休日の午前中に櫻は散歩に出掛けていた。
リードに繋がれたハガネとクロガネを伴って。
二匹は三年前程に隣家が旅行に行った時、アルフィミィが拾ってきたのである。帰ってきた時にはもうヴィンデル達の許可は取り付けてあり、その苦笑いした姿に納得したのかゼンガーも飼う事に反対はしなかった。
保護者協議の結果、両家の垣根と塀の一部を取り払い、そこに犬小屋を置いた。犬小屋はアクセルとキョウスケの合作である。
世話は勿論アルフィミィと櫻に任されたが、時折レモンやブルックリンも散歩に連れて行ったりしている。どちらがどちらの世話を担当という訳でもないが、ゼンガー家側にいるのはクロガネで、ヴィンデル家側にいるのはハガネである。
「アリィちゃんも誘おうかと思ったらまだ寝てたしねー。しょうがないご主人様だよね、ハガネ?」
「わん!」
分かっているのかいないのか、
いつもの散歩コースにしている緑地公園は櫻の家から坂を下った先にある。
櫻の家がある旧家等が固まっている高台が旧市街と呼ばれる丘陵地帯。そこから下った坂の下、極東駅周辺は真新しいビルやマンションが建ち並ぶ新市街。それを繋ぐ正三角形の三つ目の頂点に櫻達の通う学園を含む住宅地が広がっている。
まだ全体の分譲整備が終わっておらず学園の裏手は自然が手付かずで残っているが、数年後には切り開かれる予定だ。
「何も森ばかり減らさなくてもいいと思うんだけどなあ……」
遠くに見える学園と裏山を
「って、わっ!?」
公園に足を踏み入れた櫻の両腕がぐんっと引っ張られた。
今まで飼い主に合わせていた二匹がいきなり走り出したからだ。
普段は聞き分けがいい二匹が突然突っ走るようなことをする時は、大抵知り合いを見つけた時だ。苦笑した櫻は二匹の勢いに追従するように走り出し、公園の端っこでベンチに座る小さな年下の友人を見つけた。
「……イルイ、ちゃん?」
「ふぇっ? あ、櫻おねぇちゃん……」
そこにいたのは、兄ブルックリンの彼女であるクスハ・ミズハの妹であるイルイであった。
「ど、どーしたの! 誰かにイジメられたの!?」
「ぐすっ……」
両目から大粒の涙を零しながら泣いている姿で。
それからしばしの時が過ぎて――その間、犬二匹が甘え倒し、櫻がおっかなびっくりなだめになだめて、イルイを落ち着かせた。
「悩みがあるなら相談にのるよ?」と言う櫻の申し出に、イルイはポツリポツリと泣いていた理由を話す。
「――ええと、姉妹の絆の証しだったペンダントをなくしちゃって、クスハ先輩に怒られると思って途方に暮れていた……と?」
「……んっ、ううっ……」
「くぅ~ん」
「わぅ!」
訳を話したところでまたぽろぽろとこぼれ落ちた涙をクロガネが舐めとり、ハガネが元気付けるように鼻で頬を突ついた。
昔、何らかの理由で大喧嘩した姉妹仲を、幼馴染みのリュウセイがなんとか取り持った(櫻には驚愕の事実だ)らしい。その仲直りの時に二人で交換したペンダントを出掛けた際に無くしてしまったと。
「き、昨日、学校終わったらずっと探してっ、見つからなくて……」
「あわわっ、泣かないでイルイちゃん。私も手伝ってあげるからっ」
「「わんっ!」」
「ほら、ハガネとクロガネも手伝ってくれるって」
抱きしめてあやすように背中を撫でる櫻の胸中でイルイは小さく頷いた。「それで……」と探し物の詳しい形を聞こうとした櫻は、呼ばれたような気がして振り返る。
「櫻! ……と?」
「ブリット兄さん?」
軽快に駆けてきたのはジャージ姿の兄、ブルックリン。息も切らせた様子もなく櫻の元まで辿り着くと、妹の胸の中のイルイを見付けて顔を綻ばせる。
「イルイと一緒だったのか。……っと、どうした?」
「……」
その場の空気を感じ取ったのかイルイの顔を伺うようにしゃがむブルックリン。櫻はイルイの頭を抱え込むようにすると、兄に冷たい視線を飛ばした。
「ブリット兄さん、女の子の泣き顔を覗き込もうとするなんてサイテー」
「あ、ああ、悪い……。って泣きっ!?」
「イジメられたとかじゃないんだって、他にも人がいるんだから大きな声にしないでよ」
呆れ顔の半目で妹に睨まれ、周囲を伺うブルックリン。散歩中の老夫婦やマラソンで通り過ぎる人はいるが、特にこっちを注目している者がいないことに胸をなで下ろす。
「それでブリット兄さんはマラソンにでも来たの?」
「理由の半分はな」
ブルックリンはポケットから取り出した紙幣を妹の前で広げて見せる。
「五千円? これの理由が分からないんだけど……」
「ああ、出掛けに兄貴から渡されてな。偶には櫻を家事から開放してやれって言われたんで、軽く走るついでにお前を探してた。昼はどこかに食いに行こうぜ、イルイも一緒に」
「お兄ちゃんが? 作った方が安く済むのになあ」
二人の言う兄とはキョウスケのことである。あくまでも作る方に拘る妹に苦笑を隠せないブルックリン。
「俺にも協力できるようなら混ぜてくれよ」
ついでにイルイを安心させるようにガッツポーズを取る。脈略のない大げさな行動に、たまりかねたイルイは小さく笑った。
普段は通り過ぎるだけの通学路の途中にある、民家の軒先をテラス風に改築しただけの小さなイタリアン家庭料理店。
ペット同伴OKというのを覚えていた櫻が二人をそこへ連れて行った。
昼食を終え、イルイの前にはカボチャのパフェ。櫻はオレンジフロート、ブルックリンはコーラフロートで食後のデザートと洒落込んでいた。
クスハには漏らさないとの約束を取り付けた櫻は、イルイの探し物について兄に相談する。
「うーん。まずは警察に落とし物として聞いて……」
「それが出来るんだったら、とっくにイルイちゃんが駆け込んでるよ」
「公にしたくないんだったな。スマン」
「う、うん。ごめんなさいブリットお兄さん」
「くぅ~ん」
無難な提案を妹に一刀両断され、口にくわえたストローを振りながら考え込むブルックリン。しゅんと気落ちするイルイを慰めるように、ハガネたちは体をこすりつける。
「人に聞けないとなると現場百回か」
「まあ、そうだよねぇ」
「櫻お姉ちゃんもブリットお兄さんもありがとう」
「「うー わん!」」
地道な捜査しかないと結論付けた三人の足元で自信満々な二匹が元気に吠えた。
――そして、イルイの記憶を頼りにペンダントを無くした地点周囲を探し回ること二時間。
三人の視覚と犬の嗅覚をもってしても、ペンダントは行方不明のままだった。
ハガネとクロガネなどは尻尾を股の間に挟み、うなだれて自信喪失状態だ。櫻からすると、しおれている戦艦にしか見えないが。
三人はベンチに座って、一休みしながら溜め息を吐いた。イルイはもう見つからないと諦めて涙目で、それを必死に櫻がなだめている最中だ。
「……、ぐすっ」
「ほら、イルイちゃん、頑張って。まだ公園全部探した訳じゃないんだからさ!」
文字通り、雑草の草の根までかき分けて探してみたが、出て来たのは空のペットボトルやゴミ等である。挫けたくなる気持ちも分かるけれど、年長者な手前、ブルックリンたちが先に諦める訳にはいかない。
飲み物片手に周囲をぐるりと見渡したブルックリンは、木の枝にとまる黒いヤツを見つけて立ち上がった。
「どうしたのブリット兄さん?」
「そうか、光るモノならカラスが持って行ったって可能性もあるか!」
「えっ!?」
「……からす?」
涙をこぼしながらイルイが顔を上げ、「グルル」と唸りつつカラスを威嚇しようとする犬二匹。櫻だけは視線をキョロキョロさせ、兄の指差した枝を見て「あぁ……黒いリオンか」と呟いた。
「とは言ったものの、カラスの巣なんてどうやってさがしたもんかなあ……」
考え込むブルックリンに、再び諦めかけたイルイ。
あさっての方向を見上げて溜め息を吐いた櫻は「仕方ないか」と立ち上がった。
「櫻、なにかあるのか?」
「あー、うん。二人ともちょっと他言無用でよろしく」
ブルックリンとイルイがハテナ顔になっているのに説明せず、櫻はカラスに向かって叫んだ。
「そこの黒いリオン!」
呼びかけた櫻に従うように、カラスは彼女の前に飛んできた。
しかも寄って来たのはその一羽だけではなく、他の枝や地面にいたカラスも同様にである。ブルックリンとイルイは、意味不明な一言でカラスが櫻の足元に降り立ったことに驚いていた。
合計6羽のカラスたちは鳴き声も上げず、羽ばたきもせずに次の命令を待っているようにおとなしくしてる。
「あなたたちが巣に溜め込んでいる光り物に用があります。今すぐ、ここに持って来なさい。この辺り一帯のリオンたちも同様にね」
傲岸不遜ともいえる櫻の命令を了承したようで、カラスたちは一斉に飛び立った。上空で野太くガァガァと騒がしく鳴き始めると、それに呼応したのかあちこちから大量のカラスが集まってくる。
まるで空いっぱいに広がった風になびく暗幕のようだった。
公園の上空を埋める巨大な暗幕に、人々は何か恐ろしいものでも見たように空を指差す。まるで不吉な出来事を回避するかのように、足早に公園を去っていくのであった。残ったのは茫然としたブルックリンとイルイ。渋い顔の櫻だけになってしまう。
「お、ねえちゃん……?」
「あー、櫻。お前……」
なんと声を掛けたものか口ごもるブルックリンだったが、ずいぶん昔に見たことのある不安そうな妹の表情を見て、自分を殴りつけた。
「ブリット兄さん?」
「いや、何でもない。まあ、正直に言えば色々と聞きたいんだが、お前のことは信用してる」
頭を掻きながらそう断言する兄にぽかんと口を開ける妹。しばらく視線を右往左往させていたが不安を飲み込むように頷くと苦笑した。
「私、ブリット兄さんの質問には答える義務があると思う」
「また10年前みたいに無言無表情になられちゃかなわないからな。見なかったことにする」
「…………ありがとう」
「お礼言われるようなことはしてないつもりだぞ」
「それでも、ありがとう」
乱暴に頭を撫でるブルックリンから、頬を膨らませて逃げる櫻。
よく意味が分からないイルイは胸に抱いていたハガネと共に首を傾げた。
「2人ともどうしたの?」
「ブリット兄さんはお兄ちゃんなんだなあと、思っただけ」
「俺も櫻を手のかかる妹だなあと再認識したがな」
「……イルイちゃん。ブリット兄さんがこう言ってったってクスハ先輩に伝えてくれる?」
「う、うん」
「おい馬鹿妹やめろ。イルイ頼むから伝えないでください」
「弱っ」
櫻の軽口に頷きかけたイルイ。プライドを捨てて土下座までして自分の不利益を回避しようとするブルックリンに二人同時に噴き出した。
「ってうわっ!?」
頭を上げたブルックリンが櫻たちの背後を見て一歩後ずさる。
何時の間にか櫻とイルイの背後には、一面に広がる黒いじゅうたんが公園の石畳を覆い尽くしていた。イルイとブルックリンには不気味な眼差しを向ける鳥類カラスに見えるが、櫻の視覚はそれらをコミカルな三頭身にデフォルメされた空戦機動兵器リオンと捉えている。
忌避感すらもまったく表情に出さず、カラスに手を差し伸べる櫻。時代が時代であれば魔女と呼ばれてもおかしくない行為のようにも見える。
「はい。キミたち三列に並んで持ってきたものを見せなさい。ほらイルイちゃん」
「え、あ、……ええーと?」
イルイは櫻に手招きされておずおずと傍に近よるが、一斉にカラスから視線の集中を受けてブルックリンの背後に隠れてしまう。櫻は首を傾げて疑問顔を浮かべるが、ブルックリンは無理もないと首を振った。初めて会った時からどこか常人離れしていたこの妹は、自分が平然と受け取るものを他人も同じく受け取れるものかどうかを分かっていないところがある。しがみついているイルイの震えを感じたブルックリンは助け舟を出した。
「櫻。とりあえず探すものは分かっているんだ。銀色のペンダントだけでも選り分けたらいいんじゃないか?」
「あ、そうか。じゃ、そうするね」
三列に並んだカラスたちが持ってくるものを「それちがう次!」と選別していく。片手でしっしっと追い払われたカラスたちは特に文句を言うわけではなく三々五々に散っていくが、減った端から次々に舞い降りてくるので彼等の周囲は次第に黒い円状になっていった。
ブルックリンもよく目を凝らして見てみるとカラスが咥えているものは様々である。丸くなったアルミホイルだの、何かの金属パーツの破片だの。それだけならまだしも宝石の付いた指輪や高そうな腕時計や、携帯音楽プレイヤーみたいなものまで咥えているものもいるようだ。本来なら落とし物として警察に届けなければならないものも数多く見られるが、なにしろこの数である。持って来られた警察の方がてんてこまいになりそうなのは容易に想像できる。「どこで拾ったか?」なんて問われてもこの状況を信じてもらえるとは思わないので、ブルックリンは早々にその問題を忘れ去った。
一時間くらい選別作業が続いたころにイルイが小さく「あっ!?」と声を上げた。
「イルイ、どうした。見つかったのか?」
「ええと……、あれ、だと思う?」
囲まれている黒い絨毯の一点を指さすイルイ。
そこには他のカラスよりひとまわり大きい個体がチェーンを咥えていた。すぐさま兄が妹にそれを伝え、イルイの手にチェーンの付いたペンダントが渡される。
ぎゅっとそれを胸に抱くイルイを見て安堵する兄妹。「はいはい、みんな悪かったねー。解散かいさーん」と呼びかけた櫻に応えるように一斉に飛び立つカラスたち。幾つか選り分けられていたペンダントもちゃっかり無くなっているあたりカラスに抜け目はないようだ。
こうして休日のささやかな捜索騒動は幕を閉じた。
……が、しばらくこの自然公園には『魔女がカラスを呼んで何か企んでいる』と噂が流れ、来園者が減ることになるのは全くの余談である。
更新に1年掛かるとか馬鹿ですか私……。以前書いた話とはそんな変わっていないと思いますが、たぶん文字数が少ないかも。