「アリシア、もう一度言う。ふざけるな」
血走った眼で見つめられアリシアは困惑する。しかしすぐに持ち直しこちらにかみつく。
「な、何がよ! アタシの言っていること、間違っていないでしょ!? 親父に言われて、言い返せなくて……改めて実感させられた。アタシの努力は全て――」
「アリシア」
ゆっくりと彼女に近づきながら、叫びを遮るように静かに名前を呼び、そして、
「お前の言っていることは間違いだ」
「っ!」
諭すように、しかし確実にシャオンは彼女を否定した。
「お前、覚えてるか。魔獣事件が解決した日のこと。お前と俺はあの日から強くなるように誓った。実際お前は前から強くなろうと努力していただろうがあの日からより一層励んでいただろう」
瞳を鋭くしてアリシアに言葉をたたきつける。
「なのにお前は今までしてきた努力が、間違いだったというのか?」
「――ぁ」
もうアリシアとの距離は、目と鼻の先だ。
「何度でも言うぞ、ふざけるな」
「なんで、なんでそこまで」
そんなのこっちが知りたい。ヒナヅキ・シャオンはそんな熱い人間ではないはずなのになんでここまで必死になっているのかなど。
「お前が騎士になろうとしたきっかけは何だったのか、俺にはわからない」
冷たく事実を言い捨てる。虚言など意味がない。
「親父さんになんて言われて、くじけたのかも俺は知らない。わからないことだらけだ」
肩を竦めて笑うシャオンだったが、すぐに表情を真面目なものに切り替え、
「でも、俺はここにいる誰よりもお前の努力を知っている」
指を突き付け、いつになく真剣な口調で断言する。
「お前はいつも夢に向かってただなにも考えずに突っ走っていた。それはとっても――輝かしいことだ。それは、誇っていいことなんだよ」
決して自分にはできないもの、それを持っている彼女へ羨むような視線と共に、まるで泣いている子に語り掛けるように優しくささやいた。
「……お前、俺がこの決闘に勝てないと思っているだろうろ」
「そ、それはそうよ」
「俺も無理だとは思ってるさ。なにせ経験が違う」
年季が違う、くぐってきた修羅場が違う、体格が違う。
何もかもが違う、違いすぎて嫌になる。
「でも、やってやるよ」
それらすべてを力任せに握りつぶし、シャオンは再び前を向く。
「随分とやる気になったじゃねぇか」
「時間をかけてすいません。お詫びとして、手札を隠すことはもうやめだ」
その言葉に周囲が息を呑む。ここからが、本当の戦いが始まるのだと、みなそう思ったのだ。
「ふぅ」
一度息を吐き、拳を額に叩きつけた。まるで気合を入れるように行ったその行為は一見すると頭のおかしい行動だ。だが、体はまばゆい光に包まれ、折れた腕はもとの健康な腕に、腫れあがった頬は傷一つない肌に戻る。
「俺一人の力量が知られた程度で不利になるなんて思うこと自体が傲慢だった」
ケラケラと笑いながらシャオンは血で濡れた髪をかきあげる。視界が広くなり、改めて自らが戦っている相手を視界に収める。
その相手が放つ固体かと思ってしまうほどの気迫。思わず身震いしてしまうが武者震いだと思い込ませる。
「この後は俺自身の力で挑む。全力で、俺自身の力のみを使ってだ」
この決闘ではもう癒しの拳は封印し、不可視の腕も使わない。ただ使うのは今まで学んできた魔法と、己の肉体のみ。そう、決心した。
意地、というのかもしれない。ただ、諦めているアリシアの目を覚ますにはこの方法が一番だと、俺自身の努力で身に着けたものだけで戦うしかないと、そう思った。
「――アリシア」
長くは語れない。もともと口が上手いわけではないうえに、先ほどまでの会話で言いたいことは言いつくしたのだ。だからたった一言告げる、後ろで泣きながら見ている親友にただ一言、
「しっかりと見てろ。俺がお前の積み上げてきた努力は無駄じゃないってことを証明してやる」
そう言い残し、シャオンはルツの前に舞い戻る。
「良い眼に変わったな、お前」
「らしくないんですがね、こんなに熱くなるのは」
「そうか? そのわりにはいい表情してっけど」
そういわれ、シャオンは自らの顔に手を伸ばす。確かに口角が上がっていることが分かった。
自他共に冷めているという認識だったのだが意外と熱い男だったのかもしれない。自分には似合わない、似合わないが――悪くない。
「さて、それじゃあ改めて。ロズワール・L・メイザース辺境伯が使用人――ヒナヅキ・シャオン。参る」
「鉄の牙団長補佐――ウルツァイト・パトロス、こいよ」
名乗りを上げ、二つの獣の食い合いは本当の意味で始まった。
◻
「どらぁあああ!」
先に仕掛けたのはルツだ。
大きく振りかぶった一撃は身をもってその威力を知っている。だから距離を詰めることはしない。
「っ!」
マナの集中を感じ、ルツは後ろに大きく飛翔する。そしてその直後にマナの爆発が生じた。
「アル、ヒューマ」
ルツの目の前に太い氷柱が勢いよく生える。それも一本や二本ではなく、二十にもなる本数の氷の槍が冷気を纏いながら姿を現し、シャオンの姿もルツの姿もそれに隠れる。
氷柱は最初の攻撃を除けばルツに牙をむくことはなく、その周囲に規則性もなく乱雑に生えていくだけだった。
自らを狙った攻撃ではないことは明らか。だとすればこの攻撃には一体何の意味があるのかわからずルツの瞳に理解できないという感情のみが映される、そしてそれは他の人物にも同じようだった。ただ、魔法に学がある一人を除いては。
「なるほど」
その声は観客席側から聞こえてきた。
「どゆことなん? というよりユリウスいつのまにおったんよ」
「つい先ほどです」
声の主、ユリウスは不満そうに言う主に対して頭を下げ、説明を始める。
「ルツの一撃は確かに凄まじいです。手加減はしているでしょうが、下手に当たれば意識を持ってかれるでしょう。当たれば、ですが」
「なんや、目眩ましってこと?」
拍子抜けしたかのように言うアナスタシアだったが、ユリウスは感心した様に練兵場を見つめている。
「それだけじゃありません。彼は氷柱を足場にして移動を繰り返している、あれではルツの攻撃が当たる可能性は低くなる」
シャオンの姿が見えなくなってから何かを打つような音が聞こえる。アレはシャオンが氷を利用して移動している音らしい。確かに普通に移動するよりは機動力はあるだろう。
それに加えシャオンの生み出した氷柱は透明ではない。あれでは彼の姿を視認することはできず、頼りにできるのは氷を蹴った際の音の響きだけだ。
流石に歴戦の戦士であるルツでもその情報だけで攻撃を当てることは厳しい。
「いい作戦だとは思います、ですが彼は、”竜砕き”を甘く見すぎている」
僅かに失望したかのように目を細めるユリウス。だがその意味をシャオンは知る訳もない。なぜ彼が竜砕きと呼ばれているかなどわかりもしないのだから。
「ああ、そういうことかよ。なるほどなるほど、頭を使ったな」
その”竜砕き”は手拍子をしてシャオンをほめたたえる。その態度には嘘もからかいもなく、純粋に感心しているようだった。
「だったらこれで、どうだよ」
表情から笑みが消え、纏う空気も激変する。
ルツは腰を落し、拳に力を込める。それに合わせ手の甲から腕にかけて血管が浮き出る。
「砕けろ」
小さくそう呟き、腕を振るった。たったそれだけで、
「おいおい……まじか?」
たったそれだけの動きで、シャオンの放った氷魔法のすべて――二十もの氷の柱が、根本から全て、一度の振り払いでたたき折られた。
◻
「ふざけんなっ!」
縦横無尽に氷の柱を飛び回っていたシャオンは急な足場の消失に、動揺を隠せない。
「やっべ!?」
なんとか体制を整え、次の足場が消えたことによる転倒は防げたが、無防備な体制でルツの前に体をさらしてしまう。そしてそれを見逃すほど相対している男は馬鹿ではない。
「――ゥフーラ!」
「ッラァァアア!」
両手をかざし、風魔法を発動する。
イメージするのは刃ではなく、やわらかい風だ。
すると風刃ではなく、噴出する形で風が出現しシャオンとルツとの距離を無理やり引き離す。直後、シャオンの頭があった空間に落雷のように鋭い蹴りが落ちた。
「あっぶな、今の一撃当たってたら終わってたよ」
「一撃で終わらせるってのがお兄さんの気遣いだよ。素直に受けとけ」
軽口の応酬をしながらも内心穏やかではない。
――考えろ、考えるんだ。どうすれば勝てる、どうすれば流れを変えられる?
距離を詰めて放たれるルツの攻撃を回避しながらも、思考は止めない。おそらくそれを止めてしまえば負けてしまう、そう思ったからだ。
ルツの回し蹴りを受け流し、現状を再認識させる。
上位の魔法、発動するための時間がない。
下位の魔法の多様使用による数の攻め、そんなものごり押しされたら終わりだ。格闘で対応することなどは絶対に考えられない。どうやっても返り討ちにあってしまう。
焦り、それが肉体の方にも影響し始め、段々とルツの攻撃が捌けなくなってきている。このままでは終わってしまう。
せめて、隙を作ることができれば何とかなるかもしれない。それだったら一つだけ策はある。
ただこの作戦を使って失敗してしまってはシャオンの敗北が決まるかもしれない。
「なに、悩んでんだか」
笑ってしまう。策が一つしかないのなら、それをまずは試すことが定石だろうに。どうやらシャオン自身まだ覚悟が決まっていなかったようだ。
「覚悟完了……エルフーラッ!」
掌を地面に向け、風魔法を放つ。
当てるつもりのないその一撃は地面を襲い、練兵場は砂塵に包まれる。
「目くらましってか? ざかしぃッ!」
ルツは空気をえぐるように大きく腕を薙ぎ、砂煙を無理矢理晴らす。しかし、すでにそこにはシャオンの姿はなかった。
「ちぃっ」
見失ってしまった標的を探すために聴覚を、視覚を嗅覚をすべて集中させる。
だが、気配も形もない。面倒くさいことになった、そう思った瞬間、
「ん?」
赤い水滴、それがルツの手の甲に落ちてきた。そう、
つまりシャオンのいる場所、それは――頭上。
その結論に至ると同時に頭を上げ、標的の姿を確認する。太陽による光でその姿は明瞭に見えはしなかったが、そこには確かに人影があった。
「そこだッ!」
重力に従って落ちてくる人影に向けてこぶしを突き上げる。拳はその胴体部分に突き刺さる。メキリ、と鈍い音が響く。
骨が砕かれ、臓器を潰し、肉が混ざる。周囲の人間はその光景を目にし、思わず目を逸らす、中には一部始終を見届けようとする者もいたが表情は険しい。だがすぐにその表情は別のものに塗り替えられることになった。
「は?」
この声はルツの物だろうか、それとも他の誰かだろうか。
それはわからないが、皆驚いていることは確実だ。なぜなら、拳が彼の体を突き抜けたのだから。
一瞬、ルツがついにシャオンを殺してしまったのかと嫌な想像をする。だが、それは違った。
「人、形?」
貫いた腕にはほとんど血液はついておらず、ただ土で茶色く汚れているだけだ。
ボロボロと崩れていく土で作られた人形、しかもわざわざ血まみれの服を纏わせたもの。このことが指し示す事はひとつ――
「囮っ!」
意図に気付いたころにはすでに背後に迫る影が。シャオンだ。拳を振りかぶり、ルツに迫る。振り返ると同時に拳は振るわれる。だが、
「残念だったな、あともう少しだったのに」
打ち出された拳は、吸い込まれるかのようにルツの右手に吸い込まれ、一撃を当てることはできなかった。
周りからも落胆の声が聞こえ、皆シャオンの敗北を疑わなかった。それでも、シャオンはあきらめない。
「――――まだまだぁッ!」
「なぁ!?」
勢いは殺さず、その掴んだ手すら利用し、ルツを引き寄せる。そして反撃も、距離を取らせることもさせない様に素早い動作で、勢いよく頭をのけぞらせ――
「――ッらァ!」
「がっ!」
ルツに額をたたきつけた、所謂頭突きを食らわせたのだ。
反動で頭がくらくらし、意識が点滅する。額から鉄錆の臭いがする液体が流れ落ちる。
ぺろりとそれをなめ、してやったと笑みを浮かべる。これで一撃、ようやく一撃を当てることができた。
だが相手はまだまだ戦える状態にある。それなのにこちらはもう立っているのすらギリギリで、しかもこれ以上彼に攻撃を当てられる気がしない。
だが、負けられない、あきらめられない。
あきらめてはいけない。もしもシャオンがくじけてしまえば、あの少女も挫けてしまうからだ。それだけは、それだけは許容できない。
だから心の炉に薪ををくべさせ、闘志を燃やし続ける。まだまだ倒れるわけにはいかないのだと奮起させる。
そんな熱を冷ますかのように、ルツの口から、
「――負けだ」
ポツリと、そう呟かれた。
「この決闘、俺の負けだ。一撃も貰わないつもりだったのに、見事に一発貰っちまった」
そう言ってルツは先ほど攻撃が当たった場所を見せる。浅い一撃かと思ったが思ったよりも強かったのか、僅かに赤く腫れている。
「流石にこれで負けを認めなきゃ大人としてどうかと思うわ。もともと俺の我儘で始めたことだしな」
リカードに視線で訴える。最初は意味がわからなかったようだがすぐに何を求められているかを察し、その鋭い牙を一鳴らしさせ、口を開いた。
「勝者、ヒナヅキ・シャオン!」
リカードが決闘の終了を知らせるとともに、練兵場中から生まれた歓声がシャオンを包み込み、脱力する。そしてそもそも勝利条件を決めていなかったことにいまさらながら気づく。
「あー、くそ。かっこ悪い。なんだよ一撃当てただけなのに勝ちって」
それでも、一応は決闘に勝利できた。その安心感から気力でつないでいた意識が途切れる。
「っと」
倒れかけたシャオンの体を支えたのはルツだった。そして戦いの際中には見せなかった人懐っこい笑み浮かべ、
「男、見せてもらったぜ。悪かったな」
シャオンだけにそう告げ、意識を保つ糸は限界を迎えた。
誤字、アドバイスあればお願いします。最近忙しくて推敲雑になってしまっているので。