Re:ゼロから寄り添う異世界生活   作:ウィキッド

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馬鹿な鬼

「がァァァァァ――ッ!」

「獣じゃないんだか、らっ! そんな声出さないでよ!」

 

 怒りを表すかのように雄叫びをあげ、レムがアリシアに殴りかかる。骨と骨がぶつかり、空気がはじける音がスバルの鼓膜を震わせる。

 その猛撃には一切の容赦がなく、どれも確実に殺そうとする一撃だ。スバルが相手だったら数秒も持たずに肉塊になってしまっただろう。

 だが彼女の相手をしているのはもう一人の鬼、アリシアだ。

彼女も決してレムに負けていない。致命的な一撃は避け、ダメージを軽減している。

 ただ、レムの体を案じてか反撃はほとんどしていないように見える。

 

「バルス、策はあるかしら?」

「微妙、いや……わり、微妙どころか正直ない」

 

 ラムに手詰まりであることを伝える。

 目の前で行われている戦闘の烈々さに当てられてか、考えがまとまらない。せめて、なにか彼女を元に戻す方法がわかれば話は変わるのだろうが。

 

「はぁ……使えないのね。いや、そもそもバルスに頼ること自体間違っていたわ」

「互い様だろ」

「――角よ」

「角?」

 

 ラムは攻防をしている二人の片側、レムの頭部。

 怪しげな光を纏い存在している一つの角、それを指差す。

 

「レムを鬼たらしめているのは、あの角だから……一発、強烈なのを叩き込めば……それで、戻ってくる……はず」

「微妙に言い切っていないから不安が残るんだけど……」

 

 ただ、同じ鬼でありレムと過ごした時間が一番長い彼女の言うことだ。信じてもいいだろう。

 

「うし、なんとかなりそうだな……どしたよ?」

 

 ようやく解決の糸口が見えたが、提案者であるラムの表情はすぐれない。

 

「問題は、誰が角に衝撃を与える役割を担当するのかということだけど」

「……? アリシアがレムの角に衝撃を与えればいいんじゃないか?」

 

 現在レムと渡り合っている彼女にこのことを伝えればその問題は解決するだろう。彼女の実力ならあの角に触れることは難しくないはずだ。

 しかしラムは渋い表情を浮かべ小さいな声でつぶやく。

 

「……鬼の力でそんなことやってしまったら100%角が折れるわ」

 

 角が折れる、それはつまり、

 

「――レムには、ラムのようになってほしくないから」

 

 ――ツノナシになる。ラムと同じように、生きるだけで死と隣り合わせの存在になってしまう。

 姉である彼女にはレムがそうなることは耐えられないのだろう。

 そして、今まで苦労してまで行ってきた救出劇の結果がそんなことではスバルも耐えられない。

 

「ってことは、俺がやるしかないのか……」

「……一番頼りにならない男が一番重要な場面を担当しなければいけないのね」

「酷い言いようだ、事実だけどな」

 

 アリシアがその役割を担うのは無理。体力の問題でラムも無理。だったら残るのはスバルだけだ。

 問題としては、スバルがその目的を達成する前に死んでしまうのではないだろうかという点がある。

 なにか、気を引けるものでも投げ、その際に生まれたわずかな隙をついて彼女に近づき、折れた剣をたたきつける。これが妥当だろうか。

 

「くそっ、何かねぇのか」

 

 彼女の気を引けるものはないか、ポケットを探るそして、あるものが指先に触れた。

 

「――思いついた」

「本当?」

 

 こぼした言葉を拾い、ラムは小さく驚く。

 

「けど、これは……」

 

 あまりにも、スバルの命をないがしろにした作戦だ。一歩間違えればスバルの体はレムの手によって粉砕される。

 

「急ぎなさい、バルス。もうアリィも限界。鬼化する前に受けた傷が深すぎたようだわ」

 

 その言葉と共に、アリシアがレムの一撃を食らい、こちらまで吹き飛んでくる。

 地面に何度か体を打ち付け、それでもその勢いを利用し体を起こし、レムに向き直る。

 

「あぁもう! こっちは全力出せないのにレムちゃんは殺す気でやってくるんすから」

 

 彼女の額に生えている二本の角の輝きが弱くなり始め、角の大きさも小さくなってきている。ということは鬼化のタイムリミットが来てしまったのだろう。

 時間はもうない、作戦もこれしかない、スバル以外にできる人物はいない。

 

「――今からあることをする。すると確実に、レムは俺を殺しに来る。だが、邪魔はするな」

「は!?」

「それは、レムを救うのに必要なことなのよね? バルス」

 

 今から自殺をするとでも言っているようなものだ、驚くのも無理はない。

 だが驚愕するアリシアとは対照的に、ラムは冷静に確認するようにスバルを見つめる。

 その目を見つめ返し、小さく頷き肯定を示す。

 

「だけど成功する確率は高くない。もしも失敗したら――」

 

 死ぬ。そう言おうとしたが、かぶりをふり、

 

「いや、必ず成功させる。だから成功させたら全員で帰るぞ。ロズワールの奴に祝いのパーティを盛大に開くように言ってやる」

 

 自らが言ったではないか。絶望的な予測をすればさらに絶望な結果になってしまうと。ならば、希望にあふれた未来を想像したほうがいいに決まっている。

 

「離れてろよ、二人とも。――おいレム!」

 

 レムは血走った眼でスバルをにらみつける。

 スバルの言葉が聞こえていたのかはわからない、ただ単純に魔女の香りに反応したのかもしれない。だが、こちらに関心を向けたのだ。作戦の開始は十分だ。

 あとはありったけの幸運と、

 

「よく聞けよこんちくしょう! 一度しか言わねぇからな!」

 

 ――ほんの少しの勇気を。

 

「俺は、死に戻りを――」

 

 何度目かわからない世界の停止。

 それは決して慣れることができない光景。

 スバルを除いた人間の意識はすべて切り離され、スバルだけがその”腕”の存在を認識する。

 スバルの体を透過し、腕が心臓に触れる感触の直後、激痛が走る。

 

「――魔女ッ!」

 

 世界の始まりと共に鬼が、標的であるスバルめがけ駆け出す。

 だが、逃げない。逃げたらすぐに追いつかれてBADENDだ。だから迎え撃つ。そもそもようやく助ける対象に出会えたのだ、逃げる必要などどこにもない。

 

「……頼むぜ、猫様パック様、マイスイートハニー、エミリアたん!」

 

接触まであとほんのわずか、その直前、ふらつく体に鞭を打ちスバルは息を深く吸う。

イメージするのは、己の体のど真ん中。胸と腰の間、その部分に内と外を繋ぐ『門』を意識し、叫ぶ。

 

「――シャマク!!」

 

 スバルの中心から爆発したかのように黒雲が発生。それは彼の周囲にいた全てを飲み込んで、ラムもアリシアも、レムも闇の中へと閉ざしていった。

 

 

 突如襲った暗闇の中、レムは標的である魔女の香りを漂わせる男を見失った。

 臭いも濃すぎて正確な位置を把握できない、近くにいることはわかるが、それだけでそれ以上は絞れない。

 

「――悪いな、レム」

 

 声が聞こえてきた方向へ振り返る。

 僅かに靄が晴れ、敵である男の姿が現れる。

 迅速に、鉄球を構え標的を仕留めようと動こうとする。だが、

 

「俺は勝ち組にしか味方しない神様よりも鬼のほうが好きなんだ。そして、一緒に笑ってくれる鬼ならなおさらな」

 

発せられた男の声は震えており、情けなさを感じさせる。だが、だからこそだろう(・・・・・・・・)。本心を隠していないその言葉に、僅かにレムの動きが止まる。

 そして男は、スバルはその隙をついてレムめがけ折れた剣を振りかぶる。

 

「――だから笑え、レム。――今日の俺は、鬼より鬼がかってるぜ」

「――あ」

 

 避けようと思えば避けれていた一撃。

 何故か、本当にわからないが、レムは、その一撃をよける気は起きなかった。

 

 

 甲高い鋼を打つ音が、魔獣の森に鋭く響き渡り、スバルはなんとか意識を失ったレムの体を支える。

 レムの額に有った角はどこにもなく、今スバルの腕の中にいるのはただの少女だ。

 魔女の臭いを濃くし、レムを引き寄せ、接近した際に陰魔法による目くらまし。これが考えた作戦だ。

 通常時のレムには絶対効かないスバルの魔法だが今のレムには効くと読んでの作戦だったが、なんとか成功したようだ。

 

「あぁ、くそ。しんどい」

 

 頭が重く、全身がだるい。それはパックにも指摘された、ゲートの開放が不完全なスバルの魔力行使による、過大なマナ放出による負債の影響だ。

 本来ならば体の中のマナを全て吐き出し、その場に倒れて立ち上がれなくなるはずだった魔法の実行――それをスバルは、切り札によって打破して抜けた。

 

「……感謝しといてやるぜ、ガキ共」

 

 口の中にわずかに残った果実の皮を吐き捨てて、スバルは小さくそう呟く。

 吐き出した果実――それは以前エミリアがくれたものと同じものだった。

 ボッコの実。体内のマナを活性化し、枯渇した肉体にわずかに力を取り戻させるもの。どこから拾い集めてきたのか、レム救出に向かうスバルに子どもたちが持たせた役立たずの中にそれはあった。

 幸運なのか不運なのかわからないが、今の今まで気づけなかったが一番重要な時には気付けた。

 

「……なんつう幸運値の振り方だよ」

 

 できるならば別の場所で運を使ってほしい。やはりこの世界の神様はスバルに厳しいらしい。

 そう嘆いていると、離れた茂みから見覚えのある人影を目にした。

 

「お、シャオンお前も――」

 

 その姿を見たとき、スバルがレムの体を落とさなかったのは奇跡だったのかもしれない。

 後光にも似た光を纏いながらシャオンはこちらに歩み寄る。その光は暖かく、何もかも放り出してもっと間近で浴びたいと思うような光だ。

 スバルは”それ”から視線を逸らすことができず、逃げることもできないただ接近を許していく。

 シャオンはゆっくりとこちらに歩み寄り、そして――近くに落ちていた石ころに躓き、転んだ。

 途端、彼がまとっていた厳かな雰囲気は霧散し、目の前にはかっこ悪く、地に伏している相棒の姿が。

 

「……何してんの?」

「あれ、すば、るか。 ラム嬢も、アリシアもそれに……レム嬢!」

「ああ、無事だ」

 

 今まで半ば意識がなかったようだったがスバルの腕の中にいるレムの姿を見て、覚醒したようだ。

 

「それにしてもよく俺の場所がわかったな。やっぱり魔女の香り?」

「いや、俺はその臭いをかぎ取れないみたいだ。ただシャマクの靄が見えたからこっちに進んでいただけ。……それと、悪いがおさげの子、メイリィは逃しちまった」

 

 申し訳なさそうに告げるシャオン。

 彼の姿は生傷だらけで、彼が行ってきた戦闘の烈々さが十分に伝わってくる。下手をすれば命を落としていたかもしれない、だが戻ってきてくれた。

 

「十分だ、死ななきゃ安い」

 

 これでレム救出メンバー全員の無事を確認できた。レムの意識はまだ戻らないが鬼化も解けたのだ、次に意識を取り戻す頃には元の彼女になっているだろう。

 

「感動の再開もいいっすけど急がないと魔獣たちが――」

「――――ァアアアア!」

 

 アリシアの言葉を最後まで聞き取るよりも早く、近くで遠吠えが聞こえ、

 

「――フラグ回収速すぎる!」

 

 スバル達めがけ大勢の魔獣が襲い掛かってきた。

 

 

「走れ走れ走れ!」

「――スバル、正面の折れた木を右へ! もっと速く!」

「無茶、言うな……っ。はぁ、全力、疾走だ……っつんだよ!」

 

 互いに罵倒しながら走り、ただまっすぐに村に向かう。そこまでいけば張り直した結界がスバル達を守ってくれるはずだ。

 だからあとはスバル達の体力との勝負なのだ。

 そんな事情は自然にとっては関係ないらしく、手入れされていない枝が頬を裂き、落ちている葉や木の根がスバル達を転ばせようとしてくる。

 

「くそっ、手入れしとけよこの森っ!」

「……スバル、くん?」

 「――! レム!」

 

腕の中から聞こえた声に、スバルは歓喜の声と共にレムを見下ろす。

 レムは虚ろな瞳でそれを見上げ、すぐにハッとしたように目を見開いた。

 

「……よかった、レム。本当に、手間のかかる子だわ」

 

スバルの横を並走しながらラムはその唇をほんのわずかだけ、見知った相手にだけわかる程度に笑みの形に崩し、伸ばした手でレムの青い髪をそっと撫でる。

 その直後、

 

「フーラ!」

 

 風の刃の詠唱が行われ、巻き起こる風刃が森を裁断――途上にあった魔獣の肉体を輪切りに切断し、飛びかかろうとしていたその身を肥やしへ変える。

 額から血を流すラム。おそらく魔法を使った代償だろう。ふらつく体をラムの隣にいたアリシアが支え、倒れてしまうことは防いだ。

 

「どう、して……」

「ああ?」

「どうして、放っておいてくれなかったんですか?」

 

 彼女は気づいてしまったのだろう。スバル達が、ラムがなぜ森にいて、なぜ傷ついているのかを。

 

「姉様と、スバルくんがきてしまっては意味がない。レムが……レムがひとりでやらなきゃ……傷付くのは、レムだけで十分で……」

「じゃあもう遅ぇよ、皆ズタボロだよ! 下手したらお前よりひでぇよ!」

 

 スバルは誇張でもなんでもなく、事実としてそうだろうことを告げる。ラムはなにか思うところがあるのか、その会話には参加してこない。

 

「レムの、レムのせいなんです。レムが昨晩、躊躇したから……だから責任はレムがとらなくちゃ……そうでなきゃ、レムは姉様に、スバルくんに……スバルくんは本当なら、噛まれずに済んでいたんです――」

 

 泣きそうになりながらも、必死に言葉を紡ぎ自らの罪を懺悔するレム。その告解をスバルは何も言わずに聞き続ける。

 

「レムがスバルくんに手を差し伸べるのを躊躇ったから、スバルくんは死にかけたんです。そして、あまりに多くの呪いを一身に浴びてしまった。だから――」

「その罪滅ぼしに、てめぇひとりで片をつけようって腹だったのか」

 

 レムの告白に、荒い息ながらもスバルは納得したように頷いた。

 

「――レム」

「はい」

 

 名前を呼ばれて、覚悟を決めた表情でレムはこちらを見上げる。

 そんな彼女に、

 

「ちょーぱん」

「――あぅ!?」

 

 がつん、音を立て、スバルはレムの額に向けて頭突きをする。

 鋭い痛みに一瞬だけ視界が点滅し、涙が出そうになる。

 レムは意味がわからないといった顔で額を押さえる。『鬼化』していない今の肉体は、人間の強度とさほど変わらないのだろう。打撃を受けた額はかすかに腫れ、赤くなっている。

 

「とりあえず、バカかお前は。いや、バカだお前は」

「バルス。割れた額がまた割れて再出血してるわよ」

「馬鹿かお前は」

「知ってるよ! でも、こいつはもっとバカ!」

 

 口を挟む外野にそう言ってから、スバルは流血する頭を振る。

 

「色々とお前はバカだけど、特にバカなことが三つある。わかるか?」

「なにを、言って……」

「まず一つ目のバーカ! 俺を助けられなかったとか言ってることー!」

 

 唾を飛ばしながらレムを遮り、スバルは抱えるレムを持ち上げると目の前に顔を突き合わせ、息がかかるほどの距離で黒瞳を見開き、

 

「目ぇかっぽじって超見ろ。俺は死にそうか? ちげぇだろ、今お前に頭突きをするほどの元気があんだよ。ちょびっと体のあちこちに白い傷跡が残っちゃいるけど、傷は男の勲章だから問題なし。よってお前の負い目はそもそも間違いだ、バーカ!」

「でも、だから、そもそもレムが躊躇しなかったら、手を伸ばすことをすぐにしていれば、そんな傷を負うことだって……」

「うっせ! 結果だけ見れば俺は生きてんだよ! そして二つ目のバーカ! 全部自分で抱え込んでたったひとりでやろうとしたことー!」

 

姉であるラムもスバルの言いたいことがわかるからか、口出しをしてこない。

レムはそれを見捨てられたと思ったからか泣きそうに顔を歪める。しかし、スバルはそれを無視し、

 

「いいか、俺の故郷には『三人寄らば文殊の知恵』って言葉もあってな」

「もんじゅってなんすか?」

「はいはい、口を挟まない」

 

 空気を読まずに質問するアリシアをシャオンが嗜める。スバル自身文殊の意味が分からないので知り勝った気持ちもある。

 だが今は置いておいて、

 

「と・に・か・く! ひとりで考えるんじゃなく、色々と周りを頼れよ! 口がきけないわけじゃねぇだろ。俺らみたいに心臓握ら――」

 

そこまで言いかけて、世界が数舜ほど停止し、心臓を強い力で握りしめられる感覚に襲われる。

 幸いだったのは衝撃の瞬間、スバル以外が静止していたことだろうか、おかげで情けない叫びを聞かれた心配はない。

 世界が時を刻み直したと同時に苦しげに息を整えながらもスバルは、

 

「今のでダメとか……は、判定厳しくねぇ?」

「なんの話を……いえ、スバルくん。急に、魔女の、臭いが濃く……」

「今は、そんなことどうでもいい。切り替えてくれ、じゃないと俺死ぬ」

 

 レムは口をぽかんと開けてスバルを見る。その横顔には言葉以上の感情はなにも見えず、本気で問題を先送りにしたのが伝わってきた。

 

「それで三つ目のバカだが……クソ、時間がねぇな」

 

 走りながら前方を見るスバル、

 同時、隣を走るラムもまた、痛む頭に手を当てながらマナを展開し始め、

 

「ラム、村の方向……いや、この際、結界の方でいいや。どっちに走れば抜けられる?」

「前の群れさえ抜けば、あとは左に向かって全力疾走だけど、どうする気?」

 

 スバルはラムの問いにわずかに考えるそぶりを見せ、

 

「レムをラムに突き飛ばし、俺はひとりで結界の彼方まで無情にも逃げ去る――というシナリオはどうだ?」

「魔女の臭いでウルガルムを引きつける囮になる、と」

「正直に言えばいいっすのに”ここは俺に任せて先に行けっ!”って」

「それ死亡フラグだからっ! 俺死んじゃうから!」

 

そんな会話を耳にしながら、レムは「そんな……」と絶望を口にし、

 

「助かるわけが、ないじゃないですか。……やめ、やめてください。それじゃ、レムはなんのために……」

「バーロ、これが全員が助かる最善の策だぜ? 結界抜けてどうにか合流できりゃ、あとはお前が知らない方法で、ウルガルムどもを狩り尽くす名案があんだよ」

 

 レムにはスバルが虚言を言っているようにしか見えないだろう。スバルが単身で包囲網を抜けるということがレムには達成不可能な事柄に思えるのだろう。

 事実立場が違ったらスバルも無理だと判断している。

 

「そんなことしなくても……レムが魔獣なんて、蹴散らして……」

「できるわけないっすよ、レムちゃんもう手が動かないでしょ」

 

 レムはその言葉に驚いたようにアリシアを見る。

 

「殴り合いの際にちょいとマナをいじったっすから体動かすの辛いはずっす。あくまでしびれる程度っすけどね。まさか、今になって効くとは思っていなかったすけど」

「そもそも武器ないでしょ、レム嬢」

 

 体は動かず、武器すら手元にない。

 そんな完全にお荷物状態なったことに耐えられないからかレムは震える手で顔を覆い、涙声でスバルに話しかける。

 

「スバルくんは、なんでそこまで……」

「――そうだな」

 

 問いかけにスバルは一瞬だけ瞑目し、それから指を一本立てて笑い、

 

「俺の人生初デートの相手だ。見捨てるような薄情はできねぇな」

 

 言って、その指を立てていた手でレムの髪をそっと撫で、

 

「んじゃま、ちょっくらやってくるとするわ。――レムを頼んだぜ、お姉様」

「バルスも、無事に合流できるのを祈っているわ」

 

 らしくない、素直にスバルの身を案じているラムの言葉に最初のころとは大違いだな、と彼女に気付かれないように笑う。

 

「アタシもついて――」

「ばーか。お前も十分戦って、今走っているのが限界だろ……」

 

 アリシアはの攻撃方法は近接とミーティアを用いた魔鉱石の発射だ。しかし今の彼女は鬼化の影響か体力の限界を迎え、魔鉱石はすでに打ち尽くして遠距離の攻撃もできない。戦闘をするには心もとない。

 

 

「だからついてくるとしたら……」

 

 言葉を途中で切り、スバルはシャオンに視線で訴える。

 

「やれやれ、人使いが荒い」

「あったりまえだ、幼女逃がした汚名を返上しろ――行くぞ!」

 

 そんな短いやり取りを置き去りに、走る方向が急速に別れる。

 ラム達は右へ、スバル達は左へ。正面にいた群れが散らばる獲物のどちらを追うか僅かに迷い――即座に、左のスバル達を追い立てる。

 こうも魔女の香水が強烈だとは思わなかった。

 そこまで魔獣を引きつける魔女とはいったいどんな人物なのだろうか。

 答えの出ないであろう疑問を抱きながらも捕まらない様に走る速さを上げる。

 

「――姉様! スバルくんが――!」

 

 背後からレムの悲痛な叫びが鼓膜に響く。

 スバルの身を案じて出たであろうその叫びに、不謹慎ながらも口角が上がるのがわかる。

 

「――いいのか?」

「仕方ないだろ、それに策があるってのは嘘じゃねぇしな」

 

 その策は結局は他人任せで、しかも成功するかもわからないものだ。だが、シャオンはため息をつき、覚悟を決めた目つきで、

 

「……信じるぞ」

「当たり前だ、黙って信じてろよ。相棒なんだから」

 

 そう、つぶやいたのだ。

 




次回、二章最終話。
そして幕間を5つほど投稿し三章へ。
申し訳ありませんが今年中に三章はきついかもです。
一月中にはできますが

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