俺の青春ラブコメはこの世界で変わりはじめる。   作:clp

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前回までのあらすじ。

 修学旅行の班分けが行われて、八幡は葉山・戸部・戸塚と一緒に行動することになった。
 この組み合わせを提案した大和・大岡から戸部のことを託されて。そして前日の戸部の言動から本気度を感じ取って。
 成功率が低いという認識は変わらないものの、八幡は前向きに事に当たろうと考える。

 部室にて、由比ヶ浜たちと同じ班になる川崎に事情を説明して。
 動くべき時を見極めなければと八幡は思い、告白が不可避でも関係修復は頑張るからと由比ヶ浜が言い、依頼を受けた責任があると雪ノ下が語った。

 川崎の感情や雪ノ下の想いが見え隠れする中で、そして会長選挙と奉仕部の今後が絡み合う中で、更には三人の間で一色の存在感が高まる中で。
 自由行動となる三日目を一緒に過ごす約束が交わされた。



04.ひさしぶりの面々に見送られて彼は旅に出る。

 その日の夜のこと。

 部活を早めに終えて、雪ノ下雪乃と夕食をともにした由比ヶ浜結衣は(お誘いを予測していたのか、もう一人の部員にはすごい勢いで逃げられた)苦痛にあえいでいた。漫画を読むまえに宿題を片づけようという話になったからだ。

 

 雪ノ下のご指導ご鞭撻のおかげで、いつもの半分ぐらいの時間で済ませたものの。すぐに読むのはしんどいから少し休憩だと、雪ノ下の読書姿をながめていると。みるみるうちに読破していく。

 

「ゆきのん、今どのへん?」

「次からは、比企谷くんが言っていた翔陽戦ね」

「げ、もう追い越されそう」

 

 ぐでっと寝そべっていた身体を持ちあげて、雪ノ下の隣まで這うようにして移動して。由比ヶ浜は決勝リーグに入る12巻から読み始める。そして。

 

「海南戦が終わったわ」

 

 一冊を読む間に追い抜かれていた。

 

 あたしもそこまでは読もうと、何とか15巻まで読み終えて頭をあげると。ちょうど雪ノ下も全巻を読み終えたところで、充実の表情を向けられた。

 

 二人で海南戦をふりかえって、特に試合終了間際の場面をくりかえし話題にする。

 雪ノ下が語る構成や演出の話はむずかしかったが、ていねいに説明してもらうと作品のすごさがよけいに伝わって来て。パスの相手をまちがえた主人公の気持ちをごりごりと熱弁していると、何度も頷いて同意してくれて。

 

 宿題も終えて、いつもと違った話題でたくさんおしゃべりもできて。由比ヶ浜は終わりよければすべてよしの心境で、雪ノ下のマンションを後にした。

 

 

***

 

 

 雪ノ下の個室を経由して自分の部屋に戻る。

 この世界に巻きこまれた最初の夜からずっと、部屋は三人の共有状態にある。とはいえ常に三人で過ごしているわけではなく、それぞれ自宅に帰る日もあれば、一人だけ寝室を分けて過ごす日もある。

 

 昨日は三浦優美子が話を主導して、修学旅行の二日目をどう過ごすかで盛りあがった。映画村に行ってみたいと口にする姿が可愛かったなと、そんなことを考えながら。もう二人とも寝てるかなと思っていた由比ヶ浜だったが。

 

「今日は帰って来ないかもって思ってたけど、優美子が言ったとおり待ってて正解だったね」

「平日の急なお泊まりを許すわけないし」

「あー。確かにゆきのんって、そのへんは厳しいもんね」

 

 三人分の個室が合わさって広い間取りとなったリビングでは、海老名姫菜が三浦と並んでくつろいでいた。雪ノ下の性格を指摘する三浦に、頷きながら返事を言い終えたところで目を細める。

 

「じゃあちょっと着替えてくるね」

「行ってらー。そのあいだにお茶を淹れとくねー」

「冷めないうちに戻って来るし」

 

 秋は日ごとに深まりをみせていて、夜の空気は肌寒い。雪ノ下の部屋からショートカットで帰って来たので、外気に触れたわけではないけれど。温かいものが恋しい季節だ。

 寝室でぱぱっと着替えをすませると、由比ヶ浜は二人が待つリビングに戻った。

 

 

「班分けも決まったし二日目と三日目の予定を相談したいって、優美子が乗り気でねー」

「だって修学旅行だし、楽しみだし」

「だねー。姫菜はそんなに楽しみじゃないの?」

 

 自慢の金髪をみょんみょん引っ張りながら、少しすねたように答える三浦に同意して。続けて気遣いと確認の気持ちをこめて尋ねてみると。

 

「人並みには楽しみにしてるつもりなんだけど、優美子を見てるとからかいたくなっちゃうよね。でもさ、ヒキタニくんがとべっちと同じ班になって、二日目も一緒に回れるみたいで良かったね」

「テニス部の三人と同じ班だと、さいちゃんがいてもヒッキーは……あ、逆か。さいちゃんがいるから、班の中でぼっちを気取れないし仲間にも入りづらいしで、困ってたのかもね」

「戸塚とヒキオのほうが、あーしらも楽だし」

 

 戸部翔の動きを海老名がどこまで把握しているのか、この反応からは読めないなと由比ヶ浜は思う。表立って質問するには、はばかりがあるし、あいまいに尋ねてみても話をそらされて終わってしまう。

 葉山隼人の名前を出さないのは、この場で暴走する気はないという意思の表明なのか。はたまた戸部の名前をあえて出すのが目的なのか。この辺りの海老名の意図は、由比ヶ浜でも読み切れない。

 

 とはいえ話をそらすのは自分も同じで、由比ヶ浜は男子の班に話題を移した。

 部室でも班分けの真相は明るみにでなかったのだが(大和と大岡から託された気持ちを他人に伝えるのは、奉仕部の二人が相手でも違う気がすると彼が考えたので)、由比ヶ浜の推測に一同は深く納得していた。いかにも比企谷八幡が陥りそうな展開だと思えたからだ。

 

 大和と大岡とは今もなお隔たりがあるので、三浦の発言は他の二人も同感だった。

 昨日の放課後に葉山が二人をつれて話しかけて来たことは、別の班に行くという決断につながったと三浦は考え。自分を足止めする以上の意味はなかったと、由比ヶ浜は正解に辿り着いていて。そして海老名は、そこにはさほど注意を払っていなかった。

 

「えーっと。二日目の予定は、昨日の話が基本でいいよね。優美子おすすめの映画村で遊んで、仁和寺から龍安寺に行って最後に金閣寺ってルートで。姫菜は他になにかある?」

「その近くだと、桜の季節なら平野神社とか、梅の季節なら北野天満宮に行ってみたいけどねー。でも時間的にギリギリじゃないかな」

「なんなら卒業旅行で行けばいいし。で、三日目は?」

 

 そんなふうに話を進めていると。

 

「それなんだけどさ。ゆきのんとヒッキーと、一緒に回ろって話になってて……」

「あー、さっき二日目の話をふっても反応が乏しかったのはそれでかー。ま、そうなるんじゃないかって優美子とも話してたし、こっちのことは気にしないで楽しんで来たらいいよ」

「人数が増えると動きにくくなるから、別行動でも仕方ないし」

 

 海老名と三浦から、各々らしい反応をもらって。とはいえ自分が離脱した後のことも気になるので。

 

「でもさ、優美子と姫菜はどうするの?」

「あーしは、隼人と……」

「二人っきりになっても話がもたないから、私も付き合うつもり。たぶんとべっちも加わって四人で回るんじゃないかなー」

 

 由比ヶ浜の問いかけに口ごもる三浦をフォローする形で、海老名が話を引きついだ。

 その口調に、何の警戒感もなければ緊張感もないのを感じ取って。三浦を任せる形になることや、戸部と一緒に行動させることに引っかかりを覚えて、由比ヶ浜が口を開く。

 

「じゃあ、さいちゃんとサキサキはこっちで……」

「それね、サキサキは帆布とか小物を見に行きたいみたいでさ。三日目は東山のほうに一人で行くって言ってたよ」

「戸塚にもテニス部との付き合いがあるし。三日ともヒキオと過ごすのはむずかしいと思うし」

 

 ということは、三日目は奉仕部の三人で過ごせるわけだ。そう認識して、気持ちが沸きたつのを抑えきれない由比ヶ浜に向けて。

 三人の会話が佳境に入る。

 

 

「でもさ。結衣は三人でいいの?」

「あーしと違って、二人でも会話がもつと思うし」

「あー、うーん、どうだろね。ヒッキーと二人きりもいいんだけどさ。三人でってのも苦しゅうないと言いますか……」

「それって優美子と同じで、今すぐ付き合うとかは考えてないってこと?」

「ぶっちゃけヒッキーと付き合うって、あんまりイメージがわかないんだよね。その、それよりさ、今みたいにふつうに喋ってるのが楽しいっていうかさ。奉仕部でヒッキーと一緒にいるのが嬉しいっていうか……」

 

 ただ、誰にも渡したくないという気持ちはある。そんな醜い独占欲を、この二人には知られたくないから、口には出さないけれど。

 

「あーしも、今は付き合うよりも、隼人と多くの時間を過ごしたいって思うし。知らないことがいっぱいあるから、もっと色んなことを、いいことも悪いことも知りたいって思うけど。でも結衣は、ヒキオのダメなところも、意外とやるじゃんって思えるところも、詳しく見てきたはずだし」

「今の段階だと、隼人くんは誰がどう動いても見込みがなさそうだもんねー。でもま、逃げかたが違うだけでさ。隼人くんもヒキタニくんも、告白されるまえに逃げちゃいそうだよね」

「それさ、今日も部活が終わったらすぐに逃げちゃってさ。漫画はもう読んでるから仕方ないけど、ご飯ぐらいは一緒に食べてくれてもいいのになって」

 

 そう愚痴り始めた由比ヶ浜だったが。

 

「え、今日は雪ノ下さんと漫画を読んでたの?」

「宿題をちゃんとやれって、尻を叩かれてると思ってたし」

「やー、その、ヒッキーがゆきのんにね。有名な少年漫画ぐらいは読んでおけって言いだしてさ。『じゃあ一緒に読むわよ』ってゆきのんが」

「雪ノ下さんもツンデレだからなー。そんな言いかたでしか結衣を誘えないんだから、忖度してあげないとね」

 

「んで、漫画は何を読んだんだし?」

「えっとね、スラムダンクって分かるかな。ゆきのんは全部読んじゃったんだけど、あたしは海南戦を読みきるのが精一杯でさ」

「あれかー。最後パスミスする試合だよね。優美子は分かる?」

「小さい頃に夏休みのアニメでやってたのは知ってるし。世界がどうのって曲も覚えてるし」

 

 あの時の八幡のセリフはそういう意味かと納得しながら、由比ヶ浜は自分の発言をふりかえる。漫画を読んだ戸部が話題に出してもごまかせるように、八幡の影響という形にしておかないと。そう考えている間に話が進む。

 

「それよりさ、戸部がうざいんだけど。どうするんだし?」

「んっ、えっと。どうするって、私が?」

「あれだけ褒めてるぐらいだし、いつ行動に出てもおかしくないってあーしは思うし」

「あれって本気で言ってるんだって優美子は考えてるんだよね。あたしは冗談なのかどっちだろって、様子を見てたんだけどさ」

 

 三浦の思いがけない発言に、胸がどきんと跳ね上がるのを感じた。視線で同意を求められたので、事情を知るまえの心境を口に出してみると。

 

「まあ、あんまり自意識過剰にならないようにって、深くは考えないでいたんだけどねー。もしとべっちが本気だったら……でもさ、答えは一つしかないよね」

「え、それって……」

「答えがはっきりしてるんなら、あーしはそれでいいし」

「で、でもさ。あたしも姫菜の気持ちは尊重するけどさ。告白を断って男子と気まずくなったら、隼人くんが」

「その時はその時だし。そんな理由で躊躇して欲しくないし」

 

 すぱんと言いきって威厳を示す女王に、二人は。ぷっと吹き出すことで応えた。

 

「またまたー。そんなことを言ってても優美子、いざ隼人くんと距離ができたら涙目になるに決まってるじゃん。結衣もそう思うよね?」

「その時は、あたしと姫菜がずっと一緒にいるからさ。隼人くんだって、急に遠ざかって終わりって形は避けると思うしね」

「距離を縮めるのも難しいけど、関係を断ち切るのも難しい相手だよねー。優美子も厄介な男を見初めたもんだ」

「隼人とヒキオで興奮してるやつに言われたくないし」

 

「ほほう。そんなことを言っていいのかなー。私が二人に目をつけたのは、優美子と結衣のせいなんだけどなー」

「え、ちょっと姫菜、待って。そんな最初の頃から、あたしが、えっと、ヒッキーを、その」

「進級したての教室でヒキオを目で追ってたのは、あーしも知ってたし」

「そ、それはまだ、お礼を言えてなかったからさ。あの時はまだそんな感じじゃなくて、えっと」

「ほほう。あの時はまだ、ということは、いつ?」

「あー、もう、無し。この話は無しだから!」

 

 膝の上に置いていたクッションを何度も叩き付けながら、由比ヶ浜がそう宣言すると。さすがに二人も矛先を収めてくれた。熱くなった頬を片手で触れながら、ふてくされた表情で由比ヶ浜が口を開く。

 

 

「そういえばさ、姫菜がさっき言ったじゃん。隼人くんが厄介だって。でもさ、ふつうは頼りになるとか、格好いいとか、そんな印象だと思うんだけどね。そう思わないあたしたちって、ちょっと変なのかな?」

「それは結衣の考えすぎっていうかさ。別に隼人くんが頼りにならないとか格好悪いとは思ってないでしょ。ただ、その手の表面的な印象に加えて、別の側面もあるって見ぬけるだけでさ」

「あ、それそれ。その見ぬけるっていうのが何なんだろうって、ちょっと思ってさ」

 

 部室でのやり取りを思い出しながら、由比ヶ浜が首をひねっていると。

 

「例えばあーしが二人に声をかけたのも、見ぬくって部分はあったと思うし。見た目で決めたのは確かだけど、内面もある程度は外に反映されるもんだし。中学で女テニを引退した時のことは前にも言ったと思うけど、あれを聞いても『あーしの言うことに従わなかったから怒ってる』とか、へんてこな受け取りかたをする連中とは関わりたくなかったから。話が通じる相手を選んだつもりだし」

「一般論で言うとさ。優美子みたいに過去に苦労した経験があって、それと正面から向き合った人じゃないと、その手の話は通じないと思うんだよねー。結衣だって小中高と、友達関係で色々と苦労してたのに、ずっと諦めないで来たわけじゃん」

 

 そう言われて、由比ヶ浜は奉仕部の二人を思い浮かべる。

 

「そっか。ヒッキーもひねくれたことをよく言ってるけど、ちゃんと考えてるのが分かるもんね。たぶん『俺みたいに悩ませたくない』って考えてさ。わざと軽い口調でごまかしたりして。ゆきのんも色んな人と衝突して、それでも正面から挑み続けてたんだろうし。うん、優美子と姫菜が言いたいことが理解できたかも」

 

 そんな由比ヶ浜のつぶやきを耳にして、海老名は補足を告げる。

 

「ちょっと悪口みたいになっちゃうけどさ。とべっちは、そんな経験はなかったと思うのね。大和くんと大岡くんは、その手の経験から目を背けた感じかな。まあ、それが普通といえばその通りだし、向き合うことが逆効果にしかならないことも多いからねー。例えば隼人くんは、正面からぶつかって粉砕されて、それを引きずってた感じだよね。最近はいい方向に向かってるって思うし、それはお世辞じゃなくて、優美子が春にサッカー部の見学に行ったのが大きかったと思うんだよね」

「あれは隼人が自力で変化したんだし。そんなに簡単だったら、ここまで苦労してないし」

「でもさ、それがいいんだよね?」

 

 そう茶化す海老名に向けて、満更でもない表情を浮かべる三浦。

 そんな前向きの感情に間近で接した由比ヶ浜は、自分の感情が後ろ向きのいびつなものに思えてきて。妬心を恥じながら、黒い気持ちをそっと打ち消す。千葉村で三浦の気持ちが確定したとき以来、何度か経験済みのことなので、処理にも慣れてしまった。

 

「あ、話を戻すけどさ。もしとべっちが告白してきたら、姫菜は断るってことだよね?」

「だねー。もし付き合っても、うまくいくとは思えないしさ。男子と距離ができちゃうのは私もちょっと残念だけど、なくすのは惜しいなって思える関係は、そこじゃないからね」

「うん、分かった。さっきも言ったけど、あたしは姫菜の気持ちを尊重するから」

「あーしも、思うとおりにしたらいいと思うし」

 

 そう二人から言われて頷く海老名だが。由比ヶ浜と三浦にも影響が及ぶことを思うと、内心は穏やかではいられなかった。

 

 

***

 

 

 二日間は何事もなく過ぎて、金曜日を迎えた。

 今年の修学旅行は月曜から木曜の三泊四日なので、代休がない。だから旅行明けの金曜日にも授業があるのだが、それでも次に登校するのは一週間後だ。

 放課後の二年生の教室は一様に、そんな開放感に満ちていた。

 

 そうした喧噪からは距離を置くように、奉仕部の部室では二人が静かに読書にはげんでいた。付近を静寂が支配しているので、廊下の音がよく響く。

 いつもなら元気なぱたぱたという足音が聞こえてくるはずなのに。今日に限って、ゆっくりとした足音が二人分。

 本から顔を上げた二人が、視線を合わせて首を傾げていると。

 

「やっはろー!」

「はろはろー」

 

 由比ヶ浜が海老名をつれて登場した。

 

 

「それで、海老名さんは遊びにきてくれたと考えていいのかしら?」

 

 依頼人席を固辞して由比ヶ浜の右隣に席を設けた海老名は、落ち着いた所作でお茶を堪能している。湯気でくもった眼鏡にも頓着せず、来客用のカップをソーサーに戻して一息つくその姿は、おとなしくて清楚な文化部の生徒といった風情だ。

 趣味にさえ走らなければ、その表現に間違いはないのだが。

 

「今日は改めて、布教に参りました」

 

 姿勢と口調を改めても、中身が腐った趣味の伝道者であれば何の意味もない。

 

「ああ、うん。由比ヶ浜、うちで飼い慣らすのは無理だから、ちゃんと拾ったところに戻して来なさい」

「えっ、ちょ、姫菜がついてきた理由って、それ?」

「はあ。海老名さん、冗談はそこまでにしておきなさい。私たちに何か、話があるのでしょう?」

 

 意図を見ぬかれた海老名はにやりと笑いながら、本題を口にする。

 

「昨日ぐらいから、とべっちがスラムダンクの話題をくりかえし出して来てさ。ヒキタニくんの影響だって聞いたんだけど、おかげで捗って捗っ……ぐへっ」

「姫菜。今日は優美子がいないから、あんまり暴走しないでね」

「ごめんごめん。でさ、結衣から聞いたんだけど、雪ノ下さんも読んだんだって?」

「ええ。比企谷くんが一押しするだけあって、たしかに面白かったわね」

「じゃあさ、結衣とは海南戦の話をしたんだよね。あの試合で牧に四人がかりになったじゃん。あれ、チバセンの時に雪ノ下さん対策として取り入れられないかなーって、思い出してた場面なんだよね」

「なるほど。戦術的な話をすれば……」

 

 そんなふうに、雪ノ下と海老名が女子高校生ばなれした話題で盛りあがっている。

 八幡がたまに口を挟んで、由比ヶ浜がほへーと言いながらもにこやかに耳を傾けて。ひとしきり語り尽くすまで、二人の対話は続いた。

 

「ふう、語った語った。やっぱりこういう話ができるっていいよねー」

「そうね。私は漫画には詳しくないのだけれど、また面白いものがあったら読んでみるから、その時はよろしくね」

 

 とはいえ、これで話が終わるわけもなく。

 

「りょーかい。でさ、自意識過剰みたいで申し訳ないんだけどさ。もし告白されたら、私はきっぱり断るから。だから、よろしくね」

 

 三人の顔を順にながめて、何でもないことのようにそう言い終えると。海老名は笑みを絶やすことなく、そのまま部室から出て行った。

 

 

「なあ。話としては、一昨日に由比ヶ浜から聞いたとおりだけどな。断るって意図がこっちにも伝わってるのは、海老名さんも分かってたはずだろ。なんで今さら念押しみたいなことをしに来たんだ?」

「念押しとか警告だったら、あたしに直接言うと思うしさ。だから、依頼じゃないかな?」

「たしかに、最後に『よろしく』と言っていたものね。でも、依頼の内容は?」

「たぶんさ、『告白されたら断る』ってことは、できれば『告白させないようにして欲しい』ってことじゃないかな。あたしや優美子を気遣ってくれたのかもだけど、ちょっと複雑な気持ちになっちゃうね」

 

 三日前には、きっぱりと断るような物言いだったのに。由比ヶ浜と三浦の事情を勘案して、そして一人では手の打ちようがないと考えて、奉仕部に依頼に来たのだろう。もしも告白を未然に防いで、事を丸く収める手段があるのならば、よろしくと。同時に、それが無理なら自分が責任を負うと。

 海老名の意図を、由比ヶ浜はそう理解した。

 

 下校時刻が迫る中で、三人が頭を抱えていると。

 

「ごめんなさい、メッセージが……城廻先輩ね。ギリギリのタイミングで、生徒会長に立候補する生徒が現れたそうよ。詳細は月曜の朝に、全校生徒に向けて通知すると書いてあるわね。私たちが報せを受け取るのは、新幹線の中になりそうね」

「ほーん。まあ、お前が立候補する必要がなくなって良かったな」

 

「でもさ、ギリギリの時間に届け出るって、誰なんだろね?」

「選挙になると勝ち目はないって考えたんじゃね。だから知名度の低い奴だと俺は思うんだが」

「いずれにせよ、月曜日のお楽しみね。それよりも私たちは、戸部くんの告白を何とか防ぐことと、そして何よりも修学旅行を楽しむことに集中しましょう」

 

 雪ノ下がそう言って話をしめくくると、二人の顔にもようやく笑顔が戻った。

 

 旅行先でも共に時間を過ごすことになるけれども。この場所で次に会うのは一週間後だと、そう言いながら三人は部室を後にする。

 

 今から何日後に、そしてどんな気持ちでこの場所に集うことになるのかを。神ならぬ三人には、予測できるはずもなかった。

 

 

***

 

 

 そして迎えた月曜日の朝。

 予定よりも一時間早く家を出るべく、八幡が準備を進めていると。部屋の扉が無造作に開いた。

 

「お兄ひゃん、これ」

 

 パジャマ姿でいまだ寝ぼけまなこの妹から、小さな紙切れを手渡された。ていねいに折り畳まれているそれを開いてみると、お土産リストという文字が目に入る。

 

「生八つ橋とあぶらとり紙はいいけどな。あと一つの『CMのあとで』ってのは何だよ?」

「それはもちろん、お兄ちゃんの素敵な旅行話に決まってるじゃん!」

「はいはい、あざといけど可愛い。ま、楽しみに待ってろ。それより、三日間は一人になるけど大丈夫か?」

「あ、うん。いろはさんと過ごす予定だから」

「おい。お前らいつの間に、そんなに仲良くなってんだよ?」

「えー。お兄ちゃんがそれ言うかな。いろはさんと、いつの間にあんなに仲良くなってたの?」

 

 何も言い返すことができず、八幡は黙って支度に戻る。

 その背後で、妹が何やらごそごそしていたかと思うと。

 

『あんたはそそっかしいから、旅先では気をつけなね』

『画廊には絶対に近寄るなよ。「この出逢いは運命です」とか言われても鼻の下を伸ばさないように、しっかり教育してきたつもりだが。心配だな……』

 

 映像通話をつなげてくれたみたいで、わざわざ起きてくれた両親から見送りの言葉を受け取った。父親の物言いには若干いらいらさせられたものの。

 

「まあ、楽しんでくるわ」

 

 小中学校の修学旅行とは、まったく違った返事をしてくる息子に目を細める両親と。その言葉を予測していたかのように、にこにこと微笑みかけてくれる妹に見送られて。

 

 八幡は三泊四日の修学旅行に出発した。

 




次回は一週間後の予定です。
ご意見、ご感想、ご指摘などをお待ちしています。


追記。
細かな表現を修正しました。(9/1)
長いセリフの前後などに空行を挿入しました。(10/20)

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