俺の青春ラブコメはこの世界で変わりはじめる。   作:clp

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改めて、タイトルが本当にごめんなさい。

以下、前回までのあらすじ。

 男子の目玉競技は、開始早々に八幡主導の奇襲が成功して、白組の棒は地に倒れた。だが演技スキルを目一杯に利用したその作戦は果たしてありなのか、敵味方に観客や運営の生徒たちも含め、その多くが困惑している。

 そんな雰囲気の中、審判部に属する相模南が「失格」を連呼する声が鳴り響いた。



06.よして! るーるに違反しないように頑張ったのにと彼は命乞いをする。

 視線の先では、柔道の投げ技によって宙を飛んだ男子生徒が、白組の棒を押し倒していた。

 

「こんなの、絶対にずるい。うち、放送席に行ってくる!」

 

 そう言って審判部のテントから放送席に駆け込んで、マイクを奪い取るようにして夢中で絶叫した。その時点でやっと、正気に戻る。

 

 放送席では葉山隼人の発言はもちろんのこと、比企谷八幡とその周囲の発言も拾えていたので、詳しい事情を把握できていた。しかし相模南は審判部のテントで競技を眺めていただけなので、実況と葉山の発言しか聞いていない。

 

『相模さん、落ち着いて。失格の対象や根拠について、詳しい説明をして欲しいのだけれど?』

 

『え、えっと。審判部の相模です。その、葉山くんが運営委員会であれだけ念押ししてたのに、演技スキルを使ったことと。みんなも見たように、演技スキルって何でもありな感じだから、反則だって思って。だから失格だって、この競技は赤組の反則負けじゃないかなって、うちは思ったんだけど……』

 

 八幡に好意的な立場であれば「葉山が執拗に迫って約束させた」となるのだろうが、葉山に好意的な立場からすれば「八幡が葉山との約束を無下にした」と見えるのだろう。いかに八幡を見る目が以前とは違うとはいえ、相模はもともと葉山を憎からず思っていた。それに加えて。

 

『あ、あとさ。みんなも知ってると思うけど……うちら文化祭の時に、ヒキタニくんの悪い噂を流したじゃん。その、今さら言っても遅いけどさ。あれはうちらが間違いで、事実とは違ってて。だから、うちらの勘違いで済まされる問題じゃ無いと思うけど、いつかちゃんと謝りたいって思ってて。あの時はホントにごめんなさい』

 

 文化祭での失敗が、相模の頭にずっと残っていた。実際に噂を流したのは取り巻き連中だが、彼女らと仲直りを果たした今、相模はそれを自分の罪でもあると受け入れていた。相模についてきた四人も含め、全員が八幡の居る方角に向けて頭を下げる。そして、だから。

 

『……だから、ヒキタニくんに申し訳ないって思ってるから尚更、こんなことは見過ごしたくなくて。葉山くんが、正々堂々と戦おうって言ってたのにさ。うち、ちゃんと作戦とかを練って、葉山くんとヒキタニくんが対決するのを見たかったから。だけど、これって反則じゃん……』

 

 そこまで言い終えて、相模は握りしめていたマイクから手を離した。そして俯いたまま、身動きしない。

 

 その肩に、触れる手が一つ。そして逆側の肩にも一つ。先に手を伸ばした由比ヶ浜結衣に頷かれ、自由になる側の手でマイクを引き寄せた雪ノ下雪乃が口を開いた。

 

『運営委員長の雪ノ下です。相模さんの主張を審判部からの物言いとして認め、公開審議を開催したいと思います。当事者の二人、葉山くんと比企谷くんの周囲の発言は、マイクを通して全員に向けて放送されます。それから、審判部の責任者は由比ヶ浜さんと葉山くんの二人です。当事者への質問や二人が下す裁定もマイクを通して全て公開されます。葉山くんは複数の肩書きを担う形になりますが、公平な振る舞いを期待しています』

 

 雪ノ下の取り計らいにより、結論は八幡と葉山と由比ヶ浜の三人に委ねられた。

 

 

 海老名姫菜が設定を少し変更して、葉山と八幡の中間辺りにマイクを設えて、二人のみならず周囲の発言が全員に向けて放送される形になった。品のない野次などは慎むようにと雪ノ下が注意事項を述べている間に、手配を済ませた海老名がOKを出す。すると最初に口を開いたのは、倒れた棒の近くに佇む学ラン姿のこの男。

 

『じゃあ俺から。競技中にヒキタニくんと話してたのを聞いた奴も居ると思うけど、相模さんの話も含めて簡単に整理すると……やっぱり運営委員会でのやり取りが、そもそもの発端かな。さっきのチバセンで、雪ノ下さんと姫菜が戦術を競ったみたいに、俺もヒキタニくんと正々堂々勝負をしてみたくなってね。だから、演技スキルは封印して欲しいって思って話題に出したんだけどさ』

 

 さすがに理路整然と、葉山がそう主張する。どうして葉山がそこまで八幡に拘るのかと、その点だけは疑問が残るものの。他はだいたい理解し易い内容だ。

 

 もとから付近に居た白組の生徒たちに加えて、自陣に棒を置いて集まって来た赤組の生徒たちも、視線をもう一方へと移す。葉山とは適度な距離を置いて向かい合っている男へと。

 

『俺が「一筆書いてやる」とか言い出したのが良くなかったのかね。けどなぁ……あの話を言われるまでは、別に勝敗に拘りは無かったんだけどな。優勝の行方を左右する展開になるとも思ってなかったし。それが、使う気が無かったのに厳重に念押しされて、逆に「じゃあ一筆には違反しない形で使ってやるわ」って思ってな』

 

 自分の話を全校生徒が聞いている状況ゆえに、気を抜けば変なことを口走りそうだし手の汗も凄い。それでも八幡は、優勝するという約束のために。そして自分が立てた計画に従って奮闘してくれた材木座義輝や柔道部の三人、遊技部の二人にJ組の保健委員のために。何とか平静を装って軽い口調で話に応じた。

 

『えっと、つまり隼人くんが挑発したって部分もちょこっとあったし、ヒッキーが意固地になったって部分もちょこっとあったってことだよね。うーんと。あたしもその場に居たんだけどさ、両方の気持ちが分かるなーって感じなんだよね。だから、ヒッキーがホントに違反してないかってところから進めたいんだけど、どうかな?』

 

『そうだね。俺が気になるのは、「棒倒しで演技スキルを申請しない」という約束だったのに、どういうカラクリだったのかなって』

 

 そう問い掛ける葉山に、八幡が手品のタネを告げる。

 

『発想の転換みたいなもんだけどな。「棒倒しで」じゃなくて「何時から」で申請しただけなんだわ』

 

『なるほど、謎は概ね解けたわ。なんだか怪しいとは思っていたのだけれど。チバセンでウィニングランを提案したのは、時間を長引かせるためね?』

 

 話の収拾を三人に任せたはずの雪ノ下が、八幡の策を看破した勢いに乗って早々に口を挟んできた。八幡と由比ヶ浜、それに城廻めぐりが苦笑する一方で、葉山が何やら考え込んでいる。

 

『そうか……本来なら閉会式が始まる時間に棒倒しが始まったんだよね。つまりヒキタニくんは「閉会式で使う」という形で申請したってことかい?』

 

『厳密に閉会式に紐付けられると、発動できないかもしれないだろ。だから摘要には「体育祭の()()()」って書いて、申請は「何時から」で出して、ついでに体育祭のプログラムを添えて提出したんだわ。ちなみに摘要の続きは「弓矢の代わりに人間を投げて那須与一をやる」って感じな』

 

 八幡は得意げに語っているものの、話を聞いた生徒たちはどう反応したものかと困惑している。だがそんな空気を気にも留めず、雪ノ下が話を整理する。

 

『比企谷くんは「遅れて始まる最後の競技で」という意図で、でも運営が申請書類を見れば「最後の閉会式で」と受け取れるように誘導したわけね。小細工の仕方が陰湿というか卑劣というか……さすがの悪知恵だわ』

 

『ゆきのん、それ全然ほめてないから。でさ、ヒッキーの気持ちも分かるんだけどさ。詳しい話を聞くほど、せこいって言うか、ずるいって言うか、そんな気持ちになるんだけど……確かに違反はしてないみたいだけどさ』

 

 そんなふうに部活仲間の二人からも微妙な判定を貰ってしまった。

 

 だがそもそも八幡が考える正々堂々とは、陰湿・姑息・卑怯・卑屈・卑劣な策でも惜しみなく駆使するところにある。そうした手段を使えるのに使わないほうが相手に対して失礼だと内心で嘯く八幡は、彼女らの評価にちょっと喜んでいたりもする。でも、この気持ちが外に漏れたら「褒めてないし」と怒られそうなので、高二病的な笑いが表に出そうになるのを頑張って堪えていた。

 

 いずれにせよ、一筆に違反していないとの認定さえ得られれば、八幡とて全校生徒に受けが悪そうな話を長々と続けたいとは思わない。ゆえに話を逸らす。

 

 

『まあ、色々と綱渡りが多かったけどな。申請が通っても、実際に時間に遅れが出るかは未知数だったし、ウィニングランを提案したのも成り行きだったしな。つーか、葉山の対応が予想通りで助かったわ』

 

 敢えて挑発しているのがバレバレだとしても、葉山はこの話題をスルーできないだろう。そう八幡が推測した通り、葉山が食い付いてきた。

 

『それは、どういうことかな?』

 

『最初に話した時に「二人ではどうやっても棒を倒せない」って言っただろ。あれ聞いた時は「やばいな」って思ったんだがな。要はあれだ。材木座がいかに空を飛ぼうとも、あいつ個人の力と、城山が巴投げに込めた力と、二人分のパワーしか無いんだよな』

 

 説明の途中で八幡の主旨を把握したのか、先程までは軽い笑みを絶やさず余裕のある様子だったのが、一転して厳しい表情を浮かべている。そんな葉山に代わって雪ノ下が、全校生徒向けに解説を付け加える。

 

『へたに棒を振り回さず、大人数でしっかり押さえて衝撃に耐える選択をしていれば、比企谷くんの奇襲は不発に終わっていた可能性もあるということね?』

 

 材木座のサウザンなんたら次第だけどな、などと小声で呟きつつ八幡が首肯する。

 

 放送席との距離を考えれば、そんな微細な動きを認知できるとは思えないのに。雪ノ下も由比ヶ浜も八幡に応えるようにして頷いている。八幡もまた、彼女らの動きを認識できているのが雰囲気から伝わって来る。放送席にいる生徒たちがそれを見て苦笑していると、葉山の声が聞こえて来た。

 

『そこも俺の選択ミスだったか。運営委員会で演技スキルの話を持ち出したことと、最後まで材木座くんを避けるように指示した点は俺の落ち度だね。白組のみんな、すまない……。でもさ、ヒキタニくんが設定した条件についても議論したいんだけど、やっぱりアンフェアじゃないかな?』

 

 自分には逆立ちしても無理なだけに、謝る姿が絵になるのは凄いよなと八幡は心底から思う。羨ましくはないけれども、これで大勢の気持ちを落ち着けられるのはズルいよなと、そんな気持ちを抱きながら答える。

 

『競技中にも言ったけどな。ズルいかズルくないかで言ったら、ズルいだろうなと俺も思うわ。けどな、人を投げても威力が増すわけじゃないし、何人かまとめて投げたり、連続で投げるのも無理だしな。あ、城山の体力次第じゃ可能なのかね。それでもさっき言ってたみたいに、人数をかけて守られたらお手上げだし、使い勝手は悪いぞ?』

 

『問題は、それを競技中には確かめられないって点じゃないかな。材木座くんが投げられたのを見て、俺はすぐに城山たちを分断させたんだけどさ。それが無駄な行為なのか適切な行為なのか判らないまま、可能性を潰していくしかない時点で、こちらの不利は明確だと思うけどな』

 

 当の八幡も、ここの部分は言い逃れが難しいと思っているだけに歯切れが悪くなる。

 

『まあ、お前が望んでた戦術の競い合いって、そんなもんだと思うけどな。相手の意図を読みながら、後から振り返ったら無駄な手とかを山ほど打ちつつ、自軍に有利な形に持っていくもんじゃね?』

 

 一般論で凌ごうとする八幡の心情を把握して、雪ノ下が口を開く。

 

『なるほど、大枠の部分では意見が出揃ったように思うのだけれど。まず発端については、葉山くんの念押しが過剰だった側面と、それで比企谷くんが演技スキルに拘ってしまった側面と、由比ヶ浜さんの判定では同じ程度だったわね。演技スキルの使用は、比企谷くん自身も少なからず『ズルい』と考えている。その一方で、材木座くんの攻撃に耐えるという選択を葉山くんが思い付けなかったことが、結果に直結したとも考えられるわね。ただ……もしもチバセンで騎馬がいきなり飛んでくるような事態に直面したら、どんな付加効果が備わっているとも限らないと考えて、私も避けさせる気がするのよね』

 

 

 裁定の手助けになるようにと話をまとめた雪ノ下が、最後に付け足した言葉を聞いて。八幡の頬が少し引き攣っている。だが幸いなことに、まだ誰にもバレていない。

 

 実は八幡が申請したのは、「練習をサボっていない柔道部員が、目標を口にしながら巴投げを放つと、必中・必倒・無傷の効果が発動する」というものだったりする。「人を投げて那須与一をやる」という摘要の通りだ。

 

 申請当時の八幡は葉山の鼻を明かせればそれで良かったので、演技スキル自体が原因であれ申請内容が原因であれ、それらを理由に自分が失格にされても構わないと思っていた。

 

 だが、棒倒しが優勝の行方を左右するという予想外の展開になってしまい事情が変わった。自動追尾の設定に気付かれないように、「空中で身動きをすれば方向転換ができる」と材木座に嘘を教えたり。自ら葉山の近くまで足を運んで、口八丁で相手の余裕を無くさせようとしたり。色々と取り繕う必要が出てきた。

 

 たとえ協力してくれた七人であっても、申請内容の全ては語らなかった。詳しく説明したのは、葉山にしたためた一筆にどう対処したのかという部分のみ。万が一の時に責任を負うのは自分だけで良い、と言えば恰好良く聞こえるが、実際のところは「情報が漏れないように」という後ろ向きの理由だ。とはいえ八幡本人はそう卑下するものの、責任を一人で引き受けているという事実に変わりは無いのだが。

 

 素早く気持ちを立て直して、八幡が口を開こうとしたその時。たった今八幡が思い浮かべていた連中が、いつの間にかすぐ近くに集まっていて。順に話し始めた。

 

 

『発端についてだがな。ちょっと……男女差別をしたいわけじゃないんだが、男女で考え方が違う気もするし、補足させてくれないか?』

 

 まずは柔道部の城山が。

 

『例えば、勉強の息抜きで漫画を読んでる時に部屋に親が入ってきて「勉強しろ」って言われたらどう思うか、考えてみて欲しいんですよ』

『比企谷先輩の話を聞いた時に、俺らが最初に思い浮かべたのがその光景でした。ちゃんとするつもりだったのに、いきなり頭ごなしに言われたら反発したくなりますよね?』

 

 次いで遊戯部の秦野と相模が。

 

『我は八幡のことを信じておる。奴はそれほど簡単に意固地になるような性格ではない。さっさと諦める点こそが奴の真骨頂よ』

 

 そして材木座が、先程の仲間割れは演技に過ぎぬと言わんばかりの言葉を口にして。続く主張にも説得力があり。

 

『俺たちは城山先輩経由で誘われたんですけど、春先に部活が維持困難になりかけた時のことを思い出したっす。部員に復帰して貰えるように、禁止じゃなくて許可をどんどん出そうって話っす』

『頭ごなしに「週に何日休んだらダメ」って拘束するよりも、「休んでも良いから、その代わりに練習に出たくなるようなアイデアを教えて」みたいな感じで頑張ってたっす』

 

 柔道部の津久井と藤野が過去の話を披露して。

 

『自分語りになるけど、文化祭の前に雪ノ下さんが欠席した時、けっこう色々と言われたのな。「保健委員なのに仕事をしろよ」的なことを。でも、雪ノ下さんを休ませることができなかった悔しさって、俺が一番感じてるわけよ。それを何度も繰り返し言われると、な。比企谷の件とは少し話が違うかもしれないけど、葉山が念押ししてる時に俺が連想したのが、自分のこの話だったんだわ。確かに葉山にも比企谷にも非があると思う。けど俺は、比企谷に味方しようって思ったのな』

 

 二年J組の保健委員の話には、大勢の生徒が神妙な顔付きになって頷いていて。

 

『演技スキルに興味が湧いて、突っ込んだ話を聞いてみたのな。どうやら勝手に会得できるようなスキルじゃなくて、色々と苦労した証みたいな部分もあるらしい。材木座や比企谷は、同級生から雑な扱いとかも受けてたみたいだし。海老名さんも、今でこそ趣味が広く認められてるけど、カミングアウトするまでは苦労したんじゃないかって思うのな。たまたま降って湧いたような能力だったら、愛着を持てないかもしれないけどさ。苦労が報われた結果とかで得た能力なら、どうにかして使ってみたいって、特に男連中はそう思わないか?』

 

 そして再び城山が話し始める。いったん言葉を切って周囲の反応を確認した上で、言葉を続ける。

 

『女子はもっと慎重に考えるみたいだけど、俺ら男って考えなしに突っ走りがちだよな。もし俺が、ずっと柔道をやってたご褒美だって言われて「山嵐」とか使えるようになったら、公式戦のルールに違反しないように必死で考えて、何とかして使おうとすると思う。今日の比企谷みたいにな。それと、俺の得意技って一本背負いなんだけど、たまに「ズルいから使うの禁止」って言われるのな。半分は冗談だと思うし、技を褒めてくれてる部分もあるんだろうけど。でも、ずっと練習を重ねて技をみがいて、それを「ズルい」って言われるのって、違うんじゃねって思うんだよな。……すまん、喋るのが苦手だから長くなったけど、そんな理由で俺は比企谷に協力しようって思ったんだわ』

 

 最後まで木訥とした話しぶりで城山が語りを終える。その内容は多くの男子生徒にとって共感できるものだった。そして少なからぬ女子生徒にとっても。

 

 彼ら七人の話は、互いに矛盾している部分もある。だがそれは当たり前で、八幡と葉山のやり取りを見て或いは聞いて、各々が八幡に賛同するに至った理由を、その時の心情を披露しているからだ。だからこそ、聴く人に訴えるものがあった。そんな生徒たちの反応を見て、由比ヶ浜が口を開く。

 

 

『あたしは「どっちの気持ちも分かる」って言ったけど、男子の基準だとヒッキー寄りになるんじゃないかってことだよね。えっと、白組からは何かあるかな?』

 

『やっぱ隼人くんが凄すぎるから、せっかく対決できるチャンスを逃したくなかったんだべ。隼人くんが真剣勝負できる機会がめったにないのが問題っしょ?』

 

 そんな戸部翔の発言に大和や大岡が同調するものの。彼らのように「自分たちでは葉山と渡り合えない」と自責の念を持っていて、同時に八幡を高く評価する生徒はまだまだ少数派だ。八幡の短所は(主に悪口という形で)それなりに知られているが、ようやく名前が広まりつつある現状では長所はそこまで知られていない。

 

 だから大部分の生徒は、葉山がなぜこれほど八幡に執着するのか未だに理由が解らないし、ひどい者になると「言ってくれれば、自分なら葉山と渡り合えるのに」などと根拠もなく考えていたりする。そうした面々が八幡を適切に評価することも、葉山の行動をフォローすることも、できるわけがない。

 

 とはいえ援護の声が散発に終わっても、葉山に落ち込んだ様子はない。八幡の資質や性格を、多くの生徒に簡単に見破られてしまうようでは、かえって自信が無くなるというものだ。俺だって同じクラスでなければ、彼が奉仕部に関与しなければ、なかなか見破れなかっただろう。

 

 それに今回は、真っ向勝負こそ避けられてしまったものの、彼の負けず嫌いな性格が垣間見えた。彼が大切だと考える対象が、その範囲が人とは少し違っているだけで。大事なものを賭け合った場合には、彼はきっと真剣に相手をしてくれるだろう。今回と同様に、手段を厭わず。それを知れただけでも価値はあったと葉山は考えていた。

 

 だから葉山は、「何とかフォローを」と考え続けてくれている白組の面々に笑顔で頷きかけて、そして運営の一員としての表情をまとって口を開く。

 

 

『じゃあ、そろそろ裁定に移ろうか。話の発端と、棒が倒れた直接的な原因は、俺に至らぬ部分があったからだね。でも、演技スキルをここまで大っぴらに使うのは、やっぱりズルいと言えそうだ。で、判定なんだけどさ。結衣が決めるほうが公平かもしれないけど、ここは俺に任せてくれないかな?』

 

 同じく審判部門の責任者である由比ヶ浜、そして運営委員長の雪ノ下から了解を得て、葉山は話し始める前に一息おいた。ちらりと八幡が居た方角に目をやると、既にその姿はどこにもない。おそらく今後の展開を予想して姿をくらましたのだろう。なぜだか「勘の良いガキは好きじゃないなー」と呟くあの人の声が頭に響いて、少しだけ苦笑が漏れる。

 

『棒倒しは赤組の勝利、だけど三〇点の勝利とは認めがたい。まず、ここまでは良いかな?』

 

 紅白両軍の反応を確認して、話を続ける。

 

『その上で、確かに演技スキルにはズルい部分が多々あるけれど、それの活かし方って言うのかな。もしくは運用方法と言うべきか。できる限りルールに違反しないように、時に姑息な言い訳まで用意して戦術を組み立てたヒキタニくんの頑張りに、俺は一〇点をあげたい』

 

 生徒たちから「おおっ」とどよめきが漏れるが、言及された男子生徒の姿が見えないので大勢がきょろきょろと辺りを見回している。程なくして、もしや逃げたかと、またもや微妙な雰囲気が辺りに溢れる中で。計算が得意な生徒たちは無言のままだ。このままでは白組の優勝だ。果たしてこの裁定で、場が収まるのだろうか。

 

『それと、ヒキタニくんを助けた赤組の七人に。特に、いくらスキルで可能になるからって、空を飛んで敵の棒に体当たりするという勇気ある役割を受け入れて、見事にその役目を果たした材木座くんに。俺は五点をあげたい』

 

 と、いうことは。今度は計算ができる生徒ほど浮き足だった様子になって、葉山の発言が更に続くのか否か、かたずを呑んで見守っている。

 

『本来の三〇点と比べたら半分だけど、俺はその辺りが妥当かなって思う。委員長、この裁定でどうかな?』

 

『そうね……私も、貴方の裁定を尊重するわ。本来は閉会式で発表すべき事なのだけれど。今年の体育祭は、赤組が一四五点。白組が一四五点。すなわち、赤組と白組の同時優勝です』

 

 その瞬間、「うおおおお」という地鳴りのような声が沸き起こった。リードを守れた白組の生徒たちは安堵と興奮がない交ぜになった表情を浮かべ。追いついた赤組の生徒たちは達成感に酔いながらひたすら興奮して。

 

 

 そして間を置かず、両軍の男子生徒による胴上げが始まった。白組は総大将の葉山が。そして赤組は、総大将の戸塚彩加が頑として主張したために、誰よりも先に材木座が宙に舞った。

 

『わ、我……胴上げされて……こ、こんにゃ、こんな日が来りゅ、来るなんて……』

 

 もはや日頃の口調も忘れて、材木座が何やら呟いている。マイクを通しても途切れ途切れにしか聴き取れないはずのそのセリフを、校舎に向かってこっそり移動している八幡は頭の中で完璧に再現できた。

 

 材木座の特徴的な話し方や大仰な身振りは、どもったり挙動不審にならないようにという理由で始めたのだと聞いている。かれこれ小学生時代から続けていたその演技が、このたびの胴上げで維持できなくなっている。

 

 八幡は遠目から、そんな材木座の姿を観察した。そして、思わず独り言が漏れる。

 

「今のお前なら、どもってても、挙動不審でも、どんな体型でも、指ぬきグローブやコートを装着してても、悪いようには言われないかもな。逆に、へたに演技とかしたり、どや顔になったり、わざとらしい口調で話したりするほうが、気持ち悪がられるんじゃねーかな。ま、知らんけど。気持ち悪くない材木座なんて、材木座じゃねーからな」

 

 相変わらずの捻デレぶりを発揮して、八幡はグラウンドに背を向けると歩き始めた。事前に決めたわけではないけれども、おそらくあの二人はあの場所に来るだろう。城廻には申し訳ないけれど、まずは三人だけで話そうとするはずだ。そう考えながら歩みを進める。

 

 まだ閉会式があるので、先に着いて待つことになるだろうなと。そう予測していた八幡だったが、ベストプレイスには先客の姿があった。

 

 

***

 

 

 普段の明るい様子とはうって変わって、妙に落ち着いた所作で天然水を口にしている。近寄って来た八幡に気付いて視線を上げた一色いろはは、たちまちくしゃっとした笑顔になって、座ったまま柔らかい口調で話しかけて来た。

 

「もう。遅いですよ、せんぱい?」

 

「色々と言いたいことはあるんだが……とりあえず、なんでおま、一色がここに居るんだ?」

 

 いつもなら、得意げに解説を始めそうなものなのに。あるいは「お前」と言いかけたことを咎められる可能性も高いのに。今日は何故か、笑顔を返してくるだけだ。一色と向き合って気まずい思いをしたのは、もしかすると初めてかもしれない。そう思いながら、八幡は仕方なく自分から口を開く。

 

「俺は、まあ、集団で盛り上がるのとか勘弁して欲しいなって感じで、抜け出して来たんだけどな。あー……ほら、葉山が胴上げされてたけど、見なくて良かったのか?」

 

「わたしが音頭を取ったわけでもないですし、別にいいですよ。見たかったことは見られたので」

 

 ますます八幡の疑問が大きくなる。とはいえ、気を遣っていても仕方がないと割り切って、八幡は気持ちを入れ替えた。今までの付き合いから、お互いに遠慮が無いのが暗黙の了解だったはずだ。勝手にそれを破られても、こちらからすれば話が違うというものだ。

 

 飲物を買おうかとも思ったけれど、それほど喉は渇いていない。棒倒しの間も結局は歩いて喋って終わりだったから、体力をほとんど使っていない。あんなプランで、よく上手く行ったものだと苦笑しながら。八幡は自販機にもたれ掛かるようにして、一色を見下ろす形で話を続けた。

 

「なんつーか、あれだな。葉山じゃないと、あんな裁定はできないよな。当事者のくせに『お前は何点だ』とか言い放って、それが通るんだから大したもんだわ。あいつ、場の空気を支配する特殊能力でもあるんじゃねーの。『ザ・ゾーン』みたいな名前のやつが」

 

「ホントにそんな能力があれば、千葉村でも楽だったかもですね〜」

 

 心ここにあらずという様子で、でも一応は受け答えをしてくれる一色に首を傾げつつ。文句があればそのうちハッキリ言ってくるだろうと考えて、八幡はそのまま話を進める。

 

「まあ、特殊能力があっても使い方次第だわな。葉山はああ言ってたけど、あと城山とかもフォローしてくれてたけど、俺が演技スキルを使ったってよりは、演技スキルに使われてたって感じかね。相模が言ってた通り『演技スキルって何でもありな感じ』だから、その力に振り回されてたってのが正解かもな」

 

「せんぱいは、演技スキルを利用したことを後悔してるんですか?」

 

「いや……後悔はしてないな。俺なりに最適な使い方を模索して、でもあれだな、使い手の性格って出るよな。たぶん葉山だったら、もっと正々堂々とした使い方をするんだろうけど。俺だと種明かしした時に『うわー』って、可哀想な奴を見るような目を向けられるんだよな。なんか不思議なもんだわ」

 

「う〜んと。葉山先輩を羨ましいとか、そんなふうに思います?」

 

「いや、羨ましいとは思わんな。すげーなとか、俺とは違うなとかは思うけどな」

 

「やっぱり、そうですよね。せんぱいと葉山先輩って、似たもの同士ですよね〜」

 

「なに言ってんの、お前?」

 

 思わず反射的に答えてしまったものの、一色からは何の反応も無い。どうしたものかと八幡がそわそわし始めた頃に、ようやく声が聞こえて来た。

 

 

「ずっと、葉山先輩のことが分かんないな〜って思ってたんですよ。何でもそつなくこなして、感情を乱すようなこともなくて。でもよく見ると、誰とも一定以上の距離を保っていて。もしかしたら、中身のない人なのかなって、そんな事を思ったりもして。……あ、勝手に話し始めちゃいましたけど、せんぱいなら、わたしの言いたいこと解りますよね?」

 

 こんな事を言うのは、せんぱいにだけですよ。そう耳元でささかれた気がして八幡は思わず首をすくめてしまったのだが、気付かれた様子はない。こちらの事など気にも留めていないかのように、でもたしかに八幡に聴かせるために、一色は話を続ける。

 

「葉山先輩が雪ノ下先輩を意識してるのは、けっこう前から知ってました。でも、事情を知った今だから言える事かもですけど、雪ノ下先輩を見てるんじゃなくて、雪ノ下先輩を通して別の何かを見てるような感じを受けたんですよ。だから、その線から探っても無駄かな〜って思ったりして」

 

「まあ、あの二人が幼馴染みって聞いた時にはビックリしたよな。俺にはよく判らんけど、雪ノ下を通して昔の事件を見てたとか、そんな感じか?」

 

「まあ、そんな辺りじゃないですか。わたし的には役に立たない情報なので、どうでもいいですけどね。でも、もう一人、葉山先輩が意識してる他人がいたんですよ。あの人、雪ノ下先輩とお姉さんと、それからせんぱいと。それ以外の人には興味ないんじゃないかな〜って」

 

 そう言われても、腐女子なら泣いて喜ぶかもしれないが俺には無理だと八幡は思う。少し間を置いて、その間に考えをまとめて口を開く。

 

「話が全く読めないんだが、あれか。だから葉山を狙うのは諦めたとか、そんな話かね。それなら三浦に聞かせてやれば安心するんじゃね?」

 

「狙うべきなのか、狙ってもいいのか、正直よく分かんなかったんですよね〜。でも、せんぱいのお陰で色んなことが分かってきたんですよ」

 

「ほーん。ま、お役に立てたなら何よりだわ。んで、詳しい話は教えてくれるのか?」

 

「だから〜。せんぱいと葉山先輩は、似たもの同士だってことですよ。二人揃って面倒な性格ですよね〜」

 

 どうやら一色が常とは違う様子なのは、そういう事らしい。葉山のとばっちりを食って、自分だけが被害を受けているような気がしてきた八幡だったが、それなら可能な限り責任を擦り付けてやろうと、そんなことを考える。

 

 

「俺が面倒な性格なのは認めるが、基本的にぼっちは一人で完結してるからな。文句があるなら葉山に言った方が効果的だと思うぞ?」

 

「せんぱいは、遺伝子ってどう思います?」

 

「……は?」

 

 話が全く噛み合っていないので、どう答えたものやら分からなくて。とりあえず迷った末に、疑問を呈してみると。

 

「あ、遺伝っていうか、持って生まれたものっていうか……可愛く産んでくれて、お母さんありがと(はーと)、みたいな?」

 

「あー、なんつーか、ずいぶん話が飛んだな。要は先天的に得たものをどう思うか、みたいな話かね?」

 

「それですそれです。も〜、ちゃんと通じてるじゃないですか〜?」

 

 今日初めて、いつもの一色を見たような気がした。あざとく可愛らしいふくれっ面を見せてくるが、こういう表情のほうが落ち着いて対処できるというのも変な話だ。

 

「いや、追加情報が無いと通じてないからね。んで、先天的に得たものなあ……俺の目とか、若い頃の父親と瓜二つだって言われるけど、のしを付けて叩き返したいもんだわ」

 

「えっと、先天的に得た長所の話を聞きたいんですけど……せんぱいって、こういうところがせんぱいですよね〜」

 

「ちょっと待て。『せんぱい』しか言われてないのに、そこはかとなく貶されてる気がするんだが?」

 

「あんまり気にしないほうがいいですよ〜。でですね、見た目とかが一番大きいと思うんですけど、先天的なものって、無くなるのは一瞬じゃないですか。例えば交通事故とかに遭って顔に傷が残っちゃったら、どんな美人さんでも台無しですよね?」

 

「まあ、それは分かるんだが、話の先が読めないな。何が言いたいんだ?」

 

「それと比べると、後天的に得たものは、無くなりにくいんじゃないかな〜って」

 

「いや、事故ったらどっちも同じじゃね。陸上の代表選手と、趣味のマラソンランナーを比べてみりゃ分かるだろ?」

 

「……せんぱい。そんな答えをわたしは望んでいませんでした。おーけー?」

 

「うぃー、まどもあぜる。……はあ、んじゃあれか。後天的に得たもののほうが上だと、お前は言いたいのか?」

 

「せんぱい。今『お前』って言いましたよね?」

 

「うげ。もしかして、これで借り二つになるのか?」

 

 以前の借りを律儀に覚えている八幡に苦笑しながら、一色が答える。

 

 

「じゃあ、先にその話をしましょうか。せんぱいが棒倒しで変な作戦を使って、お陰で葉山先輩の色んな面が見えてきたんですよ。今まではどうしても見えなかったような側面が。だから、今のも含めてチャラにしてあげます。寛大ないろはちゃんに感謝して下さいね〜?」

 

「気のせいか、当たり屋の理論を垣間見たぞ。自分からぶつかっておいて、この程度で許してやろう的な……」

 

「せんぱい、ぶつぶつうるさいですよ。それとですね、『お前』って呼ばれるのは好きじゃないので、できれば避けて欲しいんですけど、貸し借りの話も無しにします。良かったですね〜?」

 

「ますます当たり屋じみて来たな……。つか、どういう心境の変化だ。一色って、ふざけてるように見える時ほど、何かを隠してることが多いだろ。俺に何か、とんでもないことを押し付けようとしてないか?」

 

 一瞬だけ、まさか全ての思考を見破られたのかと思えてしまい。でも、そんなわけはないと思い直して、一色は言葉を返す。

 

「せんぱいは、わたしのことを何だと思ってるんですか……。じゃあ隠さず言いますけど、依頼を受けるのっていいな〜って思ったんですよ。チバセンで雪ノ下先輩から依頼を受けて、その代わりに条件を呑んで貰って、そんな関係も面白いな〜って。だから、もしせんぱいが困っていたら、いろはちゃんが依頼を受けてあげます。交換条件も、ちょっとおまけしてあげますね〜?」

 

「はあ。まあ、そん時は頼むわ。んで遺伝の話に戻すけど、一色は後天的な能力を重視してるってことか?」

 

「わたしもですけど、葉山先輩も、それからせんぱいもそうじゃないですか?」

 

「俺は、どうだろな。まあ……ああ、そうか。それが演技スキルの話に繋がるわけか。この世界でしか使えないどころか、運営の判断次第では明日にも使えなくなってても不思議じゃないしな。一色が言う先天的な能力と似た部分があるよな」

 

「せんぱいって、時々すごく鋭いのに……どうして普段はああなんでしょうね。小町ちゃんが嘆くのも解る気がしますね〜」

 

「小町と仲良くしてくれるのは嬉しいんだがな。俺のライフがごりごり削られるから、ちょっと手加減してくれない?」

 

「わたしは小町ちゃんに味方したいですけどね〜。だって、…………じゃないですか」

 

 グラウンドから大歓声が届いて、一色の声が一部分聞こえなかった。だが、何を言われたかは分かる。わざとらしく溜息を吐いて、その話は無しだと伝えると、八幡は話題を戻した。

 

「葉山が後天的な能力を重視してるって判って、それが一色のお眼鏡にかなったって事か?」

 

「まあ、そんな感じですね。成長しようと頑張ってる人って、わたし好きですよ?」

 

「あー、まあ小町が言うには、一色は見えないところでかなり努力をしてるらしいって話だからな。持って生まれたものに頼るだけの連中なんて、相手したいとは思わないだろうな」

 

 どうしてこの兄妹はこうなのだろうと、一色はじろりと視線を送る。天然を発揮されると反応に困るんですけど、などと呟いて心を落ち着けて、口を開く。

 

「それでも、葉山先輩と付き合うべきか、はっきりしないんですよね〜。もう、せんぱいのせいですよ!」

 

「いや、俺のお陰で色んな事が分かったって、さっき言ってなかったか。その上げて突き落とすの、止めてくれない?」

 

「はあ。まあ、いいですよ。今のところはそんな感じです。でも……」

 

 ひょいっと立ち上がりながら、一色はいったん言葉を切る。「う〜ん」と口にしながら身体を伸ばして、そして八幡との距離を無造作に詰めると。すぐ横に並んで、耳元で。

 

「せんぱいに感謝してるのは、ホントですよ。ここで待ってたのは、お礼を言うためです」

 

 小悪魔の笑みって、まさにこんな感じなんだろうなと八幡が考えている間に。一色は少し歩いて振り返ると、たった今思い出したと言わんばかりの表情で。

 

「じゃあ、そろそろ雪ノ下先輩と結衣先輩が来ると思うので、退散しますね〜」

 

 最後まで八幡を手玉にとって、グラウンドへと消えて行った。

 

 

***

 

 

 どっと疲れた気がして、八幡はさっきまで一色が座っていた近くに腰を下ろした。耳を澄ませてみると、どうやら閉会式も終わったらしい。先程の大歓声が閉会式のクライマックスだったのかなと考えながら、部活仲間の到来をぼーっとしながら待つ。

 

「比企谷くん、お待たせしたわね」

「ヒッキー、お疲れー」

 

 雪ノ下が目の前に凛として立ち、由比ヶ浜が自然な感じで隣に座ってくる。ちょうど一色が腰を下ろしていた場所に、入れ替わるようにして。

 

 どうにも落ち着かない気がして、八幡はよっこらしょと立ち上がると、雪ノ下に席を譲る仕草を見せた。もちろん、すげなく却下されてしまったのだが。

 

「ヒッキーも疲れてるだろうし、座ってたらいいじゃん。でさ、ゆきのん?」

 

「ええ。私と由比ヶ浜さんから、一つずつ質問があるのだけれど。まず、投げられた材木座くんに、何かを仕組んでいたわよね?」

 

 誰にもバレていないと思っていたのに、一番厄介な相手にバレていたと知って八幡の身体が強張る。瞬時に土下座して命乞いをしようとしたものの。とはいえ雪ノ下は八幡を糾弾しようとは考えていないようで。

 

「そんなに身構えなくても大丈夫よ。むしろ貴方が普段、私のことをどう思っているのか、そちらのほうを問い質したくなってくるわね」

 

「まあ、そっちに関しては黙秘権を行使させて貰うわ。んで、仕組んだっつーか……まあ、絶対に当たって絶対に倒して絶対に怪我をしないって条件が付いてたな、たしか」

 

「そんなことだと思ったわ。誰にも言う気は無いので大丈夫よ。むしろ個人的には、良い条件付けだと思うわ。フェアではないけれども、全く同じ力量の者同士が勝負するなんて、現実にはあり得ないものね」

 

 呆れ顔ではあるものの、勝負に勝ったことを認めてくれている様子だ。この負けず嫌いさんめと心の中で呟きながら、すぐ横へと視線を移す。

 

「あたしはね。その、男子のほとんどが何もしないまま、目玉競技が終わっちゃったじゃん。それで、演技スキルをあんな風に使ったこともだし、もしかしたらヒッキーに非難が集中しちゃうんじゃないかって、かなり心配したんだよね。ヒッキー、あたしたちがどう思うかってことは考えてくれてたかもだけど、他の生徒からどう思われるかって、全く考えてなかったよね?」

 

「まあ、はい、仰る通りです……」

 

 人間関係の機微に詳しい由比ヶ浜だけに、そう言われたらぐうの音も出ない。とはいえ大人しく頭を下げる八幡に、それ以上は何も言う気は無さそうで。

 

「では、私たちからの話は終わりね。城廻先輩を呼ぼうと思うのだけれど」

 

 八幡が一も二もなく頷くと、ようやく二人から笑顔がこぼれた。

 

 

「それにしても、比企谷くんは敵のほうが楽しめそうね」

 

 城廻を待つ間に、三人の間で雑談の花が咲いている。

 

「俺は雪ノ下と敵対するとか勘弁して欲しいけどな」

 

「えっ。ヒッキー、ゆきのんとは戦いたくないってこと?」

 

 なぜか由比ヶ浜が焦ったように問い掛けると、八幡が平然と答える。

 

「だってお前、雪ノ下をどうやって倒すかを考えるなんてひたすら面倒だぞ。一番敵にしたくないって思うわ」

 

「やっぱり、比企谷くんは最低だねっ」

 

 ちょうど現れた城廻が、そのまま話に加わった。どういう意味なのかと訝しがる八幡だったが、言われ慣れているセリフでもあり、口調も優しいものだったので、深くは考えないことにする。

 

 城廻は三人と順にハイタッチを交わして、四人はしばし優勝の余韻に浸っていた。

 

 

***

 

 

 そして最終下校時刻が迫ってくる頃。校内には生徒はほとんど残っていない。そんな中、生徒会室には一人、城廻の姿があった。

 

「結局、新しい人材は出て来なかったし。雪ノ下さんの仕事をし過ぎる傾向も、改善できなかったなー」

 

 そう呟いた城廻は、以前に先輩と交わした会話を思い出していた。

 

『雪乃ちゃんが会長になったら、確かにめぐりが言う「奉仕部と生徒会の理想的な関係」は終わっちゃうよねー』

 

『でも、本牧くんに任せるのも気の毒だし、他に候補も居ないし、どうしたらいいかなーって悩んじゃいますね』

 

『うーん。一つ、手は無い事は無いけどね』

 

 きょとんとした表情の城廻に、あの人はこう言ったのだ。

 

『雪乃ちゃんと対等に渡り合えて、校内でも同じぐらいの知名度があって、人望があって知り合いも多くて仕事も間違いなく任せられるような、そんな候補が居れば良いんじゃない?』

 

『そんな生徒が居れば、苦労しないんですけどねー』

 

『居るじゃん、一人。奉仕部ってさ、別に雪乃ちゃんと比企谷くんの二人でもやっていけるだろうしさ。……引き抜けば良いんだよ。ガハマちゃんを』

 

 あの時の言葉が、城廻の頭の中で繰り返される。

 

 

 十月十日の水曜日。生徒会室には、重苦しい空気が立ち込めていた。

 

 

 

原作六.五巻、了。

 




本章はこんな感じで(本作にしては)短めに終わらせました。

・柔道部の城山・津久井・藤野:原作7.5巻
・遊戯部の秦野・相模、鏡たる千剣の閃光(サウザンブレイド・オブ・ミラージュ):原作3巻
・雪ノ下・由比ヶ浜・海老名のコスプレ:原作4巻

などなど、色んな所からネタをかき集めてみましたが、マイナーな男連中(&男のオリキャラ)の盛り上がりとか誰得な話だよと思いつつ。

書いた作者は楽しかったのですが、たとえどこか一部分であっても、読者さんの心に残る場面があったら良いなと、そんな感じです。

次回は幕間のお話で、一週間後に更新する予定です。
ご意見、ご感想、ご指摘などをお待ちしています。


追記。
細かな表現を修正しました。(8/3)

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