不可視の手を無理やり使用し、レムとアリシアを抱えた自分を後方へと投げ飛ばすように飛び去る。
全力の投擲に、体が軋むが堪え、2人に被害がいかない様に抱え込みながら地面を何度かはねる。衝撃に火花が散る視界の端、骨までも貪られたプリシラの亡骸だったそれを収めながら、悔しさに唇をかむ。
――自分たちと関わったばかりに王選参加者の一人が死んだ。
だが、供養も後悔も今は置いて、生き残ることを考えるのだ。次に彼女のようになるのは自分たちなのかもしれないのだから。
覚悟を決めると同時に、起き上がり、そして同時にそれを見た。
「やばっ――!」
赤い波、血のように赤黒い津波がシャオンへと襲い掛かったのだ。
その大きさはシャオンを容赦なく飲み込むほどに大きく、早い。
いや、正確には津波ではない、それらすべてが赤い魚だ。あの白い巨大魚から生まれたであろう。
「――ッ!!」
反射的に不可視の手でたたきつぶす。
肉がつぶれるいやな音と、血が空気を汚す。
「あ、ぐっ」
本日何度目かの不可視の手の使用に伴う副作用により、シャオンの体が倦怠感に襲われる。
あと、何回まで使えるのかはわからない。しかしそれでもやらねばならない。自分の舌を噛み、痛みで目を覚まさせる。
覚醒した意識で目の前を見ると赤い魚はシャオンの一撃に怯んだのか纏まったままどこかへと姿を消していた。
今のうちに距離を取ろうとした瞬間、
「……なんで抱えられて――は?」
抱えていたアリシアとレムが目を覚ました。
「これは、いったい――!」
だが、その困惑するアリシアとレムが周囲を見渡し状況を把握する。
彼女達ははその顔を蒼白にして、歯の根を震わせながら叫ぶように、
「夜霧……!もしかして――白鯨」
「霧……」
べたつくような感触に、シャオンはようやく周囲が黒い霧に包まれていることに気付く。
周囲が、黒い霧に包まれ、視界が闇に呑まれているのだ。唯一見えるのはあの白い魚、白鯨の頭部が見えるだけだ。
そしてそれは、今にもこちらへと飛びかかってきそうで、
「なんで、こんなタイミングで!! ああ、もう! あの女か!」
アリシアの言う通り、この魚、白鯨はリーベンスが呼びだしたものに違いはない。
支配をしているのか、それとも仲間なのかまではわからないが彼女が取り出した黒い箱からこの化物が出たのだ、無関係ではない。
理不尽な事態に口を開き、鋭く尖った犬歯を覗かせるほどにアリシアが吠える。が、彼女のその裂帛の気合いですら、目の前の怪物の前では霞む。
「どちらにしろ――っ!」
しかし、鼓膜に届かぬ叫びは大気に満ちるマナは聞き届けた。
「アルドーナ!」
「アルヒューマ!」
吐き出すようなシャオンとレムの詠唱にマナが収束し、世界を作り変える魔法が発動する。
まず発生したのは土の壁だ。
三人を軽々と乗り越えるほどの高さもの土の壁、それが3つほど重なるように生まれ、盾の役目を生む。
次いで生まれたのはの体格ほどもある氷の槍だ。それが瞬く間に三つ、中空で形作られて鋭い先端を闇へと構える。
一瞬の停滞の後、その氷槍はすさまじい勢いで矢のように射出された。
目で追うのがやっとの速度の氷杭は狙いを闇に定めて迸り、着弾――果てのないように見えた闇の、意外なほど近い終端に穂先が突き立つ。
直後、
『く す ぐ っ た い よ』
「あぶないっ!」
土壁を抜けてでてきたのは黄色い魚だ。それがシャオンへと襲い掛かる。完全に油断していたところへの一撃だったがなんとかレムが急いで庇う。
右手から鮮血を吹き出しながらも、彼女はかみついた魚を引きはがし握りつぶそうと試みる。
しかしその拳からぬるりと抜き出、その魚は親である白鯨の元へと戻っていく。
「レムちゃん、大丈夫っすか!?」
「――――」
アリシアの言葉に応えようとしたレムだったが、口をパクパクとさせただけだ。
いったいどうしたのかとみているとレムが驚いたように目を見開く。そして、喉元へと手を当て数度こちらを見やり、何かを理解したような表情を浮かべる。
「レムちゃん……?」
「喉をやられたのか?」
急いでレムの喉へと手を当て癒しの拳を発動する。
激戦の影響でこの能力もだいぶ頻発してしまっているせいか、体にふらつきが起こる。
だが無事能力は発動ができたようだ、僅かに傷をつけられた喉元は元のきれいな姿へと変化する。
しかし、依然レムは口を開かない。いや、声を出そうとしない。代わりに、震える手で地面へと文字を描く。
地面へと書かれたその内容は、
『声がでません、というよりも、声の出し方がわからない、ような』
「「は?」」
レムの描いた言葉の意味を理解できるよりも前に、遠くから声が聞こえた。
「美味しいね、美味しいねお姉ちゃんの声」
恐らく、レムを襲った黄色の魚が”どこかで聞いたことがあるような”女性の声を上げる。
いや、どこかで聞いたなんてものではない。これは――レムの声色だ。
□
「……つまり、あの黄色の魚に襲われると何かが奪われるということか」
『どうやらそのようです……幸いにも声だけならば戦闘に影響はそこまで』
ただ、魔法の発動には多少の影響は出るだろう。それに、声が出ないことによる精神的なダメージも多いだろう
恐らく、件の魚を倒せば元に戻るのだろうが……確証はないし、なにより、
「どれだ、奪った奴」
黄色い魚は全部で7匹。
レムの声を奪ったであろう魚は先程以降声を発していない。狙って倒すのは厳しいだろう。
幸いなのは、今は白鯨が完全に霧へと紛れ姿を隠し、こちらに攻撃をしてこないことだろうか。考える余裕ができるのはありがたい
「それに、リーベンスは……いない」
白鯨の登場に合わせて逃げたか、あるいは身を隠しているのだろう。
どちらにしろ白鯨を何とかしないと彼女の元へは近づくことはできない。
「この白鯨を呼び出すのはだいぶ体力を使う必要があると」
隠れているのは完全に操れていない可能性、あるいは彼女が白鯨と合わせて攻撃できる余裕がない、制限がないということが考えられる。
つまり、この白鯨が出る状況になれば彼女は討伐できる可能性が高くなるかもしれない。
そう思うと、口角が、希望の見えた未来に思わず上がっていくのを感じる。
「――なるほど、この情報は十分な価値がある。次回の
「シャオン……?」
酔っているような、心ここにあらずのシャオンの思考を現実に戻したのは、
「ボーっとしてんじゃねぇ――!!」
「死にたくなければ飛び乗れ!」
すぐ間近で、怒鳴りつける声があったからだ。
3人は刹那、飛び上がり、近づくそれに転がる。
体が受け身も取れずに固い床の上へと転がり落ちる。肩と腰に鈍い痛みが走りついで急旋回に付随する遠心力に振り回された。
転がり、そのまま再び投げ出されそうになるのを、懐から取り出したククリナイフを突き刺し制止。一拍置き、顔を上げたシャオンは周りを見回し、自分がいるのがオットーの竜車の荷台であることに気付いた。
「危うく引いてしまいそうだったぜ……」
奥から出てきたスバルが安堵の息を零す。
どうやら竜車を全力で走らせ、シャオン達を迎え入れたようだ。
「悪い、呆けていた……この場所よくわかったな」
「魔法の光が見えたのと、プリシラがしばらく出ていってから結構立ったからな……状況を教えてくれ」
「ああ……実は」
「そんまえに、姫さんは――?」
説明をする前に、アルデバランの問いかけがシャオンは言葉を止める。
どう説明すべきかシャオンは考える。
あの凄惨な死を、彼にどう伝えるべきだろうか。
「死んだよ、あれに喰われた……骨もない」
考えた末、シャオンは素直にその最後を口にした。嘘を言っても意味がないし、なにより彼女の死はいずれ広がっていくのだろうから。
騎士として主の死に何を想うのか、交流が少ない上に兜越しからはシャオンでも読み取ることが出来ない。
ただ、少しの沈黙の後肩を竦めながらアルは小さく口にする。
「そうかい……なら、俺の命もこれまでかもな……”領域”もここじゃ発動できないだろうしな」
「領域?」
「何でもない。それより、どうするんだ? 迎え撃つって言うなら俺は降りるぜ?」
聞いたたことがないような単語を耳にし、復唱するがアルデバランは舌打ちだけをし、内容は話そうとしない。
それにシャオンも突っ込むことはしない、今は今後のことを考えなければいけないのだから。
どうするか全員に意見を聞こうとしたが、真っ先に手をあげたのは、
「引くっすよ、これは勝てない」
意外にもアリシアが撤退の意思を示す。彼女のことだから撃退するという意見を言うとでも思ったのだが、その理由はすぐにわかった。、
「先代の剣聖ですら勝てない相手に、このメンバーがこれ以上欠けないで倒すのは無理。しかも、今ので……たぶんアタシの視界も持って行かれたっす……半分だけっすけど」
アリシアの言葉にシャオンはようやく気付く。
彼女の右目が焦点があっていないことに。
ただ、外傷はなく、ただ視力だけ抜き取られたそんな現象。つまりは、
「視界が持っていかれたってどういうことだ? それに、レムもさっきから何で黙って――」
「その点も踏まえて、話をする。今は竜車で走りながらになるが興奮するなよ」
前置きをしっかりと起きつつ、揺れる竜車の上でこの絶望的な戦力差を説明するのだった。
□
「まさか今時期のルグニカで……白鯨に、ぶつかる、なんて……ああ、龍よ、龍よ。救いたまえ、救いたまえ……」
虚ろな目でぶつぶつと、念仏のように救いを口にするオットー。しかし命がかかっているのか意地になっているのか、彼の運転にぶれはない。
ただ、完全に、戦意どころか生気を喪失した姿に、商人たちが白鯨を恐れるという言葉の真実味を実感する。
ただ、彼の地竜は白鯨の存在を察知したことで恐慌状態になっており、体力の残りを度外視した速度で地を蹴り、速度を上げている。
その揺れをダイレクトに全身で味わいながら、振り向き、闇へ目を凝らす。白鯨を求めて視線をさまよわせるが、光源を失った漆黒は完全に世界を閉ざしている。もともと闇深く、明かりなしでは手元すら危ういような夜だ。おまけに、
霧まで出ているとなれば視界の確保は絶望的だ。実際、走る地竜の首下を照らす結晶灯の光も、夜霧に遮られてぼんやりとしたものになっており、その効力を半分ほども発揮できていない。
左右、上、そしてまさかと思いつつも下へとシャオンは半ば祈る気持ちで見つけない様に魚影を探す。
そんな中、スバルは説明された内容を受け、顔を青くしている。
「……レムの声が」
『すみません、スバルくん』
「いや、大丈夫だ、うん。それより文字をしっかり覚えていてよかったよ」
「スバル」
「大丈夫、優先順位はわかっている。わかっている」
この状況の原因である、白鯨の姿が見えないことが恐怖をさらに加速させる。
少ししかその体は見ていないが、あのプリシラを一口で食ったということは、白鯨はその名の通り、本当に鯨に匹敵する体格を持ち合わせているということになる。
「けど、こっちの攻撃も当たってるんだ。……向こうが引いた可能性が」
「楽観的すぎるな」
「お前は悲観的すぎるんだって……」
レムの詠唱で打ち込まれた氷の槍の威力は、これまでに見た魔法の中でも上から数えた方が早いほどのものだ。
いかな巨躯の持ち主といえど、深手を負えば怯みもしよう。だが、無駄だとも思う自分がいるのは事実だ。
「他の竜車は……」
「散らばって逃げています。霧が現れたときは即座に別れて逃げること。運が良ければ白鯨に追いつかれず、霧から出ることも叶うはず」
それまでは後続として確かにいたはずの他の竜車たちは、そのマニュアルに従って方々散り散りになっているらしい。
――つまり、標的はシャオン達のみになるわけだ。
「悔やんでもしょうがねぇ。とにかく、とっとと霧を抜けて……」
激しい揺れに内臓を掻き回される不快感を味わい、スバルと共には脱出したあとの問題に想いを馳せる。竜車が一台になってしまったのならば、エミリアたちを逃がしたあとで村人を逃がす方策を考える必要がある。余計な時間のロスも大きい。
そうして、目先の窮地からもっと先のことへの視野を持った眼前、つまりは竜車の進路の先――、
「――――!!」
ずらりと石臼のような強大な歯が並ぶ口腔が、竜車を丸呑みにせんと目の前から迫ってくるところだった。
咆哮が轟き、その圧倒的な音の暴力と爆風に地竜が竦み上がる。足をもつれさせて地面を削り、車輪が浮いて竜車の荷台が大きく傾いた。油の入った壺が幌を破って吹き飛び、縁に掴まっていても危うく放り出されかける。
必死で荷台に取り縋りながら、見える正面――闇の中にやけに、白鯨の口内の薄汚れた歯だけがはっきりと浮かび上がって見えた。
己の認識が甘すぎたことに、遅すぎた後悔の中反省する。
白鯨に遭遇し、深い夜霧の中をさまよう現状。それはすでに霧を抜けたあとのことに思いを向ける余裕などなく、今この瞬間をいかに生き延びるかという方へ問題をシフトしていたのだと。
「――るぁぁぁぁぁ!!」
竜車を楽々と丸呑みにできるだけの顎が迫る瞬間、咆哮が炸裂し、衝撃とともに荷台の板張りの床が弾け飛んだ。
蹴りつけ、前方へ弾丸のように跳躍したのはアリシアだ。暴風にたなびくホワイトプリムの下から、二対の巨大な角を露出させた鬼化状態。その彼女は下着が見えるのすら気にした様子もなく、高らかに足を掲げ、振り下ろした。
「吹き飛びなっ!」
ミシリと骨が軋むような音共に彼女の一撃が決まる。
勢いよく決まった踵落としに僅かに白鯨はたじろいだが、すぐにその巨体を振りアリシアを跳ね飛ばす。
弾丸のように跳ね飛ばされたその体は竜車の進行方向とは異なる方向へと飛ばされる。あのままでは命が危ないだろう。だが、
「――右へ!! できるだけ近づけろ!」
「右!? どっち!?!!」
「――!!」
シャオンの誘導通りに 竜車をアリシアの吹き飛ばされた付近へ近づかせる。直後、レムの放った長い鎖が竜車から伸び、彼女の胴に絡ませる。
アリシアを引き上降ろした鉄球を右手に、空いた左手で御者台と荷台の連結部分を破壊したレムが、切り離されて遠ざかりかける荷台の端を掴み――瞬間、竜車を引く地竜が嘶くほどの荷重が発生し、雄叫び一閃、大型の貨物用車両がレムによって後方へと放り投げられた。
小屋ひとつ投げるような超大型の質量弾が、通り過ぎた白鯨の横腹を直撃。木材が砕け散る破砕音が響き、身をよじる白鯨の尾が大地を爆散させ、土塊をまき散らす。
ダメージがあったかどうかはわからない。だが、白鯨がいまだ健在であることは間違いない。なにより、宙を泳ぐその身を旋回し、こちらを睨みつけた事実も。
「や、や、やりましたか――!?」
「いや、まだだ!」
なにが起きたか理解していないまでも、自分の竜車の大半が失われた事実を悟っているのだろう。それだけの犠牲を払ったことを理由に、問いを発するオットーの声にはヤケクソまじりの希望が上辺だけ張りつけられていた。
轟く咆哮。収まることのない地鳴り。背後から迫る、絶望という名のプレッシャー。これらを前にして、それがなんの意味もない夢想であると知っていながら。
依然として白鯨の脅威は背後に迫り、空を泳ぐその速度は地竜をしのぐ。荷車という重荷を捨てた地竜の走行でも、追いつかれるのは時間の問題だ。そしてもし仮に地竜を失えば、自力で走って逃げ切れる目などまったくない。
「しかた、ないか」
シャオンは、そう呟き、息をこぼした。
□
思考しなくてはならない。なにかないか、なにかないか、なにかないか。
だが、打開策などなにも思い浮かばない。手当たり次第に方策を練ろうにも、広がる夜霧で足下すら不可視の状態ではヒントすら見つけられなかった。
そして、スバルがまたしてもなにも選べないまま時間を無為に過ごす内に、彼等自ら決断してしまう。
激しい揺れを受け、車体に縋るスバルにそっと歩み寄るレム。同じように衝撃を感じているだろう彼女はそれを感じさせない足取りでスバルに寄り添うと、優しく手を握る。
「大丈夫だ、きっといい策が」
思いつくはず、
するとシャオンもゆっくりとこちらへと歩み寄ってきた。
「スバル。これを」
「なんだ? なにか、この場をどうにかでき……」
光明が見えたのか、とわずかに顔を上げたスバルの手の中に押し付けられたのは、ずっしりとした重みのある小袋だ。その重みに顔をしかめ、すぐに袋の外側からの感触でそれが金貨などの硬貨を収めた路銀袋であることを悟る。
今、この場において、この金がなんの役に立つのか。
路銀を押しつけるように渡してきたシャオン、優しく微笑むレムに悪寒が堪え切れず、スバルは昇ってきた笑みを頬に張りつけ、言葉を発しようとするが上手く出ない。
「アルデバランさん、オットー、アリシア。スバルを頼みます」
「あ?」
「スバル。俺らが大地に降り、迎撃する。その間に、三人と一緒に霧を離脱してください」
はっきりと、決意をにじませる声音でシャオンはスバルにそう告げた。
「おい、おいレムと二人でランデブーってか、あ、アリシアが嫉妬するぜ?」
「スバル」
渇いた軽口で場を流そうとしていたスバルだったが、シャオンの呼びかけひとつで、打ちのめされて押し黙る。
「改めて三人ともスバルをお願いします。約束の報酬は彼の手の中に。――霧から抜け出し、白鯨出現の報をお願いします」
「か、金……!? 今それどころでは、命あってのモノダネですよ!?」
「商人だったら受けた仕事はやりきるもんすよ……すくなくともアタシの親友ならやりきるっす」
後ろのやり取りを聞いていなかったオットーの返答。それでも、彼が必死に竜車を走らせることだけは伝わってきて、シャオンが安堵に唇をゆるめるのをスバルは見た。
そしてスバルは聞き逃していない。逃げることになるスバル達に、白鯨が出たことを報せろと告げるということは、
「お前、お前ら生きて戻るつもりがねぇってことじゃねぇのか!?」
そのスバルの言葉に二人は沈黙で答える。
思わずつかみかかろうとしたスバルを、アリシアが遮る。
「いいんすね、シャオン」
「ああ、できるだけ時間は稼ぐから安心して進んでくれ」
「わかったっす」
アリシアの言葉にスバルは目の前が赤く染まったような感覚に陥る。
彼女だったら、自分と同じく止める側に回ると思っていたのにと、理不尽な怒りがスバルを支配する。
「おい! アリシア、テメェいいのかよ!? レムが、何よりお前だってシャオンの奴が――」
「うるさいっ! よくないに決まってるでしょ!? でも仕方ないでしょ! アタシらが弱いんだからっ!」
いつもの口調ではなく、普通のただの少女として彼女は叫ぶようにスバルへ応える。
「アンタの気持ちは死ぬほどわかる、アタシだって同じ立場だったら引き留めてる」
彼女はスバルの首元を掴み、持ち上げる。その強大な力は下手なことを口にするのであれば今すぐ首をへし折るとでもいわんばかりだ。
当然怖い、しかし、それよりも涙を流し、下唇を血が出るほどに噛み、耐えているその姿に思わずスバルは圧された。
「でも、でもね、ここで止めたって死ぬ人数が増えるだけ……だったらやるべきことはわかってる。竜車に私が残るべき意味もしっかりと分かるし、その役割を与えられたのならアタシはやり遂げなきゃいけない」
スバルを掴んでいた拳を離し、アルデバラン、オットー、そして最後にシャオンとレムへと視線を向ける。
「でしょ、シャオン」
「以心伝心だな、助かる」
「――ばか、ばかシャオン」
茶化すようなシャオンの言葉に、アリシアは小さく呟く。それ以降、彼女は口を開く様子はない。
暗がりの世界には変わらず昏々と闇が落ちているのに、白い彼等の顔だけがなぜか今のスバルにはやけにはっきりと見えた。
「だ、ダメだ。それでも、行かせねぇぞ……お前らが生きていないなら俺の命に意味は――」
震える体で、目の前に立つレムの腰を引き寄せた。
小柄な体を腕の中に抱き、離れていこうとするその存在を繋ぎ止める。この手を離してしまえば、彼女は命すら振り切って飛び出してしまう。
それだけは阻止しなくてはならない。そうでなければ、
「あ――」
涙が出そうになる激情の中、抱擁を受けるレムが熱い吐息を漏らす。
場にそぐわぬその陶然とした響きに視線を落とすと、スバルの腕の中でレムはこちらを見上げ、うっとりと微笑みながら、
「レムは今、このときのために生まれてきたんですね」と、出ないはずの声で彼女は口にした。
「さて、お別れだ」
「なにを……」
「”眠れ”」
僅かに発光しながら小さくつぶやいたシャオンがスバルはシャオンの言葉を理解する。
この技は、スバルも知っている『魅了の燐光』だ、自分がこれをしっかりと喰らうのは初めてだが、その威力にスバルは認識を改める。恐らく一番危険だ。
ぐらつく体に半分既に飛んでいる意識の中、シャオンが申し訳なさそうに笑みを浮かべている。
「て、んめぇ……」
「恨んでいいよ、これは俺の力不足が原因だ」
視界だけでなく意識まで揺らぎに揺らぎ、スバルは首を持ち上げていることすら困難になる中、必死で離さないようにシャオンへと、レムへと手を伸ばす。
しかし、その手は僅かに届かず、スバルの意識は闇へと、後悔を抱きながら沈んでいった。