「なるほど、“ミーティア“を交渉材料にねぇ」
「はい! それにしてもスバルくんがミーティアを持っているなんて知りませんでした、凄いです!」
「おいおい、ほめるなよ……なんていうか、俺が作ったものでもねぇし素直に喜べねぇから」
レムはニコニコと笑いスバルを称賛している。
あのミーティアもといケータイ電話は元の世界にいてこそ役割を果たすもの。この世界では使い道などほとんどないだろう。強いて言うなら写真を取ったり時間の確認やアラームぐらいだろうか。
それでもこの世界では再現が不可能なテクノロジーではある。売るのであれば少なくとも一年は過ごせるほどの大金を稼げるのだから、十分な価値ではあり、交渉にも役立てられるだろう。
ただ、交渉の相手がプリシラというのが不安要素だ。もしも興味があるのは今だけで、飽きたから交渉を無効とするというとんでもない事態もあり得ない話ではない。
これだったら、アナスタシアかあるいはクルシュに対する交渉の一部で使ったほうがよかった気もする。
「……次回、試してみるか。俺のほうにもあるしな」
「おい、そこの人形」
考えこんでいると、件の彼女が視線に気付いたのか不快を隠さない表情でこちらを見つめ返してきた。
「そこにいる兜の置物よりも不快じゃぞ? その目を止めよ」
「無茶を言わないでくださいよ、プリシラ嬢。生まれつきでして」
「ならばアルのように兜を被れ、妾の屋敷には絶対入れないが、道端で道化としては十分勤めを果たせるであろうよ」
そう告げ、彼女はケータイを手の中で弄りながら去っていく。
彼女の毒舌にも慣れてしまった自分に苦笑いをしつつ、入れ替わるかのように一人の男性が近づいてくることに気付く。
黒い鉄兜で覆っている怪しすぎる風体、その怪しさに磨きをかけているのはあるはずの場所にない、片腕の存在だろう。腰に青龍刀に似た刀を差し込んだ草履姿の男性。初見であればシャオンは不審者だと思い警戒していただろう。
だが、彼のその異様な姿を見るのはシャオンは二度目だ。確か名前は、
「……どうも、えっと。アルデバランさんでしたっけ」
「ああ」
アルデバラン
プリシラの騎士であり、傭兵。ヴォラキア帝国で剣奴として扱われていたと話があったことをようやく思い出せる。
直接話す機会はほとんどなかったが、確か最初の出会いはスバルが城に忍び込んんだ時だったろうか。
そんな彼が一体何の用だろうと疑問に思っていると、その兜で隠れた口が開かれるよりも前に、スバルがからかうようにアルデバランへと近づく。
「どうしたよ、アル。腹でも痛いのか? それとも何かシャオンがしたか?」
「悩みになるくらい快便だよ。いや、悪い、いや本当に悪い。たぶん9対1で俺がわりぃわ」
軽口で返す彼ではあるが、それでも身に纏う雰囲気は和らぐことはなくこちらを射貫いている。
ただ、心当たりがないシャオンにはどう反応していいのかわからない。そのため、詳しく話を聞こうと近づいた瞬間、
「共闘の件は姫さんの決定だ、仕方なく納得はするがそれでも近づかないでくれ、嫌な臭いがするんでね、生ゴミみてぇな生理的に無理な奴みてぇな」
彼は一歩後退り、拒絶の態度をあらわにする。そして兜越しからあふれ出る、いや隠そうとしない殺意がシャオンを襲ったのだ。
それは気のせいではなく、近くにいたスバルすら慄くほどだ。
「ちょ、ちょっとまてよおい! いったいシャオンが何したってんだよ」
「何もしてねぇよ、だから言っただろ? 悪いって。ただ1割くらいはお前さんの責任でもある、だからこれが譲歩だ。ああ、安心しろ……姫さんとの交渉については俺はなんも口出しはしねぇよ……まぁ、魔女教徒やり合うってのは尻尾を巻いて逃げてぇがそれをしたら姫さんが真っ二つにしてくるだけだろうしな」
アルはわずかに落ち着きを取り戻し、殺意を引っ込め敵意のみを残す。
「兄弟。これは最低限の決まりだ。こいつをなるべく俺の視界にいれるな、互いのためだ」
「……それを守れば共闘に異論はないんですね?」
「異論も何も姫さんが唱えさせてはくれねぇだろうさ、まぁ、これを呑むかどうかで俺のやる気には大きくかかわるわな」
冗談のように言う彼ではあるがその声色は真剣そのもの、であればシャオンが取る行動は一つだろう。
「わかりました、いいでしょう。善処します」
「お、話が早いのは助かる。それじゃあな」
こちらの了承を得ると、まるでその場から逃げるようにアルは去っていくだろう。その姿が見えなくなったあたりでスバルが小さく呟く。
「……いいのかよ」
「んー、まぁ生理的に無理って言うなら仕方ないんじゃないか。元の世界でもよく言われていたし」
気遣うような言葉にシャオンは明るく応える。
事実気にしてはいないのだ、申告があっただけまし、気に入らないから背後から襲うなどといった事態にならず助かったまである。
こちらの真意を読み取ったのかそれともシャオンの明るい様子にスバルの顔もわずかにほころび軽口で答える。
「おいおいお前の俺のトラウマも抉られるような話ならやめてくれよ?」
「あはは、いつか話して今後のお前のためにメンタルをきたえてやらないといけないな」
「お、おてやわらかに頼むぞ? マジで」
そう怯えるスバルを笑いながら、いつか元の世界での生活を互いに話し合えたらいいなと、思うのだった。
■
プリシラとアルデバランには別の場所で一度待機してもらって、シャオンたちは行商人たちが集まっている飲食店へと足を運んでいた。
今この場にいるのはレムとスバル、そしてシャオンだ。アリシアはもしも交渉が失敗してしまった場合の代案としてアナスタシアに竜車の交渉をしてもらっている。
スバルの情報では、特別なことが起きていない場合、頼りになる行商人がここにいるとのうわさではあるが──
「ここにいる商人と竜車──足を金で売ってくれる奴は、全員俺に買われてくれ!」
スバルの『商談』に顔を見合わせた行商人たちは、揃ってそれが冗談かなにかだとでも思ったのか、頬を厭味ったらしくゆるめてみせた。
が、スバルの意思を体現するように、預けられていた路銀の入った袋を掲げ、その口を開けて中身を見えるように巡らせるレムの姿に全員の顔色が変わった。
「く、詳しく聞かせてもらっていいですか!?」
そこからはスバルが話していた、オットーと呼ばれる少年を筆頭に、押し合いへし合いの立候補が始まる。
結果として、その中継地点にいた十四名の行商人の内、十名がスバルたちに同行することが決まった。
最初は話し合いも難航したが、オットーの提案でそれも綺麗に着地した。全員に損のないそのやり方は──、
「大型の竜車と車両を持つ四人に、それぞれの荷の運搬を委託。後日、アガリを分配、勿論組合を通した確実な分配……なるほど」
「ええ、これでだれも損せずに、一人だけが得をするということはないと思います」
異なる主張を取りまとめたオットーに、その場にいた全員がホクホク顔で賛成を示す。
ただ、提案者であるオットーが恐る恐ると言った様子で手をあげこちらに訊ねる。
「一つ聞きたいんですが、僕の油を買い取っていただけるのは嬉しいんですが、その他にも竜車の足が必要ってのはどんな理由なんです?」
「これから俺たちはメイザース領に戻るとこだ。一応、ロズワール辺境伯のとこで働いているって設定なんでな」
「ええ、存じ上げてますよ。『亜人趣味』のロズワール・L・メイザース辺境伯。爵位持ちのルグニカ貴族の中でも、かなり変わったお人とはうかがってますが」
「おいおい、言葉には気を付けろよ? ここにいたのがピンク色の髪をしたメイドだったら今すぐお前の顔も変わったものになっていたぞ」
ひぇ、と声を上げるオットーに小さく笑いながらもスバルは続ける。
「……ま、否定はしねぇところだよ。変態なのは事実だ」
「その辺境伯のお使いなのは信じるとしまして……竜車がご入り用なのはどうしてです? 正味、辺境伯でしたら自前の竜車もお持ちでしょう?」
「そりゃ当然、質がいいものがあるさ。だが今は、質よりも数がいるんだよ。乗せるものの量が多いんで、できたら車両の中は空っぽなのが望ましい。……オットーの場合は油も買い取りだから仕方ないけどな」
「感謝してますって。それで、運ぶ品物っていうのは……」
口元で笑い、手はこちらのご機嫌をうかがうようにすり合わされている、いわゆるごますりの状態だ。が、細めてゆるめた瞼の奥、その瞳は感情を凍えさせてこちらを覗き込んでいた。
スバルの語った辺境伯の使い、という身分を頭から信じてくれているわけではないらしい。その上で、身分の真偽に関わらず、運ばされるものの危険度が気にかかる様子だ。
それも当然の懸念といえるだろう。
辺境伯の従者であるという身分が真実であれば、外部の人間を雇って持ち運ばなければならないようなものを運ばされる。
逆に語った身分が偽りだとすれば、辺境伯の関係者を騙る連中の行いの片棒を担がされる羽目になる。最大限、彼が注意を払うのは当然だ。
そして、そんな疑念が理由で話を断られてはたまらない。故に、スバルは彼らを雇った理由を包み隠さず話すことにした。
「運ぶ品物っていうのはだな、人だ。つまり、人間だ。辺境伯の屋敷の近くに村がある。小さい村で、村民は全部合わせても百人はいない。その人たちを乗っけて、移動したい」
「……生きた?」
「当たり前だ」
死体を運ぶなんて事態想像したくもないし、させない。そのために今こうして竜車を借りようとしているのだから。
そもそも当初、オットーたちと遭遇する前の、エミリアとの合流を焦るスバルは完全に村人たちの逃げ足のことを失念していた。
これに気付くのが遅れていれば、最悪、エミリアを含めた屋敷の人間と、村の子どもたちだけを竜車に乗せて安全地帯へ運び、危険覚悟で複数回の往復を迫られたかもしれない。
スバルの言葉に不信感が否めないのか、困惑に眉を寄せるオットー。
「魔女教、ですか?」
苦虫を噛み潰したような、仕方なく口にしたとでもいいたげにオットーはその言葉を放つ。
オットーの確信めいたようなその言葉にスバルは内心驚きもあるが、エミリアの置かれている境遇を考えれば必然的にぶつかる問題だと思い直し、改めて肯定の意を込めて顎を引き、神妙な顔つきを作る。
「ああ、まぁ。ただ、それ以外にも、魔獣の問題もあるんだ」
「魔女教がらみなのは否定しないんですね……そして、魔獣ですか」
「あのあたりは昔から魔獣、ウルガルムが生息しててな。これまでは結界を張って、人と魔獣とで住み分けしてどうにか過ごしてたんだが……先日、結界を越え、被害が出た。けっこうな騒ぎだ」
「それで、念のために移動という話ですか? しかし……魔獣ならまだしも魔女教徒なると……」
渋るオットーの様子にスバルは聞こえないように舌を打つ。隠し事をしてしまい、後から露呈した場合の事態を考えた告白だったが、悪手だったかもしれない。
これは魔女教の世間からの影響を甘く見ていたスバルのミスだ。明らかに渋い顔をするようになったオットーにどう説明したものか考えていると、後ろでで控えていたシャオンがスバルの前に出た。
「シャオン──?」
一体何をするつもりだ、という言葉よりも先にシャオンの口が開き、いつかも感じた不思議な感覚と共にそれは起きた。
「”これ以上の説明はいらないでしょう? もう、疑問はないはずですが”」
僅かな発光と共に、シャオンが言葉を放つ。
それは脳を揺さぶられるような感覚。それは、まるで心臓を握られているような感覚。そんな嫌な感覚に陥る。
思わず唖然とするスバルを他所に、事態は進んでいく。
「──そうですね、もう疑問はないです」
先ほどまで渋っていたオットーの様子はシャオンの言葉を受けて反転した様に、変わる。その瞳は焦点があっているようであっていない、まるで酒に酔っているかのようにも見える。
しかし、スバルにはどうしようもできない。
そのままシャオンとオットーがいくつかの言葉を交わし、納得した様に離れていく。
そこでようやくスバルはシャオンに話しかけることが出来た。
「おい、シャオン?」
まるで、普段となんら変わらない様子で彼はスバルに向き直る。
その様子にスバルは言いようのない寒気を覚え、喉の奥で小さく音のようなものがなる。
――目の前にいるのはヒナヅキシャオンなのだろうか?
ふとそんな疑問がスバルの中によぎるが頭を振り、否定する。
「時間がないのもあるが、話がこじれてしまう恐れがあったからな。乱暴ではあったがこの方がスムーズだ」
事実、魔女教の話を出した瞬間オットーの雰囲気が若干ではあるが変化した。あれ以上話を続けていけば最悪の場合この交渉もなかったことになるなんて展開もあっただろう。
そうなってしまえばスバルに解決の策は思いつかない。起きるのは殺戮と、そして八方塞がりのループがまた始まる。だから、
「どうしたスバル? 何か間違っていたか?」
「──何でもねぇよシャオン、お前は、間違えてねぇ」
だが、確実に何かが変わってきている。それを理解できているのは──
「いや、今は、目の前の問題だよな、そう」
──自身の手の小ささはもう十分にわかっているのだ。多く掴もうとすると溢れていくのも身に染みている。だが、
「だけど、諦めはしねぇ。確実に一つ一つ掴んでいくぞ」
言い聞かせるようにスバルは拳を握りしめ、出発の準備をし始めた。
お久しぶりです!
2期のPVで再燃焼しました!始まる前に3章を終わらせたいなぁ