でも、伏線は山ほどあるよ!
魔女は必ず世界に厄介事を遺す。そしてーー魔女に付き添う寄り添い人も、例外ではないのだ。
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「お疲れ、シャオン」
「あー、はい。お疲れ様です」
エキドナの声にシャオンは珍しくも気だる気な返事をする。
「どうだい、進歩の方は」
「上々、というより今日中にできますね」
エキドナは空中に浮かぶ、紫、ピンク、緑色をした三つの珠を見上げる
あれはーー人工精霊だ。
エキドナが作った方法とは別の、彼自身が作った精霊だ。
いったいどういう出来になるのだろう。
「マナも注入したし、擬似オドも無事安定。あとは、時間を待つだけです」
「流石、ワタシの弟子だね、上出来だ。少し、休んで来たらどうだい?」
「そうさせてもらいます……流石に疲れました」
あくびを噛み殺せずに、シャオンはのんびりと寝処へ戻っていく。
長い白髪が地面を擦っていくのが見えるが、不思議と彼の髪は汚れる様子がない。
どう言った仕組みなのか気にはなるが今は、別のことだ。
「さて」
シャオンが作った人工精霊、その役目はもう決めている。だが、本来の役割を果たすだけに終わらせるのはもったいない。
だから、エキドナは時期が来るまで、精霊達にいろいろな経験をさせようと決めていたのだ。
一つは、聖域に。ベアトリスとの親睦を兼ねて。
一つは、傭兵業を。色々な人を見させてあげるため。
そして、最後の一つは……エリオール大森林にでも連れていこう。
エキドナの判断が精霊達にどう言った影響を及ぼすのか、この先の未来を予想し、笑みを浮かべていると、背後から一人の女性が近づいてきたのがわかった。
「ミネルヴァ。どうしたんだい」
「ねぇ、エキドナ。今日のこと……大丈夫?」
憤怒の魔女である彼女は珍しくしおらしげにエキドナへ確認をとる。
「別にボカさなくても、シャオンなら今はいないよ。精霊を作るのに、思ったよりも力を使ったから体を休めているのさ」
「そう」
「……浮かない顔だね」
そういうエキドナも、先程とは違い表情はくらい。だってこれからやることを考えれば気落ちはする。勿論少しの楽しみはあるが。
「……みんなの贈り物を集めようか」
「……そうね」
あの魔女達が用意した贈り物がまともであるはずはないのだから。
◻
目の前にあるのは六つの箱だ。この中に、魔女達が選んだ代物がある。
「さて、みんなに用意してもらったけど、誰の物から確認しようか」
「誰からでもいいわよ、結局最後まで見るんだから」
「ならまずはワタシからだ」
エキドナは箱を開け、一冊の本を取り出す。
白い、雪のような表紙をしたそれはどこにでもありそうな本だった。
「ワタシの贈り物は一般的な魔導書だよ」
「魔道書? アンタらしくなく、普通ね」
「魔を、導く書物だよ。普通の魔法が書いてある物じゃない」
「どういうこと?」
「開いてごらん」
言われるがままにミネルヴァは白いその書物をめくる。
他人へのプレゼントを開けてしまうことに罪悪感を抱くが、それは本の中身をみて掻き消えた。
「……白紙?」
最初のページには染み一つ記されておらず、なにもない。
慌てて他のページも捲っていくが、どれも同じ有様だ。
どう言うことかと、エキドナの方へ顔を向ける。
すると彼女はミネルヴァが期待通りの反応をしてくれたからか、得意気に説明を始めた。
「この本を手にしたら、その人にあった魔法が一つだけ記される。そして、それを扱えるようになったら別の魔法が……といったように鍛えるための本さ。これはマナの制御にも利用できる代物だ。彼には適しているだろ?」
「まぁ、確かにね。合格よ」
「君は何を用意したんだい?」
「新しい服よ。あの子ったら母親を見習ってか、着た切り雀もいいとこだもの」
ミネルヴァが箱から取り出したのは彼の髪とは正反対の漆黒の服。
袖は長く、手が隠されてしまうが布質はかなり上等なものだ。
幼くみられる彼もこの服に袖を通せばいくらかはマシになるのではないだろうか。
なるほど、彼女らしい相手を想った贈り物だ。勿論合格だろう。
「これでワタシ達のプレゼントは確認しあった。後は……」
問題児と言える残りの魔女達が用意したプレゼント。それに目を通さなければならない。
「まずはダフネのね」
「彼女がプレゼントを用意しているということに驚いているけど」
暴食の魔女。
その名の冠する通り、彼女は満たされない食欲にさいなまれている。
そんな彼女に他者へのプレゼントを用意する余裕などあると思っていなかったのだから驚くのも責められることではない。
「……果物?」
出てきたのは一房の果実だ。
なんの変鉄もない、ただ、うっすらとかじられている痕があり、彼女なりの葛藤があったことは予想できる。
ただ、なぜ果物なのだろう?
「どうする?」
「どうもこうもないね、彼女の性格を考えれば食べ物を分けるなんて、どういう意味があるかわかるだろう」
彼女が食べきらずに、誰かに譲った。それは彼女なりの想いが込められており、つまりは合格と言えるだろう。
「次はセクメトかな?」
「宝石ね、結構な代物よこれ」
紫色の箱から出てきたのは薄い桃色の宝石だ。
光に掲げると妖しげに光りはするが、まともなプレゼントではある。あるのだが……。
「あの子は気にしていないからいいけど、普通男の子に女性物の装飾品渡す!?」
「しかも、これ以前彼女が貰ったものだろうね。使用した形跡がある」
彼女が使っていたわけではないかもしれないが、どちらにしろ自分宛に渡された物を別の人への誕生日プレゼントに利用するのは何とも怠惰な彼女らしい。
これは合格かどうか悩みどころだがーー
「……妥協しよう」
駄々をこねればセクメトに殺されるかもしれない。
それだったら妥協するしかない。
「さて、残ったのは問題の二人だ。変なものでなければいいが」
「顔をにやけさせながら言っても説得力ないわよ」
どんな代物が出てくるのか、エキドナは歪んだ期待を浮かべながら箱を明けると出てきたのは、
「カーミラは……」
「これはーー日記帳?」
青色の蝶が描かれた黒表紙の本。
中には日付を書く欄以外はなにも記されておらず、一切の手付かずのものだ。
「思い出を記録するように、ってところかしら。一番の贈り物かもね」
「おや、珍しく詩的じゃないか」
「なによっ! わるい!?」
「別に悪くないよ……最後にテュフォンだね」
照れ隠しに怒鳴るミネルヴァをおいて、箱から出てきたのは青色の首飾りだった。
「なるほど、首飾りだね。彼女と色違いの」
「テュフォンの首飾りって、シャオンが上げたものだっけ?」
彼女がいつも首に下げ、大事にしていたのはシャオンからの贈り物だったはずだ。
そしてそれのお返しも込めて、この首飾りだろう。
「一番若い魔女が一番まともってどう言うこと?」
「……」
頭脳明晰のエキドナは、ミネルヴァの単純な指摘に閉口してしまった。
◻
「意外にもみんなまともだったね。魔女としてはどうかと思うけど」
大罪の名を持つ魔女達以外からも彼宛に贈り物が贈られてきたが、すべて合格ラインを越える物であった。
「魔女だからって贈り物すら奇抜なものを送るとは限らないわよ」
「それもそうだ」
ミネルヴァの言う通り、普段が普段だからといってそれだけで判断されるのは心外だろう。
彼女達だって、乙女であることにはかわりないのだから。
◻
強欲の魔女が彼の寝顔をみ見に姿を消し、残されたのは憤怒の魔女だ。
「……できるならば。あの子が、自分の価値を気づくときがーー」
一度首を振り、自らの発言を取り消す。この言い方ではシャオンと同じではないか。
ミネルヴァは、価値なんて言い方は好きではない。だからもっと単純に、
「ーー愛されているって気づくときがきますように」
憤怒の魔女は、珍しく怒りを抱かずに、静かに弟分を想うのだった。
ーー結局そんな願いは叶わず、魔女達は死に、彼もまた愛されていたことに気づかず死ぬことになるのだが。
人工精霊は
・純心
・天然
・クズ
だよ! 本編で出るのをお楽しみに!