今後はしばらく荒い文が続きますが頑張って投稿を再開していきます!
「頭……いてぇ」
ズキズキと、熱があるときに感じるような頭痛を感じながらシャオンは歩みを進めていく。
「状況が、つかめない。これは……まずい」
現在シャオンはアリシアに後方を任せてアーラム村へと向かっていたはずだ。しかし魔女教徒に襲われ、戦闘になってからの記憶がおぼろげ。
なにかの魔法にかけられていたのだろうかとも考えたがそれなのにシャオンがこうして生きているのがおかしい。
「考えられるのは時間稼ぎ……本来なら急いで村に向かうべきなんだろうが――ぐっ!?」
その思考に至るとこうして頭痛がシャオンを襲うのだ。まるで頭の中に見えない壁があり、それ以上進もうとすることを邪魔をするかのような人為的な壁が。
こんな頭痛が続くようでは村に向かったところでまともに戦えない。
仕方ないのでアリシアのいるであろう後方に戻ることにする。
◆
「ああ、ああ、あああああ! なんということでしょう!」
戻ってこれたその場所は、鉄臭さと狂気の声がこだましていた。
声の主は涙を流し、怒りを露にするかのように拳を力強く握りしめている。
「ワタシの愛を冒とくした愚物が! この程度の罰でその身を終わらせるとは! ああ、なんと怠惰なことかっ!」
「――なぁ」
怒りに震えている男を現実に戻したのはシャオンの無機質な声だった。小さなその声は目の前で喚く男には届かないと思っていたが、幸か不幸かしっかり届いていたらしく、男はゆっくりとその顔をこちらへと向けた。
「お前、なんだ? なにやってんだ? なんでアリシアが死んでんの?」
「おお、その身に纏う濃厚な香り! 貴方が、福音の記述の、『寄り添うもの』デスね!」
シャオンの質問攻めに、男は不快な顔をせず、それどころかむしろ笑顔を浮かべてすらいる。
「この者は儀式を邪魔する者デス。それだけならば何ら問題はありませんが、ワタシの! 魔女への愛を偽物だとっ! まがい物だとの賜ったことは許せない!だから――殺したのデス。ワタシの手で」
腕を広げ、肉の少ない、髑髏のような印象を与える男はなんの感慨もなく、なんの感情も感じさせないように無感情に殺したと言いきった。だから、
「そっか――死ね」
目の前の男が何者かはシャオンは知らない。アリシアが奴になにを言いのけたのかなんて知る由もない。
だが考えるよりも体が動き、思考や信念を置き去って神速のように不可視の腕が発動される。
当人ですら意識して行った行動なのか怪しいそれを、当然回避などできるわけもなく、
「は」
そんな間抜けな声が聞こえたかと思うと男の体は文字通り縦に二つに分かれ、僅かに空気が漏れた音に遅れて男の身体から大量の血液が破裂した水風船のようにあふれ出た。
その血の雨がシャオンの体を濡らすことなく落ちきるとアリシアの遺体の方へ向き直る。
「おい」
返答はない。
ーー別に彼女が特別だったわけではないだろう。きっとシャオンはスバルやエミリアが同じ目に合っていれば容赦なく能力を振るっていたはずだ。
だが、彼等ではここまで激怒の感情を刺激されることはなかっただろう。
その感情を抱いた原因は――
「なに、満足げに笑ってんだよ。馬鹿」
苦悶の表情を浮かべることなく、何かをやり遂げたかのように笑みを浮かべたアリシアのせいなのだろう。
これが無念に満ちた表情だったのならシャオンも感情を露わにしなかった、だが目の前の少女の亡骸はどう見ても後悔一つないように晴れやかだったのだ。
叩くも、冷たい体は何の反応も見せなかった。
ただ、彼女の表情とは正反対に、無力感がシャオンの心を埋め尽くしていた。
◆
今は丁寧に墓を作る暇などない。せめてその死体を誰にも見せない様に上着を上からかぶせるというお座なりなものになってしまうが、我慢してもらおう。
「……行くか」
小さく、やるせない気持ちを出してしまうが、頭を切り替える。今は村人の安全が第一だ。
シャオンが村の方へと歩き出そうとした瞬間、地響きと共にとあるものが現れた、それはーー
「なん、だ? あれ」
しろい、白い壁だ。
あんなオブジェクトは当然アーラム村にはなかった。いや、それよりもつい先程までなかったはずだ。
唐突に現れた点を除いても、その異常性は遠目からでも感じられる。
「ーーぉ……にぃ……す……ぁる」
こちらの頭に直接語りかけてくるような不思議な声に驚き、さらに壁が声を発しているという事実に驚きが続く。
脈動しているかのようなその不気味さを感じさせる壁はどうやらただの壁ではないらしく、生きているようだった。
生き物だと認識した瞬間、それもこちらを認識し、白い壁から大きな穴が開き、一瞬の閃光が発生した。
「ーーえ?」
痛みと熱に襲われ、シャオンの存在は一瞬のように世界から消滅した。
悲鳴も、遺言もなく、シャオンの生命は終わりを告げ、残されたものは、ただの焼け焦げた肉の塊だった。
◻
「久しぶり、ってほどじゃないわな」
シャオンと喧嘩別れにも近い別れ方をしてから、数日間スバルはクルシュ邸に厄介になっていた。
その後、腐っていたスバルにエミリアが危機に陥っているという朗報を聞き、レムと共に屋敷へ戻るということになった……なったのだが、途中の宿でレムに置いてかれ、半ばやけになった状態で商人の竜車にのせてもらってここまで来た。
スバルはまずは村の子供たちに会ったら何て話をしようかと考えていると村が見えてきたところだ。
「おいおい、こりゃどういうことだ」
村の入口に駆け込んだとき、スバルが最初にしたのは――違和感に気付き、眉を寄せることだった。
入口は僅かな焦げ臭さと、何かの動物の肉だろうか、細切れになった肉が散らばっていた。
それはおいておいて、一見、村にはなんらおかしなところはないように思えた。
しかし、明らかにどこかがおかしい気がする。
今度こそ、漠然としたものではない、はっきりした不安がスバルを包み込んだ。
疲労とは別の理由で呼吸が早まり、心臓の鼓動が再び速度を上げ始める。それらの反応に急き立てられながら、スバルは溜まらず近くの民家の扉を乱暴に叩く。
反応がない。嫌な予感に掻き立てられ、鍵すらかかっていないそれを乱暴に押し開いて中に押し入る。が、やはりそこももぬけの空だ。誰もいない。
どれだけ走り回っても、喉が涸れるほどに人を呼んでも、子どもが悪戯で隠れていそうな場所を全てあらっても、誰ひとり見つけることはできなかった。
静寂がここにもぽつんと落ちていて、スバルは世界に取り残されていた。
どっかりと、力の抜けた体で地面に座り込み、スバルは長く深い息を吐く。
意味がわからない状況に対してそこまで優れている訳でもない頭を振り絞って結論を出そうとする。ふいに鮮烈な痛みが頭蓋に響いた気がして、スバルはとっさに額に手を当てる。だが、その瞬間に痛みは消え、纏まりかけていた考えも共に消えてしまっていた。
「まさか、知恵熱というものが実在するとは」
自分で言っていてだいぶ頭が馬鹿になっているな、と思う。
それも当然だ。一昼夜以上、過酷な移動の中でほとんど睡眠を取っていない。途中で捕まえた商人のオットーという人物に分けてもらった非常食のような味気のないものを腹に入れたぐらいで、食事も十分であるとは言い難かった。付け加えれば、意識がある間はエミリアの安否を心配していたのだ、精神的にも余裕があるとは思えない。
尻を払い、右手に付いた汚れを仕方なく壁に押し付けて取り払うと、体を回して再び村の中を捜索する。最後の悪足掻きだ。
すでに何度目かわからないため息をこぼし、スバルは苛立たしげに地面を蹴る。ぬかるんだ地面を爪先が抉り、飛び散る泥がトドメを刺した。
積み重なる残骸の数は膨大でーー
「まったく、祭りかなにかやってるのか?」
ーーそれらを見届けながらスバルは人影を探す。誰かが自分の名前を呼んでくれやしないかと、それだけを求めてひたすらに。
しかし、村を何度巡っても、そのスバルの望みが叶うことはなかった。
ここにはスバルの求めるものはなにもない。なら、さっさと屋敷へ続く道へ向かうべきだ。
まったく、余計な寄り道をしてしまった。無駄な時間を浪費してしまった、無駄だった。全ては無駄だった。ここにあるものはスバルの役に立たない。
「……無駄足だったな」
吐き捨てるようにそう呟きながら、ふらふらとした足取りでスバルは進む。と、村の外への道筋で、ふいにスバルは足をなにかに引っかけて転んでしまった。
ずるり、と足下が滑ったことに気付いた瞬間にはもう遅かった。周りには転倒を防げるものはなにもなく、勢いあまって肩口から思い切り地面に落ちる。
痛みが脳をつんざき、スバルは呻くような声を喉の奥で爆発させ、反射的に浮かんできた涙を瞳の端に溜めながら、転んだ原因を求めて足下を睨む。
そこにあったのは――何かに引き殺されたかのようなムラオサの体だ。
痛みとともにそれを嫌でも理解してしまってからは世界は切り替わる。
青年団の若者は剣を手に戦ったのだろう。その剣は折れ、持ち主も同じように二つに折れていた。
重なり合うように倒れていた男女は夫婦だった。夫が妻を庇うように上から抱きかかえ、そのまま二人まとめてなにか巨体に押し潰されたようだ。
惨殺された死体があった。引き裂かれた死体があった。押し潰された死体があった。叩き潰された死体があった。死体ばかりがあった。死体しかなかった。
死体ばかりが転がる村にはうっそうとした静寂が横たわっており、全てはスバルが到着するよりずっと前に終わってしまっていたということが嫌でもわかった。
なにが、あったというのか。
なにかが、あったのだ。なにか、とてつもないことが起きたのだ。
息のあるものは誰もいない。生き残ったものはひとりもいない。頭が回らない。顔の穴という穴から、とめどなく液体が流れ出している。
起きた事実は理解した。だが、理解はできない。
なにが起きたのか、なにひとつわからない。なにひとつわからないが、わかっていることがひとつだけあった。
それは、この悲劇がこの場所だけで終わっているはずがないという事実だ。
遅すぎる理解に達したとき、スバルの全身をこれまでにない悪寒が襲った。
それはこの世界に落ちてきて以来、命の危機を何度も乗り越えて、あるいは屈してきた中でも、最大級の恐怖をスバルにもたらしていた。
涙を流し過ぎて痛みすら感じる瞳が明滅し、おぼつかない視界が空を見上げる。
息を吸うことすら困難になりかけているスバルを嘲笑うように空が雲ひとつなく、屋敷の上にいつものように在る。
あれほど帰り着きたかった場所が、あれほど求め続けた場所が、目と鼻の先にまで迫ったその場所が、今はあまりにも恐ろしい場所に思えた。
なにがあったのかわからない。
なにかが起きたことは間違いない。
そのなにかはきっと、その場所を見逃すようなことはしてくれていない。なぜなら彼女は特別なのだから。
だがその可能性すら、考えたくなかった。その可能性を頭に思い浮かべてしまえば、ましてや口にしてしまえば、それが現実になってしまいそうで恐ろしかった。
だからスバルは首を振り、その想像を振り払う。
そのために、ナツキスバルは最低の手段を使った。
「レム……は? レムは……どうしたんだ……?」
自分より先に、この地へ辿り着いているはずの少女。その彼女の安否を確認する言葉を口にし、現実から意識を切り離そうとする。
「そうだ……レム……レム……レムは……」
ふらふらと、立ち上がったスバルは力のない足取りで進み始めた。
ゆっくりと村の出口へ――屋敷の方角へ向かって、亀の速度で進み続ける。
その先に、なにが待っているのか、わからないまま。わかりたくないと思ったまま、わからなくてはならないと思っていながら、駆け出す勇気を持てないまま。
引きずるように、縋りつくように、拠り所となる少女の名を呼びながら、スバルはゆっくりゆっくりと、坂道を上り、屋敷を目指して歩を進めていった。
◆
ようやくたどり着いたそこにはレムの姿はなく、代わりに――屋敷に貼り付けられているラムの姿があった。
その姿はまるで十字架に括られる罪人のように真横に手を伸ばされ、腕は剣で無理矢理固定され血があふれでていた。
遠目でもわかる、魂の欠如。確実な死。だが、それでも、
「ら、む」
スバルに駆け寄らないという選択を選ぶことはできない。
実はこれがロズワールやシャオン辺りが考えたドッキリで、焦って近づいたらラムが馬鹿にしたような笑みを浮かべ、背後からは先に別れたレムの姿がある。
きっとそうなのだ、全く手の込んだいたずらで、悪趣味だ。
村をあげてのドッキリ、なるほど一本とられた。だから素直にその道化役は受け入れよう。派手に驚いて、皆から笑われるのを堪え忍ぼう。だから、もうやめてくれ。
「……もう、ばれてんぞ? ラムちー」
懇願にも似た声でネタばらしをするように促す。彼女からの返答はない。
「さ、流石に懲りすぎだぜ? ラム」
返答はない。
聞こえていないのかもしれない。そう考えたスバルはさらに歩み寄る。そして、気づくだろう。ラムの下に一つの箱が置かれていることに。
元は白い箱だったのだろう、だが現在はラムの血液で赤く染まってしまっている。
磔にされた少女からの反応はない、だから必然的にそちらへと注目してしまうことは仕方ないことだ。
だから、スバルは気づいてしまった……その箱の底から、大量の血液が漏れていることを。
箱の上には小さなメッセージカードが備え付けられており、さらに注目してみるとそこにはこう記されていた。
『愛しのスバルくんヘ レムより』
スバルにも読めるようにイ文字だけでかかれたそれを見て、目を見開き箱を手に取る。中身はそれなりの重量のものが入っているようだ。
――この中を見れば、村で何が起こったのか、あの惨劇の原因がわかるのだろうか?
恐怖はある、だがそれよりも好奇心と自分だけが知らないという孤独感から抜け出すため、震える手でゆっくりと包装をほどく。
箱の中を見てしまった、見てしまったのだ。
――頭部だけになったレムを。