俺の青春ラブコメはこの世界で変わりはじめる。   作:clp

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祝・原作完結!
それと原作9巻は私が一番好きな巻なので、ここまで書き続けられたことに感慨深い思いがします。
本章もよろしくお願いします。



原作9巻
01.ひきつった表情で彼は自身の言動を振り返る。


 早く終わって欲しいと思っていた頃は、時計の針がなかなか進まなかったのに。

 いつまでも終わって欲しくないと思う今は、時が経つのもあっという間だった。

 

 物心がついて以来、テストもクリスマスもさっさと終われと思い続けて来たというのに。

 十七歳の冬に迎えた二学期の期末試験は、できることなら終わらないでいて欲しかった。

 

 なぜなら、彼に勝てると、彼女と争えると思えるだけの勉強時間が欲しかったから。

 なぜなら、試験が終わればまた部活が始まるから。

 

 仮初めの目標が行き場を失って、あの二人とどんな顔で向き合えば良いのかは分からないままに、比企谷八幡は最後の試験を受け終えた。

 

 

***

 

 

 回収した答案用紙を確認して、試験監督を務めた担任が解散を告げると同時に、教室内はたちまち喧噪に満ちた。開放感に突き動かされた生徒たちが二年F組のそこかしこで雑談の花を咲かせている。

 

「んじゃま、行きますかね」

 

 そんな中にあって独り小声でつぶやいた八幡は静かに席を立った。目立たぬようにゆっくり歩いて、後ろを振り返ることなく廊下に出る。

 

「どっかで昼飯を済ませて……まあ、適当に間を置いてから部活に行くか。今までどおりなら、あいつらは部室で一緒に食べるだろうし」

 

 いつもなら購買に殺到する生徒が少なからずいるはずなのに、今日は人影が(まば)らだ。校外に向かって飛び出して行く生徒もごく僅か。つまり大半の生徒はまだ教室に残ってテスト明けの余韻に浸っているのだろう。

 

 少し急ぎ足になってクラスから充分に距離を置いた八幡は、廊下の窓際で立ち止まると背後を窺った。自分の他には同級生が誰も出て来ていないと確認してから、再び歩を進める。

 

「師走に入って、さすがに外で食べる奴は少ないだろうし、俺的には助かるな」

 

 自意識過剰かもしれないけれど、ベストプレイスや空き教室は誰が来ないとも限らないので気が進まない。部室とかクラスで昼食を摂るのは論外だし、そうなると行き場所は限られる。

 

「屋上も捨て難いが……あっちにするか」

 

 購買で調達した食べ物を手に、八幡は階段を上がって大きく遠回りをして特別棟を目指した。そしてその途中にある空中廊下で立ち止まる。

 

 

 吹き抜けの通路にはひっきりなしに風がびゅうびゅうと通り過ぎているので、長居には向かない環境だ。でもだからこそ、人目を避けるには適している。

 

「雪ノ下とは選挙が終わってから喋ってないし、『試験に専念する』って伝えてからは由比ヶ浜ともやり取りが減ったからなあ……。俺が勝手に身構えてるだけで、会えば今までどおり……だと良いんだが。それだと今度は俺が納得できないって、我ながら面倒な性格だわな」

 

 こちらの見落としや思い違いが原因で部長様の足を引っ張ったり。

 あれほど明確な形で想いを伝えてくれたのに。それにメッセージの頻度が落ちたのは俺の意思を尊重してくれた結果だと解っているのに。なのにたったの二週間であいつの気持ちを疑ってしまったり。

 

 そんな自分が嫌だからこそ、汚名返上のチャンスを待ち望んでいる。

 それはきっと、あのあざとい後輩が、依頼という形で持ち込んでくれることだろう。

 

「つーか、折本からのメッセージが洒落になってなかったよな。凝った料理を作ったとか、部屋の大掃除や模様替えを始めたとか。あいつ試験期間に何やってんだって、まあ仲町がその都度ツッコミを入れてくれてたけど、それで聞く耳を持つようなら折本じゃねーしなあ……」

 

 とはいえ、そちらはそちらで面倒な要素が幾つもあるので気が抜けない。

 そもそも会長選挙で落選した二人を生徒会主催の合同イベントに協力させても良いのかすらも判然としない。

 

 それでも事態が既に動いてしまった以上は協力する以外の選択肢は八幡に無いし、手に余るようなら二人の部活仲間に助力を乞うしか手立てがない。

 

 それに。

 あの二人と一緒に依頼に挑みたいという気持ちに、偽りはないのだから。

 

「結局はいつもと同じで、出たとこ任せだわな」

 

 その言葉とともに、食べ終えたパンの袋をくしゃっと丸めてゴミ箱に捨てた。

 続けてガラス扉を開いて特別棟に足を踏み入れると、八幡は階段をゆっくりと下りて行った。

 

 

***

 

 

 部室の扉をそろそろと開くと、暖かい空気が鼻先をくすぐった。慌てて教室の中に飛び込んだ八幡は、暖気がこれ以上は外に漏れないように素早く後ろ手でドアを閉める。

 

「こんにちは、比企谷くん」

「ヒッキー、やっはろー!」

 

 机の上に食事の跡は残っていない。二人の前には紙パックの飲物だけが置かれている。

 それを手にとって、からからと振る由比ヶ浜結衣の様子から推測すると、二人はずいぶん前に昼食を済ませてしまったのだろう。

 

「悪いな。ちょっとのんびり食べ過ぎたか」

「時間を指定していなかったのだし、気にしなくても大丈夫よ。今お茶を淹れるわね」

 

 椅子に腰を下ろしながら八幡がそう告げると、入れ替わりに雪ノ下雪乃が立ち上がった。

 教室の奥へと歩いて行くのを見送りながら、間を置かず由比ヶ浜が会話を引き継ぐ。

 

「やった。ちょうど欲しいなって思ってたとこだったんだ。ヒッキーはどこで食べてたの?」

「あー、まあ、その辺で適当にな。つーか、頭を使いすぎた反動でぼーっとしてたからか、食うのに時間が掛かったみたいだな」

 

 そう言い終えると同時に、ややわざとらしく大口を開けてくあっと欠伸をしていると。

 

「あ、じゃあさ。ヒッキーは、わりと手応えとかある感じ?」

「どうだろな。中間よりは勉強時間を増やしたつもりなんだが……さすがに高二の冬だし、他の連中も似たようなことを考えるだろうし、結果は変わらんかもな」

 

 ぎこちないという程ではないけれど、我ながら言葉の出かたがスムーズじゃないなと思えてしまう。この調子だと変に混ぜ返すよりも真面目に返したほうが良いかと考えて、八幡はぼそぼそと返事を口にした。

 すると教室の奥から声が上がる。

 

「勉強時間が同じなら、教材の差が結果に繋がる気がするのだけれど?」

「ゆきのんのプリントってヒッキーも貰ったんだよね。数学の公式とか、すっごい覚えやすかったよ!」

 

 勉強に集中すると言って俺が距離を置いて……いや、逃げていた時にも、由比ヶ浜は以前と変わらぬ関係を続けてくれていたのだろう。

 そして雪ノ下も、数学のプリントの話を三人の間で堂々と出せるように、上手い具合に取り計らってくれたのだろう。

 

 こうした事に思い至った八幡は、今の自分にできるのはこの話題に乗っかることだと考えて口を開く。

 

「それな。あの量で大丈夫なのかって思ってたら、必要十分すぎてびびったわ。つーか数学の教師の代わりにお前が授業すりゃ良いんじゃね?」

「あ、いいね。ゆきのんが教えてくれたらあたしも眠くならないしさ。みんなもメロンパンナちゃんの公式だって言われたらぜったいに忘れないと思うんだよね」

「……はい?」

 

 聞いたことのない公式の名前が耳に届いたので、言葉にならない呟きに続けて雪ノ下の横顔へと視線を送ると。

 真剣な顔つきでタイマーとにらめっこしながら私は何も聞かなかったアピールをして来るので苦笑が漏れた。

 

 きっと、由比ヶ浜が理解し易いように、ずっと覚えておけるようにと懸命に頭を捻って、俺にくれたプリントの余白に色んな書き込みを付け加えてから手渡したのだろう。

 それをしている時の雪ノ下の姿を思い浮かべながら。そして受け取ったプリントと向き合っている由比ヶ浜の姿を想像しながら、話を続ける。

 

「じゃあ由比ヶ浜は、わりと手応えがある感じなのか?」

「へっへーん。中間までのあたしとは違うって言うかさ。あれなら平均点近くは取れてると思うんだよねー」

「……平均、点?」

 

 引き続きタイマーを見つめている部長様から、理解に苦しむという想いが存分に込められた呟きが聞こえてきた。気のせいか身体が小刻みに震えているようにも見えるのだが、由比ヶ浜の発言におののいているせいだろうか。

 

 ここは自分がフォローを入れるしか無いなと考えて、軽い口調で話し掛けることにした。

 

「まあ、俺もあんま偉そうな事を言える立場じゃ無いけどな。雪ノ下がせっかくプリントを作ってくれたんだから、平均とかで満足してねーで由比ヶ浜ももっと上を目指して……」

 

 そこで言葉は途切れてしまった。

 雪ノ下が孤高に陥らないように、ともに肩を並べられるようにと必死で上を目指して追い掛けて。最高よりも最良をと主張して、それなのに普通を掲げた対立候補に敗れた由比ヶ浜。

 それを、思い出してしまったからだ。

 

「……お茶が入ったわよ。二人とも、取りに来て欲しいのだけれど?」

「あ、うん。温かいのが飲みたい季節になっちゃったよね」

「……だな」

 

 やはり、今までとは違うと考えているのは自分だけではなくて。

 雪ノ下と由比ヶ浜もそう感じているのだと、思い知らされた気がした。

 

 無言でお茶を受け取って席に戻る。

 机に置いた紙コップの中身をじっと見つめていると、廊下からノックの音が聞こえてきた。

 

 

***

 

 

 雪ノ下が入室の許可を伝えると、ドアが勢いよく開いて音を立てずに止まった。

 そんな絶妙の力加減を見せたのは、八幡もよく知っている同級生。

 

「ちょっとお邪魔するし」

「わたしもお邪魔しま〜す」

 

 ドアに触れた手で無造作に髪をかき上げてから室内へと入って来た三浦優美子と。

 そして、ちょこまかとした足取りで後に続く一色いろはだった。

 

「やっぱり、いろはちゃんも一緒なんだね」

「由比ヶ浜さんが言ったとおりに、椅子を二つ出しておいて正解だったわね」

 

 二人の声を耳にした八幡が首を戻すと、雪ノ下の背後に椅子が二つあるのが目に付いた。

 とはいえ中途半端な置き方に見えたので八幡が疑問に思っていると。

 

「あーしは結衣の隣がいいし」

「じゃあわたしは、雪ノ下先輩と結衣先輩の間に入っちゃおっかな〜」

 

 三人にはそのまま座っているようにと身振りだけで伝えると、三浦と一色は各自で椅子を持ち上げて、打ち合わせどおりの配置で腰を落ち着けた。

 

 

「なんつーか、よく分からん組み合わせだな」

 

 二人の目的が読めない八幡は、左から三浦・由比ヶ浜・一色・雪ノ下と並ぶ女子四人と一人で対峙しているような気がして落ち着かないので、気を紛らわせようと軽口を叩いた。

 

 すると、ふっと笑みを漏らした雪ノ下が口を開く。

 はっきり言って嫌な予感しかしない。

 

「この二人の組み合わせなら、理由は一つしか無いでしょう?」

「まあ、あれか……。葉山のことで何かあったのか?」

 

 それにしては様子が少し変なんだよなあと思いながらも問い掛けると、八幡の疑問に答えたのは意外にも由比ヶ浜だった。

 

「隼人くんに直接尋ねる前に、ヒッキーに訊いてみようって話になったのね。だから教えて欲しいんだけどさ。選挙期間中に、海浜の折本さんと仲町さんと何があったの?」

 

 はい俺死にましたと八幡は思った。

 




推敲でばっさばっさと切りまくっていたら過去に類を見ない短さになりました。
導入だしキリも良いので、たまにはこの程度で済ませてみます。

次回は一週間後に更新する予定です。
ご意見、ご感想、ご指摘などをお待ちしています。


さて。14巻読了後に活動報告で感想を書いて、短編も更新したのですが、それでもなかなか頭が切り替わりませんでした。
誰かと半日ぐらい語り合えたら良いのになと思いつつ(自分の解釈を語るよりも未知の考察を聞く時間の方が長ければ尚良し)、でもなかなか難しいですね。

ネット上をさまよっても当たり障りのない感想ばかりで、読解を試みる人をほとんど見かけなかった……のは探し方が悪いのかなあ。。
もしも読み応えのある面白い感想をご存知でしたら、こそっと教えて下さるととても喜びます。

話を戻して、短編は当初の予定(14巻直前八幡視点)とは全くの別物に仕上げました。
活報で少し弱気な事を書いたのを自己反省して、二次作者らしく作品で訴えようと思い直したからです。

なので原作終了後も残っている不穏な(私が掘り下げて欲しいと思う)要素をほぼ全盛りして、それを直截的には見えないようにした上で、最後まで読み終えた時にほっこりして頂けるような読後感を目指しました。
さらっと読み流して頂いても深読みをして貰っても構いませんので、目を通して下さると嬉しいです。

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