Re:ゼロから寄り添う異世界生活   作:ウィキッド

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若干のキャラ崩壊? 注意


王都での長い一日

「シャオン! 無事なら返事しろ!」

「次の踊り手は貴方? それともその銀髪の子かしら? いっそ両方でもいいわ」

 

 シャオンの心配をしているとエルザが血の滴るナイフを払う。それを見てひとまず彼のことは置いて置き、自身と偽サテラを守ることだけを考える。

 

「……秘められた真の力とかがあるなら、今のうちに出しといた方がいいと思うぜ。出し惜しみして負けんのが一番かっちょ悪い」

「……切り札はあるけど、使うと私以外は誰も残らないわよ」

「前言撤回! やっぱ淑女には切り札的なものを残しておくのがいいとスバルくんは思いますっ!」

 

 偽サテラが全てを諦め、その切り札を切るのを必死で阻止。そんなスバルの必死の形相に、戦いの最中だというのに少女はほんのわずか唇をゆるめ、

 

「やらないわよ。まだこんなに一生懸命、あなたが頑張ってるのに。それにあなたの友達も体を張って助けてくれたんだから。足掻いて足掻いて足掻き抜くの。――親のすねをかじるのは最後の手段なんだから」

 

 仕方なさそうに、そう語る少女の表情を見て、スバルの中でなにかが灯る。

らしくない感傷だと、今の自分の中に込み上げる感情を顧みてそう思う。

 らしくない、まったくもって、本当にこんなのは自分らしくないのだ。

 

「――この世界に来てから、本当にどうかしてるよ」

 

 少し前まではいつだって周りに無関心で、あらゆる事柄に影響を与えず、どんな問題が立ちはだかろうとマジメにぶつかることを選ばず、ただ漫然と雲かなにかのようにうつろう。それこそ老人のような生き方をしていたのに。

 誰かに期待することも、逆に期待されることも、全部全てなにもかも、どうでもよかったはずなのに。もう、あきらめていたのに。

 張り詰めたような顔で、ずっとなにかを探し求めている彼女の横顔を見せられていたから、そんな彼女の微笑む顔が見てみたいと思って、頑張ってきたのに。

 諦めてしまいそうな、不条理を受け入れてしまいそうな、そんな弱々しい表情の変化が、初めて得た彼女の『笑み』だなんてとても許せない。許してはいけない。

 

「俺は、何も見てない」

「え?」

「ああ、もう! 今のやり取りはなし! そうだ、お前をぶっ飛ばしてシャオンを治療すれば問題はなし! ハッピーエンド突入だ」

 

 棍棒をエルザの顔に向け、啖呵を切る。

 

「おふざけはもうけっこうよ。踊りを始めましょう。ちゃんとついてきてね」

「先にお手本を見せてくれた相棒がいるからな。おまえこそついてこいよ!」

 

 挑発に挑発で返しスバルは棍棒を構える。

 体を低くし、滑るような動作でエルザが迫る。それに対しスバルは全力で棍棒を振る。しかし彼女は慣れた動きでしゃがみ、回避する。

 

「まじかよ、蜘蛛じゃねぇんだから」

 

 そんな揶揄に応えずエルザはナイフを切り上げる。その鋭さを身をもって体験しているからか反射的に体を倒して躱そうとする。

 だが、それでも彼女の攻撃範囲からは避けきれない。

 

「こなくそっ!」

 

 やけになって出した蹴りはエルザの腕に当たり、わずかに刃が逸れる。そこにシンプルな氷の盾が現れた。当然このサポートをしてくれるのは偽サテラ一人だけだ。

 

「狙ったところに作るのは得意じゃないの。――危うく、氷の彫像ができるところだったわ」

「それはいったいどちらがベースになっているか訊きたいんです、が!」

 

 お礼と軽口を言いながら距離をとるスバル。そして偽サテラは氷の弾幕を張り続ける。

本来ならば弾幕に紛れてエルザの背中を狙いたいのだが、うっかり攻撃に混ざろうとするとフレンドリーファイアしそうでなかなか踏み出せない。

 凡人であるスバルはこの弾幕にさらされて無事でいられる自信はない。そもそも彼女とはそこまで仲が良くない状態での共闘だからだ。

 

「しかし、そんな二人も共に試練を乗り越えることで互いの絆を深めていく。いつしか信頼は愛情へと変わり、燃え上がる二人は誰にも止められない……そして子供たちに囲まれて」

「ぼそぼそ小声でなに言ってるかわからないけど、すごーくくだらないのだけ伝わる」

「女を前にして、別の女のことを考えるなんて、野暮なことこの上ないのだけれど」

「まさかの二人からのブーイング!! 心くじけそう!」

 

 そんな会話をしながらもスバルの二の腕、ふくらはぎ、脇の下にどんどん浅い傷が増え始め、灰色のジャージにも止まらない出血で血痕がにじみ始めていく。

 節々に走る痛みにより自身の動きが鈍くなっていくのがわかる。

 

「切れるの痛ぇ! 超痛ぇ! こんなにしょぼい傷で泣きそうになるわ!」

 

 今まで痛みをこんなにも体験する機会がなかったからか、些細な傷でも勝手に涙が出て、心がくじけそうになる。むしろなぜくじけていないのか疑問に思う。

 スバルには、死に戻りという能力がある。だからここで死んでも恐らくまたあの八百屋の前に戻ることになる。 そうしたら今度は戦闘を回避する方法で進めていけばいい。だが、それはできない。なぜなら――

 

「――あきらめるわけにはいかないだろ。あの娘のためにも、シャオンのためにも」

 

 必死にエルザと戦ったシャオン、今もこんな非力な自分を信じ、戦い続ける偽サテラ。どちらもこの世界だけのものだ。

 いくら元に戻ることができるからと言って、彼らを見捨てることはできない。彼らの努力を、彼らの存在を見捨てることなどできない。

 

「という訳で! ここからが菜月昴の逆転劇の始まりだ! みなさん? 惜しみない声援と拍手を!」

 

 大きな声で気合を入れ、その直後に回し蹴りを放つ。

これまでの棍棒パターンから一転、奇をてらうのが目的の格闘技だ。が、

 

「はい、掴んだ」

「げ」

 

 蹴り足がゆうゆうと避けられ、おまけに通り過ぎる前に軽く掴まれる。振り上げるククリナイフはスバルの上がった足の付け根を狙っており、勢いはばっさりと足を切り落として余りある速度と鋭さ。

 振りほどこうにもエルザの力は思ったよりも強く、体制が不安定なスバルには無理だ。

 これが、判断ミスの代償だ。もう、回避することも防ぐことも間に合わない。

 声にならない偽サテラの悲鳴が走り、斬撃が容赦なくスバルの足に到達。このまま肉を絶ち、骨が断たれてしまうだろう。その激痛と鮮血の予感に文字通りに血を吐く絶叫を上げ――、

 

「――ナイスだスバル、そのまま」

 

 その絶叫を遮るように、澄んだ男の声が、聞こえた。

 直後、目の前の空間が歪んだような錯覚を感じる。

 骨が軋む音、そして折れる音。その嫌な音がスバルの耳に聞こえると同時にしびれるような衝撃がエルザの体を伝って響いてくる。

 そして、あまりの威力にエルザの手はスバルの足を掴み続けることができず離れ、体が吹き飛ぶ。そのまま盗品蔵の壁にぶち当たり、体ごと盗品蔵の壁を吹き飛ばした。

 外に吹き飛ばされたエルザは二度、三度地面をはねてようやく止まる。――動きはしない。

 

「ふぅ、ジャストヒット。流石に倒せたろ。死んではいないはず、うん。たぶん、おそらくきっと」

 

 無くなった壁からの夕日に照らされるその体に傷はなく、勿論こぼれていたはずの腸はどこにもない。ただパーカーに横一線の傷跡が残っていただけだ。

 

「……ロム爺これ見たらキレるんじゃないか」

 

 そんな的外れな感想を口にして、死んだはずのシャオンは現れた。

 

 

「な、な、な!」

「どうしたよスバル、まさか加減しろ、とかいうなよ? ふぅ、こちとら腹裂かれてんだから加減できない」

 

 一応、死なないように配慮はした。だがスバルはそんなことはどうでもいいとでもいうように叫ぶ。

 

「なんじゃそりゃあ! 俺お前のためにとか言っちゃってたよ!? 黒歴史もんだわ!」

「癒しの拳が、ふぅ。あるって言ってたろ? まぁ、流石にやばかったけど」

 

 エルザに切り裂かれ蹴り飛ばされた後、意識が途切れた。だが奇跡的に、本当に奇跡的に命が尽きる前に意識を取り戻すことができた。その時にわずかに動く手で腹部に拳を当て、能力を発動したのだ。

 だから現在は、

 

「えっと、大丈夫なの?」

「うん、ほら。傷一つない」

 

 心配する偽サテラに向けてパーカーをめくり、腹を見せる。そこには傷一つない健康的な色をした肌が広がっていた。

 

「それにしてもナイスファイトだったぜ、スバル」

「……釈然としないけど、これで一件落着だな。フェルトの奴、無駄足になっちまったな」

「……ふぅ。これで、解決ね」

 

 指を立ててほめると照れ臭そうにそっぽを向くスバル。それを見て偽サテラも緊張を解く。

 

「――ふふ」

 

 そんな円満ムードをぶち壊すように、いやな笑い声が聞こえた。

 

「……おいおい、流石に倒れてくれよ。はぁ。こちとらチート使ってやっとなんだから」

「いい、いいわ。今の一撃はよかったわ」

 

 シャオンの棘のある言葉をまるで聞こえていないかのように笑い声をあげ、エルザはこちらに近づいてくる。

 

「お互い、痛み分けってことでどう?」

 

 もう何度目かわからない提案にエルザは首を振る。

 

「まだ戦えるわ。これで対等なんじゃないかしら」

 

 エルザの様子を一言で表すなら、満身創痍だ。服はこすれて穴だらけ、不可視の手の一撃を受けた彼女は片方の腕は骨が折れているのが見てわかるように垂れており、整った顔の半分は頭部からの流血で赤く染まっている。

 しかしその有様でも美貌は衰えていないことに彼女の見た目がどれほど優れているのかがわかる。

 

「スバル、彼女のそばから絶対離れるなよ。俺はこれから、――全力で行く」

 

 ボリボリと乱雑に長い髪をかき、苛立ちをあらわにする。

 

「……わかった。ほら君もこっち来て、ロム爺の治療を頼む」

「え、でも」

「さっき見た通り。アイツは大丈夫だよ……たぶん」

 

 納得はしていないようだが偽サテラとスバルはロム爺に駆け寄り治療を始める。

 それの開始とともに、禍々しい渦を巻いた黒い腕が四つ、足元から沸き出る。同時に体全体が軽く締め付けられる感覚が襲う。だが、それを無視し敵意を込めた目でエルザをにらむ。

 

「――素敵」

「そりゃどうも。でももう相手するのも面倒。だから死ね」

 

 エルザはこちらの殺意を感じ取ったからか、興奮したかのように頬を染め、あふれる情欲を表すかのように身をよじる。

 何も知らない人間がその様子を見れば生唾ものだが、シャオンはもうそんな気は起きない。今、心にある感情は一つ、彼女を殺すというものだけだ。

 エルザが体を低くし、こちらに肉薄してくる。その速さは今まで見てきた中で最も速いだろう。だが、そんなもの気にしない。

 

「っ!」

 

 不可視の手が、シャオン以外には視認できない黒い手がエルザをたたきつぶすかのように振り下ろされた。

 それはそのままエルザの体から左肩を分断し、蔵の床を割り、周囲に破片をまき散らす。

 

「まだやる? こちらとしてはもう、投降してほしいんだけど」

「……冗談」

 

 血しぶきがかからないようにしながらエルザに尋ねる。だが彼女の返答は相変わらずだ。

 

「それでも構わないよ。ただ、容赦する気はない」

 

 肩をすくめながら不可視の手でエルザに向けて上からこぶしを突き立てようとする、しかし バックステップで大きく距離を取られる。その結果彼女の体に攻撃は当たらず、床が沈没しただけだった。 

 

「……ほぉ」

「よ、よけたっ!?」

 

 回避されることはないと思っていた一撃をよけられたことにシャオンの目はわずかに見開く。

 

「……見えないはずなのによく避けたもんだ。長年の勘ってやつ?」

 

 シャオンの言葉にエルザは返答をせず、笑みを深めるばかりだ。

 

「この能力を発動するとさ、眠気がすごいんだ。だから、ふぅ。もう終わらせたい」

 

 エルザは牽制のつもりか、近くのテーブルをこちらに向けて蹴り上げる。

 

「無駄」

 

 手はそのテーブルを文字通り消し去る。破片すらもその一撃の余波で消滅する。

 破壊はそれだけではとどまらず、衝撃がテーブルを通り過ぎエルザの体を襲う。堪えることができずに浮いた体は吹き飛び、再び壁にたたきつけられる。

 壁に小さなクレーターができ、エルザの体が床に向かって落ちていく。だが今のシャオンにはそれを待っている時間すら面倒くさい。

 落ちきる前に不可視の手で、拳で彼女の体を打ち抜く。

 

「――ぐっ」

 

 きしむような音は蔵の壁の悲鳴か、それとも彼女の骨の悲鳴か。

 そんなものはどうでもいい。ただ殴り続ける。

 一度、二度、三度。

 

「――っ!」

 

 エルザはそんな攻撃の中、懐から取り出したナイフを投げつける。切れ味のよさそうなそれはシャオンの頭部めがけて回転して向かってくる。このままいけばナイフはシャオンに突き刺さるだろう。 

 

「無駄さ、ね」

 

 シャオンが指をわずかに下から上へ動かすとナイフは消し飛び、射線上にあったエルザの体も弾き上がる。

 彼女の体は回転しながら天井に打ち付けられ、ゆっくりと落ちる。受け身も取れずに彼女の体は落ち、骨の折れるいやな音が聞こえる。

 

――だが、まだ生きている。

 

「……丈夫だな。普通の人間だったら死んでると、思う」

「普通じゃ、ないのよ」

 

 口から血の泡をこぼしながらもエルザは答える。どうやらいまだ戦意が残っているようだ。

 

「頭を潰せば、何とか――」

 

 なる、そう言おうとした体が床に倒れた。

 

「シャオン!?」

 

 急に倒れたシャオンを見てスバルが叫ぶ。

 その声を他所に自身の体に起きている変化について考える。今身に起きているこの感覚は、

 

「……睡魔と倦怠感?」

 

 まるで風邪をひいたような軽い倦怠感と、瞼が勝手に下がってくるような感覚。ついでに全身にかかっている重圧。この感覚は以前も味わったことがある。

 

「ごろつき達の時、か」

 

 今回の世界でのごろつき達に対して使った時に感じたものと同じものを現在味わっているのだと気づく。

 つまりこれが――能力の副作用。

 

「睡魔、呼吸のしづらさに加え倦怠感が副作用とか……現実味ありすぎだろ」

 

 倦怠感はつらいが、立ち上がれなくなるほどのものではない。だが、立ち上がらなくても不可視の手は動く。だったらこのままの姿勢で動いたほうが楽だ。

 

「予想外の、ふう。事態は起きたけど。これで、終わり」

「――あぁ」

 

 自らの死を悟り、それでも笑みを浮かべるエルザを見てせめて一撃で仕留めようと力を籠める。横になった体制のままだが不可視の手は高く上がる。

 

「眠れ」

 

 そして、振り下ろす。

 

 

 

 

 

「――そこまでだ」

 

 

 

 その声とともに屋根を貫き、盗品蔵の中央に燃え上がる炎が降臨する。

 焔はすさまじい鬼気でもって室内を席巻し、そして眼前、もうもうと埃と噴煙をたなびかせる中に、真っ赤な輝きを見た。

 

「お、お前は……」

 

 炎が揺らぎ、足を前に踏み出す。

 シャオンも、スバルも、偽サテラも、エルザすらも表情を凍らせる威容。室内の視線を一身に集めて、なお欠片も揺らがないその端正な面持ち。

 ただひたすらに純粋な、『正義感』を空色の瞳に映した青年が、かすかに微笑み。

 

「シャオン、それ以上はやってはいけない。友人として、止めさせてもらうよ」

 

 紅の髪をかき上げて、イケメンが高らかにそう謳った。

 

 

「別に、こっちも、やめてもいい。ふぅ。でも相手が戦う、意思。むき出しなんだ、ふぅ」

 

 床に伏したままラインハルトに顔だけ向け事情を説明する。すると彼はエルザのほうを向く。

 

「状況はどう見ても不利です。それでもまだ戦う意思があるなら僕も、動かざるを得ない」

 

 落ちている剣を拾いあげ、エルザに向ける。彼女はゆっくりと体を起こし彼の言葉に答えた。

 

「……逃げさせてもらうわ、剣聖とはこんな状態で挑んでも楽しめないだろうし」

「ええ、そうしてください。これ以上の戦闘は無意味でしょう」

 

 あのエルザが戦闘をやめ、素直に撤退を選んだことにシャオンは驚く。それほどまでに彼、ラインハルトという存在は異常なのだろう。

 

「――ああでも」

 

 エルザは落ちていたナイフを拾い、笑みを浮かべる。

 

「腹立たしいからその娘の腸は目に焼き付けさせてもらうわ」

「なっ! まずい!」

 

 

 エルザは偽サテラにナイフを構え、襲う。

 ラインハルトはとシャオンは偽サテラから距離が離れすぎてかばうことができない。不可視の手も、彼女を守るには時間がなさすぎる。

 

「――え?」

「さようなら、お嬢ちゃん。雑に切り裂くから痛いけど、我慢してね?」

 

 急な事態に、偽サテラは間の抜けた声を漏らす。アレでは彼女自身が防ぐことはできそうにない。

 白いローブが赤く、染まり。彼女の体は力なく横たわって動かなくなる。

 そんな運命だった、だが――

 

 

「狙いは腹ぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

――こちらには運命を捻じ曲げる存在、菜月昴がいる。

偽サテラを突き飛ばすように庇い、腕の中に残っていた棍棒を引き上げ、とっさに腹の上をガード――衝撃。

横薙ぎの一発の威力は斬撃というより、重厚な鈍器による打撃に近かっただろう。その証拠に土手っ腹への衝撃で地から足が離れ、血を吐きながらスバルは吹き飛ぶ。

 

「この子はまた邪魔を――」

 

ぶっ飛んだスバルを見ながら、エルザが悔しげに舌を鳴らす。

それから彼女は立ち尽くす偽サテラに目を向けるが、

 

「そこまでだ、エルザ!」

 

駆け戻るラインハルトを前に、

エルザは手の中、スバルへの最後の一撃で完全に歪んだククリナイフをラインハルトへ投擲。しかしそれはまるでナイフ自体が彼をよけたかのような軌道で逸れ、壁に刺さる。

 

「いずれ、この場にいる全員の腹を切り開いてあげる。それまではせいぜい、腸を可愛がっておいて」

 

 そう、捨て台詞じみた、しかし執念を感じさせる言葉をラインハルトと、そしてシャオンを見て残し彼女は切断された腕を拾い上げ、廃材を足場にどこかに飛び去っていった。

 ラインハルトもこれ以上の戦闘はためにならないと判断しているからか追いかける気はない様だ。数秒エルザの去った方向を眺めた後負傷しているであろうスバルに近づく。

 

「妙なのに、狙われたかねぇ」

 

 二度と会いたくないと思いながらつぶやく。絶世の美人といえる存在だがもう彼女との出会いはこれっきりにしてほしい。

 

「……いやぁ……まじで……」

 

 遠くでスバルの元気な声が聞こえる。どうやら怪我はないらしい。それを知り、安堵のため息を吐くと同時に不可視の腕を消滅させる。

 途端、今までよりも重い倦怠感に襲われ、立っていられずゆったりと床に仰向きに倒れ込む。開いた天井から青白い月光が称賛するように彼の体を照らす。

 

「ああ、やっと一日が終わる――なげぇよ。こんちくしょう」

 

 空高く、浮かんでいる月に対して文句を言い、シャオンは睡魔に従うように目を閉じた。

 




やっと一章が終わりました。他の投稿者さんに比べて一章をこんなにかけてしまってよかったのだろうかと疑問に思っています。
次回、幕間のような小話を挟み二章に入らせていただきます。幕間は4勝の登場人物が出るのでネタバレ注意です。
 ここまで、ありがとうございました。

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