「おにいさんー? おきろー!」
呼び掛けられる声とともに痛みよりもむず痒さが勝る感触が襲う。
ゆっくりと瞼を開けると暗かった視界が白く染まり、色を取り戻す。
「おー! おねぼうさんだなー!」
目の前にいるのはにこりと笑うアリシアと朗らかに笑うミミ。
どうやら自分はミミによってたたき起こされたようだ。
そして、起こされたということは、
「ついたっすよ」
目的地に着いたのだ。
竜車の窓から外を見ると屋敷が佇んでいた。
大きさはロズワール邸にも引けを取らないほどに大きく、きちんと手入れされているようで汚れなどはない。
「ここが、ホーシン商会」
「王都の支部っすけどね」
支部でこれだけとは本部はいったいどれほどの大きさになるのだろう。
驚きよりも恐怖に近い感想を抱いていると竜車の扉が開かれ降りるように指示される。
言われるがまま足を地に降ろすと、屋敷の前に人影があることに気付く。
「あっ! ダンチョーだ」
「おおっ! ミミにティビー! しっかりと仕事できたようやな!」
竜車から飛び出たミミと、遅れて降りたティビーを抱擁で迎え入れたのは褐色の短い体毛を生やし、狼に似た頭部を持つ生粋の獣人だ。
そのでかい図体から発せられる声は比例するように大きく、聞いているだけで体の芯が揺らされているような錯覚に陥るほどに響く。
「お?」
十分に抱擁を堪能しあい、ようやくこちらの存在に気付く。
意外にも向ける瞳は円らだが、口元から生えそろっている牙の群れは鋭く、打ち消しあっているように見える。
そんな評価をしているとは知らず、団長と呼ばれた獣人はこちらにも声をかけてきた。
「なんや! アリィもなんや変わりあらへんようやな!」
「団長も相変わらず元気っすね、もうすこし落ち着いてくれるとアタシとしてはうれしいんすけど……おもに耳が痛くなくなるので」
「ワイからこの大きな声を取ったら何も残らんさかい! そんなこと言わんといてくれや!」
馬鹿笑いをしながらバシバシとアリシアの背中をたたく。
見ているだけで痛そうだが彼女は慣れなのか、表情を変えずに受け入れている。
ふと、その獣人はアリシアからシャオンに対して視線を移す。
「お嬢から話は聞いてますさかい! 兄さんがアリィの付き人やな!」
「でっ!?」
その大きな掌で勢いをつけてシャオンの背中も同じようにたたく。
その力強さは背中に熱しられた鉄を当てられたかのように痛く、思わず涙が出そうになる。
「ワイはリカード言うねん! 鉄の牙の団長を務めとるコボルトや! よろしゅう!」
「あー、シャオン? 団長と付き合うコツとしては距離を置くことっす。そうしないとこんなふうに力任せに撫でられるっすから」
「もうちょい、早くいってほしかったな」
おかげで彼の声のせいで耳が痛い。しかも叩かれた背中にはでかい紅葉が咲いてしまっているだろう。
「男が細かいこと気にすんなや! 背、伸びへんぞ!」
実行犯であるリカードは大きな口をさらに広げ高笑いを上げる。
見た目通りの粗野で大雑把な性格の持ち主だが、悪い人物ではないようだ。
「それで団長、親父は今どこにいるっすか?」
「ああ――ルツなら」
リカードはちらりと屋敷の入り口へ視線を向ける。
その視線に答えるようにゆっくりと扉は開き、中から一人の男性が姿を現す。
黒い外套を羽織り、胸元から見える肌は筋肉質で鋼のような硬さを持つことが見ただけでわかるほど頑強。
黄金色に輝く髪は肩に届かない程度に短く切り揃えられ、清潔感があるように髭などは一切生えていない。
見た目は完全な好青年のような男だ。だが、シャオンが感じたのはそんなものではない。
「――アリシアか」
――獰猛な獣。
そう印象付けさせる男性はこちらにその鋭い瞳を向け、
「……親父」
アリシアが父と、そう告げた男は大股でこちらに近づき、アリシアのすぐ前で立ち止まる。
アリシアと男は身長に差があり、必然的にアリシアが彼を見上げる形になる。
そんな男はアリシアの頭へゆっくりと腕を伸ばし、
「うあっ!?」
――破顔し、おもいっきり撫で回した。
「ははっ! とりあえずは、健康そうで何よりってところだな! 残念ながら身長はいまだにちびすけのままのようだけどな!」
「や、やめるっす! 離すっすよ!」
先程までの剣呑な雰囲気は鳴りを潜め、今は仲がいい普通の親子同士のやり取りが繰り広げられている。
雑に、けれどもしっかりと彼女の頭を撫で続けるアリシアの父――ルツという男性。
「いい加減に、するっす!」
「はうっ!」
アリシアも流石に限界が来たのかきれいな回し蹴りを
悲鳴と共に、崩れ落ちるその姿を見ても情けないとは思わない。むしろ、
「あぁ……」
「あれは、痛いやろな」
「うんー? そうなのー?」
「お姉ちゃんは知らなくていいことですです」
男性メンバーが心の中で彼に同情すると共にその痛みを想像し顔を青ざめる。
しかし女性であるミミと実行犯であるアリシアはその痛みを知らないからか、悶えるルツの姿を見てもびくともしていない。
「ったく、なんなんすか!」
「お、おまえ! 親父に対して何を――って、話はそれじゃねぇんだった」
持ち直し、ルツは頭をかきながら声色を変え話を変える。
「お前さん、自分が騎士になれないってことに気付いたか?」
「――っ」
その言葉にアリシアの体が見てわかるように震えた。
ルツはその様子を見て苛立ちを隠そうともせずに乱雑に頭をかく。
「おいおい、長い研修期間が過ぎたわけだ、いい加減気づいただろ?」
「そんなわけっ――!」
「団長補佐! 急がないと会合の時間に遅れますよ!」
「おう、今行く」
アリシアの叫びを遮るように、遠くから呼び掛ける声。
ルツはそれに手を挙げて答え、そして彼女に対して背を向けて声の方向に向かう。
「まだ話は――!」
「時間がないから詳しい話は帰ってからになるだが、これだけは言わせてもらう」
話を続けようとする彼女を、わずかに振り返り放った眼光だけで止める。
その姿は先ほどまでの人柄の言い人物とは違い、『団長補佐』という肩書が似合っているほどに威厳に満ち溢れていた。
「俺はお前が騎士になることを認めない」
「――っ! このっ、くそ親父ッ!」
「ばかっ! 落ち着け!」
「せや! いくらなんでも手が出るのが早すぎるやろ!」
衝動的に殴りかかろうとするアリシアをシャオンとリカードが引き止める。
吹き飛ばされそうになるほどに力強い彼女を止めることができたのは、一人でなくリカードの力もあったからだろう。
もしもシャオン一人だったら彼女は止められず、弾丸のように飛び出して殴りかかっていたはずだ。
「これまたずいぶんときつく言われたようやな」
呆れたような声と共に屋敷の中からゆっくりと現れのは、一人の女性だった。
ウェーブがかかった紫色の髪を、腰にかからない程度に伸ばし、朗らかそうな印象を感じさせる小柄な女性。その女性の浅葱色の瞳と、目があってしまった。
当然、彼女はシャオンの存在に気付き、薄く笑みを浮かべる。
その仕草だけで常人とは違うものを感じさせられ、思わず距離をとってしまう。
「貴女が――」
だが、彼女はそれを許さずにとった距離を詰め、シャオンの口に人差し指を添えて、言葉を遮らせる。
「先に自己紹介、させてくれへん?」
その大胆な行動に思わずひるんでしまったが、動作で肯定を示すとすぐに離れ、小さくお辞儀をする。
「ウチが、アナスタシア・ホーシン。カララギ出身で――今度の王選参加者や」
予想通り、彼女がこの屋敷の主であり、エミリアとは別の王選参加者――アナスタシア・ホーシンだ。
屋敷に出る前にアリシアから彼女の情報を耳にしていた。
打算深く、自分の利益に執着する守銭奴体質。
自他ともに認める欲深い性格で、なぜ彼女と仲が良くなったのかはよくわからないらしい。
これだけでもだいぶ濃い人物像だったが、さらにすごいのはその仕事ぶり。
幼少の頃に下働きとして務めていた商会で、小さな取引きに口出ししたことが切っ掛けでトントン拍子に仕事を任され、その結果は私財を増やして務めていた商会を乗っ取り、自分の商会を拡大――カララギでも有力な商会へと成長させた。
金に愛されている、というよりも金の流れを読めるような人物、それがアナスタシア・ホーシン。
「アリィが世話なったらしいな? 友人として心配だったから助かったわ」
そんなアナスタシアは困った顔でアリシアを見る。
押さえつけられながらも、父親に罵倒を続けている親友をみてどう思っているのかは読み取れない。
そしてこちらに視線を移し――
「それはそれとして――よろしゅうな、ヒナヅキくん?」
改めて、全く感情を読み取れない笑顔を向けたのだ。
◆
案内された客間ではシャオンとアナスタシア、そして彼女の護衛であるリカードのみが在室している。
「うん? どしたん?」
「いや、珍しい……屋敷だなぁと」
シャオンがこちらの世界に来てからはずっと洋風な建物しか目にしておらず、
だが、アナスタシアの屋敷は外観こそ西洋風ではあるが内装は和風、つまりは日本に似たようなものがあった。
「うちの故郷、カララギのお屋敷を参考に建てさせたんよ。ワフー建築とはちょいと違うけど、ええやろぉ?」
「――カララギ」
ロズワール邸で起きたとある事件でも話題になったが、この世界にある『カララギ』という国は日本の文化を有しているらしい。
なぜあるのかはわからないが、もしかしたら元の世界に関することがわかるかもしれないので気にしてはいた国だ。後で時間が許すならば彼女に詳しく聞いてみようと思う。
「アリシアは……?」
「ちょいとミミたちと戯れさせて癒させとる。流石にさっきのやりとりで傷ついてな。あと、ちょいと親友からの贈り物」
意味深に笑うアナスタシア。
しかし彼女はそれ以上追及されてもうまくはぐらかすだろう。
「本題に入ろか……まず、うちのアリィを誑かしてそっちの陣営に引き入れたことの弁明でもきこか? せやね、少なくとも多額の賠償金と、ウチの陣営に戻るように掛け合ってくれるぐらいの誠意は見せてもらおか」
「――」
声に激しい怒りの色は感じ取れない。当然ながら喜びの声も読み取れない。
彼女の声にわかりやすい変化はないのだ。だが、確実に彼女の纏う雰囲気が激変したことはわかる。
先程までの小動物のようなかわいらしい雰囲気はどこかに置き去り、商会の主としての風格があるものに変わる。
「あ、とぼけても意味ないよ? とある情報筋からヒナヅキシャオンという男の子がうちの親友を惑わして引き込んだって聞いとるよ?」
そんな焦りを、はぐらかしていると勘違いしたのか彼女は逃げ道をふさぐように咎める。
別にそれはどうでもいい、シャオンにとっても別に逃げる気はない。
「……正確な答えを出すために、二つほど聞きたいことがあります」
「ええよ、二つな」
「一つ、その情報を聞いてアナスタシア嬢はロズワール様がアリシアを雇っていることに初めて気付いたのですか?」
シャオンの質問にアナスタシアは少し考えるそぶりを見せ、首を縦に振った。
「そうやね。うちが知ったのはそん時が初めてや」
「二つ、その男性は確かに私めの名を出したのですか?」
「うん、確かに出しとったよ。あ、ウチからもひとつだけ聞いてもええ?」
「どうぞ」
今まで質問してきたシャオンと変わり、アナスタシアが口を開く。
「……なんで”
「それはありません。だって――情報を漏らしたのは辺境伯、その人でしょう?」
アナスタシアの質問を途中で断ち切るように遮る。
質問を許可した身で失礼かと思ったが、彼女は気にした様子はなく、むしろ興味津々にこちらを見つめ、先を促した。
「――――詳しく聞かせてもろてもええ?」
頷き、了承する。
「まず、ロズワール辺境伯はあの風貌のわりに従者に対してそれなりの愛情もきちんと有しております。当然、使用人の個人情報も厳重に管理なさっています」
屋敷で過ごすロズワールの様子から見れば少なくとも従者を雑に扱うことはしていない。
それにスバルが言っていたレムが死んでしまった世界。その時も、彼は犯人に対し確かな怒りを抱いていたという。
屋敷以外のロズワールの姿を知らないので、確実ではなく不安要素も残るが、そんな情報を漏らす必要はない。
湯呑に似た容器に入っている茶で喉を潤しながら説明を続ける。
「そんな方がおっしゃっていたのですよ。『情報がどこからか漏れてしまった』、と。彼の情報規制を破る、その条件が付くだけでその情報筋は限られてしまいます」
「せやね、でもそれだけでロズワール辺境伯自身が漏らしたっていうのは早計やないかな?」
「ええ、ですから先ほどの質問ですよ」
僅かだが、その言葉に初めてアナスタシアの表情が崩れた。
意味が分からない、というよりも面白いものを見たかのように目を輝かせる。
だがそこは歴戦の人物、すぐに元通りの読み取れない能面のような笑みを張り付けごまかし、続けるように促した。
「一つ目、もしもその凄腕の情報筋がいたとします。でもその人がアリシアの存在を知っていることはおかしいんです」
「うん? 意味わからんよ」
「アリシアが王選候補者みたいに有名だったらそれはすぐにわかるでしょう。でも、彼女の名を知っている人物はいなかったし、本人も特に逸話を残しているわけじゃないと言っていました」
アリシアの父親は有名だ。
だが、その娘の存在はそこまで著名なものではない。親の名前のほうが強すぎてそこまで有名になれなかったのだろうか?
真実はわからない。だが、彼女の知名度が低いことは確かなのだ。そしてそれはアナスタシアも否定する様子はない。
「ヒナヅキくんがいいたいことはわかったよ? でもな、その情報をくれたのがホーシン商会や、鉄の牙。まぁ、簡単に言えばウチと関わりが深いとこからだったらその話は破綻するけど、そこんとこどうなん?」
確かにアナスタシアの言う通り、彼女の関係者だったらアリシアの存在を知っているだろう。
その姿を見れば気づくかもしれないし、声を聞いただけでもわかるかもしれない。
なるほど、それだったら彼女の言っていることは通る。
「だとしたら、なおさらおかしいですよ」
――だからこそ、二つ目の質問をしたのだ。
「だって、その人は
村でのシャオンたちの立場は子供たちを救った功績から英雄にも近いが、それを除いても辺境伯の使用人ということでだいぶ上の扱いだ。
そんな存在と好んで関わろうとするものは子供たちを除いて意外にも少ないのだ。
特に村人たちに自ら歩み寄っていくスバルと違ってシャオンは扱いがだいぶ丁寧なものになっている。
なので、わざわざ名前を聞いてくるような人物がいれば記憶に残っているはずだ。
「そもそも、王選が近い今不審者を領内に招くことなどあり得ないのですよ。百歩譲って、規制をかいくぐり遠目から私の姿を見たとしましょう。それでその方がロズワール邸で働いている男は”ヒナヅキシャオン”という名の男だという情報を入手していた、とも仮定しましょう」
アナスタシアに質問をされない様に矢継ぎ早に、それでも不審がられない程度の間を置きながら言葉を綴っていく。
そして、出された羊羹に切れ目を入れながらアナスタシアを見据える。
「ですが、すぐに私のことをヒナヅキシャオンと思うのはおかしいんですよ――男性の使用人は私だけではありませんから」
男性の使用人は二人いる。勿論それは、ナツキスバルと、ヒナヅキシャオンだ。
どちらも出身地はこの世界ではない。当然それを知っているものはこの世界にいないので必然的に正体不明の人間となっている。
なのでアリシアと同じように逸話を作ってきたようなことはないし、有名な生まれではない。アーラム村以外ではその存在は塵芥と同じように矮小なのだ。
もしも名前を呼ばれているのを聞かれたとしても、村に近づかなければ聞き取ることはできない。それほど近づいたのだったら村の誰かが気づくだろうし、レムやラムも当然気づくだろう。
彼女たちからそんな報告は聞いていないので、そもそもそんな人物はいないと判断する。
「さて、以上から私はロズワール様が情報源だと判断したのですけど、どうです?」
口に出してきた条件と、情報が漏れたことが事実だということを照らし合わせるとそれが実行できるのはロズワールだけなのだ。
と、屁理屈を重ねて説明したが穴だらけの推論だ。
もしも彼女が一言違うと言ってしまえばそれを否定できる材料はもうない。それをされたら素直にこの討論の負けを認めるしかない。
返答を、息をのんで見守る。目の前の女性はただ、何も言わずに見つめ返してくる。
そして――
「……はぁ、負けや負け」
観念した様に肩を竦めるアナスタシアを見て張り詰めていた客間の空気が元に戻る。
若干うまくいきすぎて拍子抜けしてしまい思わず彼女に訊ねる。
「穴だらけの推理ですが、いいんですか?」
「別に、ちょっと試しとっただけで本気で問い詰めよなんて思ってへんよ」
「いややわー」と言いながら笑うアナスタシアの姿は嘘をついている様子はない。
「そう、うちがさっきから言ってる情報筋はお宅らの主、ロズワール辺境伯や。あ、誑かしたとはウチ”は”おもてへんよ」
「……何を考えてんだ、あのピエロ」
聞こえない様に自らの雇い主である道化師メイク野郎の存在に悪態をつく。
今までも何を考えているのかわからない存在だったが今回の件でそのレベルが数段上がった。
「してやられたな! お嬢」
「リカード、黙っときいうたやろ」
アナスタシアとの会話の際中は沈黙を保っていた彼だったが、性格上辛いところもあったらしく水を得た魚のように生き生きと口を開く。
一応はアナスタシアは上司であるはずだがそんなことは気にしていない様に不満をこぼす。
「なんや、お嬢。もう話し合いは終わったんやろ? だったら別に話してもいいやん! それにしても思ってたんよりやり手やな兄ちゃん! 驚いたで、お嬢が言い負かされるところ見たのなんて久しぶりやからの!」
「……まぁ、ウチもヒナヅキくんのこと若干舐めてかかったところはある」
「本人を前にそれをいいますか」
堂々と目の前にいる人物に対しての評価としてはあまり良くないものだが、彼女の剛胆さからか申し訳ない友うような気持ちはなさそうだ。
「ほめてるんよ? 商人としては信頼関係を築くことのほかに考えを読まれすぎないということも重要な要素やもん」
こちらとしては商人ではないので褒められている気がしないのだが、凄腕の商人に言われたら悪い気はしない。
照れを隠すように用意された茶菓子を口にしていると、
「――ア、アナッ!!」
壊れるかと思うほどに勢いよく扉が開かれる。
そこから現れたのはアリシアだ。
「なんなのっ、この衣装! ていうかいつの間にアタシのサイズを……!」
「ええやろそれ。だいぶ高かったんやからな。あとサイズは前測った時から変わってへんやろ? ちんちくりんのまんまやん」
「確かにそうだけどっ! アナも同じでしょ!」
得意げな様子のアナスタシアとは反対に元の口調に戻るほど動揺しながら、アリシアは手に持つそれを突き出す。
――白いブラウスに、青いコルセットスカート。
施されている装飾は少ないが、素人目でも見ただけで上等な品だとわかる女性ものの服。
「……えっと?」
意味が分からず、アリシアに頬を引っ張られている送り主に視線で問いかける。
「
なんといっているかはわかりにくかったが要は時間を潰して来いということだろう。
確かになれない屋敷内で時間を潰すよりもそっちのほうが気が楽だ。
「アリィも、久しぶりに会った親友からの贈りもん、素直に受け取っておき。まさか、断るなんて恩知らずなことせえへんよなぁ?」
「うぅ……卑怯者ぉ!」
「さてさて、ちゃあんとウチが整えたるからなぁ」
餅のように伸びた頬が戻り、アナスタシアは鼻歌交じりにアリシアを連れてどこかに行く。
彼女の性格から親友の厚意を断ることもできず、素直に連れていかれる。
こうなることも読んでいたのだろう。流石は一大商人の手腕、というよりも彼女同士の長い付き合いからだろう。
「兄ちゃん! モテモテやんな! ひゅーひゅー!」
リカードの囃し立てを受けて気づく。
――これは、いわゆるデート、というものなのだろうか?
「なんや兄ちゃん! 顔真っ赤やんけ!」
「……うるさいです」
わずかに頬を赤く染めてしまうシャオン。
今はリカードのからかいに反応するよりも、この顔色を元に戻すことが最優先だ。
そう思い、気付け代わりに残っているお茶を一気に飲み干した。
アリシアに渡された服の見た目はいわゆる『童貞を殺す服』みたいなものです。
興味があれば検索を。
あと三章は基本的にこのペースで投稿します。
鬱シーンは早く更新しますが
※1月24日追記。
番外編、エキドナの誕生日!を追加しました