゃん」

「お前も声が震えてんぞ!」

 

 ロム爺、スバル、フェルトたちの口論を聞きながら注意深く白煙を観察する。そして、その先に動く影を視認した。

 

「うーわ。回収したよそのフラグ」

 

 顔を引きつらしながらのシャオンの言葉に言い争っていたスバル達が視線を元に戻す。そこには、

 

「――備えはしておくものね、着てきて正解だったわ」

 

 白煙を切り裂くようにして、黒髪を躍らせるエルザが飛び出していた。

 ククリナイフを振りかぶり、身軽にステップを踏むその体に負傷は見えない。羽織っていた黒の外套を脱ぎ棄て、その下の肌にフィットした黒装束だけになっている以外、先ほどまでと違いは見られない。

 

 「まさか、コート自体が重くて、脱ぐことで身軽になる感じの展開!?」

 「ははっ、笑えねぇ展開だよそれ」

 

 コートが拘束具となっていたため動きが制限されていたとすると彼女が現在出せる速さはシャオンたちが知るものよりも上、ということだ。

 

「それも面白いのだけれど、事実はもっと単純なこと。――私の外套は一度だけ、魔を払う術式で編まれていたの。私、魔法には弱いから、命拾いしてしまったわね」

 

 こちらの驚きに丁寧に笑顔で答えてくるエルザ。直後、低い姿勢からエルザが刃を正面へ。

 そこに立つのは大技を放ったばかりの偽サテラだ。

 刃は真っ直ぐに、重みのある先端を少女の胸へと突き込もうとする。思わず声を上げそうになるスバル。それが形になる前に、

 

「精霊術の使い手を舐めないこと。敵に回すと、恐いんだから」

 

 偽サテラはドヤ顔を浮かべ、威張る。

 多重に展開された氷の盾が、エルザの刃を易々と食い止めていた。

 胸の前で手を合わせる偽サテラ。氷の盾は彼女の手によるものだろう。そして、一撃を止められたエルザは反撃をされないように即座にバク転で後ろへ回避。

それを追うように地面に突き立つのは、ややサイズを小さくした氷柱の連撃。小刻みに床板に穴を開ける音が響く。その音を奏でさせているのは指揮者のように腕を振るうパックによるものだ。

 

「攻撃と防御の役割分担――実質、二対一の状況だ」

 

 ロム爺が目を細めながら口にする。

 

「アレが精霊使いの厄介なところじゃ。片方が攻撃して、片方が防御。場合によっちゃ片方が簡単な魔法で時間を稼いで、もう片方が大技をぶっ放す……なんてのもできる。『精霊使いに出会ったら、武器と財布を投げて逃げろ』ってのが戦場のお約束じゃな」

「なるほど、覚えておこう」

 

 冷や汗をかきながら棍棒を握りしめるロム爺が呟く。

 その言い分に素直に頷く。確かにあの状況はそうそう崩せるものではない。

 

「ところで、爺さんはなにをしようとしてんだ?」

 

 スバルの言葉に視線をそちらに向けるとロム爺が棘付きの棍棒を手に握っていた。

 

「機を見て、助太刀をな。まだ向こうの方が話がわかりそうじゃ」

 

 その言葉にスバルだけでなく、シャオンも慌てて止めにかかる。

 

「待て待て待て待て待て待て待て! やめとけって! 絶対、足引っ張るだけだから! 右腕と首を切られてやられんのがオチだ、ジッとしてよう!」

「そうだそうだ! どうせ一撃も当てれずに腕を吹き飛ばされてあたり一面に血を飛ばしてあまつさえそれを目つぶしとして利用されるんだろ! 俺知っているから!」

「具体的すぎるわっ! 行く気なくなるというのにっ! ……まぁ、このまま物量で押していけば儂の出番などいらなそうじゃがな。マナ切れの心配はないのじゃからの」

「マナが切れる心配がないっつーのは……」

「魔法使いと違って、精霊使いが使うのは己の中でなく、外にあるマナじゃからな。世界からマナが枯渇しない限り、精霊使いに弾切れは存在せん」

「ガソリン無制限でエンジン吹かし放題か。なんたるチート」

 

 精霊使いには弾切れは存在しない。ならばロム爺の推測通りこのままいけばエルザは倒れるだろう。

 ふと蔵のドアから漏れる夕日影を見て、気づく。もう、夜が近い。そこであることを思い出し、背中にいやな汗が伝う。

 

「……まて、ロム爺。精霊がいなくなったらどうなる?」

「精霊抜きでは普通の魔法使いとそう変わりない。一気に形成が傾くかもしれんぞ」

「うげ、そういやもうタイムリミットに近い。……もしかしてまずい?」

 

 嫌な事実から目をそらしたいが、ゆっくりとパック達のほうを見ると、

 

「ちょっと眠くなってきた。むしろ、今ちょっと寝ながら戦ってた」

「なんかすげぇ小声で不安になるやり取りしてねぇ!?」

 

 予想が的中してしまったらしい。

 パックがだいぶうつらうつらとしてきたのか、小猫を肩に乗せる少女の表情からも焦りの色がうかがえる。

 

「楽しく、なってきたのに。心ここに非ずなんて、つれないわ」

「もてるオスの辛いところだね。女の子の方が寝かせてくれないんだから。でもほら、夜更かしするとお肌に悪いからさ」

 

 拗ねる様子のエルザに軽口で答えるパック。

 膝をたわめて、エルザが跳躍の構えを取る。それに先んじて、彼女の視線の先でパックが器用にウィンクして言った。

 

「そろそろ幕引きといこうか。同じ演目も、見飽きたでしょ?」

「――足が」

 

 踏み出そうとした瞬間、エルザがつんのめるようにして手を置いた。エルザの両足が凍結した床に縫い付けられていた。しっかりと根付いたそれを剥がすには時間がかかりそうだ。だが、目の前の精霊はそんな時間を与えてやるほど甘い存在ではない。

 

 

「無目的にばらまいてたわけじゃ、にゃいんだよ?」

「……してやられたってことかしら? 意外と頭が回るのね」

「年季の違いだと思って、素直に賞賛してくれていいとも。オヤスミ」

 

 パックが生み出したそれは歪な氷の塊だ。だが今までよりも大きく、強力な破壊のエネルギーを感じさせていた。

 氷塊はゆっくりと動けないエルザに対して照準を合わせるかのように傾く。 

 そして、一切の容赦もなく発射された。

 青白い光が車線上すべての物を凍てつかせ、白く染め上げる。エネルギーはエルザを通過、盗品蔵の入り口に衝突する。立て付けの悪い扉が大きな音ともに外まで弾き飛ばす。

 凍結の余波を外にまで及ぼすほどのエネルギー、流石のエルザも、当たれば即死は免れないだろう。ただし――当たったら、の話だ。

 

「嘘、だろ……」

「嘘じゃないわよ。ああ、素敵。死んじゃうかと思ったわ」

「……女の子なんだから、そういうのはボク、感心しないなぁ」

 

 その台詞でシャオンは何が起こったのか把握できた。

 彼女は、固定されていた足を、正確には足の皮を削いだのだ。自らのナイフを使って。そのおかげでパックの魔法を躱すことはできたが、彼女の両足からはおびただしいほどの血と、無理やり削いだからか、肉が荒くささくれている。

 それでも痛みに顔を歪めることなく、気にせずにいる様子に彼女の異常性が改めて実感できる。そしてなによりも自傷すらも躊躇せずに行えてしまう思考回路に開いた口が塞がらない。

 エルザは近くの氷柱に血だらけの足を当てる。すると、湯気とともに大気のひび割れる音が響き、彼女の表情が快楽一色に染まる。

 

「ちょっと動きづらいけど、十分よ」

 

 硬質な足音を響かせて、氷の靴を履いたエルザがいっそう愉しげに笑う。

 その様子に言葉も出ないが、さらに深刻なのは彼女と相対している偽サテラたちの方だった。

 

「パック、いける?」

「ごめん、スゴイ眠い。ちょっと舐めてかかってた。マナ切れで消えちゃう」

 

 少女の呟きに答えるパック、その声から初めて余裕が消えていた。

 銀髪の横、肩の上の小猫――その姿が淡くぼんやりと輝き、今にも消えそうなほど儚げにうつろっている。時間切れ、ということだ。

 

「あとはこっちでどうにかするから、今は休んで。ありがとね」

「君になにかあれば、ボクは盟約に従う。――いざとなったら、オドを絞り出してでもボクを呼び出すんだよ」

 

 慈しむ、偽サテラの声に押されるように、パックの体がふいに霧状と化して消える。死んだわけではない、だが少なくともエルザとの戦いでは彼の手助けは期待できないだろう。

 その離脱を悔やんだのは室内の全員がそうだったが、中でも一際そのことに肩を落としたのは、

 

「――ああ、いなくなってしまうの。それはひどく、残念なことだわ」

 

 命のやり取りを実際に行っていたエルザ張本人だったろう。ナイフを構えなおし、氷でできた靴で音を鳴らしながら偽サテラへと向かう

 向かい合う彼女の周囲に氷柱が次々と生み出され、エルザに向かって射出される。だが、

 

「押され始めたぞ」

 

 氷の弾幕は依然途切れることはなく放たれている。ただ、パックが顕現できなくなってからはその量、その質、狙いがすべて劣っている。実際に対峙したシャオンだからわかる――あれでは、勝てない。

 

「いくぞ――ッ!」

 

 この事態にロム爺が雄たけびをあげ、エルザに向かう。

 振り上げた棍棒が風をまとう音ともに振りぬかれるが、かがんで避けるエルザの後ろ髪をわずかにかすめるだけに終わる。

 

「ダンスに横入りなんて、無粋じゃないかしら?」

「あいにくと育ちが悪いからの、無粋なのは勘弁してもらおうか! そら、きりきり舞え!」

 

棘付きの棍棒を突き出し、線から点への攻撃範囲の変更。

奇をねらったとっさの攻撃はエルザの喉元めがけ進み、その結末にロム爺の喉が小さく変な音を漏らす。

 

「なん、じゃそらぁぁ!!」

「あなたが力持ちだから、こんなこともできたのよ。それじゃ」

 

 突き出された棍棒の先端に、軽くつま先を乗せたエルザの姿がある。

 彼女は揺れ一つすら起こさず、絶妙なバランスで立っている。そして さよなら、という言葉を口にしエルザはロム爺のこめかみを切断しようとナイフを真横にふるう。

 

「させるか!」

 

 ナイフをめがけ、こちらもナイフを投げる。咄嗟の行動だったので完全に軌道をずらすことはできず、頭からは逸らせたがロム爺の首から胴体までを軽く裂かれてしまう。さらにはじかれたこちらのナイフの腹が速度を保ったままロム爺の側頭部に命中し、彼の体は弾かれるかのように倒れた。

 死んではいないようだが、気絶しており戦闘はできそうにない。

 どうやらここからはシャオンたちが動くしかないようだ。

 

「スバル、お前フェルトを連れて助けを呼べ」

「悪いが、恐怖で足震えてまともに走れねぇよ」

 

 ちらりと見ると確かにかすかだが震えているスバルの足がある。アレでは確かにまともに走れない。

 だったら逃げるのは彼女だけだ。

 

「あー、すまんフェルト。だましていたことがある」

 

 急に話しかけられフェルトは変な声をあげこちらを見る。

 

「俺たち貴族なんかじゃない。無一文、無職のプー太郎だ」

「な、なんで今そんなこと」

 

 意図が分からないシャオンの告白に困惑しているとスバルがフェルトに教える。

 

「簡単なことだ。騙していた分の借りを返したいってことだよ。いいか? 助けを呼んだらできるだけ遠くに逃げろ」

「――! よくねーよ! なんだそりゃ、アタシにケツまくって逃げろってのか!?」」

「ああ、そうだ」

 

 赤い双眸が睨むように見上げてくるのを、スバルは顔を近づけて受けて立つ。

 スバルは一瞬、こちらの気概にフェルトが怯んだような顔をするのを見逃さず、

 

「お前のほうが足速いだろ? 別に俺たちも死にに行くわけじゃない。ただ、少し気張って耐えるだけだ」

 

 それでも渋る彼女にスバルは肩に手をかけ、語る。

 

「本当なら俺がそれやりてぇんだぜ。こんな暴力空間、一秒だって長居したくねぇよ。でもな、俺はやっぱりビビりだから走れねぇんだ。それにこん中じゃお前が一番年下だ。だったらお前を逃がそうとするのが当たり前なんだよ」

「……ロム爺は」

「あの爺さんは絶対に殺させない。俺らが生きている間はな、だからお前もあの爺さんを助けるためだと思って――全力で走れ。なに、大丈夫だ。俺はともかくあそこの銀髪の娘とあのうさん臭い奴は一筋縄ではいかないからな。案外、助けが来る前に片してしまうかもな」

「……信じるぞ」

 

 スバルの説得にようやく首を縦に振るフェルト。目元に涙を浮かべながらもその目は覚悟で満ちていた。

 

「今だ! いけよ、フェルト――!!」

 

 スバルの叫びに弾かれるように、フェルトの矮躯が風に乗って駆け出す。

 速度は一歩目からトップスピードだ。まさしく目にもとまらぬ速さで室内を駆け抜け、氷柱の障害も凍結した床も踏破し、少女の体は出口を目指す。

 

「行かせると思う?」

 

 それを真横から阻むのは、エルザが懐から抜き放った投げナイフだ。

 シンプルな装飾のそれは真っ直ぐに、逃走するフェルトの背中を狙い撃っている。が、

 

「邪魔させっかよ!」

 

 真横にあったテーブルを蹴り上げて、スバルはそのナイフの進路を阻んだ。

 反射的な行動は結果に結びつき、ナイフは跳ねたボロ机に突き立つことで役目を果たせない。

 ――無事、フェルトは蔵から抜け出せた。

 

「三対一、フェルトが助けを呼べたらもっと増えるだろう。不利だから帰るという気は?」

「あるわけないでしょう? こんな獲物を前にして帰るなんてありえないわ。それに援軍の件だったら問題はないわ。来る前に殺しつくせばいいもの」

 

 笑みを絶やさないエルザ。

 戦いにおいては数がものをいうことが多いという。だが、それでもエルザの不敵な笑みは剥がれることはない。それほどまでに力量差があることを自覚しているのだろう。

 

「交渉は失敗、才能ないのかねぇ」

「うさんくさいんだよ、やっぱ。もっと俺みたいにスマイリーになれ」

 

 後ろで棍棒を構えながらシャオンにアドバイスをするスバル。

 

「スバル、もしも俺がやられたらお前と彼女で戦うんだ。それまで休んでろ」

 

 正直、あの棍棒を持って近くで戦われたら動きが制限されてしまう。下手をすればシャオンに当たるかもしれない。そんな心配をしながら戦えるような楽な相手ではない。

 それだったらシャオンがやられるまでに緊張をほぐし、ついでにエルザの動きに慣れていてほしいのだ。

 

「……悪いな」

「……そう思うなら今度そのスマイリーになる方法でも教えてくれ」

「――まかせとけっ! 菜月昴式ほほえみ術を楽しみにしてろよっ!」

 

 シャオンの言葉に一瞬の間。だがすぐにスバルはウザいほどの笑みを浮かべる。

 それを尻目に改めて顔を引き締めてエルザにナイフを構え向き直る。

 

「同じ武器、というのはうれしいけれど。使い慣れていないのがわかるわよ?」

「いいんだよ、今から覚えるから」

 

 エルザがこちらに踏み込んでくる。

 それに向かって今までとは違い、完全に殺す気でナイフを振り下ろす。どうせこれぐらいでは死なない相手なのだから。

 

「いい殺気。でも読まれやすくなるからもっと隠しなさい」

 

 その一撃は予想通りにナイフで防がれてしまう。

 そしてそのお返しとばかりにこめかみを狙った鋭い蹴りが繰り出される。氷の靴を履いたうえでの蹴りは重く、まともに食らえば頭蓋骨が砕けてしまうかもしれない。

 

「っと」

 

 手甲でうまくそらすことで最低限の威力に抑える。だがそれでも側頭部を軽く削り、血が噴き出る。

 その血液を掬い取り、エルザの目元に向かって払うようにかける。

 

「目くらましはいい判断ね。でも、まだまだ未熟」

 

 首を傾けその目つぶしを避ける彼女。やはりこの程度での目つぶしでは効果がないようだ。

 

「――こっちも忘れないでよねっ!」

 

 正面からの相対、それを背後から急襲する氷の飛礫。

 後ろを振り返りもせずに刃を振るい、それをことごとく打ち落とすエルザ。その人知を超えた超感覚に、もう呆れることすらない。

 

「流石に、そのお遊びも見飽きたのだけど」

 

 彼女は不満そうに偽サテラに視線を向け、

 

「まだ、楽しませてもらえるのかしら?」

 

 黒い笑みを浮かばせた。

 

 

 シャオンには一つの作戦があった。

 現状、彼女にはどうやっても勝てない。だが、相手が素手だったらどうだろう? 

 その条件だったらこちらは武器を持った状態、それに加え偽サテラによる魔法の援護がある。流石に楽勝、とまではいかないだろうが勝利の筋道は立てられる。

 だから、狙うのは彼女自身だけではなく彼女の獲物(ナイフ)だ。壊すことができれば御の字だが、最低でも彼女の手から離すことさえできればいい。

 だが彼女の一撃はどれもこちらを殺す気の物ばかりでタイミングをつかめない。下手に受けたらそのまま死ぬだろう。

――こうなったら、やるしかない。

 

「問題が、山積みの作戦ではあるけども。やる価値はある」

「もうおしまい? 呆気ないのね」

 

 急に動かなくなったシャオンに若干の失望の視線を向けながらもエルザはナイフをこちらに突き刺すようにして駆ける。

 それを見てシャオンは歯を食いしばり、エルザの突き出したナイフに向かって肩を合わせて体当たりをする。

 

「っ!?」

 

 そこで初めてエルザの表情に驚愕が生まれる。それはそうだ。だれが自らを殺そうとするナイフに向かって刺さりに行こうとする馬鹿がいたものか。

 ズブリ、と自身の肉体に冷たい刃が侵入してくるのがわかる。肉を裂いて刃の根元までシャオンの左肩に突き刺さっていく。

 その痛みに脂汗を流しながら不敵に笑みを浮かべる。

 

「い、い表情だぜ? エルザさん?」

 

 引き抜こうとするナイフの柄を右手でつかむ。

 ここで引き抜かれてしまっては警戒され、二度と武器を奪う機会は訪れないだろう。悲鳴を上げる肩を無視して全力で握りしめる。

 

「銀髪の娘! いまだ! 大きいの頼む!」

「え、でも」

「大丈夫だから!」

 

 躊躇する偽サテラ。その優しさに今ばかりはイラつきを覚える。

 

「……ああ、死なないんだったらあいつは大丈夫だ。やってくれ!」

 

 スバルの言葉を受け、ようやく彼女は手を構える。そこを中心に光が集まり、氷柱ができ始める。

 

「ちっ」

 

 それを見てエルザは流石に柄から手を放し、シャオンから距離をとる。その手にあったナイフはシャオンの肩に突き刺さったままだ。

 直後彼女のいた位置に大きな氷柱が突き刺さる。残念ながら偽サテラの魔法が当たることはなかったが最初の目的であるナイフの奪取は達成できた。

 力を入れ、ナイフを肩から引き抜く。栓をなくし、肩から血が噴き出るがすぐに拳をたたきつけて治し、ナイフをどこか遠くに投げる。

 

「ふぅ、これでアンタは素手だ。降伏は、今だったら聞くぞ? まだ犠牲者いないしな」

「いい覚悟ね、いくら治療できるとはいえ自ら刺されに来るなんて」

「さっきのアンタの行動を見てたら覚悟で来たんだよ」

 

 狂人を相手にするならばこちらも同じレベルになる。馬鹿みたいな発想だが意外と上手くいったようだ。

 

「仕方ないわね。この状況じゃ、八方塞がりだわ」

 

 そう言うと彼女から感じられていた圧力、禍々しいほどの殺意が消え去ったのがわかる。

 

「……やけに素直だな」

「流石に武器もなしに三人も相手にするほど無謀ではないわ」

 

 両手を上げ、抵抗の意思はないことをこちらに示す。

 

「……一応、拘束するぞ? 関節ぐらいは外すからな」

「もう抵抗はしないって言ってるのに」

 

 一瞬、やりすぎだとも考えたが目の前の女は何をしでかすかわからない危険人物だ。やりすぎてちょうどいいかもしれない。

 だが彼女は女性だ。拘束自体はあまり跡が残らない程度にしよう、と考えながら近づくと、

 

「――武器がなければ、だけどね」

 

 その言葉の意味を理解するのに数秒かかった。そして、その数秒でエルザはシャオンの懐に踏み込んでいた。

 気づくべきだった。なぜ彼女が逃げずに、拘束を受け入れていたのかを。

 

「――っ!? 二本目?」

「残念ね、獲物を一つと勘違いしちゃ駄目よ」

 

 懐から取り出されたククリナイフが近づく。身を翻し、回避しようとするがすでに遅く、鈍く光るナイフの刃がシャオンの腹部に突き刺さる。

 体の中に異物が入ってくる感触ととも中身があふれ出る感覚がシャオンを同時に襲う。

 

「ぐっ……!」

 

 ゆっくりと、それで確実に横一線に捌かれていく感触。今まさに自身の腹が裂かれている最中だと改めて実感させられているかと思うと気分が悪くなる。

 

「ああ、やっぱりきれいな色。キスをしたいぐらいだわ」

 

 エルザはシャオンの腹から垂れてきた色鮮やかな腸をやさしく、それこそきれいな花を触る童女のような手つきでなでる。

 

「くっ……そったれぇ……」

 

 激痛に耐えながら不可視の手を発動しようとする。しかし、痛みによって集中できていないからか、あの黒い手は現れることはなかった。

 

「やめろっ!」

 

 スバルがエルザめがけ机を蹴り飛ばす。しかし彼女はシャオンに蹴りを入れ、その反動を利用し避ける。机は砕け、辺りに木片が散らばる。

 

「無粋ね、本当」

「シャオン!」

「危ない!」

 

 こちらに駆け寄ってくるスバルを間一髪偽サテラが手を引き、止める。あのまま進んでいたらエルザに殺されていただろう。

 

「まず、ったな」

 

 癒しの拳を使うために体を殴りつけようとするが拳が上がらない。まるで自身の手でないようだ。

 

「まずは一人――さて、まだまだできるわよね?」

 

 その言葉とともにシャオンの視界は黒く染まっていった。




恐らく、次回で一章終わります。
ところで私の文章量って多いんですかね?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。