一日目の夜に八幡は、本牧・稲村と三人で話をした。
生い立ちの話に続いて「誰しも人生で三人の特別な異性と出逢う」という説を披露した稲村は、その一人目から失敗したらしい。
自分にとっては特別でも、相手にとっては違っていて。出逢いに備えた行動を、何もしてこなかったから。普通と言えば聞こえはいいが、要は中途半端なだけだ。
稲村のこれらの発言は、八幡の心に重く響いた。
出逢いが今年の入学式だと知って。稲村の特別が由比ヶ浜だと推測した八幡は、事故の一件を引きずっていた頃の彼女の心情を思う。わざわざ式の手伝いをした理由も。新入生に関わって、結果として一色と知り合うことになった理由も。
二人は詳細を明かさなかったものの、立候補の件もおおよその予測はついた。
解散後、妹にメッセージを送った八幡はそのまま長々とやり取りを続けた。途中で一色の乱入もあり、いつもと変わらぬ物言いにひとまず胸をなで下ろす。
この日、最後まで八幡の頭に残ったのは「三人の特別な異性」という言葉だった。
修学旅行の二日目はグループ別での行動となる。とはいえクラス単位で移動した昨日も班行動が基本だったので、それほど変わり映えはしない。
葉山隼人と三浦優美子に率いられた男女八名は、まずは映画村に姿を見せた。
「バスの中で説明したとおり、最初にみんなで扮装するからねー。愚腐……ごほん。結衣、ちょっと説明をお願い」
「あ、うん。いちおう配役はこんな感じで考えてきたんだけどさ。他に希望とかってあるかな?」
さすがの海老名姫菜も朝一から暴走する気はなさそうだ。
昨日の朝の脅しが利いているのかなと考えながら。説明役を引きついだ由比ヶ浜結衣が、配役を書いた紙を全員が見えるようにして掲げた。
「俺たちの関係とか設定が細かく書かれてるけど、これは姫菜が考えたのかな?」
「隼人くんが新撰組の組長で俺っちが隊士ってもうバッチリっしょ!」
「八幡は浪人なんだね。同心って、今の警察みたいな感じだっけ。ぼくに務まるかな」
「戸塚なら大丈夫だろ。それよりも、俺が三人に取り締まられる未来しか見えないんだが」
ぶつぶつと文句を言いながらも。そうなったら逃げ回れば良いだけだし、むしろ合法的にぼっちになれるなと考える比企谷八幡だった。
「あたしは普通に町娘とかでいいのに。千姫ってどういうこと?」
「海老名がせっかく決めたことに口出すなし」
「ほらほら、サキサキも優美子も落ち着いて。千姫って着物姿なんだけど、なんとかって刀を持っててさ。すっごくかっこいいからピッタリだと思うよ」
「薙刀を持ったサキサキ、楽しみだなー。TSも似合いそうだなー。じゅるっ」
ここに来て守備範囲が増えている感のある海老名はさておいて。
他に異論が出ない中で、じっと設定を読み込んでいた葉山が口を開いた。
「なるほど。時代劇の衣装を着て、二組に分かれて鬼ごっこをする感じかな。追加ルールが独特だね」
「んーと、どういうことだべ?」
「八幡が言ってたとおりだね。ぼくら三人が追いかけて、由比ヶ浜さんたちが逃亡の手助けをするみたい」
「ほーん。海老名さんが忍者って、隠れて何を観察するんだって思ってたけど。ちゃんと意味があるんだな。合流したら、追っ手から姿をくらますことができるのか」
戸塚の横から首を伸ばして設定を読んでいると、八幡のつぶやきに当の海老名が反応する。
「もちろん趣味は反映させるけどさ。遊んで楽しくないゲームを提案するつもりもないからね」
「こういう時の海老名はまともだし。あーしはお内儀役で、新撰組の屯所を守るのと」
「あたしは千姫のお屋敷で、あんたを一定時間だけ匿えるんだけどさ。時間内でも、お内儀だけは踏み込めるみたいだね」
「あたしは町娘だから、ヒッキーを連れて裏道を抜けられるんだよね。さいちゃんたちは大通りしか通れないから、うん、面白そう」
「あとは、優美子がいない屯所をヒキタニくんが陥れたら、まあ残機が増えるって言えば分かりやすいかな。ルールはそんな感じだけど、ちょっと練習してみてから本番いこっか」
そんなわけで江戸の町を舞台に、男三人女一人と男一人女三人による変則的な鬼ごっこが始まった。
八幡には残念なことに、ぼっちを満喫できる時間は皆無だったのだが。
海老名の企画のおかげで満足度の高いひとときを過ごした一同だった。
***
鬼ごっこの後は再び制服姿に戻って、しばらく普通に散策して。最後に一行は史上最怖のお化け屋敷に向かった。葉山と三浦が先頭で最後が八幡という、いつもの順番で中に入る。
「戸塚は平気そうだな」
「うん。ぼく好きなんだ。こういうの」
そう答えると一瞬だけ、八幡から妙な気配を感じたものの。たぶんいつものような冗談を言おうとして、でもお化け屋敷の雰囲気には合わないと思って口を閉ざしたのだろう。そう戸塚は推測した。
少し離れた辺りから「こわーい」と作ったような声が聞こえて来たので、そちらに目を向ける。発言とは裏腹に、三浦もお化けは怖くないんだなと思うと、自然と口元がほころんだ。それに応えて「俺もあんまり得意じゃなくてさ」と話す葉山には、以前にも増して親近感がわいてくる。
お化け屋敷も楽しいけど、みんなの違った一面を知れるのが嬉しいなと戸塚は思う。
「やばいやびゃあやびょうっ!」
とはいえ戸部のビビリ具合は予想外だったし、三浦の反対側で葉山と密着している姿を見て「ぐへえっ」と奇声を漏らしている海老名は少し怖い。
苦手というほどではないものの、腐女子として振るまう時よりも、自分だけ別の次元にいるかのように存在感を薄れさせている海老名のほうが戸塚は好きだった。もっとも、そんな姿はめったに見られないし、見られないほうが良いとは解っているのだが。
こうしたことを知れたのは劇の主役をしたおかげだなと、戸塚はあらためて夏休み明けの決断を振り返った。自分から踏み出すことで、この面々との距離がここまで縮まったのだ。
そう考えた戸塚は、これらの変化の発端とも原因とも言える友人を再び視界に捉える。
「ひいっ。な、なに今の『ぐへえっ』って。さ、さーちゃん、けーちゃんと……に会うまで負けないからね!」
「あ、あたしもこういうの苦手。今だけ、その、ヒッキーお願い」
そこには、舌っ足らずな口調でぶつぶつとつぶやきながら八幡の上着の裾を脱がす勢いで引っぱっている川崎沙希と。へっぴり腰でおっかなびっくり八幡の右肩に手を置いて、何とか恐怖から逃れようとしている由比ヶ浜の姿があった。むしろ二人の怖がりようが怖い。
そのまましばらく、お化けよりも二人の様子に気を取られながら歩いていると。
「ぶるぁぁぁあぁぁぁ!」
見た目はそれほど怖くないものの、飛び出すタイミングや声の大きさはまさしくプロの仕事で、さすがに少し驚いてしまった。
すると今度は、その場でぴたっと立ち止まったまま無言を貫いていた川崎が、突然大きく息を吸い込んで。猛烈な勢いで一目散に走り出した。これにもビックリさせられたが、そのまま見送るわけにはいかない。
だから戸塚はすぐに動いた。
「ぼく、川崎さんを追いかけるね」
返事も待たずに走り出してから、自分の決断を不思議に思う。由比ヶ浜のことは「八幡に任せれば大丈夫だ」とすら思わなかった。二人を残していくことに、何らの疑問も心配も抱いていなかったことに気が付いて。思わず頬がゆるむと同時につぶやきが漏れる。
「八幡、がんばって」
うまく自己主張ができないまま女子に取り囲まれて過ごしていた頃から、こちらの意思を尊重して適度な距離感で仲良くしてくれたり。それに、八幡と仲良くなったきっかけも由比ヶ浜だったけれど。でも、どちらか片方を応援するなら八幡がいい。
ただ、できれば。二人ともが笑顔でいられますように。
そして、もっと贅沢を言ってもいいのなら。三人ともが笑顔でいられますように。
そんな願いを胸に抱きながら、戸塚は八幡にもう一度エールを送った。
その頃、残された二人は。
「いたっ……」
お化けと川崎と戸塚が続けざまに動いたために、どこかのタイミングで頭をぶつけてしまい。仲良くしゃがみ込んで負傷箇所を押さえていた。
痛かったけど大丈夫みたいだなと、冷静さが戻って来た由比ヶ浜が頭を上げると。すぐ目の前に、下を向いて痛みに耐えている八幡の顔がある。心配で思わず手が伸びた。
「ヒッキー、痛くなかった?」
そのままおずおずと、ぶつけたっぽい場所に手を伸ばすと。気配を感じたのか、そこから八幡の手が離れた。かわりに自分の手のひらをそっと置いて、ゆっくりと撫でながら問いかける。
「まあ、痛くないって言えば嘘になるけど。……なあ」
返事を聞いて、どうやら大丈夫そうだとほっと一息。
しばらくそうしていると、八幡が何かを訴えるように一言つぶやいて。軽く頭を動かされて手が離れた。
「あ……」
手が伸びた姿勢のまま動けないでいると、その間に相手は立ち上がっていた。仕方なく、手をさっと引っ込める。八幡のすねの辺りから視線を下げて、靴の先端をぼんやり眺めていると。
「ほれ。そろそろ動かないと、置いて行かれちまうぞ」
「えっ?」
おそらく腰をかがめて、こちらに見えるようにして手を差し伸べてくれた。
思わず頭をぐいっと上げると、反射的な行動だったのだろう。早くも後悔の色が浮かびかけていたので、手を引っ込められる前にしっかりと握る。
一瞬だけ躊躇してから、ぐんと身体を持ち上げてくれた。
「じゃあ、行こっか」
明るい口調でそう言いながら、今の気持ちに合った表情をそのまま維持して、ゆっくりと手を離す。なごり惜しいなんて感情は、決して表に出さないように。
でも、一瞬すっと目を下げたような気がしたから。もういちど手を繋ぐなんて、恥ずかしいことはできないけれど。せめてと思って、上着の肩口の辺りを引っぱる。
「ほら、急がないと」
しばらく無言で歩いていると、外の光が見えてきた。上着からそっと手を離してそのまま最後の扉を抜けると、外の爽やかな風が全身を包んでくれた。途中からはお化けの記憶なんてまるでない。心臓はばくばくしたままだし、とにかく疲れた。
目についたベンチに倒れ込むように座って。由比ヶ浜はようやく、胸に詰まったままの息を思いっきり吐き出した。
***
交通機関が乗り放題で定員もないのは本当に助かる。そんなふうにしみじみと実感してしまうほど市内のバスは混み合っていた。これが現実の世界であれば、タクシーでも拾わないと無理だと思ってしまうほどだ。
「少しのことにも、か」
首尾良く仁和寺に移動して、八幡は二王門の前で思わずそうつぶやいた。すかさず背後から、軽やかな声が耳に届く。
「先達はあらまほしき事なり、だね。せっかくだし、明日は石清水まで行ってみるかい?」
「つっても、市内すら充分に見てないからな。山までは見ず、で良いんじゃね?」
「でもさ、知らないままだと後悔するかもよー。一度ヤってみたら、聞きしにも過ぎて尊くこそおはしけれ、ってなるかもしれないじゃん!」
徒然草の五十二段。せっかく石清水まで参拝に行ったのに、山にある本殿を見ないで帰ってきたうっかり者の仁和寺の法師の話をしていたはずが。
どうして海老名が口にした部分を現代語訳したら「ご立派でした」になるのだろうかと八幡は思った。訳はまちがっていないだけに頭が痛い。
どっと疲れた身体を動かして、龍安寺に向かう。
徒歩で移動できる距離なので最後尾でだらだらと歩を進めていると、交差点の前で由比ヶ浜が待っていた。そのまま並んでぶらぶら歩く。
「仁和寺に着いた頃から疲れてるなーって感じだったけど、ヒッキー大丈夫?」
「海老名さんのアレにやられただけだから、まあ、そのうち回復するだろ。しばらくは近づきたくないけどな」
徒然草の話を説明し終えると、たははと笑う由比ヶ浜の顔から不安の色が消えていた。ついでという気持ちでそのまま話を続ける。
「てか、この世界って待ち時間がほとんどないのが良いよな。団体の入場とか注文待ちで並ぶのは仕方ないし、それでも現実と比べると段違いだしな」
「でもさ。待ちながらとか、今みたいに歩きながら喋るのも楽しくない?」
「でもそれ、話が続くならって条件があるだろ。俺なんて小町以外が相手だと、数分で話題が尽きる自信があるぞ」
「また始まった。でもさ、最近は話が続きそうな相手が増えたじゃん」
「まあ、な」
由比ヶ浜にやり込められてしまい、八幡は照れくさそうに横を向いて頭をかいた。
一呼吸おいてからひねくれた事でも言ってやろうと思ったものの。それをすると突き放す形になる気がして。由比ヶ浜との距離をうまく測れない自分を訝しみながら、ため息とともに口を開く。
「逆に、だから身構えるのかもな。小町以外は無理って諦めてれば、話題が尽きたとしても落ち込まないだろ。けど、話が続くかもって期待して続かなかったら、ダメージがでかいからな。お前も、ディスティニィーでデートしたカップルは別れるって話は知ってるよな。あれ、待ち時間でストレスがたまって話が続かなくなって、みたいなのが原因だろ?」
「うーん。そういうこともあるかもだけどさ。あたしとか、ゆきのんとか、さいちゃんとか中二とかだと、絶対大丈夫じゃない?」
小首を傾げながら、のほほんとした口調で断言されてしまった。さっきよりも照れくささが増しているのは気のせいだと、そう自分に言い聞かせていると。
「ただね。とべっちと姫菜を見てて思ったんだけど、なんて言ったらいいんだろ。話は続いてても、話題が続いてないっていうかさ」
「あー、うん。その表現で適切だと思うぞ」
「さっきの徒然草だってさ。ヒッキーと隼人くんと姫菜なら自然と話題が繋がるんだよね。とべっちも相鎚はすごくうまいから、話しやすいってのはあるんだけどさ」
「まあ、そういう意味だと課題図書って発想は良かったよな。時間が圧倒的に足りなかっただけで」
「だねー。でもさ。やっぱり、うまくいかないもんだね」
周囲に声が聞こえないようにして、二人の会話は続いていた。それがここでぴたりと止まる。
どう言ったものかと少し悩んで、八幡は言葉を飾らずに話すことを選んだ。
「海老名さんにその気がなくて、戸部にも告白を延期する気がないんだから、外野からしたらどうしようもないだろ。たぶんスッキリと収まる事はないだろうし、被害を最小限に抑えることを考えるべきなんだろな」
「そうだね。あたしも、そう思うんだけどさ。……うまくいかないもんだね」
言葉のニュアンスが変わった気がして、少しだけ頭を傾けたものの。由比ヶ浜の意図を読みきれなかった八幡は、自嘲気味につぶやく。
「さっきの小町以外は無理って話は極端だとしてもな。数人の例外がいるだけで、大多数は無理ってのは事実だろ。だから、あれだ。自分のことすらうまくやれない奴が、他人にどうこう言うべきじゃないのかもな」
「うーん。けどさ、うまくやれてる人じゃないと他人に口出しちゃダメってなるのは、なんか違うよね。その、本人じゃないから分かることだってあるんだしさ」
「岡目八目か。まあ、そう言われると救われる……じゃねーよ!」
「え、どしたのヒッキー?」
「いや、俺がフォローされてどうすんだよって話でな。じゃなくて、俺が言いたかったのはあれだ。そんな感じでうまくやれてない俺が、好き勝手なことを言って偉そうにしてるわけだろ。だから、お前とかはそんなに落ち込まなくても良いと思うぞ。うまくいかないのは状況が悪いからだし、むしろお前で無理なら誰でも無理だわ」
なんとか本来の意図を思い出して、フォローしようとしたらフォローされてしまった一件を闇に葬る。先ほど頭を撫でられた感触がここで急に蘇ってきて、どうにも落ち着かない。
「やっぱり、相手にその気がないとダメってことだよね?」
「まあ、な。ちょっとでもその気があったら軽いやり取りとか、それこそ服が擦れただけでもめちゃくちゃ効くんだけどな」
さっきみたいにな、なんて言葉は口が裂けても言えない。由比ヶ浜が平然として見えるだけに、八幡は密かに落ち込みつつもほっと胸をなで下ろしていた。
***
龍安寺の石庭に興味があるという八幡には先に行ってもらい、境内をゆっくりと見て回りながら、久しぶりに女性陣だけで会話に花を咲かせた。
それぞれに期待や思惑が色々あるとしても、一緒に回る面々には楽しい時間を過ごして欲しいし、自分も旅行を楽しみたい。その基本は変わらないはずだと由比ヶ浜は思う。
事前の予想よりも三浦と川崎の仲が平穏なので、知らず知らずのうちに表情をゆるめていると。
「あれって、たしか国際教養科の?」
見知った生徒を目にして、由比ヶ浜に予感が走った。旅行前に教えてもらったJ組の班分けを思い出して、それを予測に変える。たぶん、雪ノ下雪乃が近くにいる。おそらくは。
「あたしちょっと、石庭のほう見てくるね」
そう言い残して移動すると。はたして、子供一人分ぐらいの微妙な距離を空けて、よく知った二人が並んで座っているのが見えた。思わずその場で立ち止まる。
このまま二人を眺めていたい気持ちと、眺めるべきだと諭されるような感覚と、盗み見るのは良くないという道徳観と、自分も早く合流したいという想いと、早く合流すべきという切迫感と。由比ヶ浜の胸中では色んな感情が渦を巻いていた。
すると、雪ノ下がとつぜん立ち上がった。
移動するならその前に一言でもと思い、二人に歩み寄ろうとするものの。足が重くて動かない。
何度か首を動かしていた雪ノ下は一つ頷くと、また同じ場所に腰を下ろした。すると今度は八幡が立ち上がって、こちらは何度も首をひねっている。庭のことはよく分からんと思っているのが、そのまま伝わって来るようだ。
その仕草に思わずぷっと吹き出して、おかげで呪縛が解けたみたいだ。二人に会えて嬉しい以外の感情を意識の外に押しやって、由比ヶ浜は落ち着いた足取りで近づいていく。
すぐ傍まで来たのに二人は気づかない。温かく見守るような表情で、仕方ないなあという態度をにじませながら、ほんの近くで立ち止まって変化を待っていると。
八幡が庭から周囲へと意識を移したのが伝わってきたので、ようやく声が出せた。
「ゆっきのーん。あ、声かけて大丈夫だった?」
そう口にしながら身体を動かすと、ちょうど二人の間に入るような形になってしまった。特に意識しての行動ではなかったはずだが、由比ヶ浜はそれを断言できる自信がなかった。でも、それ以上は深く考えないようにする。
「ええ。少し前に納得は得られたので、気を使わなくても大丈夫よ。場所を変えて話しましょうか」
「え、それって俺も……ですよねー」
雪ノ下から「先に行ってくれて構わないわ」と指示を受けている国際教養科の女子生徒が数人、八幡にちらちらと視線を送っていた。
由比ヶ浜の目には「この人が例の」と言っているように見えるのだが、八幡はどう思っているのだろうか。無意識のうちに、自分の身体で八幡を隠すように動きかけて。
でもたぶん八幡のことだから、「不審者を見る目だ」と受け取って、それ以上は取り合わない気がするなと考え直して。余計な動きはせず、目尻を下げながら、移動する雪ノ下の後を追う。
すぐ後ろに、八幡の気配を感じられた。
「二人の様子はどうかしら?」
「ぶっちゃけ、相変わらずな感じだねー。とべっちも姫菜も、教室にいる時とぜんぜん変わんないって言うかさ」
「やはり、そうなのね」
「まあ、最初からある程度は予測できたことだしな。だからお前らも、あんま気にすんな」
「それでも、一応できることはやっておこうと思うのよ」
そう言うと、雪ノ下は小さく折りたたんだメモ書きを取り出した。
「これ、明日の自由行動で参考になればと思って。女性に好まれそうな名所をまとめておいたから、戸部くんに渡してもらえるかしら?」
「わあっ、さすがゆきのん。あたしでも知ってるところもあるし、聞いたことのないお寺も入ってる。ねね、あたしたちも明日、ここに書いてあるところに行こうよ!」
「だな。雪ノ下のオススメなら間違いないだろ」
リストに挙がった名所には、おそらく雪ノ下も行きたいと思っているだろうから。そう考えながら八幡が賛成の意を表明すると。
「それなら、もう一箇所だけ付け加える必要があるわね」
「えっ、ゆきのんどこ行くの?」
「妹さんを溺愛する、どこかの誰かさんならきっと。北野天満宮に行きたいと思っている気がするのだけれど?」
「あ、そっか。うん、あたしたち三人でお願いしよっ!」
予想外の提案を受けて、八幡がしどろもどろに「まあ、頼むわ」などと小声でつぶやいている。
それをしっかりと聞き取って、二人は控え目ながらも喜色を浮かべている。
「あなたたちは、この後はどこかに行くのかしら?」
「うん、金閣寺に行ってからホテルに戻る予定。ゆきのんは?」
「私たちは仁和寺に行って、それからホテルね。ここに来る前に金閣寺を見てきたのだけれど」
「ちょうど逆ルートだったわけか。午前はどこに行ってたんだ?」
「詩仙堂で紅葉を見て、一乗寺や北白川を散策してからこちらに来たのよ」
「なるほどな。そういや金閣寺と言えば三島だって、海老名さんが盛り上がってたぞ。近づきたくなかったから、その続きは知らんけど」
「そう。無理にBL要素にこだわらず、ふつうに名作や代表作を勧めた方が良かったのかもしれないわね。もちろん『仮面の告白』も悪い作品ではないのだけれど。……では、そろそろ」
「うん。ゆきのん、また明日ね!」
「じゃあな」
雪ノ下の姿が、昨日の朝にデッキで合流した時よりも、なぜか儚く見えた。
軽く首を振って、その印象を振り払って。八幡は由比ヶ浜と連れ立って、金閣寺へと向かった。
少し短めですが、ここでいったん区切ります。
次回は水曜ぐらいの更新を考えています。
ご意見、ご感想、ご指摘などをお待ちしています。
追記。
少し伝わりにくそうな部分に説明を加えました。(9/24)
細かな表現を修正しました。(10/9)
長いセリフの前後などに空行を挿入しました。(10/20)