「さて、今ので倒せてはいない、気張ってくれよ二人とも」
「ありがとうございます……」
「ずいぶん余裕っすね、頼りにしてもいいんすか?」
癒しの拳で二人の傷を治しながら、アリシアの軽口に割らないながら応える。
「いや、ごめん。正直虚仮だよ、結構きついから本当に気張ってくれ」
「スバルは今プリシラ嬢を起こしに行ってる、もう少しで来るとは思うけど」
「寝てるんすか……」
呆れたアリシアが、ふと戦闘態勢を取る。
その原因は、当然。
「――あたた、今のはききましたよぉ?」
折れたはずの首の骨をそのままに、千鳥足のようなふらついた足取りで迫りくる狂人。
だが次の瞬間、
「あー、あー、治れ……”なおれ”」
彼女の言葉が発せられたと同時に折れ曲がっていた首がまるで何事もなかったかのように元の位置へと戻る。
その治癒速度はフェリスよりも、そして自分の癒しの拳よりも早いものだ。
「治療魔術使えるのかよ……」
「いえいえ、そんな大層なことはできませんよぉ。今のは魔法というよりも、正確にはぁ、”言霊”の利用ですしぃ」
言霊。
声に出した言葉が、現実の事象に対して何らかの影響を与えると信じられ、良い言葉を発すると良いことが起こり、不吉な言葉を発すると悪いことが起こるという。
元の世界でも普通に存在するといわれていた事象、それが今目の前の存在の口から発せられた。それに少なからず動揺を覚えたが、そんなシャオンの動揺を知ることが出来るのはスバルくらいだろう。
案の定リーベンスは気にせずに話を続けていく。
「私の出身地であるグステコでは呪術が盛んでしてぇ、魔法とは少し違う力についてはお手の物なのですよぉ」
「解説どーも、そんなにネタバラシして大丈夫ですか? それで負けたら恥ずかしいですよ」
「説明すれば説明する分強くなりますからねー、理解力に作用されるんでぇ。ほら、今ならこんなことが出来るんですよぉ」
リーベンスは両手を下から上へと振上げ、呟く。
「抉れ、隆起せよ」
声に呼応するように目の前の地面が大きくめくり上げられ、津波のように3人に襲い掛かる。
「何でもありかよ!」
岩ごと押し上げて襲い掛かる土の波。巻き込まれてはただでは済まないだろう、迎撃してもすべては破壊できないだろう。
3人はそれを即座に判断し、勢いよく飛びのく。
「ほらぁ? 串刺しですよぉ? 浮いた状態で躱せますかぁ?」
まるで待っていたかとでも言いたげに、空中に数十本の黒い槍が生まれ、シャオンに襲い掛かる。
「舐めるなっ!」
不可視の腕を発動し、槍を全て撃ち落とす。
そして、その勢いのまま不可視の腕の勢いを使ったまま、地面を抉り、土煙を起こしながらリーベンスの視界を封じる。
「レム嬢!」
「エルヒューマ!」
呼びかけでシャオンの狙いを理解したレムが、氷の破片を作り、殺意のこもった速度でリーベンスへと向かう。
ただ視界が不確かな状態で放たれたレムの魔法は見当違いの方向で飛ばされる。
「甘い! アルフーラ!」
シャオンの放つ暴風がその氷の破片をリーベンスへと導く。
変則的なその動きに流石のリーベンスも対応ができなかったのか、数本の氷柱がその胴を貫いた。だが、そのまるで痛みを感じていないのか突き刺さった氷柱を乱暴に抜き捨てた。
「あらら、ならお返しに――」
何かをシャオンへ飛ばそうとした瞬間、初めてリーベンスの表情が驚きの色を見せた。
滑り込むように、リーベンスの懐へアリシアが潜む。
体制は崩れ、強い一撃は放てないだろう。だが、
「とった」
アリシアは飛び上がり、手甲をリーベンスの顔面にぶつける、しかしその一撃は今までのように吹き飛ばすような一撃ではなく、触れる程度の物。
瞬間、爆発音と共に赤く光るそれは、『火』のマナが込められた炸裂弾のようなものだ。それが――顔面で爆発。火の魔鉱石を使用した一撃だ、少なくとも、人間だったら無傷では済まないだろう。
「とっておきの魔鉱石を直接浴びたら、流石に効くっすよね?」
閃光を直接見てしまったことにより若干目に痛みを覚えるが、なんとか気を保ち真正面を見る。
火薬臭さが取れない煙が晴れ、そこにいたのは
「あはぁ、油断しましたぁ」
「────」
その光景を見て、レムは、アリシアは、シャオンは絶句する。
結果から言おう、リーベンスは生きている。
だが、無傷ではない。
鼻より上が消滅し、その先の夜の風景がしっかりと見通せる。確実に攻撃は聞いたはずだ。
しかし、その穴は彼女の言葉と共に、肉が盛り上がり塞がっていく。
3人の組み合わせた攻撃は、一瞬でなかったことになったのだ。
「でもぉ、じり貧ですよねぇ。それはこちらとしても困るのでぇ」
こちらの様子を気にせずに、リーベンスは大きく息を吸い込み
「これを使いましょうかぁ――」
――歌を歌った。
◆
「歌……?」
聴いたこともない歌詞に、今までとは違うような透明感がある歌声。
今までとは違い不快感を感じないその声は、逆に不安を煽る。シャオンは二人に警戒をするように伝えようとして、
「避けてください! シャオンくん!」
レムの悲鳴にも似た声色に半ば本能的な速さで体をひねる。直後、轟音と共に”何か”がシャオンの横を通り過ぎた。
「え……」
遅れて知覚する痛みと、熱。鋭い嗅覚でなくてもわかるほどの鉄の匂い
シャオンの右耳がレムによって抉られたと理解するのに時間はかからなかった。しかし、その理由までは考えが追い付かない、というよりも追いつく前に事態は加速する。
「……逃げて」
目の前でかがみ込んでいるアリシアの姿を目にする。
いや、違う。
かがみ込んでいるのではない、これは、一撃を溜めて――
「ぐっ!」
辛うじて両腕で拳の一撃を防ぐ。
衝撃自体はどうにも響くほどの一撃、鬼の一撃を耐えたのは奇跡とでもいえるだろうし、そもそも反応ができたのは彼女との日々の訓練によって学んだ癖を読んでいたからだろう。
だからこそわかる、アリシアの一撃は手加減を感じられない一撃だった。
威力だけでもなく、彼女のの腕が変な方向に曲がっており、彼女の体の限界を超える一撃だったことがわかる。
それを無理やり引き出されたのだ、アリシアの体には結構な負荷を負っているのだろう。、
「体が――」
見えない糸で操られているかのような滑稽な動きで、レムとアリシアはシャオンへ近づいてくる。
浮かべている表情は恐怖に、焦り、しかし身に宿る殺意は痛いほどに感じ取れている。
「亜人なんかを飼っているからですよぉ」
歌うのを止め、リーベンスが浮かべた粘着質な笑みから察する。今のこの状況は彼女の仕業によるものだ。
推測にはなるが、彼女の言う言霊。その発展だろう。なぜ、シャオンに効果がないのかはわからないが、一つわかることはシャオンは今詰みかけている、ということだ。
この状態、実質3対1だろう。
しかも、こっちはレムとアリシアに下手に危害を加えることはできないのに対して向こうは常に全力の状態だ。現在はなんとか躱し躱しながら対応していっているが、時間の問題。
いや、それ以前に回避を行うだけで彼女たちの体力は削られているのが目にわかる。
どうする、どうする、どうする。
焦りが、痛みが思考を止めそうになる。時間もない、切れる手札も半分が消失した。頼れる仲間も、敵に変わり大本はいまだ健全。
「さようならー」
「あっ……」
リーベンスの黒い槍がシャオンの心臓へと向かう。その一撃は確実にその位置を抉り抜くだろう。
回避は間に合わない、できることは僅かに狙いを逸らすことだろうが、変幻自在の一撃にそれは難易度が高い。
つまるところ、万事休すだ。
それが、命を刈り取る槍が、届く前に、シャオンの前に赤い光が走った。
「――見にくい顔よな、人形」
その光は吐き捨てるように告げた。
迫りくる、黒い腕が切断され、宙を舞う。
それが地面へ落ちるのすら許さないとでも言いたいのか、炎が黒い腕を消滅させた。
「だが、貴様よりもあやつの醜悪さ、妾の視界以前に、同じ世界にいることすら許しがたい――特別だ、妾が直々に切り捨てよう」
澱んだ空気を焼きながら、紅い髪の女性は吐き捨てるように言う。
――傲慢の姫、プリシラ・バーリエル。
彼女が眠そうな顔をしながらシャオンの前に立っていた。