華が 散る
雫が 落ちる
嗚呼 泣かないでくれ
どうか どうか この体よ まだ逝かないでくれ
約束したんだ 約束したんだよ
まだ逝けない まだ死ねない
来年もこの桜を見ようって 約束したんだ
こいつのためにも まだ死ぬわけにはいかない
一緒に 来年も 桜を見ないといけないんだよ
やりたいことだって一杯あるんだ
こいつより長生きできるだなんて 最初から思っちゃいないんだ
だけど せめてこいつともう少しだけでも生きていたいんだよ
こいつを一人にして置いていくわけにはいかねえんだよ
みんなが寄越してきたものを ここで投げ捨てるような真似は出来ないんだよ
嗚呼 泣かないで
泣かないでくれよ
いつもみたいに笑って 俺に茶を寄越してくれよ
こいつの面倒を まだ見なきゃいけねえんだよ
だから まだ死ねないんだよ
泣かないで 泣かないでくれよ
ちづる
織斑一夏には、所謂前世の記憶がある。
一夏は巷でも年の割に落ち着いた雰囲気の子供であるとよく言われる。友人との付き合いが悪いというわけではないが、どこか一歩引いたような、大人びた雰囲気を持っていると評判である。
そのためなのだろうか、彼は小学生の頃からよくもてた。ませた年頃の女子は、多くが一夏に憧れていた。
しかしてその一方で、彼はそれらを全て丁寧に断ってきた。無論それで枕を濡らす女子も多かったが、彼にとっては仕方ないことだと、彼女らに深く頭を下げた。
そして、彼は一度怒ると手がつけられないことでも有名だった。気に入らないことがあればすぐに怒るわけではない。しかし、いじめや誰かの乱暴といった、「義に反する」というべきようなことに関しては人一倍敏感だった。そういう時、一夏は決まって激しく怒りを露わにした。
それが上級生だろうと大人だろうと関係は無かった。いじめたのは自分の子供なのに文句で返してきたような親を見事にボコボコにして二度と生意気を言えないようにしたこともある。当然その親が警察に訴えようとしたが、どう考えても子供にできる殴り方のそれを明らかに超えていて、その現場を見たわけでもない警察には、その親の意見の方が怪しいと判断せざるを得ず、また一夏もそれ以降大人しかったことと、例え証言があろうとも裁判ではまず勝てないと判断して、結局見逃すしか手は無かったというのも、親を黙らせる一因となっていた。
そして、それらの要因の全てが、彼が前世の記憶を持っているということに起因している。
勿論、彼はそれを人に話したことはない。普通信じられる内容ではないし、その前世の記憶もまた、まず大ボラと判断されるような代物であることを、彼は「自分」を調べる中で自覚したからだ。
結論を言うと、彼の前世は新選組副長と知られ、またの名を「鬼の副長」と呼ばれる土方歳三、彼その人である。
一夏がそれを自覚したのは小学生になって少したった頃のことである。その時、彼は直ぐに自分が今いる時代が自分の記憶とは大きく異なることを自覚した。
そしてその日、彼は体調不良であると誤魔化し、蘇った記憶と現在の混濁で混乱する頭を必死で整理し続けた。そうしなければ、彼は自分の前世に呑まれて大変なことになっていただろう。現在自分が周りの同年代より大人びている程度で済んでいるのは、正に幸いと言ったところだ。
そして、次に一夏は前世の自分、土方歳三について現在伝わっているものに関して、使い方を覚えたばかりのインターネットや図書館で必死に調べた。自分の組織が当時もかなり大きなものであったことは自覚していたし、何かしら文献が残っているのは確かだと思ったからだ。
結果得られたものは彼の予想以上だった。新選組といえば日本で名前すら知らない人はまず殆どいないし、現代でも幾度も創作の種になる程度には有名だとは思っていなかった。自分達のことが物語や絵巻になっているというのは、なんだかむず痒く感じるものがあった。
しかし一方で、一番気になっていた二つの事柄に関しては何一つ得られるものは無かった。
一つは「変若水(おちみず)」のこと。変若水とは西洋ではエリクサー、東洋では仙丹とも呼称される、不老長寿の妙薬として伝わっているものである。
しかしその実態は不老長寿などとは程遠いものだった。変若水を飲んだ者は頭髪が白く、瞳が赤く変色し、血を求め狂う「羅刹」へと転じてしまう。血を求めるとは比喩表現などではない。文字どおり、人の血を飲むことを求め理性さえ奪われてしまうのだ。
問題は他にもあった。確かに羅刹になれば圧倒的な力と驚異的治癒力を得ることができる。しかしその力の源が羅刹の最大の問題であり、一夏の、土方の最大の懸念材料であった。
羅刹の力の源は本人の寿命そのもの。力を使うほどに寿命は大きく縮まり、その果てには身体が灰になって燃え尽きる。それこそ、命という蝋燭の火力を一気に強めて燃え尽きるかの如しである。しかし、一夏が調べた結果、羅刹どころか変若水さえも情報は一つも手に入ることはなく、エリクサーも仙丹も架空の代物として見向きもされていなかった。
思うに、何かしらの隠蔽が働いているのだろう。
羅刹の研究に関する全ては幕府の密命によって新選組が執り行ってきた。そして最後には、全ての羅刹が死んだことで研究そのものが闇に消えたと言っていい。
資料に関しても、おそらく殆ど残っていないのかもしれない。
が、変若水の研究は「とある事情で」一時期新政府でもやっていた。彼らが秘匿して、なんらかの切り札にしようと考えていた可能性だってある。後の歴史を見てもそれを確認することはできないが、可能性としては十分あり得るだろう。
そしてもう一つ。何より一夏が、土方歳三が何よりも気にかけていること。
雪村千鶴。自分が誰よりも愛し、最期を看取らせてしまった女のこと。
彼女があの後どうなったのか。生きていてくれているのか。せめて他の誰かだろうと構わない。幸せになってくれているのか。それを知りたかった。
だが、千鶴のこともどれだけ調べようと何一つとして得られるものが無かった。
それどころか、市村鉄之助とかいう知らない男が自分の小姓として伝わっていた。一体どういう隠蔽が働いたのかはわからない。だが彼女が後々に何かと迷惑してしまうかもしれないということを考えれば、むしろこれはありがたいかもしれない。
しかし、その一方でこうして調べられないのはもどかしく思っていた。
いや、この際「昔に」どうなったのかは非常に気になっているが置いておこう。それよりも、今自分がこうして記憶を持っている今、今まで感じたことのない感覚が、ずっと自分の中で感じ取っていた。
千鶴が、今のこの時代にいる。間違いなく感じ取れる。
どこにいるのかはわからない。近くなのか。遠くなのか。だが、少なくとも千鶴が「いる」ということだけは確かだ。
だからこそ、彼の行動は決まっていた。
千鶴を見つけ出す。見つけ出して、もう一度逢いたい。
はっきり言って方法さえもわからない。まず自分が生まれ変わりであること自体信じてもらえないに違いないのだから、前世の恋人を探していますだなんて夢を見ているとしかまず思われないのはわかっている。だからこそ取れる手段は限られる。
それに逢えたとして、向こうが自分と同じように記憶を持っている保証は無い。もし記憶があったとしても、自分に会いたがるとは言い切れない。
だがそんなことはどうでも良かった。例え忘れられていようと、拒絶されようと、それが彼女の意思ならば受け入れる。だがどちらにしてもまず逢う必要がある。願わくば、もう一度彼女を抱きしめたいとすら思う。
だからこそ決意した。
俺は、もう一度千鶴と出逢ってみせる。
逢える保証はどこにもない。協力を取り付ける相手などいようはずがない。
だけど、例え100年以上経っていようと、彼女を思うこの気持ちに変化も偽りもない。
もう攘夷も維新も、幕府も新選組も無い。でもこの想いだけは残っている。
見た目には幼い少年でしかない、しかしその実は泣く子も黙る鬼副長。
ここに、ただ一つの愛から始まる一人の男の数奇な物語が始まる。
今後の展開に関して
今作では前半部分では「誰が雪村千鶴なのか?」という一種の推理小説に近い形式を取らせて頂きます。
そのヒントとなる部分を出した場合、今後この後書きにてその話で出たヒントのみを纏めさせて頂きます。
推理が苦手な読者の皆様も、是非一体誰がヒロインなのか是非当ててみてください。
今回は特別にヒントをいくつか用意しております。
・雪村千鶴の生まれ変わりは、ISのヒロインの誰かである。
・ヒロイン達の中には、薄桜鬼の別のキャラクターも生まれ変わりとなっている。
・現在彼女は記憶を取り戻していない。よって千鶴の生まれ変わりが、必ずしも千鶴と同じ性格とは限らない。