Re:ゼロから寄り添う異世界生活   作:ウィキッド

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まだまだ原作と同じ流れです


仲が悪いメンツ

 ボロキレのような薄汚れた衣服をまとい、くすんだ金髪に荒んだ目をした少女。俯いて歩かざるを得ない環境にありながら、決して下を向かずに生きてきた、たくましく雑草のような少女。

 それが、フェルトという少女に抱いていた印象の全てであった。

 ラインハルトの宣言に招かれ、侍女を伴うフェルトが王座の間を静かに歩く。赤い絨毯を踏みしめ、薄い黄色のドレスの裾を地に擦らないよう意識しながら、小さな背中を真っ直ぐ伸ばして進む姿はひとりの貴族令嬢のそれだ。まだまだ未成熟ではあるが、外見を整えられた彼女の姿は美しい。

 彼女はゆったりとした動きでラインハルトのすぐ側へ。手の届く位置にフェルトがきたのを見届け、ラインハルトはその整った面に微笑を刻んで頷き、

 

「フェルト様、ご足労いただきありがとうございます」

 

「――ラインハルト」

 

 恭しく一礼するラインハルト。その彼に、身長差があるために下から見上げる形でフェルトが顎を持ち上げて呼びかける。

 涼やかな声音に呼ばれ、ラインハルトも通る声で応じる。フェルトはそんな彼の態度にそっと微笑んだ。

 そして、

 

「――てめー、またアタシの服隠しちまいやがっただろ!?」

 

 ドレスの裾を持ち上げながら、体躯のわりにはすらりと長い足が弧を描く。それは狙い違わずラインハルトの側頭部に命中――することはなく、蹴り足は軽く持ち上げられたラインハルトの掌の中にすっぽりと収まっている。ご丁寧にフェルトに負担がかからないように配慮した受け止め方でだ。

 片足立ちになるフェルトに、その足を掴んだままのラインハルトが一息つき、

 

「突然、なにをなさるんですか」

 

「さらっと止めといてしれっと言ってんじゃねーよ! アタシの服! 隠したのまたおめーだろ? おかげでこんなうっとうしいひらひらした服着せられたじゃねーか!」

 

 片足でバランスを取りながら、フェルトは彼女のためにあつらえられただろうドレスの裾を揺らしながら不満そうに頬を膨らませる。

 乱雑に扱われ、皺ひとつなかった生地に無粋な折り目が生まれ始める。それを見ながらラインハルトはゆるやかな動きでフェルトの足を地に下ろし、

 

「よく似合っておいでですから、恥ずかしがる必要はありませんよ」

 

「恥ずかしがってんじゃねーよ、嫌いだっつってんだよ! 服だけの話じゃねーぞ、お前もだ! 騎士様が拉致監禁とかそれこそ恥ずかしいと思わねーのかよ!」

 

「それが王国繁栄のためならば」

 

 迷いないラインハルトの言い切りに、頭痛でも感じたようにフェルトは額に手を当てる。それから彼女は遅れて広間中の視線を一身に集めていることに気付いたように、

 

「なんだよ、じろじろ見てんじゃねーよ。見世物じゃねーし、見世物だと思うんならお捻りのひとつでも投げるもんだろ」

 

 一目で上流階級とわかる人々に噛みつき、それこそこの場でもかなり上等に位置するだろうドレスに袖を通しながら、いかにも柄の悪い態度でフェルトがぼやく。

 

「すっかり変わっちまったかと思ったら、見た目だけの話でやんの。よかったー、やっぱ人間ってそうそう根っこの部分は変わらねぇよな。俺含めて!」

 

 フェルトのフォローを入れる上で、自己正当化も行いご満悦のスバル。その考え方に呆れていると品定めするように広間を見回していたフェルトの視線がスバルと絡んだようで、止まった。

彼女はふいに眉を寄せ、それから記憶を探るように瞑目し、ほんの数秒でその記憶を探り当てたように顔を明るくすると、

 

「お! なんでこんなとこにいんだよ、兄ちゃんたち!」

 

 軽い突き放しでラインハルトの胸を押すと、彼女はそのままの勢いでのしのしとスバル達の方へ向かってくる。高級そうなドレスが悲しくなるほど乱暴に扱われ、丁寧にそのコーディネートをしただろう侍女たちが顔を押さえて目を背けている。

 そんな感傷を置き去りにして、満面の笑みで向かってくるフェルトにスバルは相対。必然、シャオンも対面することになる。

 正直、シャオンとしては場の空気的に彼女と向かい合うのは避けたいのが本音だったが、味方不足で心細いのは彼女も同じはずだと思えば、無碍にできるはずもない。

 

「よぉ、久しぶりだな。元気してらんだばっ!」

 

 スバルが軽く手を掲げて爽やかに挨拶を放った瞬間、前蹴りが土手っ腹を直撃。衝撃に体がくの字に折れ、スバルはその場に膝をついて咳き込む。

その醜態を片足を上げたままのフェルトが見下ろしながら、

 

「その感じだと腹の傷とか平気みてーだな」

 

「お前……なんで確認に渾身の一発だよ。公の場で戻すとこだったじゃねぇか……。つかなんでおれだけ」

「そっちのうさんくさい兄ちゃんは……うん、あとが怖い。まぁ、兄ちゃんの方は兄ちゃんの方で大変だったってことか。けど、大変だったっつーんならアタシの方も負けてねーぜ?」

 

「……だろうな。まさかこんな場面でお前と出くわす羽目になるとは思わなかった。徽章騒ぎがめぐりめぐってこうしてぼんじょびっ」

 

 スバルが余計なことを口にしようとしたのを見てシャオンはぐりぐりと体重を乗せ彼の足を踏みつける。成人男性の体重を込められたその一撃を受け、スバルは妙な悲鳴をあげた。

 

「徽章騒ぎとか大っぴらに言えない事柄だと思うんですがぁ? スバルくんよぉ」

「……口塞ぐとか、もっと可愛いやり方あったんじゃね?」

 

 今までの鬱憤をこめて、の一撃だ。あまんじてうけてほしい。

 ともあれ、彼女の前科に触れるのはラインハルトに対しても悪いことになりそうだと思ったのはスバルも同じだったようで素直に口を閉ざす。

 もっとも、フェルト自身の行いのおかげで、とんだ社交界デビューとなってしまった事実は覆せないと思うのだが。

 

「フェルト様。旧交を温められるのもよろしいですが、こちらへお願いします」

 

 と、傍目には和気藹々に見えたのかもしれないやり取りをする二人に割り込んだのは、その場の空気に依然呑まれず、淡々と議事を進行するマーコスだ。

 その巌の表情にフェルトはまだ反論したがった様子だが、彼のすぐ側に立つラインハルトが申し訳なさそうに腰を折ると、不承不承といった顔で再び前へ。

 

「で、アタシになにをさせてーんだって?」

「まずは淑女としての振舞いを、と言いたいところですが、その前にこちらを手にとっていただいて」

 

 ラインハルトの軽いジャブに嫌そうな顔をするフェルト。その彼女の掌に、ラインハルトは懐から取り出した竜の徽章を手渡す。

 一瞬、その徽章の形にフェルトの眉がしかめられたが、すぐに宝玉が掌の中で光り輝き始めるのを見ると、その強張った表情も軟化する。

 

「珍妙な石だよな。なんだって光るんだか」

 

 振り返り、黙ってその資格照明の場面を見ていた賢人会のお歴々を仰ぎ見て、

 

「この通り、竜殊は確かにフェルト様を巫女として認めました。彼女の参加を承認した上で、此度の王選の本当の意味での開始が成るかと思われます」

 

 鉄製のプレートに掌を当て、恭しく頭を下げるマーコス。団長のそれにラインハルトが、そして捜索に当たった近衛騎士団の全員がそれに従う。

 任務完了の報告を行う騎士団の面々、彼らの尽力あってこの場に五人の竜の巫女――つまり、未来のルグニカの女王候補が集ったこととなる。

 

「なるほど、それで歴史の動く日ってわけだ」

 

そう考えれば歴史の目撃者となるのだからシャオン達は案外幸運なのかもしれない。

そんな見当外れの感想を抱くシャオンだが、ふいに王座の間に広がり始めているどよめきに遅れて気付いた。

どよめきの発生源は、敬礼を行う騎士たちとは中央を挟んで対面――そちらに居並ぶ、ロズワールなどを含んだ文官筋の集団から発されていた。どよめきの詳細は聞こえてこないが、それは困惑や戸惑い、そして明らかな不満が含まれている。

 

「失礼、よろしいですかな?」

 

と、ついにはその文官集団の中からひとりの中年が進み出る。

茶色の総髪を流した、四十代ぐらいだと思われる男性だ。彼は立派な顎ヒゲを神経質そうに撫でつけながら、

 

「今回の王選出の儀に当たり、近衛騎士団の尽力には言葉もない。諸君らの力なくして、これほど短期間で竜歴石の預言に沿った状況を作ることはできなかったろう」

 

「もったいないお言葉です」

 

もったいぶった言い回しで騎士団を賞賛する男性に、重々しい口調のままマーコスが謙遜してみせる。それに対して男性はやり難そうに目をそらしながら、「しかし」と前置きした上で、

 

「こんなことは言いたくないが、竜歴石の示した状況に沿っているとはいえ、少々人選に問題があるのではないだろうか」

「と、言いますと?」

「肝心の王国の冠を頂く資格について蔑にしてはおらぬかと言っているのだ」

 

 聞き返す言葉にぴしゃりと、中年は察しの悪い相手を怒鳴りつけるように言い放つ。

 

「竜との盟約はなにより重要だ。親竜王国としてルグニカが存在してきた以上、彼らとの友好なくして国は成り立たない。だが、竜を重要視するあまり、民を軽視するようでは本末転倒ではないか」

 

「つまり、こういうことですか。我々近衛騎士団は竜の巫女を探すことに心血を注ぐあまり、忠誠を誓うべき王に相応しい人物を見誤っていると」

 

「まぁ、そういうことになるな」

 

 マーコスの端的なまとめ方に肝を冷やされたのか、中年は言葉を選ぶようにと遠回しに忠告する。が、そのフォローも少しばかり遅い。

 必死に動いて結果を出したにも関わらず、その成果に対して決して寛大ではない評価を下された騎士団の方の心情は穏やかではないのだ。

「雲行きが怪しくなってきた気がするぞ」

「ま、騎士団からすりゃ難癖つけられてるわけだかんな。オレはそのあたりどうとも思わねぇが、どうよ?」

 

 スバルの呟きを聞きつけ、アルがくぐもった笑いを上げて別の二人に話を振る。振られた形になったユリウスとフェリスは視線だけをこちらに向け、

 

「フェリちゃんは別ににゃーんとも? だってだって、なんて言われようとフェリちゃんの忠誠はもうたったひとりに捧げちゃってるわけだし」

「フェリスと同意見、とまでは言わないけれど、私も同じ気持ちだよ。すでに剣は捧げている。彼らもいずれは自分の忠誠を預けることになるんだ。そうなる前の心の揺らめきを咎めるほど、狭量なつもりはないのでね」

「は、立派なこった。まぁ、それはオレも姫さんに対して一緒だがね」

 

対抗するかのようにアルが言うと、二人が微笑を口元に刻むのが見える。その様子を見てシャオンは瞠目した。

 彼らは見た目も、性格も、使える主も全く違うはずだが、主に対して忠誠を誓っているのは共通の事柄のようだ。つまり、彼らは騎士として、あるいは傭兵として全幅の信頼を主に預けている三人、というわけだ。

 そんな話をしていると事態は急速に進んでいき、意見を述べた中年を皮切りに、文官集団は次々に不満を口にし始める。

 その種類は様々ではあったが収束すると、「巫女であると同時に、王である。あるいは王になる、という自覚が足りない」ということだった。

 文官集団が特に矢面に挙げて糾弾しているのは、先ほどの態度の悪さが目立ったフェルトのことだろうが、それ以外の候補者たちにも飛び火していないとは言い切れない。

 事実、心優しいエミリアの横顔は痛みを堪えるかのように痛切で、あの場に立っていることが負担になっていることは間違いない。

 しかし、その糾弾も止むことになる。

 

「――静かに」

 

たった一言、壇上に座る老人がそう呟いたことだけが理由だった。

長い長いヒゲを撫で、マイクロトフはその閉じかけた瞳をさらに細めて、勝気な顔で老体を見上げるフェルトを見る。

 しばし無言の時間が続いたが、マイクロトフはふいに小さく吐息を漏らすと、

 

「騎士ラインハルト」

「はっ」

 

名を呼ばれ、手招かれたラインハルトが颯爽と壇上へ。

彼はマイクロトフの前で膝をつき、剣を腰から外して床に置く最敬礼を示す。それを満足げに見届け、老人は白いヒゲを手繰りながら記憶も手繰り寄せるように、

 

「ふむぅ。御身が彼女を見出した経緯を聞かせてもらえますかな」

 

出会いの経緯を聞き出され、知らず当事者でないのにシャオンの額に冷や汗が伝う。無論、スバルもそして、前に並ぶエミリアにもだ。

 それもそのはず。真実をそのまま告げる場合、当然、フェルトが行った盗難騒ぎにまで言及する必要があるが。それはどう考えてもいい方向には転ばない事柄だろう。

 

「彼女は十三日前、自分が王都の下層区――通称『貧民街』の一角で保護いたしました。その際、訳あって竜殊に触れる機会があり、彼女が巫女としての資格を持つものだと判明し、こうしてお連れした次第です」

 

 しれっと、問題の部分をぼやかして報告するラインハルト。

 

「貧民街の浮浪児だと……正気か、騎士ラインハルト!?」

 

 先ほどから文官集団の後押しを得て、いくらか息巻き始めている中年の声だ。

 彼は身振り手振りを加えた動きで大仰にフェルトを示し、

 

「未来のルグニカを担う王を選出するこの儀に、よりにもよって浮浪児を招き入れるなど言語道断だ。君は玉座をなんと心得ている!?」

 

「――――」

 

「都合が悪ければだんまりか。これが現剣聖の継承者とは、アストレア家の名誉も地に墜ちたものと判断せざるを得んな」

 

 壇上に敬礼を捧げたまま、ラインハルトは言われるままの言葉を受け止めている。その涼しげな横顔には負の感情の一切が見られず、男性もその様子に口をつぐみ、苛立たしげに舌を打つ。それから、

 

「マイクロトフ様、やはり考えをお改めください。竜殊に選ばれただけで、そのものに王座を得る資格を与えるなど過ぎた話なのです。王の冠はふさわしいものにこそ与えられるべきだ。手当たり次第に徽章を光らせられればいいという話では……」

 

「リッケルト殿、ちょこーぉっと熱くなりすぎじゃーぁないですかね?」

 

 現状の国の頂点に水を向け、その方針に異を唱える中年――リッケルト。その火のついたような舌鋒に水を浴びせたのは、聞き慣れたとぼけた間延びした声だ。

 リッケルトは明確な敵意を孕んだ視線を横、数名を挟んで並び立つロズワールに向ける。その刺すような視線にロズワールは両手を掲げ、

 

「おーぉ、恐い恐い。そんな目で見られると、小胆な私は胸が痛んでしまいますよ」

 

「戯言を……ロズワール。卿の態度にも納得していないぞ。私だけでなく、宮中の多くのものがだ。これまでは非常時故に仕方なしと見過ごしてきたが、こうして例外ばかりが目につくようではお話にならん。浮浪児を玉座に担ぎ上げようとするアストレア家はもちろん、半魔を王に推挙する卿の愚挙も……」

 

「――リッケルト殿、今の言葉は訂正された方がよろしい」

 

 凍える声が広間に静かに響き、興奮に赤くなっていたリッケルトの顔色が蒼白に変わる。原因は声と共に発せられた威圧感――依然変わらぬ微笑をたたえたまま、ただただ気遣わしげに小首を傾けるロズワールだ。

 

「ハーフエルフを半魔などと呼ぶのは悪しき風習ですよ。ましてやエミリア様は依然王候補――分を弁えていらっしゃらないのがどちらなのか、おわかりですか?」

 

「だとしても、だ。私は主張が間違っているとは思わない。竜の巫女たる資格のあることと、それが王に相応しい人物であるかは同義ではない。マイクロトフ様!」

 

 ロズワールの静かな威圧に気圧されながらも、リッケルトはマイクロトフの名を呼ぶ。

 

「どうぞご再考を。この場において、王候補をみだりに選出するのは早計と言わざるを得ません。竜歴石を形だけなぞることにどれほどの意味が……」

 

「――騎士ラインハルト」

 

心変わりを願い出るリッケルトの言葉に対し、しかし賢人はそれに応じることなく赤毛の騎士の名前を呼ぶ。その声に騎士は迷いなく応じ、その後に続く言葉を待つように精悍な面を壇上へ向けた。

マイクロトフは己の長いヒゲに触れ、やはり記憶を探る作業をするかのように指先でそれを弄びながら、

 

「まさか御身は、彼女がそうであると?」

 

「確信はありません。確かめる手段はすでに失われております。――ですが、これだけの符号を偶然と呼ぶのには抵抗があります」

 

「ならばなんと?」

 

「――運命である、と」

 

 ラインハルトの明朗な答えに、マイクロトフは感じ入るものがあったかのように瞼を閉じた。

 その二人のやり取りの内容が、傍で聞いているシャオンにはさっぱりわからない。異世界人だからわからないことなのかと、周囲の顔色をうかがうが、顔色の見えないアルはもちろん、フェリスやユリウスも同様の状態のようだ。

 わかり合っているのはラインハルトとマイクロトフの二人のみ。

 その状態に痺れを切らしたかのように、リッケルトは唇を震わせて前に出て、

 

「意味のわからない言葉遊びだ! 騎士ラインハルト、貴殿は正しい騎士としての道すら見失ったか。浮浪児を連れてくるような曇り眼にはそれも似合い……」

 

「上辺だけに囚われ、大切なことを見落とすようでは御身の目は節穴ですな。あるいは王家へ捧げてきた忠義がハリボテなのか、と疑われるところです」

 

 気勢を吐いてラインハルトを糾弾しようとしたリッケルトを打ったのは、静かだが決して甘さを寄せつけないはっきりとした弾劾だった。

 マイクロトフの口から紡がれた言葉の意味が呑み込めず、しばしリッケルトは呆然とした表情となる。それはリッケルトを支持していた文官集団も同じであり、否、この場にいるほとんどがそうなってしまっていた。

 自然、静寂が広間にわずかに落ちるが、しかしそれでも立場があるリッケルトは青い表情ながらもマイクロトフに物申した。

 

「こ、これはおかしなことを。マイクロトフ様もお人が悪い。私の忠義の、あるいは目のなにが過っていると」

 

「ふぅむ。でしたら、フェルト様を見ていてお気付きになりませんかな」

 

 試すようなマイクロトフの言葉に、リッケルトは怪訝な顔でフェルトを見る。

 話題の当事者でありながら、だいぶ話の関わりから遠ざけられていた彼女は、その視線を受けて露骨に嫌そうな顔をする。  

 言葉に従いフェルトを見ながら、また彼女の王の器として抜けている部分を指摘しようとしていたリッケルト。その表情がふいになにかに気付いたように強張り、凝然と目を見張る。

 それから彼は押し開いた眼をマイクロトフの方に向けて、

 

「き、金色の髪に紅の双眸――!?」

 

リッケルトが動揺の原因を口にすると、その意を察した文官たちにも同じだけの衝撃が広がっていく。ピンとこないのはこの世界の常識に欠けているスバルとシャオンのみ。

 ちらりと周囲見ると、フェリスとユリウスも合点がいったという表情。アルは兜でおおわれているからか表情はわからないが、動揺はしていないようだ。

 リッケルトは自分の今の驚愕を周囲と共感でもしたいのか、彼は震える指でフェルトを示し、

 

「金色の髪に紅の双眸――それはルグニカ王家の血筋に表れる容姿の特徴だ。だが! そんなおかしな話があるものか! 王家は半年前の一件で、血族の方々ことごとくがお隠れになっている! 割り込む隙などどこにもありは……」

「――十四年前、宮中で起きた事件のことをご存知ですか、リッケルト様」

 

 強い否定を口にしかけるリッケルトを、静かにラインハルトが遮った。

 そしてそのラインハルトが口にした内容に、リッケルトの表情がさらに強張り、震える声でラインハルトに語り掛ける。

 

「まさか騎士ラインハルト、貴殿が言いたいのは……」

「十四年前に城内に賊が侵入し、先代の王弟――フォルド様のご息女が誘拐される事件がありました。そのまま賊には逃亡を許し、ご息女の行方もわからないままに」

「ふぅむ。前近衛騎士団の解体と、再生の切っ掛けとなった一件でしたな。確か御身の親族も無関係ではなかったと思いましたが……」

「本来は知り得ないはずの情報を知っている。それで察していただければ」

 

 ラインハルトの言葉少なな応答に、マイクロトフはただ頷きを持って応じる。

 が、リッケルトの方の混乱は収まる素振りが見えない。彼は手を振り乱し、

 

「極論、いや暴論だ! 十四年前に行方不明になられたご息女が、王都の貧民街に身を落として生活しており、それを偶然にも貴殿が見つけ出したと? あまつさえ、その身は竜の巫女としての資格にも値したと?」

 

 立て続けにぶつけられた情報を羅列し、それからリッケルトは笑う。

 

「馬鹿馬鹿しい! あまりにでき過ぎな話だ。いっそ巫女の資格を持つ少女を見つけ出した貴殿が、その少女の髪を染色し、瞳の色を魔法で変えたとでもした方がよほど無理がない。――そんな命知らずな真似、してはいないだろうが」

 

「剣にかけて」

 

 幾許か冷静な表情を取り戻すリッケルトに、ラインハルトは床に置いていた剣を立て、鞘からほんのわずかに刀身を覗かせ、音を立てて納刀。誓いを立てる。

 その整然としたありようにリッケルトは薄くなり始めた頭部を乱暴に掻き、

 

「……すでに王家の血は全て病没しており、血族かどうかを確かめる手段は存在しない。憶測だけの素姓で、誰もが頭を垂れるなどとは思わぬことだ」

 

「それは当然のことです。が、自分はフェルト様こそが、王位を継ぐに相応しい方と確信しています。血のことをなしにしても、です」

 

「今代の剣聖ともあろうものが、ずいぶんと入れ込んだものだ」

 

ラインハルトの真っ向からの返答に、リッケルトは諦めたように吐息。それから彼は改めて、話題に上っていながら混じっていなかったフェルトを見やり、

 

「竜の巫女としての資格を持つことは別として、貧民街の出身。――そして、あるいは失われたはずの王族の血統の可能性。貴女がさらされる苦難の重さは想像を絶する。その覚悟が、おありか」

 

挑発、という軽い意味合い抜きに試すような物言い。

それはこれまでの会話の流れを鑑みて、彼女自身の答えをもってリッケルトが己の不満と決別するための儀式でもあるのだろう。

 時に人はこうして相手を認めていながらも、面倒な手段を選ばなくてはならないこともある。だがこれでようよう不毛な議論に終止符が打たれると肩を撫で下ろしたのだが、

 

「は? なに言ってんだよ、オッサン。アタシは王様やるなんて一言も言ってねーよ、勝手に決めんな」

 

これまでに作られた雰囲気を根元からぶち壊すように、フェルトが憎々しげに唇を尖らせてはっきりと拒絶の意を表明した。

自然、リッケルトを始めとした広間の全員に動揺が走る。そんな感情の波を巻き起こしたフェルトはラインハルトに指を突きつけ、

 

「アタシは無理やり貧民街からこっちに引っ張ってこられてんだよ。帰せつっても帰しやがらねーし、服は隠してこんなひらひらした服ばっか着せやがる。うんざりどころの話じゃねーぞ、アタシは全然納得しちゃいない」

 

 言いまくしたてて肩を上下させ、フェルトは挑発するように顎を持ち上げ、ラインハルトの長身を見上げる。立ち上がった赤毛の青年は困ったように微苦笑し、

 

「フェルト様はまだそのようなことを」

「アタシからすりゃー、アンタの諦めの悪さの方が説明つかねーよ。いいか? アタシは嫌だ、つってんだ!」

「――いつまでもうだうだと、つまらんことこの上ない話じゃな」

 

主張を曲げないラインハルトに、焦れた表情でフェルトが怒鳴る。

そんな二人のやり取りに口を挟んだ少女がひとり――これまで沈黙を守り続けていた王候補陣営、その中で腕を組んで退屈そうに目を細めるプリシラだ。

彼女は組んだ腕の上で豊かな胸を揺らし、

 

「形だけでも開幕に必要な五人は揃った。あとは始まりさえすれば、相応しくないものは自然と省かれるじゃろう。どうせ最後に残るのは妾なのじゃ。他の余分な連中の王の資質など、あろうがなかろうが関係あるまい」

 

「ああ?」

 

 プリシラの暴言めいた暴論に、ヒートアップしたままだったフェルトが反応する。彼女は小さな体をさらに縮め、真下からプリシラを見上げるチンピラスタイルで、

 

「さっきっからおめでたい格好した女だと思ってたけど、そんな動きづらい服でケンカ売ってんのかよ。アタシはすぐ足が出るんで有名だぞ」

 

「頭が高い。妾を誰と心得る」

 

「はっ、知るわけね……ッ」

「――姫さん、そいつは」

 

 アルの叫びとほぼ同時に、やはり動いていた彼女は、虚空に手を差し伸べながら淡い輝きをその掌をフェルトに放つ。

 しかしそれが彼女に触れるよりも早く、まさしく風のような速度で動いたラインハルトが、フェルトの前にその体を割り込み、光弾を無理やり打ち消した。

 

「失礼します。プリシラ様」

 

 静かな声はプリシラの眉を僅かに動かし、その隙にエミリアはフェルトをかばうように自らの胸に抱き寄せた。

 

「こんな場所で、なに考えてるの!?」

「な、なにをしようとしたんだ?」

「陽魔法の過干渉。簡単に言えば水が入っているコップの中にあふれだすぐらい水を入れたようなものかな」

 

 魔法の知識があまりなく、何が起こったのかをスバルに説明をする。

 

「つまり、無理矢理ドーピングさせたみたいな? 栄養剤を大量に取らされたってことでOK?」

「まぁ、その認識でいいよ。アレを受けていたら耐性がなければ倒れていたかもね」 

 

 たとえ方が独特ではあるがあながち間違ってはいないのでいいとしよう。いまはそんなことよりも目の前の事態を何とかしなければいけないのが優先される。

 怒りも露わにエミリアが怒気をぶつけるのは、己の所業になんら呵責を抱いていない顔のプリシラだ。彼女は煩わしげに手を振ると、

 

「躾のなっていない雌犬に少しばかり教授してやったのだ。妾に対する無礼は命で払うしかないのをその程度で済ませたのじゃから感謝してもらいたいほどじゃ」

「悪いことをしたらごめんなさいでしょう? 叱られてみないとわからないの?」

 

 悪びれないプリシラの答えに、エミリアが普段の調子を取り戻しながら言い募る。その内容に一瞬、プリシラはきょとんとした顔をし、すぐに笑いを堪え切れないといった様子で破顔。そのまま笑いを得た表情で、

 

「ああ、これは面白い。今のは久々に楽しめたぞ、褒めてやってもよい」

「イチイチ不愉快な子ね。なにを……」

 

「悪いことをしたら謝る、とな。ならばさながら、貴様の場合は『生まれてきてごめんなさい』とでも謝罪してみせるか? 銀色のハーフエルフよ」

 

衝撃が、エミリアの全身を貫いていったのが見てわかった。

エミリアの肩が大きく揺れ、彼女はさっきまでの毅然とした表情を打ち消され、痛切に満ちた瞳を押し開きながら、

 

「わ、私は……魔女と関係なんて」

「そんな言い訳が誰になんの意味を持つ? 貴様は世界の禁忌の存在の映し身で、人々はその姿を目にするだけで恐ろしくてたまらない。それは揺るぎない事実じゃろ?」

 

辛辣な言葉を畳みかけるプリシラに、顔を蒼白にしたエミリアは首を力なく横に振るだけだ。プリシラの言葉の意味は理解できるが、それで納得がいくかどうかは話が違う。

 流石に割り込もうかと考えたその時、

 

「姫さん、そこまでにしてくんね? あんまし敵増やされても困んだよ、マジ」

 

 プリシラの暴君ぶりを引き止めたのは、アルの弱音だった。彼は表情の見えないはずの兜の中、そこが困り顔であるのを誰もが察せられるほど弱々しい声で、

 

「特に剣聖と対立とか特大の厄ネタもいいとこだ。素直に謝っとこうぜ?」

「妾の従者ともあろうものが情けないことを抜かすでない。剣聖がどうした。たかだかこの国で最強というだけじゃろうが、どうにかせい」

「一分ももたねぇよ」

 

 彼我の戦力差を冷静に見極め、アルは早々に白旗を掲げて無抵抗を表明。プリシラはその態度に呆れた様子。そして、アルと向かい合うラインハルトとエミリアの二人は驚きと困惑を隠し切れない顔だ。

が、少なくとも場が即座に一触即発の場面に飛び火することだけは防がれた。

 仕切り直すにも切っ掛けのほしい場面ではあるが、すぐに事態が悪い方向へ転がり落ちることもあるまい。

 誰もがこの膠着状況をどうにかすべし、と頭を回転させる中――甲高い音が響いた。

 

「――話逸れてないっすかね。いい加減、話を進めるっすよ」

 

 音の発生源はシャオンの隣にいた少女、アリシアによるものだった。

 今まで黙ってみていたアリシアが、イライラした様に手甲を突き合わせ注意を引いたのだ。

 

「同感だな」

「せや。ウチは言うたやろ? 時間がもったいないって。早く始めよ」

 

 アリシアの意見に同意したのは先の争いにかかわっていないともいえるクルシュとアナスタシアだ。

 アリシアがせっかく作ってくれたきっかけを無駄にはしないとでも言いたいように、二人は苦情を口に出したのだろう。そして、それに乗っかる人物がもう一人、

 

「そうですな。それでは、始めるとしましょうかの」  

 

マイクロトフは全員を見回し、それからエミリアとフェルトに視線を合わせると、

 

「フェルト様、それにエミリア様。お二人とも、落ち着かれましたかな」

 

「え、ええ……私は大丈夫。この子も……」

「……礼は言わねーからな」

 

 エミリアの抱擁から抜け出し、ふてくされた顔のフェルト。その態度を見たラインハルトはエミリアへ感謝の目礼を向け、元の騎士の列に戻る。それを見てエミリアとフェルトも不満そうにではあるがそれぞれの列に舞い戻った。

 クルシュとアナスタシアはようやく本題に入ることができると思い、安堵の表情を浮かべている。

ただ、事の発端であるプリシラだけが変わらず退屈そうな眼で、反省の色が一片も見当たらないのが腑に落ちないが、ひとまずの一悶着は終結。

候補者が並んだことを見届けて、マイクロトフが改めて宣言する。

 

「では本来の議題――王選のことについて、候補者の皆様を交えて、賢人会の開催をここに提言いたします」

 


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