Re:ゼロから寄り添う異世界生活   作:ウィキッド

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遅くなりましたぁ!


愛の試練

 ケタケタと、嗤うペテルギウスはなにがそれほど面白かったのか、血が付着して赤く斑に染まった歯を剥き出して嗤い続けている。

 止めるものがいなければいつまでもそのままでいそうなペテルギウス。その奇態を前に、嗤われる対象とされたスバルは俯いて地面を睨みつけたままだ。

 スバルの身柄は広間の奥へ連れ込まれ、ぞんざいに放り出されて壁に拘束されている。鉄製の枷は手足を色が変わるほど強く締めつけており、スバルの力で脱出ができそうにないのは広がる痛みから想像できた。

 

「ふへ、ひひへ……」

 

「ああ、滑稽なりデスね! なかなかなかなかなかなかに、興が乗る光景と言えマスよ。実に、実に実に実に実にぃ、脳が震える……」

 

 手足が麻痺する感覚に、スバルは他の表現を知らないかのようにひきつった笑みを浮かべる。それを見て、ペテルギウスは共鳴するかのように手を叩き、笑い声を上げる。

 現実とは違う場所を見てへらへら笑うスバルと、純粋に狂気の世界に浸るペテルギウス。軽く現実感を損なう二人の狂笑が重なる空間に、ふいに影が湧き上がる。

 スバルを担ぎ、洞穴に連れてきたのとは違う人影だ。背の高い影は滑るような動きで音すら立てず、嗤うペテルギウスの傍らに身を寄せ、

 

「――――」

 

 ぼそり、と何事かを彼だけに届くような声量で呟く。

 と、それを聞いたペテルギウスはふいにそれまで頬を歪めていた凶笑を消し去り、ひょうきんにおどけていた仕草もぴたりと止めると、

 

「そう、デス、か! あぁ、それは、あぁ……脳が震えマス、ね!」

 

 先ほどの凶笑の皮切りとなったのと同じニュアンスで、しかし表情には背筋を悪寒が走りそうな禍々しい凶相を浮かべて、ペテルギウスは左の指の爪を噛む。

 噛み、噛み千切り、爪がめくれて血が流れ、それにも構わずに肉まで齧り、

 

「……あぁ、痛い。痛い痛い痛い痛い痛い。脳が、震える。やれ、と。進めと! 立ち止まる暇などないと! 叫ぶ! 呼ぶ! 脳が震えるのデスよ!!」

 

 腕を振り、爪を噛みちぎられた左手から血が洞穴の冷たい地に落ちる。

 それを無感情に黒影は見届け、わずかに腰を傾け――礼の素振りを見せながら、なおも狂態をさらすペテルギウスに囁きをかける。

 

「左薬指が壊滅!? あぁ、それはなんと甘美な試練デスか! これほどまでに勤勉に挑んでいるというのに……今日も世界はワタシに優しくないデスね!」

 

「――――」

 

「あぁ、それでいいデスよ。左薬指の残数は各々、隣の指に合流。なぁに、まだまだまだまだまだまだまだ、指は九本もありマス。心配ありませんデスよ!」

 

「――――」

 

「そう……デス! 試練! 試練! これは試練! 全てはワタシたちが御心に沿うための試練なのデス! 照らせ、輝けぇ……あぁ、脳が震える!」

 

 歓喜に唾を飛ばしながら嗤い、頭を抱えてその場でくるくると回るペテルギウス。

 黒装束の声はこもり、洞窟という閉鎖空間の中ですら聞きとること叶わない。故にまるでペテルギウスと黒影の会話は、ペテルギウスのひとり芝居のような滑稽さすら孕んでおり、彼の奇行と相まって気味の悪さに拍車をかけていた。

 腰を曲げて身を低くし、さらに体をよじってペテルギウスがスバルの方へ近寄る。ぐいと顔を近づけられ、どこか生臭い息を吐きかけられて、へらへら笑うスバルがその狂態を無感動の瞳で見上げた。

 その黒瞳と向かい合うペテルギウスは、己の灰色がかった双眸を飛び出そうなほど力を込めてぎょろつかせ、

 

「確かに、確かに確かに確かにかにかに、不思議ぃ、不穏ん、不可解ぃ……この局面で、試練を目前としてぇ、何故にアナタのような存在がぁ?」

 

 体をそらし、あわや頭が地面に着きそうなほどの柔軟性を見せるペテルギウス。そのまま恍惚の表情を浮かべる彼は、引き絞った弓のように反動で身を起こし、

 常人には理解できない狂気に興奮で顔を赤くし、ふいにペテルギウスの鼻孔から血が興奮を体現したように流れ出す。

 口にかかりそうなそれを舌で舐めとり、顔面を朱に染めるペテルギウスはうっとりと、陶然とした面持ちで頬をゆるめて、ペテルギウスは絶頂に身を震わせる。

 それから彼は法衣の袖で乱暴に鼻血を拭い、それまでの昂ぶっていた感情をどこへ投げ出したのかと思わせるほど冷徹に、

 

「……即座に現場の清掃を。来たる試練の日を前に、ワタシたちの存在が露見することは避けなくてはなりません。人払いは済んでいたはずデスから目撃者の心配はないはずデスが……同乗者は? ちゃんと殺しましたデスか?」

 

「その点で報告がありますぅ」

 

 どこかでみたような、けれども理解はしたくない本能が記憶を曇らせる。黒い影はゆらりゆらりとまるで陽炎のように蠢く。

 

「あぁ、聞きましょう。寛大に、雄大に、膨大な愛を込めて。アナタが、ワタシに対して真摯に!勤勉に!接するのならば――ワタシも応えましょう」

 

 両手を広げて、法衣の裾を揺らしながらペテルギウスは厳かに頷く。

 

「同乗者は一名、青い髪の亜人。彼の者を確保する際に戦闘に突入……まだ生きてます」

 

 報告を受け止めて、ペテルギウスは首を左右に振って骨を鳴らす。

 彼はそのまま考え込むように、時計の振子のように首を左右に振り、よじり、ひねり、回し、揺らし、最後にかくんと前に傾け、

 

「理由があるの…デスよね?試練を前に不確定要素を残す、それほどまでの!」

 

ギリギリと歯が砕けそうなほどに力を込めながら、まるで激情を抑えるように、体を押さえつける。

 そして、一度仰ぎ見、指を口に挟み込み、奥歯と奥歯の間で肉がすり潰され、乱暴に引き絞られる嫌悪感が沸く音が響く。ペテルギウスは爪を噛み、肉を咀嚼し、生じた血を口の中に溜め込み、それらを一緒くたにして吐き出し、真っ赤に染まった左手で陽炎の顔面を掴んだ。

 

「試練を、前に、事が露見しそうな状況! それが! それが! それがそれがそれがそれがれがれがれがれが! 福音に対するアナタの真摯な報い方デスか! あぁ、怠惰だ! 怠惰! 怠惰怠惰怠惰怠惰ぁ!」

 

 骨と皮だけの体のどこにそんな力があるのか、ペテルギウスの手は顔を掴んだ状態で右へ左へ振り回す。

 黒装束の顔に爪が入り込み、骨が軋む音がこちらにも聞こえる。

 そんな事を気にした様子もなく、乱暴に相手を振り乱すペテルギウスは、突然我に返ったかの様に、

 

「そして! ワタシの指の怠惰はワタシの怠惰! あぁ、寵愛に報いれぬ、我が身の怠惰をお許しください! この身全て、全霊の勤勉さをもって、福音に沿うよう生きることを、在ることを! お許しいただきたいのデス!」

 

 黒影から手を離し、跪いたペテルギウスは涙を滂沱と流し、血肉に染まる手を組むと祈るように、縋るように、そこになにかが見えているように懇願する。

 喜怒哀楽を見境なく、なんの兆候もなく、ころころころころと切り替えるペテルギウス。

 それを当たり前のように受け止めて、自身への暴行にすらなんら反応を見せない黒装束のまた異様。司教と名乗ったペテルギウスに従う姿ーー正しい意味での狂信者がそこにいた。

 

「愛だ! 愛に報いねばならないのデス! 怠惰であることは許されない! 福音に従わなければ! 与えられた愛に、愛することで返さなければ!」

 

「話は最後まで聞いていただけると幸いなのですがぁ、理由もありますよぉ」

 

 ぼろ雑巾のように扱われた女は何事もなく話を再開する。

 そんな様子にペテルギウスも特段気にしたようすはなく、ただふと我に返ったように耳を傾けた。

 

「ふむ、フムフムフムフムフム? ではなぜ少女を生かしているのでありますかぁ?」

 

 ペテルギウスはまるでそれこそ司教らしく、腕を広げ告白の内容を受け入れようとしている。ただし、一つ間違えた返答をすれば癇癪を起こし、すべてを破壊しつくすだろうという狂気も含まれているが。

 

「簡単なことですよぉ、司教」

 

 彼女がが初めて表情というものを――笑顔を見せた。

 視線を入り口に向け、ペテルギウスも、スバルもそれに倣う。

 そこには部下だろうか、別の黒装束が連れてきただろう1人の少女がいた。

 

「愛を試すのです」

 

 それは――息も絶え絶えのレムの姿だった。

 

 

「さて、さて、さてさてさてさてさてててててて……」

 

 跪いたまま、ペテルギウスが膝立ちの動きでスバルにすり寄る。

 固く、鋭い岩肌が覗いた地面に膝を擦りつける動きは、法衣の下の肌が悪戯に傷付けられるだけの自傷行為だ。

 それらの痛みを、傷を度外視した様子で彼はスバルを覗き込み、

 

「亜人によって愛を失った彼女が、行う愛の証明。本来ならば、試練を前に時間は惜しいものではありますが、愛を試すというのならば、ワタシは、静観しましょう。それに、アナタの正体もわかるかもしれませんし、ね!」

 

 血に濡れている歯をこちらに見せつけるように、狂気的な笑みを浮かべる。

 それをスバルは狂っていながらも、本能的嫌悪感から遠ざける。だが、彼は気にした様子もなくスバルを見つめ続ける。

「さて、これより試すのは一人の少女と、一人の少年の愛!」

 

 そんな嫌な熱視線を他所に声高らかに女は宣言する。

 ペテルギウスの興味は彼女に移り、子供が演劇でも見るような、期待の込めた眼差しを向けた。

 

「忌まわしき亜人の子であり、我が愛を冒涜する者!」

 

レムの動かない体を投げ捨て、頭を踏みつぶす。小さな呻き声すら上がらず、ただ何の抵抗もなくレムの頭が地面へと押し付けられすりつぶされる。

 

「ですが、ですが!それでも世界は愛で満ち溢れていると、神は、魔女様はおっしゃった! ならばその資格があるのか! それをいま試しましょう――あぁ、願わくば……アナタが怠惰ではなく、勤勉であることを」

 

 レムの体を蹴とばし、こちらに向かってくる。僅かに体が浮き、体に空いた穴から血が噴き出るがこの場にいる人物は誰も気にしない。

 そして、リーベンスがスバルの手枷を外そうと、触れた瞬間。

 

「……るな」

 

「はい?」

 

「その人に触るなと、言っている!!」

  

 すさまじい爆弾のような威力に女の身体は砕かれ、破壊される音が洞穴の冷たい空気を激しく揺らす。連鎖する音は固い地面を伝って、転がるスバルにも届いた。

 胴を破砕した彼女はそれで止まらず、うなる拳が女の頭部を貫き、壁へ叩きつけて赤いシミへと変えた。

 命を容易に奪った拳は血に染まり、地面を濡らしていく。しかしそれすら目に入らないほどの怒りを瞳に宿しながら、

 前に踏み出す少女は青かった髪をどす黒い色に染め上げ、それでもなお光を失わない眼差しを広間の中へ向け、倒れ伏す少年を見つける。

 唇が、愛おしげに、震えながら、小さく息を吸い、

 

「大丈夫ですか、スバルくん――」

 

 スバルの名を呼び、安堵したように肩の力を抜いた少女――レム。

 その姿はあまりにも凄惨で、壮絶を切り抜けたことがありありと表れていた。

 全身に血で濡れていない場所がない。髪はどす黒く血で固まり、焼き焦げたエプロンドレスは白い場所が欠片も残っていなかった。破れ、裂けたスカートから覗く両足には裂傷がいくつも刻まれ、なにより腕には穴が空き、その先がのぞける。

 割れた額から滴る血で左目を塞がれ、うっすら微笑むレムは血と死の香りを全身にまとい、満身創痍では足りない身を押してここまでやってきたのだ。

 ただ、スバルを守るために、動かないふりをして、奴らに一撃を与えるための機会を待っていたのだ。

 

「あぁ――なんと、素晴らしいことデスか!」

 

 そして、そんな彼女の凄絶な有様を前に、ペテルギウスが喝采を上げる。

 彼は自分の仲間が目の前で彼女に殺害された事実も忘れ、むしろそのことを自分を盛り上げるさらなる材料として、楽しげに踊り、

 

「少女が! ひとりの少女が! これだけ傷付いて、なお進むのデス! なんのためにか、この少年のためにデス! 魔女に、魔女に寵愛された少年を救い出すためにここまでするアナタも、また愛に恵まれ、愛に生きているのデス!」

 

「どうですぅ?亜人の少女と少年の愛……予定とは違いましたが」

 

「ええ、ええ、ええ!これは確かに愛の一つ! 勤勉なる少女の愛の行いいいいぃぃぃ!! 実に実に実にぃ!! 勤勉で、なんと愛おしいものか」

 

 確実に命を奪う一撃を受けても、平然としている女は、壁に埋もれたままくすくすと笑いながら、興奮しているペテルギウスに問いだす。

 レムはその様子をみて、スバルの盾になるように立ち、口の端に泡を作るほど快哉するペテルギウス、リーベンスに対して殺意を込めた視線を向ける。

 怒りに吠えたレムの体が跳ね、傷付いた身を酷使して宙を舞う。

 飛んだ彼女を追うように、リーベンスもまた宙へ駆け上がった。

 彼女は懐から十字架を模した刃を取り出し、一直線に跳躍するレムの体へ追いすがる。

 

「――――!」

 

 振りかざされた刃が真下からレムの胴体を串刺しにせんと狙う。が、彼女は下からの攻撃に対して左腕を――肘から先のない腕を振って身を回し、中空で体にかすめるように刃を避けると、

 

「るぁぁ!」

 

 右腕を振り、その動きに連動するように氷で作られた鉄球がリーベンスの顔面を抉る。同時に柄を握り締めた彼女の拳が追い打ちとでもいうばかりに顔面へと沈ませ、頭蓋を陥没させて叩き落とす。

 女の落下に伴い、レムの体は広間の中央に着地。そこは集まっていた狂信者たちの中心であり、判断ミスを犯したものと誰もが思った。

 事実、狂信者たちは刃を構えると、着地に膝を折る少女目掛けて殺到する。

 突き込まれる刃の数は少女の両手の指でも足らず、浴びれば致命の衝撃をもたらすことは避けられない。だが、

 

「――エル、ヒューマ!!」

 

 血を吐くようなレムの叫びに呼応して、。地面から伸び上がるように突き出した鮮血の槍が、不用意に駆け寄った黒影を逆に串刺しに仕立て上げる。氷結した血の槍は脆く、突き刺さると同時に根本からへし折れてその形を失うが、

 

「――あぁ!」

 

 足を止めた狂信者たちの頭部を、レムが吹き飛ばすだけの時間は十分に稼いだ。

 血が、脳漿が、頭蓋の一部が散乱し、洞穴の冷たい空気に湯気が立ち上る。死を量産するレムが腕を振るうたび、死体が生まれ、山が築かれていく。

 広間にいた黒装束の数はおおよそ十五名。すでにその大半がレムの攻撃の前に命を失い、残った数ではいきり立つ彼女を止められそうもない。

 残りはリーベンスとペテルギウス、残り数名の黒装束。レムの優位は疑いようがなかった。

 負傷し、腕を欠損し、それでもなお、彼女の強さは黒装束たちのそれを圧倒している。 それなのに、なぜだろうか。

 

「あぁ、あぁ、あぁ……」

 

 顔を押さえ、暴虐に沈む信者たちを見ながら、熱い吐息を漏らすペテルギウス。

 その姿が悲嘆に、恐怖に、不安に揺れているのではなく、純粋まじりけなしの昂奮からくるものであると伝わるほどに、不安が増大していくのは。

 わからない。わかりたくない。わかろうとしていない。

 けれど伝わってくるものがある。血を流し、傷を負い、それでも戦い続ける彼女の姿に、胸の内から湧き上がってくる衝動がある。

 その不安を口にすれば、あるいはそうしなくてはならない。

 だが、それをすれば自分で自分を見失いかねない。なにが正しくてなにが間違っていて、どうしてこうならなければならなかったのか悩まなくてはならない。

 それを恐れるがあまり、自分可愛さを優先するあまり、スバルは――。

 

「もう、何回殺されなきゃいけないんですかぁ」

 

 耳心地の悪い音を立てながらリーベンスは起き上がる。

 まるで先ほどの攻撃が効いていないかのような声の軽さと、そして確かに抉られていた部位が元通りになっている様子にレムは舌打ちをし、すぐに臨戦態勢を取る。

 

「あなた方の愛は――確かにあった。亜人であろうとそれは否定しない。だから、もう死んでいいのですよ?」

 

「黙りなさい! 虫ッ!」

 

 一瞬の溜めの後、レムは大きく飛翔しリーベンスの頭を潰そうと動いた。

 その速度は今まで見た中で一番早く、一番力強かった。

 だが、スバルの中で僅かに抱いた、不安が、掠れた声が喉の奥からわずかに這い出した。

 それは意味を持たない単語の破片で、伝えたい気持ちを微塵も乗せてくれない。けれど、喘ぎながら、顔を持ち上げながら、無感動だった瞳を大きく押し開き、

 

「……れむ」

 

 囁くような弱々しい声で、どれだけぶりにかその名を口にした。

 

「――あ」

 

 その声が、掻き消えてしまいそうな声が、彼女にだけは届いたのだろうか。

 その疑問の答えがスバルに与えられる前に、

 

『――捻じれろ』

 

 彼女の身体が捻じれ、上下二つに別れた。

 




次はもうできてるので早く出します!全裸待機していた方はバスタオルあげます!

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