「すぅ」
机にあるのは二つの用紙。
片方には砂が、片方には規則的な窪みが彫られたものだ。
「フーラ」
小さくつぶやくと、手のひらから言葉の強さと比例したような、微弱な風が発生する。
そして、シャオンは目を閉じ、呪文のようにさらに言葉を発する。
「――魔法は手足、魔法は手足、魔法は手足」
魔法を教わるにあたってロズワールに言われ続けたことを、口に出し、頭の中で反復させる。
シャオンの中に手ごたえがあったような感触を覚え、わずかに目を開く。
「成功」
紙の上に置いておいた砂はシャオンの作った風に掬われ、宙を舞っている。それらは一粒も零れ落ちることはなく、すべてが風によってからめとられていることが分かった。ここから右のくぼみに沿って砂を落としていき、文字を書く。これはロズワールにいつも欠かさずやるように言われた、魔法の修行の一つだ。
最初は風の力が制御できずにすぐに砂を落としてしまっていたが、もう合格をもらえるレベルまで成長し、今では考え事をしながらもできるようになるほど成長したのだ。
勿論、今日の修行も考え事をしながら行う。内容は、シャオンが使えるようになった異能の力についてだ。
現在は不可視の腕、癒しの拳、嗅覚強化――そして、スバル曰く、シャオンは認識していないが”魅了の燐光”(スバル命名)という能力も自分は有しているらしい。
ほかの能力にも不透明な部分は多いが、”魅了の燐光”というものは別格で意味が分からない。というのもほかの能力と違い、この能力についてシャオンは自覚すらできていないのだから。
発動する方法は不明、だがスバルの経験談では危険度はそこまで高くないとのことらしい。せいぜい目を奪うことぐらいらしい。目くらましとしては十分に使えそうだが本人の意識がないのであるなら意味はない。
そしてこれらの能力の中で確実にわかっていることは一つだ。
それは――死に戻りを経験するとシャオンの体に能力が追加されることだ。
理由はわからない、原理もわからない。ただ、わかるのは”そういうものだ”という結果のみだ。
「わー!」
「うぇい!?」
背後から聞こえた大声に驚きの声をあげ、思わず風の制御が揺らぐ。
そこにいたのは笑顔のミミと、すまなそうにしている彼女のもう一人の弟であるヘータローの姿だった。
「あははー! すごいこえー!」
「お姉ちゃんダメです……なにやってたです?」
「風魔法の勉強、修行? かな。最初は全然だったけど今はもう慣れたもんさ」
先ほどまであった砂の山のほとんどが右側の用紙に移動し、簡単な文章が書かれていた。それを見てヘータローは興味深そうにのぞき込む。
「面白いですね」
「そうでしょ、やってみる?」
「そんなことより!」
興味津々に用紙を見る彼とは違い、姉のミミは手を勢いよく上げ下げし、叫ぶ。
「お嬢が来てほしいって! 朝ごはんだってー!」
◻
食事が用意されている居間に向かうとすでに鉄の牙の団員でほとんどの席が埋まっていた。
そんな中、なんとかアリシアの姿を探し隣に座る。
「ごめん、止められなかったっす」
「ん、どしたん?」
開幕早々謝罪の言葉をぶつけられ一瞬、頭に疑問がわいたが食卓に並ぶそれら目にし、納得がいった。
「これは、酷い」
思わずそんな感想を口にしてしまったシャオンを責めるものなどいないはずだ。いるならば逆に問おう。目の前に広がる黒い、黒い……なにかだ。
「おはようございます。あの、これは?」
「あ、おはようさんなぁ。ヒナヅキくん。これはダイスキヤキや」
その名状しがたい暗黒物質を生み出していたアナスタシアは、シャオンの姿を見て一度動きをとめ、挨拶を返す。どうやら長机の半分を占める黒く巨大な鉄板の上でそのダイスキヤキとやらは作られていたらしい。
「ダイスキヤキ、ってなんですか? もしかしてカララギの?」
「そ、カララギの国民的な伝統料理――ダイスキヤキ。ウチ、これ作るの上手いんよ。あ、ユリウスできたで」
どうやら今しがた新しく、完成したらしい黒い物体は彼女の騎士、ユリウスの皿に。
彼は渡されたダイスキヤキを一口サイズに分け、口に運ぶ。当然その見た目通り、こげの味しかしないだろうにも関わらずユリウスは顔色を一切変えず飲みこみ、
「さすがです、アナスタシア様。ですが、私の好みはもう少し焼き時間を短めにしたものの方が合っているかもしれません。アナスタシア様の手を煩わせてしまうのは本意ではないのですが……」
「ええよええよ。わかった。もうちょっと短くやね。ユリウスは男の子やのに繊細な舌の持ち主なんよねぇ」
それは違う、アンタが豪快なのだ。
そんなツッコミをしたいのだが一の騎士であるユリウスが口にできていないのだ、部外者であるシャオン達が口にしていいことがらではないのだ。うん、きっとそうだ。
それにしてもダイスキヤキは若干、いやほとんどお好み焼きといえる見た目のそれはカララギ産だ。やはり、カララギにはシャオンがもといた世界から受け継がれたものが多いようだ。となれば、もとの世界に帰る手掛かりもそこにある、ないしも同郷がいるのかもしれない。
別に今すぐ元の世界に帰りたいとは思っていない。だが、帰れる手段がないのかどうかぐらいははっきりさせておきたいのだ。
「あ、ヒナヅキくんはどれくらいがええ? 焼き加減。慣れてないやろからウチが焼くよ」
「え? あー、そうですね。俺は詳しくないのでお任せしてもいいですか?」
「あーあ、やっちゃったっすね」
考え事をしていた最中に聞かれたから何気なく返答してしまったが、途端に周囲から気遣う声がかけられる。
そんな状況を理解できていないでいると隣に座ったリカードが鼻息を大きく吐くと、
「お嬢に任せるっちゅーことは、まぁあれを喰うことになるわな」
リカードが首で示した先には先ほど眺めた黒い物体が鎮座している。
認識するのに数秒、現実逃避に数秒そして覚悟を決めるのに数秒。彼女があらたな物質を生み出すには長すぎるほどだったようだ。
「ほら、できたで……うん? どしたん」
何とか理由をつけて断ろうと模索していたシャオンだったが、彼女の無垢なその瞳に射貫かれては断ることなどできない。彼女にばれない様に太ももをつねり、勇気を振り絞って、
「い、頂きます」
箸でそのダイスキヤキを口に運ぶ。
口内で、砂を含んでしまったときのような不快感、そして言い表せないほどの苦味。それらを歯をくいしばって耐え、飲み込む。
「どや? ほっぺたがおちそうやろ?」
「――ええ、はい」
頬だけでなく命も落としてしまいそうだったとは、口が避けても言えないシャオンだった。
◻
そんなコゲコゲしい朝食会を終えて、食休みの茶をいただいている最中にアナスタシアは切り出した。
「さて、ヒナヅキくん。今日はなにか予定ある?」
「いえ、とくには」
ある程度王都でやるべきことは行ったのでもう用事はない。なので今日屋敷に戻ろうと考えていたのだ。
「実はな、今日王選参加者が集まる儀式があるんよ。その時にヒナヅキくんにも来てもらおかとおもてな」
「アナスタシア様、流石に関係のない人物を」
言い方はだいぶオブラートに包まれてはいるが、そこには明らかに棘が含まれている。
それもまぁ仕方ないことだとは思う。次代の王が集まる機会に不安因子を多くしたいとは思わないだろう。
そんな考えを察した上でのことか、アナスタシアは真面目そうなユリウスにたいして、申し訳なさそうに眉を下げ、
「それがな、ユリウス。これはロズワール辺境伯からのお願いなんよ」
「……なるほど、そういうことならば。申し訳ありません、アナスタシア様」
納得が言った顔を浮かべた後、主の意見に口をはさんでしまったからか、ユリウスは謝罪し、頭を下げる。
「ええよ、別に。それより話を戻させてもらうで。ヒナヅキくんの主様もそこに集まるからちょうどいいかと思ってるんやけど。キミにもウチの王さまを目指す理由も聞いてもらいたいと思ってたとこやし」
獲物を狙うかのように鋭く、そして僅かに蠱惑的な視線をこちらに向けるアナスタシア。アリシアの咳払いでそれは霧散したが、気をつけなければならない。恐らく、引き抜きを狙っている。
ただそれよりも気がかりなことがある。
「……エミリア嬢とロズワールさんかぁ……碌なことにならない気がする」
しかし、シャオンが属する陣営のトップに立つ少女が王選に参加する理由を宣言するのだ。興味がないわけではない。ただそれでも、これからの起こることを想像し、ダイスキヤキとは別の理由でシャオンは胃が痛くなった気がした。
◇
竜車から降り、王城の中に歩みを進める。
絵画や美術品が展示されている通路をアナスタシアの後に続くように歩き、感心した様に声を漏らす。
「すごいな」
「なんぼかは模造品やで? ほんまもんも混じっとるけど。アレとかはだいぶ有名な……」
アナスタシアの解説を聞いていると通路が終端を迎え、大きな扉の前で足を止めた。
扉の前に立つ兵士が一歩前に出て、先頭に立つアナスタシアに剣を掲げ、敬礼を向ける。
完全武装の巨漢は兜を外し、その理知的な眼差しでアナスタシア、そしてこちらを見据えた。年齢は四十前後で、精悍というよりは厳つい顔立ちの男性だ。巌のような彫りの深い顔には険しさと、歴戦を感じさせる兵の雰囲気をまとっている。
「お待ちしておりました、アナスタシア様」
彼はその厳つい顔に見合った重々しい声で恭しく頭を下げる。
「……こちらの方々は?」
「辺境伯の従者。うたごうなら本人に確認とってみたらええよ」
アナスタシアに言われても未だ訝し気に視線を向ける騎士に、シャオンはあることを思い出した。
「ああ、それならこちらにロズワール様の、家紋。鷹を模したものが」
「なるほど」
上着の裾をめくり、裏にある印を男に見せる。
それを見た彼の瞳からは僅かにこちらを疑う色は消え、静かな海のような青色の瞳を輝かせた。
「危険な魔力反応、および武装は確認できません。お二方が所持している武器はその手甲と、ナイフだけですね?」
男性がそれぞれの武装を指差し、確認を取ってくる。本来はそこに異能の力もあるがそれを口にすればややこしいことになるので口に出さず、首を縦に振る。
「では、中にお入りください」
疑いも晴れ、ようやく扉が開かれる。そこには――
「――おお」
――視界に広がったのは、赤い絨毯の敷き詰められた広大な空間であった。
煌びやかな装飾が施された壁に、豪奢な照明が真昼間から光を放ち、目をくらませるほどだ。もっとも、その部屋の目的と用途を思えばそれも当然の話だ。
部屋の中央の一番奥、そこにはささやかな段差と、大きな椅子。
背後に竜を模した意匠の施された壁を背負い、椅子に座るものはその竜を背負っているようにも守られているようにも見えるだろう。
それはまさしく、王城王座の間。ならばあの椅子はルグニカの玉座に相違ない。
室内には外と違い、剣を構える衛兵の姿はひとりも見当たらず、その代わりに白を基調とした礼服を身に付け、規則正しい姿勢で並んでいる騎士剣を腰に携えた――近衛騎士隊の騎士たちがいた。
さらに奥には文官風の者たちや、高い地位にあるとお思われる風貌の人物など、玉座の間にふさわし面々が並んでいた。
「それじゃあウチは並ぶ場所決まっとるから」
「私も近衛騎士として行かねばならなくてね。申し訳ないが、案内はできない」
「え? あ、はい」
そう言い残しそれぞれの決められた場所に向かっていく。
二人が消え、改めて王城に広がるその威圧に呑み込まれてしまうなか、部屋の中央に見慣れた男性の姿を目にした。
「こっちだーぁよ、シャオンくん」
「ロズワールさん! お久しぶりです」
ピエロ服姿のシャオンの師匠、ロズワール。
いろいろと文句を言いたい気持ちはあるが、この場に知りあいがいるだけで気は楽になるので今はその気持ちをぶつけることはしないでおく。
「何でシャオンとアリシアが?」
疑問の声をあげるのはエミリア。
ロズワールの隣に立つ彼女は目を丸くしてシャオンの登場に驚いている。
「私が呼んだんですよ、エミリア様。彼らはスバル君ほどボロボロではないですし」
「まぁ、貴方なら無茶はしなさそうだけど」
「ははは……」
誰と比較したのかは口にしないでおくことにしよう。
それよりもロズワールの言葉に気になる単語が聞こえたので追及した。
「ボロボロ? いったい何が――」
「ウルガルムの呪い」
その単語にシャオンの瞳が鋭くなる。
「……その件はもう終了したはずでは? 術者は死んでいるはず」
「呪い事態は問題ない。問題は別、呪いの残滓に関してーぇはね」
もったいぶる彼の口調にイラついていると、珍しく頭を下げ、シャオンに近づき耳元で小声での説明した。
「詳しい説明をするには残念ながら時間が足りない。これから王選が始まるようなものだからね。でーぇも? 安心したまえ、”治療”は施されている。あとは彼が無茶をしなければ命の心配はない」
「――誓ってくださいよ」
「ああ、勿論、誓おう」
真面目な口調、真面目な表情で誓うことを口にした。それを見て半ば無理矢理納得させる。魔法使い、精霊術師にとっては契約は重要なものに値するからだ。
「アリシアくんも随分と、抱えていたものが軽くなったようだーぁね」
「ええ、まぁ。おかげさまでって、ところっすかね」
打って変わって明るくアリシアにロズワールは話しかける。
彼女が抱えていた問題。それは陣営の問題もあったが、彼女個人に関する問題もあった。ロズワールがどちらのことを示しているのかわからないが、解決してくることがわかっていたとでも言うような口ぶりをした言い方をした彼に、言いようのない恐怖を感じる。
「……なにかずっと背負ってたの? アリシア」
「相変わらずの天然っぷり、流石っす」
思わず身を固くしたシャオンをよそに、アリシアの背後に目線を向けている相変わらずの様子のエミリア。どうやら実際に荷物を持っていたと思っているらしい。
そんな彼女のおかげかわからないが、先ほどまで感じていた緊張感はどこかに消え、本調子に戻ることができた。
「それで? 俺らはどこにいればいいんですか? 」
急に呼ばれたのだから立ち位置も何も知らないのだ。
大切な儀式のはずだから、そういったことも事前に決められているだろう。いくらなんでも適当な場所に並ぶことは許されないはずだ。
しかしロズワールは口元に手を当て、考えること数秒。なんてことがないように口を開き、
「ああそれなら、近衛騎士団の列にならんでくれるかーぁい」
「え?」
「でーぇは、私はアナスタシア様と話があるから」
聞き間違いかと思ったがロズワールはそれ以上詳しくは離さずにアナスタシアと会話をしに立ち去る。
「ごめんね、私も並ばなくちゃいけないから。くれぐれも、騒がないようにね」
代わりにエミリアに聞こうと思ったが彼女もそう言って中央に戻ってしまった。
残されたのはシャオンとアリシアのみだ。
「いいのかな」
「ずっとここにいるわけにはいかないっすからとりあえず行っす」
それもそうだ。
言われた通り近衛騎士たちの列に並ぼうとした瞬間に出迎えたのは、
「辺境伯も君達を信頼してのことだよ」
「――ラインハルト」
列の先頭に立つ、さわやかな微笑を浮かべた赤い髪の青年、ラインハルトだ。彼は空を想像させるような青色の瞳でシャオンを見、次いでアリシアを見る。
「久しぶりだね、シャオン。正直僕はスバルがこの場に来ると思っていたんだけど」
「まぁ、俺もそう思う」
スバルの性格を考えれば、エミリアが来るならば彼女が嫌といってもついてこようとするはずだ。そんな彼がいない理由はエミリアに本気で来ないよう頼まれたからだろうか、それとも先ほどロズワールが言った”治療”をしているからか。
勝手な予想を頭のなかで思い浮かべていると一緒に来ていたアリシアがシャオンの影に隠れていることに気付いた。
「どしたよ?」
「いやー、アタシの自信を砕いた一人と言えばいいっすか? そもそも、苦手なタイプなんすよ。完璧超人っていうっすか?」
犬が飼い主以外の人間に警戒するようなその様子を見て、シャオンはため息を吐く。そして体制を無理やり入れ替え、ラインハルトの前に彼女を突き出す。
「わっ!? なにするんすか?」
「失礼だろうよ、別にラインハルトが悪いことしたわけじゃないんだし」
「うっ、それはそうっすね……ごめんなさいっす」
「気にしていないよ、アリシア」
文句が言いたそうなアリシアだったが、流石に失礼だったと思ったのか小さく謝罪の言葉を口にする。それも笑顔でラインハルトは笑顔で受ける。やはり、外が良ければ仲も十分にできている人物のようだ。
「な、なんすか」
アリシアはシャオンに戸惑いの視線を向ける。それもそのはずだ、急に頭を撫で始めていたのだから。
「いや、素直に謝れたから。えらいえらい」
「子ども扱いしないでくれっす! そんな年離れてねーでしょうが!」
叫ぶ彼女に、ラインハルトは笑みを浮かべ見守る。ただ、周りは微笑ましいと思っていないのか僅かに視線が刺さってくる。
「あまり騒がないようにしてもらいたいのだが……」
「にゃににゃに? なんかおもしろそーなことしてるね」
ラインハルトの隣からユリウスと、見知らぬ女性が声をかけてきた。
初対面の彼女の容姿は亜麻色の髪をセミロングで切り揃えた、愛らしい顔立ちだった。
身長は女性にしては高く、しかし線の細さは当然ながら比べるべくもなく華奢で、仕草ひとつひとつに女性らしさ、というよりも女子高生のような女の子らしさがあふれ出ている。
亜麻色の髪は白いリボンで飾られ、大きな瞳を好奇心に輝かせる姿はまるで猫のような愛嬌があり、そして実際にその頭部には、頭髪と同じ色をした猫の耳だ。
アナスタシアの屋敷で十分に見た光景だったが、やはりまだ慣れていないので一度はそちらに目を奪われてしまう。
だが彼女は慣れているからか、それを気にした様子もなくシャオンの視線を無視してアリシアに近づく。
「ふふーん? 初めて見るけど、アリィちゃんの彼氏?」
「違うっすよ!……うん」
言いきりはしないその様子に少女はニマニマと含みのある笑みを浮かべ、くるくると周囲を回る。アリシアはそのからかいに顔を赤く染め、思わず手を出してしまいそうだ。
「フェリス、からかうのはそこまでに」
「もーう、お堅いんだからぁ」
ユリウスのたしなめるような言動に頬を膨らませながら引き下がる。
「フェリスさん? でしたっけ、貴方も騎士なんですか?」
「そうだよー。フェリちゃんはクルシュ様お抱えの騎士にゃのだー!」
大げさにも思えるような動作でフェリスは部屋の中央にいる一人、主である女性を示す。
そこには男性が切るような軍服をしっかりと身に付けた、綺麗な深緑の髪を背中の真ん中ほどまで伸ばし、ひとつに束ねた凛々しい女性がいた。鼻筋の通った美形であり、琥珀色の双眸をフェリスの呼びかけに応えるかのようにこちらに向ける。そして、薄く笑みを浮かべた。
それを受けてフェリスは身をよじらせる。
はたから見れば変人だが誰も驚いていないことから彼女はいつもこうらしいことが読み取れた。
そしてフェリスの主、クルシュがあの場所にいるということは彼女も王の資格がある女性ということだ。
前に立つのはエミリアを含め三人。王を決めるにはいささか少ない気がするのだが、
「今いる人たちで全員? こういうものなのか?」
「いや、まだプリシラ・バーリエル様の姿がない。もうすぐ、お越しになるはずだが……」
どうやら一人到着が遅れているらしい。
何か問題でもあったのだろうか。
忘れかけてはいたが、王に選ばれる可能性があるのだから暗殺や誘拐など、何があるのかわからない。しかし、姿を見たこともない女性を気にするよりもシャオンは気になることがあった。
「ラインハルト、お前にあったら聞きたいことがあったんだ」
「なんだい? 僕に答えられることなら何でも答えよう」
ラインハルトはさわやかな笑顔で了承する。
その太陽のような輝かしさに若干引きながらも、疑問を晴らす。
「フェルト、どうしたんだ?」
「……君が彼女の所在が分からずに、心配させてしまったことは謝ろう」
「でも」といって、顔を上げる。
「もう少しでその心配事は解決できるよ」
「それはどういう――」
言葉の途中で扉が開かれ、その轟音にシャオンの声はかき消される。
もう少しで疑問が解決し、スッキリできそうだったのだ、僅かに鋭い目で入り口を見やるとそこには――
「なんじゃ、妾に見惚れるのは当たり前じゃが、いささか不敬である。礼儀というものがあろうに」
「そりゃ、あんな大きな音を立てて入れば誰だって注目するぜ? 姫さん」
橙色の背に届く程度の髪をバレッタで一つに束ねた女性。そして横に立つのは彼女の騎士であろう隻腕の男だ。
それだけでも目立つ存在だが、シャオンが注目したのは、驚愕したのは彼等ではなく、
「――は?」
「ゴメン、きちゃった」
予想外の人物、ナツキスバルの媚びた笑みがそこにはあったからだ。
リアルの事情で四月からは完全不定期更新になります。
申し訳ありません。
カーミラちゃんが動く姿を見れればモチベーションが上がるかも……?