俺の青春ラブコメはこの世界で変わりはじめる。   作:clp

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今回はクッキー作りの裏で同時進行していたお話です。



11.そして彼女らもそれぞれの動きを見せ始める。

 時間は少し遡る。

 

 二年F組の教室では、放課後を迎えた生徒たちが思い思いに過ごしていた。

 これまでの数日間をずっと一緒に過ごしていた女子三人も、教室の後ろで仲良くお喋りをしている。この後は三者が初めて別行動を取る予定だ。

 

「んじゃ、そろそろ行ってくるし」

「うん。頑張ってね、優美子」

「優美子なら、男子の熱い攻防をしっかり煽って来てくれるって信じてるよ」

 

 サッカー部に発破を掛けるのが目的のはずなのに。二人から違った意味の頑張りを求められた気がして、三浦優美子は苦笑する。由比ヶ浜結衣は、葉山隼人との仲が進展するように頑張れと言っているのだろう。海老名姫菜の言葉は軽く流すのが吉だ。

 

 鼻血が出ていないので、海老名は緊張を和らげるためにそんな言い方をしたのだろう。三浦も当然それに気付いているが、素っ気ない反応で問題ない。既に三人の関係は、その程度でいちいちお礼を言うほど浅いものではなくなっていた。

 

 

「んで、海老名と結衣はどうすんの?」

「あたしはちょっと、職員室で相談事があると言いますか……」

 

「それって、時どき結衣が悩んでる事と関係あんの?」

「あー、うん。そんな感じ」

 

「ふーん。何か分かんないけど、言いたくなったら遠慮なく言うし」

「そうだよー。男子の突き合いに興味を持つのは恥ずかしい事じゃないからね」

 

 今度の発言は単純なフォローなのか、それとも本気で勧誘しているのか判断が付かなかった。海老名の言葉を脳内で()()()()()に変換できている時点で症状はかなり進行しているのだが、三浦も由比ヶ浜もそれに気付かない。そんな二人を尻目に、海老名は言葉を続ける。

 

「私もちょっと趣味関係で行きたいところがあるから、終わったら共有部屋のリビングに集合でどうかな?」

「うん。分かった」

「あーしもそれでいいし」

 

「あ、でも。もし隼人くんと晩ご飯を食べる事になったら、メッセージ送ってね」

「ゆ、結衣っ。あーしは、この三人で食べるんだし」

 

 ちょっとした冗談のつもりだったのに、瞬時に顔を赤らめる三浦が微笑ましい。海老名と視線を交わして、これ以上は話を広げないのが友人としての務めだと頷き合って。二人は話をまとめにかかる。

 

「えーと、結衣は職員室だっけ。私は図書室に行くから」

「うん。優美子はグラウンドだよね。じゃあ、また後でね」

「二人とも、後で覚えてろだし」

 

 まるで怖さを感じないその言葉を最後に、三人は別々の行動に移るのだった。

 

 

***

 

 

 海老名は図書室で調べ物をしていた。文化系クラブが過去に発行した部誌に目を通している。全ての図書が電子化されたわけではなく、閲覧できるのはここ数年のものに限られるが、今はそれで充分だった。

 

 

 趣味を受け入れてくれた二人から背中を押されて、海老名はこの世界でも活動を再開しようと考えていた。いわゆる二次創作活動だ。

 

 自身の趣味嗜好を自覚してからも、海老名はそれを表に出さないように心掛けて来た。活動の場は専らネット上だ。普段使いのアドレスとは別に専用のフリーアドレスを作って複数の投稿サイトに会員登録して、頻度は高くないものの定期的に更新を続けて来た。

 

 海老名は絵を描くのも文章を書くのも得意だったので、今までは気の向くままに表現方法を変えてきた。だが漫画でも小説でも、一人で全てを作り上げる事に限界を感じていたのも確かだった。

 

 活動を再開するなら、今まで通りに一人で全てを手掛けるか、それとも協力者を募るのかを決めなければならない。だが、ネットだけで繋がっている誰かと作品作りをするのは少し怖い。それにこの世界特有の問題もある。

 

 まず、いつもの投稿サイトにこの世界からログインできるのかという問題だ。次に、そのアドレスを使ったという記録が残ってしまうので、もしも学校側に知られたら面倒な事になりかねない。協力者とのやり取りが明るみに出れば、状況は更に悪化するだろう。

 

 仮定を積み重ねた末の推論ではあるが、海老名にとっては用心して当然の事だ。

 ならば発想の転換で、投稿サイトではなく身近で発表するのはどうだろうか。

 

 二人に知られて以来、趣味をもう少しオープンにしても良いと海老名は考えていた。三浦と由比ヶ浜がいてくれる限り、誰に奇異の目で見られても平気だ。それで男子からのお誘いが減れば、そちらの方がありがたい。

 

 過去の投稿が全てバレてしまうと面倒な事になりかねないが、この世界で()()()()()()取り組みに多少の逸脱があったとしても、今までの成績や生活態度を考慮して不問に付される可能性が高いだろう。

 

 

 こうした考えから、自分が参加できそうな部活を求めて、海老名はここ図書室へとやって来たのだった。文芸部でも良いし漫研でも良い。趣味に合った作品を提出しても受け入れてくれるクラブであればどこでも良かった。

 

 だが漫研も文芸部も近年は硬派な作品ばかりで、他の部員と仲良くできるイメージが湧かなかった。古典部はなぜかアイスクリームの由来を特集していて論外だ*1。念の為に美術部や写真部、果ては映研の部誌にも目を通したが、希望の条件を満たせそうな部活は皆無だった。

 

 

 少しだけ徒労感に襲われたもののすぐに心を入れ替えて。一人で活動を続けようと海老名は決意した。三浦の目は明らかに葉山に向いているし、由比ヶ浜の目も比企谷八幡に向いている。二人の想いが報われれば、一人で過ごす時間も増えることだろう。

 

 二人が想い人と一緒に過ごす光景を想像して、頬を緩めていたのも束の間。海老名はふと、二人の男子生徒が意外にお似合いだと気が付いた。

 

 先程の落ち込んだ気持ちもどこへやら。腐った笑顔を満面に浮かべ、赤い液体を垂れ流しながら。海老名は図書室の隅で想像力を限界まで働かせて、二人の物語を紡ぐのだった。

 

 

***

 

 

 三浦はグラウンドでサッカー部の練習を見学していた。ここに来た時は柔軟運動の最中だったが、大半の部員は動きが緩慢だった。まともなのは葉山以下数名という有様だ。

 

 三浦はサッカー部からいったん目を離して、他の部活を観察してみた。

 

 グラウンドでは野球部やラグビー部が、テニスコートでは女子テニス部が練習に励んでいる。他にも様々な部活が行われているが、総じて雰囲気は暗い。おそらく、この世界での経験が現実にどう結びつくのか分からないので、練習に力が入らないのだろう。

 

 

 体育の授業の時には雰囲気はもっと明るかった。多くの生徒が身体を動かすのを楽しんでいた。準備運動の時だって「効果あるのかな」という声は出ていたが、無駄かもしれない事をやらされている滑稽さを笑えるだけの余裕があった。

 

 しかし、部活となると話が違うのだろう。

 授業と違って自分の意志で参加するからには、明確な目標なり目に見えた効果を欲してしまう。

 

 やる気はあっても運動スキルの数値に囚われて、それを上げる事だけに集中する部員もいる。この世界から少しでも早く脱出するためには、部活を辞めて勉強に専念すべきではないかと考える部員もいる。

 

 昼休みに見学に誘われた時は気軽な口調だったが、葉山は案外本気で関与を求めているのかもしれない。三浦はそんな事を思いながら、自分の方へと近付いてくるサッカー部のエースを眺めていた。

 

 

「やあ、優美子。……どう思う?」

「見ててつまんないし」

 

 単刀直入に尋ねられて、三浦は端的に答えた。それに苦笑しながらも、葉山の目は真剣味を帯びている。土曜日の午後に現実世界で見た、素の感情が伝わって来る眼差しとは違う。しかしその目からはまた別の魅力が感じ取れた。

 

 だから三浦は、思ったままの事を口にする。

 

「もっと真面目にやれし。……隼人も」

「……俺も?」

「普段から今みたいな真剣な顔つきで頑張れば、もっと多くの連中がついて来るはずだし」

 

 

 完全に意表を突かれ、葉山は思わず口ごもる。言われてみれば思い至る事は多々あった。常に冷静でいなければと思うあまりに、他の連中とは少し距離を置いて指示を送る事がほとんどだった。率先して努力する姿を見せないのは、もはや長年の悪癖になっている。

 

 他にも、あれもと思考が広がり続けるのを何とか抑えて、葉山は告げる。三浦に言われた通りの真剣な顔つきで。

 

「目から鱗が落ちたよ。本当に助かった」

「ちゃんと取り組めば、隼人なら大丈夫だし。で、あーしは何したらいいし?」

 

「そうだな。基礎練はいったん保留にして、しばらくゲーム形式の練習にしようと思う。基本は四対四で……」

 

 

 口に出しながら考えをまとめている葉山に向けて、三浦は先程の言葉を心の中で繰り返す。要するに、「ちゃんとやれば大丈夫」なのだ。

 

 葉山ほどの能力があれば、ちゃんとやらなくても困る事は少ないのかもしれない。だが、たとえ困ったとしても、ちゃんとやるように促せば大丈夫なのだ。

 

 普段の葉山には手助けなど不要かもしれない。でも困っている時には、今みたいに気持ちの入れ替えを促して力になる事ができる。それを繰り返して関係を深めていけば、いつかはあの日のような屈託のない眼差しを、また見せてくれるのではないだろうか。

 

 

 葉山の指示に従って、ミニゲームで何度か得点を決めた部員にだけタオルを直接渡すという賞品のような役割を淡々とこなす三浦の耳には、「素っ気なく渡されるのも良いな」「お前もついにその境地に至ったか」などと騒ぐ部員の声は聞こえない。

 

 葉山と、海老名と由比ヶ浜と、その他つき合いの長い友人のために自分ができる事を考えながら。三浦の放課後の時間は過ぎていく。

 

 

 そして三浦は最後まで、彼女の行動を静かに観察していた亜麻色の髪の一年生マネージャーには気付かなかった。

 

 

***

 

 

 家庭科室の前で顧問と別れて、奉仕部の三人は部室に戻った。だが時間も時間なので、今日はこれで解散という話になった。鍵を返しに行くという雪ノ下雪乃に強引に付き合う形で、由比ヶ浜結衣は並んで廊下を歩いている。

 

「そういえば、ゆきのんって夜はどうしてるの?」

「普通に一人で過ごしているわ」

「えーっ。それってちょっと寂しいじゃん。一緒に過ごそうよ!」

 

「はあ。申し出はありがたいのだけれど、勉強以外にも一人でやりたい事がたくさんあるのよ」

「う、勉強……」

「由比ヶ浜さん。私たちの本分は勉強なのよ。それに、この世界から出るためにも重要なのだから」

「そう言われると、そうなんだけどさ」

 

 

 二人がそんな話をしながら歩いていると、後ろから由比ヶ浜を呼ぶ声が聞こえた。サッカー部の一日マネージャーを無事に終えた三浦と、帰室時間がちょうど重なったようだ。

 

「たしか、雪ノ下さんだっけ。前から結衣と仲良かったし?」

「いいえ。付き合いはなかったわね」

 

「なら、なんで並んで歩いてるし?」

「由比ヶ浜さんが私の部活に入部したからよ」

「はあっ、何それ。結衣は放課後もあーし達と一緒に過ごすんだから、邪魔すんなし」

 

 当事者の由比ヶ浜が全く口を挟めないままに、二人は臨戦態勢に入る。片や獄炎の女王、片や氷雪の女王。両者の実力は伯仲しているかに見えた。しかし。

 

 

「貴女が由比ヶ浜さんと普段から仲が良いのだとしても、放課後をどう過ごすかは当人の意志に任せるべきだわ。そんな事も解らないのかしら?」

 

「なっ。いちいち喧嘩腰でむかつくし」

 

「先に失礼な事を言い出したのは貴女でしょう。それに、一方的に自分の意見を押し付けるだけだと、いつか友達も離れていくわよ?」

 

 偉そうな事を言っているが、仮にこの場に八幡がいれば「離れていこうにも、そもそもお前には友達がいないだろ」と空気を読まずに口にして、完膚無きまでに罵倒されていた事だろう。

 

 しかし三浦にはそんな事は分からない。由比ヶ浜と海老名が離れていく光景を想像してしまい、思わず涙目になったところで。

 

「意見の押し付けは確かに良くないけど、それが優美子の良いところだしねー」

「うん。こう見えて優美子って、ちゃんと相手の事を考えて意見を言ってくれるからね。だから大丈夫だよ、ゆきのん。ちゃんと優美子公認で部活に参加するからね!」

 

 意外と打たれ弱い獄炎の女王に両側から寄り添って、いつの間にか合流していた海老名が、ついで由比ヶ浜がフォローの言葉を口にした。

 

 

 それを見た雪ノ下は、少しだけ表情を柔らかくしながら口を開く。今日の放課後に由比ヶ浜と一緒に色んな体験をしたことが、彼女を柔和にしているのだろう。

 

「そう。知らぬ事とはいえ失礼な事を言ってしまったわね。三浦さん、だったかしら。行き過ぎた物言い、ごめんなさいね」

 

「別にいいし。あーしこそ、突っ掛かるようなことを言って申し訳なかったし。あと、三浦じゃなくて優美子って呼べし」

 

「貴女を名前で呼んだら、次は由比ヶ浜さんから色々と要求がありそうだし、残念だけれど遠慮させて頂くわ。三浦さん……()()()()()

 

 軽い口調で返事をしながら、雪ノ下は意味ありげな言葉を告げた。

 

 由比ヶ浜は二人が仲良くしてくれそうだと思って喜んでいるし、海老名は新たなカップリング考察に意識を奪われかけている。しかし三浦は呼び掛けられた当事者だからか、発言の意図を正確に理解できていた。

 

 部員の希望を尊重して欲しいという意味の「よろしく」と、部活外では由比ヶ浜のことを「よろしく」という意味と。その二つの意味をきちんと汲み取って、三浦は返事を返す。ならば部活の時間は任せたと、そんな意図を込めて。

 

「こっちこそ、()()()()だし」

 

 

 その後、「夕食ぐらいは一緒に食べる時間があるはず」という由比ヶ浜の哀願にあっさり屈した雪ノ下が食卓に加わって、今後の方針が話し合われた。

 

 三浦と海老名が明日にでも奉仕部を見学するという話に落ち着いて。「無駄口を叩かなければ、一緒に勉強しても良いのだけれど」という雪ノ下の脅しにあっさり屈した由比ヶ浜が泣く泣く彼女を見送って。

 

 各々にとって長く重要な一日は、このようにして終わりを告げた。

 

*1
米澤穂信「氷菓」(2001年)




次回は日曜に更新予定です。
ご意見、ご感想、ご指摘などをお待ちしています。


追記。
改めて推敲を重ね、前書きを簡略化しました。(2018/11/17)

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