Re:ゼロから寄り添う異世界生活   作:ウィキッド

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異形、3体

「魔女教徒……!」

「おや? ご存知ですかぁ、そうですよぉ私が――」

 

 それ以上の言葉は聞きたくないとでも言いたいのか、レムの右足がリーベンスの顔面を踏み抜いた。

 鬼の力を全力に振り絞って放たれた一撃は容赦なく彼女の体を遠くへと弾き飛ばす。

 止める気など毛頭なかったが、声をかけるスキすら与えてくれないほどの速さに、シャオンは思わず舌を巻く

 

「ちょ、まじっすか?」

「シャオンくん、スバルくんをお願いします」

「あ、ちょっと! 待ってくれっす!」

 

 駆け出すレムを追いかけようとアリシアも走り出す。

 シャオンも追いかけようとした瞬間、黒い外套の集団が行く手を遮った。

 もう何度その命を奪ったのだろう、忘れることはない、魔女教徒だ。奴らがシャオンに後を追わせないように動いた。 

 

「アリシア! レム嬢を……俺もあとから行く」

「合点承知の助! で、あってるんすか? 使い方」

 

 そんな言葉を口にしながら闇に消えていったレムを追いかけアリシアも姿を消す。

 現在この場にいるのは、シャオンとスバル、それに顔を青ざめ、しゃべることすら困難なオットーだ。

 後方にいるプリシラたちに事態を伝えたいが、魔女教徒はそれをさせない様に止めたこちらの竜車を取り囲んでいる。いずれ、彼女たちも事態に気付くだろうが、時間はあまりない。

 あのリーベンスは普通の魔女教徒とは違う。実際にシャオンは見てはいないが、スバルは前回の世界でその実力を見ているのだ、二人が負けるとは思いたくないができるのならば早く自分も加わって万全を期したいのだ。

 しかし、

 

「スバル、俺の傍から離れるなよ」

「ああ、情けないけどヒロインムーヴを見せつけてやるよ……頼むぞ」

 

 いま一時的にこの場を切り抜けてもこの魔女教徒にいつ狙われるかわからない危うい場所で、スバルとオットーを置いていくことになる、置いて行かなくても彼女との激戦の場に連れていってしまうことになるだろう。

 であれば、ある程度この場で引きつけて隙を見て後方にいるプリシラたちへと応援を頼みに行く。そうするのがきっと最善だろう。

 

「な、なんでこんな、ことに」

「……ほんと可哀想だけど命は保証するから耐えてくれよ」

 

 完全に巻き込んでしまったオットーに同情の意を示しながら、拳を握り、二人の前へと降り立った。

 

 弾き飛ばされた先、土で汚れた服を手ではたき落としながら女、リーベンスは不満げに言う。

 

「乱暴ですね、名乗っただけなのにいきなり蹴りを入れられるとは、常識ないんじゃないですかぁ?」

「お前らに対してそんなものは必要ない、魔女教め」」

 

 啖呵を切るレムではあったが目の前の女、リーベンスの様子に違和感は拭えない。

 レムの一撃により、つけていた眼鏡は壊れてはいるが、それ以外のダメージがないのだ。

 

「待つっすよ、レムちゃん!」

 

 遅れてきたアリシアの姿を見て、レムは彼女の傍へと下がる。

 そして、アリシアの姿を見たリーベンスは驚いたような表情を浮かべ、次いで優しそうな笑みを彼女へと向けた。

 

「あら、お久しぶりですねぇ、アリシアさん」

「……本当に魔女教なんすね、リーベンスさん」

「ええ、証拠でもお見せしましょうか?」

 

 そう言って彼女が懐から取り出したのは黒い装丁の本。

 アリシアでも話に聞いたことあるそれは”福音”というものだ。

 魔女の復活のための道標が記載されているとか、自然に記述が増えていくなどの噂があるがそんなことよりも今確定している事実は1つ。

 

――リーベンス・カルベニアは魔女教徒であることだ。

 

 その事実にもやはり納得ができずアリシアは叫んだ。

 

「なんでっすか!? リーベンスさん、貴方は優しい人だったはずっすよ! 少なくとも平気で人の命を奪えるような、そんな人間じゃ……」

「えぇ? アリシアさんとは仲良くはしていましたが、過ごした時間は一日にも満たないじゃないですかぁ? それでそんな評価されましてもぉ」

「る、ルカちゃんは、どうなるんすか。お母さんの帰りを待ってるんすよ……?」

「――どちらさまですぅ?」

 

 その言葉にアリシアの思考が完全に停止した。

 しかしリーベンスは思い出したかのように手を打ち、話を続けた。 

 

「あ、もしかしてこの体の持ち主のことですかねぇ。記憶は引き継げるから、娘さんの名前は利用させていただきましたぁ」

「どういう、こと」

「いやいや、潜入するためにちょうどいい体がなかったので拝借したんですよぉ。邪魔だったからもう”中身”は空っぽですけど。たまーに、記憶が残ってるのか引っ張っられるときはあるんですよねぇ……あ、最期まで娘の名前を叫んでましたねぇ、思い入れが強すぎると情が移っちゃうんですよね」

 

「そのほうが演技がばれにくくて好都合ですが」と、続ける彼女の言葉はアリシアの頭には入ってこない。

 

 レムが、拳を握りしめながらこちらへ語り掛ける。

 

「アリシアさん、こいつらはそういうものなんです……平気で人の人生を踏みにじり、あざ笑う。なによりたちが悪いのがそれを悪とも思わない。それが、魔女教徒なんです」

 

 レムの言う通り、アリシアは認識が誤っていた、噂通り、目の前で、アリシア自身が対面することで理解ができた。こいつらは、生きてはいけない存在だ。

 

「――殺す」

 

 呟きは小さく、ただ、氷のように冷たい殺意を抱きながらアリシアは手甲を打ち鳴らしたのだ。

 

 先手を切ったのはレムの鉄球だ。

 空気を切り、襲い掛かるその一撃は喰らえば弾き飛ぶほどの威力をもっているだろう。しかし、

 

「危ないですねぇ、では。巻き起これ旋風、疾風、黒い刃!」

 

 まるで指揮者のように指を振るいながらリーベンスは笑う。

 どこからか吹いた黒い暴風が鉄球を弾き、目の前の地面をカマイタチの様な後を残し、削り取る。

 その風に当たれば熟れた果実のように容易に自身の体はつぶれるだろうだが、指の動きと連動しているそれは避けるのはたやすい。

 さらに、鬼族であるレムとアリシアにとっては攻撃をする余裕すら生まれてくる。

 

「ヒューマ!」

「どこ狙っているんですかぁ?」 

 

 攻撃をかわし、レムの腕から放たれた氷のつぶてはリーベンスに当たることはなく、散らばる。

 ずさんな魔法を馬鹿にしたかのようにリーベンスは笑う。だが、

 

「いえ、狙い通りですよ。魔女教」

 

 返すように笑みを浮かべながら、レムは鉄球をリーベンスへと振るう。

 彼女は奇妙な動きで体を進ませ、その一撃を躱す、いや躱そうとした。

 

「おや?」

 

 リーベンスの体が硬直し、つんのめるような体制で止まった。

 自らの足を止めた原因は一体何かと、視線をそちらに向けると、足元が氷によって地面へと縫い付けられているのを目にした。

 レムは最初の一撃でリーベンスを直接狙うのではなく、まずは足を奪ったのだ。それを知らずに動いてしまった所為で、リーベンスの態勢は崩れ、いわゆる隙だらけの状態にある。彼女もそれを理解しているのか慌てて体を起こそうとしたが、すでに遅い。

 態勢が崩れたリーベンスの前に、アリシアがすかさず近づき、

 

「つぶれろっ!」

 

 そんな乱暴な言葉と共に彼女の顔面をアリシアの拳が下から撃ち抜く。

 溜めをしっかりと含んだ一撃はリーベンスの鼻頭を確実に削り取った、しかし。

 

「───吹き飛べ」

「っ!?」

「レムちゃん!?」

 

 瞬間、レムの体がまるで何かに殴り飛ばされたかのように遠くへ弾き飛ばされる。

 アリシアが思わずそちらへと顔を向けたときに、ぞわりとした嫌な予感を感じアリシアは今いる場所から飛びのこうとする。

 その瞬間、アリシアのいた場所に数本の黒い触手のような、腕が突き刺さっていた。

 

「女性の顔を殴るなんてひどくありませんかぁ?」

 

 獲物を捕らえられなかったのが気にいられなかったのか、伸びた黒ずんだ腕は休む間もなくアリシアを掴もうと伸びる。しかしその動きは彼女にとっては止まっているにも等しく、簡単に避けることが出来る。

 ただ、

 

「腕が伸び――っ!」

 

 いくら動きが遅くても、予想外の動きに対応ができるかどうかはまた別の話。伸びきった腕からまた別の腕が生えてきたのだ。

 確実に逃げきれたと思ったアリシアだったが、その黒い手に足首を掴まれ、額から地面へと叩きつけられる。

 人間にはできないその攻撃に驚きながらも、いまだ足首を掴む黒い腕を無理矢理引きちぎり、アリシアは距離を取りつつレムの元へと近づく。

 

「あらら、とれちゃいましたねぇ」

「……レムちゃん、大丈夫っすか?」

「なんとか、ただ今何をされたのかがわからないのが不気味です……」

「不気味ってぇ、そんな言い方されるとへこみますねぇ、よよよ」

 

 泣きまねをしながら、リーベンスが複数に分かれた腕を振り回し、こちらへと一気に距離を詰めてくる。

 レムを襲った正体不明の一撃、アレを解明するか、それか短時間で仕留めきるか。

 

「個人的には慎重にいきたいんすけど……」

 

 状況と相手が問題なのだ。

 リーベンスは魔女教徒。であるのならば自分たちを狙う理由は限られてくる――ハーフエルフであるエミリアの存在だ。

 魔女教の悪行は知っている、アリシア自身直接見たわけではないが、聞いた話だけで思わず吐き気を覚えたほどに記憶に残っている。

 奴らがエミリアと出会えば、いやアーラム村に入った時点で待っているのは屍と絶望の山。

 レム曰くロズワールはいま村にはおらず、戦力として数えられているのはラムとエミリアだ。決して弱くない二人ではあるが、魔女教徒と戦うならば数が足りなすぎる。早く応援に向かわねば魔女教には勝てないだろう

 

 ならば――こいつにかけられる時間は少ないほうがいい。

 

 そう判断したアリシアは、意識を集中させて周囲のマナに語り掛ける。いや、それは語り掛けるのではなく、無理矢理命令しているのだ。

 彼女の額から、金髪をかき分け二対の光る角が生え、空気が吠える。角を中心に周囲のマナをねじ伏せて従わせ、自らの戦闘力を大きく高める。空気が冷たくなり、普通の精神力の持ち主ならば踵を返して逃げ去るのだろう。しかし目の前にいるのは狂人、常識は通じない。レムもアリシアと同じ考えに至ったのか、共鳴するかのように鬼化を行う。

 高まるマナ、空気を震わす唸り声、立ちふさがる2頭の鬼、その様子を見て、リーベンスの表情がわずかながらに、狂喜に歪んだ。

 

 

「鬼、そう、そうか。鬼、鬼ねぇ……ああ――感謝します! このめぐりあわせ!」

 

 くつくつと喉を鳴らしながら笑うリーベンス。

 天を仰ぎ、目を見開いた感激の意を示す彼女。もう正気など残されていなかった彼女だが、今までとは明らかに違う。

 その様子にアリシアは何か言いようがない恐怖を感じ、行動をする前に駆け出し、拳を振るう。

 

「シッ!」

 

 抵抗も、回避もなく彼女の体へ届いた拳は彼女の態勢を崩し、地面へと倒れさせる。そして反撃の暇を与えさせない様に、拳を振るっていく。

 右の拳が女の胸を、左拳が女の脇腹を、それぞれ骨と肉のひしゃげる音を立てて貫いたのを感じる。

 耳元、目の前、上下左右、自分の咆哮、衝撃音、入り混じりすぎて音では世界を正しく認識できない。だが、確実に攻撃だけは当てていく。短く息を吸い、怒涛の攻撃をぶつける、ぶつけきる。女の左腕が動く前にこちらの腕が振られて、鈍い音が連鎖する。

 

「アリシアさん!」

 

 呼びかけられた言葉にアリシアは連撃を止め、勢いよく飛びのける。

 直後冷気がその場を支配し、轟音と共にレムの魔法が放たれた。

 

「アルヒューマ!」

 

 十分にためた魔力は数メートルにも及ぶほどの巨大氷柱を生み、その殺意の塊が動かないリーベンスの胴体を貫き、串刺しにする。

 威力の大きさからか、周囲は土煙が起き、様子はうかがえない。

 だが、あのタイミングでは回避はできないだろう。その推測を証明するかのように、先の一撃の後を最後に反応がない。

 

「おわった、んすかね?」

「いえ、わかりません。でも、警戒は怠らない様に」

「とりあえず竜車に――は?」

 

 最初に見たのは穴の開いた自分の身体。

 小さな穴が複数開き、栓をなくしたそこから止まることなく流れるのは赤い液体。

 レムとアリシアは遅れてくる激痛と共にようやく理解する、自分の体の中から、何かが飛び出したのだ、と。

 

「あら、あらあら、あらあらあら、素晴らしいですねぇ、その顔」

 

 間の抜けた声の主はリーベンスだ。

 巨大な氷柱から無理矢理抜け出したのか、胴体が辛うじてつながっているその姿は満身創痍そのものだ。

 しかし、すぐにその体の穴は埋まっていく。肉が盛り上がり、蠢き、元に戻るその姿は明らかに異形。亜人である自分らよりもよっぽど人間離れしており、恐怖を覚えた。

 

「驚愕、唖然、理解、苦痛。焦りに恐怖、ああ、いい表情の変化ですねぇ……」

「いったい、なにを」

「あなたたちはどうやら、私の通常の術では効果がなさそうなので……腹立たしいけれども卑怯な手を使いましたぁ……ああ、でも、勝敗は最初から決まっていたんですよぉ、ごめんね?」

「――っ!」

 

 何かの攻撃をされた、ならば攻撃の隙を与えない様に、速度重視で攻撃をする。

 そう考えた駆け出そうとしたアリシアの足を、鉄球を振るおうとしたレムの腕を何かが貫く。そして、腕が、足が、あり得ない方向に捻じ曲がる。

 体の中の臓腑がかき混ぜられ、”なにか”が自身の体の中で暴れまわっているのを感じる。

 

「がっ、あああああっ、ぁああ!!」

「んー、いい声……さぁ! せめて、せめてその汚い魂を試練のために捧げなさい! 司教様に、シリウス様に、魔女に、そして何より――」

 

 周囲に響く悲痛な叫び声を受け、高ぶる声に混ざる高揚感、そして顔を喜びに赤く染めてリーベンスは笑う。

 虫のは音にも似た笑い声、それが――

 

「何、より? 何のために?」

 

 ふいに止まった。波紋を作っていた水面が急に消えた様に、それは突然のように消えたのだ。

 それと同時に浮いていた二人の体が地面へと落とされる、それは叩きつけるようなものではなく滑り落ちたかのような、そんなものだ。

 

「な、なにが?」

「私はシリウス様のために、だからペテルギウス様の試練を手伝って? でも、あれ、私って」

 

 事態の把握のために顔をあげたアリシアは、ぶつぶつとつぶやくリーベンスを見る。

 その様子は今までの雰囲気とはまるで違い、明らかな動揺、混迷、そしてなにより泣きそうな表情を浮かべていたのだ。

 しかしそれもわずかな間だけ、すぐに瞳に狂気を宿す。

 

「何かもっと大切なものが……いえ、違いますね。そう、すべては試練のために、捧げましょう」

 

 アリシアとレムの体が、再びねじれ始める。

 今度は、先ほどまでの熱もなく、ただただ決められたシナリオ通りこなしていく。

 それはまるで、何か嫌なものから逃げるように、思考を続けない様な焦りを持った行動。だから、だからこそ近づいていた彼の存在に気付くことが出来なかった。

 

「え?」

「――何が汚い魂だよ」

 

 男性には珍しい長い髪をたなびかせながら、飛び込んできた勢いをそのままに、彼は拳を突き出す。

 意識外からの一撃を避けることは叶わず、骨の折れる音と共に真横へリーベンスの体が飛ばされる。

 一度、二度跳ね、転がりようやく止まり、先ほどまで二人を襲っていたねじれも治まった。

 

「十分綺麗すぎて試練にはもったいないっての、なぁ?」

「ほんとっすよ……てか余裕そうっすね、わざと遅れてきたとかないっすよね? なんていうか、狙っていたみたいで腹立つ」

「まさか、これでも急いでいたっつの」

 

 そう、タイミングよく現れた男、シャオンは小さく笑ったのだ。

 


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