Re:ゼロから寄り添う異世界生活   作:ウィキッド

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そしてまた、始まる

 アリシアと名乗った少女は先ほどまでと変わらない笑顔を振りまいている。しかし、こちらにいる彼女はそうではなかった。

 

「……ホーシン商会のアナスタシア?」

「ラム嬢、どうした?」

 

 ラムの表情が険しく、というよりも焦りの表情に変わる。その変化からはただ事ではないものを感じ小さな声で尋ねる。

 

「シャオン、彼女を連れていくのは薦めないわ」

「……なんで?」

 

 彼女はただ怪しいからという理由で彼女を屋敷に招くことを拒否しているようではない。なにかもっと重大な理由がありそうだった。

 それを示すかのようにアリシアに聞こえないような声のままシャオンに理由を話した。

 

「彼女、アナスタシア・ホーシンの関係者だといったわ」

「それが?」

 

 生憎とこちらは別世界から来た人間なのだ、たとえこちらの世界で有名な人物だったとしても知りようがない。 だがその事情を知らないラムは険しい表情の中にわずかな呆れを混じらせながらも言葉を続ける。

 

「――アナスタシア・ホーシンは王選の候補者よ。エミリア様とは違う」

 

 その告白に喉が張り付いたような錯覚を起こした。 

 王選の候補者、その関係者。つまり、目の前にいる少女はエミリアと敵対するほかの候補者の回し者、ということだろうか。

 先ほどまでも怪しい人物ではあったがこの事実だけでさらにその怪しさが増す。いや、怪しさだけではなく脅威度も上がったといえる。

 背中にいやな汗がたらり、と流れる。

 

「ラムとしては人目のつかないところでそれなりの対処をしたほうがいいと思うわ」

「対処、例えば?」

 

 シャオンの質問に答えず、ラムはアリシアに歩み寄る。

 

「……ねぇ、貴方。資金が必要だといったわね」

「はいっす!」

「今、雇うことはとある事情でできない。でもせっかく訪ねてきたのだからそれなりの資金を渡すわ」

「え、あー。できれば安定した働き口が欲しいんすよ」

 

 ラムの言葉に渋るアリシア。やはり、ただ単純に金目的で雇われたいわけではないようだ。

 その後も互いに譲歩をしながらも両者とも要求を受け入れる気配がない。

 

「ラム嬢、それ以上は平行線だろう。それに、君も資金稼ぎだけが理由じゃないんだろう?」

 

 返事はない。だが、声を出さなくてもその表情からは肯定しているのがわかった。

 

「だったらいま領主様、ロズワールさんに会って、君が直接頼み込んでくれ。このことは俺たち、使用人の立場からだけじゃ決められない」

 

 その言葉にラムが目を吊り上げる。

 

「シャオン。わかってるの?」

「勿論。でも、このまま放っておくわけにはいかないんじゃないか」

「……たぶらかされた、なんていわないわよね」

 

 なにか考えがあってのことだと判断したのかシャオンの言葉を切って捨てるような真似はされなかった。

 確かにアリシアの見た目はかわいいといえるかもしれない。だが、そんな理由で危険人物を入れるなんて、笑えない。

 

「確かに王都の件でエミリア嬢が狙われているのもわかるし、食事のときにも話していたけどから部外者を雇うのはあまり良くないことだというのもわかる。それに加えて、彼女はエミリアとは別の王選候補者の関係者だ怪しい要素100%だ」

 

 だからこそ、と言葉を繋げる。

 

「一番頭がよく、立場もあるロズワールさんに相談したほうがいい。雇わないにしてもそのまま放置しておくほうが、監視下に置かないでいるのが一番危険だと思う」

 

 もしも目の前で心配そうにこちらを眺めている少女がエミリアを蹴落とすために送り込まれた、候補者からの刺客だったとしたら何か行動を起こすはずだ。それだったらこちらが彼女の動向を把握しておくことが安全だと思う。

 逆に、彼女の様子がわからなければいつか屋敷に火をかけることなど大掛かりなことをする可能性がある。そうなれば対処は困難になるし、下手をすればその騒ぎに生じてエミリアの命が狙われるかもしれない。

 

「……危害が及ぶなら容赦なく処分するわ」

「もちろん」

 

 シャオンの言葉に一理あると考えたのか、渋々ながらも提案を受け入れるラム。

 アリシアがこちらに害ある存在だったのならばシャオンも容赦はしない。全力を持って排除するだろう。

 

「という訳で、一応話は聞いてみる。ただし、失礼のないようにな。あまりにもひどいと首を飛ばされても文句は言えないから。あと、ちゃんと本当の理由を話すこと」

「百も承知っす! ほらなにしてるっすか! 早くいきましょ!」

「……はぁ」

 アリシアは少なくとも話を聞いてもらえることがわかり、太陽のような笑みを浮かべる。その屈託のない笑みにさすがのラムも毒気が抜けたようだった。

 

「調子がいいわね……きゃっ」

「遅いっすよ! ほらいきましょう!」

 

 アリシアはゆっくりと歩きだそうとしたラムの手を掴み、屋敷に向かって全速力で走っていく。

 その様子は犬に無理やり引っ張られる飼い主のようで微笑ましい。それによくよく見れば外はねが犬耳のようにも見えなくない。

 

「大丈夫そうだけどねぇ」

 

 走っていく二人の後をゆっくりとした歩調でシャオンは追いかけた。

 

 

「失礼します、ロズワール様」

「おーやぁ? どうしたんだい」

 

 ロズワールがいるであろう執務室の扉を開けると彼は読んでいた書物を閉じ、こちらに目線を向ける。

 入室してきたラム、シャオンに目を向け、そして初対面であろうアリシアの姿を目にすると目を細めた。

 

「少し、聞いてもらいたい話がありまして」

 

 シャオンが最低限必要な情報を吟味し、事情を掻い摘んで話す。

 

「ふぅむ」

 

 事情を聴いたロズワールの表情は明るくない。

 それもそうだ。素性不明の不審者を二人も抱えているのにさらにもう一人追加するのだ。いい顔はしないに決まっている。

 少しの沈黙の後、ロズワールはゆっくりと口を開いた。

 

「アリシア、といったね」

「ひゃ、ひゃい!」

 

 裏返った声で返事をしてしまい、アリシアの顔が真っ赤に染まる。

 

「そんなに緊張することはないよ。少なくともちゃんと目をそらさずにしっかりと会話できている時点で、話す価値はある」

 

 その様子を微笑ましく眺めるロズワール。だが、その奥にある瞳は見定めるような選定者の瞳だ。その瞳が優しく、舐めるように彼女に絡められる。

 

「君は本当の理由をまだ話していない、ね。それを聞かなければこちらとしても判断はできない」

「……アタシはホーシン商会の人間です」

 

 ロズワールの言葉に罪人が罪を告白するかのように、ゆっくりと言葉は紡がれていく。

 

「親父は……父は鉄の牙の団長補佐をしています」

「”竜砕きのパトロス”の逸話は有名だからねぇ。耳にしているよ」

「そうなの?」

 

 近くにいるラムに小声で尋ねる。

 

「……パトロス家はアストレア家と同じような貴族よ」

 

 ――アストレア。

 それは確か、ラインハルトの家名だ。そして彼もそれなりの地位についていたはず。ならば彼女の、パトロスという家名もかなりの立場にあるはずだ。

 だが、それならなおさら仕事を探しに来た意味が分からなくなる。そんな立場ならわざわざ働かなくてもそれなりの資金は勝手に入ってくるはずだ。

 

「そのご息女がこんな場所にいったいどのようなご用件で?」

「……あたしの夢は、立派な、力なき者を守れる騎士になることです。しかし、父はあたしが騎士になることを反対しました」

 

 力強く拳を握りしめながらも彼女の話は続いていく。

 

「それでも、あきらめたくなくてお嬢に相談したんです。そしたら父がアタシを反対する理由は心配だからじゃないか、と言われまして。だからあたしは、もう一人でも立派に生きていける。もう守られてばかりの小娘じゃないって伝えたいんです」

 

 強い意志が込められた声にロズワールは数舜ほど黙り、そしてまた口を開いた。

 

「君のその気持ちは十分に分かった。しーぃかし、それがなぜ雇われたいと望むのかがいまいち繋がらないんだーぁがね?」

「幸いにもお嬢は同意してくれました。それに父の説得も手伝ってくださいました。”一人で旅に出て、自分の力で働き、稼ぎ、多くの人を救え”これが父がアタシにだした、一人前と認めるための条件です。こんな大きなお屋敷だとそれができそうだから」

 

 そして思い出したかのように懐に手を入れ何かを取り出した。

 

「あ、一番最初に出すべきでしたが……これがその封書です」

 

 懐から取り出した手紙をロズワールは魔法を使って引き寄せ、椅子に座ったまま中身を読み始める。

 

「……うん、どうやら本物のようだ。しかしまだ気になることがある」

 

 封書の中身が本物とわかったからか、先ほどよりもロズワールの眼光が今までよりも鋭く、冷たい色を宿す。

 

「――どうして、君はわざわざ私の屋敷に、アナスタシア様とは別の王選候補者がいるこの屋敷を働く場所として選んだんだーぁい?」

 

 その問いかけは嘘を吐く、などという逃げを潰すような圧力を持っていた。もしも嘘をついてしまえばその場で殺されてしまうような、そんな脅迫じみた問いかけのようにも感じた。だが――

 

「――はい?」

 

 その雰囲気に罅を入れるような抜けた声がアリシアから発せられた。

 

「えーっと、それはどういう意味ですか? 私がここを働く場所として選んだのは給料の羽振りがよさそうなのと、私なりの勘でしたからっすよ? あとさっきもおっしゃいましたが父の出した課題を達成できそうだった……から……あの、すいません」

 

 質問の意味がわからず、だんだんと言葉が小さくなっていくアリシア。終いには謝罪までしてしまっていた。

 

「おーやぁ? これはもしかしーぃて?」

 

 その姿にロズワールが笑いをかみ殺し、

 

「もしかすると」

 

 ラムが半目で疲れた声でつぶやき、

 

「知らないで来たのかよ」

 

 シャオンが驚きの声を上げた。

 

「え、え?」

「さーて、どうしたものかーぁね。正直、疑う要素が多すぎて逆に怪しくなさそうにも思えてきたよ」

 

――推理小説で言う怪しすぎる奴は犯人じゃない。みたいなものだろうか?

 そんなことを考えながらもロズワールが彼女をこの屋敷に迎え入れることにそこまで否定的でないことに気付く。いや、そもそも否定的だったのなら事情も聞かずに断っていたはずだ。

 なので、もうひと押しをすることにする。

 

「三つ目の褒美を使います」

「――シャオン」

「どうです? 王都での件、早めに帳消しにしておいたほうがいいのでは?」

 

 ラムの咎める声を無視しロズワールに要求を持ちかける。

 

「確かにそうだね。でもなぜ、そこまで彼女に肩入れするんだーぁい?。惚れでもしたのかーぁい?」

「えっ? そんなこと急に言われてもぉ……まずは友達から――「それはないから安心を」バッサリは酷くないっすか!?」

 

 こちらをからかうように笑うロズワールと照れたように頬を染めるアリシアの両者を切り捨て断言する。

 

「別に、どうせ使わないで腐らせるよりは誰かの役に立てればいいかな、と思いまして。それに今はレム嬢に屋敷を任せっきりだ。人手は多いほうがいいと思いますが」

 

 シャオンの言葉は筋が通っている。人手を増やすメリットが彼女を入れるデメリットを上回ることができれば、の話だが。

 もしもデメリットのほうが大きければこの交渉は不成立。悪いが彼女には別の働き先に行ってもらうことになる。その際には二度とこの領地に近づかせられなくなるという条件が付くが命を奪われるよりはましだろう。

 

「……何かあったら責任はとれるのか―ぁい?」

「その時はどうぞ、煮るなり焼くなり。ただし、スバルは巻き込まないでください」

 

 その言葉が最後の一押しになったのかロズワールは参ったとでも言いたそうに両手を上げる。

 

「……仕方ない、雇おう。でーぇも、条件を付けよーぉう」

 

 両手の指を一本たて、シャオンとアリシア二人に突きつける。

 

「彼女を雇うならしばらくは、そうだーぁね。彼女の信用がはっきりとするまでは君が監視すること、それに彼女もレムやラムの仕事を負担してもらうこと。あとはーぁ君の給料は彼女と折半という条件。もしも侵入者だとしたら新たにわざわざ給料を支払うなんて真似はしたくはないかーらね」

「呑みます」

「では、君も今はこの屋敷の使用人の一人だ。ラム、頼んだよ」

「……まずは給仕服を見立てないとね。ついてきなさい」

「え? え?」

 

 ただ一人、流れるように過ぎていった状況に思考が追い付つかずアリシアはきょろきょろと困惑の表情を浮かべていた。

 

 

「さて、どういうことでしょうか。シャオンさん」

「なんだよスバルその顔」

 

 にやにやとした表情でシャオンを中心に回るスバル。なんといえばいいだろうか、男子小学生がからかっているような感じだ。

 現在、シャオンとスバルはアリシアが着替えるのを部屋の前で待っている。ラムはその手伝いをしているので今は野郎二人だけだ。

 

「いやいや、旦那も隅に置けませんねぇ」

「はぁ、言っておくがそういうのじゃないからな」

 

 つまりスバルが言いたいことはシャオンがアリシアに惚れたから彼女を雇う手助けをしたと思っているようだ。

 生憎とそれほどまで飢えている人間ではない。もっと純粋な理由だ。

 

「待たせたっす!」

 

 そう説明をしようとすると、大声と共に扉が開かれる。そこに現れたのは、

 

「どじゃぁ~ん! どうっすか!」

 

 腰に手を当てこちらに対してドヤ顔を見せつけるアリシア。

 ラムたちと同じ独特な給仕服に、身を包む彼女はさわやかな新人メイド、といったような評価が下されるような雰囲気を醸し出していた……相変わらずガントレットの装備付きだが。

 

「おぉ!」

「うん、似合ってる」

「そ、そんなに誉めないでくださいっすよ」

 

 二人して素直な感想を告げ褒める。すると頭をかきながら目線を逸らした。案外ほめなれていないのかもしれない。

 

「それじゃあ屋敷の案内はシャオンに任せるとして、あとは今日の業務を……」

 

 ラムの、言葉が止まる。

 

「……うかつだったわ」

「どうしたん? ラムちー」

 

 ラムはスバルの独特な呼び名に青筋を立てながらも事情を話す。

 

「買い忘れがあったのよ。レムは夕食の支度で手が離せないし、ラムも用事があるから買い直しに行けないわ。ああ、困った」

 

 チラチラとこちらに視線を向けるラム。それは仕事を代わりにやってほしいと遠まわしに伝えているのだろう。

それをスバルも察したのかため息をつきながら了承した。

 

「……じゃあ新人三人組で行きますよ」

「物分かりがいいのね」

「ちょうどいいっすね! 渡したいものがあったし」

「渡したいもの?」

 

 アリシアのその言葉にラムの眉がピクリと動く。

 

「もしも妙なものだったらバルス、あなたが毒味をするのよ。そうすれば誰も犠牲が出なくて済むわ」

「俺が犠牲になっているんですがそれは!?」

「少なすぎる犠牲は犠牲とは言わないのよバルス」

 

 売り言葉に買い言葉。

 言い合いはヒートアップしていくが、どちらも表情にいやなものはない。

 

「仲いいっすね」

「そうだなー」

 

 蚊帳の外の二人はそんな、まるでじゃれあいのような様子を、収まるまでの少しの間離れた場所で眺めていた。

 

 

 屋敷の外は赤い夕陽が村を照らし始めていた。幸いにもラムが買い忘れたものはすくなく、完全に暗くなる前には戻れそうだ。

 

「そういえばちゃんとした自己紹介してなかったな」

「確かにそうっすね、アタシの名前はアリシアっす。バルスさん」

「スバル!ナツキ・ス・バ・ル! 俺の名前はそんな目を潰すような呪文じゃないから!」

「あ、そうなんすかラムちゃんが呼んでいたからそんな名前かと」

 

 自身の顔を指して名乗るスバル。その言葉にアリシアは頭をかきながら笑う。

 

「それにしても勇気あるよな」

「なにがっすか?」

「いやだってお前、エミリアたんとは違うところの王選陣営なんだろ? いわば敵地に単独で乗り込むスパイみたいじゃん」

「スパイ?」

 

 スバルの言葉に首をかしげるアリシア。恐らく”スパイ”という言葉がこの世界にはないのかもしれない。

 

「間者のことだよ。スバル、こいつエミリア嬢が王選候補者だということも、ここにいることすら知らなかったんだよ」

「……馬鹿じゃね?」

「うぐっ」

 

 アリシアは図星を指されたのかうめき声と共に反論できないでいる。

 

「あ、ちょっと待ってるっす」

 

 村に入ろうとする直前、アリシアが近くの林に入り込んで行ってしまった。かと思うと数十秒も経たずに荷車を引きながら戻ってきた。

 

「これを雇われ先の人に渡そうかと」

「これは?」

「レモムっていう果物っすよ」

「いや、知っているよ。いや、正確には違う果物なんだろうけど。いや、それより多くね?」

 

 元いた世界で言う、レモンがあった。荷車いっぱいに積み上げられて。

 その量に圧倒されているとアリシアが事情を説明し始める。

 

「お嬢にお金が無くなったらこれを売ってなんとしろって言われて。熟しているこのレモムは高く売れるんすよ」

「へー」

 

 スバルは好奇心から一つレモムをつかみ取ってみる。

 

「あ、そんなに強く握ると」

 

 アリシアの忠告はすでに遅く、スバルの指は黄色い果実のその皮を突き破り、中から透明な液体を吹き出させ、周囲に柑橘類の独特な香りが漂い始めさせた。

 

「――痛って!」

「スバル?」

 

 急に痛みを訴えたスバルを心配すると彼は心配はいらないとでも言いたそうに、笑みを浮かべてこちらに手を向けた。

 

「ああ、いや朝レムと買い出しに来たときに犬にかまれちまってその傷にこの果汁が染みて」

「うわぁ……それは痛いっすね」

 

 手を振って痛みを紛らわせているスバルにアリシアは同情の目を向ける。

 

「治そうか?」

「――いや、この傷は俺の努力の勲章だから」

 

 少し考えた後に申し出を断ったスバル。それは強がりでも、遠慮でもなく、ただ本当に努力の証だと思っているような。そんな輝かしい表情だった。

 

「――そっか」

「なに笑ってんだよ」

「別に?」

 

 口に出せばからかわれるので絶対に言わない――成長していっていることがわかってうれしく思っているなんて。

 

 現在シャオンとアリシアは同じ部屋にいる。ロズワールに監視を命じられたのでできるだけ一緒にいるようにとも命じられていたのだ。

 

「いやぁ、本当に悪いっすね!」

「だったらもっと申し訳なさそうにしてくれよ」

「それにしてもまさか本当にほかの候補者の方の屋敷とは……」

 

 あの後、エミリアと対面を果たし、アナスタシアとは違う候補者ということを告げた。

 しかし思っていたよりも動揺は少なく、ただ単純にこれからお世話になる旨を伝えただけで終わった。色々と考えていたこちらの苦悩は無駄となったのだ。

 

「そういえば……騎士を目指すって言ってたけど、剣は?」

 

 ふと、彼女が騎士の代名詞ともいえる剣を所持していないことに気付いた。すると彼女は悩みながらも口を開いた。

「あー、諸事情で剣は持ってないんすよ」

 

 ぽりぽりと頬を照れ隠しにかくアリシア。だがその照れを吹き飛ばすかのように勢いよくこぶしを突き上げる。

 

「だから、この拳! この拳こそが剣の代わりっす! あ、疑っているっすね? これでも獣人傭兵団”鉄の牙”の団長に膝をつかせたこともあるんすから!」

「いや、悪い。ロズワールさんとの話でも出てたけど、その鉄の牙って知らない」

「まじっすか……意外と有名じゃないのかなぁ」

 

 予想よりも知名度が低かったことに項垂れるアリシア。自慢の話を潰してしまったようでなんとなく申し訳ない気持ちになる。

 そんな気持ちを抱きながら、明日着る服を用意しているとアリシアが再び口を開いた。

 

「――なんで、見ず知らずのアタシにここまでしてくれるの?」

「ん?」

 

 今までとは違い、声色が真剣なものになり、語尾も真面目になる。

 

「さっきスバルにも言われたけど 正直、断られると思ってたのに。わざわざ、その褒美とやらを使ってまで交渉してくれて」

 

 振り返るとベットの上でこちらを見つめている彼女の姿があった。まるで、正直に答えてくれるまで動かないとでも言いたそうに。

 仕方ないので観念して話を始めた。

 

「……俺さ、努力している人間が好きなんだよ」

「え?」

「ある目標に向かって、自身の力を全力で使って向かって進んでいって。足りないところは学んで、補って、また歩み続ける」

 

 彼女は何も言わないでシャオンの話を聞いている。ただそれは理解できないのではなく、聞き入っているようだった。

 

「そうすることで、できないと思ったようなこともできるようになる。それって、とっても素晴らしいことだと思うんだよね。それに俺も父さんに――」

「シャオン?」

「いや、なんでもない。以上が理由だ」

「そうっすか。なんか、照れるっすね……ああもう! この話はやめにするっす!」

「お前から話したんだろーが」

「知らないっす! ほらもう寝るっす! あー、アタシが床のほうがいいっすよね?」

「いーや別に? 俺は床で寝るから、お前さんはベットで寝なよ」

「それならお言葉に甘えるっす!」

 

 遠慮のしない素直さに苦笑いをしながらも寝支度を整えていく。

 

「……寂しかったら一緒に寝てもいいっすよ?」

 

 彼女はベットに一人分のスペースを開けてこちらに手招く。その表情はからかい気味ににやついており、ふざけているのが丸わかりだった。

 

「ほざけ、ちんちくりん」

「ぶーぶー。いいすっよ、じゃあ」

 

 その軽口と共にアリシアは毛布にくるまって姿を消す。それを見てランプの明かりも消す。

 規則正しい寝息が聞こえ始めたころ、シャオンはなるべく音を立てずに入り口の扉前に腰を下ろす。

 そして、ゆっくりと瞼を下した。

 

 

「あの啖呵から五日――いや、四日と半日か。そろそろ見えてくるものもある頃じゃぁないかね?」

 

 耳元で囁かれ、桃色の髪を大人しく撫でられるのはラムだ。部屋にいるのはロズワールとラムの二人だけで、彼女にとって半身とも呼べる双子の妹の姿はそこにはない。

 

「そうですね……バルスは全然ダメです」

 その教育担当の明確なダメ出しに、ロズワールはきょとんとした顔をして、直後に吹き出しながら破顔した。

 

「あはぁ、そうかい、全然ダメかい。まさか、全然とは」

「料理も、掃除も、さらには文字の読み書きすらまともにできていません。正直、業務の負担になっています」

 

 その言葉尻から滲み出る毒舌に小さく笑い声をあげながらも話を続ける。

 

「シャオン君は、どうだーぁい?」

「彼は……正直、不気味です」

 

 言いにくそうに告げた言葉にロズワールは意味が分からないといったように首を傾げた。それと同時に彼女がこんな評価を他人に下すなど珍しいとも思いながら。

 

「不気味? それはそれは妙な評価だ」

「バルスとは違ってシャオンは物覚えが良すぎました。一を教えたら十を覚える、なんてものではありません。皿の場所や調理器具の保管場所はもちろん、驚くことに買い出しに出た際に寄っただけで村の住民の顔と名前、家の配置など覚えてました」

 

「確かに彼は魔法の覚えも常人より早い。単なる才能かとも思っていたーぁけど、”加護持ち”ということも考えたほーぉがいいかもね」

 

 彼は初日では風魔法を発動させるのがやっとだったのに今ではほかの属性も含めてある程度使いこなせるようになっていた。現在の問題点としては消費するマナの調節ぐらいだろうか。その成長速度は異常ともいえるかもしれない。

 

「ラムも、その線を考えて遠まわしに聞きましたが本人は知らないようでした」

「ありえなくはないことだからーぁね」

 

 基本的に加護を有する人間は生まれた時にその存在を知っているものが多い。だが、中には後天的に目覚めたものなどもおり、加護を持っていることになかなか気付かない人間もいる。

 あの糸目の少年がそうなのかはわからないが可能性としては考慮してもいいかもしれない。

 

「さて、本題に入ろう――彼らが間者の可能性は?」

「完全に否定はできませんが……正直、ないかと」

「その心は?」

「良くも悪くも目立ちすぎです」

 

 ラムは嘆息しながらも報告を続ける。

 

「バルスの行動もそうですが中でもシャオンの、アリシアという不穏因子を屋敷に入れるなんて行為。まるで疑ってみろと訴えているのと同意です」

「本当に善意の第三者、か。まったく恩人を疑う羽目になるとは嫌なことだーぁよ……おーぉやぁ?」

 

 ちらり、と視線を窓の外に移す。

 執務室の窓から見下ろせるのは、屋敷の敷地内にある庭園だ。少し背の高い柵と木々に囲まれたその場所は、外から見えない代わりに屋敷の窓からは非常によく見渡せた。

 その月明かりを盛大に受ける庭園の端、そこに銀髪の少女と黒髪の少年が談笑している姿がある。

 一方的に話しかけているのは依然、少年の方のようだが、それに対する少女の表情は決して不快げな方向へは傾かないでいる。

 

「私の立場としては、邪魔するべきなんだろうけどねぇ」

 

 黄色の瞳だけで庭を見下ろし、ロズワールはそうこぼす。それに、

 

「どちらも子どもですから、放っておいても何も起きませんよ」

「それは言えてる」

 

 かすかな笑声が執務室で重なり、少年と少女の逢瀬を見下ろしていた窓の幕が引かれる。

 ――まるでその幕のなかで行われていることは、月にすら見せたくないとでも言いたいように。

 

「ん」

 寝返りを打った時に感じた柔らかい感触に、ぼやけていた思考が明白なものに切り替わった。

――起きた場所が扉の前じゃない、移動している。

 その事実に焦りながら飛び起きる。

 

「お目覚めですか? ”お客様”」

「大丈夫かしら”お客様”」 

 

 目の前、ベットの前にはラムとレムが立っていた。屋敷に来た初日のように(・・・・・・・・・・・)冷たい目線でこちらを刺しながら。

 

「あー、と?」

 

 動揺をなるべくあらわにしない様に気を付けながらも二人に訊ねる。

 

「……俺の名前、わかる?」

 

 半ば確信しているが、杞憂であってほしいという気持ちからか、確認する。

 

「すみませんお客様、記憶にございません」

「すみませんお客様、ご存じありませんわ」

 

 首をかしげる様子の二人の姿に疑念が確信へと変わる。そして、ため息をつく。

 

「――ほんっと、異世界って危険なんだな」

 

 世界が巻き戻った――つまりは、また、死んだのだ。この世界で、この屋敷で。

 




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