それとヒロインの一人が出ます。あと四章ネタバレ注意
薄紅の髪を腰ほどまで伸ばした、化粧に印象を左右される平凡な顔立ちの少女。
自信がなく、伏し目がちで常におどおどとしており、にも関わらず発光する体質のせいでどこにいても目立ってしまう少女。それが色欲の魔女、カーミラだ。
そんな彼女は目に涙をためながら目の前の男をにらみつけていた。
白く伸ばした長髪は処女雪のように白く、神秘的だ。だがその髪とは対照的に塗りつぶされたような黒さをもつ瞳が彼女をとらえる。
「話を聞いてほしいな」
「や、やだ……死んじゃえ」
気弱な見た目を裏切るかのように好戦的な言葉で拒絶を示す。
その言葉に周囲にいた男達が一人の青年を敵と認識し、親の仇とばかりに飛びかかる。
男達は武器を持つものから屈強な肉体を持つもの、はてには年端もいかない子供など多くの人種がいた。人間のように見えない、まさに人ならざる者という存在もいた。
それらすべてが狂ったように一人の男に襲い、肉の山が積み上がる。当然、襲われた男は肉片も残さず消えていくだろう。だが――
「それは困る。僕はこの世界を愛し、この世界の価値をまだまだ見続けていたいからね」
山の中から聞こえたその声は襲われているにもかかわらず平坦で、無機質だった。
「君たちは彼女に盲信している、もともとの人格なども忘れてね。だったらそれに価値はない、嫉妬する気も愛する気も起きない――だから、死ね」
男の声色にわずかな悲しみの色を感じた瞬間、襲っていた生物たちの首が飛び、手足が何か強い力で潰されたように吹き飛ぶ。
肉の山から出てきた男の体には傷はおろか衣服に汚れすらついていなかった。
「ひっ!」
カーミラの悲鳴に呼応するように彼女の後ろで待機していた人間たちが魔法を放つ。それに対して男は片手を掲げ呟く。
「アルヒューマ」
直後、シャオンの足元から針のように鋭い氷の柱が走り、カーミラを除く、すべての人間達を串刺しにする。
鮮血とともに臓物が飛び、周囲に鉄臭さが広がる。だが男の魔法はそれすらもすぐに凍結させ、多くの氷像を作り上げる。
「僕には君の権能は効かないらしい。先生の話では僕の性格が原因らしいけど」
ゆっくりと目の前の男は音を立てながらこちらに近づいてくる。そして、へたり込んでいるカーミラの前で立ち止まり、目線を合わせてきた。
「だから僕には君の姿がはっきりと見える、他の誰でもない君自身の姿がね。それと、残念ながら魅了されることもない」
「ど、どうして……い、いじめる、の? わ、私はなにも、していない」
男に訊ねると男は困ったように頬をかく。
「いじめるつもりも、いじめているつもりもないけどね。ただ、君はどうして権能を使うのか気になってね。先生に君と僕はよく似ているらしいから一度会ってみるといい、といわれてね。それで、質問の答えは?」
「い、いじめ……るから。みん、なが……私を、いじめ、るから。ただ、私は”愛されたい”だけなの、に」
カーミラの権能は『無貌の花嫁』。彼女の見た目、言葉を相手が求めるものへと魅せることが出来るものだ。
彼女自身の姿を目にすれば人は彼女以外の存在を意識することなどできない。彼女しか見えない。たとえ横から剣に串刺しにされようと。彼女しか存在しない。たとえ業火に焼かれる最中でも彼女のことしか考えられない。
まさに”愛されること”に特化している権能だ。
そう説明すると男は納得がいったのか数回頷く。
「そうなのか。君は愛のために権能を使うのか。なるほど、先生の言う通り君と僕は似ているのかもしれない」
そこで初めて目の前の男から喜び、のような感情が見える。
男は笑みを浮かべる。その笑みは柔らかく、一切の飾り気のない純粋なものだ。魅了することしかしてこなかったカーミラが見惚れてしまうほどの、純粋無垢な笑みだ。
「僕は他人のために力を使う、君とは正反対の”愛したい”、という理由からだ。あ、君とは違って権能使えないけどね」
「あ、あなたは、私を、き、嫌わない、の……?」
「さぁ? どうなんだろうね。僕にはまだ嫌うという感情がよくわからない。乱暴なレイドや皮肉なボルカニカには苦手意識はあるが」
笑みを消し、首をかしげる。ふざけた様子も嘘をついている様子も感じられない。
「ただ、推測を語るなら僕は君を嫌うことはないだろうね。好きになるかは、まだわからないけど」
カーミラはその言葉でわかったことがある――彼は、誰にでも平等なのだ。
どんな善人だろうとも、どんな悪人だろうとも愛する。命の恩人だろうと、理不尽に自身を殺そうとする相手でも平等に接する。
それは、ある意味で他人に無関心なのかもしれない。その”人”を見ているのではなく、人の”価値”だけを見ているのだから。
――もしもその価値がなくなったら目の前の亡骸達のように、命を奪っていくのだろう、悲しみながら。
「あ、あの!」
彼は、カーミラにとって理想の人間なのかもしれない。そう考えると自然と声が出ていた。
目の前の男は彼女をいじめることはない、そして彼女の権能が効かないのなら極端に愛してくることはない。愛され飽きている彼女にとってはそのことが心地よい。 だから――
「も、もしも……わ、私がいじめられ、たら。助けて、くれ、る? と、友達に……なってくれる?」
「うん? それはなぜだい? 君がいじめられることはないと思うけど」
「こ、こたえ……て」
恐らく今の自身の顔は赤く染まっているのだろう。
数分、数秒、いやもっと短かったかもしれないがカーミラにとって長いほどの間の後、返答が来た。
「いいよ。それが君の価値を守るためというならば僕は命を懸けて守ろう。こんな命でも盾ぐらいにはなれるだろう。自惚れかもしれないけどね」
「なら……あ、あな、たの……なま、え……お、おしえて?」
「いいよ。ボクの名前はシャオン。君の名前は?」
「か、カーミラ」
名乗られた名前を頭の中で繰り返し反響させる。
「そうか。カーミラ、これからよろしく」
片方は怯え、だが頬を赤く染める恋する少女のよう。
片方は無関心に、だが確かな喜びを感じている。
「立てるかい?」
「ご、ごめん……なさい。こ、こしが、ぬ、ぬけちゃ、て」
「……おぶるしかないか」
「ふぇ!?……よ、よろしく、おねがい、します」
多くの亡骸の上で名乗りあい、手を取り合う。常人が見れば発狂ものだが、二人は気にする様子はない。
――これが色欲の魔女、カーミラと彼との出会いだ。
◇
とある時代のとある野原。ダフネという灰色がかった肩ぐらいまでの髪を、二つくくりにしている。色白で華奢な少女がいた。
それだけみればありふれた情景だ。ただその光景を異常とさせているのは少女の見た目にある。
斜めに立った棺の中に入れられて、拘束具に全身をがんじがらめにされた上に、その両目を固く固く黒の目隠しで封じられている拘束状態。
見るからに不審者そのものだ。だがそんな少女に話しかける少女がいた。
「だ、ダフネちゃん、お、おきて、る?」
「はぁい? ミラミラ、なんですかぁ」
珍しく眠っていなかったダフネが小さな声で返答する。この声はカーミラだ。
「え、えっと、お、お茶会で、ね。しゃ、シャオンくんと、と、隣に、なって……いいか、な?」
「べつにぃ、ダフネは構わないでぇすけどぉ」
「あ、ありがと、う」
律儀にお茶会の参加者全員に聞いて回るのだろう。
いざお茶会が始まった際に、シャオンの隣に座りたいという人物が彼女以外に出てきたら争いが起こるだろうからだ。
正直、テュフォン以外は彼の隣にこだわりを持つことはないだろうとは思うが。
「まぁ、どうでもぉいい内容、ですけどぉ」
「だ、ダフネちゃん……シャオンくんね、わ、私に、ありがとう、って言って……くれたの。あ、頭は……なでてくれ、なかったけど……」
「へぇ……そぉなんでぇすか」
顔を赤らめながら惚気話、のようなものを延々と語りはじめるカーミラ。
肝心の話を聞く相手であるダフネは空返事ばかりでぬいぐるみに話しかけているようなものだが彼女は気にしていない。吐き出したいだけなのだろう。もう毎度のことなのでダフネも慣れている。
「シャ、シャオンくん……ね、リン、ガの……パイ、がす、好きなん、だって」
「へぇ、それはぁおどろきですぅ。甘い食べ物がぁ好きなんですねぇ」
「こ、今度……つくって、見、よう、かな……」
「――――そぉなんですかぁ」
一瞬、ダフネは自身の耳を疑った。あの、カーミラが他人のために動くなど今まであり得なかったからだ。
――究極の自己愛と究極の他者愛、これがダフネから見た二人の評価だ。
片方は自身のみを愛してもらうために、片方は自身以外を愛するために力を注ぐ。
いくらシャオンが他人のために全力を尽くすとはいえ、どんなことをしたら自己中心的な彼女の性格を変えることができたのだろう。
いや、少し違う。カーミラ自身の在り方が変わったわけではない。ただ、
エキドナ辺りはその事に茶々をいれるなり自身の考えを口にするなりしてひと悶着を起こすのだろう。
ただ暴食の魔女にとってはそんなことに興味はなく、頭の中は
「――どうしてぇ、そんなに食べること以外に関心を持つのかぁ。ダフネにはぁ、ちぃっとも理解、できないですねぇ」
茶会で出る、エキドナのお茶請けのクッキーはいったい何味になるのか、それだけだった。
※無事お茶会ではカーミラはシャオンの隣の席に座れました。