Re:ゼロから寄り添う異世界生活   作:ウィキッド

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二章、開始です。


ピエロの屋敷での一週間
始まりの朝――ピエロを添えて


――これは、いつの記憶だろう。

 夕日に照らされながらシャオンは買い物袋を右手に、左手に小さな手を握って歩いていた。

 左手をふさいでいるこの手の持ち主は黒髪の少女だ。シャオンよりも髪は短く、肩にかからない程度で切りそろえられている。

 そんな少女とともにとある道を歩いていた。

 

『お兄ちゃんって凄いよね』

「うん? どうしたよ」

 

 少女の急な称賛に戸惑いながらも理由を尋ねる。

 

『だって、何でもできるし、できないことがあってもすぐに覚えちゃうじゃない』

 

 唇を尖らせながら妬ましそうに半目でこちらをにらむ少女。

 

『それに加えて困っていたら人も動物も率先して助けに行くじゃない。聖人君子かっ!』

「はは、たいしたことないよ。俺はそこまでいい人間じゃない」

『うん、そうだね』

 

 謙遜の意味を込め、そういうと少女は感情のこもらない声で答える。

 

「……否定してもらわないと悲しいな」

 

 流石にそこで同意されるとは思わなかったので困り顔になる。その様子に少女は笑みを浮かべ、

 

『だって――』

 

 握っていた手を放し、少女がこちらを見つめる。

 

『――お兄ちゃんはお父さんを殺したもんね』

 

――息が、詰まる。その言葉に、その声に喉が張り付く。

 

「な、にを」

 

 辛うじて出せた声は枯れ果てたもので、ほとんど声になっていなかった。

 しかし、その少女はシャオンの言葉などどうでもよさそうに言葉を紡ぐ。

 

『お兄ちゃんがいなければ、お父さんは死ななかった。お母さんは死ななかった』

 

 その言葉とともに二つの影が少女の足元から生まれる。いや、影というよりは泥のようなそんな色をした人影だ。

 

『お前がいなければ――』

『お前がいなければ――』

 

 責め立てる声とともに、シャオンに近づき、影はシャオンの首元に手をかける。

 徐々に力が加えられ、息苦しくなる。

 

「――ごめん、なさい」

『お前がお前がお前がお前がお前がお前が――』

『お前が、お前が、お前が、お前が――』

 

 無我夢中で謝罪の言葉を述べても、影は責め立てることをやめず、絞める力も弱まる様子はない。

 

「――ごめんなさい! ごめんなさい!」

 

 繰り返し、泣く幼子のように謝るシャオン。

 その様子を少女は感情のこもっていない、黒色の瞳で眺めていた。

 

『お兄ちゃんさえいなければ――』

 

 あまりの苦しさに意識が保てなくなったころ、少女は小さくつぶやく。

 

「――こんなことにはならなかったのに」

 

 小さな声で発せられたその言葉は、なぜか今までの中で一番はっきり聞こえた。

 

「……なんつー夢だよ」

 

 首元に何もないか触り、額に流れる汗をぬぐい、夢に対して文句を吐く。最悪の目覚め方だ。

 そんないやな気分を忘れるように軽く肩を回し、窓の方へ目を向ける。

 

「……いま、何時だ?」

 

 窓の隙間から入る日差しに目を細めながら誰に聞かせるわけでもなくつぶやく。しかし、返事があった。

 

「今は陽日七時になるわ、お客様」

「今は陽日七時になったところですよ、お客様」

 

シャオンの言葉に反応したのは顔だちが瓜二つの少女達だった。身長も同じで、髪型もショートボブで統一している。

 違いと言えば髪の分け目と、髪の色が桃色と水色だというところだろうか。

 陽日七時――よく意味がわからないが、想像できる字面からして明るい時間の七時だろうか。だが、今はそれよりも気にするところは別にある。

 

「えっと、どちら様で?」

「ラムはラムですわ、お客様」

「レムはレムです、お客様」

 

 桃色の髪をした、特徴的な給仕服をまとう少女はラム、水色の髪をした給仕服をまとった少女はレム、と名乗った。当然ながら、知らない名前だ。

 

「ちょっと待って、今状況整理したいから」

 

 覚えている記憶を思い出す。

 確か、エルザを撃退したところまでは覚えている。その後は能力の副作用なのか、はたまた疲れによってなのかわからないが意識を失ったことはわかる。

 だが、目を覚ましたら見知らぬ屋敷というのはどういうことだろうか。

――せめて、スバルがいれば事情は分かりそうだけどな。

 そう考えているとその考えを読んでいたとばかりに部屋の入り口から不敵な笑みを浮かべ、スバルが現れた。

 

「ふっふっふ。驚いたろ? 相棒。この世界にもメイド服が存在するんだぜ」

「ということは――」

「スバル。お連れの人、目が覚めた?」

 

 スバルの後ろ、開いた扉から小さく顔をだし、こちらを見る少女がいた。

 長い銀色の髪の美しさは陰りを知らず、今日は結びをほどかれて自然と背中へ流されている。

 服装は町で見かけたローブ姿ではなく、黒い系統が目立つ細身に似合ったデザインの格好だ。スカートは膝丈よりやや短く艶やかだが、その領域は腿の上まで届くニーソックスが隠している。

 

「選んだ奴はわかってるぜ、GJ!」

「……なんのことだかわからないのに、くだらないってわかるのってある意味すごーく残念なんだけど」

 

 スバルの謎の称賛にため息をつきながら銀髪の少女、偽サテラはあきれた様子を見せる。

 

「ここは、どこでしょうか?」

「えっとね、ちょっと説明が」

「ちょい待ち、その前に自己紹介しなよお二人さん」

「それもそうだな」

 

 事情を説明しようとした偽サテラを遮り、自己紹介をするようスバルが勧める。

 確かに互いの名前も知らないのは不便だ。素直に従う。

 

「俺の名前は、ヒナヅキ・シャオン。そこのスバルと同郷の者です」

「私の名前はエミリア。家名はないの、エミリアと呼んでね」

 

 ――エミリア、それが偽サテラの本名。二度、死ぬ思いをしてまで知ることができた少女の名前。なぜだか、一種の感動が湧き出そうだ。

 それをごまかすかのようにシャオンはエミリアに訊ねる。

 

「……この屋敷って、エミリア嬢の?」

「いえ、この屋敷の当主はロズワール様ですわ」

 

 桃髪のメイド、ラムが答える。

 

「ロズワール?」

「ラムの言う通り、私のお屋敷じゃないの。えっと、そうね。ロズワールは……会えばわかるわ」

「どゆことよ?」

「……えっとね、うん。ごめん、何も言えない」

 

 スバルの言葉にうまく説明できないようで、彼女は申し訳なさそうに眉を下げる。

「どんな言葉を並べても無駄。もう少ししたらお戻りになられるはずなので、ロズワール様の人となりは、ご本人に会ってご理解なさってお客様。ええ、きっと大丈夫」

 

ラムとレムは顔を見合わせて頷き合い、エミリアも渋々それに同意。

 

「――きっと、二人とは気が合うから。頭の痛い話だけど」

 

 そう、気の重くなるような言い方で呟いたのだった。

 あの後エミリアの提案でスバルは庭へ散歩に出かけた。

 勿論、シャオンも誘われはしたが二人の邪魔をするわけにはいかないと思い遠慮させてもらった。

 双子たちが預かっていたらしいシャオンの服、パーカーを返してもらい、顔を洗うついでにトイレに向かっていた。そして用をすまし、扉を開けた先には長い廊下が広がっているはずだった。

 

「俺はお手洗いから出たはずなんだけど。ここは……書庫?」

 

目の前にある広いスペースは二十畳ワンルームの倍ほどもあり、壁際を始めとして至るところに書棚が設置されている。どの書棚にも本がみっちりと詰められていて、蔵書数はどれほどになるのか想像するのも難しい。

 一冊適当な本を取り出し、開くが案の定文字がシャオンの知っているものではなく、一文字も読めない。仕方ないので元の場所に戻すと、高い声が聞こえた。

 

「……本当に、なんで扉渡りを破る輩がこうも出てくるのかしら」

「えっと、君もこの屋敷の使用人さん?俺の名前はヒナヅキ・シャオン」

「……ベアトリスなのよ」

 

 不機嫌そうにベアトリスと名乗り、シャオンを出迎えたのは一人の少女だ。

薄い藍色の瞳に、クリーム色に近い淡い色合いの長い髪を縦ロールの形に編み、二つに分けている。

いわゆるツインドリルという奴だ。

 豪奢なフリル付きのドレスは少女に似合っており、その小柄な体も相まって人形のような印象をシャオンに与えた。

そんな少女の会話の中で気になる単語があった。

 

「扉渡り? だっけ、それを破った輩って……スバルのこと?」

「名前なんて知らないかしら」

 

 確かにそうだ。思いつく限りの特徴を言おうとする。

 

「えっと、目つき悪くて……」

「ああ、そいつかしら」

 

 他の特徴を伝えようとしたが、どうやら目つきのことだけで伝わったらしい。それほどまでに彼の目つきは悪いのだろう。

 

「まったく、ロズワールの奴、はやっく帰ってこないかしら」

「ロズワール? それってこの屋敷の当主の人だっけ。どんな人なの?」

「……見ればわかるかしら」

「……性格とか、何お仕事しているかとかわからない?」

 

 今までそのロズワールという人物について尋ねても、見ればわかるとしか言われていない。だがどんな立場の人間なのか、それに性格なども外見から判断はできないだろう。

 

「宮廷魔術師、なんて肩書を持っているのよ。ま、ベティには関係ないことかしら」

「へー、偉いんだな」

 

 つまりは宮仕え、国が抱える魔術師ということだ。権力もそれなりにあるのだろう。

 素直に感心したシャオンだがベアトリスは面白くなさそうだ。

 

「ニンゲンなんてどれも同じかしら。ロズワールの奴も少し努力し、才能が少しあって、師に恵まれただけの小僧かしら」

 

 妙に棘がある言い方が気になるがそれよりも彼女の言葉の中に一つ、違和感があった。

ニンゲンなんてどれも同じ、という言葉。それでは――

 

「その言い方だと君は人間じゃないみたいだな」

「……意外と鈍い奴なのかしら」

「え?」

 

 冗談気味に言った言葉に少女はあきれたように眉間にしわを寄せ、大げさにため息をつく。

 

「出口はあっちなのかしら、さっさと出ていくのよ」

 

 これ以上の会話は無駄だとでも言いたそうに追い出そうと手を払うベアトリス。そんな様子に何か嫌われるようなことでもしたのだろうかと思う。もしくはスバルが何か彼女の機嫌を損ねてしまい、その巻き添えで嫌われたか。

 

「……もう一つ、聞いていい?」

「……なにかしら」

 

 嫌そうな顔をしながらもしぶしぶとシャオンの質問に答える姿勢を見せるベアトリス。彼女は口は悪くても優しい性格なのかもしれない。

 

「なんでそんなに悲しそうなんだ?」

「――は?」

 

 理解できない、といったような顔もちでこちらを見るベアトリス。その反応におもわずシャオンもなぜこんなことを言ったのかわからず、気恥ずかしくなり顔をそらす。

 

「いや、俺の気のせいだったら悪いんだけどね」

 

 言葉にうまくできないが、彼女はなにか泣くことを堪えているような、そんな何かを感じ取れた。 何故なのかはわからない。本当に、なんとなくなのだ。

 

「……でていくのかしら」

「え?」

「聞こえていなかったのかしら、ベティは早く出て行けといったのよ」

 

 瞳のなかにひどく強い拒絶の色を露わにする彼女。今は怒りを爆発させていないがこれ以上彼女の機嫌を損なってしまってはいつ爆発するかわからない。ここは素直に退散しよう。

 

「あー、うん。そうだな、悪い」

 

 シャオンが知らないところで彼女の地雷を踏み抜いてしまっていたのかもしれない。そう思うと申し訳ない気持ちになる。

 軽い謝罪とともに入ってきた扉を開け、書庫から出ようとすると、

 

「――シャロ、リューズ。ベティーは――」

 

 つぶやく声に、振り返るもそこにはただ、シャオンが最初に入ったトイレの扉があるだけだった。再び開けてみてもそこにはトイレしかなく、あの書庫も少女の姿もどこにもない。

 

「……どういう仕組みなんだろう」

 

 扉渡りと言っていたが、これも魔法の一種なのだろうか。だとしたら彼女の魔法なのか、屋敷の誰かによるものなのか。

 様々な考察をしていると声がかけられた。

 

「お客様」

「あれ、えっと……ラム嬢?」

 

 声の主は桃色の髪をした給仕だ。確か名前はラム、だったはず。

 

「はい、ラムですわ、お客様。お食事のご用意ができましたのでご案内を」

 

 

 朝食の場として案内された食堂ではスバルがいた。

 こちらに気付いたスバルは大きく手を上げて声をかけてくる。

 

「おっす! シャオン、おせぇぞ!」

「悪いね、ちょっと戯れてた。あれ、エミリア嬢は?」

「エミリアたんはお着換え中だ。それと戯れてたって……」

 

 その時、食堂の入り口が開かれ、中からベアトリスが来た。

 彼女はちらりとこちらを一瞥し、鼻を鳴らして開いている席に向かう。

 

「彼女と?」

「マジか……相棒はロリコン属性の疑いありとか」

「その単語、意味は分からないけど不愉快な感覚だけはするのかしら」

 

 スバルの軽口にベアトリスは反応する。そこから始まる喧騒を聴きながら辺りを見回す。

 

 食堂には白いクロスのかかった卓が置かれており、皿の並べられた席がある。

 シャオンたちの席もあるならば下座のどれかだろう。

 

「……シャオン、お前テーブルマナーわかる?」

「常識的には、少なくとも上座には座るなよ」

 

 ベアトリスとの触れ合いを終えたスバルがいつの間にか近づき、耳元で相談をしてくる。恐らく、惚れた相手であるエミリアの前で恥をかきたくないからだろうか。

 

「失礼いたしますわ、お客様。食事の配膳をいたします」

「失礼するわ、お客様。食器とお茶の配膳を済ませるわ」

 

台車を押し、食堂に入ってきたのは双子のメイドだ。

レムがサラダやパンといった、オーソドックスな朝食メニューの載った台車を押し、ラムが皿やフォークなど食器の乗った台車を押している。

 二人はテーブルを挟んで左右に別れると、テキパキとそれらの配膳を開始。一糸乱れぬ連携で食卓が彩られ、温かな香りに思わずシャオンの腹が小さく鳴る。

 そのことに恥ずかしくなり、小さく咳払いをする。だが、その咳ばらいをかき消すかのような大きな声とともに、一人の男性が食堂に現れた。

 

「おーぉや? おなかが減るのはぁ、元気の証じゃーぁないの。いーぃことだよ」

「……飯の前の余興にいちいちピエロ雇ってんのか、流石貴族」

 

 濃紺の髪を長く伸ばした長身は、二人を見て嬉しげにそうこぼした。

 身長はラインハルトを上回り、百八十センチの半ばほどまで届くだろう。肉体は力仕事とは無縁そうな細身であり、しなやかというよりは純粋に痩せぎすといった印象が強い。

 瞳の色は左右が黄色と青のオッドアイであり、病人のように青白い肌と合わせて一種の人外さを感じさせる。

 確かに、スバルの言う通りピエロという表現が正しいかもしれない。

 

「何を考えているのか予想できるけど、ベティーは不干渉を貫かせてもらおうかしら」

「つれねぇこと言うなよ。俺らの仲だろ? な、ベティー」

「馴れ馴れしいかしらっ!」

 

 そういって親し気に語り掛けるスバルに、言い返すベアトリス。まるで年の離れた兄弟のようだ。

 そんな様子を眺めていると食堂の扉が開かれた。現れたのはエミリアだ。

 

「にーちゃ!」

「や、ベティ―。四日ぶりだね。ちゃんと元気にしてた?」

 

 エミリアの髪から姿を現せる灰色の猫、パックにベアトリスは抱き着き、頬をこすり合わせる。

 その扱いの違いに思わず唖然としているとエミリアの小さな笑い声が聞こえた。

 

「ふふ、おったまげたでしょ。ベアトリスがパックにべったりだから」

「オッたまげたって……きょうび聞かねぇな」

「そういえば着替えてたんだな、エミリア嬢」

「うん……さっきも気になったけどその嬢って?」

「なんとなく、スバルが君に愛称をつけてたし俺もつけようかなと」

「俺に見習ってたん付けはどうだ?」

 

 絶対に、嫌だ。そう答えようとした瞬間、先ほどのピエロメイクの男が割り込む。

 

「そーぉだね。私も真似して、エミリアたーぁん! なーぁんてよぼーぉかな」

「やめとけやめとけ、ピエロの姿でも怪しいのにその状態でたん付けとかもう、救いようがねぇぞ。というより、本当に誰?」

「……スバル、たぶんこの人は――」

 

 先ほどから考えていた。

 一目見ただけで変人とわかるその風貌、特徴的なメイクに特徴的なしゃべり方。それらの条件だけでこの人物の正体が予想できてしまう、予想できてしまった。

 そう、彼女たちの見ればわかる、会えばわかる(・・・・・・・・・・・・・・・・)はこういうことだったのだ。

 

「そうだーぁよ。君の想像のとーぉり」

 

 そのピエロは化粧で目立つ口元をさらに大きくゆがませ、こちらに笑みを贈り、

 

「私がこの屋敷の当主、ロズワール・L・メイザースというわーぁけだよ。ナツキ・スバルくんにヒナヅキ・シャオンくん。その様子だと、お体はだいじょーぉぶのようだね」

 

 そう、名乗ったのだ。

 

 

 上座に座るピエロ、もといこの屋敷の主ロズワールを筆頭にそれぞれが用意された席に腰かけ、食事を始める。

 

「む、普通以上にうめぇ」

「この料理は青髪の……えーと、レム嬢が作ったの? すごいね」

 

 サラダやスープを口にした感想を青髪のメイド、レムに伝える。

 

「はい、その通りです、お客様。当家の食卓は基本、レムが預かっております」

「ははーん、双子で得意スキルが違うパターンだ。じゃ、桃髪は料理苦手で掃除系が得意な感じ?」

「はい、そうです。姉様は掃除・洗濯を家事の中では得意としていますわ」

 

 スバルの言葉にレムは答える。つまり、

 

「じゃ、レム嬢は料理系得意で掃除・洗濯は苦手か」

「いえ、レムは基本的に家事全般が得意です。掃除・洗濯も得意ですわ。姉様より」

「桃髪の存在意義が消えたな!?」

 

 うっすらと、その姿も空気と同化しているように見える。

 家事全般が得意な片割れと、掃除系だけが得意だがそれも相方に及ばない片割れ――逆に双子としては新しいパターンだ。

 あんまりといえばあんまりな発言だが、レムの隣のラムは気にした様子もない。本人が否定していないのだから真実なのだろう。

 

「……二人とも、食事の最中に私語はだめよ。働く人が二人しかいないのにわざわざ準備してくれたレムとラムに悪いでしょ?」

「いや、その指摘はもう遅くないかな? なぁ、スバル」

「ああ」

 

 広い食卓の中、エミリア、スバル、シャオンと三人並ぶ形で座っている。本来であれば、食卓を大いに活用するため互いの距離は離れていたのだ。

 

「だけど、俺がエミリアたんの近くで食べたいから移動してきた。でも主であるロズっちが黙認した時点で今更じゃん」

 

 その言葉に反論できないようにエミリアは口をつぐむ。その姿がかわいかったからかスバルは格好を崩す。

 

「ところでロズっち。今、エミリアたんが屋敷の使用人が二人しかいないって言ってたけど……使用人を新しく雇用できない状態ってこと?」

「まぁ、そういうことだぁね」

 

 笑ってはいるがロズワールのまとう雰囲気、こちらに向ける視線。スバルの言葉によってそれらが激変したことを感じた。

 まるでこちらを見定めるような、舐めるような視線、スバルもその変化を感じ取れたのかわずかに顔がこわばっている。

 

「本当に不思議だぁね、君は。ルグニカ王国のロズワール・L・メイザースの邸宅まできていて、事情を知らないってぇいうんだから。よく、王国の入国審査を通ってこれたもんだね?」

「まぁ、ある意味、密入国みたいなもんだからな……」

「スバル」

 

 確かに気付いたら入国してました、ぐらいの感覚だ。だが、そんなことを正直に言ってしまう必要はない。

 そういう意味で咎めたが、すでに遅くエミリアが幼子を叱るような義憤を浮かべて睨んでいた。

 

「呆れた。あっさりとそんなこと喋っちゃって、いきなり牢屋に押し込められて、ぎったんぎったんにされるんだから」

「ぎったんぎったんて、きょうび聞かねぇな」

「茶化さない、ねえ、スバル。ホントに大丈夫?」

「あー、悪い、ちょっと俺って物覚え悪いからご教授お願いしていただいても?」

 

 本気で心配してきてくれているエミリアに悪い気がして、スバルは頭を掻きながら自分の今までの態度を反省しているようだ。

 その様子にエミリアは説明を開始する。

 

「えっと、今、この国ルグニカは戒厳令が敷かれた状態なの。特に他国との出入国に関しては厳密な状態よ」

「戒厳令……穏やかじゃない響きだな」

「穏当とはいえないねぇ。――なにせ、今のルグニカ王国には『王が不在』なもんだからねぇ」

 

 結論を引き継いだロズワール。その言葉を吟味し、意味を理解して静かに息を呑んだ。

 ちらりとエミリアと双子、それからベアトリスとパックの様子をうかがう。そこに動揺の兆しはなく、周知の事実なのだろう。その上で、部外者に等しい自分たちにもその内容が知らされた事実に警戒心が先立つ。

 だが、こちらの心中を察し、安心させるような笑みをロズワールは浮かべた。

 

「心配はご無用。今じゃ知らない人間のほうが少ないまである事実だからーぁね」

「さよけ。いや、危うく秘密を知られたからには生かして帰さん展開かと」

 

 流石にそちらから情報を明かしたのにその展開は酷いと思う。

 

「でもおかしくありません?そういうのって普通、王様の子どもが跡を継いで万事解決、若いようなら摂政……代役がつく感じで」

 

 シャオンの指摘にロズワールはうなずく。

 

「ふむ、通例ならその通りになるよね。だぁけど、事の起こりは半年前までさかのぼっちゃう。王が御隠れになった同時期に、城内で蔓延した流行病の話にねぇ」

「流行り病?」

「まぁ、簡単に言うとその流行り病で王族は全滅。ルグニカでも優秀な治療ができる”青”の称号を持つ魔術師も手も足もでなかーぁたからね」

「病気なら仕方ないけど……じゃあ現在の国の運営はどうなっているんだ」

「現状の国の運営は賢人会によって行われてるよん。いずれも王国史に名を残す、名家の方々の寄り合いだ。国の政治自体に関しての影響はそこまでじゃぁない」

 

 そこで一度間を置き、「しかし」と息を継いでロズワールは表情を引き締め、ふざけた口調も真面目なものとなる。

 

「――王不在の王国など、あってはならない」

「それは、そうですね」

 

 たとえ運営に問題がないお飾りだったとしても、頭の存在しない組織など成立しない。

 どれだけ役立たずでも、どれだけ自分勝手でも、王とは必ず存在する必要があるのだから。

 それらの点を含めて、シャオンは今の状況に焦る。

 

「……スバル、これって俺たち」

「ああ、めっちゃ怪しい存在だ」

 

つまりシャオンとスバルは王国が王不在な上に王選出のどたばたで混乱中、他国との関係も縮小中の鎖国状態とも言える中に現れた、出身不明の不審者だ。

 下手をすれば疑わしきは罰せよの精神で釈明もできず、二人の首が飛ぶことも考えられる。

 

「さーぁらに付け加えるとエミリア様に対して接触、メイザース家とも関係を持ったわけだーぁしね」

 

 焦っている二人へさらに追撃するようにロズワールが笑う。そこで気づく。

 

「……エミリア『様』?」

 

 この屋敷で一番偉い立場にあるロズワールがエミリアを様付で呼んでいたことを。

 

「当然のことだーぁよ? 自分より地位の高いほうを敬称で呼ぶのはねーぇ」

 

 ロズワールの言葉を理解するのに数十秒ほどの時間を要した。

 そしてそれを理解したと同時に二人して油の切れた機械のようなぎこちなさで当人であるエミリアを見ると、照れたように顔をそらし、

 

「騙そうとか、そういうこと考えてたわけじゃないからね」

 

 そう一言。ロズワールの言葉に否定する様子はない。

 

「――えっと、エミリアたんてばつまり」

 

 まだ懲りずに「たん付け」するスバル。

 そんな現実を否定したがる彼にトドメを刺すように、

 

「今の私の肩書きは、ルグニカ王国第四十二代目の『王候補』のひとりなの。そこのロズワール辺境伯の後ろ盾で、ね」

 

「……好きな女の子は女王さまでした、てか。俺の恋が実るのは遠いなぁ」

「それよりも俺らの首が飛ぶのも近いかもなぁ」

 

 今までスバルが行った彼女に対する無礼、それらを思い返し、無性に青空を眺めたくなった。だが、見上げても視界に広がるのはきれいな天井だけだった。




今回はちょっと急ぎだったのでところどころ荒いです。
間違い、アドバイスなどがございましたらご連絡を。

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