Re:ゼロから寄り添う異世界生活   作:ウィキッド

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今年最後の投稿です。



幕間、いつかの記憶
怠惰なる母


「まったく、ひどい有り様だ」

 

 一人の女性は白髪を整えながら、悲し気に瞳を揺らし、目の前の光景を眺める。

 女性の記憶ではここ、クローリサという国は色とりどりの花が咲き誇り、川の水は澄みきり、人々の活気があふれる場所だったはずだ。

 しかし目の前の光景はそれと正反対だ。

 色彩豊かな花は黒色に染まり、生命の象徴である川は、水が蒸発し、そしてこの国に人間はおらず屍のみが佇んでいる。

 もしもクローリサという国を知っている人間が見たらここがその地だということに気付くことはできないだろう。それほどまでに変化しているのだ。

 

「花は枯れ、川は干上がった。そして、人は死に絶える……まるですべての生物の墓場だね。死後の世界というものがあるならこういった場所なのかな」

 

 笑えない冗談を口にしながら女性――強欲の魔女エキドナは腰をかがめ、足元に咲いている花に触れる。

 途端、花はその形を崩し、灰のように吹き飛んでいく。

 それを悲しげな表情で見送り、立ち上がる。

 

「さて、どうする?――セクメト」

 

 振り返り、共に来ていたもう一人の”魔女”に語り掛ける。

 

「彼の母親である君なら、どこにシャオンがいるかわかるんじゃないかな?」

「ふぅ、あたしとあの子は、血がつながっているわけじゃないよ。それに血がつながっていたとしても、はぁ、そんなことわからないだろうさ」

 

 億劫そうに、尋ねられた事柄に答えるのは赤紫の髪を伸ばした女性――怠惰の魔女、セクメトだ。

 彼女は目の前の凄惨な光景を見てもいつもと同じく生気のない眼を保ったままだ。

 

「先に駆けつけたダフネは気絶させられ、テュフォンは眠らされた。カーミラも同様にね。ミネルヴァにいたってはそもそもこの事態に気づいていないだろう」

 

 エキドナが連ねたのは大罪の魔女の名だ。

 一人一人がそれ相応の大罪を冠する能力を持ち、それなりの戦闘能力を有する。

 だが今の彼はそれらをことごとく戦闘不能に陥れることができる。命は奪っていないが少なくとも数日は目覚めないだろう。

 

「これ以上彼が暴れてしまえば剣聖だけではなく、龍まで動く可能性がある。だからワタシ達で止めなければいけない。全く、荷が重い」

「ふぅ、サテラが教えてくれなければ、はぁ。もっと被害が拡大していただろうさ」

「……ふん、安全圏で見てるアレのおかげとは思いたくないな。……っと、どうやら、見つかったようだね」

 

 エキドナは屍の中に一つ動く”黒い影”を見つけた、恐らくあれがシャオンだろう。

 もともとの彼の姿からはかけ離れた、それが赤い瞳をこちらに向けていた――新たな獲物を見つけた獣のように。

 

 

――妬ましい。

 全てを癒すためにその五体全てを使って生物の傷を治してきた彼女の愛が妬ましい。

 すべての争いに対して横暴ながらも縛られず、怒りをぶつけることができる彼女の”憤怒”が妬ましい。

――妬ましい。

 人生を食べることにのみ費やそうとする食への愛が妬ましい。 

 多くの命を食し、いまだに満さえていない彼女の”暴食”が妬ましい。

――妬ましい。

 世界を愛で埋め尽くそうとした彼女の愛が妬ましい。

 そしてすべての生物を惑わしてきた彼女の”色欲”が妬ましい。

――妬ましい。

 愛とは何かを考え、そして更なる未知を求めていく知識への愛が妬ましい。

 尽きることなく知識を求めていく”強欲”が妬ましい。

――妬ましい。

 無邪気に物事を考え、悪とは何かを追い求める彼女の罪への愛が妬ましい。

 全てを自分の判断のみで審判する彼女の”傲慢”が妬ましい。

――妬ましい。

 全てを面倒に思いながらも生き続ける生への愛が妬ましい。

 生きることさえ億劫に考えるその”怠惰”が妬ましい。

――妬ましい。

 たった一人をあそこまで愛し続ける彼女の存在そのものに”嫉妬”する。

 ああ、妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい――――!

 セクメト達がシャオンを認識したと同時に、彼もこちらに気付いたようだ。

 

「――ア」

「――来るよ」

 

 僅かに首が傾いたと思った瞬間、大きな黒い手がセクメトに叩きつけられる。

 衝撃の後、セクメトの周囲が黒く染まり、地面がわずかに陥没した。 

 ずぶずぶと音を立てて周囲の地面が”腐る”のを見てエキドナは気を引き締める。

 

「セクメト、大丈夫かい?」

「ふぅ、あたしじゃなければ今の一撃で死んでしまっていたさ。はぁ、我が子ながら、厄介きわまりないもんだ」

 

 事実、今の一撃を食らえばいくら魔女でもひとたまりではなかっただろう。だがセクメトには”怠惰の権能”がある。

 

「彼の相手は頼んだよ。ワタシは捕縛と解呪の術式を編むから彼とは距離を取らせてもらう」

 

 エキドナはセクメトにこの場を任せ、シャオンの攻撃が届かない位置まで離れる。もしもエキドナが倒れてしまったらセクメトはシャオンを殺すことでしか助ける方法がなくなってしまう。

 それを彼女もわかっているからだろう、彼女が面倒くさそうになりながらも彼の相手をしているのは。

 

「――ア?」

 

 先の一撃ではだめだと判断したのか、シャオンは影を伸ばす。

 その数は百を超え、千にも届く。

 影に触れればほかの生物と同じようになってしまうだろう。だがセクメトはその一撃を避けようとせず、怠惰の権能ですべてを潰した。

 

「――ッ!」

 

 悲鳴が轟く。だがセクメトは眉を動かしすらしない。ただ、疲れたかのように息をこぼす。

 

「ふぅ、いくら増やそうとも、はぁ、無駄に終わるだけさね」

「ガアアッ――!」

 

 セクメトの忠告も届いていないように、シャオンは多量の影を生やす。

 

「――アアアアアアッ!」

 

 しかし今までとは違った。

 無数の影が一つにまとまり、セクメトを貫こうとうねりを上げて伸びたのだ。

 あの影は今までとは違い、一度では潰せない。仕方なく、セクメトはわずかに両拳を握る。

 たったそれだけの動作で――

 

「ガッ――!?」

「はぁ、無駄に知恵がふぅ、回るもんだ――でも無駄さね」

 

 ――彼の影はすべてが吹き飛ぶ。

 唖然とし、隙だらけになったシャオンの首から上が弾け飛ぶ。

 だがこれでも彼は死なない。それをセクメトは知っているし、今の一撃は殺すために放ったわけじゃない。あくまで目つぶしのための一撃だ。 

 頭を潰された彼の視界は一時的にない。

 その隙に、再生をするよりも早く、四肢を粉々に粉砕し、胴体を二つに分ける。

 

「ふぅ……これで、どうだい。エキドナ」

「十分な働きだよ。流石にここまで破壊されればワタシの方で縛れる」

 

 いつの間に戻っていたのか、エキドナはセクメトの後ろから前に進み出る。その姿には固体かと思えるようなマナが渦巻いている。

 エキドナは彼に向けてそのマナの塊をぶつける。

 するとマナが、明らかな形を得て顕現し、檻のようにシャオンの体を囲んだ。

 

「これで彼はしばらくの間動けない。そしてたまった”淀み”もワタシがなんとかしよう。悪いけど、ワタシは術式の発動個所を確認するから君はここにいてくれ」

「ふぅ、頼まれたってあたしは動かないよ」

 

 それもそうか、と納得がいったようにエキドナはセクメトを置いて、自らの仕事を果たしに向かった。

 

 

「これでもう大丈夫だろう」

 

 最後の術式を発動し、一息を吐く。

すると、服の袖を引っ張られた。

 振り返るとそこにいたのは数人の子供たちだ。恐らく、この国の生き残り、避難していた人間たちだろう

 

「あの! シャオン様は、どうなりました?」

「彼は、今はワタシ達が落ち着かせたよ。安心しなさい」

 

 エキドナは子供たちがシャオンがまた暴れだすのではないかと不安になり、様子を尋ねたのだと考えた。

だが、そんな彼女の予想を大きく裏切り、

 

「死んでいませんよね!?」

「大丈夫だよねっ!?」

 

 彼らが発したのはシャオンを心配するような声だった。

 流石のエキドナも目を白黒させ、子供たちに訊ねた。

 

「……失礼だけれど、君達は彼を恨んでいるんじゃないか? 君の生まれ故郷であるこの地を彼は破壊つくし、死の国と変えたんだよ? 死んでほしいと思ったんじゃないかな?」

「そんなことないもんっ!」

「シャオン兄ちゃんのことを恨む奴なんていない!」

 

 エキドナの言葉が彼らの琴線に触れたらしく、彼らは今までためていた感情を爆発させたかのように泣き叫ぶ。

 その声を聞き、一人の大人の男が現れた。

 

「子供たちが失礼しました。貴方がエキドナ様ですよね?」

「ああ。これは一体、どういうことだい?」

「まずはお礼を、あの方を止めていただきありがとうございました」

 

 頭を大きく下げ、感謝の言葉を告げられる。

 

「そして、魔女様の質問の答えですが私たちがあの人を恨むわけありません。この国を建て直していただいた恩もありますし、シャオン様がわざとなさったわけではありませんので。事前に忠告もいただいておりました」

 

 シャオンが以前言っていたことを思い出す。

 彼は腐敗していたとある国を建て直したという。 恐らく、この国がその国なのだろう。

皮肉にも破壊したのも彼ということになってしまったが、

 

「我々は私たちの意思で、この国に残っていたのですよ。それでも一部の人間は守るものがあるためにいなくなってしまいましたが」

 

 恋人、家族、主、命。守るものは様々だろう。

 互いに相談し、国を出ていった人間は少なくないはずだ。

だが、それを捨ててでも残る理由があった人間も多かったということだ。

 

「――どうして残った人間がいるか、訊いても?」

「あの人は泣いていましたから。恩人を放っておけないと思った私たちの我儘です。もしも、彼と話す機会がありましたら、お伝えください。”私たちは大丈夫です”と」

 

 術式を発動する際に国を見て回ったが、彼の影に呑まれていた亡骸はみな、安らかな顔を浮かべていたのだ。

 何故かは今の今までわからなかったが、エキドナは彼の回答で納得がいった。

 

「――すまなかったね。そうだね、彼は人の恨みを買うような人間じゃない。ワタシが間違っていたよ」

 

 涙目の子供たちに向け、目線を合わせて謝罪をする。

 ――彼は、魔女だけでなくずいぶんな人たらしでもあるようだ。

 エキドナは、そう思いながら泣き止む子供たちを、見つめ、静かに笑みを浮かべた。

 

 

「ふぅ、本当に手間をかけさせてくれた」

 

 エキドナの魔法が発動してから数分立つ。

 黒く染まっていた彼の体は元の肌色に戻り、髪も雪のような白いものに戻っていた。

 恐らく、淀みが完全に抜けたのだろう、証拠に檻も消え去った。

 

「目覚めたら、事情を察するだろうね。ふぅ」

 

 その時彼は嘆くのだろうか? それとも気にせずにまた世界を放浪するのだろうか。セクメトの予想では両方だろう。

 嘆き、自身を責め、そしてまた世界を彷徨うのだろう。

 自らを愛してくれる場所を、探すために――そんな場所はとっくにあるのに。

 

「目覚めるまでまだ、ふぅ、かかるだろうね。……それまで、ゆっくりと惰眠をむさぼろう、か、ね」

 

 怠惰の魔女セクメトは、わざわざ自らの足で動き(・・・・・・・・・・・)、シャオンの横たわる体に密着し、眠りについた。




副題としては『シャオンの脅威』と『シャオンに対する信仰』をイメージしてます


では、皆さま良いお年を

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