Re:ゼロから寄り添う異世界生活   作:ウィキッド

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呪術師の正体

「姉様、ロズワール様が」

 

 屋敷の玄関前に荷物を持って先にいったレムが戻ってくる

 屋敷の主の名を口にする彼女に、高速で反応したのはラムだ。

 彼女の様子は激変したといえる。

普段から漂わせている気だるい雰囲気をどこかに置いてきたかのような、テキパキとした動きでレムに並び、歩きながら身だしなみを整える。

 それから、こちらをキリッとした目でとがめるように

 

「なにをしているの、ロズワール様を待たせる気?」

「え、なに、使用人集合ってことでいいの?」

「よくわかんないけど、そうなんじゃ無い? とりあえずついていこう」

 

 シャオンは今だに疑問の残るといった表情のスバルを連れ、慌てて二人に続く。途中、ラムを見習って身だしなみを適当に直しつつ、屋敷の玄関を開くと、

 

「全員集合とは、手間が省けて助かるよぉ」

 

 屋敷の主であるロズワールが、両手を広げて四人を待っていた。

 相変わらずの藍色の長髪に、青と黄色のオッドアイ。シャオンよりも胡散臭い笑みを浮かべた男。

 だが、今はいつもと纏う雰囲気が、そもそも来ている服装から違っていた。

 

「外出用の、いや余所行きの格好ですか?」

「ご名答。私もあんまり好きじゃないんだけどねぇ。普段の装いだと、どぉしてもやっかむ輩がいるものだからぁね」

 

彼は普段遊び心が溢れすぎている格好を好んでいるが、今は真っ当な礼服に身を包んでいた。

 皺一つないその黒服に、シルクハット。相変わらずピエロメイクは施されているがわずかにいつもよりも薄くなっているように感じる。

 

「少しばぁかり、厄介な連絡が入ってねぇ。確かめにガーフィールのところへ行ってくる。遅くはならない気だけどねぇ」

「ガーフィール?」

 

 初めて耳にするその単語に首をかしげる。横に視線を向けるとスバルもシャオンと同じように首をひねっている。

 地名なのか、はたまた人名なのか。会話だけでは判断できない。

 二人の疑問を察したのかロズワールは小さく笑い、

 

「そうだぁね、シャオンくんと彼は案外気が合うかもしれない」

 

”彼”ということは人名、そして男性だと言うことがわかった。

 

「そぉんなわけで、しばし屋敷を離れる。どちらにせよ、今夜は戻れないと思うから任せたよぉ」

「はい、ご命令とあらば」

「はい、命に換えましても」

 

 即断で頷くのは腹心ともいえる二人だ。その返答の迷いのなさはロズワールの外出に慣れている、というよりも、何があっても対処できるという自信の表れに見える。

 それからオッドアイがシャオンの右側、スバルを見つめる。

 

「悪いけど、俺は命に換えるほどの忠誠はまだ誓ってねぇよ?」

「そぉれでいいとも。いきなりそんなこと誓われても、重たいし気持ち悪いからねぇ――でも」

 

 ロズワールは片目をつむって黄色の瞳だけにスバルを映し、声を低くし、

 

「きな臭いものを感じる。私のことは構わないから……エミリア様のことだけはしぃっかり頼むよぉ?」

「――ああ、それはマジ任された」

 

 スバルのやる気を鼓舞するような頼み方にスバルもしっかりとした声で応じる。そしてロズワールはスバルから視線を外しこちらへと向ける。

 

「そーぉれに、シャオン君。君も私の弟子としてしっかりとこの屋敷を守るよーぉに」

「はい、全力を尽くさせてもらいます」

 

 言われるまでもない。なぜならようやく事態が動き出したのだから。

 ――これまでにない展開。

 これはまさしく、スバルが起こしたアクションによって、世界に変化が生まれたことを意味する展開なのだから。

 使用人それぞれの返事を受け取って、ロズワールは満足げに頷く。

 

「それじゃぁ、ちょっと行ってくる。何事もないことを祈るが、ね」

 

 どこか低い声でそうこぼし、ロズワールの背中が玄関の向こうへ。

 その背をお辞儀で見送ってから、ふとスバルがつぶやく。

 

「あれ、思ったけど二人はついてかないの?」

 

 スバルの疑問に対し、双子は揃って呆れたような感情を瞳に宿し、

 

「行っても仕方ないですから。足手まといになるだけです」

「忠誠心じゃ空は飛べないもの。スカートの中が見えるし」

「おいおい、聞き逃せないワードばっかりだったよ……」

 

 レムとラムも中々の戦闘力を保有しているはずだ。

 だがその二人がはっきりと力不足を自覚している。やはりロズワールは別格なのだろう。

 

「おわー、マジだ」

 

 スバルはロズワールが消えた玄関を押し開き、外に主の姿が見えないのを確認。それから視線を空へ向けてしばしめぐらせると、遠く夕焼けの方角に、豆粒のような影がかろうじてマントをひるがえしているのが見えた。単独飛行中のロズワールだろう。

 魔法の授業中にも一度飛行している姿を見たが、あそこまで飛んでいるのを目にするのは初めてだ。

 だが、そんなシャオンよりも人が初めて空を飛ぶという現場を見たスバルの驚きは上だろう。

 彼はわずかながらに目を輝かせ、こちらに訊ねた。

 

「空とか飛べんのかよ……あれって、『陰』属性でもできる?」

「風と火と地が相応に扱えればできるはず。いや、頑張れば地がなくてもなんとか?」

「……どちらにしろ俺には無理だということがわかったよ……」

 

 陰属性にしか適性がないスバルにはどちらにしろ無理な話だと分かり、肩を落とす。

 そんなやり取りを終え、

 

「ロズワール様がいなくても、レムたちの仕事は変わりません。むしろ、ロズワール様がいないからこそしっかりやりましょう」

 仕切りを始めるレムの話に頷きながら、シャオンは思考を激しく回転させる。

 ようやく、状況に再び変化が訪れた。そしてそれは明らかなまでに襲撃を予期させる変化。

 ロズワールに命じられた双子もいっそう、屋敷の警備に力を入れなければと力を入れているだろうが、確実に襲撃があると知っているこちらの内心はそれをはるかにこえて、緊張している。

 呪術師の正体――それを一刻も早く掴む必要がある。

向こうのアクションが早くなったのは間違いなく、今日の村への訪問が引き金になっていることだろう。

 ――即ち、スバルの推測は正しく、あの中に刺客が潜んでいるだろうということだ。

 

 

「どこにも呪いの残滓はないのよ」

「……俺は呪われていなかった、ということか」

 

 ベアトリスの診断結果にわずかに安心するがすぐに、思考を巡らす。

 今回シャオンが接触したのは『ムラオサ』『若返りババア』と青年団。『ラムレム親衛隊』に『子供たち』だ。

 つまり彼等が呪術師であるという可能性はこれでなくなったわけだ。

 

「昨日は呪術師について知りたいとほざいたかと思えば、次の日には呪術がかかっていないかの確認……オマエ、思ったよりも影響されやすいのかしら」

 

 確かに、事情を知らない彼女からすればそう見られてしまっても仕方ない。

 そしてその様子を想像し、似合わないなと苦笑い。

 

「あ、たぶん後でスバルも来るから」

「はぁ?」

 

 シャオンの言葉にベアトリスは驚いたような声をあげ、すぐに不快そうに眉間にしわを寄せる。

 

「あ、それと言い忘れてたことがあった」

「……なんなのよ」

 

これからスバルが来るという事実を知ってしまったからか彼女の声には諦観のような感情が混じっていた。

 だが、怒る様子はないようだ。もう、スバルに抵抗しても意味がないと判断しているのだろう。

 たった数日の間に彼女にこうも思わせるスバルの性格に驚きの声も出ない。

 あまり長居して彼女の機嫌を損なうような真似はしたくない。だが、こればっかりは伝えておきたいのだ。

 

「色々ありがとうベティー。あと、紅茶ごちそう様。今度淹れ方教えてくれ」

「――」

 

 照れ隠しに彼女の愛称を添えて、感謝の言葉を口にする。

 予想外だったのか彼女は瞬きを数回し、それでも驚いたままだ。

 珍しく、しかめっ面ばかり浮かべていた彼女の鼻を明かしてやったことに満足感を覚える。

 思えば彼女にはとても世話になっていた気がする。

 スバルの話ではシャオンが死んでしまった世界で、彼の護衛の役割を必死に努めようとしていたらしい。

 呪術師に関してもそうだ、よそ者である自分たちに詳しい事情を聞かずにその知識を貸してくれた。快くとは言えないが。

 

「お」

「ん、俺は終わったよ」

「げ、本当に来たのかしら」

 

 ちょうどいいタイミングでスバルが禁書庫に来訪した。

 その際に聞こえたベアトリスの不快さを隠さない声色が聞こえ、彼女の機嫌をこれ以上損なわせないようスバルに祈りながら、入れ替わるようにシャオンは退出した。

 

 

「シャオン!」

 

 禁書庫を後にして数分も経たない頃、スバルが転がるようにして現れた。ちょうど共に仕事をしていたラムはその様子に驚き、ブラシを落とす。

 確かにいきなり大きな音をたてて登場すれば驚くのも無理はない。

 だが、シャオンは彼がここまで焦る原因に心当たりがある。

 

「犬だ! あの犬ころだ!」

「なにを騒いでいるのよ。バルス」

 

 驚かされたことも相まってか、ラムはいつもよりも険しい視線でスバルを咎める。

 

「悪い、これから俺たちは村へ向かう必要ができた」

「村へ……? なにをしに……いえ、それ以前に、ロズワール様の言いつけを聞いていなかったの? 今夜、ラムたちは屋敷を任されているわ。その意味がわかっていないというの?」

 

 スバルへ反論するラムの視線が鋭さを増す。

 ロズワールの意思を優先させるのが彼女のスタンスだ。主の命令を蔑にするようなスバルの態度、それが琴線に触れたのだろう。

 だが、こちらもそれで引き下がれるような心情でも状況でもない。この機会を許してしまったら屋敷の住人たちの命はおろか、村の人間にまで被害が出る可能性がある。いや、必ず被害が出る。

 

「十分に理解している。だけど、こればかりは譲れない――あの村に悪い魔法使いがいる。その正体がわかったから、行かないといけない」

「……その子どもの言い訳みたいな理由で認めろと?」

「ラム嬢もスバルがこんな冗談を言うような人間だとは思っていないだろ? その証拠に若干今間があった」

「……ちっ」

 

 シャオンの指摘に忌々し気に顔を歪め、舌打ちも加えてこちらを睨む。だがシャオンの言ったことは図星だったのか否定する言葉は彼女の口からでてこない。

 その様子を見てスバルは説得を再開する。

 

「俺の言葉を信用したいのならベア子にでも聞いてくれりゃ証言してくれる。あとは……」

「姉様――」

 

 背後の大扉を開けてレムが姿を見せる。彼女は玄関で言い合うこちらの様子を見ると、滑るような動きで姉に並び、状況を把握しようとしている。

 

「姉様、これは……」

「村にいる悪い魔法使いを退治するから、外へ出してくれと仰せよ。――どうしたものかしらね、レム」

 

 バカにするかのような、そんな言い回しで妹に事情を伝えるラム。

 

「信じ難い話なのは認めるし、信じろって言われても難しいってのもわかってる。だから無条件で見送れなんて欲張りはしねぇ」

 

ここからが、分岐点だ。

 舌で唇を湿らせて、押し黙る二人に対して提案する。

 

「これから村に行く。怪しいって言うならついてきて構わない。ただし、エミリア嬢をひとり残しては行けない。ついてくるなら片方だけで、お願い」

「勝手な仕切りを……そもそも、ロズワール様のご命令を守るなら、シャオンくん達にレムや姉様がついていく理由は……」

「ああ、ない。夕方のロズっちの命令を守るってだけならな」

 

 スバルの言葉に二人の表情は疑問に満ちる。だが、

 

「お二人さん。ロズワールさんから出てる俺たちへの命令はそれだけ?」

「――――」

 

痛いところを突かれたように、言葉を見失うレム。

二人がロズワールから、よそ者二人組の監視するよう命令を受けている。というのは以前にシャオンが彼女自身から聞いた話だ。

なおもレムは反論の言葉を探すように視線をさまよわせるが、それより先に吐息で話の流れを割ったのはラムの方だった。

彼女は小さく手を上げ、

 

「わかったわ、バルス、シャオン。あなた達の独断行動を認める」

「姉様――!?」

 

 あっさりと白旗を上げてみせる姉の態度にレムは愕然。が、ラムは「ただし」と言葉を続ける。

 

「バルスもわかっている通り、貴方たちだけで行かせるわけにはいかない。ここでその行動を許すと、ロズワール様の命令に背くことになるから」

「そうだな。んで、妥協点は?」

「――癪な話だけど、さっきの申し出に乗るしかない。ラムが屋敷に残る。レムが二人についていく。怪しい真似をすれば……それが条件」

「願ったりかなったりだ」

 

 小さくため息をこぼすラムは、やや話に置いていかれ気味の妹に振り返り、

 

「レム、そういうことだからお願い。ベアトリス様への確認と、エミリア様の方はラムが守るわ。――そっちのことも、ちゃんと視てるから」

「姉様、あまりその目は……」

「言っている場合でもない。必要なら使う。レムもそうしなさい」

 

 姉の淡々とした物言いに、レムはそれ以上の言葉を差し挟めない。

 二人にしかわからないやり取りを経た上で、レムは渋々と言葉をいくつも飲み込むと、決して友好的ではない視線をスバルに、そしてシャオンにも向け、

 

「詳しい話が聞きたいところです」

「道中でな。ひょっとすると、かなりマズイ事態が進行してるかもしれねぇ」

 

 最悪の想像が正しかったとすれば、決して大げさと笑っていられないだけの被害が出かねない。それはス、もっと大きな視点から見た上での被害だ。

 軽く肩を叩き、通してくれるラムへの謝意を示す。

それからまだ納得していない風なレムを引き連れ、玄関へと向かう。

 すると、

 

「――スバル、どこか行くの?」

 

 玄関ホールの大階段、その上から鈴の音が降りた。

 振り返えると頭上、銀髪を揺らして佇むエミリアがそこにいた。

 彼女にもさっきのスバルの大声が届いていたのだろう。

 やや息を弾ませ、玄関で固まる四人を見やりながら彼女は、

 

「大きい声が聞こえたから降りてきてみたら……なにかあったの?」

「なにかあるかも、だよ、エミリアたん。まぁ、心配しないでくれていい。あ、でもちょっとは心配してくれてると嬉しい」

 

エミリアに余計な気苦労をさせないためだろう、スバルはわざとそう振舞ってみせる。

しかしそんな軽薄な振る舞いを彼女は見透かしたかのように肩をすくめ、

 

「また、危ないことしそうな顔してるわよ」

 

 エミリアは物言いたげな顔を作る。そんな彼女の洞察眼に頭を掻きつつ、スバルは苦笑いを浮かべる。

 

「そのあたりの言い合いは今しがた、ようやっと終わったとこで……」

「エミリア嬢には悪いけど、止めても無駄だよ?」

「うん、知ってる。だから、止めたりしないわよ」

 

 階段を下り、スバルたちの前まで降りてきて腰に手を当てるエミリア。

 そしてそのままスバルの方に手を伸ばし、胸に軽く触れると、

 

「無茶も無理もしないでって言っても、それも無駄そうよね」

「場合によっちゃ……な。いや、俺もしたくないんだよ」

 

 スバルの言葉は本心だろう。

 だが、自分たちにしか解決ができないのなら解決したいと思っているのも本心のはずだ。それがもともとのスバルの性格なのか、はたまた彼の思い人である銀髪の彼女の影響なのかまではわからないが。

 

「――あなたに、精霊の祝福がありますように」

「なんだって?」

 

 胸に触れたまま発した呟きに、スバルが首を傾げる。と、エミリアはそんなスバルに含み笑いを向け、

 

「お見送りの言葉よ。無事に戻ってきてねって、そんな意味」

「ああ、火打石で見送る感じか。なら、俺も答えにゃならんね。エミリアたん、あい――」

「はいはい」

 

 いつものように愛の言葉を告げようとしたスバルを流して、エミリアはこちらにも視線を向ける。

 

「二人も気をつけて。それと、スバルが無茶しないように見張っててね」

「はい、エミリア様。承りました」

「うん、了解。気を付ける」

「……信用ねぇかな、俺」

 

しょげたようなスバルの言葉にエミリアは呆れた様に息をこぼし、腰に手を当ててお説教モードに変わるエミリア。

 

「なに言ってるの。スバルの人となりを信用してるから、こんな話になるんじゃない」

「なにその信頼。いい意味にも悪い意味にも取れるな」

 

 言い足りない気持ちはいくつもあるのだろう。だが、それでも彼女が話を引っ張ったのはそこまでだ。

 急ぐこちらの心情を酌み取り、彼女はこちらの背を押すと、

 

「いってらっしゃい」

「うぃ、行ってきます!」

「うん、行ってくるよ」

 

 スバルと共に腕を振り上げるポーズで応じ、エミリアとラムを置いて屋敷を飛び出す。

 少し後にレムが後ろに続き、駆け出したこちらの隣へ悠々と並んでくるのがわかった。

 

「それで、詳しい話が聞きたいんですが……」

「呪術師が村にいる。ベアトリスに解呪してもらったけど、俺も呪いをかけられてたぐらいだ」

「――本気、ですか?」

「うん――下手すると、村が壊滅するかもしれない」

 

 走りながら息を呑み、レムが目を見開いて聞いてくる。

 それに無言の頷きで応じながら、ひたすらに村を目指す。

 呪術師が人間ならば、理性のある者だったらそんな手段は想像する必要もなかった。だが、呪術師が人間でない場合、最悪の事態は起こり得る。

 故に、駆ける足を緩めるつもりはない。並走するレムもまた、事の重大さを知って無言の疾走。

 遠く、木々の向こうにある村を目指し、三人はただ走り続けた。

 

 

「見つかったか!?」

「いや、駄目だ。どこにもいねぇ」

 

 村では大勢の大人たちが松明を持ちながら、忙しなく何かを探しているようだった。

 その騒ぎにレムが愕然としているなか、村の青年団の一人がこちらの存在に気付く。

 

「お屋敷のお二人じゃないですか。こんな時分に……」

「ちょうどいいところに。なにかあったんですか?」

 

 駆け寄ってきた青年を捕まえ、レムが問いかける。彼はその強い語調に少しだけ驚くも、上擦りながら応じた。

 

「実は、村の子どもが何人か見当たらなくてですね。暗くなる前まで遊んでいたのはわかってるんですが、そのあとが……」

 

 青年のはっきりしない物言いに、レムがさらに質問を重ねようと口を開く。

 が、それよりも先に動いたのはスバルだ。荒い息をのまま、スバルは青年の肩に手をかけて振り向かせる。

 その時に浮かべていたスバルの剣幕がすごいものだったからか僅かに体を震わせた。

 

「いないってのは、リュカとかペトラとかミルドだな?」

「そ、そうですが……どこに行ったのか心当たりが?」

 

 スバルが挙げた子供たちの名前、それは、昼間に犬と戯れていた子供だ。

 不安が的中してしまった怒りを晴らすように、シャオンは地面を蹴飛ばす。

 

「子どもたちを探してんのは、あなたと?」

「青年団が総勢でと、ムラオサが」

「子どもたちがいるのは森だ。村の中を探し回っても出てこねぇ」

 

 スバルの断言に青年の表情が変わる。彼はなおもスバルに聞きたいことがある様子だったが、スバルはそんな彼の肩を叩くと走り出し、

 

「俺らは先に森に入る。あんたはみんなに伝えてくれ。子どもたちは森だ!」

 

 背後で青年が疑問の声を上げるが、それに取り合わず再び駆け出す。

 慌て、ついてくるのはレムだ。彼女は確信めいたスバルの態度が腑に落ちず、口を開く。

 

「どうして、そんなことが……」

「子供たちが村で言っていたんだ”森に逃げた子犬を探しにいく”って」

 

 納得がいっていないレムにシャオンは説明する。

 今日、村を訪れた時に子供たちはスバルとシャオンに子犬を触らせようとした。その際逃げ出してしまったのだ、森の奥へ。

 そしてそのまま帰ってきていないとすれば――彼らはいまだ森の奥にいる。

 

「シャオン。臭いでわからないか?」

 

 そういわれ、すうっと音を立てて匂いを嗅ぐ。だが、

 

「……無理だな。木々の臭いに邪魔されるし、なによりほかの生物の臭いが濃すぎて無理だ。強い香料でも塗られていれば別だけど」

 

 シャオンが嗅ぎ取れたのは腐敗したような木の臭いと、わずかな動物の臭いのみ。

 大雑把な位置しか察することができないうえに、その種類が多すぎて断定は流石に無理だ。

 

「……くそっ、ならあてずっぽうで探すしかねぇのか」

 

 森に隣接する策を越え、入り口にたどり着くと、レムは驚愕を露わにしながらも、努めて冷静に数歩先の大樹を指差す。

 

「なん、で」

 

 驚きの声を漏らすレムに、シャオンは自分たちの予想が的中してしまったと舌打ちをする。

 眼前、レムが指摘したのは、大樹に埋め込まれた結晶だ。光を失って久しいといった感じのそれは、森の中で何度か見かける機会があった謎の物体。

森を指して、結界の話が出たことが何度か記憶に残っている。山の奥へ入ってはいけないと、そうラムに直接指摘されたのはいつだっただろうか。

 詳しくは覚えていないが重要なことだと何度も注意されたことは覚えている。

 

「結界が、切れています」

「結界が切れてると、どうなる?」

「『魔獣』が境界線を踏み越えてきてしまいます。だからこそ、結界の維持の確認は村人の義務なのに……!」

 

 与えられた業務をおろそかにした村人に対し、憤るレム。確かにその怒りは十分に理解できるが今はそれどころではない。

 

「言っても仕方ねぇ、目の前のが事実だ」

「ああ、急がないとな。村人に対する文句はすべて終わってからだ」

「――! 二人とも、なにを!?」

 

 輝きを失った結界石を尻目にスバルは足を進める。シャオンもそれに続いていこうとすると、レムが驚き、制止の声を上げる。

 

「あ? ガキ共は奥だ。助けにいかねぇと」

「子供たちが本当にいるのか確証がありません。それに結界を踏み越えるには、ロズワール様の許可が……」

「俺の手の甲の傷跡が証拠だ」

 

 乱暴に指し示す左手の甲――そこには昼間、村を訪れた際に負った傷がある。

 子どもたちが取り囲み、スバルに洗礼を浴びせた犬歯の痕が。

 村でシャオンとスバルは呪術師の捜索を行うために多くの人物と接触を行ってきた。

 なるべく村の住民全員との接触を試みたので、スバルとシャオンが接触した人物はほとんどがかぶっている。

 ただ、唯一違いがあったのは――子犬にかまれたかどうかだ。

シャオンには呪いがかけられていなかった。だが、スバルにはかけられていた。

 そしてそれと同じように子犬にかまれたのはスバルで、シャオンはその被害にあっていない。

 ――つまり、この傷跡を作った存在が、あの子犬がスバルに呪いをかけた張本人であるのだ。

 一度目、二度目、そして今回。

 スバルの身を呪いが降りかかったケース、その全てに関わる存在。そして、三度目の世界でレムの身を襲ったという存在。

 全てを包括する可能性を持つのは、もはやあの存在以外にあり得ない。

 

「ガキ共が可愛がってた犬だ。犬っぽいアレが”呪術師”だ」

 

 天災のようなものだろう。

 伝染病のように、獣を通じて爆発的にそれが広まれば、こんな村ひとつどうなるか想像に容易い。幸いにもかまれた人間から移らない分、マシと言えるが。

 

「時間をかければかけるほどヤバい。ガキ共が呪われてるかどうかはわからねぇが、とにかく全員連れて屋敷で解呪にかけないと」

「幸いにも、呪いの発動タイミングはかけたやつの意思によるものだからまだ手遅れじゃない。そして、発動前ならベアトリスが何とかしてくれる。発動タイミングは……奴が腹を空かした時か?」

 

 魔獣は一部を除き、本能に従ったような行動しかできない。そして彼らが人の命を奪う、つまりマナを欲するタイミングは空腹を満たすときだろう。ということはタイミングは今ではないが、必ず呪いは発動するということだ。

 

「待ってください。そんな判断を勝手に――そもそも、状況が怪しすぎます」

「ああ?」

 

 逸る気持ちのまま森へ入ろうとするスバルに、なおもレムは食い下がる。彼女は屋敷の方を指差し、

 

「ロズワール様が不在のこの機に、狙ったようにこんな問題が起きますか? これがお屋敷を狙ったものでないなんて……」

「じゃあ、どうする!」

 

 この事態でも冷静なレムに、スバルはついに我慢の限界が来たのか声を荒げる。レムに手を出さなかったがこれ以上はそれすら危ういほどに、感情をぶつけ、激昂する。

 

「現在進行形でピンチなのは間違いないガキ共を見捨てて、屋敷に戻って防御固めるか!? ああそうだな、次の日に村人全員が死んでてもいいってんなら、それも手だろうよ!」

 

 レムはあくまでリスクを回避しようとしているに過ぎない。それは当然の感情であり、彼女が責められる筋合いなどまったくないのだ。だが、

 

「……悪いけど、俺にはそんな選択は、……できねぇよ」

 

 スバルの小さく、こぼした声にレムは目をそらす。

 

「レム、頼む……頼むよ。俺たちで、どうにかしてやるしかないんだよ」

「どうしてそこまで……この村がどれほど関係が……」

 

 情けない声を上げながら、頭を下げレムに頼み込むスバル。

いまだ判断に迷っているからか、レムが女々しくそう呟くのを初めて聞いた。いつでもどんなときでも、整然とした態度を崩さなかったレム。

 だが、信頼する主と姉のいない場で決断を求められるとき、彼女はこんなにも脆い年相応の少女としての顔を取り戻す。

 時間の余裕もそうだし、精神的な問題での余裕もあまりないだろう。

 その証拠にレムの決起を促す傍らで、スバルの足は疲労以外の理由で震えるのを隠せていない。

 当たり前だ。自分に二度、レムに一度、命を奪う原因となった存在が、この先に待ち構えているだろうとわかっているのだ。

 だが、それでも進む理由があるから止まることはできないのだ。

 

「なぁ、レム嬢。子供たちの夢、知ってる?」

「……はい?」

「――ペトラ嬢はな、大きくなったら都で服を作る仕事がしたいんだ」

 

 唐突に始まった関係のない話にレムは間の抜けた声を上げる。

 だが、そんな彼女の疑問に答えることはなく、今度はスバルが口を開いた。

 

「リュカは村一番の木こりの親父の跡を継ぐって言ってるし、ミルドは花畑で集めた花で冠作って母ちゃんにプレゼントしたいんだと」

「メイーナ嬢はもうすぐ弟か妹が生まれるって喜んでたし、名前も考えてた。ルカ嬢はいつもお世話になっているペトラ嬢に恩返しをしたいってサプライズを考えてる」

「ダインとカインの兄弟はどっちがペトラをお嫁さんにするかで張り合ってやがる」

「どっちも断られていたのが笑えたけどね」

 

 その光景を思い出し、二人でつい吹き出してしまう。

 それから、押し黙ってしまうレムに首を横に振り、

 

「関係ないなんてことあるかよ。あいつらの顔も名前も、明日やりたいことも知ってんだ」

「それだけ知っていれば、関係ないなんてことはないんだ。命をかけて守る、守りたい理由にはなるよ」

 

 まったく関係のない、身近でない子どもなんてどうなったところで関係ない。それこそ、レムの言う通り屋敷にこもる方がずっといい方だと自分でも思う。でも、

 

「それに、ラジオ体操、明日もやろうぜって約束しちまった」

「わざわざ、俺も巻き込んでね。わざわざ芋判も作るほどのやる気ようだ」

 

 関わってしまったのだ。明日を楽しみに、希望をもって生きる光を見たのだ。

 ならば、助けたいと思うのは仕方ないことだ。

 

「俺は約束は守るし、守らせる性質なんだ。――俺はあのガキ共と、またラジオ体操を必ずする。だから、奥へ向かうぜ」

 

 震え声でレムに説くスバル。

 そんなスバルの背を見ながら、レムは静かに瞑目する。

 彼女がついてこないというなら、それもまた仕方のないことだと思う。今から戻って村人たちを呼びにいくのは時間のロスが大きすぎる。

 副作用を気にせず、能力をフルに使っていく覚悟を決めたその時、

 

「仕方、ないですね」

「レム?」

 

 ふっと、唇をゆるめてレムが顔を上げる。

 彼女は驚きを浮かべるこちらへ、初めてといっていいぐらい、はっきりとした感情をうかがわせる表情を浮かべ、

 

「レムの命じられている仕事は、お二人の監視ですから。ここで行かせてしまっては、それが果たせないでしょう?」

 

 からかうような彼女の言葉に、驚き、それから頭を振って、

 

「ああ、そうだな。俺達が怪しい真似しないか、しっかり見張っててくれ」

「ええ、そうします。――だから、行きましょうか」

 

 ようやく、森の入り口に足を踏み入れようとしたその瞬間、

 

「アタシも、連れて行ってくれっす!」

 

背後からかけられた声に振り返る。そこには金髪を乱れさせ、息を切らした少女――アリシアがいた。

 

「子供たちは森の中にいるんすよね?」

 

 事情を聞いていたのか、確信を込めた瞳でこちらを見せながら、自らも捜索隊に入れてほしいと、頭を下げて三人に懇願する。

 どうしたものかと悩む前に、シャオンは彼女の様子に気づく。

 彼女の体の節々に小さな傷がついており、切り傷や擦り傷などが目立つ。そして、頬には泥などがつき、汚れている。

 だが、よほど子供たちを想って探していたのだろう、彼女は自分のその様態に気付いていないようだ。

 

「スバル、提案がある」

「ああ、わかってるよ。というよりも願ったりかなったりだ」

 

 彼女の戦闘力は二度目の世界で十分に知ることができた。戦力不足の今、彼女の力は大きな助けになるだろう。だから――

 

「アリシア、お前も子供たちの探索に付き合ってくれ」

「シャオンくん?」

 

 レムの疑問の声に応じる前に、さらに別の声がかけられた。

 

「私からも、お願いしますレム様」

「ムラオサ……?」

 

 予想外の援護にアリシアすらも驚いたようにその名を呼んだ。

 長い髭を蓄えた老人、ムラオサ。彼がアリシアの背後から現れる。

 

「彼女はもともと村の人間ではありません。ですが必死に私たちの、村の子供たちを探してくださいました……彼女の子供を思う気持ちに嘘、偽りはございません。それはこの私が保証します」

 

 優しく、諭すように彼女の捜索への参加を許可するように頼み込む。

 

「どうか、彼女のご同行を許してあげてください。改めて、お願いします」

「お、お願いしますっ!」

 

 そう告げ、ムラオサは頭を下げる。それに続いてアリシアも頭を下げて懇願する。

 こちらとしてはスバルとシャオンは彼女の同行に賛成なので、残るのはレムの許可だけだ。

 なのでその問題であるレムの反応を見るために視線を向けると、わずかばかりに逡巡した様に視線を動かし、

 

「……はぁ、討論している時間もないですし、ここまで言われてしまっては仕方ありません」

「か、感謝するっす!」

 

 ため息とともにアリシアの同行に許可を出した。

 

「本当に、本当に感謝するっすレムちゃん!」

「そ、それよりも急ぎましょう」

 

 勢いよくレムの手を握って上下に振るアリシア。

 その様子に珍しく照れた様に頬を赤くするレムは、照れ隠しなのか急ぐように提案する。

 

「ああ、そうだな――」

 

その提案を受けると同時に、スバルがあることに気付き、顔をわずかに引くつかせる。

 そしてそのスバルの様子にシャオンと、アリシアも気づく――隣を歩くレムの手に、いつの間にか鉄球が握られている。鉄の柄と鎖で結ばれたそれは彼女の手の中で、その重量感に見合わぬ軽やかな金属音を立てていることに。

 恐らく彼女の武器なのだろう。アリシアのガントレットと同様に似合わない武器だが、レムの鉄球は彼女の性格からかけ離れているからか、アリシアの物よりも似合っていない気がする。

 

「あの、レムさん、それって」

「護身用です」

 

 スバルの指摘にレムは即答、

 

「いやでもそれは」

「護身用です」

 

 シャオンの指摘にもレムは即答し、

 

「レムちゃん、流石に――」

「護身用です」

 

 アリシアの言葉は途中で遮り、即答した。

 

「……そですか、わかりましたはい」

 

 あくまで護身用ということを譲らないレムにスバルは肩を落としながらも妥協の返事をする。

 恐らくレムに殺されたことがあるスバルにとってトラウマなのだろう。

 

「複雑なご事情があるんすね」

「ああ、複雑すぎるよ」

 

 その様子を見てこぼしたアリシアの言葉に同意を示し、ようやく四人は森へと歩みだした。

 

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