Re:ゼロから寄り添う異世界生活   作:ウィキッド

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すこし、難産でした


妬みは甘く、ゆったりと歪んで

 ふらふらと、騎士に案内を受けながら広間の外の通路を歩き、スバルは途方に暮れていた

 エミリアの隣で、大勢の前で、無様をさらした後の自分がどんな風だったのかは覚えていない。ただ退室をマーコスに勧められて、エミリアが肯定も否定もせずにスバルに判断を委ねたことだけを覚えている。

 スバルが留まることを選んだとすれば、その選択を尊重もしてくれただろう。

 だからこそ、スバルはあの場所に立ち続けていることなどできなかった。

 自分がしでかした行為の愚かしさに、居た堪れない思いを堪えられないからではない。エミリアに対して、これ以上の迷惑を避けたいから――。

 

「いや、それも言い訳だな」

 

事の根本はもっとシンプルで救いようがない。ようは単純に、あれ以上、エミリアに冷たい目で見られることに耐えられなくなっただけのことだ。

 

「俺って馬鹿は、これじゃぁなにしに危ない橋まで渡ってこんなとこにきたんだ」

 

 方々に迷惑をかけて、豪運めいた出会いの妙にすら救われて、そんな思いまでして辿り着いた王城で、スバルがしたことは盛大なエミリアの道筋の邪魔者だ。

 それをするかもしれない輩から彼女を守るためにこの場にきたのに。意気込みだけは立派でありながら、結果は見るも無残、やらない方がマシという次第。

 自分で自分が嫌になる。わかり切っていた話ではあったが。

 

「橋なんてぇ、ありましたぁ?」

「いや、今のは比喩的な……え?」

 

 ひとりごとに反応があるとは思ってもおらず、驚いた表情で俯いていた顔を上げるとそこには眼鏡をかけた女性がいた。

 

「どうもぉ、目付きのワルーいおにーさん。お久しぶりですー」

 

 どこか間延びした声、そして揺れる胸。スバルは記憶をさかのぼり、数秒後その人物の名を思い出す。

 

「リーベンスさん、でしたっけ。なんでここに?」

「おしごとですよー! お菓子をお届けに参りましたー!」

「わっ!」

 

 急に、息を吸い込んで大声で答えるリーベンスにスバルの心臓が跳ね上がる。その様子を見ていたずらに成功した子供のように、悪い笑みを浮かべる。

 

「お元気がたりないようなので、私の元気を分けてあげましたー! おかげで私はひょろひょろのすけに」

 

 体をくねらせて元気を渡したということをアピールする彼女に、本当にスバルよりも年上なのかと、子持ちなのかと疑問を覚えてしまう。

 

「ぽや? 銀髪のおねーさんは一緒じゃないんです?」

 

 チクリ、とスバルの心のどこかが痛みを覚えた。だが、すぐにナツキスバルは鉄仮面をかぶり彼女にその苦痛を悟らせないようにする。

「あ、ああ。エミリアたんとはちょっと別行動っす」

「あらーそうなのですかぁ、残念です……」

「リーベンス殿。運んできた荷物は?」

 

 肩を落とす彼女だったが、騎士に声をかけられた瞬間人が変わったように素早い動きで懐から一つ袋を取り出し、騎士に渡す。

 

「ああ、こちらですよぉ。他にも持ってきてますがとりあえず、中身確認します?」

「い、いや。大丈夫です」

 

 両手で遠慮するということを示すように騎士はリーベンスの取り出した革袋を押し返す。そんな反応を見てスバルの好奇心センサーがビンビンに反応を示した。

 

「リーベンスさん、その中身なんだ?」

「気になります? 気になるならどうぞ――――貴方が本心から興味を持っているなら、無害なものです」

 

 袋のふたを広げ、スバルに向ける。中は見えない、音も変な臭いもしない。いたって普通の袋のはずだ。だが、ナツキスバルにはその中には財宝が入っているような想像が、スバルの望むものが入っているような気がして仕方なくなった。

 

「リーベンス殿っ!」

「――静かに」

 

 慌てて騎士が止めようとするが、リーベンスはそれを鋭い眼光で黙らせる。その反応にますますスバルは興味がわき、ゆっくりと右手を袋の中へ――

 

「――と、なんだ?」

 

 好奇心の趣くまま手を入れようとしたスバルだったが、ふとその伸びた手は止まった。

見れば前方、通路の角の向こうで複数名の強い声が飛び交っている。訝しげに眉を寄せるスバルを庇うように騎士が前に出て、

 

「念のためにお下がりください。何事もないとは思いますが」

 

「お、ああ、はい」

「あら、残念」

 

 こちらの身を案じる言葉に従い、壁際に寄ってスバルは息をひそめる。そしてその横にリーベンスがくっつき同じように呼吸を殺し、様子を見る。

 と、角を曲がって喧騒の原因が近づいてくる。

 それは六名ほどの集団だ。騎士甲冑をまとった青年が先導し、後方の集団を誘導している。後方の集団はどうやら中央の人物を拘束しているらしい。

 

「なにがあった?」

 

 急を要する事態でないと見たのか、スバルと同行していた騎士が先導する騎士に向かって声をかける。それを受け、こちらに気付いた騎士がやや強張った顔で、

 

「どうもこうも、城に忍び込もうとした不審人物だ。それも少し厄介な」

 

「不審人物……? それがどうして城内を連れ歩く? 大人しく兵舎の方に連れていった方が」

 

「厄介な相手、と言っただろう。とにかく、団長の指示を仰ぎたい」

 

 口早に会話を終わらせると、その騎士はスバルたちの方に一礼してから集団を先導する仕事に戻る。向かう先はどうやら先の王選の会場である広間――あちらも国家最大級の取り込み中であるはずだが、そこに割り込むほどの事態とはなんなのか。

 ちらと、聞こえていた会話内容を反芻しながらスバルは集団を見る。騎士たちに囲まれて、城に忍び込んだという人物が今まさに、スバルの目の前を通過する。

 一歩間違えれば、スバルがその人物と立場を同じにしていたのだと思うと、たいそれたことをやらかしたものだと自分で自分の行いの軽挙さが恐ろしい。

 もっとも、そんな感慨は即座に消し飛んだ。なぜなら、

 

「――あ?」

 

 呆然とするスバルの眼前、騎士四人に手足を拘束されて連れ歩かれるのは――共に死線をくぐったロム爺であったからだ。

 

「ロム……」

 

 とっさに、その名前を呼ぼうとスバルの唇が動きかけた。

 が、その動きを止めたのは、リーベンスだった。

 彼女はスバルがロム爺の姿を目にしないように、前に割り込み、そしてその体でスバルの声を無理やり消したのだ。行為の示すところは明白だった。

 城への不法侵入で捕まってしまったロム爺。そんな不審者であるところの自分と、知人である事実を口にしてはスバルの立場が悪くなる。勿論、近くにいるリーベンスの立場も同様にだ。

 彼女の行動でスバルは通り過ぎる一団に声をかけるタイミングを見失う。騎士に厳重な囲みを受けたまま、ロム爺の姿は通路の向こうへ消えていく。

 そのまま、広間へと引きずり出されて弾劾を受けるのだろうか。そうなってしまえば、誰かが彼を擁護してくれることはない。そのまま彼は糾弾の後に首を切り離され、この世からもおさらばだ。

 ロム爺が助けを求めているなど、スバルの妄想が形になっただけでしかないかもしれない。下手をすればロム爺はスバルのことすら気づいていないか、そもそも忘れているのかもしれないのだ。

 だが、もしも。本当にもしもの可能性ではあるが、ロム爺がスバルの存在に気付きさえすれば助けを請うかもしれないのだ――こんな自分でも誰かを救うほどの価値はあるのだ。

 

「待ってくれ!」

 

 踏ん切りがつくのに時間がかかったが、どうにかスバルの喉はそう叫べた。

 通路の向こうに消えかけた集団の足が止まり、怪訝にこちらを見る気配がする。

 リーベンスの体を押しよせ、制止することができた。最悪の状態ではあったが、最低以下になり下がるのは避けられた。あとの問題は、ここからどうするかだ。

 

「どうされましたか?」

「ちょっと今の爺さんに用が……」

 

 同行していた騎士の気遣う声に応じて、スバルは集団の方――拘束されるロム爺へと歩み寄る。

 一団は接近してくるスバルのことを、どう扱うべきかと決めかねている様子だが、すぐに騎士が王選候補者の関係者であることを話してくれ、警戒を解かれる。

 

「――――っ」

 

 手を伸ばせば届く位置にまで近づいて、スバルはなにを言うべきか言葉を見失った。

 行き当たりばったりはいつものことだが、今回の場合は事が簡単ではない。王城への不法侵入を見咎められたロム爺への言葉は、まかり間違えばスバルの不法侵入の自供に他ならない。

 故に慎重を期する必要があったのだが――またしても、ノープラン。

 見知った老人を前に手をこまねくしかない自身の状態に、スバルは自分が思いのほかその場しのぎで生きる人間であったのだと思い出した。

自分ではそれなりに後先考えて行動する冷静沈着なタイプだと勝手に思っていたのだが、今日の様々な行動の過程と結果を思えば、どの面下げてそれが言えるものかと笑い話だ。

 今にしても、なんと声をかけるべきか欠片も思い浮かばない……これがシャオンだったら何か別の策がでてきたのだろうか。

 

「――スバル殿?」

 

 唇を震わせて、なにも言葉を紡ぐことができないスバルを訝しむ声。それを聞いてスバルは自虐的な考えから抜け出すことが出きたが、問題は依然と目の前に立ちふさがっている。

 自然、周囲の騎士たちのスバルを見る視線が厳しいものになり始める。高まる警戒心が肌を刺激するのを感じ、スバルはなにか言わなくてはと頭を動かし、

 

「ふん、お貴族様とやらはずいぶんと趣味が悪いもんだの! ドジ踏んで捕まった老いぼれの間抜け面を見て笑おうとは、同じ血の通う生き物とは思えんわい!」

 

 そんなスバルの焦燥感は、通路の端から端まで響くような大声にかき消された。

 唾を飛ばし、ガラの悪い口調と顔つきでそう言い放ったのは、誰であろうロム爺だ。彼は拘束されたままの身をひねり、スバルの顔を真下から行儀悪く見上げると、

 

「こんな面で良ければたんと見ておくがいいわい。お前さんのような恵まれて育った若造にはとんと縁のない、貧民街の垢に塗れたジジイの顔をな!」

 

 唖然、呆然、とにかく衝撃で完全に思考が停止してしまった。

 聞くに堪えない罵声を浴びせかけるロム爺に、その矛先を向けられるスバル。周りの騎士たちもしばし硬直していたが、数秒の後に正気に戻った彼らは、

 

「――口を慎め!」

 

「ぐぅっ!」

 

 要人であるスバルに無礼な口を聞いた犯罪者に、拳の制裁が振り下ろされる。

 手枷をはめられ、身動きを封じられる老人にそれを防ぐ手立てはない。為す術もなく拳を振るわれ、今の身分を弁えない発言の代償を支払わされる。

 目の前で行われる過剰な制裁、それに驚きを隠せないまま、しかしとにかく止めなくてはとスバルは手を伸ばし、

 

「待て、そこまでする必要は……」

 

「お優しいことじゃな、若造が。ほぅら、どうした、騎士様共よ。お前さんたちの大好きな飼い主の命令じゃぞ、尻尾振って聞いたらどう……ぐっ」

 

「まだ言うのか、この浮浪者が!」

 

 だが、スバルの制止の言葉はまたしてもロム爺の罵声に遮られる。罵倒を上書きしたロム爺に対し、制裁はより苛烈さを増して襲いかかった。

 なぜ、と疑問が脳裏に滂沱と押し寄せ、そのまま口から出そうになる。が、寸前でスバルの言葉を押しとどめたのは、暴行を受けながらもひたすらにスバルの瞳から目をそらさない、ロム爺の理知的な双眸に意図を察したからだ。

 

 ――ロム爺はこの場においてなお、スバルを庇おうとしていた。

 

 問い詰められれば都合が悪い立場であることは自覚があり、それをまたロム爺も熟知している。それ故にロム爺は必要以上に悪態を叩いて不仲を演じ、自分とスバルの間にある接点を消そうとしているのだ。

 

「スバル殿、この場はもう」

「あ、ああ。いや……」

 

 立ち尽くすスバルの肩に触れて、騎士がこちらを気遣う声をかける。

 罵声を浴びせられ、スバルがショックに打ち震えていたのだと勘違いしたのだろう。スバルはその声に曖昧な応答を返し、それからロム爺の目を見つめ返す。

 

 ――どうにかして俺がこの場から。

 

 そんな思いを込めて。具体的な方法などなにも思いついていやしないけれど、それでも、やらなければならないのだからと義務感が押し寄せるままに。

 しかし、それが声という形になるよりも僅かに早く、別の声がスバルの声を覆い隠した。

 

「――早くつれてってくれません?」

 

リーベンスは先程までスバルと話していたときの、弛い雰囲気を見せず、眉を寄せて不機嫌だということを隠すこともなく顕にしていた。

 

「そこのドブネズミのようなお爺さん、不法侵入でしょう? 私だって入るのに一苦労したのに、それってずるくなぁい?」

「リーベンスさん! そんな――」

「スバルさん? この方とお知り合いなんですかぁ? この不審者と王選に関係するあなたになにか繋がりが?」

 

 リーベンスの豹変に押し黙るスバルの前で彼女は汚らわしいものを見るかのように抑えめに指を差し、騎士たちに訴える。

 騎士たちはスバルの方をうかがうような目を向けたが、当のスバルがなにも言えないまま俯いていること、リーベンスのこの反応。

その二つからどうする対処が正しいのかが決まったのか「失礼します」と一言告げロム爺の体を無理やり起こし、そのまま、ロム爺が連れていかれる。

 ちょうどその巨体がスバル達の横を通るその瞬間、

 

「――感謝するぞ」

「――いいえ、むしろ恨んでください。何もできませんでしたから」

 

 ロム爺から小さな声で告げられた感謝の言葉。それに対してリーベンスも小さな声で応答する。

 刹那のやり取り、騎士たちも見過ごすようなそれに気づくことができたのは唯一スバルの身に起きた幸運だったのだろう。

 要は彼女はロム爺の心意気を汲んで、一芝居乗ったという訳だ。

 その芝居は無事成功し、ロム爺はスバルとの仲を追及されず、こちらに不利なことは一切なくなったのだ。

 

「……ぁ」

 

 巨人族の大きな体を寂しく縮こませ、ロム爺の体は今度こそ廊下の先へと消え去った。思わず手を伸ばすがそれも彼は気づかない、いや気づいても知らぬふりをするだろう。

 

「スバル殿、行きましょう。あとのことは団長が判断してくださいます。リーベンス殿も、ご案内いたします」

「ほんとーに、困りますよぉ?」

 

 リーベンスはロム爺が見えなくなっても芝居を続け、不機嫌そうに引率役の別の騎士に連れられて行く。彼女も自身の仕事があるのだろうから。

 彼女と別れ控室に案内されながらスバルは一人、自身へと問いを投げ続ける。

 あれが、最善だったのだろうか? そうだろう、呼び止めたところでなにもできなかったではないか。 スバルの心の中で自らを守るための盾が構築されていく。

 ロム爺の配慮を慮る? このまま放置しておけば、ロム爺を待つのは広間の騎士団による糾弾と弾劾――その上で、どんな処罰が下されるかわかりはしない。

 少なくともこの場でスバルがロム爺の罪過について言及すれば、少なからず王選関係者としての立場を流用することはできたはずだ。

 

「巻き添えになっただけ、か……」

 

 ロム爺の思惑に乗らなければ、しどろもどろになったスバルにも嫌疑がかかったことは間違いない。その後の抗弁でロム爺を解放に導けるほど話術に長けていれば……いや、そもそもそうだったら広間から退室するような目にも遭わずに済んだだろう。

 

「俺は……」

 

 またしても、必要とされなかったのだ。

 エミリアに拒絶され、ロム爺にも拒絶され、伸ばした手は行く先を見失い、

 

「俺はどうして、こんなところに……」

 

 連れていかれた先で、ロム爺はどうなってしまうのだろうか。

 首を横に振り、スバルは嫌な想像を振り払う。広間にいる面子の顔を思い浮かべて、少なくともこの場でスバルが騒ぎ立てるよりはマシな状況になる、と自分を慰めるように言い訳を積み上げていた。

 あの場にいる人間で、ロム爺の顔を知る人物は数人。それも全員が王選の主役である候補者たちだ。その内のひとりにとって、ロム爺という人物がどれだけ大事な人物なのかをスバルは知っている。だから、悪いようにはきっとならない。

 きっとならない。ならない、だから、大丈夫なのだ。

――ナツキスバルの行いは責められるべきではないのだ。だが、それだったら、

 

「……俺はなんのために」

 

 その問いに答える人なんていない、答えなんてない、答えなんて、訊きたくなかった。

 

――自分のいないところで物語が動き出してしまったのをスバルが知ったのは、控室でうなだれる彼の下に、広間での集いが終わったラインハルトとフェリスがそれぞれに対極の感情を顔に浮かべて参じたのが切っ掛けだった。

 

「そんなわけで、めでたく王選の始まりってわけ。スバルきゅんってばエミリア様の騎士にゃわけでしょ? お互い、頑張っていこうよネ」

 

 広間でのスバルの言動と、その結果を見ていたにも関わらず、それらの一部始終を欠片も意識していない体で語るフェリス。

 そんな気楽な様子の彼の隣で、こちらを慮るような目を向けているのはラインハルトだ。彼はフェリスの態度を指摘するでもなく、座席に腰を下ろして気力の萎えた顔でいるスバルに笑いかけ、

 

「フェリスの言うほど簡単な問題じゃないと思うけど、互いに切磋琢磨し合う関係でいたいというのは同じ意見だ。スバル、正々堂々といこう」

 

「……あ、ああ」

 

 文字通り堂々とした言い方でラインハルトはスバルに宣戦布告をする。対するスバルの方は言葉を濁してそう応じるより他にない。彼らの言が示すところは明らかであり、スバルもまた本来ならば躍起になって今後の己の道筋に思考を走らせなくてはならないところだ。

 が、今のスバルにはそんな重大事すらも先送りにして、確認しなければならないことがあった。

 

「――――」

 

 なのに、自分でもそれがわかっているのに、肝心の言葉が出てこない。

 その言葉を告げたあと、どのような事実がスバルを襲うのだろう。そう考えただけでスバルの体は石のように硬くなり、動かなくなる。

 

――シャオンだったらどうしただろう。

 

 無意識にこの場にいない男の姿が頭によぎる。しかし、比較するのは意味がない、スバルと彼とでは何もかもが違いすぎるのだから。

 シャオンにできてもスバルにはできない、逆にスバルにできることはすべてシャオンにできる。

 それが自分で感じ取れるのが情けなくて、そしてそれを読み取られることが怖くてスバルの瞳はラインハルトもフェリスも、見上げることができずに泳いでいた。

 

「――スバル、あのご老人なら無事だよ。フェルト様の取り成しによって、その身柄の安全は確約された」

「――ッ!」

 

 口にしようとしてできなかった疑問の答えが赤毛の青年によってもたらされる。

 愕然と頬を強張らせ、見開いた目を向けるスバルに彼はひとつ頷き、

 

「広間との通路の関係上、君があのご老人と顔を合わせずに通り過ぎたというのは難しい話だ。ご老人とスバルに面識があるのを知っている僕からすれば、今の君の顔を曇らせている原因がなんなのか、察するのは容易なことだよ」

 

 スバルの言わんとするところをさらに先取りし、ラインハルトは指を立ててそうこぼす。

 だが、ラインハルトは本当の意味でスバルが

 あの瞬間、自分の力でロム爺を救い出すことを諦め、次善策があったとはいえ知人が危害を加えられるかもしれない場面を見過ごした浅ましさを。

 否、本当のところを言えばそれすら建前でしかない。

 本当のスバルの心は、その奥底は、もっともっと、救いようがない。

 

「よかったネ」

 

 俯き、目をそらすスバルに、こちらの顔を覗き込むようにしながらフェリスがそう微笑む。彼はその可憐な笑顔で下からスバルを見上げ、後ろ手に手を組みながら、

 

「ラインハルトとフェルト様のおかげだから感謝しなきゃ。――これで、スバルきゅんはなぁんにも言い訳しなくていいもんネ」

 

「――――ッ!」

 

 彼は猫の瞳を大きく見開き、頭部に生えた栗色の猫耳をピコピコ揺らして、その嗜虐的な笑みをさらに横へと引き裂いてみせた。

 その見目はまさしく、ネズミを爪でいたぶって遊ぶ猫の様相だ。

 その猫にスバルはまた言い訳を重ねようとするが――

 

「――フェリックス、アタシはアンタのことをいい友人だと思ってるっすよ。でも、弱い者同士の争いは見たくないっす。それ以上は、止めるっす」

「にゃーに? かるーい冗談じゃにゃい。むきになっちゃってー」

 

 風を切る音と共にフェリスの顔面の前に拳が付きつけられていた。

 知らぬまに背後にいたアリシアが拳を彼の前に突き出し、警告の言葉を告げたのだ。

 

「……アリシア」

「一応部外者であるアタシがあれ以上あの場にいても何もできないっすから」

 

 スバルの視線から何でここにいるのかという問いを読み取り応えるアリシア。確かに彼女は部外者ではある――自分と同じ、部外者ではあるはずなのだ。

 

「……しっかし、それが理由でフェルトの覚悟決まっちまった的な展開だと予想するけど、そのあたりはどんな感じよ、騎士ラインハルト」

 

「その通りだよ。あのご老人の登場は、いい意味でフェルト様の気持ちを固めてくれた。彼の意図したところとは反する結果になってしまったようなのは少し、申し訳ないけどね」

 

 顎に手を当て、わずかに思案げに眉を寄せる美丈夫。絵画の一枚としてすでに完成した佇まいにあるラインハルトの言葉は、広間での一連のやり取りを目にしていないスバルにはイマイチわからない。

 ただ、彼の口にした前後の文脈から広間での出来事を想像し、その情報を得た上でナツキ・スバルならばどう反応すべきかを正確にトレースするだけだ。

 

「なーる。とすると、俺はまんまと強力なライバル登場のお膳立てしちまったわけか。こりゃあとでエミリアたんに大目玉食らうかもわからねぇな」

 

「そうはならないと思うよ。エミリア様も、もちろん他の候補者の方々も、正道で競い合うことを望まれるはずだ。その相手が競うに足る相手であることを、歓迎こそすれ不服に思うようでは器が知れる」

 

 珍しく言葉に厳しさを残しながらラインハルトは言い切る。

 基本的に温厚的な彼だが、譲れない一点だったのだろう。

 そんな地雷原を掘るのが好きな男がナツキスバルだが、今のスバルにそこを突っ込むほどの余裕がないので話を変える。

 

「それはそれとして、話し合いが終わったってんなら他のみんなはどしたのよ」

 

「候補者の方々はもうちょこーっと細かいお話をしなくちゃいけないから広間にお残り。一応、騎士は自由にしていいってことになったから……」

 

「僕がスバルの様子を見てきたい、と言ったのにフェリスとアリシアが付き合ってくれてね。さっきの広間では、碌なフォローもできずにすまない」

 

 フェリスの言葉を引き取ってそう謝罪を口にするラインハルトに、スバルは「あー」と頭を掻いて罰の悪い顔で、

 

「いや、別にお前が悪いんじゃないし、むしろ忘れてくれるとこれ幸い。で、ラインハルトはともかく、お前だよネコミミ。フェリスはどうしてここにきたんだよ。ぶっちゃけた話、クルシュさんの側にいなくていいのか?」

 

 初対面――ロズワール邸の正門で、彼と交わした短いやり取りを思い出す。その際、彼はクルシュに対して片時も離れていたくはない的な発言をしていたはずだ。

 

「安全面の話なら問題ないかなー。だって、クルシュ様ってばフェリちゃんよりよっぽどお強い方だし?」

 

「軽々しく言うなよ……それでいいのか、近衛騎士団」

 

「フェリちゃんの売りはそれとは別のところにあるからいーの。それに、その売りってばスバルきゅんと無関係じゃにゃいんだしー」

 

 言いながら、フェリスはスバルの前で持ち上げた両手の指を二本立てる。と、その立てた人差し指の先端がふいに淡く輝き、

 

「う……なんか心なしか、肘・肩・腰の疲労が抜けていくような……?」

 

 じんわりと、体の端々から疲労が流れるように抜けていく感覚を味わい、スバルは身震いしながら肉体が癒されるのを実感する。

 

「ああ、そっか。そういえばフェリスってなんかすごい水の魔法の使い手なんだっけ」

 

「なんかすごい、なんて表現はバカっぽいし、そんな言葉だけで表現できないっすよ」

 

 脳裏に浮かんだ設定を思い出し、なんとなしに口にするスバルにアリシアが訂正を入れる。胡乱げに自分を見るスバルに頷きかけ、アリシアは顎の先でフェリスを指す。

 

「フェリスの水系統の魔法使いとしての才能は比肩する者のいない突出したもの。ルグニカではもちろん、大陸全土を見渡しても他に優れた使い手はみないっす」

 

アリシアの苦虫をかみつぶしたような表情での説明を受けながらスバルは感心した様にフェリスを見る。

 自身の才を惜しげもなく賞賛されたフェリスは、自慢げに腰に手を当てながら平らで当たり前な胸を張っている。

 

「アリィちゃんの説明じゃかなーりはしょったけど、つまりそういうことなわけ。そんなこんなでご大層な二つ名を与えられたフェリちゃんの予定表は、常に水の魔法の癒しを求める人々の願いに埋め尽くされているのでしたー」

 

 握りしめた拳を天に突きつけ、「頑張れ、フェリちゃん!」と言いながら満面の笑顔を作ってみせるフェリス。

 その説明に、スバルはつまりフェリスはこの世界における『超腕利きの名医』といった扱いなのだろうと当たりを付ける。王国の国民が五千万で、その隅々にまで彼の手が行き届いているとは思えないが、彼の手の恩恵に与れる立場にある人間たちだけで、容易に彼の日々の忙しなさが想像できるほどだった。

 引く手数多の引っ張りだこ。

 数々の数え切れないほどの人々から必要とされている。

 フェリスという人物をそう解釈してしまった時点で、スバルは自然とその存在と自分を比較せずにはいられない。大切で、もっとも必要としてほしい人から必要としてもらえなかった自分。ひどく、惨めになる。

 だから、

 

「でもぶっちゃけ、言うほどだよな」

「……にゃ?」

 

 挑発じみたスバルの言葉に、フェリスの顔から笑みが消え、真顔で固まる。

 好意的に接してくれている相手への劣等感が堪え切れなくて、こぼした発言だったがフェリスには聞き逃すことができなかったことのようだ。

 

「シャオンだったら一瞬で傷を治せるからさ、言うほど凄さを感じないっていうか」

「どういうこと?」

 

 思ったよりも食いついてくるフェリスに気を良くしたスバルは意気揚々とシャオンの能力を話そうとする。自分のことではないが己のことのように自慢げに話そうと口を開く。だが、

 

「癒しの拳っていう「オッラァ!」ゲビィ‼」

 

 腹部に抉りこまれた拳に内臓ごと押し戻されたかのような衝撃に、口から出そうだった言葉は無理やり押し戻される。

 当然拳を放ったのはアリシアだ。

 彼女は加減をしたのだろうが、それでも貧弱なナツキスバルの体は踏みとどまることができず、宙をわずかに浮き、そのまま重力に従いゆっくりと落ちた。 

 理不尽かと思われる暴力。だが、スバルに怒りはなく、自分がやろうとしていた愚かさに気付いていた。

 

「……わるい、うかつだったわ」

「ほんとっすよ。そもそもなんで、フェリスがスバルの治療を担当してんすか?」 

 

 スバルが話そうとしたのはシャオンの能力に関する情報だ。それを本人に断りなく、しかも他の陣営に話そうとしたのだから。それを無理やりにでも止めてくれたアリシアには感謝するしかない。

 

「……ゲートの不調の治療だよ、スバルきゅんたら無茶してたみたいだしねー」

 

 腑に落ちない表情ではあったがこれ以上の情報を得ることはできないと判断したのかフェリスは追及はせずにアリシアの疑問に答える。

 だがスバル自身、ゲートの不調といわれてもピンとくるものがない。『シャマク』の使用を禁じられた上で、確かに体の奥深くに消えない倦怠感のようなものが濁りながら残っているような感覚はあった。

 だがそれはケガの後遺症が若干あるからで、治ったら問題なくなると思うのだが。

 

「そうやって軽んじられるほど、ゲートの問題はささやかなものじゃないと思うけどネ。単に魔法が使えないだけって風に考えてるならダメだヨ?」

 

「違ぇの?」

 

「なぁんにもわかってにゃいんだから。いーい? ゲートは主に魔法を使うとき、外と内側をマナを通すために繋ぐ役割を持ってるっていうのが一般的な考え。だけど、実際にはゲートは魔法を使うときだけじゃなくて、普通に生活しているときにも内と外にマナを循環させて生命を維持してるの」

 

「呼吸と同じようなもんっす。スバルは一生呼吸できなくても生きていけるっすか?」

 

 アリシアの呆れた声にスバルはゲートの重要性について改めて納得がいく。思ったよりも重要な存在らしいゲートの不調にどこまでもついていない男だとスバルは嘆く。

 

「……このままだと、遠からずそうなるってか」

 

「で、スバルきゅんのゲートの状態だけど、色んな無理がたたってもうぐっちゃぐちゃになってるの。こうなるともうそんじょそこらの水の使い手じゃ治療もできない。付きっきりで魔法かけて、大切な場所は自然治癒に任せるのが関の山」

 

 スバルの状況が切迫している事実と同時に、フェリスは暗に自身が凡百の魔法使いとは違うという点を強調してくる。ただ、やっかむスバルの耳にそう聞こえてしまうだけかもしれないが。

 

「つまり早々にそんな危機的状況を抜け出すには……」

 

「フェリちゃんの力が必要不可欠ってこと。おーわーかーり?」

 

 左右に体を揺らしながらの問いかけに、スバルは気が進まないというのを眉間に皺を寄せることでアピール。が、そのやり取りを見るラインハルトが指を立て、

 

「俺ってばお前にそんな優遇されるほど絆深めた覚えねぇんだけど?」

 

 まともに名前の交換すらしていなかった初対面を含めて、フェリスと会うのは今日が二度目。広間と控室の遭遇をわけて考えても三回。その三回のどれもが彼と親睦を深められたとは思えないものだった。

 

「今回の召集の伝令をしに、フェリちゃんが辺境伯のお屋敷にいった日があったでしょ? ほーらー、フェリちゃんとスバルきゅんの運命の出会いの日」

 

 胸元で手を合わせ修道女のように神に感謝をする真似をするフェリス。だが、すぐに舌を出しからかうように笑う。

 

「ま、重要なのはスバルきゅんとの出会いじゃなく、屋敷でエミリア様にフェリちゃんがお願いされたってところだけどねー」

 

「……やっぱり、エミリアたんか」

 

「やっぱり、エミリア様なのでした」

 

 予想のついていた返答だけに、スバルの口調は苦々しく重い。

 あの屋敷でのフェリスとの初遭遇、そのときの会話内容と、もともとロズワールがスバルを王都へ同行させた理由を思い返せばすぐに理解が及ぼうというものだ。

 そしてその背景が理解できてしまうからこそ、スバルは胸の奥に重いものがわだかまっていくのを止めることができない。

 スバルの肉体を蝕む、マナ枯渇とやらの状態異常。それを治せるのは王都でも指折りの魔法使いであるフェリスだけであり、そのフェリスは王選での対抗馬となるクルシュの従者。そんな彼に自分の身内の治療を頼むなど、クルシュ陣営に王選が始まる以前から借りを作ってしまうことになる。

 もう一人の従者、シャオンも他の陣営であるアナスタシアの下に伺ってはいたが、なにか借りを作ることなどをしてしまった様子はなさそうだった。むしろ、友好的な関係を構築していたようにも見える。

 つまりスバルはここでもまた、自分だけがエミリアの足を引く結果を出していた。

それがわかってしまうから、

 

「なぁ、どうしても治療って受けなきゃダメか?」

 

相手方に無理解を示されるのがわかっていながら、そう口にしてしまっていた。

案の定、それを聞いたラインハルトは理解しがたいといった様子で眉を寄せる。が、一方でフェリスはスバルの返答を予想していたかのように微苦笑し、

 

「対価はもう払われているから。このままスバルきゅんの治療をしないなら、かえってエミリア様に無駄骨を折らせる結果になっちゃうかもよ?」

 

「対価ってなんだ? それが物理的なもんなら、返してくれればいいだけの……」

 

「それは物理的なものじゃにゃいし、知ってしまったからには返せない類の対価なんだよネ。だからスバルきゅんの申し出は、残念だけど通せないかナ」

 

にべもなく懇願を袖にされて、スバルは額に手を当てて俯くしかない。

フェリスは正しくスバルの心情を読み取っており、その上でこちらの提示する逃げ道をことごとく塞いできているのだ。

 それは彼なりに主であるクルシュを優位に立たせようとする打算であり、一方で対価を差し出してまでスバルの身を案じていたエミリアの想いを遂げさせようとする、そんな人間味のある義理人情もあったかもしれない。

 そのいずれの判断もが、スバルの浅はかで足りない思考を妨げていた。

 

「俺はどうして、こうも……」

「スバル……」

 

 エミリアの足かせになりたくないのに。王様になりたいと、そう望んで努力する彼女を知っているから。

 その高みに辿り着こうと、遠い王座を目指して上を向く彼女を知っているから。

 そしてそれを支えたいのに。どうして自分はこうも無力で、無知で、無能で、足手まといなのだろう。

 

「――それほど自身の無力さを嘆くのならば、もっと選ぶべき選択肢が君にはあると思うがね」

 

 静謐な声が控室の大気に響き、俯いていたスバルは顔を上げる。

 声は控室の中の人物ではなく、控室の扉側から届いていた。そちらに向けた視線の先、線の細い長身が開いた戸に背を預けてこちらを見ている。

 視線を受け、紫色の髪を撫でつける青年は気取った風に唇をゆるめ、

 

「そう嫌な顔をしないでもらいたいものだね。歓迎されるなどとは思っていなかったが、そのような態度を表に出しては」

 

「出したら、なんでしょうかね」

 

「一緒におられる方の品性が疑われる。努々、気を付けたまえ」

 

「ぐ……ッ」

 

 単なる口論に持ち込まれるのであれば、言いがかりだなんだと言い返すこともできたのだが、事を個人間の問題だけで収められないなら話は別だ。

 スバルは唇を曲げて不服の言葉を飲み込み、室内に悠然と踏み入ってくるユリウスを剣呑な視線で睨む。

 

「ユリウス、候補者の方々の話し合いは終わったのかい?」

 

 そんな穏やかならぬスバルの視界を遮るように、二人の視線の射線上に割り込むラインハルトがユリウスにそう尋ねる。

 それを受け、ユリウスは片目をつむったまま「いや」と小さく首を振り、

 

「話し合いは少し長引きそうな様子だ。現状の条件のまま王選が始まると、事が暗殺合戦になるのではとアナスタシア様が懸念されて」

 

 そのあたりの条件を詰めている、とユリウスはそう語る。

顔を背けつつも内容を耳に入れて、スバルは「なるほど」と納得を得ていた。

 王選参加者が五名で、どんな方法かはわからないが王位を争う状態だ。そんな状況下でもっとも簡単な王位の確保の仕方は、他の候補者を全て蹴落とすのが理に適っている。

 広間で見た候補者たちは、いずれも一本芯の通った人柄揃いに見えたが、本人の性質はともあれ周囲の意見もそうであるとは限らない。

 

「暗殺とは穏やかじゃないっすね」

「そんなことは起きないとは思いたいけどね、でも用心に越したことはない」

「そうだ、何があるかわからない。我々騎士は何があっても対処できるようにしておかねばならない」

「ま、そーだよネ。半年前の大事件以来、ここまで立て直すのにどれだけ苦労がいったか。もうあんなのはゴメンしてだもんネ」

 

 アリシアとラインハルトの言葉にユリウスが穏やかに反論し、それをフェリスが引き取って締める。彼の言葉に三人が頷き合うのを見ながら、スバルはここでも仲間外れにされているような感覚に疎外感を覚えていた。唯一味方だったアリシアすら敵に思えるほどに、スバルの心は歪んできていた。

 

「それでけっきょく、お前はなにをしにここにきたんだよ」

 

スバルはユリウスに対して非友好的な態度に出る。

疎外感の発生源である上、彼はスバルが広間を出るに至った経緯に少なからず関わった相手だ。恥をかかされたことについては自分の浅慮が原因だと自省しているが、それを鑑みても彼とは意見が相容れない。

 もはや隠しもしないスバルの敵愾心を浴び、ユリウスは涼しげな顔のままこちらへと歩みを進める。さりげなく進路をラインハルトが阻もうとするも、確固たる意思でスバルへ向かうその足を止めることは叶わない。

息が届きそうな距離で、スバルとユリウスが向かい合う。

日本人としておおよそ平均的な身長のスバルと比べて、長身痩躯のユリウスはおよそ頭半分ほども大きい。

 

「最も優れた騎士様とやらが、肝心な場面でお姫様の側にいなくていいのかよ。案外、この城の警備とかザルでホイホイ侵入者が忍び込んでっかもしんないぜ?」

 

「――王選の関係者が集まる現状、王城は国内でも最大級の要所だ。当然、衛兵の警備も相応の意識を持って挑んでいる。君に心配される謂れはない」

 

「……いや、その認識だとマジにヤバいと思うぜ。少なくとも、他の誰よりも俺に心配される謂れだけは確実にあると思うね」

 

 自信満々、といった様子のユリウスにそうこぼし、スバルは改めて王城の警戒網の緩さに嘆くしかない。

 特にこれといった技能も持たず、かといって特殊な訓練をしたわけでもないスバルでも忍び込めたのだ。専門家がきた際には、さもありなんといったところだろう。

 

「転ばぬ先の杖っていうことわざがあってな、ようはちゃんと用意しないと転んだ先の杖がのどに刺さるってことだ。ちゃんと準備できているつもりでできていないのなら、なおさら笑えねぇ」

 

「意味はよくわからないが、それが侮辱の言葉であるのは伝わるよ。――これで二度目だ」

 

 ユリウスは顔を背けると、そのままスバルの隣を素通りして部屋の奥へ向かう。その背を視線で追いかけ、ユリウスが控室の奥の窓際――ちょうど、城の裏手側が見下ろせる位置へ立つのを見た。

 

「さて、なんのためにここにきたのか、と君は私に聞いたね」

 

 窓から眼下、城外に視線を送ったまま、ユリウスは感情の読めない声で問う。それを見ていち早く反応したのはアリシアだった。

 彼女はスバルをかばうように前に出て、ユリウスの視線を受ける。

 

「ユリウス」

「アリシア、君も思うところがあるんじゃないかな。いや、あるはずだ真に”騎士”を目指す君ならば」

「――――」

 

ぴしゃり、と断言されアリシアは口を閉ざしてしまう。そしてユリウスはアリシアを優しくではあるが無理やり体をどかせ、スバルと向き合う。

 

「話を戻そう。ここにきた理由はもちろん、君に会いにきた。少し、付き合ってもらいたいところがあってね」

 

どうだろうか、と手を広げてユリウスはこちらの意思を問うてくる。

選択肢はこちらに与える、といった彼のスタンス。だが、こうも互いに刺々しい感情を交換している状態で、それが友好的な提案だとも思えず、

 

「女の子の誘いなら理由も聞かないで即OKだが、野郎が相手なら場所と目的がわからねぇとNOともいいえともお断りしますとも言えねぇよ」

 

「場所は練兵場、目的は……」

 

 軽口というには皮肉が過ぎるスバルの物言いに、ユリウスは率直に応じ、少しだけ考え込むように顎に指を当てながら、わざとらしく悪そうな笑みを作り、告げた。

 

「目的は――君に現実を教えてあげること、というのはどうだろうか?」

 




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