「あっだぁ!」
悲鳴とともに新しい傷口を作り上げ、そこから鮮血を吹き出すスバル。
「……はぁ、ここまで使えないとは思っていなかったわ。バルス、上達という言葉を知らないのかしら」
「うぐっ、もう少し慰めの言葉をかけてもいいのでは?」
ラムの毒舌にスバルはうめき声をあげる。しかしラムもレムもかまおうとはしない。流石に可哀想だと思って軽く声をかける。
「指、切断すんなよ?」
「……もしそうなったら治療を頼むわ」
料理でのケガであんな能力を使う羽目になるなんて笑えない冗談なのでやめてほしいが。
そんな会話をしているとシャオンたちとは別の調理をしていたレムがこちらに来ていた。
「……シャオン君は治癒魔法が使えるのですか?」
「ん? ああ、一応ね」
だが、あの能力は治癒魔法、なのだろうか。ロズワールの話では水の魔法が治療魔法に該当するというが。
今度時間があるときでも彼に見てもらおう。彼だったらこの能力が魔法なのか、そしてもし魔法だったら頼めば新たな使い方を教えてもらえるかもしれない。
「手が止まっているわよ」
ラムに注意され慌ててシャオンは作業の続きを再開した。
現在、スバルとシャオン、レムとラムは食堂にいる。理由は簡単、時刻が昼頃に差し掛かっているので四人で昼食の準備をしているのだ。
最も、屋敷の案内が終わり、ラムとスバルの三人で庭園の手入れを終えた後、厨房に入ったときにはレムが大抵の仕事を済ませていたようだったが、仕事を覚えることも兼ね彼女の手伝いをしているのだ。
「姉さま、スバルくん、シャオンくん。準備は大丈夫ですか?
黙々と作業をするラムを見てレムは輝くような笑みを浮かべた。
「流石姉様! 野菜の皮むきをしているだけで見とれてしまうほどです」
「清々しいまでの身内びいき……ここで優しい言葉を一つぐらいかけたら後輩のやる気も上がるかもしれないよ? ちらっ、ちらっ」
わざわざ擬音を出してまで慰めてほしいアピールをするスバルにレムは侮蔑の視線をぶつける。
「そのお野菜を作った畑の持ち主の努力を無駄にしてますね」
「ひどぅい! でも正論だ!」
事実、スバルの前には見るも無残な野菜の残骸が散らばっている。確かに作った人から見ればあまりいい気分はしないだろう。
スバルのあまりの不手際に見てられなくなったのかラムが口を挟んだ。
「バルスはナイフの使い方がなってないのよ」
「それに、力が入りすぎだよ。もっと力抜いていい」
ラムに乗っかり、シャオンもアドバイスをする。
今のスバルの手つきは包丁を持ったことがないことが丸わかりなほど震えており、このままでは勢い余って本当に指まで切断してしまいそうだ。そんなスプラッターな光景は見たくない。
「シャオンは慣れてるな。まさかの弁当系男子だったり?」
「そんなとこだよ、ほらやってみな」
ラムとシャオンのアドバイスを受け再び野菜の皮むきに取り掛かる。すると、
「おお! すげぇ」
今までとは違いなめらかな動作で皮を剥くことができ、喜びの声をあげるスバル。その姿を見れば教えたこちらもうれしくなる。だが、気になることが一つ。
「……あの、流石にそこまで凝視されていると照れるんですが」
スバルも気づいていたようだ。
先ほどから、具体的にはラムがアドバイスをしたあたりからだろうか、姿勢正しく立ちながらレムがスバルのことをじっと見ていたのだ。
「え、そ、その」
声をかけられると思っていなかったのかレムは驚愕の表情を浮かべながらも言葉を紡ごうとする。
「言いたいことがあるんだったら言えばいいよ。悪口でもスバルは多分喜ぶ」
「おう! 隠し事や遠慮されることのほうが正直対処がわからないから困っちゃう!」
無駄に上がったテンションでレムに遠慮はいらないというスバルの言葉を受けても彼女は言い淀んでいる。
「――バルスの格好の無様さが目に付くんでしょう。控えめに見ても、品がなさすぎるもの。頭も、顔も野盗のようなものだわ。特にその髪の毛」
だが彼女が言葉にするよりも前にラムが割り込んだ。その言葉にスバルはうなだれる。
「それは言いすぎだぜ、先輩。それにしても……これ、自前でやっててわりかしうまくできたと思ってたんだけど……」
「使用人としては落第点ね――そうでしょう、レム」
「……はい、そうですね。ほんの少し、わずかに、些細な程度ですがちょっと気になりますね」
「大変気になっているみたいで悪かったですね!」
自信があったはずの自分の仕事を遠まわしながらに否定され軽く凹んでいるようなスバル。そして、ふと思いついたようにシャオンを指さす。
「それを言うんだったらシャオンの長髪はどうなんだよ。衛生面とか最悪じゃない?」
「確かに、あまりいいとは言えないわ。どうせだったら二人ともレムに整えてもらうといいわ」
話の矛先がこちらに向けられる。
この長髪については元いた世界でも散々言われていたことのため、いつか指摘されるかと思っていた。流石に今のタイミングだとは思わなかったが。
「んー、俺はパス」
「なんでよ? 二人でさっぱりしようぜ?」
なれなれしく肩を組んでくるスバルを引き離し、件の髪の毛を触る。
「ちょいと切れない事情があってな」
「……まぁ、メイドの中には長髪で仕事をしているのもいるし、別に強要はしないわ。仕事もちゃんとできているようだし」
「そうだな。よし! アドバイスをもらった俺も後に続くぜ!」
すまなそうな表情から何か事情があると推測したのだろうか、ラムは思ったよりも簡単に折れてくれた。
正直この話題はシャオン的には続けたくはないものなので心の中で感謝の言葉を告げる。
そして意気揚々とアドバイスをもとに野菜の皮むきをしようとするスバル。だが、調子に乗ったからか彼の持つナイフは野菜から外れ、
「――あ」
四者の声が重なり、ざくり、といったような音が厨房に響く。
「ぎゃあ! いってえ!」
「はぁ、油断しているからそうなるのよ」
「……あまり厨房を汚さないでくださいね。姉さま、そろそろ鍋に具材を」
「……はぁ」
「うぅ、エミリアたん。慰めてぇ」
情けない声を上げるスバルを視界から入れないように余っている野菜の皮をむくことにする。思ったよりも余裕がありそうなので治療はしなかった。
◇
一日目の業務が終わり、日も落ちたころ。シャオンは部屋で一日の業務について振り返っていた。
「……思ったよりも疲れたな」
初日に行ったことは庭園の手入れ、調理、掃除洗濯だ。
それだけ見れば普通の家事だがこの屋敷の大きさを考えてみれば結構な仕事量になる。疲労がたまるのも当然だ
だが、一度慣れを作ってしまえば何とかなりそうだ。使用人は自分一人ではない。幸いにも熟練の先輩が二人もいるのだ。わからないことがあれば素直に教えてもらえばいいだろうし。
そうしてやる気を出していると扉がノックされた。
「シャオン、今入ってもいいかしら」
「ん? ああ、今開けるよ」
扉を開けるとそこには分厚い本を数冊両手で抱え持つラムがいた。そのままでは大変だろうと急いで受け取る。
「どうしたよ?」
「用件は簡単、ロズワール様から魔法の勉強の面倒を見るよう言われたの」
なるほど、確かにロズワールからは魔法は実技しか教わっていない。だが、勿論魔法にはこのような知識も大切なのだろう。
そしてそのサポートにラムが選ばれたという訳だ。
「悪いな、ラム嬢も疲れているのに」
「ええ、でもレムがいるから」
「……姉としてその台詞はどうなんだよ」
事実、今日の仕事ぶりをみてレムの仕事の出来はラムをはるかに凌駕していた。しかしそれを当人が認めるのはどうなのだ。姉のプライドはないのだろうかと疑問に思う。
「基本的な魔法についての本はここに置いておくからわからないことがあったら訊きなさい……どうしたの?」
「……字が、読めません」
その言葉に口を開けて驚き、少しあとにため息を吐かれた。
「……バルスよりは少しはできると思っていたのに、期待外れね」
「ははは、ぐうの音も出ない」
半目でにらまれ、乾いた笑いで答えることしかできなかった。
一応、正直に事情を話そうかとも考えた。だが、”異世界から来たからこの世界の言葉がわからないのは仕方がない”。
そんなことを言ってみたらどんな目で見られるのか。下手をすれば頭のおかしい人間として見られてしまうかもしれない。
ただでさえ怪しい存在なのにこれ以上心象を下げる必要もないと思い黙ってることにした。
「まったく、予定変更よ」
ラムは文句を言いながら分厚い本ではなく、一緒に持ってきていたらしい薄い子供向けの本のようなものをシャオンの前に広げる。やはり、ミミズが這ったような文字が広がっているだけで一文字も読めそうにない。
「まずは簡単なイ文字から初めて、そこからロ文字にハ文字と進めていきましょう。魔法の勉強はその後から」
「……宜しくお願いします」
改めて言語の大切さ、難しさを実感しながら初日の夜は過ぎていった。
◇
ロズワール邸で働き始めて五日目に入ったころ。
今、シャオンは屋敷近くの村までラムの買い物に付き合っている。だが彼女は買い物ついでに村の見回りをするといってシャオンとは別行動中だ。
なので今は一人で何の気もなしに村を歩き回っているところだ。
一応村の見回りという仕事ではがあるが、この村には危険なことや不審な人物などそうそういるものではなく、ただのんびりと散歩をしているものに等しい。
そんな中、
「あ! ちょうどいいところにいたっ!」
響くような声がシャオンにかけられる。
振り返ると金髪を小さく揺らしながらこちらに駆け寄ってくる少女がいた。
肩にかからない程度の長さの髪型はレムやラムと同じようにショートボブと言えるものだ。ただ、彼女らと違って目の前の少女は元気がよく、健康的なイメージを与えてくる。服装もそのイメージと合うようにカジュアルなものだ。
他には、おしゃれなのかマフラーのようなものを首に巻いている。それだけ見れば普通の少女だ。
だが、両手首にはめられたガントレット、それが少女の身にはどう見ても合わないような厳つさを醸し出し、異質なものとしている。
正直に言うと、怪しい。
「ふぅ、領主様の関係者っすよね? 貴方」
「……そうですが、どちらさま?」
だが、頭ごなしに追い返すのはどうかと思ってとりあえずは話を聞いてみることにする。
とりあえずは話を聞いてもらえることがわかったからか、若葉色の瞳を宝石のように輝かせている。
「ああ、アタシはこういう……あれ」
ポケットに手を突っ込み何かを探しているようだ。
その焦っている少女めがけ村の子供たちが遠くからこちらに駆け寄り、飛び乗ってきた。
「おねぇちゃんどうしたの?」
「あせってるあせってる」
「わーお姉さん髪の毛サラサラ」
心配するもの、からかうもの、髪の毛をいじって遊ぶもの。子供たちが彼女の背中に乗りながら多種多様な行動をする中それを気にせずに何かを探し続ける少女。器用なことに大勢の子供が乗っても体勢を崩さないでいる。
だが積み重なっていく子供をもろともせずに立っているその姿は不審者そのものだ。
「よし、行こう」
彼女には悪いが、何も見なかったことにして足をラムの待っている方向に向ける。やはり、積極的に問題ごとにかかわろうとするとろくなことにならないらしい。
改めてそれを体験できたことは今回の一件で得られた唯一の利益かもしれない。
「すいません! お願いします! 話を聞いてくださいっ!」
「ちょっ!」
シャオンが逃げようとしているのに気づき、わざわざ丁寧に子供たちをすべて降ろし、こちらに駆け寄り涙を流しながらシャオンに組み付く少女。
それだけでも問題がある光景なのにさらにその問題を悪化させているのは少女の組み付いた位置にある。
「頼むっす! お願いっす!」
力強く引っ張っているのはシャオンの腰回りだ。つまり、ズボンの位置に値する。
「やめ、ズボンが!」
彼女の力はその見た目から想像できるものよりも強く、ベルトが緩んでいき、パンツが見えそうになる。こんな公衆の場でそんな恥はさらしたくない。しっかりとズボンをつかむ。
「頼みますよぉー!」
「何を騒いでいるの――」
騒ぎを聞きつけたラムがこちらに向かってくる、そして、
「……流石に野外でそういうことをするのはどうかと、ラムは思うわ」
冷たい声と視線を置き土産として去っていく。
「まって、話を聞いて!」
数秒の硬直の後、この事態の弁明を始めるために追いかけることにした。
◇
あの後、話を聞かない少女の頭に拳骨を入れ離れさせた。ラムに対する弁解は一応はうまくいった。それでも評価は下がったようだが。
「うぅ、痛いっす」
「俺も心が痛いよ。ついでにこれから一緒に働くことになるだろう同僚からの視線も痛い」
頭を押さえる少女に文句を言いつつにらむ。
ただでさえ文字の読み書きができないこと、そもそもが怪しさ抜群なのに評価を下げてしまった。これ以上の失態はそろそろ役立たずとみなされても仕方がない。
「それで? 話って?」
イラつきを隠さずに問い詰める。すると少女は一度息を吸い、叫んだ。
「アタシを、雇ってくださいっす!」
予想外の用件にラムとシャオンは目を数回瞬きする。
「あー、どうしますよ?」
「正直、ラムは反対だわ。怪しすぎるもの」
流石に対応がわからず、先輩であるラムに助言を頼む。しかし彼女は眉間にしわを寄せ、少女の要求に反対のようだ。
それはそうだ。見ず知らずの、しかも彼女はシャオンたちとは違ってエミリアの恩人でもない。つまり一切の関係がない人物からの雇用要請だ。怪しまないわけがない。
「働きたい理由は?」
「……えっと、資金稼ぎっすね」
とにかく志願理由を尋ねなければ始まらない。
そう思ってのシャオンの問いかけに答えた少女の表情はどうみても隠し事をしている、といったように影があった。
「はぁ……まずは詳しく、聞かせてもらいたい。という訳でラム嬢、ロズワールさんは今お時間いいか」
「……現在は、特に忙しいお仕事はないはずだわ」
「よし、ついてこい。詳しく話を聞こう」
そこで気づく。少女の名前をまだ聞いていなかったことに。万が一にでもこれから共に働く可能性があるならば早めに名前を覚えておいたほうがいい。
「お前、名前は?」
「あ!自己紹介を遅れましたっす! アナスタシア・ホーシン様の友人、アリシア・パトロスと申します。アリシア、もしくはアリィと呼んでください」
目の前の少女は敬礼をしながらそう名乗った。
もしもオリキャラの見た目がイメージつかなければご連絡を。
作者の拙い絵ではありますがイメージ画を描いて活動報告に載せますので。