俺の青春ラブコメはこの世界で変わりはじめる。   作:clp

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いつの間にか連載二周年を迎えていました。
本作に興味を持って頂いて、ここまで読み続けて下さって、本当にありがとうございます。
完結を目指して引き続き頑張りますので、よろしくお願いします。


以下、前回までのあらすじ。

 体育祭運営委員長が決まらないまま十月を迎え、仕方がないと腹を括った城廻は奉仕部を訪れた。生徒会長選挙のことも考慮しつつ話を向けると、奉仕部の三人からは相模の現状を教えられた。

 十日の体育祭を無事に開催するために、更には相模グループの状況を改善させるために。雪ノ下は委員長に立候補すると同時に「使える人員を総動員する」方針を表明した。

 そして城廻と奉仕部三人が全員赤組だと判明して。四人が目指すべき目標に「体育祭の優勝」という要素が加わった。



02.いいようのない不安を抱きつつも彼女は将来を見据える。

 午後の授業をいつも以上に真面目に受けて、比企谷八幡は放課後を迎えた。気を抜くと、お昼休みに部室で話したことをあれこれ考えてしまいそうになる。そんな急いた気持ちを抑えるために、八幡は教師の話に意識を集中して過ごしたのだった。

 

 文化祭以来の習慣で、八幡は即座に教室を抜け出すと廊下を早足で歩く。クラスから充分に距離を置いて、ようやく「ふう」と息を吐いて足を緩めた。

 

 八幡には不本意なことなのだが、同級生の間では既に「捻デレ」という言葉が浸透しているので、無理に話しかけてくるような生徒は居なくなって久しい。だから別に逃げる必要は無いのだが、大勢から生暖かい目で見守られるのはどうにも性に合わない。

 

 この行動が過剰反応で、未来の自分にとっては黒歴史になるのだろうと分かってはいても。教室にて大人しく、多くの視線に晒される身に甘んじるつもりは無かった。

 

 そもそも、と八幡は思う。俺なんかがバンドで目立ってしまったのが間違いだったのだ。とはいえ、同じ部活のあの二人と一緒にバンドをしたことは否定したくない。あの時間はごく控え目に言っても最高だったと断言できる。では、俺はどうすれば良かったのだろう。無人の観客の前で演奏すれば良かったのだろうか。

 

 そんなどうしようもない思考に陥りそうになって、八幡は軽く首を振った。それに「俺なんか」と考えるのは止めて欲しいと、性別不詳の友人に言われている。ぼっちには身に余る境遇だと考えながら、のろのろと意識を戻して、会議室に足を向けようとしたところ。

 

 

「はちまーん」

 

 背後から呼びかけられて、ぐるんと音がしそうな勢いで振り向くと。両手を胸の前で握りしめて横に振りながら、こちらに向かって駆けてくる可愛らしい何かの姿が目に入った。周囲に多くの生徒が存在していることも忘れて、八幡は走り来る戸塚彩加を抱き留めるべく、両手を大きく広げようとした。

 

「もう。さっきから呼んでたのに、八幡がどんどん先に行っちゃうから……」

 

 しかし、半端な距離を残して戸塚は立ち止まり、膝に手を当てて肩で息をしている。動きかけた両手を鎮めて、八幡はゆっくりと戸塚に近付いて行った。顔は床に向けているものの、こちらの気配が伝わったのか。戸塚はそのままの姿勢でこう言った。思わず頭を掻きながら答える。

 

「逃げるのに必死だったからか、ぜんぜん聞こえてなかったな……。んで、どうする。今から遊びに行くか?」

 

 この程度のことでいちいち謝る必要は無いと言われているので、八幡はそのまま勢い込んで戸塚を遊びに誘う。なのに何故か、戸塚に苦笑されてしまった。

 

「八幡、会議室に行く途中だったでしょ。すっぽかしたら雪ノ下さんと由比ヶ浜さんが怖いんじゃない?」

 

「げ、そうだった。わざわざ追い掛けてくれたのに悪いな……って、あれ。じゃあ戸塚はなんで?」

 

 少しだけ真顔に戻って、戸塚がその質問に答える。

 

「さっきの授業とか凄く集中してたけど、八幡ちょっと疲れてない?」

 

「あー。いや、大丈夫だ。昼休みに部室に呼ばれただろ。今度の体育祭も手伝うことになってな。今のうちに授業をちゃんと聞いておこう、みたいな感じかね」

 

 たちまち戸塚の表情が崩れて、何やら笑いを堪えている。変なことは言っていないはずだがと考える八幡の耳に、温かい声が聞こえて来た。

 

「奉仕部の活動が楽しみだけど、ちゃんと授業も聞かないとって思って真面目に頑張ったんだよね。そういうの、八幡の良いところだなって」

 

「な、なあ。俺を褒めても何も出ねーぞ?」

 

 慌ててリア充連中が使っていたような言い回しで返したものの、どうやら冗談ではなく本気で言っていると思われたらしい。目は相変わらず笑っているものの少し頬を膨らませている。慣れないことはするもんじゃないなと考えていると。人差し指を立てながら戸塚が口を開いた。

 

「ぼくが八幡をおだてるようなこと、言うわけ無いでしょ。でも……無理しないでね」

 

「彩加……あ、いや。あれだ。ありがとな。んで、なんか用があったんじゃねーの?」

 

 またもや二人だけで居る錯覚に陥って、何か小っ恥ずかしいことを口にしかけた八幡だったが、どうにか正気を取り戻した。気のせいか頬が少し色付いているなと考えながらじっと反応を窺っていると、つやつやした唇が滑らかに動く。

 

「むー。八幡って、いつもいきなりなんだから……。あのね、ぼくも会議室に呼ばれてて。ちょこっと部活に顔を出して来るけど、また後でねって。それだけ、だったんだけど……」

 

 上目遣いでそう言われると、大袈裟に頷きを返すしかできない。何度か首の上下運動を繰り返してから、八幡は動きを止めて気を入れ直して、端的に答えた。

 

「おう。じゃあ、また後でな」

 

 ともに軽くなった気持ちを抱えながら、再会を約した二人はそれぞれの目的地へと向かった。

 

 

***

 

 

 文化祭が終わって、早くも二週間と少し。それに準備期間も二週間程度に過ぎなかったのに。半年に亘って通い慣れたクラスや部室ほどでは無いけれども、会議室に入った八幡は不思議な懐かしさを感じていた。

 

 教室の上座には移動式のホワイトボードが準備されていて、その手前の机では白衣の教師が突っ伏していた。どうやらお疲れらしいので、動き出すまでは触れないでおこうと八幡は思う。

 

 入り口で立ち止まったまま周囲を窺うと、ロの字型に並べられた机のうち向かって右手側には生徒会役員の姿が見えた。ならば自分たちはこっちだなと、八幡は向かって左手側の下座に(教師からできる限り離れた場所に)腰を落ち着けた。

 

 生徒会役員からの視線には、適当に手を挙げて応えておいて。そのままぼーっと過ごしていると、程なく顔見知りの連中が入って来るのが見えた。

 

 

 先頭を歩くのは、運営委員長を務める雪ノ下雪乃。それに並んで由比ヶ浜結衣。更には三浦優美子と海老名姫菜が続いている。

 

 三浦の性格を思うと、雪ノ下と張り合って先頭争いをしそうなものだが、不思議とそうした気配は無い。かといって二番手に甘んじているという様子でもなく、雪ノ下と由比ヶ浜が前を歩いても苦しゅうないとでも言いたげな度量の広さを感じさせた。

 

 そんな四人の姿を眺めながら、八幡は思考を進める。

 

 祭り上げられるのは好きではないと言っていた雪ノ下は、トップカーストと呼ぶには微妙な立ち位置だ。何故ならば、当の本人が多段階のカースト制度には否定的で、派閥を作ろうともしないのだから。

 

 だが実態としては全校のトップに君臨していると言っても過言では無く、そもそも自分が人の上に立つことを求める性格だ。それが可能な能力と責任感も併せ持っている。だというのにトップカーストとしての恩恵を受ける気は無いらしく、どこまで行っても個人での振る舞いを貫いている。

 

 だからより正確には、別格という表現が相応しいのだろう。

 

 それに対して、三浦・海老名・由比ヶ浜は文字通りトップカーストだと言えそうだ。

 

 女王としての三浦は多くの信奉者を抱えていて、頻度は少ないけれども適切な裁定によって集団をまとめている。些事には拘らない性格ゆえに、物事の筋目を通してさえいれば義務もノルマも何も無い。この高校で平穏に日々を過ごしたいのであれば、三浦のシンパになっておけば間違いないと言われる所以だ。

 

 海老名は腐女子からの熱烈な支持に加えて、オタク趣味の男子からも密かに人気が高い。当人には集団を率いるような面倒なことをする気はさらさら無いのだが、欲望の赴くままに創作を続けているだけで勝手に信者が増えて行くのだから楽なものだ。海老名はただ作品を定期的に発表すればそれで良い。支持者の団結は固く布教にも熱心だ。表には見えにくいものの、恐るべき一団と言って良いだろう。

 

 由比ヶ浜は広く男女から支持を集めている。特に、過去に揉めごとに巻き込まれた生徒たちや、どちらかと言えば弱い立場の生徒たちから頼りにされている。苦しい状況に陥っても寄り添ってくれるとなると、恋愛感情を抱く男子も出そうなものなのに、それを表に出させず不満も言わせず場の雰囲気を維持する才覚が由比ヶ浜にはあった。それは今や、三学年上のとある女子生徒と比較されるほどの域に至っている。

 

 こうした状況を考えれば、三人が互いに不干渉となっても不思議ではないのに。それぞれの支持者に囲まれて過ごすようなことはせず、トップカースト三人娘として仲睦まじく過ごしているお陰で、校内の安寧は保たれている。それぞれの支持者同士で対立することもなく、二番手以下のカーストやその眷属と諍いを起こすこともない。

 

 その見返りとして、彼女らはトップカーストとして有形無形の恩恵を受けている。もちろんそれらは大それたものではなく、移動教室の際に真っ先に座る場所を選べる程度のものでしかない。それに、遠慮し合ったり牽制し合ったりで席が決まるまでに時間が掛かるよりは、定められたカースト順に座っていくほうがスムーズに事が進む。

 

 カースト制度があるから平和なのか、それとも平和だからカースト制度が認められているのか。ここまで来るとどちらが原因でどちらが結果か混乱してくるが、要はトップカースト三人娘と番外席次のお陰で。彼女ら四人の関係が良好なので、校内静謐ということだ。

 

 だけど、もし。仮に彼女らが争ったらどうなるのだろうか。

 

 もちろん紛争を期待しているわけではない。でも体育祭の競技の中で、ルールに従った形でなら、見てみたい気がする。できれば集団同士で、同時に個人の闘いをも見られる形なら最高だ。

 

 

 そんなことを考えていた八幡は、最後に生徒会長に伴われて教室に入ってきた奇妙な装いの旧知の男がそれを現実のものにしてくれるとは、夢にも思っていなかった。

 

 

***

 

 

 関係者が一堂に会して、今季初の体育祭運営委員会が始まった。まずはホワイトボードを背に長机の中央に位置を定めた雪ノ下が口を開く。雪ノ下から見て左手には生徒会長の城廻めぐりと、目を覚ました平塚静が。右手には由比ヶ浜と、末席から引っ張って来られた八幡が座っている。

 

「では、初回の会議を始めます。のちのち何人かが加わる手筈になっていますが、まずは少数精鋭で話し合いたいと思いこのメンバーを招集しました。よろしくお願いします」

 

 上座に並ぶ五人に向かって右手には、先程と同じく生徒会の面々が。左手には三浦・海老名と、その二人から大きく離れて材木座義輝が座っていた。一同を順に見渡して、雪ノ下はそのまま言葉を続ける。

 

「まず前年度との違いですが、会場設営や競技に必要な制作物の作成は、この世界では省略できます。ただし労働力が要らないというだけで、むしろデザインの重要性が増しているとも言えそうです。単純労働よりも頭脳労働が求められていると考えて下さい」

 

 すぐ右の席から聞こえた「うげっ」という声の主に「貴女なら大丈夫」という気持ちを込めて優しく微笑んで、更に話を続けた。その他の面々は今のところ頷く程度で、発言を差し挟む気配は無い。

 

「そのため、伝統的に各運動部から人を出して貰って構成する現場班には、事前の仕事を割り振らなくても済みそうです。当日の競技の際に人員整理をお願いする程度ですね。彼らを統率する責任者を、首脳陣から一人選ぼうと考えています」

 

「それって、ここには運動部が誰も居ないと思うんだが、六月に運動部と文化部で対立してただろ。それが蒸し返される可能性は考えなくても良いのか?」

 

 見知った顔ぶればかりなので、気楽な口調で八幡が疑問を述べた。適切なタイミングで合いの手を得られたからか、満足げに頷きながら雪ノ下が答える。

 

「貴方の心配はもっともだし、だから責任者には運動部の生徒を充てようと思うのだけれど。その話は当人が来てからね」

 

 多分あいつだろうなぁと思いながら、八幡はひとまず矛を収めた。そのまま雪ノ下の話が続く。

 

 

「では、先に目玉競技の話をします。例年、男子と女子で一つずつ目玉競技が行われて来ました。城廻先輩、去年はこれですよね?」

 

「うん、コスプレースだよー。男女一緒にしてみたんだけど、直前の衣装お披露目の時にPTAから苦情が来ちゃって。結局大人しいのになっちゃったから、みんなの記憶に残ってないみたいなんだよねー」

 

「保護者への配慮やら何やらで、目玉と謳う割には毎年地味な結果に終わっているのだよ。私としては、そろそろ面白い競技を見てみたいのだが?」

 

 城廻に続けて平塚がそう補足した。

 

 どんな際どいコスプレを予定していたのだろうと探求心が湧いた八幡だったが、なぜか身の危険を感じてそれ以上を考えるのを止めた。視界の隅では材木座が「ぐふっ」と奇妙な笑い声を漏らしているが、触れないでおこうと結論付ける。

 

「では海老名さん。それから材木座くんに、目玉競技を考えて欲しいのですが。……海老名さんの趣味嗜好はさておき、文化祭の劇は質が高かったと報告を受けています。材木座くんの文章力はさておき、作品の設定を考えるスピードは評価できると。それに明確なパクリでさえ無ければ設定だけなら意外と面白いのにと比企谷くんから聞いています。いかがでしょうか?」

 

 唐突に名前を呼ばれて驚きはしたものの、即座に海老名はにやりと笑みを浮かべた。雪ノ下に頼られるのも嬉しいことだが、盛り上がる競技を考えるという役柄は望むところだ。そう考える海老名は、趣味嗜好に釘を刺されたことをすっかり聞き逃している。

 

 そして材木座は、雪ノ下に酷評されるのが常だっただけに少し褒められただけで有頂天になっていた。くいっと眼鏡をずり上げて、「きらーん」と呟きながらやる気を見せていた。

 

 そんな二人の様子を見て「早まったかしら」と思いながらも「いざとなれば却下すれば良いわね」と考え直して、雪ノ下が補足を加えた。

 

「ただ、アイデアを制限するようで申し訳ないのですが、特別な衣装などを用意する場合は作業が必要になります。つまり現場班にも事前に働いて貰う形になります。この世界では予算の問題はあまり考えなくても良いのですが、できるだけ手間が掛からない案を出して貰えると助かります」

 

 二人が頷くのを確認して、雪ノ下は次の議題に移る。

 

 

「当日の仕事には、他に救護や放送があります。私案ですが、救護は私と城廻先輩を。放送は女子が由比ヶ浜さんと三浦さん、男子は比企谷くんと葉山くんを考えています」

 

 そう言われて身の危険を感じた八幡が海老名を見ると、どうやら目玉競技を考えることに脳の大部分のリソースを費やしているのか、赤いものを噴き出しそうな気配は無かった。現在の安心と未来の不安は隣り合わせなのだなと、哲学的な思考に嵌まりそうになるのをぐっと堪えて口を開く。

 

「葉山に現場班の統率を任せると思ってたんだが、違うんだな。まあそれは後に回すとして、俺に人前で喋らせるのはどうなんだ?」

 

 確かにその点は不思議だと、他の面々も納得のいかない表情で雪ノ下を見つめている。

 

「そうね……。責任者という意味で名前を挙げたのだけれど、男子の放送は戸部くんを中心に考えているのよ。葉山くんも貴方も、率先して話すというタイプではないし、とはいえ戸部くんの暴走を抑えるためには葉山くんだけでは心許ないと考えたのだけれど。どうかしら?」

 

「戸部の喋りに突っ込みを入れるだけなら、まあ何とかなる、か。俺としては救護班に入ってテントでゆっくり過ごしたいところなんだが」

 

「ヒッキー。そういうのが無いようにって、ゆきのんが配置を考えたんじゃないかな?」

 

 深く納得した一同だった。

 

 だが、フォローの言葉を口にした由比ヶ浜だけが、何か言い知れない違和感を感じていた。雪ノ下には別の意図があるようにも思えたのだが、どうにも見当が付かない。だからきっと気のせいだろうと由比ヶ浜は思った。

 

 

「ここに居るメンバーで話し合えるのは、この辺りまでだと思うのだけれど。何か気になることがあれば……」

 

 そう口にしながら会議室の中を見回す雪ノ下に、すぐ隣から声がかかった。城廻だ。

 

「えっと、お昼休みに委員長をお願いして、それから体育祭の資料を見たんだよね?」

 

「ええ。時間の余裕が無かったので完全には把握できていませんが、休み時間に何とか最低限は押さえたつもりだったのですが……?」

 

 もしや至らぬ部分があったのかと、雪ノ下が目を見開いている。それに対して城廻は、少し難しそうな表情を浮かべて話し始めた。

 

「資料の理解は、充分過ぎるほどなんだけどねー。んーと、率直に言うよ。雪ノ下さん、無理してない?」

 

「いえ。今のところは大丈夫ですが……?」

 

 そんな二人の会話を聞きながら、八幡は由比ヶ浜と顔を見合わせて、目だけで相談を始めた。城廻がこの話を持ち出してくれて、それでようやく思い至ったことがある。

 

 お昼に委員長を引き受けた時に、雪ノ下は弾けるような笑顔を浮かべていた。二年に進級してからの濃密な付き合いによって、八幡も由比ヶ浜も、雪ノ下の笑顔を数種類ほど見分けることができる。部員をねぎらってくれる控え目な笑顔。諧謔を楽しむ茶目っ気な笑顔。何かを企んでいる怪しげな笑顔。そして、良く言えばやる気に満ちている、悪く言えば暴走のおそれもある過激な笑顔。

 

 委員会が始まったばかりで疲労も溜まっていないのに、どうして心配されているんだろう。おそらく雪ノ下はそんなふうに思っているはずだ。きょとんとした表情からそれを読み取って、八幡と由比ヶ浜は再び視線を合わせて「どうしよっか」と伝え合う。

 

 今のところ倒れる心配などは杞憂だろう。だが、雪ノ下が倒れなければ良いというものではない。八幡と由比ヶ浜は、そしておそらく城廻も、そもそも雪ノ下に無理をして欲しくないのだ。いくら午後の休み時間に軽く資料に目を通すだけで、運営委員長に必要な知識を頭に詰め込めるほどの理解力に恵まれていても。それだけでも、自分たち平の運営委員と比べると、どれほどの仕事量になるだろうか。

 

 そうした二人の懸念に加えて、話を出した城廻はもう一つ、大きな疑問を抱いていた。より正確には、その疑問が心の中で大きくなるのを感じていた。つまり、こういうことだ。

 

 責任者である限り、雪ノ下は誰よりも多くの仕事をしないでは居られないのではないか?

 

 もちろんそれが功を奏すこともあるだろう。だがどんな時にもどんな場合でも人より多くの仕事を求めるようでは、上に立つ者としては危うい。今回のように期間限定の役職であればそれでも良いが、仕事が長期に亘る場合に(例えば生徒会長のような)、雪ノ下をトップに据えることは、正しい形だと言えるのだろうか。それよりも、トップに別の人を据えて、雪ノ下には特権を与えて自由に動いて貰う形のほうが安定するのではないか。ちょうど今の生徒会と奉仕部の関係のように。

 

 城廻は長期的な視点で物を考えることができる。だから目先の結果よりも一年後の成果を重視する。仮に体育祭が最低限の体裁を整えるだけの内容に終わっても、会長人事が落ち着くところに落ち着くならそれで良いと思っていた。同時に、特定の個人に多大な犠牲を強いるようであれば、自分の責任でそれを避けるべきだとも思っている。

 

 おそらく雪ノ下に委員長をお願いした時点で、体育祭が大成功で終わることは確定したのだろう。だがそれは、雪ノ下に無理を強いていると言えるのではないか。あるいは逆に、この程度で心配するようでは、雪ノ下を信頼していないと受け取られるかもしれない。

 

「それなら良いんだけどねー。頼る時は早めにみんなを頼るように、約束だー。おー!」

 

 いずれにせよ、成功に終わるという結果が定まっても、そこから更に内容を高めることはできる。もしも今回、雪ノ下をトップに据えてもそこに負担を集中させることなく、上手く組織が回るような形を見出せれば、おそらくそれがベストだ。本音を言えば城廻も、雪ノ下が生徒会長として全校生徒を導く姿を見たいのだから。

 

 そう考えて迷いをひとまず棚上げして、少し強引な形になったが教室の雰囲気を盛り上げる。きっと、ここに居るみんなが雪ノ下を助けてくれるだろう。そう考えながら。

 

 

 盛り上がりが一段落したその直後、会議室に二人の男子生徒が姿を見せた。




なぜか二周年が10日だと思い込んでいた、変なところで抜けている作者の最新話がこちらです。
更新直前にようやく気付いて、慌てて前書きを書き直しました。。


次回は一週間後に更新する予定です。
ご意見、ご感想、ご指摘などをお待ちしています。


追記。
細かな表現を修正しました。(8/3)

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