「いや、まじすいませんでした」
「ちょっ、ちょっと二人とも頭をあげてよ!」
衝撃的な事実の告白から二人の、主にスバルの無礼さを考えたうえでするべき行動は、土下座だった。
額を床につけ、て相手に向かい正座した上で、手のひらを地に付ける。
「いーやぁ、面白いからこのまーぁま見ていたいけどもぉ? 事態の説明をしたいから面を上げてくれるかな?」
そういわれ、顔を上げるとそこには見覚えのある、あるものを手にしたエミリアが立っていた。
「あ、あの徽章じゃねぇか」
フェルトによって盗難の憂き目に遭い、文字通り死ぬ目に合ってようやく持ち主の手元に戻った竜を象った徽章だ。
赤い宝玉は持ち主の手の中で光り輝いていて、その眩さは不気味さと、畏敬の念を思わせるほどに深く澄み切っている。
「竜はルグニカの紋章を示しているんだ。『親竜王国ルグニカ』なぁんて大仰に呼ばれていてねぇ。城壁や武具なんかも含めて、あちこちに使われているシンボルなんだよ。とりわけ、その徽章はとびきり大事だ。なぁにせ」
一息置いたロズワール。それから目線でエミリアに続きを催促する。彼女は瞑目し、それから、
「王選参加者の資格。――ルグニカ王国の玉座に座るのにふさわしい人物かどうか、それを確かめる試金石なの」
「ま、まさか……王選参加資格の徽章をなくしてたの!?」
「なくしたなんて人聞き悪い! 手癖の悪い子に盗られたの!」
その言葉にエミリアは頬を膨らませ拗ねたように小さくつぶやく。しかし、それは結局のところ、
「一緒だ――っ!!」
そう、同じことなのだ。
「それってなくしたままだったら……」
「もっちろーん、そんな人物に国なんて任せられないよーぉね?」
遠まわしながらに王選失格だったということをロズワールは口にする。
「盗んだのはフェルトだったけど、盗ませたのはエルザだ。あいつは誰かに依頼されたって言ってた。それはつまり、エミリアたんが王様になるのを邪魔しようって奴がいるってことか?」
「たぶんそうだろうねぇ。王選から脱落させるのに、徽章を奪うなんてのは簡単に思いつく話だからさぁ」
確かに本人を直接襲うよりも資格である徽章を狙ったほうが簡単で、危険が少ない。
「それって、やっぱほかの候補者が依頼したってことなんでしょうか?」
「さーぁね。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。単純にエミリア様に恨みを持つ者の仕業カーぁもしれない」
エミリアに恨みを持つ者、つまりは彼女が”ハーフエルフ”だということが関係しているのだろう。世界を滅ぼしかけるような存在と同じ種族、見た目の存在が王になればそれは確かに批判を覚えるものは多いだろう。
「ふふーん、どーよ、どーよ! エミリアたん。俺ってばかなりナイスでハピネスな活躍したんじゃね? これはもう、ご褒美に期待とかしちゃっても仕方ないじゃないかな!」
はしゃぐようにスバルはそっと俯くエミリアの顎に手をかけて顔を上に向かせる。目を細めて好色に振舞う姿勢は、もはや堂の入った悪代官のそれだ。
その様子を見てシャオンはため息をこぼした。
「スバル、励ますのはいいが、流石に空気読もうか」
「へ?」
小声でたしなめるとスバルは周囲に目を走らせる。
「……そうよ。二人は私にとって、もうすごい恩人。命を救ってもらっただけじゃ済まないくらい。だから、なんでも言って」
「えっと……?」
「私にできることなら、なんでもする。ううん、なんでもさせて。貴方たちが私に繋いでくれたのは、それぐらい意味のあることなんだから」
胸に手を当てて、真剣な顔つきで見つめ返されてスバルは言葉を失っている。
顎に触れていた手も放し、自身の空気の読めなさを実感したようだ。
「……実質、こんな事態は初めてのことだろうねぇ。ラムが付いていたはぁずなんだけど」
苦笑して襟をいじり、ラムに話題を向けるロズワール。それにつられ背後のメイドを見ると、彼女は髪の分け目をひっくり返してレムに扮した体で平然としている。髪の色が違うから丸わかりなのだが。
そこでとある事実に気がついた。
「……思い出した! ラム嬢って王都で俺と会ってる!」
「そうなの?」
「ああ、うん。王都でぶつかった程度だけど」
アレは三回目の世界の時、スバルがエミリアを追いかけていった時だったはず。あの後スバルを追いかけようとしたら、ぶつかった少女が確かラムだったはずだ。
「ええ、そうですわ」
「なんだその少女漫画の出会い方。俺はエミリアたんにフラグが立っているけどお前もラムちーと立っているじゃん」
「ご冗談を」
スバルの言葉に即座に否定の言葉を告げるラム。僅かながらに苛立ちを覚えているかのように眉間にしわが寄っている。
「それはそれとしても、主人の命令が守れなかったのは事実だろ? そこんとこ、ドゥーよ?」
唇を突き出していい発音で問いかけ、ロズワールはそれに首をひねるアクションで応じる。彼は「一理あるね」と前置きして、
「確かにラムの監督不行き届きは私の責任でもあるかもねぇ。でぇも、それはそれとして君はなにを言いたいのかなぁ?」
「簡単な話だよ。報酬が欲しい、勿論エミリアたんからじゃなく――アンタからだ」
「なぁるほど。確かに私財としては一文無しに等しいエミリア様より、パトロンである私の方が褒美を求めるには適した相手だろうねぇ」
「だろ? そしてあんたはそれを断れないはずさ。な・に・せ! 俺らってばエミリアたんの命の恩人な上に、王選ドロップアウトを防いだ功労者! つまるところ王選でのエミリアたん陣営にとって救世主!」
ロズワールに指をさし、高らかに宣言をするスバル。
「認めよう、事実だからねぇ。で、その上で問いかけよう」
ロズワールの金色の瞳が、怪しく煌き、スバルとシャオンをとらえる。
「君は、いや君らは私になぁにを望むのかな? 現状、私はそれを断れない。どんな金銀財宝を望んでも。あるいはもっと別の、酒池肉林的な展開を望んだとしてもだ。徽章の紛失、その事実を隠ぺいするためなら何でもしよう」
「さすがはお貴族様。話がわかるじゃねぇの。どんな願い事でも、だぜ?」
「うん、約束しよう」
スバルはからかい気味に笑い、あくどい表情を浮かべるが対するロズワールの表情は真剣そのもの。その対照的な様子は互いに話が食い違っているかのように錯覚させられる。
「じゃ、俺を屋敷で雇ってくれ」
すっぱりあっさりと言い切ったスバル。
半ば予想していたシャオンは驚かないが、そんな彼の申し出に、唖然とした顔をしたのは背後の女性陣だ。
双子はその表情の変化の少ない面差しに困惑を浮かべ、ベアトリスはこれまた本気で嫌そうに顔をしかめる。中でもエミリアの驚きは一際目立っていた。
「わ、私が言うことじゃないけど、ちょっとそれは……」
パクパクと金魚のように口を開け閉めして、言葉が出ないほど驚いているようだ。
そんな彼女に振り返り、スバルは悔しげに肩をすくめながら、
「えー、そんなに俺の意見に反対? 流石に傷つくんですが」
「そうじゃなくてっ! 欲がなさすぎるの! パックの件もそうだし、今の話も……違うわ。そもそも、王都で私の名前を聞いたときもそうだった」
彼女は自分の知る限りの、スバルが褒美を得られそうだった場面を羅列する。それらの成果の全てを知るエミリアは、本当に理解できないと頭を振って、
「こっちの感謝の気持ちがわかってないのよ。そんな……そんなことで、命を救われたことへの恩なんて、全然返せないのに……」
「それは……」
「ちょいまち、エミリア嬢」
二人の間で雲行きが怪しくなり始めた頃、シャオンが口を挟む。スバルは困惑した顔で、エミリアは目に若干の涙をためながらこちらに顔を向け、注目する。
「スバルはしっかりと感謝の気持ちがわかっているんだよ」
「どういう、こと?」
「ちょっ――」
意味が分からないといった顔でエミリアはこちらを見る。だが、スバルはシャオンが何を口にしようとしているのか理解し、慌て始める。
「そう。だって一目惚れの相手と一緒に――」
「ちょいと口を閉じようか? シャオン君」
シャオンに疾風のごとく近づき、口を手でふさぐスバル。運がいいのか悪いのかエミリアにはシャオンの言葉は聞きとられなかったようだ。
「……ごほん、確かにシャオンの言う通りなんだぜ?。正直、俺ってば今のところは徹頭徹尾の一文無し! 一時の快楽と引き換えにするにゃ、ちょいと懐具合も頭の具合もよろしくない。俺にとって、ベストな選択肢だと思うんだけど」
本当はそれだけが理由ではないが、また口を塞がれるのも嫌なので黙っておく。
エミリアはそのスバルの言葉にうろんげな瞳でにらむ。
「……それなら別に雇われなくても、食客扱いとかで構わないじゃない」
「――その手があったか!? ロズワール!?」
一縷の望みをかけてロズワールを見る。が、彼は顔の前で両手を大きく×の形に交差していた。
「最初の要求のみが有効でーぇす。取引は慎重にーぃ」
「くっそおおお!」
「……それじゃあ俺からも」
涙を流しながら悔しがるスバルに冷めた目を向ける女性陣をよそにシャオンはロズワールに提案をする。
「俺の願いは三つ」
「ほーおぉ。スバルくんよりも一つ多いねぇ」
ロズワールは驚いたように僅かながらに瞳を見開く。それを見てシャオンは頬をかく。
「なに、そんな驚くことじゃないですよ。俺の願いは些細なものです」
いつの間にか入れられた紅茶で唇を湿らせ、ハッキリとした声で要求を口にする。
「一つ目は簡単、スバルと同じく俺も働き場所がないんだ、ここで雇ってください」
「いいとーぉも。存分にはたらーぁいてもらおうじゃーぁないか」
スバルがここで働くと言ったから半ば予想をしていたのか、シャオンの提案にロズワールはすんなりと首を縦に振る。
「二つ目、時間のある時鍛えてほしい」
「そーぉれは、どーぉいう意味かーぁな?」
意味が分からず、ロズワールはわずかに首を傾ける。
「ベアトリスから聞いた話、貴方は”宮廷魔術師”という立場にある。つまりは魔法に関してだいぶ知識があるはずだ」
「宮廷魔術師?」
「簡単に言うと、王国で一番の魔法使いってこと」
「へー! ロズっちって凄いんだ」
端で疑問の声を上げるスバルにエミリアが小声で説明する。
話の腰を折られたが、続ける。
「正直、王都で痛い目にあって自身の弱さを実感した。だから、鍛えてほしい。恐らく、最強に近い魔法使いであるあなたに」
エルザとの戦いを思い返す。不可視の手を使えば戦闘は確かに問題はあまりない。だが、もしもこの能力が通用しない相手がいたら? もしもこの能力の副作用が悪化してしまったら?
そう考えると現在の戦闘能力では心もとない。つまり、能力のほかに”魔法”という第2の刃が欲しいのだ。
この要求に対してロズワールは口元に指を当て、どう答えるかを考えているようだ。
「シャオンは身を守るために鍛えてもらいたいのよね? でも、それはこの屋敷にいれば大丈夫じゃない?」
「エミリア嬢、ずっと屋敷にこもるってのは無理でしょう、それにこもっていたとしても緊急事態に動けないと困る。王選ってのはおもったよりも泥臭そうだからね」
事実徽章を狙う、王選候補者を狙うなど正々堂々とした戦いではなさそうだ。そうなれば屋敷自体が襲撃される、なんてことも冗談じゃすまないかもしれない。
「ふーむ、いいだろう。たーぁだし、時間があるときだけという条件付きだぁ」
それは仕方のないことだろう、彼は位が高い立場の人間だ。わざわざシャオン個人に時間を割いてくれているだけで御の字だ。
「最後は――うん、保留で」
「もったいぶってそれかよ」
「思いつかなかったからな」
スバルの言葉に苦笑いで答える。これは嘘ではなく、本当に思いつかなかったからだ。
今は思いつかなくてもいつかこの要求権を使って利益を得られればいい。だから、保留だ。
「俺とおなじくパックをモフれる権利はどうだ」
「結構です」
ノータイムで拒否の意を示すとベアトリスに抱きしめられていたパックがショックを受けた表情を浮かべ、彼女の腕の中から脱出し本来の飼い主に抱き着く。
「がーん、リア。僕はショックだよ。悲しすぎて毛並みが荒れちゃいそう」
「大丈夫、パックの毛並みはいつも通りよ。ふっさふさ」
「……いーいだろう。ただーぁし、教えるにあたってーぇは手を抜くことは決してしないからねぇ」
ロズワールは不敵な笑みを浮かべシャオンの要求をすべての呑む。ただ、彼の黒い笑みを見て、早まってしまったか、と内心後悔をした。
◇
あの後食事を終え、スバルは教育係に命じられたラムに連れてかれ、レムは食堂の片づけを、エミリアは勉強、パックとベアトリスは書庫に戻った。
そして残ったシャオンは、ロズワールと共に屋敷の外に向かった。
連れてこられた場所にあったのは木で作られた人形だ。大きさはシャオンと同じほど、たとえるならば案山子のようなものだ。
「ではまず最初に、シャオン君は勿論ゲートについては知っているよぉね?」
「恥ずかしながら、まったく」
「こーぉれはこーぉれは、スバルくんならまだしも君がこんな常識なことを知らないのかーぁい?」
正直に話すとロズワールはからかうように大袈裟に驚く。
「でーは、簡単にゲートの説明から始めよーぉかね。簡単に言っちゃうと、自身の体の中と外にマナを通す門のこーぉと。ゲートを通じてマナを出し入れする。生命線だ―ぁね」
「ゲートは誰にでもあるんですよね? やっぱり才能とかでそれらも優劣があるんですか?」
「とーぉぜん、無視できないほどのおーぉきな問題だーぁよ。まぁ? 自慢じゃないけど、自慢じゃーぁないけど私のように才能に恵まれることはまーぁずないと考えていいか-な」
言葉とは違い自慢気味に、いや確実に自慢をしてくるロズワールに軽い苛立ちを覚えるがこれから教えてもらうのだ。慣れるように何も言わず耐えることにする。
「でーぇは、次に君の適性がある属性は何か調べるとしよう」
「属性?」
「そーう。熱量関係の火のマナ、生命と癒しを司る水のマナ、生き物の体の外の加護に関わる風のマナ、体の内の加護に関わる地のマナ、もしやもしやで陰や陽の属性やも?」
「はぁ、といっても私は魔法は毛ほども使えませんよ?」
そもそもシャオンは魔法の知識が皆無に等しく、実物も王都でエミリアが使ったものしか見ていない。もしも属性を調べるのに魔法の発動が必要ならいきなり手詰まりなのだが。
しかしロズワールは気にする必要などないとでも言いたそうに首を横に振る。
「安心したまーぁえ。私くらいになーぁれば触れただけで属性がわかっちゃうよ。でーぇはぁ、みょんみょんみょん」
妙な効果音を口で奏でながらロズワールはシャオンの額に指をあてる。そして数秒後、
「強いのは”風”だーぁね。でーぇも? 一応全属性の適正はあるようだーぁね。かーぁなり微弱で使い物にするには難しそうだけど」
先ほど口にした六属性の魔法がすべて使える可能性がある。それは、とっても
「陰魔法ならベアトリスに教えてもらえればいいんだけど……君はなーぁぜか嫌われているようだーぁしね」
「ベアトリスがですか。あの子も幼いのにすごいんですね」
その言葉にロズワールは意表を突かれたような顔を浮かべ、直後腹を抱えて笑う。
「くくく……彼女は君よりも、ぼくよりもずーぅっと長生きだーぁよ。だって、精霊だもん」
「せい、れいですか? というとパックと同じ」
確かにそれなら彼女との書庫でのやり取りも納得が行く。冗談で人間じゃないといったのだが本当だったとは。
しかし……頭のなかで猫と少女が同じ種族だということがうまく結び付かない。
「さすがーぁに、大精霊様とは格が違うけどねぇ」
「大精霊、ですか。普通の精霊とは何か違いがあるんですか?」
「もっちろーぉん。でも、今は魔法の勉強のおじかんだからぁ、教える時間はないねーぇえ。どうしても知りたくなったらご本人そのものに訊ねればいい。きっと、こころよーぉく教えてくれるだろーぉね。でーは、始めようか。まずは私の真似をして」
その言葉とともにロズワールの周囲の空気が張り詰める。そして、目の前にある木偶人形に向かって片手を構える。
「フーラ」
ふざけた様子の一切感じられない、芯のある声でロズワールがつぶやく。
すると、ロズワールの手の先から風が吹き出し、目の前にある木の人形の首が流れるように落とされた。断面は鮮やかで、強い力で素早く切断されたことがわかる。風の刃、とでも言えばいいのだろうか、それが生まれ、切断したのだろう。
「さ、君の番だ。一つ、アドバイスをするなーぁら、想像力が大事、自身の体の中にあるマナを外に出すことをイメージすればいい」
「ふ、ふーら」
その呪文と共に確かに魔法は発動した。そう、発動はしたのだ。
しかし先ほどのロズワールとは違って鋭さも、勢いもなく。肌に張り付くような圧力などどこにあるのやら。
僅かな風が人形に当たり、かすかに揺れただけだった。
「……要特訓だーぁね」
「……よろしくおねがいします」
呆れ半分、同情半分といった声色で肩をたたいてくるロズワールにうなだれながら答える。前途は、多難のようだ。
◇
あの後、風以外の魔法も試したが、そもそも発動すらしなかった。
あまりの不甲斐なさと、マナの消費によって疲れ、地べたに倒れているとレムが、屋敷から現れた。
「失礼します、ロズワール様。シャオン君はいらっしゃいますか?」
「そこにいるよ……だいじょーぶかい?」
倒れ込んでいるシャオンを指さしながらロズワールはこちらを気遣う。それにかすれた声で答えた。
「ええ、少し怠いですけど」
「ではついてきてください。これから屋敷の案内と業務の説明を始めます。スバルくんはもう準備が整っていますので、急ぎましょう」
そう言ってロズワールに礼をし、二人して屋敷に戻る。
廊下を歩きながら考える。この服装で働くのはどうなのだろうか。
さすがにパーカー姿のまま使用人生活スタートというのも味気なく、そもそも貴族の使用人として働くのだからそれ相応の服装をしなければいけないのではないか。
「どうしました?」
「いや、やっぱ、こういう服じゃ仕事はしにくいからそれなりの制服か何かが欲しいかな、と」
「そうですね、服装は大事です。ちょうどいい服が、確かあるはず。二階の使用人控室の……そうですね、西側の部屋の、プレートがかかっていない部屋ならどこでも大丈夫なのでそこで着替えてください。好きなところを自分のお部屋にしてください。そこに制服の替えも置いておきますから」
「了解。んじゃ、そうだな……」
屋敷の二階へ案内され、制服と仮住まいが与えられるに当たり、候補として挙げられた部屋を眺めるシャオン。とはいえ、位置が多少ずれるだけで中身は一緒のはずだ。それならば階段などに近い方が移動に便利だろう。
そう思い適当にドアノブをひねろうとした瞬間。
「……貴方は、何も言わないのですね」
「ん?」
小さな声で発せられたレムの独り言が耳に入った。
まさか聞こえているとは思っていなかったのかレムはシャオンに驚きの表情を向ける。流石にごまかせないと思ったのかこれまた小さな声で話す。
「先ほどスバルくんに、姉さまと区別をつけて、個性をつけたほうがいいといわれまして」
恐らく、スバルは悪気がなく本当に善意で発した言葉だったのだろう。だが、できればもう少し後先を考えて発言をしてほしいものだ。
このままでは共に働く際にわだかまりが残ってしまいそうなので簡単にフォローをすることにする
「んー。俺はさ、正直誰かの真似をして生きても、別にいいんじゃないかと思ってる。それぞれ事情があるわけだしね」
あこがれているからその人の生き方をまねをする。それ自体は悪いことではないと思う。真似していく中で、その当人のほうが優れているところ、劣っているところを自覚できることもあるのだから。
「そう、ですよね」
そういう意味を込めての言葉にレムは少しうれしそうに笑う。これでいくらかはスバルともマシになってくれればいいが。
そう不安に思っていると、廊下の先でエミリアが歩いてくるのが見えた。
「あ、ちょうどいいところにいた……お取込み中だった?」
「いえ、問題はありません。シャオンくん、着替え終わったら教えてください」
そう言ってレムは階段を下りていく。廊下に残されたのはエミリアとシャオンだけだ。
「それで? 何か用だったんじゃ?」
「あ、うん。スバルにはちゃんと伝えたんだけど、シャオンにはまだだったから」
なにかあっただろうか? 頭の中で思い当たる節を探すがピンと来ない。だが、エミリアはそんなシャオンをみて小さく笑みを浮かべた。
「――助けてくれて、ありがとう。お仕事、頑張ってね」
「……どういたしまして」
彼女の笑みを見て、少なくとも損はしていないのかもしれない、と柄にもないことを思ってシャオンは扉を開けた。