Re:ゼロから寄り添う異世界生活   作:ウィキッド

79 / 151
短めです。


英雄を救う鬼

「さて、冷めてしまうよ?」

 

「まて、まてまてまて!」

 

 スバルの困惑を気にしないように目の前の男、暫定シャオンはスバルに対して紅茶のようなものが入ったカップを渡してくる。

 ゆっくりと湯気が上がるそれはスバルが見ている幻覚などではなく、現実のものであることを証明していた。

 周囲の地獄のような状況とは完全に隔離されたその雰囲気を見ながらも、スバルは混乱しながら問いかける。

 

「シャオン、だな? 雛月遮音、なんだな? お前は」

 

 雛月遮音。

 スバルの親友であり、唯一死に戻りを共有できて、そして、王都で別れた友人である。

 目の前の男が名乗った名前は確かにその名前である。だが、

 

「ちがうよ」

 

「あ……?」

 

「確かにボクはシャオンであり、ヒナヅキシャオンではないのさ」

 

「どういう意味だよ」

 

「さぁ? 答えを与えてしまうのは好きじゃないのさ。その者の価値が伸びないからね」

 

「ああ、そうかよ。ならアンタに用はない。そこで一人寂しく茶でも上品にすすってろ」

 

 からかうように笑う目の前の男は、スバルの問いに明確な答えを出さない。

 ならば、用はない。

 普段のスバルならばふざけたノリを含めて相手にするだろうが、今の自分にはそんな余裕はない。

 一刻も早く、屋敷へ向かわなければ、そうして、エミリアを助けて──

 

「おや、つれない。まあ、それが君の選択なら尊重しよう。ただ、荷物くらいは置いて行ったほうがいいんじゃないかな? 君のその体も限界だろう?」

 

「──二度とレムを荷物と言うな」

 

 無視して進もうとする気持ちは消えた。

 反射的に口に出た言葉は機械のように冷たく、スバルが驚くほどに鋭いものだった。

 だが、言われた当人は驚いた様子はなく、まるでこちらを見定めるような目で射抜く。

 思わず目を背けてしまいそうになりそうな威圧感をその視線から感じる。だが、スバルにだって譲れないものはある。

 震える足を、強張る身体を、腕の中にいる少女の尊厳の為に奮い立たせる。

 

「これは失礼。キミにとって彼女はそれほど価値があるものだったんだね」

 

 頭を下げてくる男、暫定シャオンが醸し出す空気にスバルは警戒を隠しきれない。

 レムに対する口振りを除いてもまるで、異質。完全に住む世界が違うものだ。

 

「まぁ、お詫びとは言わないけども」

 

「は?」

 

 パン、と手の叩く軽い音ともに、スバルの体から疲労感、痛みが消えていた。

 思わず自身の体を見下ろすと、先ほどまであった悲惨な傷はなく、腕に残っていた鉄枷さえも消え去っていた。

 即座に傷を治すのはシャオンが持つ『癒しの拳』がある。

 だが、今の目の前の男が使ったものはスバルの知るそれとは別なものだ。

 第一、奴はこちらに触れてすらいない。今も椅子に座ったままこちらを眺めているだけなのだ。

 それに、傷の治癒だけでなく鉄枷の消去すら行っている。そんなことスバルの知るシャオンにはできなかった。

 だから、スバルは即座に目の前の男が自分の知るシャオンとは別の存在だと切り替えた。

 

「お前、何をした?」

 

「傷を治しただけさ、ほら、何の用があるかはわからないけど。そんな無様な格好で行くのは主人公らしくないだろう?」

 

 クスクスと、少女のように笑うシャオン。

 彼の能力は、いや、存在はこの世界で出会った人物の中でもかなりの異質な存在だ。

 隠し切れない圧力はエルザ、いや下手をすればラインハルトにも及ぶかもしれない。

 そして、その超常的な存在を前にスバルは一つの希望を見出す。

 警戒をしながらも、ついに淡い希望にすがってしまう。

 

「なぁ、レムを、治せないか?」

 

 目の前の男が正直何者なのかは一旦置いておこう。少なくともこちらに危害を加える様子はないのだから。

 根拠が自身の傷を治してくれたことだけというのが不安ではあるが。

 だが、今のスバルには、地獄を経験したようなスバルにはその不安だけを判断材料に、この希望を捨てることはできない。

 

「ボクにとって治せるのは魂があるものだけだ、空になってしまってはなにもできない」

 

 申し訳ないけどね、と謝罪の言葉はストン、とスバルの心に落ちた。

 不思議とショックはなかった。なぜなら、この世界に、スバルに、希望の選択肢は与えさせない。そう、決まっているのだから。

 

「そう、か」

 

 わかっていたことなのに、さんざん身に染みたことなのに、スバルは俯く。

 

「さて、今度こそお詫びだ。面を上げて」

 

 ゆっくりと力なく、顔を上げる。

 そして、その途中で額に人差し指が付きつけられた。

 いつの間にかこちらに移動してきたシャオンの指がスバルの額に触れていたのだ。

 

「体の力を抜いて、意識を指先に集中して」

 

「は? なにを──」

 

「集中」

 

 理由を尋ねる口はその圧力で封じられ、逸らそうとするも彼の指がそれを防ぐ。

 まるですべてを見通しているような黒い瞳に、スバルの顔が映る。

 酷くやつれ、それが自分自身の顔だとは最初気づくことが出来なかった。

 王都でエミリアに見捨てられ、親友と仲違いし、レムをなくし、残されたのは魔女教徒への怒りのみ。ずいぶんと見ない間に、変わってしまったようだ。

 

 ──根本は変わらないのに。

 

 そんな考えは、不意に終わりを迎えた。

 

「ここ、は?」

 

 目の前に広がったのは草原だった。

 死体はなく、夕暮れは青空に代わり、緑が風に揺れる草原の中──風のそよぐ草原はどこまでも続き、四方のどこに目を凝らしても地平線の彼方までなにも見つけることができない。現実的に、ここまで空白的な土地が存在するかは別として、確かにいっそ幻想的な光景ではあった。

 そして、そこには、

 

「──スバルくん」

 

 レムがいた。

 

 ◇

 

 レムが、いた。

 正確にはスバルのよく見ていたレムの姿がそこにあった。

 焼け焦げた服はきれいな卸したての物と同じく、別れていた上半身と下半身は傷一つなく接続されていた。

 こんなことを今できるのは一人しかいない。あの男、シャオンだ。

 どういう意味だ。悪趣味なことはやめろと文句を言おうとシャオンの姿を探すが、その草原には彼の姿はない。ただ、声が響く。

 

『君の大切な存在、ボクには生き返らせることはできない。だから、代わりとはならないが残っていた想いを君に伝えよう』

 

 そんな声はしっかりと耳に入らない。言葉がスバルの耳をただ通り抜けていくばかりだ。

 先ほどまでそこにあった確かな怒りすら抜け落ち、スバルは目の前の存在を見る。

 

「スバルくん」

 

 レムの呼びかけに、スバルの体はびくつく。

 いったいどんな言葉で糾弾されてしまうのだろう。

 お前のせいで死んだ、もっとお前に力があれば、もっとお前が──努力をしていたのならばみんな救われていた。

 そんな恨み言を言われてしまうのだろうと、スバルは震えた。確かに彼女にはその言葉を口にする資格はある。

 彼女はスバルを助けようとその体を犠牲にしたのだから。

 ただ、それでもやはりスバルは怖かった。どれだけ体を痛めつけられようとも、どれだけ絶望を見せつけられても、彼女に、レムに見捨てられるのだけは、怖かった。

 そんな自分本位な思考に腹立たしさを感じながらも、スバルはレムの言葉を待つ、まるで、子供が親に叱られるときのように震えながら。

 しかし、

 

「──生きて」

 

 彼女の口から出たのは、怒りや恨みの言葉でなく、ただ、そんな願いだった。

 

「生きて、ください。レムの代わりに、スバルくんが生きてください」

 

「そんな、こと、いうなよ……俺は、一人じゃ何もできないんだ。だから、一緒に居てくれよ。一緒に、さ」

 

 もう、彼女が生きていないのはわかる。

 死に関してはなじみ深いスバルだからこそ、あの時の、いや先ほどまで抱えていた彼女は確実に『死体』だったのだから。

 だからこれはスバルの、ひ弱な自分の泣き言で、叶うことがない願いである。

 それをレムも当然わかっているからこそ、彼女は名残惜しそうに、しかし確実に「無理です」と答える。

 

「レムがいなくても、大丈夫です。スバルくんは、凄い方ですから」

 

「違う! それは、ちがうんだ……! お前が、見てるこの、俺は、そんな人間じゃねぇんだよ」

 

 声を絞り出し、感情を絞り尽くし、スバルは自身の無力さを訴える。

 涙声で、実際にも涙は流している。そして、何より励まそうとするレムをはねのけようとするその精神の醜さ。そんな情けなくて、救いようがなくて、どうしようもない自身を見せつけてようやくレムは、見捨ててくれるだろう。

 だが、スバルの目論見は外れることになる。

 どんなに言葉を重ねても、どれほど醜態をさらしても、

 

「いいえ、スバルくんは凄いお方です────スバルくんは、レムの英雄ですから」

 

 レムはスバルを否定しないのだった。




運命は変わった。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。