俺の青春ラブコメはこの世界で変わりはじめる。   作:clp

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今回は気楽なお話です。



ぼーなすとらっく! 「そして文化祭の夜は更けて行く。」

 駅にほど近いライブハウスでは、文化祭の打ち上げが行われようとしていた。

 

「一階も二階もワンフロア丸ごと貸し切るって、隼人くん凄すぎっしょ!」

 

「俺を持ち上げても何も出ないぞ。ここだと費用もそれほど掛からないし、予約も楽だったからな」

 

 扉を開くなり、そんな会話が耳に飛び込んできた。比企谷八幡は後ろに残した右足を軸に、綺麗に回れ右をして。すぐ前にいる二人と目が合った。

 

 二人の冷ややかな表情から「俺を先に行かせた理由はこれか」と思い至った八幡は。逃亡は不可能だと潔く諦めて、何でもないふうに口を開く。

 

「なんか騒がしい奴がいるから、上に行かねー?」

 

「ヒッキー。今日は貸し切りだから、中の階段じゃないと。外からは二階に入れないと思うよ?」

 

「比企谷くん。後ろがつかえているのだし、さっさと受付に進むべきだと思うのだけれど?」

 

 もしや内心を見抜かれたかと焦りつつ。「今に至ってなお、逃げられそうなら逃げたいとは思っていました」と頭の中で自白しながら、八幡は雪ノ下雪乃の言葉に従って受付に進んだ。学生証を出して少額の参加費を支払って、由比ヶ浜結衣が誰かと軽く会話をしている様子を眺めていると。

 

「クラスと有志と、両方の打ち上げに出たい奴もいるだろうしさ。みんな別々に打ち上げの計画を立ててたはずなのに、俺のプランに賛成してくれて。だから助かったのは俺の方だよ」

 

「クラスの方は別にいいやって人もいると思うんですけど〜。でもでも、葉山先輩の呼びかけがあったから、これだけ大勢が集まったんじゃないですか?」

 

 雑多な声が飛び交っている中でも、知り合いの発言は不思議と耳に残る。あの辺りには決して近付かないようにしよう。そんなふうに身構えながら気配を消そうと試みる八幡だったが、今日はどうにも上手くいかない。

 

「さっきのバンドの影響かしら。何だか、いつもよりも注目を集めている気がするのだけれど」

 

 ただ立っているだけでも、雪ノ下と由比ヶ浜は衆目を集めがちだ。それに文化祭でバンド演奏を披露してから、まだ一時間も経っていない。

 

「あたしたち三人が揃ってるってのも大きいかも。えーと、どこ行こっか。ヒッキーはやっぱり二階の方がいいよね?」

 

「まあ、一階のライブハウスはウェイウェイしたい奴らが集まるだろうしな。でも、クラスの集まりにも行きたくねーし、どうしたもんかね」

 

「それなら、共通のスペースに居れば良いわ。由比ヶ浜さん、文実の渉外部門の面々に、到着の報せをお願いできるかしら?」

 

 雪ノ下の指示を受けて、すぐさま由比ヶ浜がメッセージを書いている。それを若干引き気味に眺めながら、八幡が雪ノ下に。

 

「なあ。由比ヶ浜が俺から役職を引き継いだのって、昨日の夕方だよな?」

 

「そうね。でも、私の記憶違いでなければ……文実とほぼ無関係だった月曜日の時点で、既に溶け込んでいた気がするのだけれど」

 

 二人して由比ヶ浜の適応力にびびっていると、その当人が。

 

「階段を上がったところにみんな居るって……って、どうかした?」

 

「いえ、何でもないわ。では、二階に上がりましょうか」

 

 

 雪ノ下の言葉に従って三人が階段を上がると、まず多くの間仕切りが目に入った。フロアの中央が共有のスペースとして割り当てられていて、外周部を細かく区切ってクラスや部活や有志で集まっている。仕切りは移動式の簡易なもので、気軽に行き来ができる形だ。

 

 そこまで確認して中央部に目を向けると、見知った顔が並んでいた。その中の一人が口を開く。

 

「お疲れ様です、副委員長」

 

「文化祭が終わった今、その肩書きはもう意味をなさないのだけれど?」

 

 雪ノ下がきょとんとしながら問い掛けているが、八幡には何となく彼らの気持ちが解った。要は「雪ノ下さん」と呼ぶのが気恥ずかしいのだ。敬遠する気配は感じないので、そのうち落ち着くところに落ち着くだろうとは思うが。仕方なく、フォローを入れる。

 

「どっかの誰かみたいに、気軽に『ゆきのん、お疲れー』とか言い辛いからな。ま、お前の仕事ぶりに敬意を表してくれてるって感じで受け取っておけば良いんじゃね?」

 

「ヒッキー。今の、誰の真似だし?」

 

「あれ。最近やっとお前のノリが掴めたなと思ってたんだが?」

 

「いくら納得できる内容でも、あの話し方では台無しね。普段は淡々と話しているだけに、急にテンションが変わると耳を塞ぎたくなるのだけれど?」

 

 そんなやり取りに「また始まった」と忍び笑いを漏らす委員たちは、階段から少し離れた辺りに三人を招き入れて。飲物が入った紙コップを片手に、めいめいが話を始める。やがて他の面々もぽつぽつと加わって、さながら文実の打ち上げのような様子を見せるのだった。

 

 

 そして宴もたけなわとなり、八幡の近くには奉仕部の二人の他にも見知った顔がいくつか加わっていた。

 

「とつはやを極めた今、次なる目標はもちろん……」

 

「だから大勢の場では擬態して過ごすし。妄言は部屋に帰ってから聞くし」

 

 鼻血を拭いてあげたり、帰ってからなら話を聞くと言ってくれたり。何だかんだで面倒見が良いよなと八幡は思う。すっかり見慣れた由比ヶ浜の呆れ笑いに、思わずもらい笑いをしそうになる。と、そんな八幡の肩を、誰かがちょんちょんと突いて来た。

 

「深く追及しないほうがいい気がして、ぼく、今まで聞き流してたんだけど。ちゃんと理解したほうがいいのかな?」

 

「いや、早まるな戸塚……ってでも、戸塚がそっちに興味を持ったら……待て待て。戸塚は男、戸塚は男、戸塚は戸塚……あれ、戸塚がどうなったら俺にとってベストなんだ?」

 

「は、八幡?」

 

「あ。すまん。でも、何てかあれだな。由比ヶ浜の交友関係の広さとか、J組の仲の良さとか。知ってたつもりでも、近くで見てるとすげえなって思うよな」

 

 かろうじて正気に返った八幡は喋りながら話題を探して、すぐ近くの光景を取り上げた。由比ヶ浜の周囲には人が絶えないし、雪ノ下はJ組の輪の中に違和感なく入れている。もっとこう、クラスに君臨してるイメージだったけどな、と思いながら。八幡は緩めた顔を元に戻して、そのまま周囲を見渡した。

 

「でもまあ、文実の連中が周りに居てくれるのは助かってるし、うちのクラスの連中が集まるのも分かるんだが」

 

「F組とJ組に他のクラスも加わって、完全に囲まれてるよね」

 

 苦笑交じりにそう付け足してくれた戸塚彩加の言葉通り、今や周囲には四種類からなる人の壁ができていた。

 

 一つは打ち上げの最初期からずっと居てくれる文実の委員たち。一つは雪ノ下のもとに馳せ参じたJ組の生徒たち。そして日頃から戸塚の世話を何くれと焼いているF組女子を中心とした一団が控え。最後にF組はもちろん他クラスの生徒も大勢加わって、由比ヶ浜に群がる集団がいる。

 

 そんな人の渦の中心にいて、八幡はどうにも落ち着かない。それにそもそも。

 

「後夜祭でも打ち上げでも、名目は何でも良いんだけどな。ただ喋ってるだけって気がするんだが、これで良いのかね?」

 

「うーん、どうだろ。でも、無理にゲームとかして盛り上がるのも、八幡は嫌がりそうだけど?」

 

「あー。まあ、知らん連中とどんなノリで盛り上がれば良いのか分からんからな。楽しいビンゴ、とか歌ってれば良いのかね?」

 

 発言を文字通りに受け取って、戸塚は「ビンゴもいいかも」と想像を膨らませている。そこに別の声が加わった。

 

 

「どんな曲かは分からないのだけれど。演奏が必要なら……」

 

「いやいや待て待てその話題をここで出すのは……遅かったか」

 

 三人の演奏が聴けるかも、と期待の目を多数向けられて。これを避けるべく、話題には気を付けてたんだがなと八幡は思う。だが雪ノ下の考えは違ったみたいで。

 

「今日はもうバンドはやらないんですか?」

 

 周りに群がる誰かからの質問を受けて、間を置かず返事を口にした。

 

「残念ながら、レパートリーが少ないのよ。それにさっきの二曲は、今日はもうあれ以上の演奏は無理だと思うから。申し訳ないのだけれど」

 

 言葉の割にはまるで詫びる様子がないが、周囲を納得させるにはこの態度が効果的だろう。そう八幡が考えた通り、辺りからはバンドを期待する空気が消えて。代わりに閉会式での演奏を振り返る声が大きくなった。

 

「なるほどな。たしかに話題を避けるよりも、さっさと答えたほうが早いわな」

 

「そうね。それよりも比企谷くんは……」

 

「あ、悪い。メッセージが……って小町か。夕食の話だと思うから、えーと、何だっけ?」

 

 雪ノ下が別の話題を出そうとしたら、ちょうど八幡にメッセージが届いたので話が途切れる。とはいえ雪ノ下にとっては良いタイミングだったみたいで。

 

「そろそろ、この環境で我慢するのも限界でしょう。小町さんのメッセージを言い訳に、そそくさと退席したら角が立たないと思うのだけれど?」

 

「いや、その提案はありがたいんだが。お前って、さりげなく角が立つ表現を入れてくるよな」

 

「つまり『すごすご』とか『こそこそ』のほうが良かったと、貴方は言いたいのよね?」

 

 悪びれる様子もなく堂々と言われると、逆に清々しく思えてしまう。雪ノ下の本意が、揶揄ではなく言葉遊びにあると知っている八幡は。

 

「俺の一押しは『尻尾を巻いて』だな。尾っぽをくりんとさせた猫が走り去る姿を想像して……あー。俺が悪かったって認めるから、猫世界に飛んで行ったお前の意識に戻って来て欲しいんだが」

 

 雪ノ下の反応を見て、少しの焦りと呆れが混じった平坦な口調で何とか取りなす。

 

「……そうね。その表現が至上であると認めるのは、やぶさかではないのだけれど。話を戻すと、()()()()退席する口実には良いのではないかしら?」

 

「あ、ヒッキー帰るんだ。でも()()()の呼び出しじゃ仕方ないよね。じゃあ、()()()!」

 

 二人の発言から言葉の裏を読み取って。更には先ほど顧問に言われた「打ち上げで会おう」というセリフを思い出して。この後の展開を予想しながら戸塚を見ると、にこにこしながら頷いてくれる。

 

「ほいじゃ、まあ、そういうことで」

 

 そう言って立ち上がった八幡は、周囲の生徒たちの間をすり抜けて。時おり思い出したように「すまん、妹から連絡が」と口にすることで、無事に囲みを抜け出した。

 

 この世界に捕らわれた人々は、兄弟姉妹が揃って巻き込まれている者たちをいたわる気持ちが強い。でも何だかズルをしている気がして、普段の八幡なら妹を理由にするのはできるだけ避けるのだが。

 

 今日は実際に連絡が来ていることもあり、色々あって疲れているので許して貰おう。そんなことを考えながら、八幡はライブハウスの外に出てメッセージを読んだ。そして集合場所の駅前にて、妹と再会を果たすのだった。

 

 

***

 

 

 妹の比企谷小町と一緒に電車に乗って、海浜幕張で降りる。駅を出た八幡は、何度か入ったことのある大きな建物を目指した。

 

 ホテル・ロイヤルオークラの最上階にあるエンジェル・ラダー。そこが、親しい面々が集まる二次会の会場だと妹に教えられたのだ。平塚静の手配によって、お店は貸し切り状態になっているらしい。

 

「たしか、夏休みの最後に勉強会をした時だったかな。戸塚が『一緒にバーに行ったの懐かしいね』って言い出して。また行けば良いんじゃねって話になったんだよな」

 

「あの時のメンバーって、お兄ちゃんの他には雪乃さんと結衣さんと、あと戸塚さんと沙希さんだっけ?」

 

「だな。その五人に小町と平塚先生と、他には誰が来るのかね?」

 

「ふっふっふ。それは後のお楽しみということで」

 

 内心では「まあ見当は付くけどな」と思いながらも、妹が楽しそうなので余計なことは口にしない。とはいえ小町も兄の自制には気付いていて、「お兄ちゃんも成長したなあ」と妹らしからぬことを考えていたりする。

 

 入り口の前でお互いに服装を確認し合って。制服の着崩しを直してから、兄妹は横並びになってホテルのドアを抜け屋内に入った。

 

 

 エレベーターで最上階まで移動する。そして八幡は、かつて雪ノ下に教えられた通りに、妹に向かって腕を向けた。あの時とは違って遠慮も何もなく、ぐりんと腕を回してくる妹に苦笑しながら。八幡はお店に足を踏み入れた。

 

 開け放した扉のすぐ裏側には、いつか見たNPCが控えていた。恭しく頭を下げられ、そのまま奥へと導かれる。そこには先客の姿があって。

 

「おっそーい。こっちだってお偉いさんに、ひととおり挨拶を済ませてから来たのにさ。ほら、もうこんなになってるよ?」

 

「陽乃、大丈夫だ。生徒が揃うまでは三杯で止めておくと言っただろう。あ、すいません。特注のお水をもう一杯」

 

「静ちゃんのそれって、お水じゃなくて水割りでしょ?」

 

 呆れ声で指摘しながら平塚の相手をしている雪ノ下陽乃が、兄妹を出迎えてくれた。二人はカウンターに並んで座っていて、陽乃の前にはオレンジジュースが置かれている。

 

「あれ、お酒は飲まないんですか?」

 

「年齢的には大丈夫なんだけどね。万が一でも酔っ払って醜態を晒したら問題になるから、外では飲まないのよ。ま、わたしじゃなくて家の決まり事なんだけどさ」

 

 気のせいか、普段よりも陽乃の仮面が緩んでいるように思えた。一緒にバンドをしたことも要因の一つだろうが、と八幡が考察を進めていると。すぐ横から小声が聞こえて来た。

 

「ねね、お兄ちゃんお兄ちゃん。小町、雪乃さんのお姉さんに紹介して欲しいんだけど?」

 

「お、もしかしなくても比企谷くんの妹ちゃんだよね。この間はちゃんと挨拶できなかったからさ。雪ノ下陽乃です。好きなように呼んでね」

 

「比企谷小町です。兄がいつもお世話になってます。あれ。でも、この間って?」

 

「ほら、夏休みの合宿の時に。解散場所に雪乃ちゃんを迎えに行って。あの時は慌ただしくてごめんねー」

 

「いえいえー。小町的には陽乃さんに覚えてもらえてただけで、もう充分に幸せです!」

 

 あの時には、小町と戸塚には目もくれなかった気がするのに。こうして記憶をアピールして心を掴みに来る辺り、やっぱり陽乃さんは陽乃さんだなと八幡は思った。とはいえ、うちの妹は天然な気質でしてね、と八幡が内心でつぶやいていると。

 

「お兄ちゃんどうしよう。雪乃さんのお姉さんだから当たり前だけど超美人だし、優しいし。小町、お義姉ちゃんって呼びたくなって来たかも」

 

「お、いいねー。大歓迎だよー」

 

 小町が天然の狩人の目になって、兄のお嫁さん候補に加えるべきかと精査を進めていた。八幡が唖然としている横で、二人の会話が続く。陽乃が座る目の前までててっと近付いた小町は、陽乃の両手をやおら掴んで。

 

「じゃあ陽乃さん。お兄ちゃんのこと、よろしくお願いしますね!」

 

「わたしは()()()でも良いんだけどねー。雪乃ちゃんとくっついても『お義姉ちゃん』になるんじゃない?」

 

「おうふ。た、たしかに……」

 

 たしかにじゃねーよと八幡は思った。

 

 小町が「お義姉ちゃん」という意味で話しているのを、どうやって見抜いたんだろうなと考えつつ。何だか暑い気がするなと、ガラス張りの窓から遠くを眺めていると。視線を感じたので、仕方なく顔を元に戻す。

 

「ほら、比企谷くんも満更でも無さそうだし。小町ちゃん、期待大だよ!」

 

「陽乃さん。いえ、お義姉ちゃん。小町の長年の苦労が、やっと……むぐっ」

 

 三文芝居の末に小町が抱きついて、陽乃の胸に包まれて窒息しそうになっている。そんな光景を眺めながら「早く誰か来てくれないかな」と他力本願な八幡だった。そしてもう一人は。

 

「あ、すいません。特注のお水をもう一杯」

 

 マイペースで杯を重ねていた。

 

 

 それほど待たずして、残りの面々が揃って姿を現した。先頭に立つのは雪ノ下と由比ヶ浜。その後ろには川崎沙希と戸塚がいる。そこまでは予想通りだったが、なぜか材木座義輝と、彼を引き連れた城廻めぐりの姿が。更に最後尾にはもう一人。

 

「なんなの、この組み合わせ?」

 

「でもさ。結衣さんの誕生日に小町の家で集まった時と、あんまり変わってなくない?」

 

「ねえ小町ちゃん。微妙に俺だけ家を追い出されてる気がするんだが。大丈夫よね?」

 

 相手をするのが面倒だなあという表情で、小町がこちらに近付いてくる面々に視線を向けると。

 

「今日は姫菜と優美子は、あっちの二次会に行くって言ってたよ。だからえーと、二人の代わりにさいちゃんと中二が入った感じ?」

 

「それと、姉さんと平塚先生もね。『どうして居るのかしら』と言いたいところではあるのだけれど。その前に……」

 

「すっかり出来上がってるけど、あんたら先生に何杯ぐらい飲ませたんだい?」

 

 由比ヶ浜が小町の発言を拾ってくれて、そこに雪ノ下が補足を加える。それに続けて、このバーでバイトの経験がある川崎が、カウンターで醜態を晒している教師を指差しながら疑問を口にした。八幡が答えて曰く。

 

「いや、飲ませたっつーか……勝手にどんどん飲んでたな」

 

「ぼく、お店の人に言ってお水をもらって来るね?」

 

「否、必要あるまい。見よ、平塚女史は既に水の入ったコップを手にしておるではないか!」

 

「このお水には焼酎が入ってたりするんだけどねー。あはっ。それにしても君、個性的な話し方で面白いね」

 

「ぬぐうぉっ。か、過分なお褒めに与りかたじけなく御座候」

 

 戸塚の提案を自称・売れっ子作家の観察力で材木座が退けると、陽乃がその話し方に反応した。えへんと胸を張る材木座を、八幡が冷めた目で眺めていると。

 

「はるさん、何だか疲れてないですか?」

 

「まあねー。比企谷くんたちが来るまで、静ちゃんの愚痴を延々聞かされてたからさ。なんでも、お気に入りのバーテンダーが今日はお休みみたいでね。『NPCにも休みがあるのに私は……』って、二重の意味でショックを受けてて」

 

 長い付き合いゆえに陽乃の様子を不審に思った城廻が問い掛けると、聞いている全員が脱力するような話を陽乃が語った。珍しく妹も含め、みんなから同情の視線を集めて。陽乃は更に話を続ける。

 

「あとね。『一緒にバンドをしたからには私も同世代だ』って嬉しそうにしてたんだけどさ。その、静ちゃんが好きなミュージシャンって、比企谷くん知ってる?」

 

「たしか、椎名林檎・くるり・SUPERCARをデビュー当初からリアルタイムで聴けて良かったとか何とか。GRAPEVINEとかpillowsは後追いだったと言ってましたね。んで、俺が『アジカンも同じ頃ですか?』って尋ねたら、その……」

 

「わたしもさっき相鎚を打つのが面倒になって、つい『ナンバーガールは聴いたことないなー』って言っちゃって。でも解散が十年近く前なんだよねー。静ちゃん一押しだから、今度ちゃんと聴こうとは思ってるけどさ」

 

 どう言い繕おうとも、年齢の差は動かせない。その現実を突き付けられてショックを受けたのだろうと、カウンターに倒れ伏す教師に黙祷を捧げる一同だった。

 

 場の雰囲気を変えるように、陽乃がそのままこう提案する。

 

「ま、みんな適当に座ったら?」

 

 

 他の参加者を待つ間に、八幡はカウンターに座る二人の近くに机を持って来て、大勢が近くに集まれるように配置を整えていた。十人ちょいで貸し切りって贅沢だなと思いながら。一斉に腰を下ろす一同のうち、いまだ発言のない最後の一人を眺める。

 

「で、なんでおま……一色がこっちに来たんだ。葉山のほうには行かなくて良いのか?」

 

「あ、惜しい。えっとですね〜、話せば長くなるんですけど」

 

 八幡とは「お前」呼び一回ごとに貸し一つという契約を結んでいる一色いろはが、聞かれるのを待ってましたとばかりに話し始める。

 

「いくら外の人の味覚が微妙だからって、ちょっと悔しいじゃないですか〜。だから別のレシピを考えて、朝から色々と実験……食べて貰ってたんですけど」

 

「なあ。今更このメンバーで、取り繕う意味ってあるのか?」

 

「せんぱい。細かいことを言ってると嫌われますよ。でですね〜、見事レシピが大ヒットして、クラスの出し物も大成功。そこまでは良かったんですけどね〜」

 

「一色さんのお陰で上手くいったと盛り上がる男子生徒と、最初からそのレシピを出せば良かったのにと一色さんの作為を疑う女子生徒で揉めていたそうね。さすがに昨日とは違って、女子の大半は中立だったみたいだけれど」

 

「ほーん。じゃあ昨日と同じで、下手に当事者がいたら争いが過熱しかねないから逃げてきたってとこか。一色も大変だな」

 

 雪ノ下の補足によって全容を理解した八幡は、頷きながらそう口にしたのだが。それを聞いた雪ノ下は。

 

「先程のPA室でも思ったのだけれど。どうして貴方が、一色さんのクラスの揉めごとを詳しく把握しているのかしら?」

 

「あ、いや、それはだな……」

 

「え、だって昨日クラスから距離を置いてた時に、せんぱいで暇潰し……相手をして貰ったので。あれ、これって言ったらまずいやつでした?」

 

 可愛らしく舌を出して誤魔化そうとしている一色はともかく、八幡には大勢の視線が集まっていた。一色としては、この顔ぶれなら変に誤解されることも無いだろうと、事実をそのまま口にしただけなのだが。

 

 慌てる八幡に何かを言わせる隙すら与えず。並み居る女性陣が順次、口を開く。

 

「比企谷くん。昨日の放課後は一色さんと一緒に過ごしていたのね」

「ヒッキー。いつの間にいろはちゃんと、こんなに仲良くなったんだし?」

「あたしは受付に座ってただけだし、偉そうなことは言えないけどさ。みんながあんたを心配して、今日の対策とかも考えてたんだけど?」

「その頃お兄ちゃんは、可愛い後輩と逢い引きを……もしかして小町、お兄ちゃんの育て方を間違えちゃったかな?」

「よしよし。小町ちゃんの代わりに、浮気者はお義姉ちゃんが懲らしめてあげるからねー」

「せんぱいの浮気者〜」

 

 どうして俺を責める側にいるのか納得できないやつが約一名いるが。とにかくこの場を収拾して欲しいと、八幡は残る三人に目で助けを求める。しかし。

 

「八幡、昨日『さっきも』って言いかけたでしょ。あれ、一色さんと会ってた時のことだよね。どうしてぼくに言ってくれなかったの?」

「八幡よ、大人しく裁きを受けるが良い。なに、命までは取らぬだろうて」

「比企谷くん、モテモテだー。先週のカラオケでは嬉しいことを言ってくれたし、助けてあげたいんだけどねー」

 

 孤立無援かと思っていたが、城廻が妙なことを口にしたので大勢が頭の上に疑問符を浮かべている。八幡が心の中で「このままめぐりっしゅしちゃって下さい」と三下のようなセリフを思い浮かべていると。

 

「あのね。もっと雪ノ下さんと仲良くなりたいなー、みたいなことを言ったら、比企谷くんが『はるさんよりも身内みたいな扱いだ』って言ってくれてね」

 

「ちょっと比企谷くん。表現が曖昧だからハッキリさせたいんだけどさ。雪乃ちゃんは、めぐりを、わたしよりも身内と見ていると。そういう意味で良いんだよね?」

 

「比企谷くんにしては良いことを言うじゃない。頼れる先輩と、事あるごとに難題を吹っ掛けてくる実の姉と。身内にしたいのはどちらか、明確だと思うのだけれど?」

 

「へえ。雪乃ちゃんが身内じゃないって言うのなら、手加減の必要は無いよねー?」

 

 先程のステージ上に続いて、姉妹の間で話が盛り上がっている。その他の面々がそこに口を挟めるわけもなく。そして姉が次に口にする言葉を予測しているのか、強く唇を噛みしめながら雪ノ下が身構える中で、陽乃が言い放ったのは。

 

「じゃあここで、雪乃ちゃんの休日の過ごし方を大公開しちゃうよー。まあ、リビングでは読書したりピアノを弾いたり、そんなに意外な行動じゃないけどね。これが自室で一人になると……」

 

「ちょっと姉さん。さっきも思ったけど、どうして知ってるのよ。お願い、やめて!」

 

「パンさんのグッズを抱きしめながら、超真剣な顔で猫動画を集めてるんだよねー」

 

 ここに姉妹の勝敗は決した。とはいえ雪ノ下も然る者。すぐさま「だから何だというのかしら?」と開き直っていた。いずれにせよ、俺から話題が逸れて良かったと八幡が胸をなで下ろしていると。

 

「動画って言えばさ。さっきのあたしたちの演奏、みんなで観ない?」

 

 由比ヶ浜の提案に、すぐさま全員から賛成の声が上がった。残念ながら別の二次会に顔を出しに行くという城廻を見送って、一同はガラス窓の前に垂らされたスクリーンを眺める。

 

 程なくライブの模様が映し出されて。「自分の演奏を観るのは恥ずかしいんだが」と、もぞもぞしていた八幡が、自らが大映しになった場面でいたたまれなくなるのだが。

 

 

 その後も演奏を振り返ったり、文化祭の想い出を語り合って、話題が尽きないまま。彼らの打ち上げは、年齢を理由にお店を追い出されるまで続くのだった。

 




次回は来週末に更新する予定です。
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