Re:ゼロから寄り添う異世界生活   作:ウィキッド

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遭遇

 交渉が終わってから小一時間が経過した頃、シャオンたちは竜車を使い、現在メイザース領へと向かっている最中だ。

 四台の竜車にそれぞれの積み荷を移し、荷台の軽くなった竜車と商人が九人。油を積んだままのオットーを加えて十人が同行者だ。スバルとレム、シャオンとアリシア、プリシラとアルデバランが乗る竜車を合わせて十三台――かなり窮屈になるが、村人全員を乗せることも可能であるはず。

 

「いいんすか? せっかく高価な竜車を借りれたのに譲って?」

「ん? まぁ俺はいいかとおもうけど」

 

 アリシアがアナスタシアから借りてきた竜車はロズワール邸にあるものと相違ない、いや若干ながら彼女の有する者のほうが上等だろう。

 機嫌を損なわせない様にプリシラたちへと譲ったわけだが「まぁまぁじゃな、乗ってやろう」という、恐らく悪くないであろう評価を得たわけだ。

 恐らくそれがアリシアにとって気に入らないのだろう、若干拗ねたように頬を膨らませている。

 

「シャオンがそれでいいなら別に強くはいわないすよ? ただ!あの乗り心地は一度体験してみたほうがいいっすよ?」

「おいおいやめろよ、乗れないんだから」

 

 不満げな目線を流しながら、今後の流れと現状を整理する。

 宿営地に残り、朝方になってから王都に向かうという残留組と別れ、竜車は夜半の内に街道を出立する。

 先陣はオットー、スバルとレム、それにシャオンとアリシアだ。ちなみに交渉相手であるプリシラたちは最後尾にいる。

 

「夜半の間も走り続けて、メイザース領に入るのは朝方過ぎってところですかね」 

 

 竜車で並走するオットーが、こちらを横目に見立てを伝えてくる。

 不思議なことにそれほど声を張っている様子がないのに、それでもこちらに声が届く。どうやら地竜が持つ風の加護とやらの効能らしい。風や揺れの影響を受けないということは、こういったことにまで干渉するのだろう。

 ある程度の効果範囲はもちろんあるだろうが、声を張る必要がないのは素直に助かる。

 頷き、「休憩なしで悪いな」とスバルが答えると、

 

「いいええ! 文句なんてありませんとも。在庫処分ができる上に、運賃も弾んでもらえるとなれば僕は無敵です。三日三晩、走り通したこともありますよ!」

 

「……交渉終わった後、倒れないでくださいよ?」

「もしもそうなったら俺らは無視しておいていくからな?」 

 

 シャオンとスバルのツッコミにオットーの体が一瞬びくりと跳ねる。

 

「ま、まっさかー!」

 

 目を四方八方に泳がせながら、うろたえるオットーに苦笑し、それからシャオンは手綱を握るアリシアの方へ声をかける。

 

「アリシアもきつくなったら変わるからな、正直に言えよ?」

「鬼族の体力をなめないでほしいっすね、まぁそうなったら勿論遠慮なく言うっすよ……それにしても」

「どうした?」

「んー、なんかシャオン優しくないっすか? 気味悪いっすよ?」

 

 何気ない言葉だったのだろう。だがシャオンは少なからずとも動揺し、思わず言葉に詰まってしまう。幸いにも彼女が前を向いて竜車の手綱を操っていたおかげでこの表情を見られなかったのだが、きっと面白い表情を浮かべているに違いないだろう、今のシャオンは。

 それは、たぶん前の世界での惨劇を、彼女の死を覚えていることに起因する。

 別世界の話、もう終わった、どうにもならない話だとシャオンの中で切り捨てていたこと。その切り捨てが甘く、きっとそれが出てしまったゆえの過保護さだ。

 だが、それをアリシアは気味悪いとは言うが感じ取ったのだ。

 だったら、シャオンが今とる行動は、

 

「OK、交代はなしって意思表明ありがとさん」

 

 小さく笑い、ごまかすことだ。決して悟られてはいけない、悟られてしまっては――

 

「ちょ! 冗談っすよ!? わー! 優しいシャオンさんがいいなー!」

「あはは、面白いお二人ですね……うん」

「ああ、ウチの屋敷でも有名なバカップルだ」

「レムとスバルくんも負けてませんよ?」

「張り合わないで、照れる!」

 

 そんな会話を聞いたオットーやスバルを含め、周囲の商人は楽し気に笑うだろう。

 まるで、この暗闇を吹き飛ばしてくれるような明るい雰囲気がそこにはあった。

 

 

 

「そろそろ、街道の分岐点に着くはずですが。明るければ間違えるはずのない道なんですけど、今は結晶灯の明かりだけが頼りなので」

 

 言いながらレムが指差すのは、今も一心不乱に地を蹴る地竜――その太い首下に取りつけられた、光を放つ結晶灯の灯火だ。

 外灯などの照明装置が存在しないこの世界において、夜の視界確保はラグマイト鉱石の輝きか原始的な松明などの炎の光。あるいはもっと自然的に月明かりといった頼りないものに委ねる他にない。

 夜目の利く地竜にとっては、そのラグマイト鉱石だけで十分に道を誤らずに走れるのだとは思うが、

 

「生憎、俺たちにはほとんど見えないも同然なんだよな。御者台にも小さいのがついてるっちゃついてるが、手元しか見えないし」

 

 竜車の車両内には専用のものがあるが、それも御者台にまで光を届かせるほどのものではない。ともあれ、

 

「それで、道がわからなくなったって話なのか?」

「いえ。道がわからなくなる前に、地図を確認したいんです。スバルくんの足下の荷の中に、地図が入れてあるので出してほしいんですけど」 

 

「足下、これかな」

 

 スバルは暗がりをごそごそと爪先で探り、足に当たったそれを手繰り寄せる。

 けっこうな重さのそれを膝の上に抱え上げ、中に手を突っ込んで物色してみるが、 

 

「暗くて自信がない……地図が見つかってもこの暗さだと見えないんじゃないか?」

「鬼の夜目は、親父だったらこれくらい平気なんすけど……レムちゃんやアタシは夜目に関しては別にそこまで自信があるわけじゃないっすからね……」

 

 どうしたものか、とレムが表情を曇らせる。と、ふいに暗がりの中でシャオンの頭に閃くものがあった。そういえば、

 

「スバル、これ使え。中にスマホがある」

 

 スバルに声をかけて、シャオンは自分の私物の入った方の小袋を持ち出す。

 中には日常品などが収納されているものだ、その中にあるであろう求める感触を探して手を掻き回し、

 

「見つけた」 

 

 抜き出したスバルの手の中にあるのは冷たく固い感触。

 持ち主であるシャオンを除いて取り出しても暗がりでそれを確認できないず、首を傾げるが、スバルはそれを手の中で慣れない操作ながら、電源ボタンを押し込んだ。

 

「おい、パスワードは?」

「4649だったかな」

「ひねりねぇな……お、ほんとだ」

 

 しばしの沈黙のあと、画面に浮かび上がる『起動』のエフェクト。それからきっかり一秒のあと、スバルの手元が眩い光によって一気に照らし出された。

 パッと明るくなる光景に、レムが驚いたように眉を上げて、

 

「スバルくん、それって?」

「んー、シャオンが持ってるもう一つのミーティア。価値はどっちが上なんだろうな」

 

 異世界召喚初日以来の起動に、切れかけの電源ながら携帯は眩く輝いていた。

 スバル同様、シャオンがこの世界に落ちてきたとき、持ち込めた元の世界の物品のひとつだ。使えるのは、バッテリーの持つ限りという限定条件付きだが。 

 

「まさか明かり扱いで役立つ日がくるとは思わなかったよ、プリシラ嬢との交渉でスバルが使ったことで思い出せたよ」

「本来だったらかなりの値が張るものなんだけどな、ほらレム。照らしておくから、地図見てみ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 本来とは異なる使い方で文明に感謝し、スバルは荷物の中を照らし出す。光を当てられた鞄の中、丸められた地図をすぐに見つけて取り出すと、スバルは地図をレムの膝に差し出して、上から照らす。

 

「シャオンさん、なんですか、それ。見たことありませんけど」

 

 裏返りそうな声を出し、スバルに渡したスマホに興味津津でいるのはオットーだ。

 持ち主であるシャオンに話を聞きたいのかこちらの竜車の左につけたオットーは、身を乗り出すようにして小声で話しかける、

 

「見たことない結晶灯……いえ、結晶じゃないような。というか、そもそも素材が見たことないんですが」

 

 普段ならば、彼らに丁寧に解説してもよかったが、話がこじれてしまうと困る。

 首を横に振り、説明を欲しがっているオットーにシャオンは「申し訳ないけど」と前置きし、

 

「辺境伯に持たされてる秘密の道具。詳しいことは聞かないでくれると助かる。顔見知りが死体となって再会する場面は見たくない」

「うわぁ、なんですか、そのお金の臭いしかしない裏事情は……詳しく――」

 

 そんな会話は「わかりました」と声を上げたレムに遮られる。

 彼女は地図から顔を上げると、進行方向の先を指差し、

 

「もう少し走った先に、フリューゲルの大樹があります。そこから北東に向かう街道に沿っていけば、メイザース領に入れるはずです」

「「フリューゲルの大樹?」」

 

 聞き覚えのない単語にスバルとシャオンが首を傾げると、アリシアが「知らないっすか?」と小ばかにしたように指を立てて、

 

「フリューゲルの大樹っていうのは、リーファウス街道の真ん中にそびえるとってもでかい木っす。なんでもかなーり前、フリューゲルって賢者が植えたって伝承が残ってらしいっす」 

「それでフリューゲルの大樹ね。なんで植えたのかとか、そのあたりの事情は伝わってないのかよ」

「数百年も前の話っすからね。それにフリューゲルも、樹を植えたって話以外になにをしたのかイマイチわからない人っすからね」

「それのどこが賢者……?」

「あはは、その時代の人間に聞かなきゃわからないですよ……ほら! みえてきましたよ!」

 

 オットーの言葉を受けて、次第にシャオンの目にもはっきりと、夜の向こうにそびえ立つ大きな樹木があるのが見えるようになってきた。

 

「なるほど……これは、すごい」

 

 『樹齢千年』クラスの大木がそれに匹敵するだろうか。そんな大木がこちらを見下ろしていた。この世界では元の世界と植物の成長速度に違いがあるのか、短い期間ながら彼らに匹敵する雄々しさが大樹にはある。

 見上げても頂点が見えないほどの高い幹。天に突き立つように伸びる枝の数は膨大で、生い茂る葉もそれに相応しい量を誇る。太くたくましい幹を支えるのは、のたくる大蛇のように地を這い、大地に沈む根の数々だ。

 大森林の中にあれば目立たないが、平原の中に一本だけ立っているのだから、目印としてこれほど目立つものはあるまい。

 

「ハチ公前みたいな感じだな」

「あー、確かに」

「なに訳わからないこと言ってるんすか、ほら、揺れるっすよ」

 

 その大きさに呆気に取られ雑な返事をしてしまうシャオンを横に、アリシアは手綱をさばいて竜車の進路をわずかに変える。

 これで地図通り、北東方面に走ってメイザース領へ入るのだろう。

 

「電池が残ってて、気持ちに余裕があったら写真残しておいたな。シャオン、使っていい?」

「やめとけ、無駄になるだろ」

 

 電池残量がひとつしか残っていないスマホ。写真を撮った瞬間に電源が落ちるなんてあり得るかもしれない。気持ちはわかるがスバルには諦めてもらおう。

――ふと、オットーの反応がないことに気付く。スマホの話題に真っ先に食いついてきそうな彼が沈黙を貫いているのだ。

 やはり夜中走らせるのは無茶だったのだろうか、もしそうだったら事故を起こされては貯まったものじゃない。

 変わろうかと、話かけようとした瞬間に、

  

「オットー、少しやす……たぁ!?」

「すいません! 一度止まります!」

 

 勢いよく、竜車が走行を止めた、いやオットーが止めさせたのだろう。

 続いて後続の竜車も続くように止まっていく。ぶつからずに済んだのは僥倖だ。

 一体何かトラブルがあったのかとでもオットーに聞こうとしたとき、先に彼が口を開いた。

 

「――――お、お二人とも。すいません、確認してもらいたいんですが」

 

 急に竜車を停止させたオットーは震える声で道の先を指差す。

 

「僕の目の前に、何がいますか?」

「はぁ? なにって――」

 

 何も、いない。

 そう口にしたかったのだが、オットーの様子がそれをさせなかった。

 顔は青ざめ、額からは粘っこい汗が垂れ堕ち、声になった子とも奇跡だというほどに歯はカチカチと音を立てていた。 

 明らかに冗談や、気の所為ではない。目を凝らすと、何かが見えた。

 

「――僕の前に、何かがいたとして、それは”生物”ですか? なんなら人間とか?」 

「……いや、人ではねぇよ、少なくとも」

「酷い、死臭がするな」

 

 それは暗闇に紛れてはいたが、確かに存在していた。そこに、潜んでいたのだ。

 シャオンにはわかる、この臭いを放つのは、人間ではない。化け物だ

 

「あらぁー、流石に人扱いされないのはぁ傷つきますねぇ」

 

 間延びした声は幼さを感じさせるが、近づいてくるに声の主は大人の女性だとわかる。

 珍しい黒色の髪を二つに分けて結び、ずれた眼鏡と、髪についている桃色の花飾り以外はアクセサリーというものは身に着けていない。

 薄縁眼鏡のレンズ越しに見える、眠そうな目蓋からは髪と同色の瞳がわずかに見えていた。

 

「どうもー、夜分遅くにこんばんはー」 

 

 ぞわり、と虫が蠢くような不快感を覚えるのは気のせいではないだろう。 

 彼女の放つ声は心が揺れるような、そんな独特な声色だった。 

 

「……おいおい、ランダムエンカウントとか聞いてねぇぞ」

「こんな大勢でどちらにー? あまり予定から外れてしまうと困るのですが―?」 

 

 リーベンス・カルベニア。

 魔女教の一人であり、ルカの母親でもあり、そして何よりシャオン達が超えるべき壁の一つがそこにいた。

 




ヒント:オットーが真っ先に気付いたのが、リーベンスの能力の鍵に……

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