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「さて、そろそろ昼になるか」
エイプリールフールは午前中だけ適応されるのだ。だからあと嘘を吐けるのは一回ぐらいが限界だろう。だとしたら、その対象はいったい誰にするべきか。
ベアトリス、アリシア。この二人には散々吐いた。正直これ以上は可哀想になるので却下。
シャオン、ラム、レム。この三名にはそもそも嘘をついても意味がない。
前者二人はまともに取り合わないし、レムに至ってはスバルの言う言葉を信じすぎてしまうので嘘を吐いたという達成感がない。
ということは候補は一人に絞られる。
彼女のことだ、すぐに騙されるだろう。問題としてはスバルの良心が彼女をだますことに耐えられるのかということだ。
だがやらねばならない。男には一度決めたのならばやりきらねばならないことがあるのだから。
でも、できるならば彼女に出会う前に昼に入ってほしいという気持ちもあるので、神様に軽くお願いする。どうか――
「――スバル、ここにいたの」
「エミリアたん……なんつーか、神は性格が悪いな……まぁいいやエミリアたん、実はね――」
偶然エミリアと鉢合わせをしてしまい、スバルは神様に恨み言を口にする。
しかし、出会ってしまったのならば仕方がない。スバルは心を鬼にして彼女に嘘を――
「あのね、言いたいことがあったの」
「へ?」
出鼻をくじかれ、思わず鼻白むスバル。
「今日が何の日かシャオンから聞いてね。言いたいことがあったの」
「ああ、そうなのか。実はエイプリールって言って――」
シャオンから聞かされていたのならば仕方ない、スバルは安堵の息を漏らす。
彼女に嘘を吐けなかったことも残念ではあったが、心を痛める必要はなくなったのだから。しかしスバルのその安堵は彼女の次に紡がれた言葉によって乱されてしまった。
「――スバル、大好き」
「――――はい?」
エミリアの発言にナツキスバルは自らの耳が狂ってしまったのかと錯覚する。
「いま、なんて?」
「な、何回も言わせないでよ。もう、スバルのばか」
――照れた様子のエミリアマジプリティ。
という感想は置いておいて、これはどういうことだろうか。
やはり、今の発言は嘘だろうか? 嘘じゃなかったら文字通り飛んで喜ぶところだが、それは悲しいことに確率が低すぎるのだ。
ならばエミリアが嘘を? 彼女を疑うのか? こんな嘘をつくということからかけ離れた彼女を?
正直、信じたい。信じて彼女がスバルに愛の言葉を口にしたのだと信じたい。しかし、彼女は言ったではないか”今日が何の日か聞いたと”。
つまり彼女はエイプリールフールについて知っているわけだ。ということはやはり先の発言は嘘だったのだろうか? だが彼女の無垢な瞳からは嘘をついているようには見えない。しかし――
「スバル?」
「え? あ、ああナンダイエミリアたん」
考え事を中断し、結論はまだ出せていないが片言で彼女の話を聞くことにする。
「あのね、今日の夜大丈夫?」
彼女は頬を染めながらスバルの予定を確認する。しかも、今日の”夜”ということ。
つまり、これはあれがこれでそれがどれで……ナツキスバルは大人の階段を上ることに?
「――――う、うわぁぁああああ!」
「ス、スバル!?」
コミュ力が乏しく、度胸がないスバルにはそれを受け止めるほどの体力はなく、想像しただけでいてもたっていられず雄たけびを上げる。
その叫び声に驚いたエミリアすら置いて走り去る。
「さて、これですこしは腹の虫も落ち着いただろ?」
「えぐいっすね」
「ざまぁないわ」
「ふん。まぁ、少しはマシになったかしら」
柱の陰で見守っていた三人の使用人と一人の司書はその様子を見て呆れ、同情そして満足そうに頷くといった反応を示していた。
シャオンがエミリアに教えたのは今日がエイプリールフールだということではなく、”とあること”だ。そして彼女にこう言えばいいとしか伝えていない。
隠し事ができない彼女にすべて話してしまっては鋭いスバルにはすぐに見抜かれてしまうだろう。だからこんな作戦を思いついたのだが……うまくいったようだ。
「さて、それじゃ、仕事に戻ろう。今日は忙しいぞ」
なにせ、今日の本番は夜なのだから。
◇
「バルス、早くしなさい」
「ういうい。まったく、一体なんだってんだ」
あの一件の後スバルのやる気は超低下していた、というよりも仕事に集中ができなかったのだ。
エミリアの言葉の意味を聞こうにも彼女の姿は見えず、シャオン達に聞こうにも彼らも姿を現さない。レムに至っては嘘を吐きに会いに行ったきりでそれ以外では出会えなかった。
唯一会えたのはラムとロズワールのみ。そして現在はそのロズワールに酒蔵にある酒を取ってくるように言われたのだ。
頼まれたのは今夜の食事で飲む、珍しいお酒らしい。何かあるのか聞いてもはぐらかされてしまったのでそんな酒を今日飲む理由は全く持って検討がつかない。
ちなみに値段を聞いたらあまりにも高級だったので手が震えてしまっていたスバルの代わりに、ラムがもつことになってしまったのは内緒だ。
「ほら、さっさと開けなさい。ラムは今重いもので手がふさがっているの」
「へいへい、まったく人使いが荒いこって」
彼女に言われるまま、重い食卓への扉を開く。するとそこに広がっていたのは――
「え?」
綺麗に装飾された部屋、腹の虫を鳴かせる料理のいい香り、そして奥にあるのはプレゼント箱。
あまりにも予想外の光景に一度スバルの思考は停止し、その隙を突いたかのように、
「せーのっ!」
エミリアの、鈴を転がすような声が掛け声となり、
「「「「誕生日おめでとう!」」」」
「――あ」
クラッカーの音が鳴り響き、スバルに紙吹雪がかかる。それを払わずに、ようやくスバルは今日は何の日だったのかを思い出す。
四月一日、それはエイプリールフールであり――菜月昴の誕生日でもあるのだ。
「もう、スバルったら教えてくれないんだもん。私、今日知ったのよ?」
「でもエミリア様以外は全員知ってたっすよ」
「え? そうなの!?」
ふてくされるエミリアにアリシアが申し訳なさそうに説明をすると、彼女は驚きの表情で首を向ける。
そんな様子を見てシャオンは申し訳なさそうに頬をかき、
「教える時間がなくてね。まぁ流石に当日に教えるつもりだったから結果OKでしょ?」
「いーぃやぁ、めでたいもんだねぇ、何歳になったんだい?」
「ふん、年をとっても結局中身は変わらないかしら」
比較的にいつも通りの二人も僅かにこちらを祝う言葉をかけてくる。
「スバルくんの好物を用意しました。勿論、全力でです」
鼻息を荒くさせ、何かを期待するかのように迫るレム。
流れるようにレムの頭を撫でると彼女はうれしそうに身をよじらせる。
いつもだったら何か気の利いたジョークを挟むところだが今のスバルにそんな余裕はなく、ただ、
「おいおい。なんだよそれ」
――恥ずかしい。
ただただ皆をだまそうと考えていたスバルは、穴があったら入りたいと思うほどに恥を感じている。
「バルス、ラムが入れないわ、どきなさい」
「お、おお。わりぃ」
思わずその場にうずくまるスバル。しかしそんな相手にでも相変わらずの態度であるラムは冷たい声でどくように指示。
確かに邪魔になっているだろうと思い彼女を通すために体を横にずらす。するとラムがスバルの横を通る瞬間、
「――感謝しておりますわ、ナツキスバル様」
「なに? いま、なんて?」
スバルの聞き間違いでなければ、小声ではあったが今ラムはスバルのことをあだ名で呼ばず、しかも敬意を込めた、そして感謝の言葉を口にしたのではないのだろうか。
しかし彼女は何事もなかったかのようにすまし顔をしている。そして振り返り僅かに悪戯っぽい笑みを浮かべつぶやいたのだ。
「――今日は、嘘をついてもいい日なのでしょう? つまりそういうことよ」
「お前――そうだな。そう、だったな」
さっきの姿は幻だったのだろうかと思うほどに、いつも通りのこちらを見下したような目でスバルを見る。
彼女の先ほどのそんな言葉を聞くことも、そんな表情を見るのも珍しいことだ。
彼女はそれ以降何も語らない。だからスバルもエイプリールフールは、嘘をついていい日というのは午前中のみ適応される、という野暮な事実はスバルの心の中にのみ留めておくことにしたのだ。
リクエストをくださった一二三四五六様、ここまで読んでくださった皆様。ありがとうございました。
しばらくは更新ができなくなりますが、復帰するのを楽しみに待っていただければ幸いです。