Re:ゼロから寄り添う異世界生活   作:ウィキッド

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幕間です。時系列はシャオンがハートキャッチされた後です。
僅かに四章のネタバレありですのでご注意を。


蛇足 司書の見た夢

「ベアトリス様!」

「……どうやって扉渡りを潜り抜けたのかしら」

 

 禁書庫の沈黙を破ったのは一度扉渡りを抜けてきたナツキスバルという目つきの悪い男ではなく、屋敷で働いている桃髪のメイドだった。

 

「お客様が!」

「――どうしたのかしら」

 

 その声と剣幕にただ事ではないと知り、詳しく話すように促す。

 だが、正直説明されても意味が分からなかった。ただ、わかることは――ヒナヅキシャオンが体に穴をあけ、死にかけているいうことだった。

 

「現在はレムが治療を続けていますが、一向に治る気配が……」

「邪魔かしら」

 

 治療を続ける青髪のメイドにどくように指示し、目の前の男を見る。

 屋敷に運ばれてきたときにも思ったが、胡散臭い顔。黒い長髪を後ろで一纏めしているその姿はまるで女性だ。

 以前見た時と違うのはその服が赤い血で染まっていることだろうか。

 治療魔術を施そうと手をかざす。だが、その動作でもうベアトリスにはわかってしまった。

 

「もう、遅いのよ」

 

 治療をやめ、シャオンの開ききった黒い瞳を隠すように、瞼を閉じさせる。

 その際に触れた彼の温度は酷く冷たく、酷く無機質なもので、

 

「……魂が、すでに離れてるかしら」

 

 手遅れだということを改めて伝えてきた。

 

「そう、ですか。ありがとうございました。……ラムは、ロズワール様に報告に向かいます」

 

 ベアトリスの診断結果にわずかに悲し気に表情を変え、それでもしっかりと礼を告げる。

 

「レム、このことは今はまだ、もう一人のお客様にお伝えしない様に」

「――はい」

 

 桃髪のメイドがそう忠告し、部屋を退出。青髪のメイドが感情の読み取れない声で応え、続くように部屋を出ていく。

 残されたのはベアトリスとシャオンという人間の遺体のみ。

 

「――っ」 

 

 ベアトリスはその遺体を数秒見つめ、逃げるように部屋の扉を禁書庫につなげた。

 

 

 ――これは、夢だ。

 ベアトリスはそのことにすぐに気付くことができた。なぜなら今、自分のいる場所は――聖域だからだ。

 彼女はその聖域の、外に用意されたテーブルに腰を下ろしていた。

 テーブルの上には湯気が立っている紅茶と、色とりどりのお茶菓子。そして、向かい側の椅子にいるのは――

 

『ベアトリス、君はなんでそんな不機嫌そうにしているのかな?』

 

 笑顔でベアトリスに話しかけてくるのは白髪の男だ。

 長く伸ばした髪を二つ結びにし、黒い服を纏った彼の名前はシャオン。

 ベアトリスの大切な、母親でもあるエキドナの”弟子”だ。

 そして、ベアトリスの口は勝手に開き、あの時と同じ言葉を紡いでいく。夢なのだから自分の好きにしてほしいのに。

 

『……ベティーは優しいから教えるのよ。不機嫌の原因が目の前にいるからなのよ』

『それはそうかもしれないね。僕は君に嫌われているようだし』

 

 嫌われている自覚があるのに、なぜ目の前の男は笑顔なのだろう。

 もしもそういう嗜好を持っているのなら、ベアトリスはすぐに彼との茶会から退席する選択を選ぶ。変態と会話を続けるなど時間の無駄以外に何があるだろう?

 

『ふん、お母様からのお願いじゃなければオマエの相手なんてするつもりないかしら』

『ああその点は先生に感謝するよ。僕だけじゃ君と会話の機会すらできなかっただろう』

 

 くつくつと声を押し殺して笑う姿は相変わらず腹立たしく、どうにかその顔を歪めさせてやりたいと何度思ったことか。

 

『それにしても君は僕の認識阻害を見破った、いいかげんその方法を教えてほしいかな』

 

 彼が言っているのは初めて出会った時のことだ。

 エキドナが連れてきた客人という体で紹介された人間。その際に彼の容姿を言い当てたのだ。

 どうやら認識障害が発動していれば、本来では正反対の見た目に映るらしいがベアトリスの目には今のシャオンと同じ容姿の男が映っていた。

 

『僕の考えではあるけど、精霊特有の魂の形を見れることを利用したんじゃないかな?』

 

 その解答に、ベアトリスの眉がわずかながらに動く。

――正解だ。

 シャオンの認識障害を見破る技量を持つ人間はだいぶ限られる。

 ベアトリスが知っているのはそれこそエキドナだけだろう――あくまで”人間”という種族では。

 精霊は魂を読み取ることができる。

 初めてみたその時に感じた”魂”の違和感、それは精霊だったらすぐに気付けたものだったが、精霊以外には見破ることはできないだろう。

 どうりで魔法に精通しているロズワールが見抜けないわけだ、”魂”ごと存在を偽装しているのだから。魂を見ることができない者には到底無理なのだ。

 

『あれ、違ったかな?』

 

 黙っているとシャオンは頬をかく。

 ベアトリスが見破った理由をシャオンに教えてはいない。

 それはいろいろな理由があったが、大半は意地によるものと言い換えてもいいだろう。

 だが、今日、彼は正解にたどり着いた。そのことはベアトリスに驚きを与えた。幸か不幸か、シャオンにはそのことは気づかれなかったようで彼はただ、ため息を吐いていた。

 

『ふぅ、だんまりか』

 

 口を閉ざしているベアトリスをよそに、寂しそうに紅茶にシュガーを二つほど入れて飲む。どうやら彼は甘いものが好きらしく、エキドナ曰く知り合いの作るリンガパイが好物らしい。

 見た目同様好物も女らしいとは、本当は男ではなく女性ではないかと思う。

 

『まぁ、僕がここに来るのも恐らくはあと数回だろうね』

『……そう、かしら』

 

 その言葉に驚きはなかった。

 エキドナは、彼との茶会は”聖域”のみで開くと言っていた。

 彼は忙しく、ベアトリスと会うためだけにエキドナに会いに行くことは難しいらしいからだ。なので、エキドナが聖域に、一か所にとどまっている間のみ開かれるのだ。

 そのことを事前に聞かされていたので、いつかは別れが来るだろうと知っていた。ここまで早いとは思っていなかったが。

 

『”親友”の弟子の教えもいろいろと頼まれてるし、僕の方の研究もほぼ完遂したからね。君のおかげだ』

 

 礼を告げ、紅茶を飲み終えたシャオンが席を立つ。どうやらこれで今日のお茶会は閉会となるようだ。

 

『紅茶、おいしかったのかしら』

『お気に召したようで、なにより』

 

 不満そうにしながらも紅茶の感想を正直に口にする。

 ベアトリスは、彼との間にいくつかの契約をしている。

 その一つに”紅茶の感想に嘘はつかない”というものがある。バカらしい契約だが本人はいたって真面目なのだ。仕方ないので彼女自身も付き合っている。

 

『紅茶器具、忘れているのよ』

『あ、そうだった』

 

 テーブルに置かれた花の模様がついた紅茶器具を指差すと、シャオンは思い出したかのように手をたたく。

 シャオンは賢いが意外と抜けているのだ。ベアトリスが指摘しなければそのまま忘れて帰ってしまっただろう。だが、

 

『君にこれを譲ろう』

『は……?』

『いつか、おいしいものを淹れてくれると信じているよ。次に来たときは君が淹れるんだ。それとも、できない?』

 

 つまり、これは持ち帰り忘れたのではなく、ベアトリスに渡すために置いていったのだ。そして、その目的はベアトリスが紅茶を上手に淹れるためだという。

 その挑戦じみた言い方に腹が立つよりも、その挑発を受けて、シャオンの予想を超えることで彼を驚かせてやろうという気持ちのほうが強かったようだ。

 

『ふん、そんなのベティーにはお茶の子さいさいなのよ』

『ああ、期待して待っているさ。またね、ベティー』

『――またね、なのよ』

 

 小さくつぶやいたその言葉は、どうやら届いてはいたようで。シャオンは小さく笑みを浮かばせた。

 

 

 ゆっくりと瞼を開けるとそこは見慣れた禁書庫だった。

 先ほどまで感じていた聖域の雰囲気はもともとなかったかのように消え去っていた。ただ、目の前には譲り受けた紅茶器具だけがある。

 どうやら紅茶を淹れたはいいが、飲まずに眠ってしまったらしい。湯気がまだ立っていることからそう長く眠っていたわけではないようだが。

 

「……シャオンと、あのニンゲンは別人なのよ」

 

 あの夢を見た理由は屋敷に来たシャオンの死が関係しているだろう。

 

「馬鹿らしい、かしら」 

 

 名前と見た目が似ているからと言って同一視するなど、両方に失礼だ。

 それに、あのシャオンが本当にベアトリスの知っているシャオンならばそう簡単に命は落とさないはずだ。

 

「ベティー、ちょっとお願いが――」

 

 突然、愛する兄であるパックが禁書庫の扉を開け、入ってきた。

 笑顔で、それを迎えようと顔を向ける。すると、珍しくパックが驚いたように眉を上げ、

 

「ベティー? 泣いているのかい?」

「――え」

 

 指摘され、自らの頬に流れる熱い液体の存在を知る。どうやら、夢を見ていたとともに涙を流していたらしい。

 

「なんでもないのよ、にーちゃ。いま、行くかしら」

 

 乱暴に袖で自らの涙をぬぐうと、愛する兄の話を聞くための、体制を整える。

 

「別に焦らなくてもいいよ?」

「大丈夫かしら、それで? にーちゃのお願いなら何でも聞くのよ」

「実はね、スバルが――」

 

 ――恐らく、もうベアトリスは自身の手で紅茶を淹れることはないだろう。淹れる相手が、その存在が、もういないのだから。

 




本編はもう少しお待ちを。
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