俺の青春ラブコメはこの世界で変わりはじめる。   作:clp

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本章ラストにして息抜き回の第二弾です。
タイトルは原作7.5巻から流用させて頂きました。



幕間:彼ら彼女らの行く末に幸多からんことを。

 文化祭が終わって早くも一週間が過ぎた。比企谷八幡は授業の疲れを引きずりながら、今日も今日とて部室に向かう。今晩から土日にかけては絶対に家でだらだらしてやると、そんな決意を固めながら教室の扉を開けると。

 

「こんにちは、比企谷くん。昨日までに輪を掛けてお早いお越しだけれど、逃げ足も上達するものなのね」

 

「クラスの連中に捕まらないように必死だからな。むしろ俺からすれば、これだけ急いで来てもお前が先なのが不思議なんだが?」

 

 ふっと笑うだけで、返事はせず。教室の奥でお茶の準備をしていた雪ノ下雪乃は、いったん自分の席に戻ってきた。いつもなら八幡と由比ヶ浜結衣が来るタイミングに合わせて時間差でお茶が出てくるのだが、早く来すぎたのは確かみたいだ。

 

 ともに椅子に腰を掛けて、八幡が口を開く。

 

「ま、J組は仲が良さそうだったけど、だからといって疲れないわけじゃないだろうしな。一人の時間も大切だって、平塚先生とかが諭してくれたら楽なんだが」

 

「他力本願をたしなめたい気もするのだけれど。どうせ貴方のことだから『逃げ足をみがいて自力で対処している』などと言うのでしょう?」

 

 口にするはずの言葉を先んじられて、八幡は苦笑しながら応対する。

 

「ぼっちは自力が基本だからな。たまに他力を願うぐらいは見逃して欲しいんだが。それよりも、今週は月曜が代休だったのに妙に疲れる気がするんだよな」

 

「案外そういうものよ。週四日よりも週六日のほうが疲れを感じないのではないかしら、社畜谷くん?」

 

 呼び掛けそのものは気にも留めず、目を濁らせた八幡が軽く頷きながら。

 

「なんかマジで将来、社畜になってる気がして憂鬱なんだが」

 

「専業主夫よりは現実的だと思うのだけれど。それと、文化祭が終わってから授業に熱が入っている気がするわね。模試の結果も良かったことだし、体育祭が近付いて皆が浮かれる前に少しでも、と考えておられるのではないかしら?」

 

 それも疲れる理由の一つだろうと示唆して席を離れ、紅茶をカップに注ぎに行く。そんな雪ノ下の動きを目で追って、自分が授業に集中していることも疲労の原因なのだろうと八幡は思った。立ち上がりながら部長様の背中に向かって。

 

「取りに行くから運ばなくていいぞ」

 

「では、私のぶんもお願いできるかしら。由比ヶ浜さんが来るまでに用意しておきたいものがあるのよ」

 

 そう言った雪ノ下はポットから最後の一滴までを注ぎ切ると、手早くもう一人分の手配をして教卓に向かった。カップを二つ手に持って、その行く先を眺めると。

 

「ノートパソコンか。って、まだ文化祭の仕事が終わってねーのか?」

 

「平塚先生が、今日の放課後はこれを使うようにと。私も詳細を伝えられていないのだけれど、あまり良い予感はしないわね」

 

「将来の心配よりも、現状の社畜化をどうにかしないとなあ……」

 

「見てみないと分からないとはいえ、文化祭の仕事量と比べれば大したことはないはずよ。貴方の処理能力なら、社畜には程遠いと思うのだけれど?」

 

 特に深い意図もなく、思ったままを口にしているだけなのだろう。しかし評価の辛い部長様にそう言われ、思わず視線を明後日のほうに向けてしまった。手は震えていないものの、カップを置く前に聞かなくて良かったと思いながら椅子に腰を下ろして。

 

「そういや、文化祭の仕事があと一つ残ってたな」

 

「それも今日でお終いなのだし。大した話にはならないはずよ」

 

 そんな話をしていると、廊下から聞き覚えのある足音が聞こえた。すぐに扉が開いて、すっかり見慣れた顔が元気な声とともに飛び込んで来る。二人は気安い返事を口にしながら、もう一人の部員を迎え入れるのだった。

 

 

***

 

 

 由比ヶ浜が持ち込んだ大量のお菓子を頬張りながら、まずはお茶を堪能する。仕事よりも雪ノ下とお喋りしたいだろうなと推測していた八幡だったが。一息ついた後で顧問の指令を伝えると、俄然やる気を見せられ苦笑いする。

 

 そんな由比ヶ浜の勢いに押されてノートパソコンを立ち上げると、デスクトップの中央にはテキストファイルが一つ。そこには、奉仕部の新たな活動内容が記載されていた。

 

 題して、『千葉県横断お悩み相談メール』と。

 

 お互いの顔を見合わせた後で、画面を覗き込むためとはいえ思った以上に近いなと思った八幡は、何でもない風を装いながら自席に戻った。それを静かに見送った二人は、各々の感情と場の空気を打ち消そうとするかのように、順次口を開く。

 

「これって、依頼が直接来るってこと、だよね?」

 

「依頼人の名前だけはチェックするものの、内容はノータッチだと書いてあるわね。確かに、相談したくとも教師には言いにくいという生徒にとっては、理想的な形だとは思うのだけれど」

 

「俺らにはペンネームでも可って書いてあるもんな。要するに、依頼人が身元を明かしたくないなら明かさなくても良いってことか」

 

「一方で平塚先生は、依頼人が誰かを把握するだけで内容には関知しないと。……その、実は一学期の終わり頃に先生と少し話をしたのよ。生徒会経由とか、顧問とは別のルートからも依頼を受けられないかと相談したのだけれど」

 

「これが平塚先生の答えってことか。まあ確かに、良くできた仕組みだとは思うが。俺らに答えられない相談が来たら……ってこれか。『君たちの裁量に任せる』って良く言えば信頼、悪く言えば丸投げだな」

 

「でもさ、『困った時にはいつでも相談に乗る』って言ってくれてるし。実際にやってみてから考えてもいいかなって、あたしは思うんだけど……」

 

「そうね。既にメールも何通か届いているのだし、まずは内容を見てみましょうか」

 

 メールをチェックしていた雪ノ下がそう言って、すぐに動きが止まった。もう一度パソコンを見に行くのが億劫でもあり照れ臭くもある八幡が首を傾げていると。由比ヶ浜が雪ノ下の背後から密着するようにして画面を覗き込んで。

 

「げ。この『剣豪将軍』って多すぎない?」

 

「あー、すまん。後で俺がまとめてゴミ箱に捨てとくわ」

 

 そうは言うものの、結局は全てに目を通して返事をするんだろうなと考える由比ヶ浜は、八幡に温かい視線を送る。そっぽを向きながら「返事は一通しか出さねーぞ」と考えているのだろう八幡に、二人は続けて苦笑いを送って、そのまま画面をスクロールした。すると。

 

「この変な顔文字は……ゆきのん、これは見ないほうがいい気がするんだけど?」

 

「でも、そういうわけにもいかないでしょう。私が読むから、由比ヶ浜さんはお茶を飲んで休んでいてくれるかしら?」

 

 話が読めないまま何となく雪ノ下の口元を眺めていた八幡は、「少し重くなってきたし」という声にならぬ呟きが聞こえた気がした。とはいえ何が重いのかは詮索しないほうが良い気がして、そのまま部長様の様子を見守っていると。

 

「ペンネームの割には依頼内容はまともだったわ。簡単に言うと『小説を書いてみたものの友達に見せるのは恥ずかしいから、読んで感想をもらえないか』ということね。依頼の文章も丁寧だし、添付ファイルの容量を見る限り、おそらく短編だと思うのだけれど」

 

「うーん。あたしは読まないほうがいい気がするけど……」

 

 雪ノ下の説明に頷きながらも、由比ヶ浜の不安は晴れない。このままでは話が進まないと考えて、八幡が。

 

「まあ、誰を警戒してるのかは分かるんだが。あの人って何だかんだで作品には真剣に向き合ってる気がするし、のっけから全力は出さないんじゃね?」

 

「そうね。全く読まないわけにもいかないし、少し読んでみて問題がありそうなら中断するわね」

 

「うん、それなら大丈夫かな。あ、あたし、ゆきのんの朗読を聞きたい!」

 

「俺も作品の書き出しには興味があるから、音読してくれるなら助かるな」

 

 お茶とお菓子を味わいながら希望を口にする由比ヶ浜に続けて。すっかりお尻に根が生えてしまった八幡も、上半身をぐてっと机に預けながら願望を重ねる。二人の要望を受けた雪ノ下は。

 

「二人とも、少しだらけ過ぎではないかしら。でも、そうね。冒頭の一節だけなら読み上げても良いわよ?」

 

 この後の予定も考慮して部員に歩み寄った雪ノ下は、機嫌良さそうに添付ファイルを開いて。

 

「ん、どうした?」

 

「ゆ、ゆきのん。もし姫菜が書いたのだったら、無理しなくても……」

 

「……いえ。読み上げると口にしたからには、それを翻すわけにはいかないわ」

 

 部屋の空気が急激に張り詰めていき、緊張が三人を包む。雪ノ下の決意表明に対して、どう反応すれば良いのかと二人が悩んでいる間に。覚悟を決めた雪ノ下が口を開いた。

 

「じゃあ、読むわね。ごほん……『うふんくすぐったいダメよもうすぐママが帰って来るんだからとトムは言ったのだがボブは強引に……』」

「ゆきのん、ストーップ!」

「音読とか言った俺が悪かったー!」

 

 慌てて制止する二人を見て、肩の力を抜きながら。気心の知れた面々しか居ない場でも、不用意な発言は避けようと心に誓う雪ノ下だった。

 

「その、あれだ。返事は俺が書いておくから、ちょっと休んどけ」

 

 そう言ってノートパソコンを受け取った八幡は、少し考えた末に色々と馬鹿らしくなって来て、思い付いたままを書くことにした。曰く。

 

『マーガレットはどこに消えたのでしょうか。ボブは訝しんだ』

 

 そのまましばらくの間、部室には静かに各人が茶をすする音だけが響いていた。

 

 

***

 

 

 少し時間を置いて、ようやく精神的なショックを払拭した三人は徐々に動きを見せ始めた。雪ノ下はお茶のお代わりを淹れるために立ち上がり、由比ヶ浜は食べ終えたお菓子の包みを片付けて。その間に八幡は再びメールを開いて、形ばかりの励ましのメッセージを送っておいた。

 

 そのまま三人が再びお茶をすすっていると。

 

「ひっ……って、メールが届いただけで、あたしなんでこんなにビビってるんだろ?」

 

「まあ、さっきのがアレだったからな。えーと、二通あるんだが。一つは『一度は着たい花嫁衣装、当方教職収入安定……』っと平塚先生で、もう一つは『運営』っておい。どっちも見たくねーな」

 

「その二択なら、先に運営を片付けましょうか。ゲームマスターからのメールでなければ、何とかなると思うのだけれど」

 

 運営でも顔見知りには常識的な人が多かっただけに、由比ヶ浜も八幡もその意見に頷いていた。今日はもう雪ノ下に音読させる気になれない八幡は、そのままメールを開く。

 

「えーと。要するにこれ、バイトのお誘いだな。再来月の頭には関西一円まで世界が広がる予定なのに、作業に遅れが出ているんだと。『千葉村の次は明治村とか作ってみない?』とか言われてもなあ……」

 

「それ、東北方面をアップデートする予定は無いのよね?」

 

 雪ノ下の反応を怪訝に思いながらも八幡が頷くと。

 

「そう。青森県と岩手県と山形県にある猫屋敷だけは私が作りたいと思っているのだけれど」

 

「えっと。ゆきのんそれって、そういう地名があるってこと?」

 

 由比ヶ浜の疑問に「これぐらいは常識なのだけれど」とでも言いたげな表情で首を縦に動かす雪ノ下。それを見て、つい魔が差した八幡は。

 

「俺の記憶が正しければ、北陸にたしか猫ノ目って地名があったぞ。あと京都には猫鼻ってところが……」

「明日にでも作ってくるわね」

 

 迷いのない返答を耳にして「これで解決で良いや」と考える八幡だった。何だか返事を書くのが億劫なので、次のメールを開けてみると。

 

「あ、いや。平塚先生からの依頼で、明日の予定を空けておくようにとさ。……って俺、一日だらだらする予定だったんだが」

 

「ヒッキー。明日何をするかとか、詳しいことは書いてないの?」

 

 落胆の色を露わにして、首を捻りながら「無い」と答える八幡に、雪ノ下が何かを尋ねようとしたところ。

 

「うおっ、ってノックか。来たんじゃね?」

 

「そうね。……どうぞ」

 

 許可を受けて、相模南が部室に入ってきた。

 

 

***

 

 

 依頼人席に座らせた相模にお茶を出して、お菓子も食べさせて。一息ついた頃合いを見て雪ノ下が口火を切った。

 

「では、相模さんの依頼を総括しようと思うのだけれど」

 

「つっても、閉会式の時にこいつが自分で言ってただろ。本人が理解できてることを繰り返すのって、面倒臭いだけだと思うんだが?」

 

「ヒッキー、そんなだから小町ちゃんに捻デレって言われるんじゃん。ま、いいんだけどさ」

 

 冒頭からやる気の欠片もない八幡がそう言うと、由比ヶ浜が投げやりな口調でそう応えた。だが部屋に入った時点で硬くなっていた相模から少し力が抜けるのを、雪ノ下は見逃さなかった。苦笑を内心に留めながら話を進める。

 

「スキルアップという点を考えると、もっと仕事を割り振るべきだったと思うのだけれど……」

 

 たちまち相模の顔が青くなるが、雪ノ下はそのまま話を続ける。

 

「文化祭は大成功と言っても過言ではないのだし、相模さんに不満が無いのであれば、こちらも取り立てて言うことはないのだけれど?」

 

「え、でも。うち、迷惑ばっか掛けたしさ」

 

「さがみんはそう言うけど、あたしだって体力がもたずに一日休んじゃったしさ。反省するのはいいけど、いつまでも後ろ向きだと疲れちゃうし。そろそろ、ね?」

 

 そう言った由比ヶ浜は相模の現状を理解している。文化祭での一件が尾を引いて、今も相模のグループはぎくしゃくしたままだった。だが、まずは本人が気を取り直さないことには、集団の問題も解決できない。そう考えて、由比ヶ浜は依頼の総括を理由に相模を部室に呼ぶことを提案したのだった。

 

 あとは由比ヶ浜に任せておけば大丈夫だと思った八幡が、ふと廊下のほうへと顔を向けると。ドアに張り付いている人影が目に入った。一つため息をついて口を開く。

 

「あー、お前らの話を遮って悪いんだが。平塚先生、入って来たらどうですか?」

 

 八幡の呼び掛けに応えて勢いよく扉を開けながら。悪びれる様子もなく堂々と、平塚静が姿を見せた。

 

 

「平塚先生、いつから廊下に?」

 

「ふむ。相模の背中を押した時からかな」

 

 さっそく雪ノ下が問い掛けるも、どうやら予想の範疇だったらしく口調は案外柔らかい。むしろ顧問の返事を聞いて「最初からか」と呟いた八幡のほうが呆れる色が強かった。由比ヶ浜は苦笑しているが、平塚がこれほどノリが良いとは知らない相模は唖然としている。

 

「それで、メールの詳細を説明しに来てくれたんですよね?」

 

「あ、明日の予定はあたしも知りたいなって。どこに行くんですか?」

 

「ペンネームから推測すると、結婚に関連したイベントではないかと思うのですが?」

 

 八幡に続けて由比ヶ浜と雪ノ下が顧問に質問を投げかけている一方で、急な展開にも平然と対応している三人を見て相模が呆然としている。そんな四人の生徒を順に眺めて、平塚が口を開く。

 

「そうだな。これも縁だし、明日は相模も来るかね。雪ノ下が推測した通り、ブライダル会社のイベントに誘われてな。文化祭で頑張っていた君たちへのご褒美にどうかと思ったのだよ」

 

「あ、さっきのペンネームだと、もしかして花嫁衣装が着放題とか?」

 

 由比ヶ浜の呟きに教師が大きく頷きを返すと、一瞬だけ迷う仕草を見せた後で言葉を続けた。

 

「行ってみたいけど、あたしだけだと寂しいから……ゆきのんも行こっ!」

 

「由比ヶ浜さん。そう何度も抱きつかないで欲しいのだけれど。でも、私は気にしないのだけれど。ウエディングドレスを着ると婚期が遅れるという話は知っているのかしら?」

 

「げっ、それってやばいかも。でも着てみたいし……。どうしよ、ゆきのん?」

 

 猫型ロボットに泣きついている小学生みたいだよなと思いつつ。このところ猫関連のあれこれを雪ノ下が隠さなくなってきたので、これ以上はネタにしないほうが良いかと思った八幡は。

 

「俺も詳しくは知らんけど、ドレスじゃなくて和装とかなら良いんじゃね。あと、花嫁衣装だけじゃなくて、来賓にお薦めの衣装とかは無いんですか?」

 

「うむ。新郎新婦だけではなく、来賓のドレスも揃っているらしいぞ。今回はご褒美のつもりなので無理強いはしないが。興味があるのなら、昼の一時に例のホテル・ロイヤルオークラまで来たまえ」

 

 そんな教師の提案を前向きに検討している二人を眺めながら、八幡は己の決意を伝えるべく口を開く。

 

「ま、そういう話なら着る着ないは別にして行ってみりゃ良いんじゃね。じゃあ俺は明日は……」

 

「言い忘れたが、他に男性役が居ないので比企谷にはぜひ参加して欲しいのだが。もっとも、雪ノ下と由比ヶ浜が見知らぬどこかの馬の骨と並んで婚礼衣装を身にまとっても良いと言うのなら、無理強いはしないがね」

 

「いや、その言いかたは狡くないですかね。どう答えても俺の黒歴史になる未来しか見えないんですけど?」

 

「君の捻くれた回答が正解だということだよ。では、私以外に同行者四人で申し込んでおくので、楽しみにしていたまえ」

 

 こうして口をいっさい開く間もなく、相模の参加は規定事項となっていた。

 

 

***

 

 

 翌日、写真を大量に撮ってくるようにと妹から指令を受けた八幡がホテルの一階で佇んでいると。

 

「ちょ、うちが最初に来たからって、あからさまに残念な顔にならないでよ!」

 

「おい、ここはホテルだからな。あんま騒がないほうが良いぞ。あと残念な顔って言われても、俺はだいたいいつもこんな顔なんだわ」

 

「そうね。たまにはやる気に満ちた顔を……そんな比企谷くんなんて存在するのかしら?」

 

「ゆ、ゆきのん。ほら、ライブの映像みたいにさ。やる気が無さそうにしながら真面目に動いてるのがヒッキーじゃん」

 

 なんだか三者三様の言われようだなと思いつつ。そのまま由比ヶ浜が会話をリードする形で話が進んで行くのを聞くとはなしに聞いていると、視界の端に大人の女性がちらりと映った。

 

 そちらに目を向けながら三人に「来たぞ」と告げると。教師のあまりの変身ぶりに、相模が口をぽかんと開けて固まっている。遠くから見てると綺麗だし恰好良いんだけどなと、そんな不埒なことを考えていると。

 

 こちらに気付いた教師が手招きをして来た。そして八幡に向かって、グーパンチを喰らわせる素振りを見せる。両手をお腹に当てて苦しそうな演技をすると、少年のような表情を見せてくる。なんでこの人は男に産まれなかったんだろうなと、そんなことを思ってしまった八幡だった。

 

 

 ブライダル会社から説明を受けた後で、女性四人が奥へと姿を消した。男って扱いが軽いよなと思いながら、でもそのほうが俺の性には合っているなと考えながら、紋付き袴に着替える。そして待つことしばし。一人目が姿を見せた。

 

 最初に現れたのは、全てが一つの色で統一された、いわゆる白無垢姿の由比ヶ浜。普段の元気な様子はすっかり影を潜めて、しずしずと自分のもとに近寄ってくる。ろくに声も掛けられず、そして由比ヶ浜もまた何を口にして良いのか分からないみたいで。係の人に言われるがままに、二人で並んで写真を何枚も撮られた。初々しい二人の様子には、スタッフの多くが好感を持ったと言われたが、八幡にはそれに答える余裕は無かった。

 

 ようやく開放されたかと思いきや、すぐに二人目が姿を見せた。引き振袖の雪ノ下が慣れた足取りで近付いてくる。思わず息を呑んだのが相手にも伝わったみたいで、お互いに顔を赤くしながら。やはり係の人に言われるがままに、多くの写真を撮られてしまった。立ち位置を変更する時になぜか八幡のほうが蹴躓きそうになり、雪ノ下に支えられた瞬間まで撮影されてしまったのは八幡にとって痛恨だった。

 

 そして落ち着く間もなく三人目。色打掛を身にまとった相模が「なんでうちがこんな目に」と呟きつつも、意外にも晴れやかな表情で歩いてくる。こんなイベントに強制参加させられて災難だったなと思いながらも、これで相模の気持ちが切り替わるのなら結果オーライだなと考える八幡は、前の二人を相手にした時とは打って変わって平然とした顔で写真に収まっていた。それをすぐ横で眺める相模が内心でどう思っていたかは、八幡には一切伝わっていない。

 

 再び男性用の控え室に連れて行かれた八幡は、そこでタキシードに着替えた。平塚先生のことだから、婚期を逃す云々よりも着られる機会に着ておくことを優先したのだろうと。そんなふうに軽く考えていた八幡だったが。

 

 淑やかにゆっくりと歩み寄ってくるウエディングドレスを着た美女を見て、周囲から音が消えた気がした。そんな静謐の中で、平塚先生だけが動いている。そして八幡の眼前で足を止めて、無邪気な微笑みを見せてくる。誰かの呟きをそのまま反芻して、思わず「綺麗だ」と口に出してしまって。なのに八幡は、自分が言ったことに気付いていない。

 

 ぼそぼそと何やら呟くだけでまともに返事を口にできない教師だったが、周囲のスタッフが上手に事を運んで、そのまま撮影会が行われた。

 

 

 のちに全ての写真を吟味した比企谷小町は、最後の写真が一番良かったと。そう結論を下したのだった。

 

 

 

原作6.5巻に続く。

 




次回から原作6.5巻に入ります。
来週末の更新を予定していますが、連休前ゆえに週明けになるかもです。
ご意見、ご感想、ご指摘などをお待ちしています。

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