Re:ゼロから寄り添う異世界生活   作:ウィキッド

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遅くなりましたー更新ですー


決定的な違い

「大罪司教……!?」

 

 彼――ペテルギウスはこちらの驚きなど意に介していない様に黒装束の言葉に耳を貸している。

 どうやら報告を受けているらしい。

 

「左の小指と薬指は崩壊、デスか。でしたら残りは中指に合流。なぁに、まだまだまだまだまだまだまだ、指は8本もありマス。心配ありませんデスよ!」

 

「……アンタ、なんであたし達を狙うんすか?」

 

 恐る恐るではあるが、アリシアは会話を試みる。

 魔女教徒に会話が通じるとは思っていないし、何より生理的に拒否反応が出るので、お断りしたい。だが、今は仕方がない。時間を稼ぐためだ。

 彼女の言葉にようやくペテルギウスはこちらの存在を思い出したようで、彼の関心がこちらへと向かう。

 

「福音どおりに、ことを進めるためデス」

 

「福、音?」

 

 聞いたことがないその単語を復唱すると、ペテルギウスはその骸骨のような顔を歪ませ、大きく手を広げて笑った。

 

「そう! すべては福音通りに事を進めるため! すべては愛を! 私の勤勉さをもって! 魔女に対しての愛を示すため! すべては愛愛愛愛愛――――――愛のためなのデス」

 

 アリシアの疑問に、答えとなっていない答えを口にしている狂人。そんな狂人は首を直角に曲げ、

 

「しかしぃ? なぜ、貴女一人なのですか? 福音の記述通りならば彼の者もいるはずでは?」

 

 疑問を覚えている様子のペテルギウスに、一人の魔女教徒が近づき、耳元で何かを喋っている。聞き取ることはできないが恐らく報告を続けているのだろう。

 

「ふむ、ふむふむふむ。逃がしてしまったと。なるほどなるほど――アナタ、『怠惰』デスね?」

 

 一転する。

 ペテルギウスが纏う空気が、態度が、声が変わる。

 それを知覚できた瞬間、ペテルギウスに報告を伝えた魔女教徒の頭が地面へと叩きつけられるのを目撃することになった。

 

「試練を、前に、事が露見するという状況! それが! その事態が! それがそれがそれがそれがれがれがれがれが! 福音に対するアナタの真摯な報い方デスか!」

 

 叫ぶペテルギウスは何度も繰り返しその教徒を叩きつけ、そして仲間であろう一人が動かなくなるのを確認すると、ゴミを捨てるかのような動作で投げ捨て涙を流しながら身体をくねらせる。

 

「ワタシの指の怠惰はワタシの怠惰! あぁ、寵愛に報いれぬ、我が身の怠惰をお許しください! この身全て、全霊の勤勉さをもって、勤勉に償いまショウ!」

 

 仲間の血を顔に塗りたくり、自らの指に八つ当たりするかのように噛み、自傷行為に走るその姿はまさに狂っている。

 

「残った左手の指は引き続いて対処を。残りはワタシに続いて儀式の準備のために村へ」

「通すと思ってんすか!」

 

 村へ向かうということを示唆する言葉に、アリシアの意識が動くことをようやく許可した。

 より一層にいきりながら、ペテルギウスに殺意をぶつける。

 だが当の本人には全く効いていないようで、むしろアリシアが立ちふさがったことに感動、喜びを感じているかのように身を震わせ、

 

「福音書に刻まれし言葉が、愛を物語るそれが! ワタシに行動を決意させるのデス! 愛を貫くために、行いを貫徹するために、障害は不可欠! そして、その障害が貴女という訳デスか! ああ、ああ、ああああ! 実に素晴らしい! 実に勤勉で! 実に精勤で実に尊き魂の輝きを持っているのでデス! そのような者がワタシに対して試練を与えるとはなんという幸運!」

 

 痩せこけた頬に爪を立て、血を流し、狂人の妄言に熱が入っていく。

 

「だ・か・ら・こそ! 私の勤勉さが貴女を打ち破り! 貴女の怠惰を、貴女の命をもって償わせることで! 私の愛が魔女に届くのデスッ! ああ、ああ、あああああああああっ!――脳が震える」

 

 一拍の静寂。

 それが明けた瞬間に、周囲に血しぶきが広がり、殺し合いが始まった。

 

 

 シャオンは血で湿った髪を苛立たし気に払いながら殺戮を続けていた。

 

「ああ、面倒くさい」

 

 飛びかかってくる有象無象を文字通り”粉々”に粉砕し、シャオンは何度目かのため息と愚痴をこぼす。

 血肉すら残さずに消滅した仲間を見ても引かないその精神力に、これ以上力を使わせないでほしいと、睡魔と戦いながら文句を言いたくなった。

 どうしてそこまでして命を捨てるのだろう? どうしてそこまで無駄なことをするのだろう? どうしてそんなに疲れることをするのだろう?

 疑問は際限なく生まれるが答えの方はさっぱりだ。

 

「……あっちさね」

 

 シャオンは身体を引きずりながら、億劫そうにしながらも確実に足を進めていく。途中で襲い掛かってくる魔女教徒も血煙に変化させながら。

 その方向は先ほどまで向かっていた方向とは正反対の、来た方向に引き返すものになる。

 勿論引き返すなという気持ちもある、だがそれでも引き返すのは自らの中にある『ナニカ』が今来た道を引き返せと訴えかけている方が強い意志があるからだ。

 

「はぁ……難儀なもんさ」

 

 他人事のように言いながらも彼は、のそのそとその体を動かしていった。

 

 

「ッ、ルゥゥアアアアアアッ!!」

 

 聞いている方が体が揺らされるような雄たけびを上げながらアリシアは数体目の魔女教徒の首を拳で吹き飛ばし、続けて拳を下ろし縦に裂く。

 そんなことをしたのだから魔女教徒の血肉でアリシアの体は、角は赤く染まる。だがその様子は、常人が見ても『綺麗』だと思えるほどに似合っていた。

 そのアリシアの奮闘を気にした様子もなくペテルギウスは仲間から報告を受けていた。

 

「なんと、左手の包囲網が? 単独で? 素晴らしいじゃないデスか! 数に劣りながらも、抗うその姿、まさに魔女の”導き手”! ああ、ああ、試練を前にして彼の者に出会えるとは……これこそ試練を必ず成功させよという魔女の思召すことなのデスね!」

 

「導き、手?」

 

 アリシアの言葉にペテルギウスの動きがピタリと停止した。

 そして頭だけをこちらへ動かし、瞳を向ける。

 光沢のないその瞳はまるで死人のようで、底の見えない闇のようでアリシアに言い表すことができない恐怖を与えてくる。

 しかし、睨み返すことで怯えを感じさせない様に努めた。

 その姿に感動したのか、それとも馬鹿だと思ったのかはわからないが、ニタリとおぞましいほどに口を歪め、狂人は高らかに声を上げ笑う。

 

「そう! 彼の者こそがワタシの福音に記されている導き手なのデス!」

 

 そう叫んだペテルギウスは懐から一冊の黒い装丁が施された書物を取り出した。

 彼は本を傷つけないような丁寧な動作でめくり続け、ある場所で止まった。そして再び顔を上げ、アリシアを見る。

 

「あの寵愛の濃さ、そしてなにより、『シャオン』という名前が魔女の寵愛を受けている証拠なのデス。彼の者の協力がなければ、試練は遂行されることはなく! 魔女はお戻りになることが出来ないのデス!」

 

「魔女を、戻す」

 

「そう、半魔の身に降ろすことで――ようやく復活なさるのデス、それには彼が、彼の存在が必要なのデス!」

 

「死刑確定っ!」

 

 残りの魔女教徒を無視し、勢いに任せてペテルギウスへと飛びかかる。短慮だとは自分でも思う。だが、流石のアリシアも黙っていられなかったのだ。

 今の彼は精神的に少しばかり弱っている。そんな状態の彼へこんな奴を相手にさせるわけにはいかない。それに、エミリアのことを何とも思っていないような反応にもアリシアは怒りを覚えていた。

 魔女教徒がエミリアを狙う理由は諸説あるだろうが、どれも確信には至っていない。だが、魔女を降ろすためだけに襲うなど、一体彼女のことを何だと思っているのだろうかと、アリシアの感情が爆発する。

 その激情を形に起こし、ぶつけようと拳を下ろす。

 ペテルギウスはあまりの速さに動けていないのか何も行動を起こす様子はない。このまま確実に頭を潰すことが出来るだろう。そう、思っていた彼女の耳に聞こえたのは小さな言葉だった。

 

「怠惰なる権能。見えざる手、デス」

 

 ペテルギウスの頭部に届こうとした拳は止まる。いや、正確には止まるのではなく、止められたのだ(・・・・・・・)

 

「なっ、は?」

 

 依然ペテルギウスは一歩もその場から動いてはいない。それなのにアリシアの体は縛られたように動けない。

 ――見えない何かがそこにある。

 比喩でもなければ、アリシアが狂ったわけでもない。

 本当に見えないなにかがそこに実在し、彼女の身体を空中で固定しているのだ。

 

「これがワタシに与えられた唯一の権能、愛の証」

「ぐっ!」

 

 状況がわからないこちらに説明をするかのようにペテルギウスは口を開く。

 それと同時に全身に引き裂かれるような痛みが襲ってくる。まるで無理やり全身を複数の手(・・・・)に引っ張られているかのように。

 

「ああ、ああ、ああああ! 痛いでしょう? 泣き叫びたいでしょう? それはすべて貴女の油断! 怠慢! 即ち怠惰な行動の罰なのデス!」

 

 厭らしい笑みに、こちらを馬鹿にするような言動。

 だがそれがアリシアに絶対に叫ばないと決意をさせた。

 

「ああ、なんと勤勉なのでしょう。最期の瞬間になるまであきらめずに、貪欲に生へとしがみつくその姿勢はまさに勤勉な者の証! ああ、あああ、ああああッ! そのような勤勉で愛された者の生命を摘んでこそワタシの魔女への愛の、勤勉さがより一層に」

 

 唾をまき散らしながらペテルギウスの舌は回る。

 しかしそれを聞く前にアリシアの口から大量の血液があふれた。

 泡と一緒に出てきたそれは、内臓が痛めつけられたことと、鬼の力が弱まってきたことを表している。だが、おかげであることに気付けた。

――手だ。

 不可視の手がある。原理はわからないが確実に存在している。

 今まで見えていなかったその手はアリシアの血によって視認できるようになったのだ。それはまるで、あの少年と――

 

「……何故、貴女は笑っているのデスか?」

 

 ペテルギウスに言われ、アリシアは自らの口角が上がっていることに気付いた。

 

「べっつに? ただ、可哀想だなぁと」

 

「ワタシが、可哀想?」

 

 あの少年の技は目の前の狂人と似ている。

 だが、そこには譲れないほどの決定的な違いがある。

 それは彼は”あの能力”に頼ることをあまり好きではないということだ。

 情報を与えないためでもあるだろうが、それとは別に何か理由があるのだろう。

そうだ、確か、いつだったか訊いてみたこともあったはずだ。あの時彼は――

「――だって、ずるいじゃん。それ」

 

「は? なんでっすか?」

 

 ロズワール邸での魔獣事件の後、シャオンの能力『不可視の腕』というものについて、なぜ好んで使わないのか尋ねた時の返答がこれだ。

 

「俺もわかんないけどこの力は自分の努力で手に入れた物じゃないと思う」

 

 そういってシャオンは自らの腕を見ている。

 

「癒しの拳とかは誰かを傷つけるわけじゃないからまだいいけど、この力は確実に”傷つける”力だ。傷つけるのに、自分で得た能力を使わないなんて、ずるいじゃん。逃げだよ、それは」

 

 つまり彼は人を傷つけるなら、自分の力で得た物でやれという訳だ。

 その精神は尊敬できるものではあるが、綺麗すぎるものだとも思えた。そして、彼のその考え方が汚れていくのに、彼の心は耐えきれるのだろうか、と不安にも思えた。

 かといってそんな感情を口にできるほど剛胆ではないのでつまならそうな表情を張り付けてごまかす。

 

「ふーん」

 

「訊いておいてなんだその反応。まぁいいけど」

 

 彼がアリシアの心を読み取れたかはわからない。ただ、追及はしないでくれたのはありがたかった。

 

 

 彼は与えられた力で誰かを傷つけるのがずるいと言っていた。

 聞いた時は何を馬鹿な、と思っていたが比較対象を見つければここまで納得がいくこともあるまい。

 だがそれを気づかずに目の前の狂人は誇ったかのように扱っている。それだけで似ているなんて思っていた自分を笑うには十分だ。

 

「……アタシはここで死ぬ。だけどそれでもアタシは悔しくない。怒りはあるが、それよりもアンタを憐れむ感情のほうが、不思議と勝っている」

 

 頭は冷静になったが、いや冷静になったからこそ自らの命がもう長くないことに気付く。だが、それでも女の意地で無理やり言葉を発する。

 アリシアの言葉を理解できていないのかペテルギウスは何の反応も示さない。

 

「アンタは可哀想だ。なにが愛っすか。アンタがもらったはずの、アンタだけの愛、なんて……所詮この程度……浮気されてんじゃないの」

 

「なにを! 言って……言って、言って言ってってててっててって……脳が、脳が震えるるるるるるるるるっ!」

 

ようやく唇の端から泡をこぼし、ペテルギウスが激昂する反応を示した。

 それを見て溜飲がさがるのを感じ、激痛に悶えながらも、アリシアは精一杯の抵抗でペテルギウスを”憐れむ”。

「アンタの愛はまがい物だ……! 百歩譲って愛と認めても、そんな、もの。何の価値もない……!」

 

「ワタシの愛を、侮辱することは許さないのデス! ああ、決めた、決めたのデス! 貴女の身体は痛めつけて、魔女への手向けにするのデスッ!」

 

「アンタの愛は届かないのに?――虚しくない? それ」

 

「――――――ッ!」

 

 その言葉が決め手となったのかペテルギウスは聞き取れないほどの怒声を上げてこぶしを握った。

 呼応するかのようにこちらの体に今までとは比にならない力がかかり、なにか切れるような嫌な音が聞こえた。

 次に感じたのは浮遊感。そして彼女が最期に見たのは、赤黒い血とともに離れていく自らの下半身。そして怒りに燃えている狂人の姿だった。

 ゆっくりとなる視界の中、アリシアの心の中にはペテルギウスに伝えてやりたい言葉があった。

――ざまぁみろ、一矢報いたぞ、と。




ここから鬱が続くので早めに投稿したいですけど、リアルが…

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