Re:ゼロから寄り添う異世界生活   作:ウィキッド

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決闘という暴力

「おおー! お兄さんういたういた!」

「お姉ちゃん静かにするです」

 

 背中に感じる痛みを知覚し、外野の声を聞き、目の前に広がる青空を見て、ようやくシャオンは自分が倒れていることに気付く。同時に、背後から蹴り飛ばされたことにも気づいた。

 

「っ!」

 

 振り上げられた足を目にし、慌てて体を回転させて避ける。砂利や小石によって体が擦れる痛みを堪え、その一撃をかわす。

 直後、先ほどまで顔面があった場所に踵が振り下ろされ小さなクレーターを生み出す。放たれた一撃の威力はどう考えても常人には出せる域ではなく、彼が歴戦の戦士であることを示していた。

 

「休む暇はねぇぞ」

 

 その言葉を聞き終えるよりも早くにルツは降り下ろされた足を軸足にし、地面を抉るような回転蹴りを放つ。それも、シャオンの顔面に向けて、だ。

流れるような連撃に対処しきれず、ルツの鋭い蹴りは顔面の中心をとらえ、シャオンを吹き飛ばした。

 鈍い音ともに、赤い液体が飛び散ったのが見え、そして壁に叩きつけられようやく止まる。

 

「あぐっ」

 地面に片膝をつき、流れ出た鼻血をふき取る。そして、現在の状況の酷さに泣きそうになる。

 今までエルザや魔獣とそれなりの強敵との戦闘を經驗してきたはずだ。だが、これは初めてのことだろう。――まったく勝てるビジョンが見えない相手とは。

 

「……まだ朝ごはんを取っていなくてよかった」

 

 もしも取っていたらすべて吐き出してしまっていただろう。

 

 そんなことを考えていると、いつのまにか目の前にはルツが立っていた。

 そしてこちらを見下ろしながら、何の気もなしに、ただ蟻を踏みつぶすかのような軽い動作で、

 

「え?」

 

 シャオンの腕をへし折ったのだ。

 

「――ぁああああが! う、腕がぁあああ!!」

 

 視界が点滅し、額からあぶら汗が吹き出しているのがわかる。

 そして遅れて痛みがシャオンを襲い、抑えきられない叫びが体から出ていく。

 

「うっわ団長補佐、えっぐいなぁ」

「やり過ぎじゃないか?」

 

 外野からの声を無視し、ルツは腕を押さえて叫んでいるシャオンに問いかてくる。

 

「降参するか?」

「――だ」

「……? 聞こえねぇよ」

 

発せられた声は弱々しく、完全に勝敗が決したと思ったのか、ルツはなんの警戒もなくこちらに歩み寄ってくる。

そして、シャオンから半歩の位置まで近付き、しっかりと声を聞こうと腰を屈めたその瞬間、

 

「――まだまだ、やれる。そう言ったんですよ」

 

 下から打ち上げるように掌打を放った。

 

「なにっ!?」

 

 焦りの表情を初めて見せるルツだったが、彼に一撃当てるまでではなく、放った掌底はすんでのところで回避され、距離を取られてしまった。

 

「おい、あの人折れた方の腕使わなかった?」

「ああ、そう見えたけど」

 

外野からざわめく声に舌打ちをする。アナスタシア陣営に赴く際に一番やりたくなかった事をやってしまったのだから。

そう、それは――手を晒すことだ。

 

「なるほどなぁ、なぁんかあるっちゅう訳やな」

 

 アナスタシアの言葉で確信する、こんなに大人数で決闘を観戦している理由はそれだ。

 シャオンの戦力の見極め、手札を知ろうとしているのだ。これでアナスタシアがこの決闘を容認した理由がわかった。

 上手い手だと、素直に称賛する。ただ、それとは別に彼女のそのやり方は狡賢く、まるで――

 

「女狐め」

 

 その言葉が彼女の耳に届いたのかはわからない。ただ、アナスタシアはにっこりとした影一つない笑みでこちらの戦いを見物していた。アリシアがスバルを連れてくることに反対だった理由が嫌でもわかった気がする。

 

「驚いたぜ、いったいどういうことだ?」

 

 彼の表情には困惑の一文字が浮かんでいる。それもそうだろう、確実に折れていた腕を使って反撃したのだから。しかも癒しの拳は魔法とは違うものらしいので、よほどのことがない限り正体に気付けないだろう。

 

「教えてくれはしないか……まぁ、それはそれとしてお嬢の狙いには気づいたようだな、俺はただ決闘をしたいって話だったんだが」

「あれ? それなら話がだいぶ違いますね。という訳でお互い戦うのやめません?」 

「俺もエグい作戦だとは思う。だが、それでやめるかっていうのはまた話が違う、ってことだ」

 

 当然ながら、闘志むき出しの彼を話術で止めることはできず、その言葉と共に彼の姿が消える。かと思えば、真横に現れ肘を使った一撃を放つ。

 間一髪躱し、僅かに髪を削がれただけで押さえる。だが、彼は止まらない。

 

「ぐっ!」

 

 肘から膝による一撃へ、そしてその攻撃から踵落とし、そして、アッパー。

 流れるように打ってくる攻撃は一撃一撃が重く、まともに食らわなくても体力が削がれていくのがわかる。

 幸いなことはこちらには、癒しの拳という回復手段があることだろうか。しかしそれも気絶してしまえば意味がない。

彼もそれを察したのか、一撃で意識を刈ろうとすることがこちらにも伝わってくる。

 先の攻防だけで、シャオンの能力の弱点を読み取ったわけだ。流石は歴戦の戦士と言ったところか。 

 

「おいおい」

 

 呆れた声と共に、視界が茶色く染まる。

 それが砂煙による目くらましだと気づいた時にはすでに遅く、ルツの姿は視界から消えていた。

 

「戦いの最中に余計なこと考えるなよ」

 

 背後から声が聞こえた瞬間に、体を無理やり動かして後ろを向く。するとこちらに拳が迫ってきていた。

 拳を防ごうと腕を前に構え、防御を試みる。しかし、

 

「甘いっ!」

「なっ!」

 

 その拳は衝突の直前に開かれ、シャオンの腕を握りしめる。

 

「ぐっ! は、なせっ!」

 

掴む腕はびくともせず、ただ力を増していく。

 骨がきしむ音と共に激痛が走り、顔が歪む。

 たまらず蹴りを放ち、無理やり離させようとする。だが彼はそれすらわずかに体を動かしただけで躱し、不安定な体制をとったシャオンの体を片手(・・)のみを使って投げ捨てた。

 

「こほっ‼」

 

 強く背中を打ち付けられ、息ができない。受け身すらできなかったのに意識があるのは幸運というべきか不運ともいうべきか。

 ルツは倒れているシャオンに語り掛ける。

 

「そろそろ降参してくれねぇか」

「そもそも、なんで、俺はこんな目に会っているん、ですか?」

 

激痛に苛まれながらも、なんとか声を絞り出してこの決闘の意味を知ろうとする。勝とうが負けようが、どちらにしろそれを知らないで終わるのは嫌だったからだ。 

 しかしシャオンの言葉に彼は鬼のように笑い、

 

「言っただろ、俺のわがままだってな‼」

 

これが返答だとでも言いたげに、拳を振り下ろす。何度も、何度も何度も。

 その光景を見ていた人物は皆同じことを思ったはずだ――そこで行われているのは決闘ではなく、嵐のような単純な暴力だった、と。

 

 

 時刻は決闘が始まる前夜まで遡り、場所はアナスタシアの部屋でのことだ。

 

「それで、話ってなんすか? アタシは正直もう寝たいんすけど」

「うん、わかっとるよ。ウチももう寝ないとお肌に悪いもん。でもな、こればっかりはハッキリとさせとかあかんのや」

 

父親に言い負かされ、心身ともに疲れ果てているアリシアは今すぐに眠りに逃げたいところだったのだが、アナスタシアは軽口をたたきながらも、話を聞くようにお願いしてくる。

 

「アリシア・パトロス。アンタはいったいどっちの陣営に属するん?」

「そ、れは」

 

 驚きはしない。

 アリシア自身、この問題はいずれはっきりさせなければならないと思っていたことだからだ。

 エミリア陣営と、アナスタシア陣営のどちらにも属しているようでどちらにも属していない自分。このままでは互いの陣営に不安を与えているままだからだ。

ただ、ここまで早く、そして彼女の口から直接聞くことになるとは思わなかった、ただそれだけだ。

 

「も少し時間をおいてからでもええかな思たんやけどな……五人目の候補者が見つこうたってはなしやから」

「……うん。今のアタシの立場は不明瞭、王を選ぶ戦いが始まるのならハッキリさせなきゃ」

「よぅわかっとるやん。ウチの味方をするのか、そうじゃないのかはっきりさせてほしいんよ」

 

 王選が開始されるのだ、開始されてしまうのだ。もう、有耶無耶にはできないのだ。それでは、いけないのだ。

 だから、シャオンに自分はどうすればいいのか意見を仰ごうとしたのだったが……チンピラの乱入という予想外の出来事で流されてしまったのだ。そのまま父との話合いになり、結局彼に相談はできずに今に至る訳だ。

 

「期限は明日の夜まで、それ以降はどうやっても待てへん。まぁ、ウチを選んでくれなくてもアリィとは親友でいるつもりやし。期限まではゆっくり悩んでええよ、うん」

 

 そんな優しい言葉をかけてきたのは恐らくは、父親と喧嘩し、気落ちしている自分に対する思いやりという奴なのだろう。

 普段の彼女を知っているアリシアにとってはその言葉はやさしく、珍しく、そしてなによりその親友の言葉が、今の彼女にはつらかった。

 

 

 耳をふさぎたくなるような小鳥のささやきで目を覚ます。

 

「朝、すか」

 

 元々寝起きがいい方ではないが、今朝は特に酷い。やはり昨日のことを引きずっていたからだろうか、今も眠気と疲労感が容赦なく襲ってくる。

 

「ああ、体洗わなきゃ」

 

衣服は昨日と同じもので、髪もグシャグシャのまま。女性としては落第点もいいところだ。それを見てせめて、汗を洗い流して、髪を梳かすぐらいはしなくてはいけないと思い、ベッドにふたたび潜り込みたい欲求にかられながらも、なんとか洗面所まで向かう。

まずは呆ける意識を覚醒させるために、冷水を手に取り顔へ数回かけ、さっぱりした気持ちになる。

 すると、扉の外からノックと共に、声が聞こえた。

 

「ユリウスだ。入ってもいいかい」

「……ちょっと待つっすよ。今鍵開けるっすから」

 

かすれ声で入室を許可する。どうやら寝ていた際に喉を軽く痛めていたようだ。

アリシアは近くにおいてあるコップを取り水を飲み、調子を整える。そして、鍵を開ける。

 

「なんすか? こんな朝早くに、いくらアタシががさつでも一応は乙女に分類されると思ったんすけど」

 

 ドアの奥で神妙な顔を浮かべながら現れたユリウスに、そんな軽口のような文句を口にする。

 しかし、そんな感情は彼の次の言葉でどこかに消えてしまうことになる。

 

「ヒナヅキシャオンと、ルツが決闘をしている」

「は?」

 

 彼の言葉を理解するのに時間がかかった。

 そして理解したと同時に思わず、中身が入ったコップを落としてしまうほどに驚いてしまった。だがそれすら気にすることなく、ユリウスに詰め寄る。

 

「な、なんでっすか! 意味がわからないっすよ? なんで親父と?」

「私も決闘の理由は存じていない。だが、いま練兵場で彼等は決闘を行っている。これは事実だ」

 

 わからない。

 父はそう簡単に倒せる相手ではない、腕前としてはユリウスと同等ともいえるのだから。

 そして、ロズワール邸でシャオンと共に特訓をしてきたから、彼の力は把握している。だからこそ断言しよう、今の彼では、一撃を当てることすら厳しい。シャオンもそれがわからないほど鈍い男ではないはずなのだ。

 

「なのに、なんで」

 

 頭の中には疑問符しか浮かばない。

 この衝撃的な事実を知らされて、目を覚ましたはずなのに考えが寝起きのようにまとまらない。だが、今すべき事はここで悩んでいることではないことだけはわかった。

アリシアは先ほどまで気にしていた格好のことなど頭から追い出し、練兵場に向かったのだった。

 

 

 練兵場につくと、そこには大勢の人が集まっていた。

 白いローブを纏うその姿は鉄の牙の一員である証拠だ。そして彼らもアリシアがここにいることに気付き驚きの声を上げる。

 

「あれ、アリィだー!」

「呼ぶつもりはなかったんに、さてはユリウスの仕業やな。とりあえず、おはようさん」

「どういう事っすか、これ」

 

 アナスタシアとミミが決闘に目を向けたまま挨拶してくる。

 そんな二人を無視し、練兵場で行われている光景を見て、目を剥く。

 片方は自分の父、ルツ。そしてもう片方は友人であるシャオン。ただその様子は異常だった。

 

「渋てぇな、おい。流石の俺でも罪悪感ってのがわきそうだ、降参しねぇか?」

 

 ルツは拳についていた血をなめとる。

 別に彼が怪我をしたわけではない。あれは、返り血だ。そしてその血液の持ち主はふらつきながらルツの問いかけに応えない。

 そもそも答えられる余裕がないのかもしれない。彼の腕は見ただけで折れているのがわかるほど歪み、額を何か所も切っているからか体中を鮮血に染めている。そして、殴打の後がひどく、痣だらけの体は痛々しい。

 

「何してるんすか! 二人とも‼」

 

 思わずでた叫び声にルツは驚いたように発生源を見、僅かに目を見開くと小さく笑う。

 

「俺の我儘だよ、娘を誑かした輩に対する誅罰ともいえるか?」

 

 からかうような言い方をする父にアリシアも我慢の限界が来てしまった。流石に殴り掛かるほど冷静を失ってはいなかったが、これ以上続けばそれもわからない。

 

「ふざけてんすか!? シャオンがいつアタシの事を誑かしたって言うんすか!」

「しただろうよ。お前が騎士になるって、そうまた決意させたことは誑かしたって言えんだろうが」

 

 彼は不機嫌を隠そうともしない様子で答える。

 

「ただよ、俺もなにも鬼じゃない。殺すつもりはねぇ。こいつが”参った”の一言でも口にすればすぐにやめるつもりだった。だけど存外、しぶとくてな」

 

 ルツはシャオンを呆れた様子で一瞥する。

 彼の体はボロボロで、瞳は焦点があっておらず、意識はないようだ。今立っていることすら奇跡に近く、これ以上続ければ命にかかわるだろう。

 

「シャオンも、もうやめるっすよ! 馬鹿じゃないんすか!? なんでそんなに戦うんすか!」

 

 ルツにこれ以上何をいっても無駄だと思い、今もしっかりとした意識があるかわからないシャオンに、アリシアは声をかける。

 しかし彼からの返事はなく、代わりに予想外の人物から返答があった。

 

「わからへんの? アリィ」

 

 アナスタシアが憐れんだような視線をこちらに向ける。そして、小さな子供へ言い聞かせるように説明をした。

 

「ヒナヅキくんはアンタに夢を諦めてほしくないって、そうおもて戦うてるんよ」

「なんすか、それ。なんなんすか」

 

 シャオンは、アリシアのために戦っている。それはうれしいことでもあるが、誰がそんなことを頼んだというのだ。誰が、友人をこんな目に合わせてまで自らの夢を優先するというのだ。

 

「アタシはそんなこと望んでねぇっすよ!」

 

 彼はフラフラしながらも、戦いを続けようと体を動かしている。

 一歩一歩足を引きずりながら、ルツに向かって進んでいく。こちらの言葉は微塵も届いていないようだ。

 

「もうやめてくれっす!」

 

 あのままあれ以上戦えば死ぬ、それは外野も承知のはずだ。だがだれも止めず、ルツも拳を構え、応戦しようとしている。

 そして、また虐殺が始まった。

 シャオンの拳は空を切り、ルツの拳が容赦なく突き刺さる。だが、倒れずにシャオンは再び拳を振る。そしてそれをルツは体を半歩ひねるだけ躱す。それだけでシャオンの体は地に伏す。だが、それでも再び立ち上がり挑む。

 そして再び血をまき散らしながら倒れ伏す。

 

「もう、止めてよ。アナタが、そこまでする事ないじゃない」

 

 下を向き、自らのために傷を負う少年に請う、もうあきらめてくれと。もう立ち上がる必要はないのだと。そしてついに口にしてしまう。

 

「――アタシは騎士になるなんて言わないから止めてよっ‼」

 

 自らの夢を否定する言葉――その言葉に、初めてシャオンの動きが止まった。

 だが、そのことにアリシアは気づかない。

 

「もともと、アタシには向いてなかったんだよ、努力したって結局無理なものは無理だった! もう、それが十分にわかったからぁ! シャオンがそんな目に合うことないよっ!」

「だとよ、それでどうするよ? 俺としてもこれ以上やっても得はないと思うんだが」

 

 ルツの闘志が消え、嘆息する彼の様子を見て安堵する。アリシアの言葉に興が削がれたとでもいうのだろうか。 とにかく片方の戦意はもう零に等しい。ならこのなぶり殺しのような決闘という暴力は終わらせることができる。後はシャオンの意識をとり戻して――

 

「――けるな」

 

それは冷たい声だった。

アリシアもルツも周りの見物人たちも皆、驚く。

それはシャオンがいつの間にか意識を取り戻していたことでも、彼の声に圧せられたからでもなく、

 

「ふざけんじゃねぇぞ! アリシアァッ!」

 

――彼の怒りの矛先がアリシアに向いていたからだ。

 




もう少しで原作の流れになります。
あと本編再開したのでペース上げたいと思います。

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