Re:ゼロから寄り添う異世界生活   作:ウィキッド

37 / 151
最終決戦

 シャオンは屋敷のある部屋の前でうろうろとしていた。

 端から見れば不審者そのもので、自分もそうだと思っている。だが、それも仕方ないことだ。

 この部屋の中には、スバルがいる。だが入れない、合わせる顔がない。

 

「……」

 

 現在スバルは、屋敷で安静にしている。

 襲われるレムを庇い、スバルは全身に魔獣の牙を浴びた。

 人間の体はそこまで強く出来ていない、だがそんな事情など魔獣は知らない。獣の顎は容赦なく、スバルの体を噛み砕き、引き千切り、切り裂いていったはずだ。

 傷は深く、肉がえぐれ白い骨が見えるほどに酷かった。

 幸いにもすぐに治療を行ったお陰で命に問題はない。ないのだが、あれからだいぶ時間がたつが目覚める様子がない。

 ベアトリスの保証もついているうえに、死に戻りが発動しなかったことから大丈夫だとは思うのだが、それでも心配なのだ。

 もしも、何かの例外が起きて死に戻りが発動しなかったら。もしも、ベアトリスがこちらを気遣って嘘をついていたら……その可能性を考えれば落ち着くことなどできるはずがない。

 それに、何よりスバルを守れなかったことが、シャオンのことを責め立てている。

 

「――うじうじと、まるで女のようね」

 

後ろから声をかけられて、忙しなく動かしていた足を止めて振り返る。

相変わらずの毒混じりの言葉を放ち、背後に立つのは桃髪のメイド――ラムだ。

彼女は珍しく給仕服の袖をまくり、その手にあるザルのようなものに、大量の蒸かした芋のようなものを乗せて運んでいるところだった。

 

「そんなに卑しそうに見てもただではあげられないわ」

「別にみてないよ、そこまで」

 

 ラムはため息を吐く。

 

「……貴方、やっぱり似てるわ」

「誰に?」

「――レムよ」

 

 予想だにしなかった名を挙げられ、驚きでキョトンとしてしまう

 そんなシャオンに、してやったりとでも言いたそうに笑みを浮かべ、ラムは続けた。

 

「自分が要らない存在、自分が代わりに傷つけば良かった。そんなところでしょう? 考えていることは」

 

 図星を突かれ、黙ってしまう。

 

「少なくともあの子供達の命は無事助けることができたし、レムも無事帰ってきた……残念ながらあの男も」

 

 最後の言葉だけは忌々しそうに、そして小さくだが確実に言葉にする。

 

「助けたいものすべてをこぼすことなく掬い上げた。それ以上何を望むのかしら?」

「――確かに」

 

 スバルの命も、子供たちもレムも無事戻ってきてくれた。そしてこのままいけば、きっとスバルも目覚めて二度目のループを抜け出すこともできるのだ。

 あの状態で挑んだ割には最高な結果だと思う。

 何も、失うものはなかった、何も取りこぼさなかった。これ以上を望んでしまっては罰当たりにもほどがある。

 そのことを気付かせてくれたことに礼の言葉を告げようとすると、彼女は一つ蒸かした芋を手に取り、シャオンのその口に突っ込んだ。

 

「貴方も、レムも考えすぎなのよ。もっと、楽になりなさい」

「……どうも」

 

 挿し込まれた芋を取り出し、礼を告げ咀嚼する。

 僅かに塩で味付けられただけの芋だったが、だからこそだろうか、素材の味が生かされている。正直、この屋敷で食べた中でも一番おいしかったとも言えるかもしれない。

 ラムは食べていた表情からシャオンが抱いた感想を読み取ったのか満足そうに笑う。

 

「それと、バルスはいつ目覚めるかわかったもんじゃないから、それまでアリシアと村に行きなさい。ラムも蒸かし芋を分け与えに村にいくから」

「アリシアと? いや、そもそも芋を渡すって……」

「ああ、言ってなかったわね」

 

 ラムは憂鬱そうに息をこぼし、

 

「彼女、今日からここで働くことになったから……癪だけど」

 

 どうやらアリシアがこの屋敷で働くことになるのはどの世界でも確定なのかもしれない。

 

 

「いやーラムちゃんって厳しいっすね」

「雇主のロズワールさん、エミリア嬢、ベアトリスとレム嬢以外には皆あんな感じだよ」

「アタシが心強くなかったら、泣いてたっすよ」

 

 そう言うアリシアは先ほどまでラムの毒舌に参っていたようだが、支給されたメイド服に袖を通せばすぐに機嫌は元通りになった。

 現在シャオンとアリシアは森から回収してきた子どもたちの安否の確認のため、村を巡回している。ラムは大人たちに対して結界に対することで話があるようだったので別行動だ。

 

「それにしてもこの服、子供たちに見せたかったすよ」

 

 訪問した際、子供たちの意識が戻っていればよかったのだが昨晩の疲労、解呪によるマナの消耗もあって残念ながら眠りについたままだった。

 だが、救出時とは違い、規則正しい寝息を立てながら幸せそうな寝顔を浮かべており、もう大丈夫だろうと判断できただけでも良しとしよう。

 それでもアリシアはメイド服を子供たちに自慢したかったのか、残念そうに肩を落としている。

 

「今度からは、いつでも見せに来れるだろ」

「それも、そうっすね」

 

 聞いた話ではアリシアは子供達救出に大きく貢献したとして、彼女はラムに屋敷で雇ってもらえないか頼み込んだらしい。

 ロズワールにはまだ話は通せていないようだが彼が帰ってきて次第話をするようだ。彼女の力がなければ子供たちの救出は叶わなかったのだから彼も彼女の要求を呑んでくれるだろう。

 それと、ロズワールが帰ってきたらすぐに森の魔獣を狩りつくすらしい。確かにあんな危険な生き物が近くに住んでいれば落ち着かないだろうが、すべて狩りつくすなんてできるのだろうか?

 まぁ、ロズワールの存在は十分規格外なものだ、きっとできるのだろう。

 

「……良かったすね、傷が残らなくて」

 

 考え事を

 

「ん? ああ、噛み痕は目立っちゃうからな。特に女の子は――」

 

 ――嚙み痕。その言葉が不意にシャオンの脳内に引っかかった。

 

「シャオン?」

「――ついて、いたか?」

 

 足を止め、こぼした言葉の意味が分からずアリシアは首をかしげる。

 

「嚙み傷、ついていたか? お下げのあの子の腕に。他の子と同じような傷が」

「ついて……なかった気がするっすけど。それがどうしたっすか?」

 

 それは、湧いて出た、豆粒のような小さな疑問だ。

 だが、小さな疑問は段々と膨らみ、不安、そして焦りへと変化していく。

 

「あのおさげの子は!?」

 

 村で仕事をしていた青年団の一人を捕まえ、尋ねる。最初はシャオンの剣幕に驚いていたがすぐに丁寧な口調で答えてくれた。

 

「え? ああ、あの子はいつまでも寝ているのは退屈だからと言って外で遊びに行きましたが……大丈夫ですよ、見る限りほかの子供たちより症状は軽いようでしたし」 

「あの子の、親は?」

「そういえば……村でも見たことがない子供でしたね」

 

 その答えに、パズルのピースが集まり、歪ながらも一つの完成図を作り出すかのように疑問が、確信へと変わっていく。

 男性に礼を言うことすら忘れ、魔獣の森に向かおうとする。

 すると森のそばの家の裏に、意識を取り戻したらしいスバルと、ベアトリスがいた。

 

「ベアトリス!」

 

 自分でも驚くほどの大声で紅色のドレスを纏う少女の名を呼ぶ。

 彼女も大声で名を呼ばれると思っていなかったのか、驚いたように目を丸くしていた。そして、驚かされたことに不満そうに口をすぼめながら、

 

「なにかしら、こっちは――」

「呪術発動は必ず対象との接触が条件だったよな?」

 

 遮るシャオンの言葉に何をいまさら、とでも言いたそうにベアトリスは答えた。

 

「そうなのよ。それだけは譲れないものかしら」

「おい、どうしたんだよ」

「あのおさげの子、嚙み痕ついていたか? スバル」

 

 事情を読み取れないスバルに、自分の気にしすぎによる勘違いであることを願って尋ねる。だがその希望は、

 

「え? 確かついてなかったような――おい、まさか……!」

「その反応だと、俺の記憶違いってわけじゃなさそうだな」

 

 スバルもシャオンの考えを読み取り、絶句する。

 

「ど、どうしたんすか! 急に走り出して……なにかあったんすか?」

 

 置いてきたアリシアが文句を言いながら追いついてきた。だが、緊迫した空気にただ事ではないと察する。そんな彼女に、

 

「ああ、アリシア。落ち着いて聞けよ? 俺らが助けた子供の一人、おさげの子供は呪術師をこの村に連れてきたやつかもしれない」

 

 最悪な可能性を、提示した。

 

 

「どうする、今ならまだ追えるぞ」

「いや、それもそうなんだけど、こっちはこっちで問題がありまして」

 

 そういうスバルは言いにくそうに、頭をかき、数秒後とある事実を口にした。

 

「実は俺の体、呪術が残っているらしい。そして、半日でそれが発動だ」

「どういうことっすか? スバルは無事解呪されたんすよね? ベアトリスちゃんが……」

「もう一度、説明するのは省くけど、とりあえず解呪は完全にはできなかった。森で新しく植え付けられたウルガルムの呪いの数が多すぎたんだよ。呪いが重複しすぎてベア子にも無理」

 

 ウルガルムというのは魔獣の名だろう。それよりも、呪いが解呪されていないというのは本当なのだろうか?

 ベアトリスに顔を向けると、彼女は無言のままだ。だが、否定はしなかった、それだけで肯定したと判断するには十分だろう。

 

「……なら、その女の子に頼み込んで解呪させる、か?」

 

 魔獣を連れてきた彼女ならば魔獣を操る、もしくは魔獣と意思疎通ができるはずだ。それなら呪術の解呪をするよう魔獣に頼むことも不可能ではないはずだ。

 

「ああ、そうだな。だから追いかけるのは賛成だ。ただ、お前ひとりじゃ追いかけるのは厳しいだろ? 探索に向いているレムを――」

 

 同行させる、そう続けようとしただろうスバルの口が止まる。

 そして、何かに気付いたかのように、目を見開いていく。

 

「――レムは、どこだ?」

 

スバルも、シャオンもこの朝になって青髪の少女の姿を目にしていない。アリシアのほうを見ても、彼女もその所在は知らなそうだった。

負った傷の具合が重すぎて、今もどこかで休んでいる? いや、鬼化の影響だかなんだか知らないが、外傷はないという話だからその可能性はゼロだ。

 それなら村のあちこちを回って、村人の世話に精を出してる? いや、シャオン達も村を一通り回ったが彼女の姿はなかった。

 そもそもレムが厨房に入れるなら、蒸かし芋なんてラムの得意料理は出てこない。

 ――じゃあ、傷もないのに厨房にも入らない彼女は今、どこにいる?

 スバルと同じようにシャオンの思考も嫌な予感で埋め尽くされる。

 

「ベア子……ベアトリス、レムは、どこだ?」

 

 スバルのたどたどしい問いかけに、ベアトリスはその縦ロールをひと房撫で、

 

「お前が同じ立場なら、どうするかしら?」

「答えになってねぇ!」

 

 ベアトリスの態度に怒声を上げるスバル。そこへ、

 

「――ああ、四人ともこんなところに。悪いんだけど、レムを知らない?」

 

 今の怒声を聞きつけてだろうか。広場の方の一角から、桃髪の少女が姿を現してきてしまった。彼女はこちらを不思議そうに見てから、今の問いかけを思い出させるように首を傾けてみせる。

 そんな彼女の仕草に対して、ベアトリスは見慣れた無関心な表情を保つ。

 だが、彼女以外はラムの愛妹であろうレムの現在置かれている状況を伝えることができず、目を逸らす。

 その露骨な反応と、会話をしている場所。そこになんらかの符号を得たのか、ラムは「まさか」とその表情をふいに曇らせ、

 

「――千里眼、開眼」

 

 髪の中に手を差し込み、ラムは己の片目を塞ぐとそう呟く。

 直後、彼女に起きた変貌を目にした驚愕にうめき声を漏らす。

 左目を塞ぎ、右目を見開く彼女の形相に、びっしりと血管が浮かび上がる。白い面に青緑の血管が浮かぶ光景はグロテスクで、さらに血走ったというより血溜まりと化したラムの右目の様子がさらにそのおぞましさに拍車をかけた。

 その驚嘆すら無視し、そうした変貌を得たラムは唇を震わせ、

 

「――見えない。そんな、まさかレム、結界の向こう!?」

 

 目を血走らせたまま振り返り、ラムの足は結界の張り直された森へ向かう。

 と、スバルは思わずその肩に手をかけて止める。

 

「待て、場所がわかるのか!?」

「結界の中にさえ入れば……止めないで、バルス!」

 

 肩にかかるスバルの手を猛然と振り払おうとするラム。が、スバルの方も引き剥がされまいと必死だ。

 

「ベアトリス! なんで彼女を止めなかった!」

「――可能性の提示はした、それだけなのよ。混じり物の娘を危険にさらしたくないにーちゃはもちろん、禁書庫とこれだけ離れてしまったベティーも戦力外かしら。その男はなんの役にも立たない。選択肢は限られていたのよ」

 

 確かに、動ける人数は限られていただろう。

 アリシアは負傷が思ったよりも激しく、姉であるラムを頼ることは彼女の性格上しないだろう。だが、シャオンはどうだ? アリシアほど負った傷は深くなく、動くことはできたはずだ。

 

「……なんで、頼ってくれなかったんだよ」

 

 そんなこと、わかっている。迷惑をかけたくないからだ。

 そして、スバルが傷ついたのは自分の責任だと考え――魔獣の住まう森の中に、単身、群れを掃討するつもりで入ったのだ。

 先ほどラムが言った、レムとシャオンは似ているという言葉は案外あっているのかもしれない。すぐに彼女の考えを理解したこと、そしてシャオンも同じ立場ならその行動をしていただろうと思ったからだ。

 レムの力は夜の森で魔獣たちを圧倒していた。だが、

 

「魔法が使える奴が何匹いる? そもそも、俺の呪いが解呪できたってどうやって確かめるんだ。片っ端から殺して殺して、闇雲ってレベルじゃねぇんだぞ!」

「どういうこと? バルスの呪いは解呪されたはずじゃ……」

 

 スバルの血を吐くような叫びに、ラムもまた血走った瞳を曇らせる。

 

「複雑に絡んだ魔獣の呪いを解くために、ウルガルムの群れを殲滅しに森に入ったんだ、単身でな」

 

 苛立ち気なシャオンの言葉に、ラムは一瞬言葉を失う。

 しかし、すぐにその表情を悲嘆から決意に切り替えると、妹のあとを追って迷わず森へ飛び込もうと駆け出し始める。

 

「――待て!」

 

 その正面に両手を広げて飛び出し、ラムの行く手を遮るスバル。桃髪の少女はそんなスバルの態度にキッと鋭い目を向け、

 

「どきなさい、バルス。今のラムは余裕がないから、優しくできないわよ」

「なにも考えなしに行くなっつってるわけじゃねぇ! いくつか聞きたいことがあるからそれに答えろ、正直にな」

「そんなことをしてる時間は……」

「ラム、落ち着いて。こういう時こそ一度落ち着こう」

 

 スバルの横に並び、二人で彼女の進行を止める。

 どうやら二人を相手にして無理やり突破するよりも、話を聞いてからのほうが早いと考えたのか少なくとも足は止まった。

 

「……レムを助けたきゃ、聞いてくれ。少しでも、可能性は上げておきたい」

 

 現在進行形で窮地にあるだろう妹、そのレムを助ける手段と聞かされて、ラムの頑なだった姿勢がわずかに揺れる。

 

「聞きたいことはほんの二個だ。まず、お前の千里眼って力があれば、森の中のレムの居場所がわかるのか?」

「……ええ、わかるわ。ラムの千里眼は範囲内の、『ラムと波長の合う存在』の視界を共有する目だから、見えた光景を順々に移動すれば必ず届く」

「見通す目っていうより、複数の視界から見渡す目、ということでいいんだね。なら、一つ目の条件はクリアかな」

 

 第一条件のクリアに頷きながら、続いてスバルは二本目の指を立て、

 

「ああ、なら二個目。――ラム、お前って戦えるタイプのメイドだったりする?」

「それはどういう意味?」

 

 目を細めて問い返してくるラムに、スバルは「そりゃまぁ」と前置きして、

 

「レムと合流するまでの間、どこで魔獣と激突するかわからねぇんだ。自衛できなきゃ話にならねぇ。あ、わかってると思うけど俺の戦闘能力は期待すんなよ?」

「ま、待ちなさい。シャオンはともかく、そもそもバルスはついてくるつもりなの?」

 

 自信満々に実力不足を語るスバルに、ラムは珍しく焦った口調だ。その彼女の焦燥感はわかる。

おそらくこ子にいるメンバーの中で最弱なのはスバルだ。そして、それはスバル自身もわかっているはずだ。

 それなのについてくるというのだから動揺はするだろう。

 

「動揺はわかるけど、必要条件だぜ? いや正直、レムの生還だけが目的なら俺は必要ないっちゃないんだが……」

 

 台詞の後半が尻すぼみになり、聞き取れなかったらしきラムが疑惑の表情。

 その表情にスバルは慌てて両手を振り、ごまかす。

 

「こうなりゃ全員で五日目を突破してぇじゃねぇか。それができてこそ、こうまで何度も挑んだ甲斐がある。だからひとつ、頼まれてくれ」

 

 両手を合わせて拝むスバルに、ラムはなにを言うべきか迷うように唇を震わせる。

 しかし、結局はそれら全てを封じ込めたままため息をこぼし、

 

「――鬼化したレムと同じくらい戦えるのを期待されているなら、無理よ」

「というと?」

「レムと違ってラムは『ツノナシ』だから、完全な鬼化はできない。レムと違って肉弾戦が得意でもないし、少しだけ過激に風の系統魔法が使えるだけよ」

 

 そう答え、ラムはスバルの髪に軽く風魔法をぶつける。わずかに髪が揺れる程度のものだったが、少し力を込めれば首を切断する程度、造作もないものだろう。

 

「まったく魔法が使えない俺からしたらどっちにしろ十分な戦力だっつの」

 

 苦笑いをしながら遠まわしに十分だと告げるスバル。

 

「バルス、言っておくけど」

 

 笑うスバルに、ラムは、一拍置き、目を鋭くとがらせ、

 

「もしも、レムが生きて帰ってこなかったらその時は、容赦なく――殺すわ」

 

 殺意のこもった、冷たい声でスバルに宣言する。常人ならばひるむようなほどのそれを、

 

「上等だ」

 

 スバルは鼻で笑い、ラムの言葉を正面から受けて立った。

 その様子に驚き、不快そうにラムは表情を変えた。

 

「もしも冗談と思っているなら――」

「それこそ冗談。お前がレムをどれだけ大切に思っているかなんて十分わかってる。お前が俺を殺せるのも十分わかってる」

 

 スバルは、三度目の世界でレムを死なせた。

 その時にレムの死にかかわっていると判断したラムに殺されそうになったという。

 だからこそだろう、彼女がレムを、妹を大事にしていることは身をもって知っているのだ。彼女の言葉は決して冗談ではないことを知っている。

 そのことを知らないラムは疑いの眼差しを向ける。だがスバルは鼻をこすり、

 

「その脅しでむしろやる気が出てきたぜ、俺はレムのためじゃなく、俺の命を守るために動くってことだからな」

 歯を見せ、にっこりと笑みを浮かべる。そんなスバルにラムはそれ以上何も言えなかったようだ。

 

「ベアトリス! 俺ら今から一緒に森に入る。もし戻る前にエミリアたんが目覚めちまったら、適当に誤魔化しといてくれ」

「……あの青髪の娘を連れ戻すってことは、自分の命を諦めるってことなのよ。お前はそれが理解できているのかしら?」

「ちょっと違ぇな、訂正するぜ」

 

 低い声で覚悟を問い質すベアトリスに対し、スバルは指を左右に振り、

 

「命は大事だ、一個しかない。お前らが必死こいて繋いでくれたからそれがわかった。だから、みっともなく足掻かせてもらう」

 ベアトリスが意図したところにこれっぽっちも則していない答えを返し、しかしスバルはこれ以上ない程のドヤ顔で胸を張る。

 恐らく、いやシャオンとスバルを除けば言葉の意味を理解できないだろう。

 

「なにを考えているのかわからないのよ。でも、勝手にすればいいかしら。選択肢は提示した。そこからなにを選び取るかは、お前が勝手に決めればいいのよ」

「あぁ、勝手にやらせてもらうぜ? これまでも、これからもな」

 

 ようやく話がまとまり始め森を振り返り、その深い闇の中で今なお、戦っているだろう少女を思う。今すぐに駆け出していきたい気持ちだが、その前に考えなければならないことがある。

 

「問題は、あのおさげの子をどうするかって話だね」

「何の話?」

「あの呪術師を連れてきたのが俺らが助けた子供だってことだよ」

 

 先ほどの話を聞いていなかったラムに簡単に事情を説明する。その説明を受けてラムの表情がうんざりとしたようなものに変わっていく。

 

「面倒なことに、なったわね。ロズワール様がご不在の時に」

「俺としてはあの子供をこのまま放置はまずい気がする。それに、彼女を捕まえればスバルの呪いを解呪してくれるかもしれない」

 

 最悪、心を鬼にして拷問をしてでもさせるつもりだが、そもそも捕まえなければ話にならない。だから、

 

「そこで、俺は二手に分かれることを提案する。嗅覚が優れている俺がおさげの子を、スバル達がレム嬢を探すという分担で」

 

 レムの臭いをかぎ取れるならシャオンがスバル達に同行するべきだが、常に高速で移動し続けるだろうレムの臭いをかぎ取ることは難しい。そして、彼女は恐らく魔獣の血で体を濡らし、臭いの判別が難しいだろう。あまりにも血を浴びていると臭いはわからなくなる。

 なので、このように分担をしたのだが、問題が一つある。

 

「……さっきも言ったけど、ラムはそこまで戦闘は得意じゃないわよ」

 

 そう、問題があるとすればレムの捜索側には戦えるメンバーが少ないということだ。

 シャオンも、もしも非戦闘員の二人だけでレムの捜索に向かわせることになるならおさげの女の子捜索を諦め、ついていくつもりだった。だが、

 

「適任がいるでしょ」

 

 その適任者に視線を向け、続くようにラムとスバルも視線を向ける。ベアトリスは興味ないようだったが。

 

「え?」

「アリシア、頼む。俺たちに力を貸してくれ」

 

 そこにいたのは金髪の少女だ。スバルは頭を下げて、アリシアに頼み込む。

 彼女は事情も分からず、うろたえている。

 

「そもそも貴女はもうロズワール様の使用人の一人なの。だから先輩の言うことには絶対服従よ」

「うぇぇ……? 流石に横暴じゃないっすか?」

 

 そんな彼女にラムは拒否権がないことを伝える。下手をすれば人権すらないともいわれているような言い方にアリシアは涙目だ。

 

「それで?」

 

 アリシアの苦情を無視し、ラムとスバルは返答を待つ。

 

「……まぁ、いいっすよ。というより断る理由がないっす」

 

 アリシアはポリポリと頭をかきながら捜索についていくことに同意する。

 これで、分担の条件はクリアだ。

 

「それに、レムちゃんは鬼化しているんすよね? ということは話し合いは難しい……うん、だったらアタシが一番適任かもしれないっす」

 

 それはいったいどういう意味だろうか? 

 だが彼女はそれ以上の説明をするつもりはなく、ただ確かめるように自身の額に手を当てていた。

 

「やっぱり、そういうこと(・・・・・・)。それなら、こっちの戦力は十分だわ」

 

 さっぱりわからない男二人を置いて、ラムだけは事情を察したのか頷く。だがやはり彼女もそれ以上の説明はしない。

 

「まぁ、よくわからないが行けるんだな? なら、最後の大勝負といこうぜ。――運命様、上等だ!」

 

 スバルは拳を鳴らして決意を後押しし、魔獣の森へ向かって宣言する。

 その奥に住まう黒い獣の群れに、そしてシャオン達をこの運命へ引きずり込んだ超常的な存在に対し――宣戦布告を口にし――最後の鬼ごっこが始まった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。